nagareru

ひかりの春

2303essey

季節の到来の待ち遠しいのは、やっぱり凍える季節をくぐり抜けて訪れるこの季節ですよね。まず北風が息をつく束の間に感じる土の香り、そして南向きに変わって春一番が頰を叩く。三寒四温に半信半疑だった春の到来をそうしてだんだん信じられるようになる。時間をかけて訪れるから、毎年ありがたいんだね。今年もまた野辺に出かけていく。

枯れ果てた藪をくぐりながら、命の色を探して歩く。さまざまに色づく冬芽の向こうから、あの懐かしい香りがしてくる。野バラのようなつつましやかな花を、誰よりも早くその梢に咲かせる梅の木。僕が好きになったのはそんな時だった。香りが告げる季節の到来は、僕の中の暦になった。変わった子供だと言われながら、梅の盆栽を愛でたのもその頃。理由は、その幸せな瞬間を見逃したくなかったから。

この芳しさを、この温度そして湿り気を届けたい。こうして言の葉に心象風景を添えながら、いつも思うこと。当然ながらこの香りは写真には写らない。でもね、それを無理矢理やろうとするのが、僕は表現するってことなんじゃないかなと思う。そもそも言葉は、ボディランゲージが届かないところで必要とされ、生まれてきたものだし、共感は、やっぱり手間ひまかけたところからしか生まれないような気がするから。

いつでもカメラを持っていたいと思うけれど、シャッターはそんなにきらない。その瞬間がいとおしいと僕の針が触れる時まで、ずっと待っている。なぜなら、僕にとって写真は撮影者の気持ちを映すものに違いないから。後から眺めていて、その時自分に沸き上がったエモーションが蘇れば、そのカットは僕にとって、とても大切なものになる。決して戻ることができない素敵な記憶を、ふっと喜ぶことができるから。

少し肌寒くなってきて、上弦の月を空で見た暮れ始め。残照を受けて輝くこの花を拝んでいると、香りは色となってなまめかしく語りかけてくる。その艶やかさは、まだ少し生が秘められているこの季節だけの奥ゆかしい佇まい。上巳の節句に、この花が行き交うあなたの邪気を祓ってくれますように。

2023.3.3

今月の曲「ひかりの春」

hikarinoharu

アルバム「ひかりの春」1996年2月発売