勒島貿易と原の辻貿易

－粘土帯土器・三韓土器・楽浪土器からみた弥生時代の交易－

『第49回埋蔵文化財研究集会弥生時代の交易－モノの動きとその担い手－』
埋蔵文化財研究会第49回研究集会実行委員会：pp.157-176（2001年）
→当日発表原稿

珍しく弥生時代に関する発表。2000年の「日本出土の朝鮮産土器・陶器」をもとにする予定だったが，交易という主題にあわせてかなり組替えた。

「はじめに」を書いた時には論旨を何も決めていなかったため，後続の文章や当日発表原稿との“温度差”は否めない。「はじめに」に本稿の真意を読み取ろうとする読者もいるようだが，徒労である。

本文では，弥生時代の長距離交易にはいくつかの交易拠点があり，拠点に人と物が集まり，交換されるという図式で舶載土器の解釈を試みた。皮肉なことに，遺物の移動背景を知るには交易拠点の認識・調査・分析が不可欠ということになり，舶載遺物のつまみ食い的な研究を自己批判する結果となっている。「○○系遺物が出るから○○と直接交渉した」といった安直な図式は成り立たないということである。

派手な調査成果の喧伝や，かっこうばかりの図式よりも，かつて田崎博之氏が試みられたような研究が改めて求められているといえよう。

口頭発表用の原稿も事前に準備しておいたので，そちらも公開している。（15/Apr/2002）

はじめに

日本列島の弥生時代に対応する時期の朝鮮半島では無紋土器・三韓土器・楽浪土器が用いられ，これらは本来の分布地域を越えて数多く日本列島にもたらされた。その背景に人の移動があったことは明らかであり，擬朝鮮系無紋土器を出土する集落と青銅器生産を関係づけて解明した片岡宏二の業績〔片岡宏二1997〕は，土器が日常生活に密着していること利用したものであった。

一方，無紋土器・三韓土器・楽浪土器を交易と関連づける研究成果は，必ずしも豊富とはいえない。というのも，鏡・青銅器・鉄器などに比べ，土器それ自体が交易品であった可能性は低く，日常容器や，あるいは臨時の運搬具であったと考えられ，土器の分布から交易の実態を直接には読み取れないような，さまざまな問題がありうるからである。

相互交易における土器の偏在 移住を基本的に伴わない相互性の確立した交易関係においても，実際の交易品や土器の分布は偏在することがありうる。地域Aと地域Bにそれぞれ産する交易品Aと交易品Bが交換される場合，地域Aの住民である人Aにとって交易品Bが切実に必要であったなら，人Aは盛んに地域Bに出かけて交易を行ない，それに伴って地域Aの土器Aが地域Bに搬入されるが地域Bの土器Bはあまり地域Aに搬入されないことになる。さらに，人Aが運ぶ土器Aと交易品Aとを比べても，土器分布と交易品分布との間には，存否の非対応と多寡の非対応が存在しうる。

存否の非対応 交易が小規模に行われる場合，交易活動中に土器が破損しても，立ち寄り先の別の容器で代用すれば交易活動を継続できる。また，途中から別の人物が交易品を運搬した場合，交易品と土器との関係が断ち切られてしまう。さらに，土器が随時破損・更新されても，交易品が大切に保管され，補修などを加えながら伝世された場合，土器と交易品に時期のズレが生ずる。これが存否の非対応である。交易品と土器は分布や時期が対応しないことになる。

多寡の非対応 交易が日常の交流の一環として行われる場合と，職業的に多量に行われる場合とを比べると，交易従事者1人が運ぶ生活用土器の量は同じでも，交易品の量は異なるであろう。また，小規模の交易では土器の甕などを運搬具としても充分に運搬可能であるが，大量に運ぶには別の運搬具，たとえば繊維製の袋に入れたり，船に満載する方がはるかに効率的である。このように，交易の規模によって，交易品と土器の多寡が相反することが想定できる。というよりも，交易が多量化・職業化したり，交易のための社会的な機構が整えられるほど，土器と交易品の多寡が対応しなくなるとも考えられる。これが多寡の非対応である。

さらに，考古資料は常に不完全にしか認識できないので，土器から（土器自体以外の）交易を読み取ることは，多くの困難が伴う。

しかし，こうした問題を念頭に置きつつ，ほかの交易品や，土器の出土状態，出土地点の性格などと対比していくことによって，いくつかの仮説を導くことは可能であろう。

早くから後藤直は，粘土帯土器の分布が変化する背景に，各地の交易に対する関与のしかたや，社会体制の変化を読み取ろうとした〔後藤直1979〕が，これはまさに多寡の非対応を考察に生かしたものである。

また，楽浪土器の出土量と器種構成などから，楽浪土器を出土する遺跡を分類した武末純一や川上洋一の研究〔武末純一1991b・1996；川上洋一1995〕などは，遺跡での楽浪土器の出土様相から遺跡の性格を読み取ろうとしたものであり，交易などの対外交渉の実相に迫る基礎作業として重要である。

本稿では，こうした先学に倣いつつ，粘土帯土器・三韓土器・楽浪土器の出土例から，幾分なりとも交易の実相に迫りたい。まず，前提として粘土帯土器の編年を再確認しつつ，粘土帯土器と三韓土器との編年対比案を提示する。その後に時期ごとの粘土帯土器・三韓土器・楽浪土器の出土例をみていくが，弥生中・後期の交易の性格を明らかにするため，弥生前期末～中期初頭，古墳前期とも対比する。なお，粘土帯土器・三韓土器の担い手は基本的に継続していると考えて韓人と呼び，楽浪土器の担い手は楽浪人，弥生土器の担い手は倭人と呼ぶことにする。

1．編年と並行関係

粘土帯土器にはこれまでの編年研究の蓄積があり，釜山大学校博物館によって細分されている〔釜山大学校博物館（編）1989〕。楽浪土器・三韓（弁辰韓）土器については，高久健二が墳墓の編年として両者を対比しつつ論じている〔高久健二2000〕。しかし，粘土帯土器の終焉時期や三韓土器との時間的な関係には未解決の部分があり，さらに朝鮮半島の土器編年と弥生土器との並行関係にも，一部不明確な部分が残っている。

本稿は基本的に既存の編年に依拠するが，並行関係などについて一応の見解を示しておこう。

(1) 粘土帯土器の編年

粘土帯土器は断面円形粘土帯土器（水石里式）と断面三角形粘土帯土器（勒島式）に分けられるが，釜山大学校博物館は慶尚南道泗川市・勒島遺跡の報告において勒島式を3式に細分した。これは竪穴住居跡の切り合い関係に土器の諸属性の出現頻度が相関すると指摘したものである〔釜山大学校博物館（編）1989：114-128〕。改めて各時期の遺物を概観し，次のような変遷として捉え直したい（Fig. 1）。

