| ←F |
|
B→ |
| 2002.07.27 | ||
![]() |
||
昨今、60年代、70年代のものばっかりを(仕事で)読んでいるので、「用語」がだんだん脳味噌に滲みてきている。「反代々木系全学連」だの「解放区」だの「ゲバルト」だの「オルグ」だの「セクト」だの「粉砕」だの「ゼネスト」だの「警察権力」だの「総体」だの「総括」だの「人民」だの「沖縄返還協定闘争」だの(あ、これは斗争と書くのかも)が、脳味噌のなかでわんわんうなりながら飛んでいる。 しかし「用語」と馴染みになっても、その当時の感覚はわからない。その時代のごく普通の人々がなにを考えてどう暮らしていたのかがわからない。自分がその時代に青年期を過ごしていたらそういう「用語」とはたして親しくなっていたのだろうか? 今、事務所で同時進行している「はっぴいえんど」関係の仕事があり、それは、ほぼ同時代といっていいものなのだが、はっきりいって私が読んでいるような新聞、雑誌には、その周辺のことは全くでてこないし、逆に「ぱっぴいえんど」側からみても、前掲の単語などいっさい出てはこないのだ。 「本当」のことが知りたい、と思う。これは自分にとっての「本当」ということだ。 はがきはChikako Yamashiro「墓庭の女」。2002年7月初旬沖縄で採集。 |
||