木村朗国際関係論研究室
コラム・バックナンバー

Last Update :99/09/28 16:06

 
No.18 TITLE:「周辺事態法の施行と自治体・民間協力への懸念」(その二) DATE:31 Aug 1999 17:50:10

周辺事態法によって、「わが国の平和と安全に重要な影響を与える事態」が起きた場合に、自衛隊は米軍に対する後方地域支援や捜索救助活動を行うことが可能となった。これとは別に、掃海艇による機雷除去作業(法案作成・審議の過程でなぜか削除され、現行自衛隊法にその根拠を求めることになった)や自衛隊艦船による邦人救出活動(自衛隊法の「改正」ですでに可能となった)、あるいは船舶検査活動(いわゆる「臨検」で、国連決議の必要性をめぐる自由党と公明党の意見対立で後回しにされた)も行うことになっている。こうした自衛隊の新しい任務と役割(海外派兵=領域外での軍事行動)は、明らかに従来の「専守防衛」原則を踏み外す性格をもっており、現行の日米安保条約や自衛隊法に何ら手をつけずに周辺事態法の「付則」という形でそれに法的根拠を与えるというのは、きわめて異常なやり方であると言わざるを得ない。また、国会(つまり国民)に対して「原則は事前承認、緊急時は事後承認」というのは、事実上の全面的事後承認に他ならず、「議会制民主主義への挑戦」「憲政の危機」としてとらえなければならない。

この周辺事態法はまさに包括的「戦争協力」法とも言えるものであり、対米支援活動という名の「戦争協力」は自衛隊ばかりでなく、自治体や民間に対しても求められることになる。周辺事態法第9条には、「運輸、自治、厚生、通産の各大臣らは、地方自治体の長や民間企業に必要な協力を求めたり、依頼することができる」と規定されている。これに基づいて、政府は、地方自治体や民間企業に対して、港湾や空港の使用、医療機関への患者受け入れ、人員(戦闘員を含む)や物資(武器・弾薬を含む)の輸送などに関して協力を要請することができる。この周辺事態法第9条の「解説」(今年7月に内閣安全保障・危機管理室が作成して、各自治体・関連企業へ配布)では、「正当な理由があれば要請を拒否できる」「法令に基づいて対応する限り、制裁措置がとられることはない」「戦闘が行われている地域や、その恐れのある地域への輸送を依頼することはない」などと説明されている。しかし、こうした形だけの説明では、国民の側(自治体や民間企業)が懸念や不安を払拭して納得できる訳がないのは当たり前である。

問題は、政府・米軍側の「要求」や「命令」(「要請」というのは表現を単に和らげているだけ)と自治体・民間企業(あるいは住民・議会)の「意思」や「利益」が衝突する場合はどのようにして「統一」・「調整」されるのか?、「正当な理由」とは何か?、「戦闘地域」と「後方支援地域」とはそもそも区別することが可能なのか?、といったことである。

この点で注目されるのが、7月24日の閣議で決定された、社会民主党の清水澄子参議院議員の質問主意書に対する答弁書である。その答弁書によれば、地方自治体の長は、周辺事態法に基づく国からの協力要請に対しては、地方議会の議決や住民からの請求を理由としてその協力を拒むことはできないとしている。また、何が国の要請を拒むことが出来る「正当な理由」かどうかは、「個別具体の事例に則して、個別法令に従って判断されるため、あらかじめ網羅的に示すことは困難」という見解を示している。しかし、このような見解・立場は、「一般的な協力義務」だとしてきた従来の説明を上回るものであり、住民の安全や生命を守ることを規定する地方自治法や国民の基本的人権の擁護を掲げる日本国憲法の精神とは明らかに相反するものである。軍事行動の機密保持を理由とする住民・国民への説明・情報開示の制限も有りうるとの言明や「物資の中には武器・弾薬も含まれる」「公海上の輸送も排除されるものではない」等の規定なども合わせて考えるとき、いかにこの周辺事態法が危険な性格をもったものであるかが理解できる。

以上、これまで周辺事態法の施行が持つ意味とその背景、そして自治体・民間への「(戦争)協力」の本質について考えてきた。今の日本が置かれている状況は、「危機」や「周辺有事」を生じさせないための「独自の外交努力の不在」と自衛隊の能力・役割のなし崩し的強化による「軍事的抑止の拡大」が先行する、きわめて危険な「戦争前夜」ともいえる段階・局面を迎えつつあることだけは確かである。今後、自衛隊の一層の戦力増強とともに、領域警備法、危機管理法、緊急事態法、国家機密法(スパイ防止法)といった名称は何であれ、一連の有事法制の整備と憲法「改悪」に向けての地均しが進むことが予想される。このような状況の中で、いかにして周辺有事法を発動させないような環境・条件を平和憲法を基礎にしてつくりだしていくのかが、今、わたしたち一人ひとりに根本から問われていると思われる。

1999年8月31日
                                 木村 朗
 

インデックス(平和コラム・バックナンバー)へ木村朗国際関係論研究室平和問題ゼミナール

CopyRight(C)1999, Akira Kimura. All rights reserved.
Composed by Katsuyoshi Kawano ( heiwa@ops.dti.ne.jp )