勒島I式 甕の口縁部粘土帯は断面逆三角形に近いものが多い。

勒島II式 甕の口縁部粘土帯に断面楕円形や扁平なものが多くなるとともに，口縁部粘土帯の中央が強く押されてへこみ，断面ソラマメ形をなすものが登場する。ただし，II式として挙げられた資料にはI式に近いものとIII式に近いものとがあり，型式としてのまとまりは弱い。

勒島III式 甕の口縁部粘土帯に断面ソラマメ形のものが多くなるとともに，口縁部粘土帯が矮小化した小型甕が登場する。中型甕にも矮小な口縁部粘土帯を持つものはあるが一般的ではない。また，口縁部に粘土帯を貼付しない外折口縁甕も登場する。

勒島I式と水石里式との関係を考えると，勒島I式段階の竪穴住居跡には，ほかの時期の竪穴住居跡よりも水石里式の土器片混入量がやや多いように見受けられる。これは水石里式と勒島I式が時間的に隣接する可能性を示している。型式差が大きすぎるかも知れないが，水石里式から勒島I式にあまり空白期間をおかず移行すると考えておく。

勒島III式以後については，項を改めて述べる。

(2) 粘土帯土器と三韓土器の並行関係

粘土帯土器と三韓土器は，かつて単純期をなして一方から他方へ移行すると考えられていた。筆者もそのような立場から見解を述べたことがある〔白井克也1996〕が，慶尚南道昌原郡・茶戸里遺跡の発掘成果でもすでに明らかだったように，三韓土器と粘土帯土器は共伴例がある。高久健二によれば，弁辰韓I期とII期には瓦質土器に粘土帯土器が伴うという〔高久健二2000〕。問題は，三韓墳墓から出土する粘土帯土器と，勒島遺跡などの集落遺跡から出土する粘土帯土器との編年対比である。

粘土帯甕と蓋の変遷 そこで，弁辰韓I期・II期の多くの墳墓が調査されている茶戸里遺跡の粘土帯土器出土例を挙げて，弁辰韓I期とII期を対比してみた（Fig. 2）。弁辰韓I期の方は事例が少ないので，まず，弁辰韓II期の事例をみよう。甕には断面ソラマメ形の口縁部粘土帯を持つものがある（Fig. 2-13）が，多くは矮小化した粘土帯を持つ（Fig. 2-10，12）。矮小粘土帯甕は勒島III式の小型甕に登場したものとみられ，断面ソラマメ形粘土帯甕は勒島III式に多い。一方，甕の蓋は勒島遺跡にもみられるが，天井部上面がへこんでその下部がくびれ，台付鉢を倒置したような形の蓋（Fig. 2-11）は，勒島遺跡にはほとんどみられない。

矮小粘土帯甕と台付鉢倒置形蓋の組合せは，図示した以外にも茶戸里39号墳・40号墳などにみられ，安定した組み合わせとして存在していたと考えられる。矮小粘土帯小型甕も存在するが，瓦質土器化している。したがって，弁辰韓II期の粘土帯土器は勒島III式のそれと一致はしないが，勒島III式からあまり隔たっていないと考えられる。

次に弁辰韓I期の粘土帯土器をみると，台付小型甕（Fig. 2-4）は勒島III式の矮小粘土帯小型甕に近く，また，これと似た形態の瓦質土器（Fig. 2-3）が存在することも興味深い。この器種は弁辰韓II期以降，瓦質土器化が進む。弁辰韓I期の粘土帯土器は，事例が少ないため型式内容を明確にしがたく，勒島III式との関係も明らかにしにくいが，勒島III式に含ませてもひとまず矛盾は生じない。

これにより，勒島III式の粘土帯土器が弁辰韓I期ころに並行し，弁辰韓II期の粘土帯土器がこれに後続するという仮説が得られる。

把手付壺の変遷 この仮説を把手付壺の変遷と対比してみる。弁辰韓墳墓からは，粘土帯土器の黒色磨研土器に由来する組立式牛角形把手付長頸壺が出土することはよく知られているが，ここで取り上げる把手付壺は無紋土器の日常土器に由来する器種であり，軟質土器と瓦質土器がある。弁辰韓I期の事例は知られていないので，勒島I式・勒島III式・弁辰韓II期・弁辰韓III期を対比する（Fig. 3）。一見して漸移的な変化が読み取れるであろう。

勒島III式の把手付壺（Fig. 3-2，3）に対し，弁辰韓II式の把手付壺（Fig. 3-4，5）は把手が小さく，把手の付着位置が高くなっており，底部はくびれを失って単純化，さらに丸底化への傾向を示している。これは弁辰韓III期に完全に瓦質土器化し，口縁部形態には丸底短頸壺の口縁部形態が取り入れられ，底部も丸底となる（Fig. 3-7）。

なお，茶戸里39号墳のものは無紋土器の形態のまま瓦質土器化が始まっている（Fig. 3-6）。茶戸里39号墳は瓦質土器による時期認定が困難であるが，上に述べた弁辰韓II期の矮小粘土帯甕と台付鉢倒置形蓋の組合せが出土しており，また，弁辰韓III期以降には確実な無紋土器が墳墓に副葬されていないので，弁辰韓II期に位置づけられ，したがって把手付壺の瓦質土器化は弁辰韓II期までに始まっていたと考えられる。

このような把手付壺の変遷は，甕の変遷と基本的に対応する。すなわち，弁辰韓II期の把手付壺は勒島III式のそれを前提とし，弁辰韓II期と勒島III式は同時期ではないがあまり隔たらないと考えられる。

茶戸里式の設定 以上により，勒島III式に後続する粘土帯土器として，茶戸里遺跡の弁辰韓II期の墳墓にみられる軟質土器を挙げることができる。これを茶戸里式と呼ぶことにする。茶戸里式では，勒島III式に登場した矮小粘土帯甕が多数を占め，断面ソラマメ形粘土帯甕も存続する。蓋は台付鉢倒置形蓋であり，把手付壺は把手の位置が最大径よりも高く，やや小型化している。一部の器種で瓦質土器化が進行している。

以上により，粘土帯土器は水石里式・勒島I式・勒島II式・勒島III式・茶戸里式で構成され，茶戸里式は弁辰韓II期に対応する。これに対し，弁辰韓I期の粘土帯土器は時期設定が難しいが，勒島III式に含ませても特に矛盾は生じない。

(3) 粘土帯土器・三韓土器・楽浪土器と弥生土器との並行関係

高久健二の楽浪・弁辰韓編年に，上で設定した粘土帯土器編年をあわせて，これらと弥生土器との並行関係を確認しておこう。ただし，楽浪土器自体の編年は充分確立されていないので，ほかの地域・遺物を介した間接的なものとなる。

まず，水石里式が日本列島で弥生前期末～中期初頭の弥生土器に伴って出土することはすでに知られており，問題ない。

勒島I式・II式・III式に関しては，釜山大学校博物館が北部九州の弥生土器編年と対比した〔釜山大学校博物館（編）1989：122〕が，片岡がすでにいくつか指摘しているように，この比定には修正が必要である〔片岡宏二1990：14；片岡宏二1993：118-119〕。

