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2000/ 4/28 (fri)


 箱ティッシュって昔は、使っていると「半分だよう!」「もうそろそろ終わりだよう!!」って枚数にさしかかると教えてくれる機能がなかったですか? 機能っていうかただ違う色の紙が出てきたりする程度でしたけど。

 最近の(というかぼくが使っている)ティッシュにはそういうお知らせ機能がないので、唐突に紙が尽きたときにいろいろ切迫している状況だとちょっと動揺してしまいます。
 ハコのヨコに残量計のようなノゾキ窓が開いてたらベンリかもしれないのになあ。





 なんてことをのんびり考えているのですが、切迫したり逼迫したりしているのはティッシュがなくなったときとかじゃなくて,現在のぼくなのです。
 すなわちライターさんから原稿が来ないという状況なのです。どーしてくれるんだアンタ。そしてどーすんだぼくは。

 ゴールデンウィーク前に気前よく原稿をもらったうえでさっくり編集してのんびり休む、なんて計画も水の泡です。あわあわ。

2000/ 4/24 (mon)

 はい今日も日常日記(ってなんだ?)いってみよー。
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 6時:帰宅。朝の6時なのです。途中缶ビールを買って。さわやかな朝。缶を持つ指が冷たいです。自宅着後速攻就寝。ぐー。スッカリ明るい中よく眠れるものですね。

 12時:いったん起床。ダメ。また倒れるのです。

 14時:さすがに起床。シャワー後会社。なんか怠惰な生活のようですが、これを12時間回転させるとものすごいと思うのですよ。だって18時に帰った人間が夜中の2時に会社に行きますか? ふつー。
 とはいえこういう生活はイカンよなあ。とも思います。相方ときちんと暮らしていけるのでしょうか? と一抹の不安を隠しきれなかったり隠したり。

 17時:ようやく原稿の一部を上げるのでした。
 著者に発注していたぶんは著者がアメリカに逃げてしまったので非常に困っているのです。渡米する前に原稿を上げるってのはウソだったのねッ! と遠くなる機影を見上げてハンカチを噛みしめたのでした。噛みしめてないし見上げてないです。ウソツキなのはぼくです。

 19時:引き続き原稿を。と思ったけれど進みません。さっぱり。進まない進まないああ進まないと思っていても進みません。仕方ないので読書なのです。うそうそ。ウソツキなので信じないでください。バリバリ原稿書いてます。書いてますってば。

 23時:米国から問題の著者がメールを。原稿書くって? 本当に大丈夫なんでしょうねぇ。なんてことはおくびにも出さず、とりあえず進行してもらうのです。その間にぼくは小説を1冊読み終わり、ようやくまた原稿に取りかかるのです。

 ですます調ってバカみたいでいいですね。バカだし。

2000/ 4/20 (thu)

 1時:帰宅。原稿は進んでいない。が読み始めた本が面白く止まらない止まらない。デスクでPCに向かっていても成果は得られそうになかったので。
 帰宅早々風呂に湯を張って読書開始。もちろんお供はビール。読書と同時に毒素を吐き出すのだ。

 4時:読了。じっとりと後味の良くない作品。こういうの大好きなんだけどさ。なんだか心臓がバクバクいっているのは長湯のせいか読後満足による興奮によるものか? 降り始めた雨の音を聞きながら溶暗。

 10時:いったん起床。異様に暗いのは雨のせいか。ということでもう一度目を閉じてみる。いとも簡単にお迎えが来てまた溶暗。

 13時:起床。身支度後出社。雨なので電車だ。遅咲きの桜の花びらが、雨に打たれながらもまだねばり強く枝にしがみついている様を見ながら駅へ。だいぶ濡れる。なんだかどうでもいいけどごめんなさい、って気持になる。

 19時:原稿書けない。書けないッたら書けないッ! とココロの中で駄々をこねていてもやはりエディタは白く光る。昨日撮影したポジが上がってきたのでそれを眺めつつ英気を養う。なーんてこともできず。また違う本に手を出して出しっぱなしになる。ああどうしよう。

 20時:本日は笹塚文筆業・編集者交流の日。普段であれば今の時期はわりと暇なワケであるのだが、憎むべきはGW進行。憎んでも仕方ないけど。原稿が書けてないので参加をやめようかとも思ったけれど、まあ参加してもしなくても原稿の進みは変わらないだろうなあ、と思い、そう思うことで自分を説得し、定刻通り食事会へ。念のためデスクにはカバンを置きっぱなしにして。

