第1日(2月22日・日曜日)
東京(600)―博多(1058) 1A 新幹線のぞみ1 東京→博多
結局寝付けず、一睡もしていない状態で東京駅に向かった。不思議とそんなに眠くないのだが、そのうちにちょっとくらい眠れるだろう。それよりも天気がどうなるのかが一番の心配で、天気予報ではこれからどんどんお天気下り坂とのことだ。ぼーっと外を眺めるには不都合だがそんなら寝ちゃおう、などとということばかり考えていた。睡魔よ、来るなら来い。負けてやる!寝るタイミングを見計らう僕。予想に反して、お天気はそんなに悪くならなかった。富士山はちゃんと姿を見せてくれて、富士山見物ファン(登山ファンではない)の僕はご満悦である。
ところが、他にも僕の予想に反していることがある。車内が満席なのだ。今日は日曜とはいえ観光シーズンではないのに、朝イチの列車、遠方での結婚式に出席すると思われる人から家族連れまでといういろんな客層であふれかえっている。うまくいけば3列の席を独占して横になってやろうという、ローカル線でしか通用しないような目論見は崩れた。それはしかたないとしても、もっと深刻な問題が現在進行中である。
なんで僕は隣席のおばさんとず〜〜〜っとしゃべっているのだろう……
隣席のおばさんは、実家のお母さんの介護に長崎の離島まで帰るそうなのだが、飛行機が嫌いで新幹線にしたという。それで、娘さんが僕とほぼ同い年だということで親近感を持ったのであろう。混んでるわねぇ、どちらまで?というありがちな挨拶から始まってかれこれ1時間、完徹明けの眠気を吹き飛ばす勢いのトークが続いている。こちらだってそれなりに返事をするから、僕は一人旅なのに、すでにここ1週間の全会話量を超える勢いで喋っているのだ。ほとんど視線をずらすことができない状況である。しかもおばさん、僕が退屈しないようにか、車販のコーヒーまでご馳走してくださった。モノに弱いのは僕の特徴だし、意気投合もこれだけすると立派なのだが、恐縮なので余計に眠れない。ちょっと休むねとおばさんが言ったころにはすでに東京を出発して3時間半、列車は広島県にさしかかっていた。
ウトウトしたスキに、新幹線は超高速で新下関駅を通過してトンネルに入った。この上は関門海峡だ。いよいよ九州という高揚感を感じる間もなくあっさりとトンネルを通過すると、教科書で見たような工場(北九州工業地帯)が眼前に広がってきた。ついに九州上陸である。少しくらい何か感慨が湧くかと思っていたのだが、特に何かを感じることがない。初めての北海道の時のように、鈍行列車で丸一日以上かかって行ったわけではないからだろうか。よくわからないが、実感なんて自発的に湧かそうと思うものではないのだから、どうしようもない。
新幹線は小倉を過ぎて博多へのラストスパートに入る。天気予報どおりに雨となったのは小倉を過ぎてからだったが、そんなことさえ気づかせないほど、おばさんとのトークもラストスパートだ。結局、ロクに車窓を眺められないままに新幹線の旅は終わった。ヘイお待ち!という勢いの、博多駅へのすべりこみだった。やっとこさおばさんから解放されてホームに降りると、東京では感じられないほどのムワっとした暑さを感じた。
いよいよこのきっぷを使います。
博多(1130)―西唐津(1237) 1685C 快速からつライナー 福岡空港→西唐津
新幹線から、いきなり地下鉄への乗り換えである。それなりに案内板があるので迷子になることはないのだが、とにかく暑さが鬱陶しい。雨がじゃんじゃん降っているせいか、ここ最近感じたことのない湿度が体にまとわりついてくる。地下鉄ホームに移動しても、それはまったく変わらない。なんせ圧倒的に人が多く、手に手に傘を持っているのだ。車内の湿度を上げるには十分である。
博多から乗ったのは、筑肥線の西唐津まで直通する103系6連である。どうしようもないくらい列車は混んでいたのだが、それは天神駅までのわずか2駅間で、そこからは降りる一方である。姪浜からJR線に入ると乗客はさらに減って1両にわずか十数人となってしまったが、ロングシートが旅情を削いでいる。まあ、福岡の通勤圏に闖入して勝手に旅情を求めているのは僕の方なのだから、JRとしては苦情を言われたところで迷惑なのだろうが。
