考古学のおやつ

ペーパー協奏曲・後篇

萬維網考古夜話 第44話 20/Oct/1999,23/Oct/1999

(23/Oct/1999)
当初の内容は,注のうち「本文の内容を文章で補足する注」と「典拠などを示す注」を区別せずに(というより,頭の中で区別しただけで安心して,説明を欠いていた(^^;ゞ)話していましたので,その点を補足し,補足部分の文字はこの色で表現しました。図らずも,注だらけになってしまいましたね(^^;。
ご指摘をくださった方,ありがとうございましたm(_ _)m。

前話から論文につけるのお話をしています。前篇以来,注についていろいろ情報提供が……と密かに期待したのですが,ほとんどありませんでした(^^;。


私は高校時代以来,「文章の書き方」と銘打ったような本は見つけるたびに買い求めていました。だいたい文庫版などの安い本が多いので,さほど懐も痛みません(それに比べ,先日買った専門がらみの本は高かったToT)。で,お得意の濫読で読みあさったのですが,本の探し方が悪かったのか,役に立つのが少ないですね。中には,どう考えてもウソじゃないのか,というのもありますし。どうでもいい心がけをやたらに並べてるだけだったり,自分がしてもいないことを「こうするといいかも」などと無責任に書き散らしたり,あと,辟易するほど多いのが,「起承転結」の意味を誤解している本。

いい本があったとしても,本を読んで論文が書けるようになるわけじゃないですけど(:-P。

それなりに参考になる本でも,不思議なことに「理科系のための」などという言葉が冠せられてたりして,読んでもなぜ「理科系のため」と限定句をつけるのか理解できない,というのもありがちなパターンです。文中,うわごとのように「文科系ではこうではないが,理科系ならこれでいいのだ」という意味合いの話が繰り返されて,「この人,悪いヤツに洗脳でもされたのかな」と,人ごとながら心配になってしまいます。

おっと,いきなり余談が長くなってしまいました。今回は「注」とはなにか,という固い話から入るはずでしたね。

注に関して文献を捜してみたんですが,改めて探すと,なかなかいいのが見つかりません。もう少し文献をあさってから,とも思ったんですが,とりあえず,いくつかの本に書かれた内容を総合して,考古学コラムらしく(:-P),まず注の分類から始めるとしましょう。

側注
縦書きの文で,各ページの最後(左端)にそのページの注を置く(もちろん注は縦書き)。
脚注
側注の横書き版。横書きの文で,各ページの最後(下端)にそのページの注を置く(注は横書き)。韓国の論文では今でもよく見ますね。
頭注
縦書きの文で,各ページの上段にそのページの注を置く(注は縦書き)。吉川弘文館国史大系の校注がそうですね。
底注
縦書きの文で,各ページの下段にそのページの注を置く(注は縦書き)。講談社歴史発掘のシリーズに使われてます。
尾注(後注)
文章の最後,または章末などに,そこまでの本文の注をまとめて置く。最も多く見る注ですね。今回の主役です。
割注
本文の中に括弧書きで直前の本文に対応する注を置く(だから,これも割注^^v)。
傍注
本文の行間に注を置く。

意外にいろいろとあるんですね。で,この分類に従うと,『マイクロソフト・シンドローム』の相互乗り入れした注(縦書きの本文の下に縦書きの注)は「底注」ということになるはずですが,実際の本には「このPart1の脚注では,二人の著者が相互乗り入れを行っている。」と,「脚注」呼ばわりしています。

また,筑摩書房の『考古学 その見方と解釈(上・下)』のように,縦書きの本文の下に横書きの注が入っているのはどう呼ぶのか,とか,東京大学出版会UP考古学選書のように,横書きの本文の横に横書きの注が入っているのはどう呼ぶのか,とか,分類から外れるのはどうしたらいいんでしょうね(^^;ゞ。う〜ん。縦書きと横書きを併用する日本語文は難しい。

さらに,当サイトでは時々<BLOCKQUOTE>タグを使って長文の注を入れてますが,これも割注の一種と言えるでしょう。

<BLOCKQUOTE>(←わざとタグを見えるようにしている)こんな風に見えますね。</BLOCKQUOTE>

こんな具合で,本文中に括弧書きで入れるのも注(割注)ですから,割注も盛んに使いながら尾注もつけるというのは,ちょっとおかしいわけです。だからといって,割注のやたらに多い私の論文も誉められたモノじゃないですが,割注と尾注の分け方に困って尾注の方をなしにした,という選択はあまり間違っていないつもりです。

選択は間違ってないかも知れませんが,この部分の用語にはちょっと不備がありますね(^^;。詳しくは後ほど。

もう一つ,注で何をするのか,何のためにつけるのか,という分類も必要です(といいつつ当初は面倒くさがって話していませんでしたが(^^;ゞ)。で,ここでは「定型化」という考古学者の虚栄心をくすぐるタームで無理やり分類してみましょう。ただし,ある文献(または雑誌,論文集など)の中での定型化ということで,一般的な型式は定まっていませんが。

定型化できる注
引用元の文献を,定型化した表現方法で示す。
文献史学などでは,原文の引用など(考古学ではあまり行われない−原文がそのまま載ってるだけなので,定型化も何もない,という話もあります(^^;ゞ)。
定型化できない注
補足的な説明を文章の形で表現する。