 24時:食事会終了。原稿のことなんてもう忘れた。忘れたともさ。


2000/ 4/19 (wed)

 11時:起床。そのまま布団で読書開始。

 13時:出社。暖かい日和なのでシアワセ。

 15時:旧副編Iのところで今後の誌面の話。なぜか旧副編に相談するあたり編集部内のゆがみを感じたり感じなかったり。

 16時:編集会議。鼻止めが猛烈に効き始めて眠気がピークに。モバギでも持ち込めば暇つぶしに何かテキストを書いたものを、スッカリ忘れてしまったのだ。

 17時:会議を途中で抜けて撮影。女性カメラマン(矛盾)と女性アシ。男性同士のチームよりも、女性同士のほうがなんとなくチームワークが悪いような気がする。

 19時:撮影終了。出前食事。エネルギー充填しかしやる気失せる。それでもようやく原稿を書き始めようとエディターを起動。
 広い広いエディターの白いウィンドウ。この広大な白を埋める自信がない。書き始めて徐々に黒い文字が増殖してくると興に乗るのだが。ああもしかしたらエディタの色設定を変えればいいのでは? 背景黒に文字色白。黒い画面に点滅するプロンプトの無機質さ。余計にやる気が失せる。
 しかし頑張らねばッ! とか言っているうちに時間は過ぎる。

 23時:ええッ! もうそんな時間? と日記を書き始める。忙しい時期は日常日記に徹することに決定。
 原稿まったく進まず。ここからスタート。いろいろとスタート。

2000/ 4/18 (tue)

 猟奇的な事件を起こした人物についてつまびらかにしようとすると、ワイドショーなんかはすぐに小中学校の卒業文集なんかを引き合いに出す。
 あれってアテになるのか? ただ情報の少なさをちょっとだけ補っているだけなんじゃないのか? もし正しいなら卒業文集を読んだ先生なんかは、その生徒が今後どんな生き様で人生を行くのかだいたい想像できてしまうような気がするのだけれど。
 こんな卒業文集には注意! みたいに。

 ところで。

 ぼくの卒業文集のテーマって、なんだったっけ?
 とか思って記憶を逡巡させてみると、記憶が定かなら、

・小:宿泊学級のオリエンテーリング
・中:中学生活と転校
・高:文集なんてありませんでした

という具合だ。
 ……うーん。特になんてこともない。なんてつまらないんだッ! わざわざここで話題にする必要すらないじゃないかッ!

 あ。そういえば、将来の自分の職業を勝手に決める“立志式”なる式典が中学2年のときにあって、そのときも文集を作ったっけ。あれは……、

・将来はコンピュータに関わる仕事をしたい

だった。
 ……つまんないッ! 輪をかけてつまんないッ! いまの職を考えたら、あながち遠きころの夢とさほど離れてはいないからまあよしとしようか。
 って全然ネタにもならないじゃないかッ!


 それじゃあ逆の発想をしてみようか。
 文集が発掘されるような犯罪をしてみればいいんじゃないんだろうか? こんな平凡な人間がこれほど悪辣な犯罪をッ! といわれるようなヤツを一発。幼女強姦ぐらいじゃダメだろうなあ。うふふふ。



 なんだか本末転倒どころじゃなくなってきたのでこのへんで。

2000/ 4/17 (mon)

 よく。というかぼくの訪れるページのいくつかで、不健康自慢しているヒトビトがいます。

 不健康自慢、というより鬱病自慢、というか精神状態不安定自慢、わたちはどこかオカシイのでオカシイ文章を書いてもいいんですよね自慢、といってもいいような。死んでもいいんだけど死なないんだよね自慢、というか。

 セルシンxg。ドグマチールxg、飲んでも効かねーよ。とか。
 きょうは会社に行かないのでお薬を飲まない日なのです。とか。
 昨夜はあれからリストカット寸前でした。とかですね。

 あー。病気を責めることはしません。ぼくは。病気のヒトを責めるつもりもありません。

 で。

 そういうヒトは、Webでそういうことを書いてどんな具合に何をしたいのかなあ、なんて思ってみたりするわけです。

 自分が狂いかけて、果てはどうやらいつ死んでも構わないような状態に陥っている、なんてことをいったい誰に対して言いたいのでしょう?

 Webを見ている人間に、その死への後押しである死神役をしてほしいのか、あくまでそんな自分の望む死を妨げる白馬に乗った英雄として役立ってほしいのか、それとも、張り付けられて燃やされる罪人を無感動に見ている市井の観客になってほしいのか、いったいどうせよというのでしょうか?

