対比の戒律・後篇－江田船山古墳vs武寧王陵

萬維網考古夜話第72話 23/Sep/2002

前話，ようやく私の得意分野に話題を移すことができました＼(^^)／。長い前置きでしたが，戒律シリーズはまだまだ続きます。週刊ペースは過酷ですが，進めないと終わらない（あたりまえ）し，伏線張りすぎと参考資料の提示しすぎで，ぐずぐずしてると結末がバレてしまいます。とっとと本題にいきましょう。

それはとっくに通説

尾野善裕氏は，古墳時代の暦年代（実は須恵器の暦年代）を比定するため，国外資料の旅へと乗り出し，韓国忠清南道公州市・武寧王陵の王の耳飾と，熊本県玉名郡菊水町（2006年3月1日から和水町）・江田船山古墳の無鎖式耳飾が似ているという事実に辿り着きました。
えらく近所に辿り着いたものです。通説の近所という意味ですよ（孫悟空ですな）。尾野氏のタネ本は野上丈助氏の論文〔1983〕のようですが，指摘自体は伊藤秋男氏〔1974〕に遡ります。

この対比は伊藤氏以来繰り返し言及され，業界の常識となっていきます。手元の文献から引用してみます。

王の耳飾と対比できるものとして，同じく南韓出土と伝えられる耳飾（第6図）や日本熊本県船山古墳出土の耳飾（第5図）が挙げられるであろう。〔伊藤秋男1975：206〕

著名な江田船山古墳の心葉形垂飾を持った耳飾は、（中略）この三角板を頭部宝珠形の曲線をもつ優美な形にかえると、武寧王の垂飾付耳飾⁽³²⁾となるので、船山古墳耳飾の系譜関係が明らかである。〔野上丈助1983：282〕

野上氏はその画期的な研究の中で，日韓の編年対比にこれ以上踏み込みませんでした。それは，当時まだ韓国の編年が確立していなかったことや，韓国の出土例に対する野上氏の検討が不充分だったためと告白されています。そこで「基礎的作業にとどめざるをえない」というのです〔野上丈助1983：239〕が，ここから野上氏が自らの研究に厳格であることがわかります。
その後，野上氏の「基礎的作業」に便乗して日韓の耳飾比較に乗り出す研究がいくつか発表されていますが（私もそうですが），野上氏が自らに課した厳格な課題を克服した上で論じられているものが，どれだけあるでしょうか。
あ，これは本題とは関係ない話でした（本当は関係大あり）。では，引用の続き。

周知のように、この耳飾（江田船山古墳の無鎖式耳飾－引用者）と、武寧王陵⁽³²⁾出土の王の耳飾とは大変よく似ていて、ほぼ同時期に製作されたものであることは間違いない。〔岡安光彦ほか1986：111〕

さらにこれら（筒形中間飾を持った垂飾付耳飾の諸形式－引用者）の発展形態として、六世紀初頭、百済武寧王陵出土例⁽²⁹⁾のような垂飾付耳飾が出現する。（中略）この垂飾付耳飾と同型式と考える耳飾は、加耶でさらにもう一例⁽²⁹⁾、日本の熊本県江田船山古墳（MT一五型式期）から出土している。〔谷畑美帆1993：93〕

熊本県江田船山古墳出土例(2)は、六世紀初頭の追葬時のものと考えられるが、ほぼ同時期の、百済の武寧王の耳飾と近似している。〔神賀朋子1997：25〕

中間部（耳飾の細部属性を個別に比較するために用いられている部分名称，主環部と垂下飾の間の部分－引用者）についても忠清南道武寧王陵⁽⁶⁷⁾の垂飾付耳飾との関連が指摘される熊本県江田船山古墳の資料や新羅系とされる透彫球体花篭形中間飾をもつ兵庫県西宮山古墳の資料などさまざまである。〔高田貫太1998：63〕

（江田船山古墳の出土遺物のうち，新相の遺物の中では－引用者）耳飾はもはや説明も必要ないほど武寧王陵の王が着用した耳飾と酷似する。〔金斗喆2001：197〕

最後の金斗喆氏の論文は尾野氏の1998年論文より新しいものですが，次回の伏線として，ここで引用しておきます。ともあれ，上の引用からわかることをまとめておきましょう。

2組の耳飾の類似は，武寧王陵発見まもなくから指摘され，常識となっている。
単に外見上の類似だけでなく，属性分析を通じた型式学的検討や技術的検討に，議論が発展している。
この類似が年代論に関わることは，繰り返し主張され，受け容れられている。

百済の耳飾と日本の耳飾の対応を論じた，もっとも新しく詳細な研究が，李漢祥氏の論文です〔李漢祥2001〕。というわけで今回は，李漢祥氏の研究成果に寄り道しましょう。

李漢祥氏の最新研究

李漢祥氏は，日本列島でいくつか出土している百済耳飾のうち，代表的な3例を取り上げます。江田船山古墳とともに，滋賀県高島郡高島町（2005年1月1日から高島市）・鴨稲荷山古墳，岡山県岡山市（2009年4月1日から岡山市南区）・八幡大塚2号墳の耳飾です。

それぞれについて，耳飾の細かい属性・技法を対比し，耳飾の型式変遷の中で位置づけようとしています。然るのちに，武寧王陵の年代，加耶地域での百済・加耶遺物出土の背景推定などから，それぞれの耳飾の上限年代を比定しました。個体どうし比べて似てるのどうのという尾野氏の議論とはまったくレヴェルが違います。