勒島I式に位置づけられる勒島遺跡2号住居跡では須玖I式古段階の甕（Fig. 1-7）も出土しており，同11号住居跡でも須玖I式とみられる土器片がある。勒島I式は須玖I式古段階（弥生中期前半）ごろに比定できよう。

勒島II式に位置づけられる勒島遺跡14号竪穴では須玖I式と思われる甕破片（Fig. 1-13）が出土しているが，仮に報告された土器片の中にこの甕の底部が含まれるとすると，上底状の底部が報告されていないことからみて，須玖I式新段階である可能性が高い。また，同9号住居跡では須玖II式古段階とみられる甕（Fig. 1-18）が出土している。山口県下関市・秋根遺跡で須玖II式土器とともに出土した粘土帯土器は勒島II式に多い扁平粘土帯甕である〔伊藤照雄・山内紀嗣（編）1977〕。これにより，勒島II式は須玖I式新段階（弥生中期中葉）から須玖II式古段階ごろに比定できよう。

勒島III式は断面ソラマメ形粘土帯甕が多い時期であるが，弥生中期後半に日本列島に搬入される粘土帯土器に類例が多い。福岡市博多区・那珂遺跡群第30次調査掘立柱建物跡SB-01の柱穴SP-08では，矮小粘土帯小型甕（Fig. 1-28）が須玖II式古段階の甕（Fig. 1-29）とともに出土している〔山口譲治ほか（編）1992：55〕。矮小粘土帯甕は茶戸里式にもみられるが，前後の型式との関係を考えると，これらを勒島III式と理解し，須玖II式古段階（弥生中期後半）を中心とする時期に比定することが適当であろう。また，遅くとも須玖II式初頭までには戦国系鋳造鉄斧の日本列島流入が終了すると思われ，須玖II式古段階は楽浪I期・弁辰韓I期ともかなり重複すると思われる。

茶戸里式は矮小粘土帯甕が多数を占め，断面ソラマメ形粘土帯も大型甕に残る。福岡県小郡市・横隈鍋倉遺跡4号住居跡では，断面ソラマメ形粘土帯甕が弥生中期末～後期初頭の土器に伴って出土しており〔中島達也（編）1985：93，96〕，勒島III式から茶戸里式にかけてのものと捉えられる。

また，慶尚南道金海市・池内洞甕棺墓では無紋土器長胴甕と瓦質土器丸底短頸壺からなる甕棺に須玖II式の袋状口縁壺が共伴した〔沈奉謹1982〕。無紋土器が弁辰韓II期ごろまで墳墓に用いられていること，瓦質土器丸底短頸壺が弁辰韓II期以降に登場すること，などを考えると，弁辰韓II期と弥生中期後半が一部並行すると考えられる。

さらに，漢式鏡の出土例を媒介に楽浪II期・弁辰韓II期・立岩式甕棺を並行関係と捉えるならば，これを介しても茶戸里式と須玖II式新段階（弥生中期末）を並行関係に位置づけることができる。

弁辰韓III期の瓦質土器短頸壺は長崎県（対馬）上県郡上対馬町・経隈1号石棺で高三瀦式古段階の弥生土器と共伴している。これにより，弁辰韓III期・楽浪III期と高三瀦式（弥生後期前半）が一部並行すると考えられる。

楽浪IV期・弁辰韓IV期は弥生土器との対応関係を認識しづらいが，前後の関係からみて下大隈式（弥生後期後半）ころに比定できよう。

弁辰韓V期は，かつて後期瓦質土器・新式瓦質土器などとして位置づけられていたが，最近では，三韓終末の限られた時期に存続する土器であることがわかってきている。対馬・壱岐・北部九州の事例ではないが，模倣品と思われるものとして，広島県東広島市・東広島ニュータウン遺跡群胡麻5号遺跡SX3テラス遺構では，弁辰韓V期の高杯を模倣したと思われる土器が弥生終末の二重口縁壺形土器を伴っている〔青山透・沢元史代（編）1990：177〕。また，大阪府八尾市・久宝寺遺跡第18次調査SD-201，SD-202，SK-303で出土した両耳付甕と炉形土器〔坪田眞一1996〕も，弁辰韓V期の瓦質土器を模倣したものと考えられ，庄内式期III・IVに比定される〔米田敏幸・奥田尚1996〕。以上より，弁辰韓V期は庄内式（弥生終末）に並行する。楽浪V期や北部九州の西新式も，ほぼこの時期に比定できよう。

以上の並行関係を，表にまとめてみた（Tab. 1）。

なお，北部九州と畿内の弥生土器編年は，中期後半から後期初頭の部分で並行関係に問題が残るが，勒島遺跡で凹線紋土器が出土していることは注目できる〔沈奉謹・中園聡1997〕。勒島遺跡の存続時期については，未報告の部分が多く不明瞭であるが，勒島I式から勒島III式の時期を中心とするはずであり，これは北部九州の須玖I式古段階から須玖II式古段階の範囲に相当する。このうち，北部九州の土器が搬入されるのは主に勒島II式までで，須玖I式が多く，わずかに須玖II式古段階の土器が搬入されている。凹線紋土器も同様の文脈で捉えてよいなら，凹線紋土器は遅くとも須玖II式の初頭ころには存在したこととなろう。

なお，北部九州と畿内の並行関係でもっとも問題となる北部九州の後期初頭・畿内の中期末に関しては，粘土帯土器・三韓土器・楽浪土器があまり目立たないので，本稿では踏み込まない。そのほかの部分では，北部九州の編年によって弥生土器を代表させても大きな問題はないと考える。

2．日本列島における粘土帯土器・三韓土器・楽浪土器の分布とその変化

交易の実態を考えるには，同一時期における土器の分布と各種の考古学的事実を対比する必要がある。しかし，土器の種別ごとに出土様相や時期比定の精度が異なってしまう。しかも，土器の違いは背景にある土器搬入の担い手の違いも表すであろうから，先に土器の種別に分布を確認し，然る後に時期ごとの様相をまとめる。

(1) 粘土帯土器の分布

水石里式土器（Fig. 4-1）水石里式土器は事例が多いので，片岡の見解をもとに，九州に関しては搬入品と認定される水石里式土器のみを，本州に関しては水石里式に相当する擬朝鮮系無紋土器をも図示した。遺構の時期は弥生前期末～中期初頭である。なお，福岡平野の事例は福岡市博多区・諸岡遺跡〔後藤直・横山邦継（編）1975〕や同区・那珂君休遺跡〔小畑弘己（編）1989〕など限られた地点のものがよく取り上げられるが，図ではさらに同市南区・大橋E遺跡〔横山邦継（編）1990〕，同市西区・姪浜遺跡〔長家伸（編）1996〕，福岡県糟屋郡新宮町・三代貝塚〔西田大輔（編）1995〕を加えた。これによって福岡平野に近い沿岸部の事例が増えたが，大勢には影響ない。