 もちろん、読んで面白くもないテキストでしたら、そこかしこにそんな言葉がでてきたとしても別段気になりません。そんな意味不明のテキストでも、読んでサラリと受け止めるのがWeb読みの役割なのでしょう。
 でも、ちょっとでもそのヒトのことが気になると、いったいどういうふうにそのテキストを読んでどういうふうにモノゴトを考えたらいいんだろう、と悩んじゃったりするワケなのです。

 今日も、ぼくの好きなサイトの日記で、彼女はいつもの楽しい日記の合間に、眠れない夜のことと飲んでいるクスリの話を織り込んでいました。
 それを読んで、だんだん日記のおもしろさよりも、ここで今日書いたような気持がもたげてくる事実に、どんどん嫌気がさしてくるぼくなのでした。

 そのサイトを、健やかな気持で毎日見ていたいから。
 そんなぼくのイイブンはただのキレイゴトなのかもしれませんけど。

2000/ 4/15 (sat)

 どーもにへいです。
 雨でしたが、ちょっと渋谷まで。雨でしたが人間がたっぷりいました。ええ。たっぷり。マシンガンを乱射したらきっと累々たる死体の山が築かれるだろうことは確かなくらい。でも、あいにくマシンガンは組み立て前で油紙に包んでトイレのタンクの中なので我慢してにへいビームです。ぼくの澄み切った目から照射されるのです。ズビー。

 その渋谷なんですが。
 女の子の服装がイヤに一様で、驚きました。驚きましたとも。おっさんですからね。にへいビームを照射しながら驚きました。

 というのも、ぼくの周囲を歩く女の子っていうのが、ことごとくGジャン+ひらひら膝丈スカートなワケなんですな。ことごとく。ああことごとく。

 先日のトゥナイト2で、この春はそのスタイルが流行る、みたいなことを言っていたのですけれど、まさかほんとにここまでとは。さすがトゥナイト、とかちょっと感心してみたり。さすが乱一生(降ろされました)。

 ぼくのGジャンレーダーが稼働すると(にへいビームと交代で)、視界中に5〜6人はいる感じでした。

 なんとなく、鳩や雀みたいな鳥の集団を見るような、非常に妙な気分でした。一見して無個性な生き物がたくさんいるという感じで。

 個性を発揮するつもりが無個性を激しく発揮している、というのはけっこう皮肉なもんだなあ、なんてことを思ったりしながら、ぼくの服装は無個性なTシャツにGパンだったんですけど。

 とくにオチはないのが残念です。


 ああ、オチと言えば一緒に行った相方がケータイを落としたってのがオチでしょうか。
 オチじゃないですか。そうですか。

2000/ 4/14 (fri)


 男子がトイレに行くとき、男子トイレというのは小水用と大便用が分かれていることがたいていなので、放尿と脱糞どちらをするか、ということは「トイレに行こう」と思ったそのときに、すでに決められているハズ! とぼくは思うのですが。

 ここで素朴な疑問です。

 女のコはいかがなのでしょうか?

 トイレに行き、放尿だけネ、と思っていたのに、尿道をゆるめた結果、大腸の蠕動運動が思いもかけずに活発化してきて、括約筋のゆるむままに思わず脱糞、なんてコトはあるのでしょうか?

 教えてください。

 さて。


 ぼくは会社で仕事をしながら、つまりはだいたいパソコンに向かって原稿を書いたり、ライターの方から届いた原稿を編集したりしながら、合間をみて日記やその他の個人的テキストを書いたりしています。つまり業務上サボリと判断されても仕方のない行為を重ねているわけです。ああイケマセン。なので4月の昇給も期待はできないのです。って昇給の話はどうでもいいんですけど。

 日記や何か、毎日Webコンテンツを更新しているヒトビト、というのは、やっぱりぼくとは違って、自宅に帰って「テキストを更新するのだ!」と思ってパソコンに向かうのでしょうか?

 やっぱりたいていはそうなのでしょうね。

 それって、冒頭の男子女子のトイレへの向かい方と似ているとは思いませんか?

 ぼくは女子トイレ型です。
 パソコンを仕事で使いつつ、Webも閲覧しつつ、ナニゴトかが何かのついでに生まれて来たら、それについてのテキストを書き出すのです。別にいつでも日記のコトなんて考えてはいないのです。

 男子トイレ型のヒトはきっと。
 きょうはこんなおんもしろいこと考えちゃったもんねー、という具合にパソコンに向かってテキストを築いていくのです。


 どちらによってどのくらい良いテキストが生まれるのか、というのはわからないんですけれど。

 それよりも。

 読者の方々にはそのテキストがどういう過程で生まれたのかなんてことはなかなか伝わらないのでしょうけれど。

2000/ 4/13 (thu)

 aikoのアルバムを聴いてトキメキを感じるにへいです。もういい歳なのに。イケマセンか?

