考古学のおやつ 著作一覧

工房の風景を復元するために

出典:『東北アジアの考古学[槿域]』(東北アジア考古学研究会.1996),335-344頁

土器製作技法の法則的理解とそのための用語の提示という課題が念頭にあった1994年ごろに執筆したもの。執筆時点では同工品論や,叩き技法・ロクロ技法などの考察ができていなかったので,それらに関する記述は不十分である。そのくせ結論を焦り,理念に走った部分もある。

韓国の同世代の人に自分の研究法を知らせるという意図から,朝鮮語で発表した。(18/Apr/2002)

目次


1.はじめに

近年,朝鮮半島や日本列島において出土した陶質土器について,観察が緻密になり,実測図や写真の精度も向上している。筆者もそうした傾向に便乗し,陶質土器の製作工程・技法に焦点を合わせて,観察と考察を公にした〔白井1993〕が,考察としては,観察で得られたいくつかの事実を書き散らすにとどまっている。

しかし,陶質土器製作技法の特徴をいたずらに列挙し,観察の精度を競うだけであったならば,陶質土器製作工程の研究は,その意義を問われるであろう。観察された(されうる)「事実」を弄ぶばかりで,「事実」の群れから一歩も踏み出していないからである。むしろ,陶質土器を作った工人の行為や技法の特徴から何らかの原理や法則のようなものを見出し,その原理なり法則を軸として行為・技法の特徴を改めて意味づけることによって,陶質土器製作の工程を復元し,さらに陶質土器を作った工房の風景をも復元することはできないものだろうか。工房の風景,即ち工房における工人の労働のあり方を知ることができれば,その陶質土器を作った社会のあり方にも,少しは近づけるかも知れない。

そこで筆者は,観察された事実から論理的に土器製作の行為を復元し,「行為→工程→工房の風景」という階梯を踏んで復元していくことを試みている。

本稿では,陶質土器という限定から暫く離れ,土器製作の工房の風景を復元するための理論・方法・用語上の問題について整理する。

土器の器形分類を中心とした編年や地域性の追究が一足跳びに政治史の復元に奉仕させられている現状からみると,筆者の考え方はもどかしく感じられるかもしれないが,土器研究が土器について知る以前に政治を語ってしまう現状に,筆者は与し得ない。土器を分類・編年することによって土器研究が完了したわけではなく,まして果てしなく細分類することが土器研究の使命ではないのに,編年に利用しにくい属性を切り捨てることが横行し,土器自体の研究は,実のところ,ほとんど行われていない。むしろ1個体の土器の中に固着された工人の行為の数々を解き明かし,行為を連ねる秩序を知ることによって,先人の「行動」への洞察が可能となるのである。


2.工程の定義−工程・段階・行為−

土器研究をはじめとする,考古学における遺物研究において,「工程」には3種の意味が与えられている。

このうち【大別】・【細別】は具体的,【順序】は抽象的という違いがあり,【大別】と【細別】は階層的な上下関係にあるが,いずれも「工程」の辞書的意味に背いておらず,その語本来の多義性が考古学の術語にそのまま持ち込まれている。

研究者も3種の「工程」を混用していることがある。呼び分けている例にも,「工程」を抽象的な意味に限って用いる例と,具体的な意味に限って用いる例とがある。前者では【順序】を「工程」,【大別】を「段階」と呼ぶことが多く,後者では【細別】を「工程」,【順序】を「工程順」とする例がある。「工程」の多義性そのままに,【大別】を「工程段階」,【細別】を「単位工程」,【順序】を「工程手順」と呼ぶ研究者や,「工程」という言葉自体を用いず,【大別】を「作業」,【細別】を「段階」と呼ぶ場合もある。術語として用いているらしい場合も,それほど明確な意図をもってなさそうな場合もある。単体の「工程」と接尾辞の「〜工程」とでニュアンスを異にする使用例まであって,語義の多義性に劣らず,用語法はそれ以上に多様である。筆者も「工程」を【順序】の意味で用いたことがあったが,用語体系として意識していたわけではなかった〔白井1993〕。

