水沫流人,幽,怪談文学賞,長編部門優秀賞,小説,七面坂心中,ダ・ヴィンチ,ダヴィンチ,ダ・ビンチ,ダビンチ,みなわりゅうと,審査員,岩井志麻子,木原浩勝,京極夏彦,高橋葉介,東雅夫


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朝霧義水
水沫流人
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コラム「水沫流人の水散歩」(10) パン



 遠くまで散歩に出かけたときは、パンを食べることにしている。
 緑に囲まれた公園のベンチに座り、左手にはコンビニで買った菓子パン、右手にはブラックコーヒー。目の前は水辺であることが望ましい。この3つが揃った場合をひそかに「フルコース」と呼んでいる。
 貧乏人の自分にとって本物の「フルコース」を食するほどの金銭的余裕はないが、これはどんな贅沢な料理にも勝るとも劣らない至福の味わいである。

 その昔、茶人は裏庭に草庵を結び「市中の山里」と呼んだという。僕にとってはパンを齧(かじ)ったその瞬間、広い公園がたちまち「手中の山崎パン」(?)のごとく我がものとなる。ふっと解放感を味わう。生い繁る木々の葉や水面(みなも)の広がりやらが輝いて見え、周りの自然に体が同調しはじめる。
 そんな境地を「茶道」に対抗して「パン道」とでも称したくなる。
 では茶会の客人にあたるのは何?
 それは猫や鳩たち。ときにはカラスまでやってくる。しかしこちらはケチなので、決して食べものを分け与えるようなまねはしないのだ。

 最初のうち、人目につくところで食べるのは少々気がひけた。
 いつのまにか慣れてしまい、そのうち、むしろ向こうのほうが遠慮しており、近くまで寄ってこないことに気づいた。「茶道」のひそみにならって言えば、これこそが「結界」なのであろう。つけ加えると、ここでもし自分が昼間からアルコールでもたしなんでいれば、「結界」はさらに拡大の一途をたどること、うけあいである。
 以前、JR常磐線で見た光景を思いだす。
 夕方、まだ早い時間帯にもかかわらず、サラリーマン風の男がスルメなどをツマミにカップ酒を立ち飲みしていた。車内は混みあっていたものの、男の前には30センチほどの空間がポッカリとあいていた。
 ただし花見どきの公園は、この「結界」が一気に融解する。皆が皆、大いに飲み、かつ食べているのだから。所属するグループのシートがそれぞれのエリアを示すとはいえ、フラットな感覚で、ときには見知らぬどうしが交流をはじめたりする。
 飲み食いをともにするというのは、本当に不思議な作用があるものだ。

 まさに「一期一会」である。
 僕の場合も知らず知らずのうちに自然と一体となり、「共食」しているのかもしれない。いつのまにか、見えない何かが猫や鳩と一緒にきて横っちょに座り、嬉しそうにパクパクやってたりして……。

 ※共著でダ・ヴィンチ文庫から『怪談列島ニッポン』という短編集が出ました。僕の作品タイトルは「層」。柄にもなく”怖い話”を意識してみました。9人の作家による競作集ですが、粒ぞろいの力作・佳作ばかりですよ。


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水沫流人(みなわ・りゅうと)
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