真っ赤に塗られた103系。西唐津駅にて。
外は横殴りの雨になっている。僕は晴れ男というわけではないが、旅先で雨となることは滅多になかったから、逆に新鮮だ。なんせ♪長崎は〜今日も〜〜、などと歌う前から降っているのだ。それでも大雨だから、筑肥線沿線が玄界灘に沿う絶好のロケーションであるにも関わらず、金印を積んだ舟がしずしずと大陸から渡ってくるような『魏志倭人伝』的風情(勝手なイメージです)はまったく読み取れない。これじゃ“元寇”直前だよ。大雨による運行休止にならないように祈っているうちに、列車は終点の西唐津に滑り込んだ。外が霞むくらい雨なので、西唐津付近の路盤変更の状況を確かめられるような状況ではなかった。
西唐津はおとなしくこぢんまりとした駅だった。町の中心部は隣の唐津駅のようで、西唐津駅付近にはコンビニどころか、駅にもキヨスクがない。昼飯が……
西唐津(1249)―佐賀(1410) 5834D 西唐津→佐賀
真っ黄色に塗装された気動車のキハ125がやってきた。もちろんワンマン運転、ロングシートではないので、気を取り直していよいよ旅のスタートだ。外は相変わらずの雨降りだし、いくら車内が空いているとはいえ窓まで曇ってきた。状況としてはまったくよろしくないわけだけれど、ボックス席に足を投げ出し、そのへんに『時刻表』と『道路地図』(詳細な沿線情報は道路地図でだいたい間に合います)を散らかして、久しぶりの“旅”のスタイルが整った。
真っ黄色の気動車125系。
筑肥線との分岐である山本を過ぎると、列車は山間をぬって進む。ただし、列車がエンジンをわんわん響かせるようなことはない。線路の周囲には水田も広がっているので、山間と表現してよいのか微妙なところである。山だってそんなに標高があるようには見えない。とにかく特徴のない鄙びた路線だ。
そんな無礼なことを考えていた途端に、車掌が検札を始めた。すると僕のすぐ近くに座っていた厨房バカップルがキセルしようとしたらしく、車掌に怒られている。車掌の話す言葉はギタギタの方言で、勢いがあって怖い。印象的な路線だ。
佐賀(1427)―早岐(1538) 2937M 鳥栖→早岐
佐賀駅でなんとか昼飯(とビール)を入手し、ホームでパクつく。ぺろっと片づけたところにやってきた佐世保線早岐行きは、ピカピカの電車817系だった。この列車の内装はすごい。まず座席は基本的に木目調で、お尻の下とヘッドレスト部分が革張りなのだ。たかが鈍行列車にこの仕様だから、JR九州はなんと意欲的なのだろうか。とはいえ、わずか2両編成である。
マクラーレンカラーの817系。肥前山口駅にて。
列車は西へと向かう。雨は今のところ上がっているが、いつまた降り出すかわからない。そのうち窓が曇ってしまい、外が見えなくなった。窓を開けようにも、窓が全く開けられない仕組みになっているのが残念だ。しかし、それを補って余りあるほどの窓の大きさ!もし晴れていたら、外を眺めるにはうってつけの車両である。文句をつけるなら、なんだか窓から外を見ている気がしない。水族館みたいだ。
早岐(1613)―長崎(1817) 245D 佐世保→長崎
一転、今度は古ぼけた気動車のキハ66の乗客となる。塗装が旧来の国鉄塗装だ。僕はそんなに車両へのこだわりはないのだが、古い車両をごまかすかのようなへんちくりんな塗装をするよりは、こっちの方がずっと落ち着くと思う。
原色塗装のキハ66。早岐駅にて。
早岐を出発すると、次の停車駅はオランダ気分リゾート地で有名な“ハウステンボス”駅だ。駅のすぐ隣に施設があるのだが、ここは東京・浦安のねずみの国と違い、町の雰囲気作りで空間が構成されているそうなのだが、またしても降り出した雨によって、駅のそばに建つ洋館がねずみの国のお化け屋敷のように見える。ただし日本家屋は線路の反対側にしかないので、ハウステンボス周辺の景観はオランダ気分にあふれていてよい。もっとも、駅からハウステンボスに入場するには橋を渡っていかなければならない。日本の中にいきなり外国風の建物がかたまっているというのは、まるで出島?
