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第5日目(8月26日・土曜日)

 現金なもので、一晩寝たら喉はほぼ完全に復調した。正確に言えば、昨日の後半から喉の不調は忘れかけていたが・・・ともかく、復調記念だ。調子に乗って、かわりばえのしない朝食をモリモリ食べる。

 今日の最初の観光ポイントは、朝市だ。サブジ・バザールという朝市は、毎週の土日に開催されている。厳密に言えば夕方までやっているそうだから、朝市ではなく、青空市場と言ったほうが正確か。そんな場所に9時前に行ったのだが、すでに多くの店が出ている。国外持ち出し禁止っぽい骨董品(政府公認の店で買わないと骨董品は国外に持ち出せない)から観光客目当てのTシャツ屋、野菜をはじめとする食料品など、いろいろなものが売られている。20分ほどぶらぶらし、Tシャツを買うことにした。すると、みなさんTシャツが欲しい、ということになった。まとめ買いをして割り引いてもらうことにしよう。その結果、買いも買ったり14枚!1枚150Nu(375円)で全部で2100Nu、これが限界!というTシャツ売りのおばさんと交渉することしばし。お互いにおばさんの電卓の数字をたたきあっての交渉の結果、1900Nu(4750円=1枚あたり339円)まで値下げさせることに成功した。コレだよ、買い物の醍醐味は。

バザールにて撮影。この大量のとうがらし!

 

 ホクホクとバスに戻り、次に仮面舞踊を見学する。ブータンでは年に1度、各地で“ツェチュ”というお祭りが行われ、その中で仮面舞踊が披露される、とのこと。この旅行中はお祭り期間ではないが、王立舞踊団(!)による仮面舞踊を見学することになっているのだ。

 仮面をつけた踊りは、悪魔や神々をモチーフに、激しい踊りばかりである。すぐ目の前で踊っているから、踊り手が息を切らせているのも十分に聞こえる。そういった激しい踊りの合間に、男女のフォークダンス的素朴な踊りも入るが、それが入ることによって踊りの静と動が際立つように思える。始まる前は、1時間も見物したら飽きるだろうと思ったが、そんなことはない。感心しているうちに時間が過ぎた。

けっこうハードな仮面舞踊。

こちらがフォークダンス。後方にBGM隊がいる。

 

 バスはティンプーの官公庁街(プレハブっぽい平家建て)の間を通り、郵便局へ。あまり土産物が豊富ではないブータンで、けっこうおみやげになるのが切手なのである。今は作られていないプレミア切手として、3次元印刷のものや、金属製のものまである。金属製の切手なんてどうやって貼るのかと思うが、何よりもプレミアもの、高い。安くてもきれいな絵柄の切手はいくらでもあるので、切手各種と絵葉書2枚を買った。日本までの郵便料金は20Nu(70円)というので、20Nu切手も2枚、全部で92Nu(230円)の買い物となった。さて、誰に手紙を書こう?

 そして、ついに正真正銘のお土産物屋、政府直営の手工芸品館(エンポリウム)へ。さすがに外貨を稼ぐためにあるような店、品揃えは豊富だ。僕はボン・チューという蓋付き竹かご(ブータン人がお弁当箱に使うほどのしっかりした手編み)を、大と中の2コあわせて307Nu(768円)で購入した。

 もうちょっと何か買いたい。民俗衣装なんかも売っていて、他の皆さんは熱心に眺めては値段を聞いているが、僕にはちょっと手が出ない金額だ(2〜3万円当たり前)。でも、1点豪華主義でドドンと買えるもの、しかもガサばらなくて重くなくて・・・。こうなると、絵しかない。去年もネパールで仏画を買ったが、今回もその流れでいくことにして、布に書かれた仏画(タンカ)を買うことにした。いろいろな絵柄があるが・・・千手観音だ。しかも、本当に手が千本ある、純正千手観音!もうこれしかないと思い、6605Nu(16513円)で購入する。唯一の問題は、実家のどの部屋に飾るかだけど。