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 桜が終わります。
 散った花びらが風に吹かれて地面を漂っています。地吹雪+花吹雪で地花吹雪ですね。

 乾燥しているからまださらさらと花びらたちは流れていくのであって、これで雨が降ったりしたら、濡れたり踏みつぶされたりしたぐちゃぐちゃとしてみっともない、花びらの残骸と化したものが地面に残るだけなのは毎年のことなのです。

 そうしてぼくたちはその汚い花びらたちから目を逸らして、先週までキレイに咲いていた桜のコトなんて丸1年経つくらいの間はスッカリ忘れてしまうのです。

 ちょっと悲しいことなのです。

 でも、うれしいことにぼくらのそんな気持を知りもせず、桜は毎年美しく咲いて、汚く散って行くのです。
 桜がヒトの気持を知り得ることなんて当然ないんでしょうけどね。

 ぼくも、そういうふうに、桜みたいに、他人の気持なんて全然考えずに生きていければナア、なんてことを思います。

 そういうふうに、そういうふうなフリをして、生きているヒトもいるかもしれませんが、少なくともぼくは、絶対にわかり得ない他人の気持をとっても気にしながら生きています。

 とても面倒なコトなのですけれど。
 そうするしかないからです。

 でも、もしかしてぼくがどういう理由か残骸になってしまったら、散った桜を見るヒトのように、ぼくのことなんて全然気にしないままスッカリ忘れてくれるかもしれません。

 それはとても気楽なことなのかもしれません。

 さらさらじくじくと、桜が去ります。

2000/ 4/12 (wed)


 お気に入りのキーボードにお茶(若干砂糖入り)をブチまかしてダメにしてしまいました。ワリとブルー。
 その代わりと言ってはなんなのですが、秘蔵のIBMキーボード(型番不明)を出してきてメカニカルな響きに酔いしれております。ああヲタクのようだ。かっちんかっちんと。キーボードに対しては大したコダワリはないのですが、なんか昔の端末をいじっているようで。いじったことありませんけど。

 しかしこのメカニカルキーボード、キータッチもそれなりに重いんですけれどその自重が。
 その自重がさらにトテツもなく重いので、きっと中にはずっしりと砂袋が入ってます。そんなワケありません。

 それでですな。

 久しく日記を書いてないなあ、と思っていたら、書いていないほうがアクセスがありました。
 ……なんていう驚愕の事実が露見しそうなのでイヤンな感じでもあるのですが、まあそろそろ書き始めようと思います。

 しかも、我がサイトが1万ヒットを迎えるまで毎日。
 いや。毎日と言わず日に複数回です。これを公約にしましょう。誰に公約するのかは知りませんけど(卑屈)。
 きっとおそらくたぶんやっぱりぼくのサイトの1万ヒットなんて誰も褒め称えてはくれませんでしょうが(卑屈)、ともかくやってみましょう。
 っていうかやります。やってやります。書いて書いて書きまくりますよ。メカニカルなキーボードが火を噴くぐらいに。そのくらい自分を奮い立たせないとイケナイのですよ。1万ヒットを迎えるにあたっては。
 そりゃ2〜3日で4桁、5桁ヒットあるサイトもいっぱいあるでしょうし、そのサイトをぼくだってたぶん見ているでしょう。しかし自分のサイトが遅々としながらでも1万ヒットを迎える、ってコトはやはりかなりウレシイものなのでありますからして、やるのです。やりますとも。

 と無意味に盛り上がったようなフリの更新をして本日は終了なのです。ぼくのやる気のなさが溢れていますよね(“グラム”で検索してみてくださいな)。

 ということなのでありますが。
 アクセスするヒトは必ずトップページからお願いします。ね。ね。

2000/ 4/4 (tue)

