第二日目(平成17年9月30日・金曜日)

 5時のモーニング・コールで奇跡的に起きる。ローカルタイムだと3時起床というビックリ時間だ。はいつくばるように洗面し、よろよろと朝飯レストランに向かうと、すでに中国人観光客がレストランを占拠していた。……レストランが小さすぎないか?まごまごしていると、壁を隔てた隣のスペースもレストランということで、そちらに案内された。気分的にはもうなんでもいい。どうせ朝イチで国内線だから機内食があるだろうと期待し、もそもそとおかゆをすする。

 成田で買ってきたおいしいウィスキーを割られるというアクシデントを乗り越え(号泣)、6:30にホテルを出て空港へ。さすがに早朝だからか道路もガラガラで、ホテルから20分ほどで昨日もお世話になったウルムチ空港に着く。空港内は朝もはよからかなりの混雑である。新疆の区都だから飛行機の便数そのものが多いし、朝はやはりラッシュアワーなのである。それにしても中国の国内線はセキュリティ・チェックがうるさい。ポケットに入れていたモノは全部ひっくりかえされるし、テロ対策でミネラルウォーターなどの水分も開封済みのものは基本的にダメという。なんかの事件でペットボトルが使われたからだそうだが、「危険」と判断したら「一切ダメ」にしてしまう、この強引さがたまらない。

朝のウルムチ空港。



 海南航空(HU)7481便カシュガル行きで、ウルムチからさらに西に進む。機材は久々のB737だ。ちっこいけれど、バスに乗るような気軽さなので僕は好きである。まだローカルタイムだと6時過ぎ、周囲はやっと夜明けかな、といった時間だ。定刻8:15発だが、せっかちなお客さんばかりなのか、12分も早く動き出した。天気はよさそうだ。運が良ければ朝日に照らされる天山山脈が見えるかも?そうそう、空港で買った絵はがきを書かなきゃ。あれもしたいこれもしたいで慌ただしい。

 ザーサイ+パンというありえない組み合わせの機内食を食べているうちに、山々が見えてきた。これが天山山脈だ。シルクロードを南北に分けた、2400kmにも及ぶ大山脈である。最高峰は7000m級という情報よりも、万年雪を抱いた姿に僕は驚いた。おい、ここは砂漠地帯の隣だろ?確かに眼下は茶色の砂地が続いている。砂漠と言えば「水がない」はずだ。……ここではたと気づいた。そうか、水があるところにはあるけれど、ないところにはないという、onとoffとがハッキリしているのが砂漠の特徴なんだろう。

手前が雲、中央付近は雪を頂いた山。


砂漠の水たまりと、山。



 感心していたところで、さらに気づいた。天山山脈の奥、肉眼では見えないけれど、山のはるか北方には中央アジアの国々があるはずだ。「中央アジアの“草原”にて」といったらボロディンじゃないか。手前は砂漠の茶色、山々は万年雪の白、はるか向こうは草原地帯の緑なのである。

 草木が一本もないはげ山ゾーンと、道一本隔てて緑の木々ゾーンというようにハッキリ分かれた場所をしばらく飛び、ギリギリはげ山ゾーンに作られたカシュガル空港に、定刻より10分早く9:55に着陸する。小さな空港で、ビルこそ新築されたのかきれいだったが、電気が消されて薄暗い。待つことしばし、飛行機から降ろされたスーツケースがトラックに積まれ、ターン・テーブルに乗せられてぐるぐる回りだした。ターン・テーブルなんか1つしかないんだから、直接手渡してくれればいいのに、と思う。

手前が緑ゾーン、奥が山。着陸10分前くらいです。



 カシュガルの標高は1289mである。内陸にある割にはとんでもない高地というわけでもなく、若干肌寒い程度だ。さっそく数日間お世話になる専用バスに乗りこみ、市内に向かう。三車線の立派な道路だが、ほとんど車は走っていない。それよりもロバが荷車を引いていたり、羊が散歩?していたいりと、なかなか野性味溢れる雰囲気がたまらない。また、中国でも西のはずれの町だから、看板には漢字だけでなくウイグル語も併記されているため、不思議な雰囲気だ。早く町をぶらぶらしたくてたまらない。

