木村朗国際関係論研究室
コラム・バックナンバー

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No.7 TITLE:NATO空爆の即時停止とコソボ問題解決の仕切り直しを! DATE:23 Apr 1999 19:07:03

3月24日にNATOによるユーゴスラビア空爆が開始されてから1ヶ月が過ぎた。この間のNATO空爆によって、多数の犠牲者(少なくとも2〇〇人以上)が民間のセルビア人ばかりでなく(明かな誤爆もあって)アルバニア人難民にも出ている。その一方で、この空爆を契機にセルビア側がコソボ解放軍の掃討を理由にアルバニア系住民への弾圧を強めた結果、2000人以上のアルバニア人が死亡し、60万人以上のアルバニア人難民が隣接諸国・地域に押し寄せている。また、ユーゴ側は「一方的停戦宣言」を行ったものの、NATOによる空爆の続行に対しては徹底抗戦をする構えを見せている。こうして状況が泥沼化して地上軍投入の必要性が囁かれる中で、ロシアによる再度の仲介・調停工作が行われると同時に、NATO創設50周年を記念した首脳会議が開かれようとしている。

今回のNATO空爆に対するの姿勢は、以下の理由から当初から一貫して反対である。
第一は、国際社会の合意を欠いた一方的軍事介入の決定であったことである。とくに、国連安保理での議決という正常な手続きをあえて回避したことは、常任理事国であるロシア、中国の反発を招いたばかりでなく、国連の権威低下と存在意義の希薄化をもたらした。

第二に、「人道的義務」に基づく軍事介入という「アメリカ(あるいはNATO)の正義」が、必ずしも「普遍的な(国際社会の)正義」とはなっていないことである。国際社会による人道的介入(とくに主権国家に対する軍事介入)が正当性をもつためには、その介入が客観的な基準に基づいて行われる必要がある。しかし、例えば、NATO加盟国であるトルコによるクルド人弾圧を黙認・放置しながら、セルビアだけをアルバニア系住民への弾圧を理由に武力制裁することは、恣意的な対応、すなわち「二重基準」の適用であるとの批判は免れない。

第三に、「アルバニア系住民の救済」と「ユーゴ側の譲歩の引き出し」という目的が達成されていないばかりか、逆の結果を生じていることである。NATOによる空爆は、ユーゴ連邦軍やセルビア治安部隊・民兵による新たな組織的な残虐行為(「民族浄化」作戦!?)を導く契機となったばかりでなく、セルビアやモンテネグロの一般国民(現体制に批判的な人々を含めて)を反NATO、反アメリカの民族主義的団結に向かわせてミロシェヴィッチ政権の政治基盤をかえって強化させることになったからである。

第四に、武力行使の具体的方法をめぐる諸問題である。NATO軍は、空爆当初から自軍兵士の犠牲者を出さないことを最優先課題とし、地上軍投入を避けて空爆作戦を展開してきた。しかし、その作戦が次第に軍事関連から民間施設へ、静止物体から移動物体へと空爆目標をエスカレートさせる中で、セルビアの多数の民間人が犠牲者となったばかりでなく、再度にわたる誤爆によってアルバニア人難民さえもが犠牲者となる事態が生じている。NATO側は、こうした事態を「遺憾」としながらも、基本的には「セルビア側の責任」であるとの姿勢をとっている。しかし、このような非人道的なやり方は決して許されるべきではないし、人道的目的を掲げた軍事介入の正当性そのものを否定するものである。

第五に、NATO側による意図的情報操作の問題である。このNATO・ユーゴ間の戦争は、当初から「メディア戦争」の様相を帯びており、NATO・ユーゴ双方が宣伝合戦を展開してきた。とりわけ問題なのは、NATO側の情報統制と意図的とも思われる情報操作のやり方である。NATO側は、空爆開始当初からセルビア側の残虐行為を誇大に強調する戦術をとってきた。しかし、例えば、アルバニア側の平和路線をとる指導者ルゴバ氏の側近のアガニ氏がセルビア治安部隊に暗殺されたとの報道を一方的に流してそれが事実ではないことが判明しても無視したり、空爆箇所の特定や誤爆事件の真相を明らかにしようとしない対応・姿勢は、NATOの情報開示への信頼性をいちじるしく弱めているばかりでなく、NATOが掲げる人道目的・正義の欺瞞性を浮かび上がらせることになっている。

