第一日目(平成18年2月15日・水曜日)


 意外と多くのお客様を乗せて、JAL635便(B767-300)はサテライトを離れた。定刻より2分遅れの9:37である。僕は進行方向右側の窓際、非常口座席で足を伸ばして座っている。出発直前まで仲間とメールしあっていたので、飛行機が動き出したところでいよいよ旅が始まったと思う。ところが、僕の高揚感を演出してくれる小道具が使えない。全席標準装備のモニターで機外カメラを見ることができないのだ。子供っぽいという批判が圧倒的に寄せられそうな気がするけれど、僕はモニターで機外カメラを見たり、経路図やら地対空速度なんかをチェックするのがとにかく好きなのに、非常口座席だからシートベルトのサインが消えるまでは使用禁止なんだとか。モニターをイスの下から引っ張り出させろ!さらにイライラを募らせるのは、中国路線なんだから例の暫定平行滑走路から出発すればいいのに、わざわざ第一ターミナルを回り込んでメインの滑走路から出発するため、地上をウロウロ走り回るだけで20分もかかっている。いつの間にか背後をNW貨物機(B747-400)がピッタリと尾行してきて、なんか巨大なNW機に我らがB6の機材は食べられちゃいそうだ。

 離陸して千葉県上空〜湾岸までは晴れていたが、空気が汚れているのかなんとなくぼんやりとした印象である。2月なんだから、もうちょっとスカッと晴れていてほしかったのに。おまけに曇りがちで、ギリギリのところで我らが台○区は雲の下、しかもお楽しみの富士山は進行方向左側、僕の席からは見えない。辛うじて八ヶ岳?を撮影したところで、本格的に曇ってきた。完全に真っ白だ。

曇る直前の江東区・墨田区・荒川区上空。



 飛行機は琵琶湖南岸→瀬戸内海上空→福岡上空→五島列島上空と進む。僕はビール→ビール→ビール→ワインと進む。午前中から飲むことなんて国際線のときだけだから、幸せだ。もっとも、僕がそろそろ切り上げようとしたところで、隣に座っている添乗員さんが気を使って次のお酒をどんどん渡してくれるのである。どうせ窓の外は真っ白なので、することがないのだ。しばらく旅の恒例である絵はがきで時間をつぶすと、完全な酔っぱらい手紙が完成した。かなりの嫌がらせになることだろう。

 まもなく着陸ですというアナウンスがあっても、窓の外は真っ白だった。雲を抜けても真っ白だった。何がなんだか分からないうちに地面があり、12:17(中国時間です。日本時間マイナス1時間)に杭州・粛山国際空港に着陸する。大雨で、霧もかなり深い。これでは空港周辺の雰囲気もよくわからない。添乗員さんも「杭州あまり霧出ないよ。珍しいね」と言っているほどだ。とにかく真っ白でよく分からないから、実は成田に戻って来ちゃいました!と言われても信じそうである。でも明らかに日本じゃないと思うのは、滑走路を職員(?)がチャリンコで走っていることだ。なんだろう、何度見ても見慣れないこのありえなさは。

 空港から小一時間ほど走り、杭州の中心地に向かう。今までは旅行初日なんて移動ばかりだったから、さっそく見学地に向かっているという感覚がまだない。とにかく煙っているので何か感じることもちょっと難しいし……というタイミングで、銭塘江を渡る。綺麗な川ではないけれど、ちょっと濁った水が両岸の堤防までビッシリと流れている姿は壮観だ。橋の長さは1km強だと思うけれど、とにかくめいっぱい川面。「悠々と」という形容詞はこういうときに使うのだろう。

 多くの車が行き交う市街地をクネクネと走るうちに、最初の見学地である「白塔」(1000年ほど前の仏塔)に着いたときが、この日で一番ヒドイ雨だった。杭州は歴史のある町で史蹟も多く、観光都市であるという。それでも、これだけざんざん降りの中を歩くのはちょっと骨だ。しかも、白塔は古いものであるために敷地外から覗くだけ、昇ることはできないとのこと。じゃあいいか、ということになり、車の中からチラッと見ただけで終わりにしてしまった。

 というわけで、最初にマトモに見学したのは「六和塔(リウパーター)」である。銭塘江のほとりに建つ仏塔で、どっしりとした造りに見える。上まで登れるというので急な階段をぐるぐる登ると、塔内には石碑や拓本があれこれ展示してある。オリジナルは博物館とかで、複製であるのが若干残念だ。上まで登ると、外は煙って真っ白である。目の前をたっぷりと流れる銭塘江の川幅は1.3kmもあるそうで、晴れていればその迫力たるや!と思う。大いに残念だ。
 
