どうやら世の奥様方の中では多数派を占めるようだが、ちゅまもご多分にもれず「何か欲しい物はないかなぁ」という買い物の仕方をする。 自分が欲しくなる物を探して歩くようなものだから、店の隅々まで見て回る。だから「ちょっと買い物に」の「ちょっと」とは2時間くらいを指すらしい。 一方、私は具体的に欲しい物がはっきりしないで買い物に出ることはほとんどなく、「**を買いに行く」と言えば文字通りその売り場に一直線で、用が済めば一直線に帰ってくるタイプである。だから私の「ちょっと」は長くても30分。 こんな二人が一緒に買い物に出れば、出先でもめるのは当然のことである。 例えば夕飯の献立が決まらず、売り場で何にしようかと考えながら歩くのとは訳が違う。夕飯ならどの道なにかしらを買わなければならないものだが、無くて困ってるわけでもなく、買わざるを得ないものでもないものを探して歩くのだから、もはや私には「とにかく金を使わねば」と歩いている様にしか見えない。 お互いの小遣いの使い方までケチをつけることは無いが、大方飲み代かゴルフ代に使ってしまう私と違ってちゅまは形に残るものが多いので、どうしても家の中がモノで溢れてしまい、勢い「新しいの買ったなら古いの捨ててくれ」となってしまう。 ゆうたが生まれてからは、ちゅまは自分のものを買うことがめっきり減ったが、代わりに「季節もの入れ替えで安かったから」と来年着るであろう子供服をゴッソリ買っては押入れに詰め込んでいる。 今のご時世、同じような値段で来年も買えるだろうに、それを1年前から買い溜めしてタダでさえ狭い押入れの貴重なスペースを占められてしまうのは如何なものか。 それだけ先走られると私の出る幕が無い。それでなくてもプレゼントやお古で山の様になっている子供服を見るととても新しい服など買う気にもならない。だから私はゆうたの服は靴下一枚買ったことが無い。 まあ、私も極端に言えばキャンプ生活に本がある程度で事足りてしまうほうなので、私の好きにさせてしまうと殺伐とした家になってしまうだろう。 どのあたりで折り合いを付けたらいいものか、すでに寸分の隙無く埋め尽くされた我が家の押入れを見て考えてしまう今日この頃である。 |
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