第六に、今回のNATO空爆に「劣化ウラン弾」が使用されているという問題である。この劣化ウラン弾は、湾岸戦争にも使用されたもので通常爆弾よりも破壊力が大きい一方で、放射能による人体・環境への悪影響があると指摘されている代物だ(「湾岸戦争症候群」と劣化ウラン弾との関係が注目されている)。NATO軍がこのような問題の多い兵器を「正義の戦争」に積極的に使用している事実は、人道目的を達成するためには手段を選ばないという非人道的性格を示していると言わざるをえない。

以上、さまざまな観点から、NATO空爆の不当性を指摘した。
それでは、現段階でコソボ問題解決のために国際社会は何ができるのであろうか?

まず第一になすべきことは、NATO・ユーゴ間の戦争とセルビア人・アルバニア人の内戦を直ちに中止させて、これ以上の犠牲者を出さないようにすることである。そのためには、セルビア治安部隊の戦闘中止とNATO軍およびコソボ解放軍の攻撃中止を非武装の国際監視団派遣を最低限の条件として実現させる必要があろう。これまでのNATOやEU・国連事務総長が示した停戦条件はあまりにもハードルが高すぎる。この点で、ロシアが試みた再度の仲介・調停工作の結果が注目される。また同時に、コソボ解放軍の軍行動をNATO側が抑制することも不可欠である。

第二に重要なことは、いうまでもなくコソボ内外の負傷者・難民の救済である。これは何もアルバニア人に限ったことではない。コソボの隣接諸国・地域(アルバニア、マケドニア、モンテネグロ、ボスニア=ヘルツェゴビナ、クロアチアなど。また、セルビアも当然含まれる!)に対して早急に物的人的支援を行わなければならない。国際機関(国連難民高等弁務官や国際赤十字など)や各国のNGO(日本の「難民を助ける会」や「アジア医師連絡会議」なども含む」がすでに支援活動に乗り出しているが、とうてい十分とはいえず、それを早急に強化・拡大する必要がある。日本政府もNATO空爆に「理解」を示すだけでなく(本来ならば、日本独自の和平仲介工作が期待できたのであるが)、現在計画している難民支援・隣接諸国支援を質的にも量的にも大幅に拡充して行うことこそが求められているといえよう。そして、こうした活動・支援は、それが隣接諸国・地域への紛争の拡大を防止することにつながるように配慮された形で実施されなければならない。

最後に第三にしなければならないことは、コソボ問題の根本的解決のための平和的な話し合いの再開である。空爆開始以前の状況にすべてを戻すことや全当事者を満足させることはもともと不可能である。セルビア側のコソボ併合・分割やアルバニア側のコソボ共和国建国といった案は極端であり、現時点で最も望ましいのは、セルビア、モンテネグロ、コソボの三共和国からなる新しいユーゴ連邦案であろう。しかし、この新ユーゴ連邦案が実現不可能な場合は、コソボ地域の(アルバニア人に不利にならない形での)分割とアルバニア系住民支配地域のアルバニア本国との連邦・合併も選択肢に入れなければならないであろう。もちろん、それは双方の平和的話し合いによる政治的妥協で、より弱い立場にあるアルバニア系住民を国際社会が後押しする形で実現させることが条件であるといえるが。

 いずれにしても、地上軍投入や海上封鎖といった「軍事力による解決」が真の問題解決につながるものでないことは明かである。コソボ問題の解決は非常に困難であり、ねばり強い交渉とそれを支える忍耐力がすべての当事者に求められているといえよう。

1999年4月23日(NATO空爆開始後一ヶ月を迎えて)
                             木村 朗

 

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