これほど多様な用語法がみられるのに,研究が混乱を免れているのは,土器製作工程研究が孤立的,散発的に行われ,研究者が論争によって自らの研究を錬磨していく機会を得にくかったためだろう。皮肉な平穏といえよう。また,調整のみ,紋様のみといった限定された分野では,特別な術語はそれほど要請されないし,用語体系を整えるよりも,経験的・具体的な表現で研究成果を表明する方が優先されたともいえ,実際,「工程」に関わる用語体系を整えないままでも「工程」に関わる先学の重要な研究成果があり,筆者も大いに参考にしている。

先学のさまざまな用語法は,どれが正しくどれが誤りということはできない。ただ,3種の意味を「工程」にもたせたままでは術語として不適当であるし,何よりも,筆者のめざす議論には都合が悪い。「工程」などの基本的かつ主要な用語は,意味を限定,明示して(定義して)用いるべきであろう。

筆者は,【順序】についてのみ,「工程」を用いることにする。【大別】については「段階」を用いることにするが,【大別】と【細別】の分別も明確にしておく必要がある。そこで,土器製作工程上の「段階」は不可逆的なものについて用いることとする。例えば,焼成後に成形することは不可能であり,これらは別の「段階」である。そうすると,必然的に,「段階」は器種・地域・時代を越えて共通するものとなりうる。窯を用いない弥生土器には須恵器の如き「窯詰め」といった行為は要しないが,それでも弥生土器と須恵器とはともに「焼成」という「段階」を経ている。とはいえ,「段階」という言葉も多義的であるので,はっきりそれとわかる場合の他は,できるだけ「焼成段階」のように接尾辞的に用いることにする。「焼成工程」という場合は,焼成段階のさまざまな行為が行われる手順を指すことにする。【細別】については,特段の術語はなくても差し支えないが,必要がある場合は「行為」とのみ呼ぶ。

結局,従来の用語法のうち使用者の多いものとほぼ一致することとなるが,これ以外の用語法を必ずしも誤用と見做すものではないことを再言しておく。まして,それぞれの用語使用者の土器製作工程研究への追従如何とは全く関係がない。

今後,より適切な用語法が提案されることを期待する。


3.成形・調整段階

土器の製作過程で付与された諸属性(製作時の属性)は,焼成以前,焼成時,焼成以後のものは明確に区別できるが,焼成以前の属性を,順序立てて合理的に説明するのは難しい。

焼成以前の土器製作工程は,通常「粘土の準備」・「成形」・「調整」・「施紋」と表現される。しかし,「成形」・「調整」・「施紋」は必ずしもこの順で不可逆的に施されるわけではないので,土器製作において独立した「段階」としては捉えられず,粘土素地に対して行われた工人のさまざまな行為の痕跡のうち,観察可能な一部に対して研究者が便宜的に与えた分類または解釈に過ぎない。

即ち,「成形」・「調整」・「施紋」される過程は,「成形→調整→施紋」という(あるいは,その複合した)形で解釈により分節化されるのではなく,もっと別の何らかの座標軸上の変数により従属的に選択された行為の連鎖として理解されねばならない。土器製作の過程で工人の行為を規制するものがあって,工人の意図とそれに対する規制が,工人の手順(即ち工程)を決定していたのであり,そうした意図と規制との緊張関係の中で創造された土器には,成品に与えられた「成形」・「調整」・「施紋」などの解釈では説明できない点もあるのである。

そこで筆者は,焼成以前の製作工程のうち,粘土の準備より以後,意識的な作業として独立した乾燥の過程(乾燥段階:drying process)より以前を,「成形・調整段階」(forming process)と一括する。「成形」や「調整」,「施紋」という言葉は,独立した段階としてではなく,個別の行為を説明する言葉として便宜的に用いる。「成形・調整段階」は,従来単に「成形」と表現されることが多いようだが,行為を説明する「成形」と弁別するため,適当な代案に思い至るまでは「成形・調整段階」としておく。なお,「施紋」のうち「成形・調整段階」に含まれるのは,可塑性の残る器面を与圧によって若干変形させる「可塑装飾」(plastic decoration)のみであり,乾燥後や焼成後の彩紋などは「施紋」ではあっても「成形・調整段階」から逸脱し,別の段階として捉えるべきである。