島嶼部や海岸に分布するものと，内陸に分布するものとがあり，遺跡の性格が異なることはすでに指摘されているとおりである。

水石里式土器は，舶載青銅器の登場と軌を一にして日本列島に登場するので，青銅器を搬入した人びとの土器である蓋然性は高い。また，擬朝鮮系無紋土器と呼ばれる変容した土器を生み出すことから，朝鮮半島からの人の移住が想定されており，筑後平野や肥後地域ではそのような集落が青銅器生産に関与したことが指摘されている。北部九州のほか，有明海沿岸や南九州，山陰沿岸にも分布しており，海を利用しての直接の渡来も想定できる。

勒島III式・茶戸里式土器（Fig. 4-2）水石里式の後，勒島I式・勒島II式の空白期をはさんで搬入される勒島III式・茶戸里式土器の分布を図示した。遺構の時期は弥生中期後半である。やはり片岡の業績に拠ったが，既述の福岡市博多区・那珂遺跡群の事例，さらに鳥取県気高郡青谷町・青谷上寺地遺跡の事例を加えた。海岸地域に多いことはすでに指摘されたとおりである。

このうち，長崎県壱岐郡芦辺町～石田町・原の辻遺跡では，この時期には珍しい擬朝鮮系無紋土器を生み出しており，交易拠点の存在が想定される〔片岡宏二1999c〕。

一方，青谷上寺地遺跡の事例の存在は，この時期もやはり日本海経由の交通路が健在であったことを示すかも知れない。また，以下に述べる三韓土器や楽浪土器が瀬戸内に分布していることと好対照をなす。

(2) 三韓土器の分布

三韓土器については，時期ごとの分布の違いが乏しいと考えて，時期を分けず図示した（Fig. 5）。遺構の時期は弥生中期末から弥生終末である。

対馬での事例の多さは石棺墓の副葬品などによるが，対馬からみれば三韓土器は隣接地の土器であるので，「対外交渉」の事例としてほかの出土地と同列に扱うことは適当でない。弁辰韓III期・IV期・V期と，副葬例が絶えない。

長崎県壱岐郡勝本町・カラカミ遺跡，原の辻遺跡，福岡県前原市・三雲遺跡群など，壱岐と糸島地域の遺跡は交易の拠点と考えられ,弥生中期後半にさかのぼって三韓土器が存在した可能性があるが，包含層などで細かい時期比定が困難な場合がある。あるいは弁辰韓III期とIV期の間に出土量の変動があるかも知れない。

早良平野では，近年，弥生中期後半にさかのぼる三韓土器の存在が明らかとなった。福岡市早良区・原遺跡第20次調査3号住居跡などでは，丸底短頸壺と思われる瓦質土器片が出土したが，3号住居跡は中央土坑をもつ径7m弱の円形住居で，床面から極めて一括性の高い須玖II式新段階（弥生中期末）の甕が出土した。このほか，同市西区・次郎丸遺跡（遺構は古墳時代）でも，弁辰韓III期ごろにさかのぼる瓦質土器丸底短頸壺が出土している〔中村啓太郎（編）1996：20-21〕。

早良平野に比べると，福岡平野での三韓土器の出現は遅れる。同市博多区・比恵遺跡群第6次調査の井戸SE30（下大隈式古段階・弥生後期中葉）〔横山邦継（編）1986：66-67〕，同区・雀居遺跡第5次調査溝状遺構SD-221（弥生終末）〔松村道博（編）1995：95，101〕などがある。

粘土帯土器と違って，三韓土器の分布は瀬戸内・大阪湾岸・大和盆地・東海地方に達する。

岡山県倉敷市・女男岩遺跡では三韓土器の形態を持つ短頸壺が出土しており〔間壁忠彦・間壁葭子1974〕，弥生後期後半と思われる。

大阪湾岸では大阪府堺市・四ツ池遺跡自然河川II第I層出土の甕口縁部が「第V様式の古い段階」に比定されている〔樋口（編）1985：36，45，55〕。瀬戸内・大阪湾岸ではかなり古い例となる。

奈良県桜井市・上之宮遺跡建物06柱掘方12から出土した瓦質土器脚付杯〔清水眞一1989〕について，は慶尚南道金海郡・良洞里21号墳出土の「複合器形土器」〔韓永煕ほか1989：77-78〕に類例がある〔川上洋一（編）1994：53〕。

名古屋市南区・見晴台遺跡出土の斜格子叩き鉢が，三韓土器の東限をなす〔定森秀夫1999：63〕。

さらに弁辰韓V期に相当する弥生終末には，並行関係に関して挙げた東広島ニュータウン遺跡群胡麻5号遺跡出土の高杯〔青山透・沢元史代（編）1990：177〕，久宝寺遺跡出土の両耳付甕と炉形土器〔坪田眞一1996〕のほか，大阪市平野区・加美遺跡1号方形周溝墓出土の短頸壺〔田中清美1996；米田敏幸・奥田尚1996〕，奈良県桜井市・纒向遺跡巻野内地区出土の土器片〔橋本輝彦・村上薫史1998〕がある。

なお，管見では，島根県の事例は弥生終末に登場するので，基本的に三韓土器は北部九州から瀬戸内を経て大阪湾岸に到ると考えられる。内容において注目すべき点は，瀬戸内や大阪湾岸に在地産の土器がみられることであり，背景に人の移動を想定できる。

なお，三韓土器に後続する古式新羅加耶土器〔武末純一1985：138〕は，北部九州の布留式段階（古墳前期）の集落で主に出土しており，三韓土器の分布よりも縮小する。

(3) 楽浪土器の分布

遺跡ごとの楽浪土器のあり方については，出土量や器種構成から武末が，さらに遺跡の性格と関係づけて川上が，それぞれ分類している〔武末純一1991b・1996；川上洋一1995：29〕。ここでは川上による次のような4分類を利用する。

I類墓地で出土するもの。土器の数や器種が限定された事例のみで，対馬に集中している。武末の「対馬型」の一部。

II類 居住域とその周辺域から出土するもの。

IIa類 鉢など単一器種が1個体分ほど出土するもの。武末の「対馬型」の一部。

IIb類 内容物の運搬に可能な器種のうち複数器種が出土するもの。武末の「カラカミ型」。

IIc類 IIb類に，器台など運搬に適さない器種も加え，多くの個体が出土するもの。武末の「三雲番上型」。

また，時期により舶載される楽浪土器の器種が変化するという指摘がある。武末によると，「（弥生）中期後半から後期前半にかけては大型壺・筒杯・大鉢・器台などが主体をなし，中頃～終末期にかけては壺・鉢・杯が主体をなしてくる」という〔武末純一1991b：13〕。これは，倭人の側ではなく，楽浪郡（・帯方郡）側の事情によると思われる。

楽浪土器についても，出土地の分布図を作成した（Fig. 6）が，楽浪土器は土器自体で時期を決定しにくい上，伴出土器で時期を絞り込めない事例も多い。そこで，ここでは弥生後期前半以前（北部九州の高三瀦式以前）から楽浪土器がみられる遺跡，弥生後期後半・終末ころ（北部九州の下大隈式・西新式）から楽浪土器がみられる遺跡，古墳前期から楽浪土器がみられる遺跡に分けて図示した（福岡県中間市・唐戸採集品〔武末純一1991a〕は省いた）。3者は明らかに分布を異にするとともに，それぞれに楽浪土器の出土量・器種構成の特徴がある。

