第七日目(平成17年10月5日・水曜日)
「美女いるよ」と言われたんだから、期待して何が悪い!
この日はゆっくりと朝寝坊してから「新疆ウイグル自治区博物館」に向かう。完成したばかりのピカピカの建物に、美女がいらっしゃるんだ。妄想はどんどん膨らむ。
新築〜
館内に入ると、まず現在の新疆の大きな立体地図が置かれていた。さすが中国の六分の一を占めるという広さで、だいたい三角形である新疆内の、ちょうど真ん中付近を僕たちは横断してきたことが分かる。それでも全域を横断したわけではないのだから、改めて広さを実感だ。
展示室は、新疆の歴史的な変遷や出土物が、旧石器時代から順に整理されて展示されていた。まだオープンしたばかりだからか案内書きが少なく、これから順に増やしていく予定だそうな。ご案内書きの取り付けは普通、オープン前にやることなんじゃないかなあ?そのうちに、チベット語の文献が上下逆さまに展示されているのを発見する。オープン前にちゃんとやれ!
二階の展示室に入ると、目の前にいらっしゃったのが「楼蘭の美女」だった。もちろん「美女」と名づけられたミイラさんである。ミイラに美女も何もあるか、と思うのは気が早い。骨格からCGで元の顔を復元したところ、彫りが深く鼻筋の通った、完全に西洋系の顔立ちが復元されたのである。確かに「美女」だ。さすがにどこの血が入っているのか分からないが、東西交易の過程で楼蘭にも西洋系の血が確実に入っていたのである。……ただし、死亡推定年齢が45歳前後。要は「おばはん」なのが心残りだ。
もちろん館内は写真撮影不可です。勝手に撮ってる中国人だらけでしたが……
僕たちを案内してくれているのは、この博物館の日本語ができる学芸員である。なかなか熱心な人で、しゃべっては移動、しゃべっては移動。ついにおみやげ物売り場でも、並んでいる商品はいつの時代のどういった価値のあるものをレプリカにした、と力説している。博物館なんだから、土産物よりもホンモノを見せろ、と思う。あきれたし、僕はすっかり疲れていた。床が豪華にも石で作られているので、意外と足に負担がかかるのかしら?前夜に夜遊びしないで、ぶどうを食べてウィスキーを飲んで体力回復したのに。
この博物館は、新疆全域に居住する少数民族の展示も豊富である。もちろん少数民族はそれぞれで若干の違いがあり、服装により居住している区域の温度が、家の造りで職業が、なんとなくだけれど想像できるのは楽しい。ところが各民族の衣装が十数枚ぶら下がっている前で、添乗員さんが「クイズ。昨日の高昌故城にいた人の服はどれでしょう?」。僕の答えに対していただいた評価は「今すぐ国外退去」。
自転車に荷車をつけ、5m級の鉄管を乗せたありえないじいさんを横目に、新疆で最後に訪れたのは普通の観光地「紅山公園」。小高いとがった山のてっぺん付近が公園になっていて、国慶節(建国記念日)の連休中ということもあって、家族連れがとても多い。民族舞踊やちょっとした子供用乗り物は大にぎわいだ。ヘビ使いなんかもいて人の目を集めている。のどかな普通の休日のお昼過ぎ。
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(左)民族舞踊をやってました。 (右)一緒に撮影すると有料、コッソリ撮ると無料。
休日が終れば平日がやってくるように、僕たちの旅も「長い帰り道」が始まる。
市内で昼食を済ませ、空港に向かう。ここで感傷的にでもなれればよいのだけれど、そういった気持ちにはなれない。たぶん、僕の中で“新疆で見たこと”が整理しきれていないからだけれど、「移動がメイン」みたいな旅だったから、何に感傷的になるのかという気がしないでもない。
そういえば食べ物の写真を全然載せていなかったので、なんとなく。魚はウルムチだから食べられるものです。
スーツケースの重量超過でもめにもめてから飛行機に向かう。海南航空(HU)7898便、西安行きである。搭乗開始のアナウンスとともに、乗客は搭乗ゲートに列を作る。あとでゆっくり乗ればいいや、というのは日本人だけだ。中国人はせっかちだと思うが、素直な国民性ってこんなところに出るんだと思うと、笑いが止まらない。ニヤニヤしながらB737−800という、かなり新しい機材に乗り込むと、定刻より6分も早く15:59に飛行機は動き出す。せっかちである。そういや、2日目のカシュガル行きも早く出発したんだった。まあ、早く移動できるに越したことはないけれど。でも、飛行機が動き出した瞬間も、まだ客が機内を歩いていた。ありえないって……
飛んでしまえば、あとはやることがない。日本なら機内誌や新聞などで時間をつぶすことになるけれど、ここは中国、お楽しみの機内食である。案の定、パンが入ったボックスが先に配られ、うどんorライス?と聞かれた。新疆とはお別れなのだから、ここはやっぱり「うどん」でしょう。さんざんお世話になった味なのだから。あれ?感傷的になってるか?実はなんとなく食欲が湧かなくてそれどころではなかったのだけれど、味見は大切だからうどんだけ食べて、パンはあっさり残した。
