鶏口のレジェンド・後篇－旧説派vs新説派

萬維網考古夜話第82話 20/Jan/2003

前回から戒律シリーズレジェンド篇です。前回の内容は次のとおり。

古墳の編年は，古墳という考古資料の組合せの権化が基準です。特定の遺物研究で古墳編年を輪切りにしようとしているわけではありません。
70年代までの古墳研究には，金属製品を国際対比する伯孫派と，須恵器の詳細な編年を基盤とする高貴派があり，それぞれの暦年代観がありました。

円筒埴輪研究の進展

1978年に川西宏幸氏が発表した「円筒埴輪総論」は，後の古墳研究に画期的な意味を持っていました。

まず，得やすい。円筒埴輪は，古墳を大規模に発掘しなくても，踏査や，簡単なトレンチ調査で発見できます。主体部や副葬品よりも情報を得やすいのです。
次に，多い。円筒埴輪はある程度以上の規模の古墳にはあるので，多くの古墳を研究対象に加えることができます。甲冑や冠では，こうは行きません。
さらに広い。地域や時期により違いますが，円筒埴輪はほぼ日本中にあります。比較できる可能性が広がりました。

さらに，川西論文に特有の長所もありました。

分類の基準がわかりやすい上，部分部分の特徴が，ひとつの埴輪にどのように組み合わさっているか，表で示しています。
さらに，属性ごとに分けて説明しているので，破片でもある程度議論できるようになっていました。ここでも古墳編年の手がかりが増えました。
ハケメの技法（埴輪を作った人の手の動きによって出来上がりが違う）を説明するとき，写真をふんだんに使っていて技法の説明がわかりやすいので，多くの研究者が埴輪を観察する時の手がかりになりました。
須恵器の生産技術が埴輪生産に影響を与えたと指摘するなど，須恵器との対比が考えられていたので，ここでもほかの考古資料への広がりが準備されていました。

まぁ，問題はさほど単純ではありませんし，ほかの研究者の動向も複雑ですが，とりあえず単純に考えておきましょう。

銘文鉄剣と干支

同じ1978年，埼玉県行田市の埼玉（さきたま）稲荷山古墳の鉄剣に，「辛亥年」という干支が刻まれているとわかりました。干支というのは十干（甲乙丙丁戊己庚辛壬癸）と十二支（子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥）がそれぞれ1年に1つずつ移り変わって年をあらわすもの（日も表しますが，この話に関係ないので省略）です。そうすると，組合せは60種類あります。

1.甲子	2.乙丑	3.丙寅	4.丁卯	5.戊辰	6.癸巳	7.庚午	8.辛未	9.壬申	10.癸酉
11.甲戌	12.乙亥	13.丙子	14.丁丑	15.戊寅	16.癸卯	17.庚辰	18.辛巳	19.壬午	20.癸未
21.甲申	22.乙酉	23.丙戌	24.丁亥	25.戊子	26.癸丑	27.庚寅	28.辛卯	29.壬辰	30.癸巳
31.甲午	32.乙未	33.丙申	34.丁酉	35.戊戌	36.癸亥	37.庚子	38.辛丑	39.壬寅	40.癸卯
41.甲辰	42.乙巳	43.丙午	44.丁未	45.戊申	46.癸酉	47.庚戌	48.辛亥	49.壬子	50.癸丑
51.甲寅	52.乙卯	53.丙辰	54.丁巳	55.戊午	56.癸未	57.庚申	58.辛酉	59.壬戌	60.癸亥

同じ干支は60年ごとに回ってきます。満60歳（数えの61歳）を還暦とか回甲というのは，干支が一回りするからです。

西暦を干支に換算するには，3引いて60で割る，つまり「｛（西暦）－3｝÷60」を計算して，あまりを上の表で調べるとわかります。例えば今年は2003年なので，

（2003－3）÷60＝2000÷60＝｛（60×33）＋20｝÷60＝33あまり20

となり，20番目の癸未（きび，みずのとひつじ）です。この計算をするCGIの試作品（現時点で完成の見込みなし）もありますが，索暦のような便利なソフトもあるので，そちらをどうぞ。

阪神甲子園球場は1924年に竣工し，「甲子園大運動場」と命名されました。1924年は，（1924－3）÷60＝1921÷60＝｛（60×32）＋1｝÷60＝32あまり1なので，1番の甲子（きのえね，かっし）の年です。ただし，「甲子園」の「甲子」は「こうし」と読みますが，干支の「甲子」を音読みすると「かっし」（例：664年の「甲子の宣」など）です。

それはそうと，稲荷山鉄剣の辛亥年は西暦何年でしょう。馬具を得意とする伯孫派は，稲荷山古墳の馬具を5世紀末ごろと考えていました。この前後の辛亥年を上の試作品CGIで調べると，4つあります。

411年
471年
531年
591年

ここから471年が選び出され，伯孫派は，自分たちの年代論が新発見で保証されたと考えました。

統合派時代へ

翌1979年，『考古学ジャーナル』で年代論の特集が組まれました。この中で，なぜかほぼ唯一，後に繰り返し引用されるのが白石太一郎氏の論文です。その内容は次のとおりです。

初期馬具の登場と須恵器の登場（当時はTK73型式が最古と考えられていた）を川西氏の埴輪編年でつなげ，
稲荷山古墳の出土遺物をもとに，ここでも馬具と須恵器を並行関係でつなぎ，
馮素弗墓や稲荷山鉄剣の銘文で暦年代を与えたのでした。

これは，伯孫派と高貴派双方の研究成果を尊重しつつ統合して，これに伯孫派の暦年代観を当てたものです。この説がその後の年代論の方向性を定めることになるのは，その背景に，古墳という政治的記念物を研究するため統合編年が必要だという，統合派指向が研究者の間にあったからでしょう。