弥生後期前半以前から楽浪土器がみられる遺跡 長崎県上県郡上対馬町・経隈遺跡1号石棺，長崎県壱岐郡勝本町・カラカミ遺跡，同郡芦辺町～石田町・原の辻遺跡，福岡県糸島郡志摩町・御床松原遺跡〔井上裕弘（編）1983：130-131〕，福岡県前原市・三雲遺跡群にみられる。今のところ，三雲番上遺跡の楽浪土器は弥生中期後半にさかのぼる可能性が高い〔柳田康雄・小池史哲（編）1982〕

川上のI類に相当する対馬の1例を除くと，これらの遺跡は壱岐と糸島地域という，極めて限られた地域に分布しており，いずれも特徴的な遺跡である。原の辻遺跡，三雲番上遺跡，御床松原遺跡では，楽浪地域の炊飯具と思われる滑石混和土器が出土しており，楽浪人の往来の痕跡と考えられる。

カラカミ遺跡，原の辻遺跡，御床松原遺跡は交流の拠点と考えられ，川上のIIb類に相当する。

三雲遺跡は，楽浪土城でみられるような多くの器種がそろい，運搬に適さない大型壺や器台などまでみられ，楽浪人の居住も想定される〔武末純一1991b：15〕。川上のIIc類に相当するが，運搬に適さない大型器種や器台などが多くみられるのは，武末の指摘するように弥生後期前半までであり，弥生後期後半以降はほかの遺跡と似通った器種が主体となる。したがって，弥生後期前半以前は川上のIIc類，弥生後期後半以降は川上のIIb類と推移した可能性も考えておきたい。

弥生後期後半・終末ころから楽浪土器がみられる遺跡 分布が対馬・北部九州と瀬戸内に拡散する。対馬では墳墓の出土品として楽浪土器が用いられることが多くなる。川上のI類に当たる。

北部九州のうち，福岡県糸島郡二丈町では新たに深江井牟田遺跡，曲り田遺跡で楽浪土器が出土するようになり，前者は川上のIIb類に，後者はIIa類に当たる。福岡県久留米市・ヘボノ木遺跡では，遺跡の状況から弥生後期後半と推定される鉢〔白木守1999〕が，同県築上郡築城町・十双遺跡からは弥生終末頃と思われる竪穴住居跡から鉢〔中間研志（編）1992〕が，福岡市博多区・雀居遺跡では，第4次調査溝状遺構SD03上層（弥生後期後半から古墳前期）から壺〔下村智（編）1995：121〕が，それぞれ1点ずつ出土しており，川上のIIa類に当たる。ただし，雀居遺跡では第4次調査溝状遺構I区SD-02・第5次調査溝状遺構SD-002（両者は一連の遺構；弥生後期後半）の木製案（机）などの存在〔下村智（編）1995；松村道博（編）1995〕から考えて，より多くの楽浪土器が存在した可能性がある（それでも三韓土器よりは少量であろう）。その場合は川上のIIb類に当たるであろう。

さらに，岡山県赤磐郡山陽町・門前池東方遺跡4号住居跡の柱穴から楽浪土器によく似た筒杯形土器が出土している〔則武忠直ほか1994：47-48〕。模倣品と思われるが，弥生後期後半ごろの瀬戸内地域に，楽浪土器を知りうる状況が存在したことを示している。

古墳前期から楽浪土器がみられる遺跡 布留式段階の楽浪土器は，壱岐・糸島地域のほか，福岡市博多区・博多遺跡群など博多湾岸の海浜集落にみられる。博多遺跡群第17次調査SB169で出土した壺〔柳沢一男・杉山富雄（編）1985：15〕は，6世紀末から7世紀前葉にかけての須恵器に伴っているが，周囲の遺構の重複を考えれば，布留式段階の遺構に本来伴ったと考えられる。

布留式段階の楽浪土器の限定された分布は，古式新羅加耶土器が三韓土器よりも北部九州に収縮した分布を示すことと軌を一にする。

3．粘土帯土器・三韓土器・楽浪土器からみた弥生時代の交易

各種の土器の分布とその変化を時期ごとにまとめ，ほかの遺物や遺跡の性格・消長，政治情勢などとも絡めて，交易の実態とその背景を考察する。便宜上，時期を(1)弥生前期末～中期初頭，(2)弥生中期前半，(3)弥生中期後半，(4)弥生中期末～後期前半，(5)弥生後期後半，(6)弥生終末，(7)古墳前期の7期に分け，特徴的な交易機構として勒島貿易，原の辻貿易，博多湾貿易を認識する。

(1) 弥生前期末～中期初頭

弥生前期末から中期初頭にかけて韓人が北部九州に渡来・移住したことは，水石里式土器と擬朝鮮系無紋土器により明らかである。その背景に朝鮮半島における政治変動があったと思われる。

朝鮮半島情勢の手がかりとして重要なのが，沖縄県の貝塚文化後期の遺跡で出土する滑石混和土器である。下地安広は浦添市・嘉門貝塚，読谷村・大久保原遺跡，同村・中川原貝塚，宜野湾市・真志喜荒地原第一遺跡で出土した滑石混和土器を楽浪土器とみなした〔下地安広1999〕。しかし，共伴土器に年代幅のあるものを除いて考えれば，沖縄の滑石混和土器は南部九州の弥生前期中葉から中期前半にかけての弥生土器とともに出土しており，楽浪建郡以前にさかのぼる。そのため，筆者は沖縄出土の滑石混和土器を西北朝鮮の古朝鮮土器と考えている〔白井克也2000：94〕。

滑石混和土器を出土する沖縄の遺跡では青銅器片などを出土する場合があり，弥生前期末～中期初頭の北部九州に朝鮮産青銅器が流入することと一連の物資の流れが沖縄まで及んだと考えられるが，古朝鮮の人びとが南方に移動するような情勢がその背景にあったと考えられる。

渡来の経路は，北部九州に上陸したもののほか，山陰に向かう流れや，九州西側を回って有明海や南九州に向かう流れがある。いずれ奄美や沖縄でも水石里式土器が出土するものと期待する。

水石里式土器が搬入されたとき，渡来した韓人は青銅器や鉄器を西日本各地にもたらし，またそれらへの倭人の需要を刺激したと考えられる。弥生中期の畿内地域への鉄器搬入と無紋土器を関連づける視点は，すでに何度か示されたこともある。

(2) 弥生中期前半

擬朝鮮系無紋土器は知られているが，舶載粘土帯土器が流入しない時期である。水石里式土器の舶載を朝鮮半島の政治変動に由来する韓人の移住と考えるならば，この時期に粘土帯土器が舶載されない状況は，朝鮮半島情勢が安定し新たな交易機構が確立したためであろう。