 昼食は、前国王記念チョルテンにほど近い、イエヅィン・ゲストハウスへ。ゲストハウスだから宿泊もできるが、食事は特においしいというので、宿泊もせずにレストランだけ利用である。例によってビュッフェ・スタイル、メニューもあまり代わり映えがしないのだが、どの料理もできたての熱いままを持ってきてくれた感じで、何を食べてもおいしい。ドゥック・ホテルもできたてを持ってきてはくれているのだろうが、熱さがトボけている。それに比べると、ここの料理は文句なく熱いので、食が進むのだろう。肝心の料理は、ブータン人が主食のように食べるとうがらし料理、エマ・ダツィ(とうがらしのチーズ煮)が辛かったが、それよりもヤキソバがおいしいのでおかわりをした。とうがらしはちょっとつまんだ程度で、ヤキソバの味付けに使ってみる。作戦成功、けっこうあとひく辛さだが、泣きそうになるほどではない。去年のように、ハラは壊さないぞ・・・

 食休みに(?)向かったのは、朝市の開かれている広場のそばの、アーチェリー場である。この日、ちょうどブータンの国技であるアーチェリーの大会が開かれていた。そのアーチェリー、オリンピックのアーチェリー競技は90mで行われるそうだが、ブータンのアーチェリーは130mで競われている。射手の立つ場所から的を見ると、ほとんど見えない。よく狙えるもんだと感心していると、矢が的にまるで当たらない。たま〜〜〜〜に当たると、その選手と同じチームの選手が“感謝の歌と踊り(?)”を捧げるのである。なんとも悠長な話だ。ちなみにスコアは、赤チームがしみじみと点を稼ぎ、青チームと黄チームがゼロ行進。そのうちのどっちかは交通警察チームだったから、お巡りさんのメンツは丸つぶれではないだろうか。

左側の木があるところから、写真中央の的に向けて射る。

「当たってうれしいな」の踊り。

 

 30分ほどアーチェリーを眺め、午後の観光へ。と言っても、午後は“お呼ばれ”しているのである。向かうはゲンボさんの会社・マンダラツアーの社長ドミニク氏の自宅だ。法要を行っているというのでそれを見学させてもらうためである。敬虔な仏教徒だらけ(のみ?)のブータンで、法要はしょっちゅう行われるそうな。年回法要は言うに及ばず、不吉なことが続けば(例・病気が長引く)すぐに法要、めでたいことがあっても(例・東京からツアー客がやってくる=僕たちのこと)すぐ法要。

これが社長宅の仏間。

 

 社長の家でまずお茶をごちそうになってから、読経と太鼓やチベット・ホルンなどの音がひっきりなしに聞こえてくる仏間へ。法要は8人の僧侶によって行われていたが、僕たちが見学するちょっとの時間のために、朝っぱらから夕方まで法要が行われているそうな。お坊さんにも疲れと飽きが見える。

法要中の2コマ。

 

 しばしリビングでくつろいだ後、社長宅でのさらなる企画は「民俗衣装を着てみよう」である。男はゴ、女はキラを着るのが法律で定められているブータン、では実際の着心地は?ということである。出てきたのは、巨大などてらのような布だ。地面につくほどの布をたぐって腰帯で留め、膝が出るくらいの長さに調整する。ただし、膝がモロに出るとみっともないので、本来はハイソックスを履くのだが、さすがにそこは妥協。で、たぐった部分は帯を隠すように前に出すので、胸元には驚くほど物が入るのである。問題は、暑いことくらいだろうか。もっとも、ブータンは基本的に寒い国だから、ちょうどいいのかもしれない。

 まだまだ法要が続く社長宅を辞去したときには、雨が降り出していた。もっとも、今日予定していたひととおりの観光スポットは回ったので、そこはラッキーである。だが、まだ夕食にはすいぶん時間があるので、ティンプーでもっとも小高いところに行くことになった。ティンプーの街を一望しようというのである。どんどん細い道を登り、着いたのはラジオ放送塔のメンテナンス施設入口である。ここからは、とにかく遠くまで眺められるのがよい。立ち木が多いのが残念なので、絶景ポイントを探して自力で道ばたのガケをのぼってみることにした。わずか10mほどの高さをホイホイと登っただけで、見事に息が切れてしまった。空気が薄いのを忘れていた・・・