ぼーっとしていると、機内がざわつき始めた。通路の前のほうに立った客室乗務員が、何かしゃべっている。ずーっとしゃべっている。延々と喋っている。緊迫感がないので「機内にお医者様はいらっしゃいませんか」という雰囲気ではない。なんと、オークションが行われていたのである。出品されているのは「海南航空の安売りチケット」、国際線にも適用されるそうだ。200元くらい?からスタートして徐々に値が上がってゆく。定価がわからないし、そもそも中国と日本では「指折り数の数え方」が違うので、冗談でも入札ができない。そのうちにチケットは1460元(20440円)で落札された。聞いてみると、定価が1800元とのことなのでだいぶ安い。しかし、中国の国内線には「事前予約不可、当日に空席があれば半額」といったかなり乱暴な割引があるので、添乗員さんが言うには「あんな高いのなのに買っちゃってぱかね」だそうである。
18:55、だいぶ夜の色が濃くなったところで、霧に包まれた「西安・咸陽国際空港」に到着した。ここ一週間ずっと雨が続いていたそうで、とにかく空気がしめっぽい。その後知ったことなのだが、異常気象で西安周辺は大雨が降り、だいぶ農業被害が出たとのこと。
さて、いきなりだが僕は空港名の「咸陽」にいきなり興奮する。現在の行政区分で、西安のお隣が「咸陽」市、そこに空港があるから咸陽国際空港という当たり前の話なのだが、咸陽といったら始皇帝がいた秦の国の都があったところではないか!西安は昔の名称が長安で、シルクロードの出発地だったところだ。機内でぼーっとしている場合ではなく、心の準備をしておかなければならなかったのである。なんだか人様の家に玄関から入らず、いきなり居間に入っちゃったような違和感を覚える。
とはいっても、もうすっかり夜である。今日はホテルで泊まるだけなので、早く着いてほしいところだ。しかし、空港から市内まで50km、約1時間かかるという。もうちょっと便利なところに作れないものなのだろうかとは思うけれど、このあたりは古墳だらけ、遺跡だらけ。空港なんていう巨大な施設は、うかつに作れないのだろう。さすがに歴史の中心地!僕の興奮も恣意的だ。
大雁塔が見えてきた。ずいぶん人が多く出ている。連休の夜にライトアップされているのだから、夜景を見に集まっているのだろう。暗いのでよくわからないが、周辺もすっかり変わっちゃったそうである。僕は初めての西安なので、違いがよくわからない。明日も博物館だけだから、ほとんど西安を見ないまま帰国することになるのだ。でも、まあいいやと思う。いつになるかわからないけれど、次に西安を訪れるときに、フレッシュな気がするだろうから。
ホテルで最後の晩餐。いつもより豪華で手が込んだ中国料理が目の前に並ぶ。しかし、今日は食欲がほとんどない。食傷には縁がないはずなのに、何故だという思いばかりである。すると、僕の両隣に座っていた先輩と友人も、ほとんど料理に手が伸びていないことに気づいた。そこで、食べないんですか?僕はちょっと食欲がなくてと話したところ、お前も?と言われた。そういえば昼食の時もこの3人で座っていて、お互い箸が進まないことにうすうす気づいていたのである。3人の共通項で何か思い当たることは?そういえば、昨晩一緒にぶどうを食べた。こいつに当たったんだろうか?どうせ生水で洗っているけれど、皮をむけば大丈夫だろうと思っていたのである。他に原因も考えられないし、旅の疲れが溜まっているときだからダメだったんだろう。3人同時に凹む。油断した……
というわけで原因が判明したところで、恒例の夜遊びへ。食欲がないので、「1回だけは体験しよう」と決心した「足裏マッサージ」に行くことにした。くすぐったくないかもしれないし、何事も経験しなければ……
すっかり人通り車通りもなくなった大通りをタクシーで10分ほど走り、別のホテルの足裏マッサージコーナーに着いた。マッサージをしてくれる女の子が入ってきただけで、早くもドキドキである。案の定、最初に足をじゃぶじゃぶ洗ってもらうだけで、もうくすぐったい。そういえば「くすぐったい」という中国語を僕は知らない。どうしようどうしよう。
女の子の手は僕の太ももに伸びた。服の上からマッサージである。いかん。もうその時点で身もだえする。仲間はみんな気持ちよさそうにしているけれど、よくまあ平気なもんだ。いや、僕がくすぐったがりすぎ?一生懸命ガマンしてたら、足をぱんぱん叩かれて「リラックス!」と言われた。そのうちに足ツボをグイグイ押される。メチャクチャ痛い。ツボ以外を触られるとくすぐったい。というわけで40分に渡り、拷問のような時間を過ごす。やはり自分の苦手なことにチャレンジするのは容易なことではない。
その割には、終ってみると少し足が軽くなったような気がする。少しは疲れがほぐれたのだろうか。添乗員さんに足裏が痛かったと言うと「悪いところあると痛いよ。足の裏痛いのはお腹か悪いよ」とのこと。案の定、である。
今日の名言:「クチャのみかんです。食っちゃってください」
バスの中でみかんが配られたときの団長先生。いかん、笑ってしまった。