考古学のおやつ

朝日のデッサン−逆サバ全国区・中篇

萬維網考古夜話 第34話 13/Jul/1999,14/Jul/1999

(14/Jul/1999補足)おしまいの方に補足を入れています。

前話に続いて,きまぐれNEWSLINKと考古学報道についてお話しします。前回を資料篇とすれば,今回は分析篇。少しだけ分析があります。
もともと1回で話し終わる予定だったんですが,事例が長すぎて前後に分け,今度は朝日新聞の話を詳しく話すことにしたので,3回シリーズになってしまいました。やりすぎという気もしますが(^^;ゞ。で,同じタイトルが続くのもいやなので,前篇は「25000年問題」にし,「逆サバ全国区」は副題にしました。


arc-netの掲示板で話題になり,前話の末尾に慌てて付け加えておいた東京都・西台後藤田遺跡・第1地点のCD-ROM版報告書の件は,すでにin-sider氏が朝日新聞に対する質問状を公開しておられます。私はこの報告書の件自体については詳しくありませんし,当サイトでなくarc-netの方で話が展開したので,詳しくはそちらを見ていただくことにして,ここでは,元の記事と,私が関連して発言した内容を中心ににちょっと触れておきます。まずは原文の引用から。文字の色分けについては後ほど触れます。

▽ペーパーレス時代らしく,遺跡発掘の報告書が初めてCD-ROMになった。東京都の都内第二遺跡調査会の「西台後藤田遺跡・第一地点」。図版・写真はカラーでA4判七百ページ分。千枚で費用は三十万円。
▽ところが,「お役所の要請」もあって急きょ,活字の報告書も出版することに。文書や図版をCD-ROMから起こして版下にした。こちらの費用は千部で三百九十万円。
▽遺跡発掘といえば,分厚い報告書が慣例だったが,CD-ROMの報告書だと,「昼寝のまくらにもならない?」との声も。 〔朝日新聞6月29日朝刊「青鉛筆」〕

このような短い文では,よりはっきり構造がわかるのですが,朝日新聞は,記事の中に対立的な構図を構築して書くことがあります(考古学の記事に限りません)。「●●という動きがあるが,これに対して○○という動きもある」と言った感じ。今回もまさにその構文にかなっています。

この構文,もっともらしい文を書くにはまことに有効で,客観性も装えるし,文章が上手に見えますね。入試問題に朝日新聞の記事が使われるはずです。
また,この構文で書かれた記事だと,受け売りで話したときに,それなりにカッコよく聞こえるあたりも,要チェックです(ばれても,『朝日』の引用なら大して恥にならないしね)。それはつまり,つい「そういうものか」と信じてしまいやすいということですよね。

ところが,たまにこの対比が失敗しているというか,どう考えても○○が●●に対する有効な対立物ではないとか,あろうことか,○○の実在自体が疑わしかったりとか,と言うことがあります。つまり,「紙面上の対立的な構図」のために,むりやり事実が動員され,その結果,部品は事実だけど作られた構図は虚構なのでは?ということが起きているのです。いえ,部品が事実なら,まだ救いはあるのですが……。残念ながら,この「青鉛筆」も,その例になってしまったかに思えます。

それでは,上の「青鉛筆」はどのように読めばいいのでしょうか。ここはまず,「構文」を骨組みから洗い直すべきでしょう。わかりやすいことに,3段落に分かれています。第1段が主題,第2段が主題への対立物,第3段がオチですね。
第1段と第2段の対立点は何か。それは「発掘報告書がCD-ROMなら30万円,活字なら390万円」ということでしょう。「CD-ROM30万円」と「活字390万円」という2つの情報が,まず対立物として設定されたわけです。
そうすると,第1段の「初めて」,第2段の「お役所の要請」「急きょ」は,対立関係を強調して構文を補強するための言葉と考えられます。第1段の「ペーパーレス時代」と第2段の「文書や図版をCD-ROMから起こして版下にした」,そして第3段は,この対立関係を記事として成立させるための言葉と言うことになりますね。
上の引用で濃い色で表したのが,より基本的な対立関係,薄い色で表したのが,構文を強化するために補足されたと私が判断した部分です。