この時期の日本列島では，渡来韓人が佐賀平野などに定着し，本格化に青銅器生産を営んだ〔片岡宏二1997〕。こうした青銅器工房の経営には，銅素材の安定的な供給が欠かせない。

一方，この時期には戦国系鋳造鉄斧などの舶載鉄器が北部九州のみならず，日本海沿岸や畿内地域にもたらされている。

たとえば，島根県松江市・西川津遺跡では，水石里式土器とは別地点で戦国系の二条凸帯鋳造鉄斧も出土しており〔内田律雄（編）1988：18-19〕，北部九州でも，北九州市八幡西区・中伏遺跡（中期初頭）〔山口信義（編）1992〕，福岡県行橋市・下稗田遺跡（貯蔵穴の形態から弥生中期前半と推定）〔下稗田遺跡調査指導委員会（編）1985〕，福岡市博多区・比恵遺跡群（弥生中期後半）〔白井克也（編）1996〕などで同様の鉄斧が出土している。この型式の鉄斧は弥生中期前半を中心とする時期に舶載されたと考えられ，北部朝鮮の衛氏朝鮮との関係を想定したことがある〔白井克也1996〕。

このほか，多鈕細紋鏡も北部九州・山口・畿内にもたらされている〔岩永省三1983〕。

したがって，粘土帯土器が日本列島に舶載されない弥生中期前半にも，朝鮮半島から西日本に及ぶ継続的な物資の往来があったと考えねばならず，その交易の主たる舞台は日本列島の外に求めるしかあるまい。

そこで注目されるのが，勒島遺跡である。この島では，勒島式粘土帯土器を中心とする時期，弥生土器の須玖I式を中心とする時期に存続していたが，その前後にはあまり利用されていなかったようである。しかも，日本列島で粘土帯土器が出土しない時期に弥生土器を多く出土する遺跡であることも考えれば，勒島遺跡がこの時期の重要な貿易拠点であったと考えられる。

勒島遺跡を舞台とする物資の交換を想定し，これを勒島貿易と呼んで，その性格を考えてみたい。

勒島貿易は，朝鮮半島の政治変動による韓人の日本列島移住という事態のなかで鉄器・青銅器に対する倭人の需要が刺激されたのに対し，朝鮮半島の政情安定によって朝鮮半島からの物資の流入が鈍ったために，倭人の側から積極的に朝鮮半島南岸での交易を展開したことにより成立したと思われる。勒島貿易での主要な交易品と考えられる鉄器・青銅器・金属素材などは，山陰・畿内にももたらされたはずであるが，勒島でみられる弥生土器の大半が北部九州の土器であることからすると，主に北部九州の倭人が山陰・畿内への金属器・金属素材供給に介在したと考えられる。そして，その流通路は，瀬戸内よりも山陰日本海岸を経由したようである。

また，慶尚南道梁山郡・下北亭古墳群下層では，一括性は定かでないが，水石里式粘土帯土器とともに城ノ越式・須玖I式の模倣品と思われる土器が出土している〔沈奉謹・朴廣春1992：177-178〕。北部九州からの経済活動が，一部内陸にまで及んでいた証拠であろう。

(3) 弥生中期後半

勒島遺跡への弥生土器の流入は須玖II式古段階ころまでで終了し，代わって日本列島に勒島III式の粘土帯土器が流入するようになる。また，現時点での既報告資料のみで判断するのは難しいが，勒島遺跡自体も，勒島III式・須玖II式古段階ころまででその機能を終えるようである。これは，この時期に勒島貿易が求心力を失ったことを示す。

その背景としては，西北朝鮮における衛氏朝鮮の滅亡と楽浪郡など漢4郡の建郡による交易機構の解体・再編が考えられる。

弥生中期後半にもたらされた勒島式土器・茶戸里式土器は，水石里式土器のときとは違い，九州での出土が少なく，長崎県上県郡（対馬）峰町・大田原カモト遺跡や原の辻遺跡など，対馬・壱岐で増加するようである。また，山口県下関市に六連島遺跡〔杉原和恵1987〕と秋根遺跡〔伊藤照雄・山内紀嗣（編）1977〕の出土例があるなど，海上交通の要衝に集中している。

日本列島に再びもたらされた粘土帯土器のうち，原の辻遺跡のみで擬朝鮮系無紋土器が生み出されている〔片岡宏二1999c〕。これは，韓人が原の辻遺跡に居住し，交易に従事していたことを示すであろう。また，原の辻遺跡で出土する弥生土器が糸島地域などの北部九州の土器であるとすれば，勒島に代わって壱岐が交易の重要拠点となり，韓人・倭人が島外からこの地を訪れて物資の交換に従事したと考えられる。これを原の辻貿易と呼ぶことにする。

弥生中期後半に対馬・壱岐で粘土帯土器が増加する現象について後藤は，壱岐・対馬が「積極的な仲継者としての位置を獲得したため」とみなし，そこから，「交渉の主導権が小地域社会からそれらを統合するより上位の集団・支配者層へと移り，交渉の規模と性格が拡大・変化した」と解釈した〔後藤直1979：523〕。その後の発掘成果によって粘土帯土器出土遺跡の分布はいくぶん変わってはいるが，後藤の理解を踏襲しても問題はないと考えられる。

弥生中期後半には，北部九州の三雲遺跡群や比恵・那珂遺跡群などの集落で集住化が起こっており，そうした拠点集落では石器の使用が衰退して鉄器の使用が日常化しているようである。また，弥生中期前半まで筑後平野の渡来人集落などに散在していた青銅器生産工房はいくつかの遺跡に集約され，続く弥生後期には，福岡県春日市・須玖岡本遺跡などで名高い春日丘陵が中心的な青銅器生産地となる〔片岡宏二1999a：151-152〕。このような拠点集落は，食糧や鉄器・銅素材などを安定的に供給する機構が存在しなければ維持が難しいと思われる。

そのため，楽浪建郡の余波で結束を強めた北部九州の倭人集団が，集落維持のために原の辻貿易のいわば"大株主"となっていた状況が想定できよう。

(4) 弥生中期末～後期前半

弥生中期末に三韓土器・楽浪土器が搬入され始めるようである。三雲遺跡群には楽浪人が居住し，政治的な交渉が行われたと考えられる。漢鏡や金銅四葉座金具〔町田章1988〕，ガラス璧などは，かかる交渉の結果としてもたらされた政治性の強い遺物と考えられる。

原の辻貿易による輸入品として，まず鉄器が挙げられる。畿内でもこの時期に舶載鉄器が増加し，その余波が埼玉県朝霞市・向山遺跡〔照林敏郎1997〕などの関東にも一部及んでいる。

