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第7日目(3月2日・火曜日)
朝っぱらから、誰かが激しくドアをノックする。誰だ?寝ぼけ眼でドアを開けてみると、ポーターがにっこり笑いながら「グッド・モーニング サー」と言ってきた。時計を見ると6:30、モーニング・コールは6:00のはずじゃないか!おっかしいなあ、何で?と思ったら、受話器が見事に外れていた。荷造りが済んでいたのが幸い、スーツケースを渡して、あわてて着替える。Dさんはまだ眠そうだ。今日でネパールともお別れなのに、そんな日のスタートがこうなのだから、先が思いやられる。そんなことを考える間もなく、次のトラブルは起きてしまった。
フロントでチェック・アウトをしようと、ルーム・キーを渡した。係りの人は忙しそうに動いている。僕達の部屋はDさんが電話をしただけだから、精算なんか一瞬で終わるはずだ。先に精算していたKさんの後ろで待つ。すると、お金を払ったKさんが怪訝そうな顔をしていた。どうしたんスかと覗いてみると、明細書に「インターネット使用料」の文字が見えた。このホテルにはインターネット用のパソコンがおいてある部屋があるそうだが、もちろんそんなものは利用していない。ラビンさんに事情を説明し、フロントと交渉だ。利用明細を持ってきてもらうと、サインがされていない。明らかに、誰かが適当な部屋番号を申告して、勝手に利用したのだろう。だが、そんないい加減な利用明細で料金を請求してしまうのだから、本当にここは5ツ星ホテルなのか、疑ってしまう。もちろんお金は戻ってきた。
その一方で、こちらの部屋の精算が中々されない。西洋人のおばちゃんにかかりっきりになってしまっている。なんでこんなに待たせるのだろう?15分も待っただろうか、ラビンさんがシビレを切らし「もう行きます」とホテルを後にした。「このホテルはこういうところがいい加減」とのことだが、本当にいいのか?
今日もいい天気だ。だが昨日の祭りの影響で、市内はだいぶ汚れている。ヒマラヤが見にくいのも残念だ。15分ほど走り、もう見なれてしまったカトマンドゥ・トリブヴァン国際空港に到着。まずはチェック・インすべくロイヤル・ネパール航空のカウンターに行くと、ラビンさんが係りの男性と親し気に話しだした。パスポートと航空券を見せようとすると、なんとラビンさんは「この人友達だから、見せないで大丈夫ね」と言うではないか!本当にこの国のおおらかさ(?)には驚かされる。そんな敏腕ガイド・ラビンさんともお別れだ。出国審査は2階だが、そちらまで見送りは立ち入れないらしい。階段の前で握手して別れる。また来たいですよ、と正直なことを言った。またくるかどうかは分からないが、来たいとは思う。腹の調子はおかしくなったが、それをさっ引いてもいい思い出ばかりだ。
おっそろしく簡単な出国審査を終え、出発ロビーで待つ。と言っても、国内線の「待合室」に毛が生えたくらいだ。コーヒースタンドと売店が一軒づつしかないささやかなロビー。お金を余らせても仕方ないので、お土産用にとここでもたばこ(スルヤ・70Rs)を買った。あとはもうやることがないく、ひたすら待つ。周りには、日本人の姿が目立っている。みんなでっかいリュックを持っている。トレッキング帰りかな?
搭乗が始まった。しかし、建物から出ると、そこにもう飛行機がまっている。50mほど歩き、タラップを上がる。これで本当にこの国とはお別れだ。席に座ると、もう1週間くらいいてもいい、という気持ちが一層鮮明になってきた。
現金なもので、離陸してしまうと空腹でたまらない。まだ朝食を食べていないので、空腹も当然だ。行きは魚料理を食べたので、帰りはチキン料理を食べてみた。やっぱりうまい。朝食なのだから酒は飲みたくないが、例によってコーヒー・紅茶は食後まで出ない。何を飲んだか忘れてしまったが、白ワインを一杯だけ飲み、あとはミネラルウォーターにした記憶がある。それよりも、早く食後のコーヒーが飲みたかったのだが、なかなかサーブされない。すると、機内放送があった。もちろん僕には何を言ってるのか分からなかったのだが、そばに座っていたIさんが舌打ちをした。なんて言ったんスかと尋ねると、「ボイラーが壊れたから、コーヒーと紅茶はないってさ」。ちぇっ、残念。でも、壊れたのは本当にボイラーだけなのか?イヤ〜な予感がしたが、もちろん壊れたのはそれだけだった。
