考古学のおやつ

黒色列点紋−実物主義の神話・中篇

萬維網考古夜話 第57話 4/May/2000

インターネット上で「インターネットなんてやってる場合じゃないよ」と主張し,そのくせなぜか資料調査のどうたらこうたらを論ずるという,自家撞着シリーズ(だいたいいつも,そんなようなものですが(^^;ゞ)の2回目です。

以前,某所で資料調査をしていたときの話です。

土器の器面にマーコを当てようとして,はたと困ってしまいました。あまりにも大きすぎるので,1回のマーコでは形を取れないのです。どこかで線をつながないといけないんですが,これがまた特徴のない土器で,どうしたものかと困ってしまいました。

しかたないので,器面上で底部から10cmのところを計って,ここを指かなんかで押さえておいて,この上下で線をつなごうと考えました。底部から10cm計ると,ちょうど9.8cmくらいのことろに,小さなキズを発見しました。2mmくらいなら,誤差の範囲。第一,指を当てて計るのよりははるかに正確でしょう。せっかくなので,このキズを手がかりに,2回分のマーコの線をつなぎました。

図が完成してから,不思議に思いました。どうして都合よく10cmくらいのところにキズがあったんでしょうか。しかも,小さく短く,それでいてしっかりしていて,土器の底部と平行な方向に延びています。キズの具合はディバイダでつけたような雰囲気で真新しい……真新しい(--;?

そう,これは紛れもなく,誰かがディバイダでつけたに決まってます。何のために?もちろん,これを手がかりにマーコの線をつなぐためでしょう。実測の都合のために,遺物にキズをつけるとは何と言うことでしょう。


ところが,これと似た例がいくつかあって,別の某所で見た土器の場合,細長く切ったドラフティングテープ(この手間自体は相当なものですが)を土器に十字形に貼りめぐらして実測の手がかりにするという大がかりなものでした。しかも,4つの90度のうち1つは,さらにドラフティングテープを45度のところに貼って分割するという念の入れようです。

いえ,テープを貼った状態の土器が出てきた訳じゃありません。以前誰かが貼ったドラフティングテープのが,剥がした後も残ってたんです。すぐ剥がれそうにみえて,実はドラフティングテープの粘着力もバカにできませんからね。長期間貼りっぱなしにして,土器の器面が傷んでしまったというわけです。

でも,この土器の場合,こんなことしなくても充分実測できるはずだけど……。それに,写真に撮っても痕跡がはっきりわかって情けないったらありゃしない(^^;ゞ。

これと同じ土器ではないですが,今年行われた某展覧会の図録に,テープ痕跡まみれの土器の写真が載ってました。暇な人は探してみてください。ホントに情けないから。

このほか,よくあるのがチョークで印が描いてあるパターン。おもに器面調整を描き起こすのに使われてます。ところが,チョークじゃなく鉛筆で思いっきり描かれているのを,ときどき見かけます。

鉛筆はともかく,この,チョークで調整を描き起こすやり方は,一部の大学や機関では,実測のやり方として,当然のように教えているので,けっこう広く行われています。著名な先生でも,そうされる方がいますね。

ただ,私なんかが資料調査に行った先でこれを見てしまうと,もう気分が悪いのなんの……(^^;。実測が終わった後で,「白井が変な印を付けた」と思われるのもヤだし,かといって,「あ,これ,私じゃないですよ。前に誰かがやったらしくて,前からなってたんですよ」というのも,怪しさ満点(笑)でヤだし,とにかく気分が悪いんですよ。


私が気分悪いかどうかは別として,遺物に実測用の目印をつけるのは,やらない方がいいのです。上に挙げた例は,いずれも遺物が傷むもとになります。チョークで描いた線でも完全に消すのは大変だし,それ以外の方法なんて,もってのほかです。

特に,よその機関の所蔵品でこれをやるのは御法度ですし。研究者としての信用に関わります。

ところが,上にもお話ししたように,実測法として“遺物に描く”ことを教えている大学や機関もあるというのが,この業界の難しいところです。これでは出土遺物が大切なんだか大切でないんだか,それこそ自家撞着に陥って,やや大袈裟に言えば,考古学や埋蔵文化財行政の存在意義を自ら損なっているような気もするんですけどねぇ。

自分の大学なり機関なりの内部で完結するなら,まぁいいとして(ホントはよくない!),少なくとも外部に遺物を見に行くときは,それなりの態度で臨んだ方がいいのではないでしょうか(←今回の私はまじめだなぁ(^^;ゞ。何だか心配)。

そのためには,実測道具なども,遺物を損なう危険のないものにする必要があります。
その点で気になるのがキャリパー。どうして市販のものは金属製なんでしょう。これは遺物を傷つけるもとだし,その上,空港の荷物チェックでつかまるときてます。
プラスチック製のキャリパーを自作した人もいるようですが,ひょっとしてどこかに市販のプラスチック製キャリパーがないものでしょうか。ご存じの方は,掲示板に書き込んでくださいねm(_ _)m。

自分の実測図さえ完成すればいい,という考えでは,情報の略奪に過ぎません。遺物に自分の実測の都合で印を付けるかどうかは,単に遺物を大切にするかどうか,だけでなく,考古学の社会の中で,いかに研究を重ねていくか,その態度にも関わります。

情報の略奪に終わらせない,ということをさらに敷衍するならば,資料調査によってなにかの成果を残すこともできれば理想的,ということになるでしょう。
といってもすぐにはかなわぬことなので,とりあえずできることとして,未実測の遺物を測らせてもらったら,実測図のコピーを置いておくとか,また,観察の結果わかったことや,その意義,それらを生かした今後の研究方針などを話すというのもいいでしょう。所蔵者の側でも,コメントが得られると嬉しいでしょうし,その結果,参考になる関連情報が返ってくるともあります。まぁ,私みたいな喋りすぎの人間は,かなり迷惑らしいんですけどね(^^;ゞ。

これまた某所で資料調査をしていたとき,某大学の学生さんも別の遺物を実測していましたが,そこの職員や私が何を話しかけても無視するクセに,私たちがたまたま彼の専門に近い話をすると,そのときだけ振り向いて,こちらの仕事をのぞき込もうとしてました。こういう態度は,周囲の心証を悪くするだけですし,結局は本人の勉強のためにもなりませんね。


まぁ,難しいことはおいといて,やはり実物から得られる情報は多いですねぇ(^^)……と,またもや某所で調査を始めたところ,土器のところどころに不思議な紋様を発見しました。小さな黒い点が並んでいるのです。なんでしょう?

しばらくして気づきました。これはマーコの跡です。土器の形を写し取るときに,マーコの縁で鉛筆をガリガリと削ったのが,再びマーコを土器に当てたときについたのでしょう。もう気分が悪いのなんの……(^^;。誰だぁ?マーコの扱いの悪いヤツは?


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白井克也 Copyright © SHIRAI Katsuya 2000. All rights reserved.