朝が夜で夜が朝です。狂っています(おおむねぼくが)。
今の住処に移る前、ぼくは自転車通勤でした。その行き来によく出会うヒトがいました。
年の頃は60歳くらいの男性。おそらく脳内出血系の病気にかかったのでしょう、半身を引きずるようにして、それでも杖をつきながらゆっくりゆっくり歩いています。会社から家の近くまで、長い長い緑地帯が続いていて、ぼくはそこを通勤路にしていました。爽やかなその緑地帯は、イヌの散歩を初めとする多くの人に好かれているようで、彼もまたそこを好んでいるようでした。
彼がつく杖には、ドラえもんとピカチュウという偉大な国民的アイドルのヌイグルミキーホルダーがついていました。彼の杖と不自由な足が1歩進むたび、なんだか争うようにドラえもんとピカチュウがゆらゆら動きます。もしかしたらお孫さんにプレゼントされたのかもしれません。彼はその杖をついて、ゆっくりとじんわりと彼なりのリハビリをしていたのでしょう。
ぼくがさっさかさーと自転車をこいで彼とすれ違ったり、ゆっくり歩く彼を追い抜いたり、カサを差した彼の顔は見えないけどキーホルダーだけを見ながらすれ違ったり、そんな日々が続きました。
彼に会うたび、だんだん、だんだん彼の歩き方からぎこちなさもとれているような、そんな気もしました。
ここでよく考えてみると、ぼくの生活っていうのは、サラリーマンとは言い難いメタメタ不規則状態なワケです。早朝に帰ったり夕方出社してみたり、逆に、たたき起こされて早朝出社したり、昼飯を食って眠くなったから帰ってみたり(これはウソ)。特に自転車通勤をしていたときはそれが非常に激しかったのです(今は基本的に電車通勤なのでだいぶマシになりましたが)。
そんな不規則なぼくと彼がよくすれ違う、ということはどういうことでしょう? 偶然が偶然を呼んだ? そんなバカなことはありませんね。
きっとこうだと思います。
ゆっくりじんわりと彼は、1日のかなりの多くの時間を、杖をついて歩くというリハビリに捧げていたのでしょう。もちろんそれ以外にも、病院に通って病理訓練なんかも受けていたかもしれません。アレって大変なんですってね。痛かったりして。それはともかく、ぼくとほとんど毎日すれ違う確率が生まれるほど彼は、長い時間にわたって杖をついて歩いていたに違いないわけです。
そんな彼と、今日たまたま会社の近くですれ違いました。もう半年以上前にすれ違ったきりです。
あいかわらずキーホルダーは杖の柄にぶら下げられていて、なんだか争うように揺れています。でも、ドラえもんもピカチュウもだいぶ薄汚れて、国民的アイドルも形無しです。
そして彼は、半年前に見たときよりもはるかに足を引きずらなくなっていて、ほとんど普通に歩いていました。どうやら彼のリハビリは成功したらしいのでした。
ぼくも今日は歩いていたので、彼とほとんど変わらないスピードですれ違いました。そしてそのとき思わず笑顔で頭を下げてしまったのでした。あわわわ。不審に思われるッ! そんなぼくの危惧にも関わらず、彼も笑顔を浮かべて、ペコリと頭を下げてくれたのでした。
彼はきっともっとよくなって、いずれ苦痛を伴わない、リハビリではない散歩を楽しむようになるでしょう。でも、そのときもあの杖を手放さないでいっしょに歩くんじゃないかなあ、そんな気がしています。
それで原稿は?
さてどうしましょう。イロイロと狂いつつあるようです(おおむねぼくが)。