畿内や瀬戸内の弥生中期末には高地性集落がみられ，この時期を境に旧来の拠点集落が廃絶し，新たな拠点集落が営まれる。これは北部九州からの物資の新たな流通に対処するための集団の再編を示すと考えられる〔松木武彦1995〕。瀬戸内が北部九州から東に向かう主たる交易経路となるのも，このときであろう。そうした間にも，原の辻遺跡における交易が継続し，それと深い関係にあった北部九州の三雲遺跡群や比恵・那珂遺跡群のような拠点集落が存続していることを考えると，やはり前節でも述べたとおり，原の辻貿易ではおもに北部九州の倭人が活躍しており，瀬戸内・畿内への物資の流通もある程度制御していたと考えられる。

一方，山口県宇部市・沖ノ山遺跡で出土した，半両銭と五銖銭を大量に入れた茶戸里式土器の甕〔小田富士雄1982〕は，貨幣の使用を知る韓人が瀬戸内で交易に関与していた可能性をも示唆している。

(5) 弥生後期後半

原の辻貿易が継続し，繁栄していた時期である。

この時期，三韓土器は北部九州から瀬戸内・畿内に分布するが，一方，楽浪土器には器種構成や分布の変化が起こっている。

まず，器種をみると，物資の運搬に有利な，大きすぎない壺・鉢・杯が主体となる。このような器種構成の変化は，楽浪人の側に原因を求めるべきである。すなわち，三雲遺跡群での楽浪人の滞在という特殊な政治状況から，交易を中心とする交渉へと遷り変わった可能性がある。その場合，弥生後期後半の楽浪土器搬入が，楽浪人によるものか，韓人や倭人によるものか，問題となろう。

分布を見ると，福岡県糸島郡二丈町・曲り田遺跡や深江井牟田遺跡で楽浪土器が出土するようになる。特に深江井牟田遺跡では川上のIIb類に当たる土器群を出土し，ほぼ御床松原などと同様の様相を示すようであるが，港としての性格が想定される御床松原遺跡に対し，曲り田遺跡や深江井牟田遺跡はいくぶん広い平地を持っており，楽浪人と倭人の直接の交易に有利な場所といえる。しかも深江井牟田遺跡では，楽浪土器は出土するが三韓土器はみられず，楽浪人の活躍を示唆している。

また，弥生後期後半～終末には対馬の墳墓に楽浪土器の副葬が増加することも重視したい。前後の時代を見渡すと，対馬での朝鮮産土器の出土傾向は日本列島のいずれの地域とも一致せず，むしろ各時期において対岸の最も近い地域の土器が多くみられる。対馬の人びとにとって，それらは生活や副葬に必要とされたのであり，北部九州の倭人が北部九州の弥生土器を用いるのと同様，身近に入手し，用いたのであろう。すなわち，朝鮮半島産土器を持つからといって，必ずしも日本の諸地域を代表して交渉していたわけではない〔白井克也2000：111〕。また，葬送儀礼に用いたことをもってことさらに特殊視する解釈〔川上洋一1995：28〕にも，ひとまず慎重でありたい。

そのような傾向から考えると，楽浪土器を産地から遠く離れた対馬で用いることは特異であり，対馬の人びとにとって身近に楽浪土器が流通していたか，あるいは楽浪人が対馬の近辺で積極的な交易活動に従事していたと考えられる。

一方，これまで楽浪土器のみられなかった福岡平野・筑後平野に登場した楽浪土器は，いずれも1点ずつであり，交易などで倭人が楽浪土器を少量入手した状況が窺われる。川上のIIa類に当たる。

以上より，弥生後期後半には楽浪人が朝鮮半島南部・対馬・壱岐・北部九州玄海灘沿岸で積極的に交易に関与し，各地の倭人もそれに応じて，楽浪土器の分布が拡散したと考えられる。川上は，三韓土器の分布よりも楽浪土器の分布が狭いことを指摘し，「列島と楽浪郡，朝鮮半島南部との交渉が別の系譜であった」と解釈した〔川上洋一1995：30〕。しかし，深江井牟田遺跡を除けば，楽浪土器の分布域は三韓土器の分布域に含まれており，特に矛盾を示すわけではない。楽浪人は西日本の交易機構に大きな改変を迫ることはなく，むしろ，従来の交易機構のなかに取り込まれ，それを利用することで交易を成り立たせていたと考えられる。

しかし，楽浪人の交易参加による楽浪遺物の拡散によって，瀬戸内などにも楽浪遺物への関心が高まったであろう。岡山県では，すでに挙げた門前池東方遺跡の筒杯形土器のほか，岡山市・百間川兼基遺跡大上田地区土器溜Dで，楽浪の木製奩を模したかと思われる土器が出土している〔建設省岡山河川工事事務所ほか1982：89-91；武末純一1991a：209〕。門前池東方遺跡とほぼ同時期であり，土器で認識できる以上に楽浪遺物，特に漆器など木工品がこの時期瀬戸内にもたらされていた可能性がある。

(6) 弥生終末

三韓土器や楽浪土器の分布に大きな変化がなく，島根半島近辺で三韓土器が散見されたり，瀬戸内・大阪湾岸で三韓土器の形態をもつ在地産土器がみられることなどのわずかな変化がある。しかし，弥生土器の移動や集落の消長を考えあわせると，交易機構の大きな変化が窺われる。

福岡市早良区・西新町遺跡や，大阪市平野区・大阪府八尾市の加美・久宝寺遺跡群では，弥生終末に大規模な集落が成立し，山陰・瀬戸内・畿内に由来する土器群が搬入され，三韓土器も出土する。それぞれの土器群がすべて人の移動を意味するとは限るまいが，西日本各地の倭人は西新町遺跡や加美・久宝寺遺跡群で韓人と直接交易できる機会に恵まれたことになる。また，三韓土器や楽浪土器の有無を問わなければ，こうした「津」の機能を持つ集落は西日本の各地にみられるという〔山田隆一1994〕。

弥生後期後半以来，韓人（・楽浪人）と瀬戸内・畿内の倭人との直接交渉が拡大して，弥生終末になって各地に交易拠点を築くに至ったと考えられる。

こうした状況は原の辻貿易とは相反するものであるが，原の辻貿易の"大株主"であったはずの北部九州の拠点集落にも，このころには西日本各地の外来系土器がみられる。

(7) 古墳前期

古墳前期に至っても原の辻遺跡は存続しており，交易の拠点として無視できない存在であるが，最盛期は過ぎている。これに対して，重要な拠点となったのが博多湾岸である。福岡市西区・生の松原遺跡〔池田祐司・久住猛雄（編）2000〕，同市早良区・西新町遺跡〔重藤輝行（編）2000〕，同市博多区・博多遺跡群〔柳沢一男・杉山富雄（編）1985：10，15〕，同市東区・箱崎遺跡群〔田上勇一郎（編）1999〕，同区・唐原遺跡〔小林義彦（編）1989〕では，山陰・瀬戸内などに由来する外来土器とともに，古式新羅加耶土器や楽浪土器が出土している。弥生終末に比べ，古墳前期の古式新羅加耶土器・楽浪土器の分布は北部九州の限られた地域に集中するが，それらはこのような中長距離交易を行っていたと思われる海浜集落であり，特に西新町遺跡では竪穴住居跡に作りつけのカマドが設置されており，渡来人の居住の可能性を示している。久住はこれらの海浜集落など，北部九州の「津」的な大集落を「市」と評価している〔久住猛雄1999：123-124〕。