4.工程の復元−意味ある属性群・相対工程・工程の基軸−

1個体の土器においてバラバラに観察される行為・技法の痕跡という諸属性を,工程の復元という観点から論理的に再構成し,属性間の有機的な関係を見出して,属性の組合せとしての「意味ある属性群」を把握するというのが,筆者の土器研究の方法である。こうした考え方は,犬木努のいう「属性の階層性」をキーワードとした研究方法と通底するものと,筆者は考えている〔犬木1992:1,40〕。犬木は「属性の階層性」についてあまり解説していないが,宮ノ台式土器に対する研究態度からみて,「属性の階層性」とは,遺物の一生,特に土器の製作工程に着目して発想されたらしく,筆者の考えと近いものがある。

筆者は,属性の階層性を明らかにする作業を,製作工程の復元という形で結実させようと考えているのである。

工程の復元法は,遺構の先後関係の決定と似た手続きを取る。

土器の器表や断面に現れたさまざまな痕跡について,その特徴からいかなる行為の痕跡であるかを定め,痕跡の切り合い関係によって行為の先後関係を把握する。直接切り合わない痕跡間の先後関係も,行為の行いやすさ,行為に適する土器の状態,類似の行為の工程上の位置などから,ある程度推論できる。

ただし,成形・調整段階のうちでも,先行する行為の痕跡は,遅れて行われた行為の痕跡によって消されてしまうことが多い。さらに焼成時・使用時・廃棄時・埋没中・発見時などに新たに加えられた属性(自然釉・打ち欠き・摩耗・紛失など)によっても成形・調整段階の多くの属性が喪失されてしまうので,観察によってたちどころに全工程が明らかになることは稀である。特に,成形に関わる行為は成形・調整段階の早い時点に行われるのが通例であるため認識しにくい。即ち,製作時の諸属性は対等な形では姿を見せてくれない。そこで,より後補的な属性を消去することにより,先行する属性を認識していく手続きが必要である。行為の痕跡を観察・認識するにも,工程の復元を念頭に置かねばならず,逆に,認識されない行為・技法について,それが当初より行われなかったと判断するにも,論証の手続きが必要となる。こうして相対的な工程を定めることができる。

相対的な工程も,地域間比較などの手がかりになりうる〔深澤1986〕。類似の行為・技法も,工程上の位置が異なれば,その意義を異にするのである。

しかし,個体間・器種間・地域間の共時的な比較は,相対工程では完全にはなしえない。類似する相対工程をもつ異地域土器間の比較では,相対工程のみならず,何らかの指標によって行為の行われた工程上の時点を表現することが求められよう。

前述のように,土器の成形・調整段階に何らかの座標軸が存在し,その座標軸上の位置によって工人の土器に対する行為が制約されていたと,筆者は考えている。この座標軸を見出し,工程を表現する道具として利用できれば,相対工程の弱点を克服できよう。先学の研究成果によると,工程を規定する大きな要因のひとつは土器の乾燥の程度と考えられる。後藤和民はこれを「タイミング」と表現し〔後藤1980〕,小林達雄は「チャンス」と表現している〔小林1983:9-10〕。また,大塚達朗は土器の乾燥度によって制約される行為の「型」の違いを析出させ,縄紋土器の地域性を論じている〔大塚1991:177-178〕。

ならば,土器の成形・調整・施紋の各行為について認識されているさまざまな技法は,土器乾燥度との関わりで理解することができるかも知れない。製作中に土器が刻々と乾燥していくなかで,ナデに適した乾燥度,ケズリに適した乾燥度,回転ヘラオシによる接合を要する乾燥度,などが互いに重複しながら存在し,乾燥度の変化(乾きかけた器面を湿らせて乾燥度を補正する,といった制御は可能であったにせよ)を基軸として,その時々の行為が制約され,その結果として一連の製作工程が形づくられていたであろう。

乾燥度の変化が成形・調整工程の基軸としてよいなら,土器乾燥度を物差しの目盛りとして対応する行為・技法を配列することにより,相対工程とはひと味違った製作工程を復元することも可能であろうが,今のところ充分には果たせない。後藤和民も,「タイミング」には「熟達」や「体得」を要するとするのみで,表現の難しさを示している。当面,乾燥度を念頭に置く程度に止めざるをえない。