左・塔の入口。階段を昇ると右の六和塔がそびえています。


塔の上から見た風景。まっしろけ。



 続いて近くの禅寺「霊陰寺(リンインスー)」へ。山門をくぐると、多くの磨崖佛がお出迎えである。1000年ほど前のものから比較的新しいものまでピンキリだけれど、やっとお寺にやって来たな、と思う。今回の旅はお寺巡りの旅でもあるから、最初のメインディッシュだ。雨の中をさらに10分ほど歩いて、お堂に向かうと、黄色と赤で彩られた“中国のお寺”だ。とにかく仏像が大きく、キンキラキンである。壁ぎわから仏さんまでの距離がない(仏さんが建物の中央付近にいらっしゃる)ので、なんだか圧迫感を感じる。その目の前で、長〜〜いお線香を手にした人たちが、跪いてきびきびと投地礼を行っている。若いカップルも普通に座布団に跪いていたから、我々が佛さんの前で合掌するように、投地礼をするのがこちらのお参りの習慣なのだろう。若いカップルが手をつないでお堂に入ってきて、テキパキと投地礼してから手をつないで出て行く。多少どころではない違和感があるけれど、よい心がけだと思う。
 
左・磨崖佛、右・お寺の本堂(大雄宝殿)。雨がじゃぶじゃぶ降ってます。


 お寺からほど近い「西湖(シーフー)」に向かう。どうも“西湖”と聞くと富士五湖を想像してしまうのだけれど、こちらの西湖は町の真ん中にある湖である。なんとなく歩いてからなんとなく観光船に乗り、なんとなく船旅が始まる。相変わらず煙ってるのでよくわからないけれど、あそこが“孤山”って場所だよ、と先輩に教えられた。孤山!我らが中国天台宗では必修の地名で、1000年ほど前に天台宗の正統グループに論争を挑んだ「異端児チーム」のボスがいた場所である。孤山という地名から普通の山を想像していたのに、何のことはない、湖に浮かぶちょっとした島で、木のせいだろう、若干こんもりしている程度だ。湖の真ん中でケンカしてたのだろうか?静かな場所だから、あれこれ考えるにはいいだろうけど……と妄想しているうちに、湖の中に小さな石塔が3本見えてきた。なんだろうと眺めていたら、その石塔が中国のお札(1元札)の裏側に描かれている、西湖名物の石灯籠だそうな。そういうことは早く教えてくれ〜。

こんな船で遊覧します。水深がないのだそうです。



 中国には「西湖」と名の付く湖が35もあるという。その中でも一番有名なのが、僕たちが今いる西湖なのだそうな。それでも湖は町の真ん中にあるので、煙った向こうから林立した高層ビルが見えてきたときは蜃気楼かと驚いてしまった。人口600万もの大都市の一角に、落ち着いた観光地があったのである。

 どうでもいい土産物屋をチャッチャと流し、いったんホテルに荷物を置いてから食事に出発する。向かうは杭州駅の駅ビルにあるレストランだとか。……もう、鉄道好きには拷問のようなスケジュールである。駅にメシだけ食べに行くとは何事か!改札口付近で、10分でいいから鉄道の匂いを嗅がせてくれ……というワガママは小学生じゃないんだから飲み込んで食事をする。特別なことではなく魚料理が出るのが、シルクロードとの決定的な違いであろう。当たり前だけれど、ここは海のそばなのだ。それにしてもお皿の数が多く、とても食べきれない。またしても「1日1kg増量」が頭をかすめてしまう。

 ほろ酔いでホテルに戻り、旅恒例の絵はがきを買う。20枚入りを1セット買おうとしたら、先輩がジュース一緒に買ってよ、と言った。早めに両替したため、人民元を持っているのは僕だけである。絵はがきとジュースで84元(1260円。1元=15円で計算します)を支払う。えっらい高いなと思いながら部屋に戻りよくよく見ると、絵はがきの値段がおかしいぞ?印刷してあるのが「6.50元(97円)」、貼ってある値札が「68.00元(1020円)」?……をい店員!値札貼り間違えただろ!文句をつけるには時間が経ちすぎていた。ボッタクリにしては小さなものだけれど、精神的ダメージははかりしれないものである。ガッカリしながら、いろんな人に絵はがきを書き、みんなで一杯やってからこの日は床に就いた。

 旅行後の今から思い返してみると、この「絵はがきボッタクリ?事件」が、僕の周りに吹き荒れた嵐の前触れだった。



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