加美・久宝寺遺跡群などが果たしていた交易機能が，この時期の博多湾に集約されたと考えてよければ，古墳前期に博多湾岸の海浜集落で山陰・瀬戸内，さらに朝鮮半島諸地域の人びとが集まって交易を行なう状況を，西日本各地に及ぶような新たな交易機構の成立と捉えることができよう。これを博多湾貿易と呼ぶことにする。

おわりに

粘土帯土器・三韓土器・楽浪土器の日本列島での分布をもとに，弥生時代の交易について解釈を試みた。考古資料の分析のみでは解き得ぬ部分も多く，先学の業績の上に幾重もの憶測を積み連ねることとなった。また，本稿は日本列島で出土した朝鮮半島産土器を問題としたため，両者の間の交易が議論の中心となり，北部九州を弥生文化の代表であるかのように取り扱わざるを得なかった。しかし，北部九州の状況を西日本，あるいはより広く弥生文化全体に一般化することはもとより不可能であり，かといって，北部九州の特殊性をことさらに強調することも適当ではない。日本列島出土の朝鮮半島産土器，という研究素材の選択自体にバイアスが内在しているからである。

弥生時代の交易という観点からは，北部九州，有明海，南部九州，山陰，瀬戸内，畿内，東日本などの各地域内／間の，複雑な交易が存在したはずであり，対馬・壱岐・北部九州を介した朝鮮半島との交易は，そのような縦横の交易の一部であったと思われる。また，より狭く日常的な範囲で存在したはずの，土器・石器・石材の流通機構が，地域間交易の前提として存在したことは想像に難くない。

朝鮮半島情勢による交易機構の解体・再編という本稿で提示した仮説も，そうしたさまざまな考古資料からの検討が必要であろう。

注

福岡市早良区・原遺跡第20次調査の三韓土器を本稿で取り上げることについては，久住猛雄氏のご教示，藏冨士寛氏のご協力を得た。

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下地安広 1999「沖縄県嘉門貝塚出土の楽浪系土器」人類史研究第11号，人類史研究会，7-24
下村智（編） 1995『福岡市埋蔵文化財調査報告書第406集福岡空港西側整備に伴う埋蔵文化財調査報告雀居遺跡2』福岡市教育委員会
申敬澈 1991「韓国の瓦質土器－嶺南地方の墳墓出土資料を中心に」『日韓交渉の考古学弥生時代篇』六興出版，195-203
白井克也 1996「比恵遺跡群をめぐる国際環境」『福岡市埋蔵文化財調査報告書第452集比恵遺跡群21－第51次調査の報告－』福岡市教育委員会，45
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白井克也（編） 1996『福岡市埋蔵文化財調査報告書第452集比恵遺跡群21－第51次調査の報告－』福岡市教育委員会
白木守 1999「久留米市ヘボノ木遺跡出土の楽浪系土器」福岡考古第18号，福岡考古談話会，7-10
杉原和恵 1987「下関市六連島遺跡出土の朝鮮系無文土器」山口大学構内遺跡調査研究年報V，山口大学，185-196
角浩行 2000「伊都国の遺跡と遺物－糸島地区出土朝鮮半島系遺物について－」『嶺南考古学会・九州考古学会第4回合同考古学大会考古学から見た弁・辰韓と倭』嶺南考古学会・九州考古学会，203-221
田上勇一郎（編） 1999『福岡市埋蔵文化財調査報告書第591集箱崎7－箱崎遺跡群第8次調査の報告－』福岡市教育委員会
高久健二 2000「楽浪郡と弁・辰韓の墓制－副葬品の組成と配置の分析を中心に－」『嶺南考古学会・九州考古学会第4回合同考古学大会考古学から見た弁・辰韓と倭』嶺南考古学会・九州考古学会，25-81
武末純一 1985「慶尚道の「瓦質土器」と「古式陶質土器」－三韓土器の提唱－」古文化談叢第15集，九州古文化研究会，125-150
武末純一 1991a「西日本の瓦質土器－九州を中心に」『日韓交渉の考古学弥生時代篇』六興出版，204-210
武末純一 1991b「弥生時代の楽浪系土器と三韓系土器－瓦質土器を中心に－」地方史研究第233号，地方史研究協議会，9-20
武末純一 1996「邪馬台国への道」『考古学による日本歴史5 政治』雄山閣出版，15-33
田中清美 1996「加美遺跡1号方形周溝墓出土の陶質土器」韓式系土器研究VI，韓式系土器研究会，37-44
照林敏郎 1997「朝霞市向山遺跡の調査～弥生時代から古墳時代前期～」『第4回鉄器文化研究集会東日本における鉄器文化の受容と展開発表要旨集』鉄器文化研究会，2-22
坪田眞一 1996「久宝寺遺跡出土の韓式系土器について」韓式系土器研究VI，韓式系土器研究会，27-35
常松幹雄（編） 1984『前原町文化財調査報告書第15集浦志遺跡A地点』前原町教育委員会
内田律雄（編） 1988『朝酌川河川改修工事に伴う西川津遺跡発掘調査報告書IV』島根県土木部河川課・島根県教育委員会
山田隆一 1994「古墳時代初頭前後の中河内地域－旧大和川流域に立地する遺跡群の枠組みについて－」弥生文化博物館研究報告第3集，大阪府立弥生文化博物館，119-146
山口譲治・佐藤一郎・常松幹雄・古川千賀子（編） 1992『福岡市埋蔵文化財調査報告書第292集那珂6－第18・28・30・31次調査報告－』福岡市教育委員会
山口信義（編） 1992『北九州市埋蔵文化財調査報告書第120集中伏遺跡－金山川都市小河川改修工事に伴う埋蔵文化財発掘調査報告1－』財団法人北九州市教育文化事業団埋蔵文化財調査室
柳田康雄（編） 1985『西新町遺跡福岡市早良区西新所在遺跡の調査福岡県文化財調査報告書第72集』福岡県教育委員会
柳田康雄・小池史哲（編） 1982『福岡県文化財調査報告書第63集三雲遺跡III 糸島郡前原町大字三雲所在遺跡群の調査』福岡県教育委員会
柳沢一男・杉山富雄（編） 1985『福岡市埋蔵文化財調査報告書第118集博多III－第17・20・21・22次調査の概要－』福岡市教育委員会
横山邦継（編） 1986『福岡市埋蔵文化財調査報告書第130集福岡市博多区比恵遺跡－第6次調査・遺物編－』福岡市教育委員会
横山邦継（編） 1990『福岡市埋蔵文化財調査報告書第219集公園関係埋蔵文化財調査報告書I』福岡市教育委員会
米田敏幸・奥田尚 1996「久宝寺・加美遺跡出土の三韓時代系土器の意義について」韓式系土器研究VI，韓式系土器研究会，45-52

勒島貿易と原の辻貿易

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