5.作業態勢

工程が単に痕跡の先後関係ではなく,その痕跡を残した行為・動作の順序である以上,行為・動作の復元が,土器製作の実相を知るために必要であり,工房の風景を復元するための重要なステップとなる。また,工程の復元も行為・動作の実際に留意しなければ十全になすことはできない。

大塚達朗は「粘土塊から土器として形を成すまでに,作り手と土器とはどのような位置関係にあるのか,各土器製作工程に於いてその都度土器はどのような扱いを受けているか,当然それにも約束ごとがあり,他方個人的なクセもある筈である。」〔大塚1990:23〕とし,土器と工人との位置関係に「土器扱い」という名称を与えた。こうした考え方は興味深い。

筆者は,土器製作工程上のさまざまな行為における,土器と工人との位置関係や,工人が工具・備品を用いる用い方など,土器を直接製作している工人の動作に関わる姿勢や位置関係を,「作業態勢」と総称する。「土器扱い」よりもやや広い意味をもたせようという心づもりである。土器を「どこに」「どのように」置いて,工人が「どんな姿勢で」作業をするのかを明らかにすることによって,工程を支えた動作・行為が明らかとなり,工房の風景に一歩近づくのである。


6.工人の意図

土器製作に関わる行為が復元され,それを制約する要因がある程度明らかになったとしても,工人が制約に対して常に従順であり続けたとは限るまいし,制約があったからとて,工人に許された行為の選択肢が1つだけだったとは限らない。工人は周囲の環境によってすべての行為を決定されていたわけではなく,製作に当たっては,工人の積極的な意志もあったはずである。また,そうした意図を容易に反映できるから,というのが,これまで土器研究が盛んに行われてきた,大きな理由でもあった。機能主義にとらわれて,工人への制約ばかりを論ずるのではなく,行為と制約との対比から,工人の意図を析出する作業が必要となる。

とはいえ,従来ともすれば行われてきたような,器形や器面のさまざまな外観をすべて,あるいは恣意的に選び出して,工人の観念や意図と混同するような研究を目指すわけではない。「成形」行為とみられているものに工人が器形を造形する意図を込めていたか,「施紋」行為とみられているものに工人が器面を装飾する意図を込めていたか,それ自体が論証を要する命題である。

工人の意図の復元もまた困難な問題であるが,各個体の土器の工程を緻密に復元し,単なる先後関係でなく,工程上隣接する2行為を特定したり,同時並行して行われる2行為の存在を論証したりする手続きの末に,行為のうちに秘められた工人の意図を復元しうるものと考えている。「調整」に関する例を挙げる。

「調整」とは,観察可能な行為の痕跡に対して与えられた解釈の1種であることは既に述べた。「調整」自体は工人の意図と同一視できないが,論理的な操作によって,「調整」の群れから工人の意図を析出する術がなくはない。調整のうち,工人が主に意図した行為の痕跡と,そこから不可避的に生じた別の痕跡とを弁別するのである。そのために準備した概念が「反調整」と「擬調整」である。

器面に加えられた,器形を変更しない程度で,非装飾的な与圧の痕跡が「調整」であるが,器面への与圧は,工具の形状・硬さ,工具の器面に対する角度・押圧力,工具の動きの方向と速さ,土器の強度と回転如何などの要因によって,異なった外観を呈する。そうしたさまざまな外観は,頻度の高いものとそれに似たものを中心に類型化され,回転ナデ,ヘラケズリ,タタキメなどと呼ばれている。

土器の強度に対し,与圧があまり強くないとき,器形にわずかな歪みを生ずる。

与圧が強くなると,器形の歪みは大きくなり,器形の変化にまで及ぶ。

さらに与圧が土器の強度を越えて強くなると,器形が変化するどころか,土器自体の破損(制御次第で切断,穿孔など)に至る。

工人が意図して行った行為の結果,その意図とは別に,器形や器表に起こった変化を「反調整」と呼ぶ。反調整の痕跡を,その後の調整で消し去る場合もあるし,反調整を防ぐため別の行為を並行して行う場合もある。

