今回は難しめの話かも知れません。後日補足もあるかも(^^;ゞ。
何年か前。
弥生時代の英文説明に,どうしても納得がいきません。Chalcolithicと書いてあります。
「chalco-」は銅,「lithic」は石器のことだから,直訳すれば「銅石器時代」といったところ。
ところが,逐語訳して満足しているわけにはいきません。chalcolithicとは,日常の利器はほとんど石器で,一方で「銅」の利用も知っている,という時代です。いいですか?「銅」ですよ。「青銅」じゃありません。
学生時代に読んだ英語の論文(今は見つからないToT)の記憶を辿ると,Chalcolithicとは,自然銅などの純銅(紅銅/copper)を叩いて加工していた時代で,その次に合金である青銅(bronze)が登場するわけです(青銅器時代/Bronze Age)。青銅器時代以前の,その前提となった時代で,「純銅器時代」とも訳されうる時代なのです。
今,地域を限定せずに時代の説明だけをしてしまいましたが,実は,上のような事情から,chalcolithicは後に自前で青銅器を発明したと思われるほどの(←ちょっと断定を避けた),古い青銅器文化を有する地域にしかありません。
ご専門の方にお聞きしたところ,最近の研究動向では,西アジアの国家形成過程を評価するための時代区分として使われており,必ずしも利器の材質を反映した時代区分ではないとのことです。
日本のように,弥生時代前期以来の輸入青銅器によって青銅を知り,朝鮮半島からの技術移転によっていきなり青銅器鋳造を始めた(しかもそれ以前から鉄器も輸入され始めていた)地域には,chalcolithicなど存在するはずがないのです。これに関しては,『図解考古学事典』に樋口隆康先生が書かれた気合いの入った解説もどうぞ〔水野・小林編1959:260,449〕。
では,なぜ日本の弥生時代が「chalcolithic」扱いになったのか。そこには多分,「金石併用時代」という概念(というよりコトバ)が介在していたのでしょう。
大正時代に,それまで位置づけが明確でなかった弥生土器の時代について,中山平次郎は発掘成果で青銅器の共伴を確認して,一時代(「中間時代」)として画し,一方濱田耕作は「金石併用期」の名を与えました。青銅器の共伴,「金石併用期」の名は,「弥生時代」(ただし,まだその名はない)の設定と深く結びついていたわけです。
今回は,このときの文献を参照できなかったので,「金石併用期」がchalcolithicの訳語として設定されたのかどうか,確認できませんでした。ただ,後ほど引用するように,角田文衛先生は濱田耕作の訳語と推定しておられますし,充分あり得ることでしょう。
しかし,これは話がすり替わっているとしか言いようがありません。
「金石併用時代」という珍訳を媒介にして意味をずらしていくことでしか,弥生時代とchalcolithicはつながらないということでしょう?
実際,最近の日本の文献では(三時代法の適用自体があまり行われていませんが),弥生時代を(初期)鉄器時代と考える場合もあります。この場合,日本には「青銅器時代」もないことになります。
考古学の本ばっかりじゃなく,英和辞典も引いてみましょう。
adj. 銅石器時代(Copper Age)の;銅石器時代の特徴を示す(Aeneolithic).〔小学館ランダムハウス英和大辞典編集委員会,1973,425〕
こ,これだけ……?
特殊な業界の珍訳にこだわらないで訳だけつけると,こうなっちゃうんですね。
まぁ,今日の話題はあまりタイムリーでもないし,一般の人に考古学を解説する役にも立たないし,大学の試験やレポートの足しにもならない(:-P)んですけど,ただ,一般に配布される文書で弥生時代を「Chalcolithic」はまずいですよね。
さて,資料を調べて誤訳の確信を深めたところで,ちょっと聞いてみることにしましょう。
白井 > あのー,ここの,弥生時代を「chalcolithic」にしていところ,ちょっとおかしいと思うんですけど。
●●さん > でも,西アジアでもそう言うよ。だから,いいの。
白井 > ……(--;
そんなのあり?
それじゃぁ日本にも「アケメネス朝」とか「正統カリフ時代」とかがあるんかいな。
何のために理論武装したんだか……。
しかし,この会話って,どういうこと?
困った業界です。
今日は豪華資料編つきです。……と言うより,意外に話が短かったので,ちょっと分量調整(^^;ゞ。
まず,“Dictionary fof Archaeology”からCopper Ageの説明(chalcolithicには独立の項目がなかったので)。
Copper Age 三時代法の原則に従うなら,純銅器時代とは人類の道具や武器に純銅が主な素材として用いられた時代を意味すべきである。この点では,この用語は適用に困難がある。純銅はその登場の時点において極めて希少であり,また合金の試みは極めて早くに始まったらしいからだ。別名であるchalcolithicやEneolithicの語は,純銅と石を併用する意味を含むが,かなり後まで石は青銅とともに用いられるのであるから,幾分は適切である。しかし,多くの場合,特にヨーロッパやアジアでは,新石器時代と青銅器時代の間に,文化発展上の画期で分離される一時代があり,このとき純銅が使われるようになる。これについては,この用語が適当である。アジアでは,このとき文明が登場した。ヨーロッパではこのときビーカーとコーデッド土器文化の大規模な民族移動が起こり,インド=ヨーロッパ語族の到来を意味すると思われる。〔Bray and Trump,1970:66-67〕
さて,最後に『世界考古学事典』に記された角田文衛先生の解説「きんせきへいようじだい 金石併用時代」を引用しておきましょう。ただ,長文なので,3つある段落の,それぞれ最後の1文だけ抜き書きしました。
(前略)しかし日本のような周辺地域では銅石器時代はなく,新石器時代の次に鉄石器時代が来るので,日本の学者(おそらく浜田耕作)は,先進地域にも後進地域にも通用するよう敢えてこれを金(属器)石(器)併用時代と訳したようである。
(前略)日本などにも通用できるよう,語義にこだわらずにこれを「金石併用時代」と訳した日本の学者の知恵は評価されてよいであろう。
(前略)このように問題の多い時代概念であるから,これを使用する場合には,慎重な注意が必要である。
〔平凡社編1979:299〕
省略された部分は,是非ご自分でお読みくださいm(_ _)m。