これ以降，特に伯孫派の流れを汲む金属器の研究者は，須恵器編年をしきりに参照するようになり，高貴派の人たちも，次第に新たな年代観に転換していきます。このように，各種の考古遺物の年代を整合的に扱おうとする人たちを，大まかに統合派と呼んでおきましょう。

須恵器研究の側からみると，高貴派の年代観が，特に5世紀の部分について，急にぐいっと引き上げられたように見えます。でも，馬具などの研究の側からみると，統合派の年代観は，伯孫派の年代観を受け継いでいました。

“貨幣経済”とその克服

金工品の研究で須恵器編年を借用するのは，年代の目印にするためですが，先日，とある掲示板で岡安光彦氏が須恵器編年を「通貨」と表現していました（Euroみたいなもんですね）。

これは憶測ですが，陶邑編年には森浩一氏や中村浩氏の編年もあるのに，田辺昭三氏の編年が古墳研究を席巻していくのは，須恵器研究の側ではなく，金工品研究者が「通貨」として好んだことにあるような気がします。好まれた理由は，個別の出土資料を理解するときのわかりやすさ，適度な細かさ，そして，（ひょっとすると，これが最大の理由ではないかと勘ぐっているのですが）I・II・IIIや1・2・3といった一般的な言い方でなく，「TKなんとか」「MTなんとか」という，窯の番号に基づく独特のネーミングが，金工品研究者が主な研究対象に与えた型式名と抵触しない，という紛れのなさにあるのではないでしょうか。

しかし，実際には考古資料をいろいろ組み合わせた時期区分概念なのに，須恵器型式で表現するのもおかしな話で，部外者からは誤解もされそうです。特定の遺物に頼るのではなく，いろいろな遺物の型式を横断した，統合された時期区分こそ，統合派にとって歴史叙述の武器となるでしょう。

1984年に和田晴吾氏は，そのような試みを発表しました。さらに1990年代に刊行された近藤義郎氏らによる『前方後円墳集成』では，古墳を構成するさまざまな要素の組合せで時期区分し，それによって日本中の前方後円墳を位置づけています。

鶏口の喪失

話が先に行き過ぎました。1980年代に戻りましょう。1985年に白石太一郎氏は，改めて年代論を発表しました。1979年論文とほとんど同内容ながら，わずかな，しかし重大な変更があります。

稲荷山古墳に副葬された馬具への認識が変わり，
それでいて，稲荷山鉄剣の銘文を根拠にして暦年代観は据え置きなので，
結局，古墳時代の年代観を少し古くしています。

もともと伯孫派の年代観を根拠に稲荷山鉄剣の年代を選んだはずなのに，今度は稲荷山鉄剣を根拠に伯孫派の年代観を修正しています。伯孫派の年代観は外国資料を意識したものだったので，この変更は，外国資料を年代の手がかりにする白石氏の論文の中で，ビミョ～な部分です。

1988年，岡安氏は，稲荷山古墳の馬具をMT15型式期とするのはおかしいと指摘しますが，一方，やはり稲荷山鉄剣によって須恵器の年代を遡らせ，結局白石氏の新説と同じような年代観になっています。

岡安氏は同じ論文で，MT15型式という竹原笹塚古墳と七廻り鏡塚古墳の鏡板を池山洞45号墳の鏡板と対比しています。池山洞45号墳は百済の武寧王陵と同じころの加耶の王陵ですから，岡安氏は，以前参加した研究で武寧王陵と類似の遺物をMT15型式に位置づけた見解を，ここで補強したことになります。ところが，この論文ではMT15型式を490年～520年ごろ（武寧王陵より古い）にしています。

こうして統合派の前衛と思われた白石氏自身が年代観を換えたのですが，白石氏の以前の年代観を支持しつづけた研究者もいました。統合派は，白石氏の旧説（1979年論文）の年代観を維持した旧説派と，新説（1985年論文）の年代観に傾く新説派に分裂したのです。

なぜ旧説派か

伯孫派vs高貴派
↓
統合派
↓
旧説派vs新説派

さて，旧説派と新説派が並び立ったまま，というのが現状ですが，このうち，有力な前衛を失った旧説派の方が，一応通説のようです。ところが，旧説派と新説派が激しく対立する，という様子には見えません。それどころか，旧説派の人も，自分の年代観の根拠に白石氏の1985年論文（新説派の年代観なのに）を挙げたりする始末です。どちらも国内資料について相対編年が同じなので，大して対立する必要もないのです。また，通説の牛後にいる人は，自己規定が大まかなものなのかもしれません。

前回，私は通説に近い，と言ったのは，旧説派に近いと言うことです。旧説派の年代観は，70年代の伯孫派以来のもので，中国や朝鮮半島との対比を重視するのが特徴です。70年代よりも対比資料ははるかに増えましたが，大まかには今でも通用します。新説派も隣接諸国との比較を怠らないのですが，なぜか古めの年代になっています。

旧説派と新説派が衝突しない代わりに，妙な現象も起きています。金斗喆氏と宮代栄一氏の対立は，実は，金斗喆氏が「新説派＝日本の通説＝宮代説」と思って新説派を批判しているのに，宮代氏が旧説派の年代観を主張している（つまり，双方とも新説派を否定的に扱っている）ため，対立点がねじれているのです。まぁ，ほかにも対立点はありますが。

次回は本篇

前回と今回は当コラム本来の姿を少し回復したかったのですが，結局メタファーもアナロジーもろくに出てきませんでした。本来の姿って，けっこう大変だったんですね(^^;ゞ。一方，戒律シリーズをきっかけに閲覧するようになった方には，違和感があったかもしれません。

次回から戒律シリーズ本篇に復帰します。それではまたm(_ _)m。

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