木村朗国際関係論研究室
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Last Update :01:35 99/01/18

現代世界をどのようにとらえるか

 

木村 朗(国際関係論)

 

T 現代世界と構造的変化−−今日の国際情勢を読む−−

 

 今日、われわれを取り巻く国際環境の変化には、実にめまぐるしいものがある。

 80年代後半にゴルバチョフ政権下で着手されたペレストロイカはソ連ばかりでなく東欧各国民衆の変革への強い欲求と結びつくことによって、89年の「ベルリンの壁」崩壊と東欧民主化の進展、90年10月の東独の西独への吸収・合併という形でのドイツ統一の実現、91年夏のソ連におけるク−デタ−失敗・ソ連共産党の解散と同年末のソ連邦の解体、という一連の地殻変動をもたらした。また同時に、こうした「ソ連・東欧圏」の解体は、米ソ関係を中心とする東西関係の急速な改善の動き(87年末のINF全廃条約や90年の欧州通常戦力条約などにみられる核および通常戦力の大幅な削減合意、89年末の米ソ首脳マルタ島会談に象徴される「力」による「対決」路線から「対話」と「相互理解」に基づく「協調」路線への転換、等)と重なり合う形で進行し、その結果これまでの東西間の権力政治的イデオロギ−的対立であった「冷戦」の終えんを導くこととなった。

 「冷戦」の終えんは、ECやCSCEを中心とするヨ−ロッパの統合過程にハズミをつけるとともに、第三世界における軍事独裁=強権政治を否定する民主化の潮流を一層強めることとなった。しかし、その一方で「冷戦」の終えんは旧ソ連・東欧諸国における民族問題の激化と難民問題の深刻化(アゼルバイジャン・アルメニア紛争、グルジア紛争、モルダビア紛争、ユ−ゴ内戦、チェコとスロバキアの分離、等)世界戦争・国家間戦争に代わる地域紛争・内戦型戦争の多発化、東西対立に代わる南北対立・南南対立の激化、世界的不況を背景とする先進諸国間における経済摩擦の先鋭化とブロック化の動き、大国主導による国連の「活性化」とアメリカ中心の「新世界秩序」形成の動きなどこれまで東西対立の背後に隠されていたか、あるいは、それまで存在しなかったような数多くの矛盾を一挙に噴出させることになった。

 このように現代世界は、今日きわめて激しい構造的変化を経験しているのであり、「ヤルタからマルタへ」と言われるように、一つの旧い「国際」秩序がもう一つの新しい「世界」秩序にとって代わられる歴史的転換期にあるといえよう。

 

 

U 現代世界と国際紛争−−問題意識を磨くために−−

 『「冷戦」の終えんによって、「世界戦争」の時代は終わりこれからは「地域紛争」の時代となる。』と一般によく言われるが、こうした解釈には(それ自体ある程度の妥当性があることは否定できないが)若干の補足説明が必要であると思われる。第二次世界大戦後の「冷戦」時代においては、ヨ−ロッパを中心的な舞台として東西両陣営が通常戦力のみならず核戦力をも用いて全面的に対決する「世界戦争」の可能性が確かに存在したが、実際に「熱戦」が生じたのは米ソ両大国などによる「勢力圏拡大」政策の舞台となった第三世界においてであり、それらの紛争の多くは大国間対立(米ソ・米中あるいは中ソ)の反映=「代理戦争」の様相を色濃く呈していた。例えば、1945年から30年間の期間に発生した140件を超える紛争の大部分が第三世界を舞台とし、それらの紛争で1500〜2000万人ほどの犠牲者が出たと考えられている。

 「ポスト冷戦」時代においては、「世界戦争」の可能性が大幅に遠退いたばかりでなく、「代理戦争」型の紛争も著しく減じるところとなった。しかし、こうして東西対立型の紛争が減少するのと相反する形で今日増大しつつあるのが、南北対立型あるいは南南対立型の紛争である。先に生じた湾岸危機・戦争は、まさこうした型の紛争に当てはまると考えられよう。そこで、ここでは湾岸危機・戦争のケ−スをとりあげ、今日の紛争のもつ特徴と問題点を考えてみることにしたい。(今日の紛争のもう一つの特徴は、「国家間戦争」に代わる「内戦」型紛争の多発であり、その典型的なケ−スとしてユ−ゴ紛争が考えられるが、ここでは省略することにする。)

