考古学のおやつ

5番目の花−実物主義の神話・後篇

萬維網考古夜話 第58話 9/Jun/2000

前回の,あの殊勝な文章はいったい何だったんでしょうか。本当に自分がした話なのか,気色悪いですね(^^;ゞ。

さて,ここしばらく,久しぶりに資料調査に出ることが増えました。このコラムでエラソーなことを言ってみたところで,なかなか思い通りにはいかないもの。各地での調査成果(けっこう成果は上がっている)の裏側で,いろいろと不吉な事態に直面しています。

2月の資料調査では,旅先で撮影済みのフィルムを1本紛失してしまいました。記憶を辿りつつ,調査先や宿泊先に連絡して探してもらいましたが,ついに見つかりませんでした。同じ遺物を2種類のフィルムで撮っていたので,影響は最小限でしたが,やはり,調査先に迷惑をかけたのが心残りです。

3月の資料調査では,現像したフィルムを見ると,なぜか下半分しか写っていませんでした。

「あれ?いつの間にパノラマモードに?」

と思いましたが,このフィルムを装填していたカメラはパノラマ撮影機能がなかったはず(^^;?。よく調べると,全体が写っていても,上半分と下半分で露出の違うカット(気色悪い(^^;)があります。どうやら,シャッターが故障していたらしいのです。やはり,2台のカメラ・2種類のフィルムで撮っていたので,これまた被害は最小限でしたが,手間と経費が相当ムダになりましたToT。

今度こそ万全,と臨んだ4月の資料調査では,撮影しようと三脚を取りだしたところ,バネのようなものがびよ〜ん。なんと三脚が壊れてるじゃないですかToT。撮影中に壊れて遺物に危害を加えるよりはマシですが。これはないよねぇ。タイムボカンシリースじゃないんだから。これまで各地の旅につきあわせて,無理させてきたからでしょうToT。三脚さんのご冥福をお祈りいたしますm(_ _)m。

こうしてみると,写真関係のトラブルが多いみたいですね。実は,こうしたトラブルだけじゃなく,なかなか写真がうまくならなくて,困ってるんです。

特に,出先で撮影すると,当然撮影条件が違うんですが,やたらに調子の違った写真になってしまうのが困りもので,これはもちろん,私の側の方針がしっかりしていないせいだったりします。最近,ある人物の猿真似をしてリングフラッシュを購入しましたので,5月の資料調査で使ってみたところ,撮影条件の違いを(ほんの)少しだけ克服できたようです(しかし,仕上がりがまだ充分予測できないので,撮影コマ数が増えて経費がかさむ(^^;)。

やたらに機材ばかりが増えるので,荷物が大きくて重くて,まるで野球部一年生状態です。最近は先方に着いた時点でへとへと……夏は遺物を見ないことにしようかな(^^;?

出先で調子に乗って撮りすぎて,フィルムがなくなるときがありますが,そんなとき,

「あ。フィルムありますから。どうぞ使ってください(^o^)。」

と,親切心いっぱいで出てきたフィルムが高感度フィルムだったりすると,気持ちは嬉しいものの,何か違うような……(^^;。

そうかと思うと,●月(書けない(^^;ゞ)の資料調査では,先方の人がタングステン用のフィルムを知らなかったり……(^^;(^^;(ちょっと気が遠くなった)。

現場をやってるところだと,現場用と遺物用をいちいち違うフィルムになんかしていない場合もあるようで,致し方ないのかも知れません。私も現場に出ていたころは,タングステン用のフィルムなんて使ってませんでした。

室内でライティングして撮る場合は,タングステン用で撮る方が色がきれいに出るようです。デイライトでは,少々がんばっても,変な色が付いて見えるので,ストロボを焚いた方がマシです。


さて,いきなり夢のない話をしますが,実物資料に当たる理由が,実は「実物を見たのか」と突っ込まれないための予防線だった……などという消極的というか後ろ向きな心情も,時にはあるかも知れません。

誤解を恐れずに言うならば,実物なしでどこまで研究できるか,実物なしでどこまで言っていいか,という目安を確立して,理論づける作業がなきゃいけないような気がしますが,誰もそんなことはしないようです。そんなことすれば,師匠や先輩が弟子や後輩に対して威張る根拠が減っちゃいますからね。

そんなわけで,私も日頃の論調はどこへやら(^^;ゞ,各地に出かけて実物を見た証拠(実測図)の作成にいそしんだりするわけです。

そう。あのときも,私は某所で新羅印花紋土器を実測していました。印花紋の場合は,それぞれの紋様のスタンプの異同が問題になるので,念入りに拓本を採ります(型取りという方法もある)。個々の紋様は素地の可塑性のせいで変形している可能性があるので,同じ紋様が複数ある場合,それぞれの拓本を採る場合もあります。

5つある花形のスタンプ紋様の拓本を採って,拓本を照合していたとき,見た目は同じなのですが5つの花のうち1つだけ,明らかに違うスタンプだと気づきました。こんなことってあるんでしょうか。ひょっとして大発見かも……。

理由は,土器の内面を見ればすぐにわかりました。この土器は割れたものをつなぎ合わせて,足りないところを補っていたんです。専門の修復業者が担当したものなので,外から見ると,ヒビ一つ見えません。紋様も,5番目の花があるべき場所が欠けているので,その部分は補修で新たに作られていたのです。修復する人も,まさか,スタンプの異同を確認する人がいることまでは考慮に入っていなかったのでしょう。

そんなわけで,実際は4個の花の紋様だけがオリジナルのものだったんです。

「あれれ。そういえば……」と思ってこの土器が載っている報告書を開いてみると,そこには,5つの花の拓本が並んでいるではないですか(@_@;。しかも,拓本から読みとれる5つのスタンプ原体は,同一のものです。

いったい何が起こったんでしょう?5番目の花の正体は?

そこで,実測図と拓本を手に,この報告書を書いた本人に訊いてみました。

「●●●●の新羅土器の▲は,報告書には花のスタンプ紋が5つ載ってますが,実際は4つしか遺存してなくて,復元された1つは,報告書のものと細部が違うんですが,報告書の時,土器はどんな風になってたんですか?」

すると,なんたらかんたらと話がありましたが,思い切って要約すると,

「報告の時は時間がなかった。学生がすでに取っていた図があったので,それを使っただけで,自分は実物を見てない。」

と言うことでした。いつもは「実物を見たんか」とうるさいこの人物が,実物を見た人間に対しては「自分は見てない」と言い訳するんだなとわかった瞬間でした:-P。


ま,こんな卑小な例はおいとして,先日もパラパラと開いていた報告書に,いま気にしている遺物がバッチリ載ってて,頭に電気が走ったような感じがありました。「今度,これを見に行きたいな。」

で,これだけが理由ではないのですが,6月は当コーナー,夏眠に入ります。5月のうちにもう少し話をしておく予定でしたが,5月も休眠状態だったので,休みっぱなしになってしまいました。ついでに言うと,7月も夏眠が続きそうな勢いです。いや,再開できるのかどうか……。このコーナーを期待してくださるごく少数の方には申し訳ありませんが,しばらく(?)の間ご勘弁をm(_ _)m。


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