エスニック

出産報告A

 動物としての本能なのだろうが、陣痛が始まるのは夜が多いという。外敵に襲われるリスクの少ない時間に、というのがその根拠らしいが、バラバラの予定日にも関わらずこの日の夜のように立て続けに3人のお産になるというのは先生にも初めての経験らしい。

 清々しい朝がやって来ようと言うのに産院の中は3人の妊婦の苦しげな呻き声が響き渡っていた。誰が最初にこの苦痛から解放されるかレースである。
 5時ごろに1人が抜き出た。最終段階と思われる一段と大きな呻き声が数分続いたかと思うと、その声がピタリと止み、続いて赤ん坊の泣き声とパートナーらしき男性の声、そしてスタッフの声が聞こえてきた。残るは2組。順序で言えば最初に産院に入ったのはウチだが、数時間の差など出産においてはなんのアドバンテージでもない。
 1時間のちまたも均衡が破れる。もう1部屋の呻き声が一段とあがりラストスパートがかかったのだが、絶叫しながら「出たーぁ?」と尋ね恐らく「まだ」と言われたのであろう、思いきり(かんべんしてよぉぉぉぉ)という感じで「まだぁぁ?」と落胆の絶叫をしているのを聞いて思わず笑ってしまった。それでもやはり、しばらくして赤ん坊の泣き声が聞こえてきて、我が家の所要時間の長さを実感したのである。

 8時ごろにはスタッフも増えてきたのようで、朝食の用意がされ「それどころじゃないだろうけど、がんばって食べた方が進むから」と朝食を運んで来てくれた。するとまるで見計らったかのようにゆうたが目を覚まし、目ざとく盆に置かれた朝食を見つけおにぎりを一つ平らげた。白状すると私も一つ頂戴した。だってちゅまが、食べられないからいいよ、って言うんだもん。

 この後実に3度目の引越しをする。他の2組が落着いたらしく結局最初の部屋へ。後から先生達に言われたことだが、赤ん坊は母親から出て来る際旋廻しながら進むのだが、どうやらその方向を間違えたらしく振り出まで戻したらしい。進みかけた陣痛がいちど収まってしまいなかなか進まなかったのはその為ではないか、との推測である。

 朝9時を回っても進行がイマイチなので、2度目の風呂に入る。その間、私とゆうたは朝食の買い出しに出かけたのだが、この風呂が効果あったらしく買い物から戻るとちゅまは上半身を起こすことも出来ないほど陣痛が進んでいた。
 枕元のお茶を蹴り倒したり、慌ててオシッコに立ち上がった拍子に床のビニール袋で滑って転んだりと足手まといなことばかりしていたゆうたも、周囲の緊張感を感じ取ったのかウチワでちゅまを扇いだり、助産婦さんの隣に入って覗き込んでは「ママがんばれー」と声援を送ったりと甲斐甲斐しくなってきた。
 そのうち助産婦さんが一人増え、待機していたカメラマンさんが戻り、先生が入って来て急に部屋の中が慌ただしくなって来た。

 お産の体勢は、胡座をかいて座る私にタックルをするような格好で、四つん這いに近い。私は胴体に組み付かれながらデジカメを撮ったりしてスタッフの話しを聞いていた。助産婦さんが「頭が見えてきましたよ、500円玉より少し大きいくらいかな」と言えば、先生が「そう?タマゴくらいじゃない?」と突っ込み、「さっきより頭が大きく見えますよ、500円玉2つ分ぐらいかな」と言うと「そう?オレンジ大くらいじゃない?」と突っ込む。
 どうしても500円玉にこだわる助産婦さんといちいち細かい突っ込みを入れる先生を見ながら、単に何センチ見えると言った方が分かりやすのでは、と進言しようかなと余計なことを考えていると、頭が出て肩が出そうだと一気に進んだ。
 ところがなんとその土壇場になってゆうたはフラフラと私の膝元に来てパタリと寝てしまった。いくら呼んでもゆすっても起きず、その間に赤ん坊は生まれてしまい、まだヘソの緒もついたままちゅまに手渡されたあたりで目を覚ました。

 肝心要の所だけ見逃すとはなんとも私の子らしい失態だが、不思議なもので本当にあの瞬間だけは電池が切れたかのように倒れこんでしまったのだ。恐らく周囲に走る緊張感にゆうたもそれなりに疲れたのかも知れず、またあまりに生々しい誕生の瞬間までは見てはならないという天の思し召しかも知れないと考えることにした。
 瞬間を見逃したとはいえ、お腹にいた赤ん坊が何処から出てきて、そのために母親がどんな大変な思いをし、父親がどんなに適当だったかはそれなりに分かっているようなので、これはこれで良しとしよう。

 出て来たのは、終始一貫して「あかちゃんにはチンチンがない」と言い続けていたゆうたの言う通り、女の子だった。出生時刻は11:44。ゆうたと同じく約15時間の長丁場だった。
 先生が第一声で「こりゃ500(3500g)はあるんじゃない?」と言わしめたほど頭は大きかったようだが実際は3140g。予定日通りあと9日お腹にいたら更にてこずっただろう。

 男の子だと本当に名前に困ったが、女の子だったので予定通り夏の希望で「なつき」にした。

 産後1時間ほどして先ほど買いだしてきたおにぎりをほお張っていると、助産婦さんが胎盤とヘソの緒を持ってきてくれた。見た目は完全に血まみれの内臓系である。
 胎盤と羊膜を広げてどうやって子宮と繋がっていたか等々詳しく説明してくれた後「で、どうされますか?」と聞かれた。聞かれた意味が分からなかったが、なんと持ち帰って食べる人がいるのだそうだ。
 「なんでも馬刺しに似た感じらしいです」。つまり生で食べるらしい。私も食事しながら血まみれの内臓系の説明を受けてるくらいだから、割とその手のことには強いほうだがさすがに食べるのは遠慮した。

 こうして我が家にもう1人仲間が増えた。記憶にあるだけつらつらと書いたので読んで下さった方には単に長たらしいだけかもしれないが、夫婦揃って日記がつけられない性分なのでこうして何処かに書き残しておくのは案外後々楽しいのではないかと思う。完全に自己満足の世界だが、そもそも個人のHPなんてそんなものだということで、ご勘弁頂きたい。

 これからも長女「なつき」をよろしく。


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