製作上の要請から,土器の強度を越えて,しかも土器を破損させずに(反調整が起こるのを避けて)調整するには,与圧すべき器面が外面なら対応する内面,与圧面が内面なら外面に,目的とする与圧に耐えるだけの圧力を加えることとなる。一方の器面には工人の意図した与圧の痕跡が残り,他方の器面には工人の必ずしも意図しない与圧の痕跡が残るが,これらはいずれも「調整」として観察され,記述されることになる。このうち,主たる与圧を支えるため反対面に与圧した痕跡を,調整として観察されるが調整を意図したものではないという観点から,「擬調整」と呼ぶこととする。また,擬調整は,作業態勢と関係し,作業態勢次第では,工人の意図した行為の痕跡と同一器面上に観察されることもある。

反調整や擬調整に対応する,工人が主として意図した行為は「主調整」と呼ぶ。

主調整と反調整,主調整と擬調整は,それぞれ同時に起こるので,これらの対応関係は,行為間の並行関係に置き換えられ,工程の復元に有用である。

ある調整と,ある擬調整が,同一の与圧行為の異なる器面でのあらわれであるとき,この関係を「対調整」と呼ぶ。また,同時に複数の調整が行われ,双方が工人の意図する主調整である場合もあり,これも「対調整」とする。

対調整は,一方が回転によれば他方も回転により,一方が非回転であれば他方も非回転であることが多い。

タタキメと当て具痕とは対調整の関係にあり,当て具痕は擬調整である。

外面にカキメ,内面に回転ナデが観察される場合,両者が対調整の関係にある可能性を考慮する必要がある。

切り合い関係のない複数の痕跡間(特に外面調整と内面調整との間)に並行関係を見出すことができれば,成形・調整工程をより詳しく復元することが可能になり,また,工人が意図した行為を限定あるいは析出することが可能となる。


7.工房内分業

工程が復元されたら,工程の背景にあるものを問わねばなるまい。即ち,個体ごとの土器から最大限の情報を引き出した後には,多個体・多器種にわたって工程を規定した「工房の風景」を復元せねばならない。

「工房の風景」の指し示す内容は多岐にわたるが,そのひとつとして,工房内での作業の分担のあり方をも含意することとなる。1個の土器を1人で製作する工房と,3個の土器を3人で製作する工房とでは,たとえ製作効率が同等であったとしても,生産体制は異なり,工房の風景も必然的に異なったものとなる。

土器1個体の成形・調整段階すべてを個人が担当する場合(個人専従的生産),1個体の成形・調整段階を部位(あるいは部品)ごとに分担する場合(部位分担的生産),1個体の成形・調整段階をいくつかの行為ごとに分担する場合(工程分担的生産)などが考えられ,これらが複雑に絡み合った生産体制もありうる。

工人の側も分業との関わりで,1個の土器を1人で製作する工人(個体専従的工人),特定の部位(あるいは部品)を担当する工人(部位専従的工人),そして工程上の特定の一部を担当する工人(工程専従的工人)に分類できる。

しかし,器種ごとに分業のしかたが異なる場合があり,1人の工人が複数の器種に関わる場合も考慮すると,このような分類に性急であることは避けねばならない。それよりも,観察の爼上に載せられた1個体の土器について,どのような分業が実現されているかを解明していくことが当面の課題である。

また,土器1個体について分業がなされている場合,土器を特定の場所に置いて工人が行き来するのか,それとも土器を工人間で移送するのかによって,工房の風景は異なってくる。土器が移送される場合も,土器だけが移送される場合と,土器を作業台ないし回転台の可動部に載せたまま移送される場合とがあり,観察から弁別するにはなかなか難しい。


8.おわりに

筆者の手許には,特徴的な製作技法により製作された陶質土器の実測図が蓄積されつつあるが,然るべき場で紹介するまでは言及できない。遠からず紹介文を発表する予定なので,そちらを参照して頂きたい。本稿は,やや具体性に欠けたかも知れないが,資料紹介の枠組みの中では体系化しづらい,工房の風景を復元するための研究方法上の問題を記すことにした。「工房の風景」の復元に関わる問題はまだ数多く残されているが,本稿では詳述する準備がない。本稿の範囲内でも未解決の問題が多く,これらは今後の課題としたい。(1994年9月30日)

方法や概念の整理について,宮井善朗,重藤輝行,松本直子,松藤暢邦の各氏から有益なご教示を得た。


【引用文献】

(この他にも多くの文献を参考にした)


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