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水沫流人の水散歩(5) 河童のクゥと夏休み その2


 さらに言えば、康一が昇り降りしたのは川のフェンスだけではなかった。
 彼はクゥを連れて二階の自分の部屋へと上がる。たしかに子供部屋が二階にあるというのはごく当り前の話かもしれない。が、人目を避ける河童によりそい、生魚などを食べさせたりするうち、必然的にクゥの「ひきこもり」状態につきあうこととなる。
 もちろんそれだけではなく、一緒に相撲をとったり、お父さんが頭の皿にビールを注いだせいでクゥが酔っぱらい、珍妙な踊りを披露したり(このシーンは絶品!)、といったことでしだいに仲よくなっていくというのはある。とはいえ、二階の部屋で共に寝起きする行為のもつ意味は、やはり大きいのではないか。
 やがてクゥの存在はマスコミに知られ、安定的な世界がうちやぶられる。そこで騒ぎが大きくなるにつれ、クゥと康一の物理的アップダウンはますます激しくなるのだ。
 テレビ局でひと騒動もちあがったあと、クゥは追いつめられるようにして東京タワーをよじ登ってゆく。怨みをのんで殺された父親の片腕を手に、河童の神通力によって竜を呼ぼうとする。
 東京タワーは中沢新一の言を待つまでもなく、死者を祀る「岬」の上に立つ霊的建造物であり、破壊の神を召喚する場所としてはまさにうってつけなのだろう。かくて観客は東京中が壊滅するのではないかという危惧をつのらせ、手に汗をにぎることとなる。
 いっぽう康一は、ここでもクゥの後を追いかけ(同時に彼の怒りや悲しみにつきあいながら)、タワーを登ってゆく。それが幸いしたのか、町に襲いかかろうとしていた竜は「寸止め」状態で思いとどまり、上空から去ってゆくのだった。かろうじて東京は救われた。

 二階での「ひきこもり」から始まって、ストーリーが緊迫し事態がエスカレートすればするほど、クゥたちの空間的位置は高くなっている。
 思うに、クゥそのものが「水」のメタファーなのではないだろうか。
 たとえば遠野の川や沖縄・山原(やんばる)の川といった、水平に近いゆるやかな流れのなかでは心穏やかに遊んでいる。しかし高低差が激しくなってくると、しだいに気持ちをたかぶらせ、ついには破壊的な力を発揮しはじめるのだ。
 近代以降、人間は力によって川を屈服させようとした。日本では「高水工法」と呼ばれる技術を西欧から導入し、巨大なダムやものものしい堤防を築きあげた。その結果自然を破壊し、かえって水害を多発させるという愚を犯してしまった。クゥが追いつめられてゆく過程は、そうした水と人間との厳しいせめぎあいの歴史さえも連想させる。
 すべては康一がフェンスを越えることから始まった。禁じられた「高さ」を乗り越えることで「何か」が起きてしまった。
 たしかにそれは、恐ろしくも魅力的な行為なのかもしれない。


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水沫流人(みなわ・りゅうと)
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