木村朗国際関係論研究室
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No.9 TITLE:「NATOのユーゴスラビア空爆を考えるー『人道的介入』の正当性に疑問、コソボ解決の仕切り直しを!」 DATE:13 May 1999 21:58:11

【NATO空爆と状況の深刻化】
  3月24日にNATOによるユーゴスラビア空爆が開始されてから1ヶ月半以上となる。NATO空爆は、セルビア当局に弾圧される「アルバニア系住民の救済・保護」を目的とした「人道的介入」とされるが、セルビア側の譲歩を引き出すどころか、逆になりふりかまわぬ「民族浄化」政策を導く契機となり、2000人以上のアルバニア人の死者と70万人以上ものアルバニア人難民を生み出す結果となった。また、この間のたび重なる誤爆によって、多数の民間人犠牲者(少なくとも200人以上)がセルビア人ばかりでなくアルバニア系住民にも出ている。
 NATO側の空爆続行・強化とユーゴ側の徹底抗戦(ミロシェヴィッチ政権の支持基盤の強化という皮肉な効果をもたらした)という形で状況が行き詰まり、地上軍投入がささやかれる中で、ロシアによる再度の仲介・調停工作が国連を舞台に行われようとしている。
【コソボ問題の背景と性格】
 コソボ問題は、セルビア共和国内でかって自治州であったコソボ地域での分離・独立を求める多数派アルバニア人(全人口2〇〇万人の約9割でほとんどがイスラム教徒)とそれに反対する少数派セルビア人(そのほとんどがギリシャ・ロシア正教の流れをくむセルビア正教徒)との対立であり、旧ユーゴスラビアが崩壊する直接の原因ともなった。ティトー時代の「74年憲法体制」では、コソボはセルビア共和国内にありながら共和国とほぼ対等な自治権を獲得していたが、86年以来のセルビア人・アルバニア人双方の民族主義の高まりの中で89年にセルビアにその自治権を奪われることになった。このときに「(コソボにおける)セルビア人の救済・保護」という民族的主張をかかげて登場したのが現ユーゴ大統領であるミロシェヴィッチであった。このコソボ問題の根は深く、ここでそのすべての説明はできない。が、その背景には人口・経済問題ばかりでなく、セルビア人・アルバニア人双方が自分たちの「聖地」と主張するような複雑な歴史問題も絡んでおり、単純に「どちらか一方が悪い」と決めつけられる性格の問題ではないことだけは指摘できる。
【NATO空爆―「人道的介入」の正当性をめぐって】
 ユーゴ連邦軍やセルビア治安警察・民兵によるアルバニア系住民に対する蛮行は決して許されるものではない。しかし、国連決議という国際社会の民主的手続きを欠いた「人道的介入」がはたして正当性をもつものであろうか?NATO空爆が劣化ウラン弾の使用や民間施設をも標的とする「無差別爆撃」の様相を呈してきているだけにはなはだ疑問と言わざるを得ない。これまでのセルビア民間人やアルバニア系避難民を巻き込んだ「誤爆」に加えて、最近生じた中国大使館への「誤爆」は、むしろ「主権国家に対する侵略行為」(中国、セルビア)という主張の説得力をさらに強めることになったといえよう。
【状況打開と問題解決に向けて】
 現在悪循環に陥っている状況を打開するためには、これまでの失敗をとりもどすためにNATOの威信をかけた「完全な勝利」を追求するのではなく、「アルバニア系住民の救済・保護」という原点にたち、空爆を即時停止しロシアや国連を通じた政治・外交交渉によってコソボ問題の平和的解決の再開を図るしか選択肢はないと思われる。その際重要なのは、「(アメリカが主導する)NATOイコール国際社会ではない」という当たり前の認識を確認することであろう。また日本政府も、NATO(あるいはアメリカ)の軍事行動・制裁措置をただ追認するのではなく、コソボ難民救済や隣接諸国支援に今以上の努力をするとともに、軍事的抑止に限界があることを再認識して、コソボ和平に向けて日本に何ができるのかを再考すべきである。
【NATO新戦略と新ガイドラインの類似性】
  今回のNATO空爆は、創設50周年を契機に打ち出された「新戦略」(域外の地域紛争に国連決議なしでも軍事介入が可能であるとするもの)に基づくものであり、コソボ紛争を「ヨーロッパの周辺事態」と位置づけていることは明白である。新ガイドライン関連法案の国会審議が参議院に移って再開されている今日、日本にとっての「周辺事態」が意味するものが何であるのか、アメリカのかかげる「正義の戦争」が本当に普遍的正当性を常にもつものなのか、をもう一度根本から考え直す必要があると思われる。

  1999年5月14日(「鹿児島平和ネットワーク」の事務局会議の前に)
                                   木村 朗
(『南日本新聞』1999年5月14日朝刊に掲載)
 

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