木村朗国際関係論研究室
コラム・バックナンバー

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No.27

 

TITLE:「NATO空爆開始から一年を向かえて―コソボの現状と今後の展望を考える
―」
DATE:2 Apr 2000 12:11:56

    

    昨年3月24日に始まったNATO空爆から、すでに一年余りが過ぎた。今日の時点で、
二ヶ月半余(78日間)に及んだあのNATO空爆とは一体何であったのかをコソボの現状と課題に触れながらここで考えてみたい。

  現在のコソボは、NATO空爆の目的であった民族共生からはほど遠い状況であり、一
言で表せば「混迷」といえよう。アルバニア系難民80万人のほとんどが無事帰還したも
のの、今度はその報復によって、セルビア系住民を中心に、ロマ人(ジプシー)、スラブ系
イスラム教徒(ムスリム人)などの非アルバニア系住民約20万人がコソボの地を追わ
れ、残った者も迫害の恐怖の中で生きているのが現実である。NATO空爆によって、アル
バニア人とセルビア人の力関係と立場が逆転し、「逆の民族浄化」が生じているのだ。こ
こで注目しなければならないのは、第一に、こうした状況がNATO19カ国を含む36カ国
からなるKFOR(コソボ平和維持部隊)進駐後に起きていることであり、第二に報復の対
象になっているのがセルビア系住民(その多くはアルバニア系住民に対する「民族浄化」
に加わらなかった者である)だけでなく、その一部がセルビア側に加担したと思われてい
るロマ人(ジプシー)、スラブ系イスラム教徒(ムスリム人)などの非アルバニア系住民も
含まれている点である。

  なぜこのような状況が生まれたのかはきわめて簡単である。KFORが、コソボ帰還後
にセルビア人に対する報復を実施することを公言していた「コソボ解放軍」の報復活動の
統制や武装解除の早期の厳格な実施を怠たり、それをなかば放置しからである。より厳
格にいえば、KFORには当初からそのような「人道的な任務」は明確には与えられておら
ず(NATOが与えなかった!)、そのかわりに治安維持の役割を担うはずの文民警察官
の派遣が遅れたばかりでなく、必要な人員さえも確保できなかったためである。文民警察
官は当初から最低6千人必要といわれていたのに欧州諸国など42カ国が約束したのは
わずか計4千3百人であったばかりか、実際には2千3百人しか派遣されていないのであ
る(『朝日新聞』3月24日付)。民族共生に直接に関わる警察・治安の面ばかりでなく、コ
ソボでは未だに、司法、電気、水道、産業・経済などすべての面で機能不全の状態であ
り、学校や病院の人件費にもことかき、ごみの収集もできないというのが現実である。コ
ソボの大多数の住民は、民族相互の不信と憎悪がさらに強まる悪循環の中で、国際機
関の援助と国際武力組織の存在によってようやくその日を生きて暮らしているのである。

  こうしたコソボの現実の状況を前に、NATO諸国を含む国際社会は大きなジレンマに
陥っているように思われる。なぜなら、現時点では、秩序回復と復興を早期に達成するこ
とはおろか、コソボ地域の住民自身による自治の実施への目途も立てられない現状で、
どのようにしてコソボの政治的地位を最終的に確定し、民族共存の実現をはかるのかま
ったく将来の展望が見えてきていないからである。

  コソボの政治的地位に関して言えば、コソボの現状は、NATO側の提示した条件でセ
ルビア側の主張でもある「(セルビア共和国領内の)高度の自治権をもつ自治州」という
当初の設定をはるかに超えて、アルバニア人の国」という様相を強めており、NATO諸国
は空爆停止後の不適切な対応によって結果的にアルバニア人の独立志向をさらに強め
ることになったのは間違いがない。しかしその一方で、「コソボの独立」は停戦合意に違
反するばかりでなく、マケドニア西部のアルバニア人地域やボスニア内のクロアチア人地
区やセルビア人地区の地位にも大きな影響を与えることが明白であり、NATO諸国を含
む国際社会は簡単に受け入れることができないという事情がある。このように見てくる
と、「人道のための戦争」(NATO側の主張)は、「戦略(あるいは出口)なき戦争」との批判
を空爆中に自陣営の中からも受けたが、その批判はコソボ戦争が終わった今も基本的
にあてはまるといえよう。

  最後に、セルビアの現状に触れておこう。今日のセルビアでは、今も続く経済制裁の
中で経済は停滞して国民の経済的窮乏が進む中で、独立系テレビ局の相次ぐ接収など
にみられるマスコミ統制・弾圧の強化による野党勢力の封じ込めや、10万人規模の「反
NATO集会」開催などの国民の愛国意識の効用を狙った宣伝工作が行われている。野党
側も大規模な反政府集会の実施を4月14日に計画したり、4月末における選挙の早期
実施の要求を出すなどの動きもみせてはいるが、今のところ、ミロシェビッチ政権の求心
力が衰える兆しは見られず、当分の間は「安泰」であるように報じられている。NATO諸国
が主導する形での空爆終了後から今日まで続く経済制裁や野党勢力への露骨な肩入
れ、繰り返し起こる野党勢力の内輪もめ・主導権争い(特に指導者どうしの個人的な反
目)、さらに、コソボにおけるセルビア系住民に対する報復・迫害と大量脱出や最近コソ
ボ州境の非武装地帯を越えて挑発行為を繰り返しているコソボ解放軍の残党組織「プレ
シェボ・ブヤノバツ・メドベジャ解放軍(CPBM)」の存在、セルビア離れを一層強めて内戦
勃発がささやかれているモンテネグロの情勢などがすべて、「体制強化の口実」となって
ミロシェビッチ政権の基盤を強化する一因となっていると思われる。

  このような状況を克服して悪循環からの脱出をはかるためには、国際社会は何をど
のようにすればよいのであろうか。NATO空爆は確かにアルバニア系住民の帰還を実現
した。しかし、結果的には、多くの犠牲者と大量破壊をもたらしたばかりでなく、コソボの
住民相互に深い不信と憎悪を生じさせることになったといえる。今となっては、即効かつ
万能の解決策を示すことは非常に困難である。ただ、現時点でのコソボでの強者である
アルバニア系住民が自制して寛容の精神に立ち戻りと同時に、NATO諸国が自らの(一
方的な)正義や二重基準を押し付けることを止めてそれを見直すこと、また国際社会(国
連やその他の国際機関や人道援助団体・NGOも含めて)がより公平にかつ長期的な視
点で紛争解決の名張強く取り組んでいくことが求められていることだけは確かであろう
(セルビアが国民自らの力で民主的な政権を樹立することが必要であることは言うまでも
ない)。

2000年4月1日
                                    木村 朗

 

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