 一旦ホテルに入ってから、有志でさっそく町の中心部「国際バスターミナル」付近に向かった。中国国内線の長距離バス(例・ウルムチ行き20時間)だけでなく、パキスタンやキルギスに行くバスも出ているというのが魅力だ。目的地までどのくらい時間がかかるか分からないが、地図で見る限り6時間程度で国境だろう。そんなバスターミナルの周りは、現地の人が普通に買うような日用品を売る場所だった。衣料品あり、香辛料屋あり、肉屋あり、屋台あり。こうなったら買ってみたくなるのが人情というモノ、あんまりお腹が空いていないのにナン(パン)を買ってみることにした。



お店の風景2コマ。



 直径30cmくらいの中サイズを1つくれと言ったら、屋台のオバサンは手で「5」を示した。5元?(70円。1元=14円で計算します)そんなもんかと思って10元札を渡すと、意外にもオバサンはゴッソリとお釣りをくれた。何とお値段驚異の5角(=0.5元。7円)!現地人の日常の食事なんだから実は不思議でも何でもない価格なんだけれど、一瞬とまどってしまう。さっそく食べてみると味はシンプルな小麦味、そのへんで売っているシシカバブでも挟まないとおもしろくない。でもローカルタイムでまだ10時といったところだから、シシカバブ屋台はまだ仕込みをしているところである。

日中価格交渉を取りまとめる筆者(撮影:鈴ぽちぇ師)



 ホテルに戻って昼飯を済ませ、午後は全員で出発。まずは「香妃墓(アパク・ホージャ墓)」だ。要は地方領主一族のお墓なのだが、見事なまでのイスラム建築にビックリする。どうしても日本にいるとイスラム教が身近ではないし、僕だって青空にミナレットという光景を実際に見るのは初めてだ。緑のタイル、花柄のタイル、浮き彫りになった彫刻などが青空に映えている。中に入れば整然と棺が並べられ、中央のドームにガッチリと覆われている。僕の知らない文化圏のまっただ中だ。地震で壊れて全面改装したとかで、どこか新築の雰囲気なのはご愛敬である。

アパク・ホージャ墓全景。

被写体がいいと写真の腕前なんかどうでもいいんです。



 市内に戻る途中、バザールに立ち寄る。市民が普通に買い物をする場所だ。全体の広さはよくわからないが、道は碁盤の目になっていて、ブロックごとに専門店が集まっている。名づけるなら化粧品屋通り、じゅうたん屋通り、香辛料屋通り、服屋通り、毛皮屋通り、シルク屋通り(シルクロードだ!)……観光客もよく来る場所らしく、ガキが日本語で刀(もちろん本物)を売りつけてくる。店のお手伝いをしているのは偉いが、さすがに持って帰れないのは知らないのかな。

香辛料屋さん。

じゅうたん屋さん。



 ホテルにほど近い「エイティガール寺院」へ。新疆最大のイスラム寺院で、正面の広場は憩いの場になっているのだろう、だいぶ人が多い。そういえば今日は金曜日、イスラム教のお祈り日じゃないか。新疆ではすでに仏教がなくなって久しく、完全にイスラム文化圏である(後日の『人民日報』で知ったのだが、僕たちが行ったときはすでに大礼拝が終って一段落したところだったらしい。礼拝中は広大な広場が人で埋め尽くされていた)。

正面広場です。モスクはこの奥でした。




 他宗教の僕が入っていいのか若干心配しながら、靴を脱いでモスクの中に入ってみる。じゅうたんが敷かれているほかは、特に目立つものがないのが特徴だろう。イスラム教は偶像崇拝を認めないし、アッラーは「いかなる、あらゆるものにも似ていない」とされている。だから、仏教のお寺のような仏像や曼荼羅はどこにも見当たらない。モスクの中央には「時計(礼拝時間厳守)」と、「説法台(礼拝の後にお話)」があるだけなので、お寺慣れしているとなんだか拍子抜けしてしまう。しかも写真はOKなのだそうな。確かに国宝級文化財とか仏像とかがないのだから、撮影が禁止されそうなものがそもそもないのである。さすがに礼拝者は撮影しない方がいいと思ったけれど。

 寺院の脇から「職人街」を散策する。道の両側に有る業種の専門店が数軒、その先に別の業種の専門店が数軒、といったような場所だ。楽器屋があってすごく心を引かれたのだが、看板が日本語なのが怪しい。入ってみると、一応はちゃんとしたものを売っていたので、値段もけっこうなものだった。僕たちのグループではない日本人観光客が、せっせと楽器を買っている。どうやって日本まで運ぶのかなあ?