 湾岸危機は、いうまでもなく領土・石油資源をめぐる対立を背景としたイラクによるクウエ−トの侵略・併合(90年8月)に端を発するものであり、また湾岸戦争はこうしたイラクのあからさまな「違法行為」に対する国際的な制裁活動の延長線上で生じたもので、その主要な目的が「平和」の回復=クウエ−ト領からのイラク軍撃退であったことは否定し難い。しかし、この問題を別の角度からみてみるならば、<一体何がイラク=クウエ−ト紛争を生じさせたのか>、<果たして湾岸戦争は本当に必要であったのか>、<戦争に踏み切ったアメリカの真の動機は何であったのか>、等などの数多くの疑問点が出てくる。そして、イラク=クウエ−ト紛争は、70年代後半以降に石油価格の低迷などで南北間格差が拡大する中で、南側の比較的貧しい国(イラク)が同じ南側ではあるが北側との結びつきを強めつつあった一部の富んだ国(クウエ−トやサウジなど)に対して起こした抗議行動であり、平和的解決の努力を中途放棄して戦争に突入したアメリカの真の動機には中東地域の石油資源に対する支配の確保(=北側先進国優位の世界経済秩序の維持)とイラク軍・フセイン体制の弱体化による同盟国(とりわけ、イスラエル、サウジ、クウエ−ト)の安全保障に強化があった、というもう一つの構図が浮かび上がってくるであろう。(湾岸危機・戦争の際のアメリカのかってないほどの厳しい報道規制もそうした文脈でみれば理解できるであろう。)

 また、湾岸危機・戦争を考える場合に見過ごすことができないのは、この紛争と国連との関係から生ずる問題であろう。湾岸危機に対して、国連が安保理を中心にかなり早い段階でイラクへの経済制裁措置を発動したことは、国連の安全保障機能の活性化として肯定的に評価することができよう。しかし、問題となるのは、米軍を中心とする多国籍軍にその範囲・手段・期間等を限定することなく武力行使の権限を「容認」するにいたったことであり、また多国籍軍がこの決議に基づいて経済制裁の効果を見極めるなど平和的手段を尽くすことなくあまりにも早期に戦争が開始されたことである。そして、こうした一連の動きの背後には、ブッシュ政権が掲げる「新世界秩序」構想(「唯一の超大国」となったアメリカがその軍事力を背景にして同盟国の財政支援と国連の権威を十分に活用することによって、アメリカ中心でかつ先進国主導型の世界秩序を構築しようとするもの)があったことは明らかであろう。

 以上、現代世界を国際紛争との関わりでみてきたが、「ポスト冷戦」時代の「新しい世界秩序」はいまだ明確な姿を見せるにいたっておらず新旧二つの勢力・要素がせめぎあっているというのが今日の状態であろう。その意味で、「新しい世界秩序」がどのようなものになるかは、今後の国際社会の対応いかんにかかっているといえよう。

 

 

V 国際関係(国際政治)をいかに学ぶか−−国際問題への関心と接近−−   

現代世界の特徴をあらわすキ−ワ−ドの一つは「相互依存」であり、そのことは内政と外交の一体化、すなわち国内問題の国際化あるいは国際問題の国内化となってあらわれている。その意味で、今日ほど国際問題がわれわれにとって身近に感じられる時代はこれまでになかったといえよう。しかし、国際問題と一口にいってもテ−マ(平和・環境・人権・開発など)や時代・地域によってその内容は多様であり、ある特定の国際問題に対する興味・関心や知識・意識もまた人によって差異があることはいうまでもない。また、現代世界の特徴を示すもう一つのキ−ワ−ドは「情報化」であり、国際問題を考える際にその前提材料となる「情報」の価値とそれを提供する情報産業・機関の役割は今日ますますたかまっているといえるであろう。しかし、「情報過多」といわれるほど今日われわれの周りにはあまりにも多くの雑多な情報があふれており、その中には偏見や誤りに基づいたものや同じ内容の繰り返しといったものも多く、本当に知りたいような質的に高い情報は以外に少ないことがわかるであろう。そこで、ここでは「国際問題への関心と接近」ということで、基本的に重要であると思われる事柄を二、三述べてみたいと思う。