ティンプーの街の南半分。タシチョ・ゾンは写真よりはるか左(北)のほう。

 

 ホテルに戻ったのは17時過ぎだった。部屋に入ると、なんと昨日までなかったテレヴィが鎮座ましましている。テーブルに無造作にドンと置かれているので、ハッキリ言って邪魔である。その脇でさっそく自宅に絵葉書を書き、投函することにした。フロントにポストもあるのだが、わざわざホテルの外にあったポストに出してみた。着くかなあ?(後日談・8日後に無事到着したことを確認)

 しばしあがっていた雨が、再び本降りになってきた。その中を、食事のために歩いて移動する。今夜はドゥック・ホテルではなく、道路の向かいにあるケルワン・ホテルで食事だけするのである。ドライバーのチミ氏が傘を持ってないので、差しかけてあげると遠慮した。そこで、ゾンカ語で「ケミ、ケミ(気にするなよ)」と言ってみたら、チミ氏は大喜びである。僕も、付け焼き刃が通じてうれしい。

 この日の食事は、いつもと違う点が2点。まず、マンダラツアー社長が招待して下さったという形なので、ドリンクは社長がおごってくださるそうな。それと、マンダラツアーの方で僕たち一行のためにブータン名物のまつたけを5kgも確保してくれたので、山のような焼きまつたけが登場したのだ。つまり、わんこビールにわんこまつたけ。まつたけは今後10年いらない。

 とっくにできあがった状態で、やっと食事が運ばれてきた。さきほどのチミ氏の反応に味をしめ、社長に「ナ・ト・ケチ(お腹が空きました)」と言ってみたら、これまたウケた。付け焼き刃も、ここまでくればホンモノか?

 またしてもエマ・ダツィがある。しかも、これは“純正エマ・ダツィ”だそうな。ふんだんに緑とうがらしがつかわれているが、あまりの量に、ピーマンに見えるほどだ。辛いものを食べたいのでちょっと多めに取ってみると、さすがに辛い。しかし、他の料理もあることだし、なんとか食べる。もうちょっとだけ辛さを味わおうと、おかわりもしてみた。すると、一行のある方がたっぷりとエマ・ダツィをよそってくださる。なんて余計なことを・・・ご飯をお慈悲でつけてもらったので、カレーライスならぬとうがらしライスといったところだ。

 ここから、とうがらしとの直接対決が始まった。まず、とうがらしはチンジャオロースーのピーマンのように細切りなので、本当に見た目はピーマンである。それがチーズまみれになっているのだ。肝心の味は、ピーマンを想像していたためか、1口めはほろ苦い。あれ?辛くないぞ?くらいだ。むしろ、チーズの匂いが先に立ち、鼻から抜けてゆく。この先も辛さを感じずに余裕でパクパクと半分食べ、一息ついた。・・・これが勝負の分かれ目だった。たった一息が、それまで燻っていた辛さを脳に伝達してしまったのである。舌の側面が痛く、喉と胃が辛い。さらに、内臓全部が熱を発しているようで、大量の発汗が促される。絶対に体内がおかしい!

とうがらしに舌鼓を打つ筆者。(写真提供・Ku-riさん)

 

 めくるめく辛さから抜け出したのは、デザートと紅茶が済んで、さらにレストランを出た後だった。ホテルに戻ってこの大量の汗をなんとかしたいが、この日もシャワーからお湯が出ない。しかたないので、別の部屋でシャワーを借りた。その後、お腹をこわすことだけは防ごうと正露丸を飲んで早めに寝たが、効果はなかった。この夜のトイレは、僕をいつでも受け入れてくれる頼もしい親友だったのである。

 

第6日目につづく

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