列車は大村湾沿いを走っている。雨はまだ降っているものの、波はまったくおだやかだ。煙っているせいで湾の対岸がまったく見えず、水平線を眺めているような錯覚に陥る。いったい僕はどこを走っているのだろう?それでも、沿線の樹木のそこここに柑橘類がなっていたりして油断ができない。見所が小出しにされているようだ。
列車は諫早の先の長崎までの区間を、長与経由の遠回りルートで進む。このルートが長崎本線の本来の区間なのだが、特急列車は新たに作られた別のショートカット線(市布経由)を通ってしまい、こちらには見向きもしない。もっとも、ショートカット線はトンネルだらけ直線主体なので列車の速度は段違いであり、特急などはそちら経由で先を急ぐ。僕は両方とも乗りたい人だからいいのだが、諫早から長崎まで行くのに、悠長に長与経由の遠回りルートを好きこのんで選択する人はあんまりいないだろう。
だんだんと民家が増え、長崎市街に入ったようである。左右を山に囲まれた川筋を列車は南下しているのだが、周囲の山には中腹まで民家が点在しているので、一見すると横浜のような気がしてしまうのはご愛敬。西浦上でショートカット線と合流し、列車は定刻通りに長崎駅におずおずと進入した。正面が行き止まりとなる櫛形のホームは、終着駅の雰囲気を十分に盛り上げてくれるものだった。
長崎電気軌道
赤迫―正覚寺下(1番系統) 長崎駅前―蛍茶屋(3番系統)
蛍茶屋―正覚寺下(4番系統) 蛍茶屋―石橋(5番系統)
長崎では市電(チンチン電車)が大活躍している。待たずに乗れる状態で、次々にやってくる市電を眺めているだけでおもしろいほどだ。しかも運賃が驚異の100円均一、こりゃあ乗らないわけにはいかない。さっそく一日乗車券(500円。ただし車内では買えないので発売箇所に注意)を購入し、あっちこっちに行ってみる。とりあえずホテルまでは歩くにかったるい距離なので市電を、食事に出るのも市電を、さらに明日の行動確認も市電を、乗りつぶし目的で市電を……長崎には限らないが、市電は生活に密着しているためにその町の性格がよく表れている。3時間に1本しか来ないようなローカル線とはまったく違うわけだから、普段着の生活が車内にあふれているのだ。そんな市電だが、とにかく運転がアグレッシブである。赤信号から青信号に変わる前にフライングすることは当然、古い車体をきしませながらものすごい勢いで疾走する。それでも乗客は平気なもんだから、慣れとは恐ろしい。荒っぽい普段着である。
一日乗車券をJR駅で買うと味も素っ気もありません。
ホテルに荷物を置いて、夕食はちゃんぽん。やっぱ長崎といえばこれでしょう。それからあちらこちらを爆走市電で移動しては夜の市内を徘徊したのだが、妙に工事中の箇所が目立った。観光シーズンではないから、今のうちにという作戦?
背景がゴチャゴチャしている観光スポットの眼鏡橋。
向こう側の橋のたもとは工事中です。バルブ10秒撮影。