さて,いろんな注があるのはいいとして,注はどんなときに必要か,どんな風につけるか,というあたりですが,実は,文献に関する注のつけ方(つまり,定型化できる注について,「型」を提示しているもの)以外には,これといって参考になる記述を見つけられませんでした。それでも,定型化できない注について,いくつかの意見は聞くことができました。

この2つの意見,注に対する考え方が違うように感じられるかも知れませんが,実は,本文に対する考え方は同じなんです。つまり,本文は本文で完結して,まさにその論文の中心となってるってことでしょ。これ,単純であたりまえかも知れませんが,重要です。

この話を準備しているときに読んで,これは参考になるかなと思ったのが,日本考古学協会の『日本考古学』第7号です。掲載されている論文のうち,宇野隆夫先生の論文は尾注なしで謝辞と文献リストのみ,宇野愼敏さん(あれ?どっちも「宇野さん」だ(^^;)は謝辞と文献リストのほかに尾注と補記があって,どちらもほかの論者の説へのコメントに使われています。いずれも,本文で言うべきことは言って,尾注にはこの論文にとっての明確な位置(宇野隆夫先生の場合は,尾注をつけないという形で)を与えているということですよね。

ここにちょっと論理のごまかしというか,当初面倒くさくて省略した部分があります。
本文に文献の著者名と発行年を割注の形で挿入し,文末に文献リストを掲げるのも,当然「注」の一種であり,上の分類では「尾注」になってしまいます。つまり,一つの論文に文章を補足するための尾注と文献を提示する尾注が並列する構成になっているわけです。今回のお話では,そのあたりの用語を混乱させたままでした(^^;ゞ。

それから,後者の「本文で書き落としたことをやむを得ず付け加える」という意見に照らすと,私が前篇でお話しした,「尾注はつけないが補注は時々しかたなくつける」,というのは,まさにあるべき注の姿だったということになってしまいますね(*^^*)。

わずかに寄せられた情報提供の中にも,似たニュアンスの話がありましたm(_ _)m。
文献リストがついており,本文中でそれに触れている以上,(また,補注が存在する以上,)実際は尾注が存在するわけです。ここは,「文章で補足するような注を当初からはつけていない」ということです。

と,そんなわけですから,本文の最初の執筆の時点から文献提示以外の尾注を準備しているというのは,ちょっとおかしい,いえ,ものすごくおかしいわけです。

ところが,一太郎のいつのころからかのヴァージョンで,脚注機能とかが強化されたことがありました。注の本来の意味を考えたら,邪悪な機能というか,仕方なくつくんじゃなく,最初っから予定された尾注をいくらでも存分につけられるわけで,これを使って長大な注をつけまくった人もいるんでしょうね。私は一太郎をよく使ってました(最近はワープロ自体にほとんど用がなくなった)が,あの機能だけはよくないなぁ。
そう言いつつ,実は一太郎の脚注機能を使ったことが私にもありまして(^^;ゞ,某研究会での発表要旨に「補注」として当日お聞きしたアドヴァイスを短く書き込んだものです。

一太郎は株式会社ジャストシステム(JUSTSYSTEM)の登録商標です。……これももちろん注(割注)です(しつこい(^^;ゞ)。

一太郎のせいで考古学の論文に長文の注が増えたかどうか,因果関係は確認しようもありませんが,あらかじめ予定された注がやたら多いという現状は否定できませんね。本文で展開中の話を引きずり出して本文に書くべき論旨が注で展開していたり(そうすると本文は不完全なものになる)……。

そんなアヴァンギャルドな論文たちがあふれている考古学業界ですが,文献が並ぶ尾注の中の,ある項目にだけ重要なことが短く書き込まれていたり,逆に長文の補足記事の間に引用文献が埋もれていたりするのは,読みにくいったらありません。やっぱりそろそろ文献提示以外の尾注はやめましょうよ。

もうおわかりと思いますが,当初の文のままだと,「文献リストもつけるな」というトンデモない結論になっていたわけです(^^;ゞ。もちろん,そんな趣旨の話ではないので,大幅な補筆を行いました。しかし,やたらに言葉を補って限定句を増やすと,話にインパクトがなくなりますね(^^;ゞ。
(内緒話)とりあえず,章ごとに分けてやたらに小さい字で書かれている『史林』の尾注はやめてくれないかなぁ。第2章の注を見たら,「前章注6を参照。」とか……。おーーい,また探すのかよぉToT。

確認していないのですが,おそらくVer.4からだと思います。このとき「特殊機能」−「脚注」というのができたのですが,実は,ページごとに入れる(つまり,本来の脚注)か,文章の末尾に入れる(つまり,尾注)かを「補助スタイル」で選択できるのに,なぜか「脚注」と総称していました。
あ,ところで,このコラムで初めてこんな風な注をつけてみたんですが,これって脚注なんでしょうか?尾注なんでしょうか(^^;?


[第43話 ペーパー協奏曲・前篇|第45話 3度目のクリック|編年表]
白井克也 Copyright © SHIRAI Katsuya 1999-2016. All rights reserved.