 今月も締め切りが近づいてきました。残りページ12ページ。真っ白です。はい。
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 そんなこんなで編集部に軟禁されているような状態になると、ライフラインは近所のコンビニか、出前ぐらいに限定されてしまいます。
 しかし出前食事はエンゲル係数の急上昇確実に招きますし、深夜になれば出前メシすらかなわぬ夢になりますから、息抜きも兼ねてコンビニへ出向くことが多いです。
 で、カップラーメンなんかを買ってきて、お湯を注ごうと思うと、これが非常に高確率でカラなんですね。
 編集部内にある電気ポットはかなりの大型で、2L以上平気で入ります。いつだってグラグラ熱湯が沸きたぎっていてほしいと思うのが人のツネでしょう。
 それがぼくが注ごうかというときにカラだったりしたときは、いったいどういう了見なんだこのヤロウ! と真摯にお湯を注ぎ続ける物言わぬポットにカラみたくもなる瞬間です。もちろんカラみませんけど。
 それにしても、お湯を使い切った人間は、ポットに水を足そうとは思わないのでしょうか?
 いい人を気取るわけではないのですが、ぼくはポットにお湯が切れているのを目撃したら、よほど急いでいない限りはお湯を足しますよ。ええ。
 だって、自分の使いたいお湯の分だけきっちりポットに残っている、ってことは考えにくいじゃないですか。

 それよりナニヨリ気になるのは、そのポットをカラにした人間は、果たして満足がいくほどお湯を使えたのか? ということです。

 カップラーメン作ろうっと。じょばじょば(お湯を注ぐ)。あ。お湯がちょっとだけ足りないや。まーいっか。

 って。すごくキモチワルイじゃないですか。やっぱりたっぷりお湯が沸いているポットからお湯を注ぎたいじゃないですかッ!
 ということなのでぼくはカラのポットは案外嫌いなのです。水を足すのです。じゃばじゃば。

 そういえば、トイレでも同じようなことが。

 トイレットペーパーがスッカリ使い切られたままホルダーに残っていたりすることがあるじゃないですか。
 そのトイレットペーパーを使い切ったヒトは、果たして満足のいくまでクソにまみれた菊門からクソをぬぐい取れたのでしょうか?

 ごっしごし。あ。ペーパー切れた。交換するの面倒だしなあ。まだ拭き足りねえけどいっか。

 なんてことが起こっているのではないかッ? とカラのペーパーホルダーを見て考え込むこともしばしばあったりするのです。


 とか真剣に書いてても、原稿を書かないと夜明けが来ませんよ。とかいう声がどこからか聞こえて来たような気がします。つーか誰かぼくを罵って! こんなこと書いてるヒマがあったら原稿書きやがれテメエ! とか言って! 踏んで! 蹴ってッ! ……原稿書きます。

 
 
 ってことでヘボさ漂うとか言われてるにへいです。へぼへぼ(腰つきが)。ええ? 文章が?

 新リンク追加しました。


黒電話

2000/ 4/1 (sat)

 それじゃ、元気で、ね。

 切れ切れに言った彼女の声が、受話器からじわりとぼくの耳にしみ込んできた。

 きみも。それじゃ。

 あのね、あな

 彼女の声が途中まで聞こえたけれど、聞こえた気がしただけだ、とムリに思いこむようにして、ぼくは受話器を耳から離した。
 受話器を置くと、電話機はチン、と小さな音を立てて、受話器を所定の場所に当然のように収めた。

 チン、って。

 表面に風化ともいえる細かいキズがたくさんついて手垢で鈍く光っているようにも見える黒電話に、ぼくは突然に憤りを感じた。

 チン、ってよう! おまえってヤツはよう! チン、じゃないってんだよう!
 ぼくは置いた受話器の後ろ側、なぜだか知らないけれど黒電話を持ち上げやすくするためにあると思われる凹みに人差し指から薬指までを突っ込んで受話器ごと黒電話を掴んだ。
 そうして持ち上げた電話機を、西日でキラキラしている小さな窓に向かって力任せに投げつけた。

 投げつけようとした。

 振りかぶった腕がぼくの頭の上を通り過ぎるとき、ビン、と音を立てて、黒電話と壁のジャックをつないでいる電話のコードが、まるで抵抗するようにきっぱりと張りつめた。

 ビン、って。

 くたびれた黒電話よりももっとくたびれたように見えるそのグレーのコードは、ぼくが黒電話を下げるにつれて次第にたわんでいった。
 ビン、ってよう……。ぼくはさっきの憤りがみるみるうちにじっとりとした灰色の固まりに変じてココロに溜まるのを感じた。
 ぼくは黒電話を足元に置こうとした。ぼくの足元、この部屋の床がこの古い黒電話の所定の位置だったからだ。

 ことり、とぼくの足元に置かれたそれは、小さく、チン、と音を立てた。



エイプリルフールとは無関係です。
えと。ぼくのニッキでタイトルがついてるのはだいぶ創作に近いものなんだなあと。思ったり思わなかったり。


Diary CGI 3.05 by - e' -