結果的に,この記事を関連の知識もなく読んだ場合,記事そのものから,どんな印象を受けるでしょうか。
「せっかく初めてCD-ROM版報告書を作ったのに,役所の都合で活字版も作った」という風に受け取るのではないですか。
え,元の記事のままですって?そんなことないですよ。基本的な対立関係(として設定されたもの)以上に,構文のために動員された部品の方を強く印象に刻み込んだ受け止め方だということに,注意しなければいけませんね。

さらに問題なのは,この分析だけでは,どの部分が事実で,その部分が事実から逸脱しているか,確定できないということです。


さて,上の「青鉛筆」を読んで,私がきまぐれNEWSLINKに載せた記事は下の通りでした(現在は出典を付記しています)。

東京・CD-ROM版報告書
西台後藤田遺跡・第1地点の報告書はCD-ROMで費用30万円。ところが活字版も出すことになり,こちらは390万円だそうだ。〔きまぐれNEWSLINK:6/29

基本的な対立関係と判断した部分は,おそらくこちらに事実の核があるだろうと考えて残し,構文のための補足と考えた部分は,やや怪しいと考えたので削っています。ただ,「活字版を後から作った」というニュアンスを残したのは,失敗でした。

arc-netでは,6月30日に早くも廃屋の猫さんが疑問を表明しています。記事に書かれたようなお金の使い方は,「お役所」ではかえって考えがたいからです。私も同感です。また,in-siderさんの質問状も,日付は6月30日になっていますから,行政機関での埋文調査をある程度知っている人なら,記事のおかしさに即座に気づいたというわけです。
それだけに,きまぐれNEWSLINKに「ところが活字版も出すことになり,」という表現を残していた私は不用意でした(^^;。

しかし,そうした予備知識なく上の「青鉛筆」の記事(そしてきまぐれNEWSLINKの記事も)を見たら,確実に誤解してしまうことは想像に難くありません。

(14/Jul/1999補足)この報告書,やや前後しましたが,職場に届いていた実物(緑の表紙で箱入り)を確認しました。いかにもDTPを駆使した感じです。
藤波啓容・林辰男・中村智美・中村真理・金子優子編,1999,『西台後藤田遺跡第1地点発掘調査報告書』,都内第二遺跡調査会西台遺跡調査団
A4判で700ページあまり。巻末に確かにCD-ROMがついてます。この分量で,『朝日新聞』にあるような経費であれば,DTPを駆使して経費を圧縮する努力があったということでしょう(憶測)。
さて,この報告書,「報告書抄録」の「発行年月日」は「西暦1999年3月31日」ですが,同じページの奥付では「1999年2月26日発行」になっています。なんででしょ(^^?何か,製作工程上の事情かなと思いつつ書架に戻そうとしたとき,箱に押された丸いスタンプに気づきました。私の職場に届いたときの受入印です(担当部署に届き次第押印していると,担当者に確認しました)。それには「11. 3. 16」とあります。どうやら,年度内の報告書作成を目指していたのが,DTPを操っての努力の成果か,予定より早く印刷・製本されたので,奥付を現実に合わせたようです。
いずれにせよ,3月中頃にはこの報告書の活字版が,年度末を待つまでもなく存在したということですよね。じゃぁ,6月末になって『朝日新聞』が記事を載せたのは何だったんでしょう???

朝日新聞の構文,一通りおわかりいただけたと思います。すると,上のように当事者や同業者に気づかれるような破綻が起きていない(あるいは,気づかれにくい)文章でも,ひょっとして記事の文章構成のために事実から踏み出している,あるいは踏み外しているのでは,と疑ってしまいます。部品までがつくりということはないと信じたいのですが……と最初の原稿(前後編だったころ)ではフォローを入れていますが,どうもそんな気遣いは無用だったようです。

上のような経緯がありましたので,きまぐれNEWSLINKでは7月6日からニュースソースを付記するようにしました。また,記事の原文も,消さないでハードディスクに保存するようにしました。事実やニュアンスの問題が生じたとき,原因を究明できるように。
ただ,あまり有効な善後策ではないかも知れません。記事の分析が不充分なままで記事を追加している現状に変わりないわけですしね。

今回は記事をちょっとだけ分析してみました。次回,やっと結論が出ます。


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