結論は，江田船山古墳・鴨稲荷山古墳は520年代，八幡大塚2号墳を6世紀後半以降というものでした。李漢祥氏は注2において，「日本の学界の編年観は国内（韓国－引用者）の学界より約20～30年ほど古い傾向がある。」と指摘するものの〔李漢祥2001：64〕，結論として得られた年代は従来の年代観とたいして矛盾していません。それもそのはず。李漢祥氏のずっと以前から，すでに武寧王陵と日本の耳飾の比較研究が行われていたからです。

ここでいう日本の編年観というのが，どの編年観を指すのか，という問題はありますが，今回は追及しません。

李漢祥氏は，一連の研究を通じて韓国の耳飾の地域性と型式変遷を把握しています。そのため，韓国の耳飾と日本の耳飾との対比は，型式対個体の対比ということになります。韓国考古学のコンテキストから外れた日本出土例（個体）を，前後左右（時間と空間）の対比の中に位置づけられた型式によって受け止めようとするものです。
江田船山古墳と鴨稲荷山古墳の例（個体）の場合，受け止めた型式に属する代表的な個体である武寧王陵出土例によって，年代を細かく論ずることができる，というわけです。

型式はなぜ重要か

耳飾を研究するとき，型式をなぜ設定するのでしょうか。また，なぜ型式の検討は個体の検討に勝るのでしょうか。それは，事例が積み重ねられ，概念化されることによって，偶然が排され，蓋然性が高まるからでした。

このことは耳飾に限りません。尾野氏が用いている須恵器研究法にも内在されています。
第66話共伴の戒律で紹介したように，尾野氏は共伴関係を積み重ねていく方法で地域間の並行関係を論じていました。そこで重要なのは，陶邑編年と猿投窯の編年，という風に，型式対型式という対比が前提とされていたことです。
猿投窯系II期新段階には良好な共伴関係がないため，次善の策として須恵器の形態を利用しましたが，そこでも型式対型式という対比は維持されていました。

江田船山古墳の無鎖式耳飾の場合は，百済の製品が日本で出土しているので型式対型式というわけにはいきませんが，李漢祥氏のようにせめて型式対個体というレヴェルを維持しなければ，対比ができていることにはなりません。まして尾野氏のように，個体対個体で似ているというのでは，単に可能性を増やすだけです。

(註4)（中略）高井田山古墳の青銅製火熨斗や江田船山古墳の心葉形垂飾付耳飾に伝世を想定することもできないではないが、いずれの場合も現在の一般的な暦年代の理解からは、かけ離れる一方である。〔尾野善裕1998：91〕

実は，この(註4)，本文では86ページの(註3)に対応しているらしい，という困った問題があって，実証的な論評が難しいのですが，それはいずれ触れる（第76話仮定の戒律－高井田山古墳vs皇南大塚）として，尾野氏の論理は個体対個体の類似性にとどまっていて，対比の対象である武寧王陵の耳飾を韓国の耳飾型式の中に落ち着かせる準備がないのですから，論理上，伝世による時期のブレは武寧王陵の耳飾の方にも同様に考慮しなければなりません。江田船山の方にだけ年代の上方硬直性を無意識に措定するのは，いかがなものでしょう。

今回の場合，たまたま結論もほか人の研究（通説）と共通だったわけですが，それらを比べてわかったことは，尾野氏が言う耳飾の対比は，すでに常識であり，尾野氏よりも深く詳しく研究され，主張されているということでした。
翻って考えると，垂飾付耳飾に対する尾野氏の認識は，野上氏の認識の中（しかもごく一部）にすっぽり収まっていて，一歩も外に出ていないことがわかります。耳飾の論文がほかに引用されていないのは，ほかの論文を読まなかったか，読んでもそれらの学史的意義を理解できなかったからでしょう（これは，どうやら後者が事実らしい）。

話題は須恵器へ

尾野氏は，通説に代わるものを提示しようとして，通説の一部を堂々と提示しました。ここから，どうやって須恵器の暦年代を再検討しようというのでしょうか。
尾野氏はここで耳飾の話を打ち切り，江田船山古墳から出土した須恵器の話に移るのでした。（つづく）

今回登場した文献

金斗喆 2001「大加耶古墳의 編年検討」韓国考古学報45，釜山，韓国考古学会，167-206
李漢祥 2001「日本出土百済耳飾의 年代」古代研究第8輯，大田，古代研究会，63-78
伊藤秋男 1974「武寧王陵発見の金製耳飾について」百済研究第5輯，大田，忠南大学校百済研究所，199-211
神賀朋子 1997「垂飾付耳飾を出土する古墳と被葬者」滋賀史学会誌第10号，（発行地未確認），滋賀史学会，5-40
野上丈助 1983「日本出土の垂飾付耳飾について」『藤澤一夫先生古稀紀念古文化論叢』，大阪，藤澤一夫先生古稀紀念論集刊行会，237-292
岡安光彦・臼杵勲・近江かおる・太田浩司 1986「江田船山古墳象嵌銘鉄刀の製作年代」考古学研究第32巻第4号，岡山，考古学研究会，107-117
尾野善裕 1998「中・後期古墳時代暦年代観の再検討」『第6回東海考古学フォーラム岐阜大会土器・墓が語る美濃の独自性～弥生から古墳へ～』，岐阜，東海考古学フォーラム岐阜大会実行委員会，75-94
高田貫太 1998「垂飾付耳飾をめぐる地域間交渉」古文化談叢第41集，北九州，九州古文化研究会，55-75
谷畑美帆 1993「日本及び朝鮮半島出土の垂飾付耳飾について」考古学研究第40巻第1号，岡山，考古学研究会，86-107

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