 アジア恒例「10本1000円」のガラクタ首輪(ネックレスとは言えない)を売るおっちゃんにつきまとわれながら、さらに散策する。基本的に専門店ばかりなので、ブリキ屋ではブリキをハデにトンカンやってて好ましい。置いてあるのはバケツやジョウロだから絶対に買わないのだけれど、見ているだけで楽しくなってくるではないか。観光客が普通は買わない店のほうが、“現地の活気”を存分に感じることができる。

ブリキ屋のオヤジ。帽子はウイグル族の特徴です。



 夕方に「カシュガル歴史博物館(客什歴史博物館)」へ。カシュガルを中心としたシルクロード圏全体で出土した、土器やら発掘現場の写真やら昔の日用品やらが陳列されている。しかし、悪いけれどやはり“田舎の民俗資料館”みたいなもんで、ガラクタばかりという印象は免れない。特に見るものもなく早々に退散した。

 テンポ良く見学は終り、ホテルで夕食。いつものように大皿をぐるぐる回して食べ、食後に別棟でウイグル族のダンスを見る。民族舞踊や音楽を文章で表現するのは不可能に近いので豪快に端折るけれど、この人たちはたぶん大して練習もせずに、人前でダンスをしているんだろうと思う。ヘタだから、というわけではない。たぶんDNAの中に音と踊りが組み込まれていて、勝手に体が動くのではなかろうか。日本人が盆踊りを練習しないのと一緒である。盆踊りと民族舞踊を一緒にしたら怒られるかもしれないけれど。

踊りを撮らずに音楽隊を撮ってみました。



 みなさんが足裏マッサージに行くというので、ついて行く。くすぐったがりの僕は絶対にムリ、写真撮影をするばかりだ。案の定パスして良かったという光景が、目の前で繰り広げられている。みんなよく気持ちよさそうにしているねえ……ちなみにマッサージをしてくれるのは10代の女の子で、湖南省出身だとか。“出稼ぎ”という名目となっているそうだけれど、実際は一人っ子政策による口減らしじゃないかな、という気がしてならない。それでも女の子は元気で、ペチャクチャしゃべりながらみなさんをマッサージしている。

 支払いの時に、ガイドさんと店側でもめだした。最初の言い値と請求額が全然違ったらしい。後で聞いたのだけれど、こういうときに店側は日本人客からガッツリ請求し、ガイドさんに連れてきてくれてありがとうとバックマージンを渡すそうな。お店は儲かってホクホク、ガイドさんはマージンもらってホクホク、日本人は「日本よりも安い」というだけで実はボッタクラレているのにホクホクということになるのだが、ガイドさんはバックマージンいらないから通常料金にしろ、と言ってお店側に呆れられたそうな。裏エピソードは次から次へと起こるけれど、滅多に公開できないのが残念である。

 23時過ぎに全員でホテルに戻り、すぐに有志で念願の夜遊びに出かけた。僕たちの夜遊びは「舌でお遊び」だ。……公序良俗に反することではなく、1ブロックほど歩いたところにあるイスラム・レストランへ。牛肉麺にワンタンにトマトと茄子の煮込み(イチオシ!)にハトの丸焼きなどで、夜食である。ハトは塩コショウ山椒程度の簡単な味付けで、小骨が多いのを除けば意外とうまい。ああビールが飲みたい!しかし、イスラム・レストランだから、メニューもイスラムのルールでお酒やブタはない。それでも、こういうのも一興だと思う。ちなみにお値段は8人で食事して86元(1204円)、いつでも思うことだけれど、ホテルのレストランよりもこういう食事のほうが楽しい!

 ジョークのつもりでうっかり宣言してしまった。

「毎晩夜食、5kg増で帰国するぞ!」


第三日目につづく

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