 第一に、「あらゆる情報はそのまま鵜呑みにするのではなく、まず疑ってかからなければならない」という鉄則である。このことは、与えられる情報が必ずしも真実に基づいたものでない場合やその時点では判断できない性格の問題であってもいいかげんな独断・予測でものをいっている場合がいかに多いかを考えればよくわかるであろう。意図的に偽情報が流されるケ−スの多い国際問題については特に注意が必要である。第二に、「一点を深く掘下げよ。そうすれば、その問題の本質と全体像が自ずから見えてくる。」という鉄則である。人は誰でも初めからあらゆる事柄に対して明確な問題意識を持っているわけではない。この場合に肝心なことは、ある特定の問題について初めはわからなかったことや疑問に思ったことを自分の中に留保しておいてそれを最後まで明らかにするという姿勢を持ち続けることである。ある時点で不明であったことや一定の評価が下されていた事柄が、後になって明らかになったり、逆の評価がされるようになったりする場合が非常に多く見受けられるからである。また、すべての事柄は多かれ少なかれ何らかの形で結びついているのが現実であり、ある時点では関係ないと考えていた事柄が後になって重要な意味を持つことが不思議と多いのである。

 

 

 最後に、「情報の収集と整理」という点で、ぜひ実行することを勧めたいのが「新聞の切り抜き」である。問題が新しく発生したものであったり、その時点でなお流動している場合、詳しい分析に基づいた資料・関連文献が入手できないことが多い。その時に役立つのが、この新聞の切り抜きであり、できれば二紙以上の新聞で関心のある問題の記事を自分で切り抜き、スクラップ・ブックに貼る作業をしばらくやってみることである。そしてそれがある程度たまった時点で見直してメモなどを作ってみれば、それまで漠然としていた問題の所在が驚くほど鮮明に浮かび上がったりするものである。その時に初めて、一般に軽く見られがちなこの作業の大切さが身にしみるであろう。

 以上、これまで色々なことを勝手に述べさせてもらったが、要は、「自分で明らかにしたいと思う問題についての内外の情報をできるだけ多く自分の手足を使って集め、それを自分の頭を使って主体的に考えて評価・判断すること」である。今後、皆さんがこれらのことを実行して各人各様の成果を上げられることを期待して結びとしたい。

 

 <推薦図書・参考文献>

 

 @ 斎藤 孝編『国際関係論入門』(有斐閣双書、1981年)

 A 法学セミナ−増刊『国際政治学入門』(日本評論社、1988年)

 B 関 寛治編『国際政治学を学ぶ』(有斐閣、1981年)

 C 中川原徳仁・黒柳米司編『現代の国際紛争』(人間の科学者、1982年)

 D 進藤栄一『現代紛争の構造』(岩波書店、1987年)

 E 伊藤正孝編『世界紛争地図』(岩波ブックレット、1992年)

 F 高野 猛『世界関連地図の読み方』(PHP研究所、1985年)

 G 山内昌之編『入門世界の民族問題』(日本経済新聞社、1991年)

 H 谷内 謙『現代社会主義を考える』(岩波新書、1988年)

 I 加藤哲朗『東欧革命と社会主義』(花伝社、1990年)

 J 石川捷治、他『時代のなかの社会主義』(法律文化社、1992年)

 K 坂本義和『軍縮の政治学』(岩波新書、1988年)

 L 浅井基文『新しい世界秩序と国連』(岩波書店、1991年)

 M 前田哲男『自衛隊は何をしてきたのか』(ちくまライブラリ−、1990年)

 N 岡倉古志郎『非同盟運動』(大月書店、1987年)

−鹿児島大学法学会『法学・政治学のすすめ』(1992年度)より−


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Composed by Katsuyoshi Kawano ( heiwa@ops.dti.ne.jp )