ALBUM SIDE STORY

ハナウタストーリー

〜アルバム『ハナウタと足拍子』に寄せて〜

🎶 ハナウタストーリー ①
H.ヴィラ=ロボス 作曲(1933)
Bachianas Brasileiras Nº2 - IV. Tocata (O Trenzinho do Caipira)

ブラジル風バッハ第2番 第4曲トッカータ 〜カイピラの小さな汽車〜 

ヴィラ=ロボス(Heitor Villa-Lobos)は、ブラジルの作曲家。 ブラジルの音楽的伝統をクラシック音楽に融合させた作品で知られています。 村松健は今回のアルバムでその代表曲「ブラジル風バッハ」 から第2番第4曲「カイピラの小さな汽車」を取り上げました。 

カイピラとはもともと先住民の言葉で「野に住む者たち」という意味。 カイピラ文化とは、ヨーロッパ系の移民がブラジルを開拓し大自然の中で作り上げてきた、ヨーロッパの宗教観に影響をうけた田舎の牧歌的な文化のことだそうです。 

「カイピラの小さな汽車」は、小さな汽車が田舎の風景を走る様子を描いた楽曲です。 その軽快なリズムと素朴なメロディは、ヴィラ=ロボスの作品におけるブラジル的なアイデンティティの象徴であり、ヴィラ=ロボスの作品の中でも特に広く親しまれている楽曲のひとつです。

 BOOKでは、詩人フェレイラ・グラールによる歌詞の村松健オリジナル訳を、本人撮影の心象風景とともに掲載。 躍動するピアノと共に、遥かなる懐かしいその眺めに思いを馳せていただけたら… 

🎶 ハナウタストーリー ②
マルコス・ヴァーリ 作曲(1965)
The Face I Love (Seu encanto)

「The Face I Love (Seu encanto)」は、ブラジルのシンガーソングライター、マルコス・ヴァーリ(Marcos Valle)によって作られた美しいワルツ。 

マルコス・ヴァーリは、1960年代に登場し、欧米のポピュラー音楽と、ブラジル音楽とのクロスオーバーを実現した、ブラジルを代表する音楽家の1人です。 ボサノヴァやサンバ、MPBを基盤にしつつ、ジャズやアメリカン・ポップスといった要素も取り入れ、ブラジル音楽に新たな風を吹き込んだことで知られています。 

「The Face I Love (Seu encanto)」はそのような彼の音楽性が反映された一曲で、情熱的で感傷的なメロディとリズムが特徴的な名曲であり、ブラジル音楽の枠を超えて世界中の音楽ファンに愛され続けています。 また、歌詞に興味がある方はぜひ英語詞とポルトガル語詞の両方の和訳を検索されると良いでしょう(とろけるように甘い素敵な歌詞です)。 

この情熱的なラブソングに、村松健はピアノともうひとつの声で挑みました。 大好きなワルツで水を得た魚のようにクルクルと踊り続けるピアノ。気がついたらあなたもステップを踏んでいるかも。 

🎶 ハナウタストーリー ③
Awakening 目覚め (Improvisation)

このアルバムの中で唯一のImprovisation(即興演奏)。 Improvisationといえば、70年代に完全即興のピアノソロで一世を風靡したキース・ジャレット(Keith Jarrett)を思い起こす方が多いだろう。 

キース・ジャレットの即興演奏は、公演の前に具体的な楽曲を一切準備せずステージに上がり、聴衆と対峙し、その瞬間に心に去来した印象をピアノで紡ぐ完全な即興演奏。 キースの両手から生まれるこの世のものとは思えない美しいメロディや、思わず体が動くようなリズムは聴く人を圧倒し熱狂させた。 そう、当時10代だった村松健もまたその音楽に心を鷲掴みにされ、来る日も来る日も実家のアップライトピアノでトライアルを繰り返したという。 

キースは演奏の前には、「準備を調えないための時間が必要だ」と言った。これは、心にたまった様々なものを、すべて真っ新にして、創造の神の声を聴くための準備である。 

『Awakening』はまさしく村松健が真っ新な状態でピアノに向かい、ピアノと戯れ、その指先から零れ落ちたみずみずしい音楽の果実。お目覚めに一口いかがですか? 