予定よりも10分早く13:15に(えーと、1時間15分時計を進めればいいんだよな?すると飛行時間は・・・あれ?)、RA401便はバンコク・ドンムアン国際空港に着陸した。だが、また入国審査で並ぶことを考えるだけでうんざりだ。しかも、暑い。急に体が重くなったように感じたが、この日は入国審査待ちの列は短く、ターンテーブルにも荷物はすぐに流れてきた。30分もしないうちに空港の外に出られたが、旅行会社の現地スタッフのねえちゃん(初日と同じ人)がいない。きょろきょろしていると、怪し気なオヤジに声をかけられた。なんだろうと見ていると、どこの団体旅行か聞いている。どうやらこの人は空港の職員で、ロビーに人がたまらないよう整理・案内している人のようだ。その人の案内で団体待合室に移動し、ねーちゃんを待つ。待合室に窓口があり、そこの職員が旅行会社に問い合わせてくれている。どーゆーシステムだか良く分からないが、なかなかのサーヴィスだ。そこで30分ほど待つと、ねーちゃんが現れた。「マチマシタカ?」うん、待ったよ。
バン(ネパールに比べると乗り心地はいいし、エアコンの効きも抜群だ)は快調に飛ばしている。例によって、空港からだいぶ離れたホテルだ。今日泊まるのはソル・ツイン・タワーズというホテルである。それにしても、バンコクのホテルは高層ビルばかりのようだ(もっとも『地球の歩き方 タイ』は買ってないからそれが正確なものかは分からない)。ともかく、車はひたすら走る。道中、初日にはまるで案内なんてしなかったガイドのねーちゃんが、僕達をおみやげ屋に誘う。宝石を買わないかと言うが、誰も買おうとしない。きっと、おみやげ屋で僕達が買い物をすると、ねーちゃんにマージンが入るシステムなのだろうと、I先生が考察。ははあ、うまくできてるなあ。結局どこにも立ち寄らず、空港から30分ほど走ってホテルに着いた。なぜかロビーでえんえんと待たされ(フロントの上に国王夫妻の写真が飾ってある。現国王ラーマ9世と思われる)、やっとチェック・イン。明日のモーニング・コールは3:00(6:00の飛行機に乗るには、こんな時間に起きなくちゃいけないのか・・・)であることを確認して解散。
部屋に入ってテレヴィをつけると、ちびまるこちゃんと一休さんをやっていた(もちろんタイ語。タイは仏教国だから、一休さんは人気番組らしい)。それを見ながら、これからどうするかを相談する。Dさん、Iさん、Hさんは、さっそく街に出ると言う。僕はとにかく眠かったので、一眠り・夕食・街に出る、という予定をたてた。Kさんもそうしようと言ってくれた(先生は寝る、とのこと)ので、心強い。バンコク一番の繁華街は「イセタン(伊勢丹)」であることは、さっきねーちゃんから確認をとっておいた。では19:00に集合しましょう、また後で、ということで寝た。まだ16:00、夕食まで2時間眠れる・・・
夕食はホテル内のレストランで、タイ風スキヤキだった。しかし、具が野菜のみ4種類くらいで、ずいぶんとあっさりしている。メインの野菜はクウシンサイ(空芯菜と書くのかな?中国ではポピュラーな野菜だよ、とはI先生の言葉)、それを魚醤か辛みそにつけて食べる。けっこう量もあるし、ひたすら食べなくてはならない。どう考えても4人前とは思えないタイスキを4人で食べ、最後はお決まりのおじやでシメた。食べ終わってから知ったのだが、この野菜を基本に、他にいろんなものを追加注文する形だったらしい。もうさすがに食べられないが、他にどんなものを頼めたのか、少し気になった。
さて、時計の針はもう18:45である。伊勢丹までどのくらい時間がかかるか分からないが、タクシーで向かおう。その前にフロントで両替をしなくては。まだタイの通貨を持っていないのだ。だいたいいくらになるか、全く計算しないでフロントに行ったのだが、50米ドルが1665B(バーツ)になった。ネパールに比べると、すでに高く感じてしまっている。
タクシーはメーター制だから安心だ。イセタンと言ったらすぐに了解し、市内を30分ほど走って、料金は47B(165円)だった。そこで先発隊と合流、夜のバンコクを散策する。かなり人通りは多く、高層ビルに囲まれた風景などからも、銀座とあまりかわらない。違う点といえば、屋台が多いことだろうか。ラーメンのようなものを作っている屋台が目につく。いい香りだが、さすがに食事直後である。なお、バンコクにはけっこう危険なイメージを抱いていたが、さすがに男5人・さらに通勤時間帯、まだそんなに心配することはないだろう。結局この後、日が変わるまでぶらついたが、時に危険な目にはあわなかった。もっとも、いつまでも人通りは絶えなかったからだろうけど。途中、セブン・イレブンを発見、ついついふらっと入ってしまった。そこでファンタを買った(10B・35円)のだが、甘ったるくて何味だか分からない。Hさんと合議の末、青りんご味ということで落ちついた。
真夜中になっても、バンコクは暑い。ホテルへの道が分かるはずもなく、タクシーで帰った。53B(186円)。日本のタクシーが高いのか、バンコクが安いのか・・・
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