| 0223 | 2003.2.13 | ||
| ← △ → | ▼例えば、「本など読めなくてもよい(文章など書けなくてもよい)」という立場はないのか? ……今の社会が、「ゲームができなくてはならない」ということでなくてよかったな、と思っている。私は、ゲームが苦手だから……。
▼いやつまり、「本を読む」ということが歴史的に悪だったことだってあるわけで。(つまり「ゲームをすること」が将来、教育的に奨励される可能性は結構大きいかもっていう話。) 結局、ラディカルに考えれば、「本を読む」ということと「ゲームをする」ということが、(身体と心に対して)どういう訓練になるのか? ということなんでしょう。いろいろレベルの違う話があると思うけどね。 ▼ゲームをして何が鍛えられ、なにが鍛えられないのかはしらないが、そういう人が増えてくれば、そういう人だって社会は当然受け入れる、というか、そういう人を含め、社会なわけだし。 ▼なにに鍛えられてそうなったのかは知らないけれど、コンピューター系やらまんが系やらの店に多数存在する、特殊コミュニケーションを駆使する店員たちを見て、ああいう人たちも(そして私もだ)ちゃんと「社会」でやっていけているのだな、その受け皿っていうのはできてくるのだな、という感慨はある。 ▼ということで、本なんかべつに読まなくていいんだぞ、というようなことをいいたかったのかも(違うかも)。なんだか、わかりにくくってすまねい。 ▼『カレカノ』15巻。 やっとひと段落。よかったね、アリマ。 |
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