🎶 ハナウタストーリー ④
スティーヴィー・ワンダー 作曲(1976)
Ngiculela - Es Una Historia - I Am Singing(歌を唄えば)

スティービー・ワンダー(Stevie Wonder)は、言わずと知れたアメリカの偉大なるシンガーソングライター。 11才でモータウンのレーベルと契約して以来、視覚障害を持ちながらも、ピアノやハーモニカ、クラヴィネットなど様々な楽器を演奏し、数えきれないほどの名曲を生み出してきました。 

その音楽はソウル、R&B、ポップ、ジャズなどジャンルを超えて数多くのミュージシャンに影響を与えています。 村松健もそのひとり。自分のお金で買った初めてのレコードがスティーヴィーの大傑作アルバム「キー・オブ・ライフ」だったそうで、擦り切れるほど聴き込んだその音楽は、すでに村松健の身体の一部になっていると言っても過言ではありません。 

「Ngiculela - Es Una Historia - I Am Singing」は、その「キー・オブ・ライフ」に収録された一曲。 日本語タイトルは「歌を唄えば」。 直訳すると Ngiculela - Es Una Historia - I Am Singing わたしはうたう(ズールー語)-それは物語(スペイン語)-わたしはうたう(英語) 曲の中でスティーヴィーは、ズールー語、スペイン語、そして英語を使い、音楽が人々をひとつにする力を持ち、言葉や文化を超えて心を通わせることができることを表現しています。 それはまさに彼の音楽そのもの。

 村松健の左手が作り出すグルーヴに乗せて、右手がエモーショナルに歌い上げます。 ジャンルも国境も超えていく音楽の力、そして、多重録音という手法を教えてくれたスティーヴィーに敬意を込めて… 

🎶 ハナウタストーリー ⑤
グサン・マルトハルトノ 作曲(1940)
Bengawan Solo(ブンガワン・ソロ)

「ブンガワン・ソロ」は、ジャワ島中部を流れる「ソロ川」を意味するインドネシアの国民的愛唱歌。 1940年にインドネシアの作曲家グサン・マルトハルトノ(Gesang Martohartono)によって作詞・作曲されました。 グサン・マルトハルトノはジャワ島のスラカルタ出身で、インドネシアの代表的な大衆音楽「クロンチョン」のスタイルでこの曲を作りました。 クロンチョンはポルトガルの影響を受けたメロディアスで穏やかな音楽で、弦楽器だけでリズムを作るという特徴があります。 

雨季には水があふれ、乾季にはほとんど枯渇してしまうソロ川。 「ブンガワン・ソロ」では、その自然の不思議さとともに、そこで生きる人々の故郷への想いが歌われています。 大河の流れのようにゆったりとして抒情的なメロディは、大衆の心をとらえ、たちまち誰もが口ずさむ歌として広まりました。 当時、インドネシアに駐留していた日本軍兵士たちの間でも、遠く離れた故郷を偲ばせる歌として歌われるようになり、戦後持ち帰られたその歌は日本語詞がつけられて大ヒット、南国歌謡ブームを巻き起こしました。 

インドネシアに精通する友人との縁でこの曲に出遇った村松健は、たちまちそのなつかしいメロディの虜になり、今回のアルバムに真っ先に入れようと思ったそうです。 滔々と川の流れに乗せて、1911年製グロトリアンの刻むパルスとフォーキーなフルートで歌われる「ブンガワン・ソロ」は、この私の命もまた、時の流れに漂い、絶え間なく生まれ変わりながら、今という瞬間を刻み続けていることを、静かに思い起こさせてくれる一曲です。 

🎶 ハナウタストーリー ⑥
ジェリー・ゴフィン&キャロル・キング 作曲(1962)
Go Away Little Girl

「Go Away Little Girl」は、キャロル・キング(Carole King)とジェリー・ゴフィン(Gerry Goffin)が共作し大ヒットしたポップスです。 

キャロル・キングとジェリー・ゴフィンは、1960年代にブリル・ビルディング(マンハッタンにあるオフィスビル。最盛期には165もの音楽会社が入居し、そこで制作された楽曲はしばしばビルボードの音楽チャートで1位を獲得した)で活躍したソングライター・チームとして有名で、数多くのヒット曲を生み出しました。 「Go Away Little Girl」もその一つで、最初にリリースされたのは1962年、スティーヴ・ローレンスによるオーケストラを用いた柔らかなポップス調バージョン。その後、1971年にはダニー・オズモンド(その昔カルピスのCMにも出ていたオズモンドファミリーの一員)がカヴァーし、どちらも全米1位を記録。 異なる時代に異なるアーティストによってヒットしたことで、この曲はキャロル・キングのソングライターとしての才能を世に知らしめました。 彼女自身はシンガーソングライターとして1971年にアルバム『Tapestry』をリリースし、大成功。1970年代のシンガーソングライター・ブームの代表的な女性歌手となりました。 

歌詞の内容は、恋愛における葛藤や禁じられた想いをテーマにしており、語り手が女性に対して「自分にはすでに彼女がいて、君をこれ以上好きになっちゃうと困るからあっち行って(内心は行かないで)」と懇願するもの(乱暴な訳ですみません)。 

メロディはシンプルで明るいのになぜか切なくてキュンとする感じ。村松健が自身のオリジナルのメロディを表現するときによく使う言葉を借りれば「あかるかなしい」。 今作では、一番村松健らしいそんなメロディを、1911年製のグロトリアンを使ってブギウギスタイルでプレイしています。 BOOKには村松健がこの曲に寄せた想いを愛に溢れるツーショットと共に掲載。くれぐれもキュン死にご注意ください。 

🎶 ハナウタストーリー ⑦
リチャード・ロジャース 作曲(1935)
My Romance

「My Romance」は、1935年のブロードウェイ・ミュージカル『ジャンボ(Jumbo)』のために、アメリカの作曲家リチャード・ロジャース(Richard Rodgers)によって作曲されました。 

リチャード・ロジャース(Richard Rodgers)はアメリカの作曲家で、20世紀のアメリカ音楽の発展に大きな影響を与え、特にブロードウェイにおいて、作詞家ロレンツ・ハート(Lorenz Hart)とのコンビでミュージカル作品28本、500曲以上を制作しています。この曲はそのゴールデンコンビによるもの。 村松健がアルバム「一番美しいもの」(2000)に収録した「My Funny Valentine」も同じくこのコンビの作品です。 

さて「My Romance」 その歌詞は、「私のロマンスには何もいらない。どんなに美しくて輝くものもなくていい。ただあなたがいればじゅうぶんなの」というピュアでロマンティックな思いを綴っています。 そして、流れるように美しく情感豊かな旋律は、恋愛の静かな喜びや穏やかな幸福感を呼び起こし、その普遍的な魅力で時代を超えて愛され続けています。 

また、この曲はジャズのスタンダードとしても大変人気があり、多くの著名なミュージシャンによって演奏されてきました。 

かつて友人のギターソロでこの曲の真髄に触れた村松健は、今作において、あえてジャズ的なアプローチは避け、この愛しいメロディを柔らかい光でそっと包み込むかのように、オールドニューヨークスタインウェイで演奏しています。 幸せな気持ちをあなたに届けるために…  

🎶 ハナウタストーリー ⑧
村松健 作曲(1996)
A Quiet Place

ラストナンバーはこのアルバム唯一のセルフカヴァー。アルファ時代に発表した3枚のアルバム、その3枚目「雪催(ゆきもよい)」の、やはりラストに収められている曲「A Quiet Place」。そのときの収録時間は13分14秒で、実は今でも村松健の数多のオリジナルで最も長いのがこの録音なのです。

近年、“10分音楽”というコンセプトでアルバムを作るほど、長尺の曲に思い入れを持っている村松健。目指すのは、長くても心地よく難解ではない音楽。そして、誰かの物語をなぞるのではなく、聞いた人の中でそれぞれの物語が生まれるような音楽。そんな村松健が、どうしてももう一度録音したいと長らく願っていたのがこの曲でした。

実は今回の録音で使用したのは30年前と全く同じピアノ、1927年製のニューヨークスタインウェイ。深さと輝かしさを併せ持ち、唯一無二の存在感を放つその音色に、あたたかなフルートの声が寄り添います。永遠に続くような愛おしさ。

今の村松健が放つ「A Quiet Place」はあなたにどんな物語をもたらすでしょう。

🎶 ハナウタストーリー ⑨

カヴァー楽曲はどのように選ばれたのか? 

実は村松健音楽活動40周年記念アルバム制作プロジェクトがスタートしたのは2023年6月末。 これまで村松健の音楽活動に寄り添ってくださった皆さんに記念アルバムの誕生に関わっていただき、完成の喜びを分かち合おうというのがこのプロジェクトの趣旨。 村松健初のカヴァーアルバムを作るにあたり、プロジェクト参加を表明された皆さんにおひとり3曲のリクエストを募りました。 

そして約半年間で集まったリクエストはなんと合計421曲! 古今東西、誰もが知ってる名曲から参加者自身のオリジナルまでジャンルも国籍も年代も実にバラエティ豊かな楽曲が集まりました。 さらに村松健自身がトライしたい曲も加えてより膨大になった楽曲群を、まずは作曲家ごとにまとめて、それをある条件(まだ秘密)でカテゴライズ。 

村松健はその中から、懐に飛び込んで“思いっきりあそべそう”な曲をセレクトし、トライアル開始!(事務局は著作権問題との長い戦いが始まる) そうやって絞りに絞って絞り出された曲たちが、今回のアルバムに収まっています。 

詳しくはフォトエッセイの中で、村松健自身の言葉で味わっていただくのが良いでしょう。 CDブックという形を敢えて選んだ理由も、実際に手に取っていただくときっと伝わるはず。 『ハナウタと足拍子』あなたの耳と目と触覚で何度でも繰り返し楽しんでもらえたら…  

「誰かのために書かれた曲が、時を経て誰かの物語になる。音楽が持つその幸せな循環を、このアルバムで感じていただけたら嬉しい。」 ── 村松健