須恵器甕の叩き出し丸底技法と在来土器伝統

須恵器製作技法の特徴の一つに，叩き技法の存在が挙げられる。甕や壺の内面に当て具をあてがい，外面を叩き板で叩く技法である（paddle and anvil technique）。弥生土器などにも叩き技法はみられるが，製作工程や製作技術体系の中での位置づけが異なっている。須恵器に特徴的な叩き技法の利用は，平底の原形から丸底を叩き出す「叩き出し丸底技法」である。横山浩一はこの技法を成品観察・民族例・工具出土例から解明し，多くの問題提起を行った。

ところで，筆者は朝鮮陶質土器の製作技法を追究する上で，陶質土器と通底する技術で作られながらも独自の外見的特徴を持っている須恵器にも関心があった。技術的に等質である以上，須恵器の独自性は製作技術の外にある何らかの規制が働いているためであり，その規制の解明こそが極東の古墳時代の一面に迫る途であると，筆者は考えていた。

たまたま比恵遺跡群第51次調査で須恵器叩き技法の実例に触れることができたが，充分な報告ができず，実測図と当て具復元図を説明なく提示するにとどまっていた〔白井編1996：Fig.26〕。

本稿は，横山の業績を振り返った後，比恵遺跡群の報告を補い，叩き出し丸底技法に関して工房の風景を復元することを通じて，古墳時代須恵器の位置づけを試みるものである。その際，須恵器の独自性の成立を朝鮮伝来の技術と在来の土器伝統との比較から論ずることとする。

陶質土器を見る視点で須恵器を見ているという限界はあろうが，南朝鮮と西日本のさまざまな土器を一貫した視点で概観する試みとして，寛恕されたい。

また，不本意ながら，主題から派生する問題については略述に止め，先学の業績にも批判的な文脈においてのみ言及することを，あらかじめ断っておく。

2.横山浩一の叩き技法研究

本章では，本稿に関係する部分を中心に横山の業績を回顧する。須恵器中型甕の叩き出し丸底技法における工房の風景は，すでに横山がほとんど解明しているし，それが朝鮮陶質土器に適用できることも郭鍾喆が確認している〔1987：479〕。本稿は横山の研究成果を出発点とする。

1) 「須恵器の叩き目」〔1980〕

横山は，須恵器壺・甕の側面と底面とで内外面とも叩き目の様相が異なることに着目し，これらを「側面叩き目」，「底面叩き目」と命名した（Fig.1a）。

側面叩き目については，佐原眞の瓦研究〔1972〕を引きつつ，中型の甕に「叩き締めの円弧」がみられ，多くの場合右利きのそれを示すことを指摘した（Fig.1b）。

底面叩きについては，一見不規則だが手順に法則性があり，土器をしっかり固定して底面叩きを行ったことを指摘した。あわせて，中型壺・甕の底面叩きの際の当て具の固定が，従来知られる短柄当て具では困難であろうことに注意した。

さらに，側面叩きの後に底面叩きを行って丸底化が図られたという製作工程を解明した。

2) 「須恵器に見える車輪文叩き目の起源」〔1981〕

車輪紋の内面叩き目はヘラ記号と類似するものの，バリエーションが乏しいので，「心持材を利用した木製当て具にあらわれるところの、木材の亀裂を模様化したもの」とした〔1981：13〕。

3) 「佐賀県横枕における大甕の成形技術－現存する叩き技法の調査－」〔1982a〕

叩きを成形に用いた実例を調査した詳細な記録である。叩き工具の形状や所有形態，大甕の「叩き締めの円弧」が現れにくいのは分割成形の単位ごとに工人の姿勢が変わるためであること，成形中に焚火で素地を乾燥させることなどに注意している。

4) 「須恵器製作用叩き締め道具の新例－九大筑紫キャンパス内出土品－」〔1987〕

九州大学筑紫キャンパスから出土した須恵器製作用木製当て具・叩き板は，まず横山により公表され〔1987〕，その後正式報告された〔西編1994〕。両文献により関係資料を検討する。遺物の呼称は，横山の当て具1号，当て具2号をそれぞれ当て具1，当て具2，叩き板を叩き板3とした。

溝状遺構SD623 中央部地区12，13J～L区に所在し6世紀後半に属す。木製工具と，杯など大量の須恵器が出土した。成品の一時保管所であり，近隣に工房もあったと推定される〔西編1994：496-499〕。横枕例から考えて，木製工具も水中に保管されていたとみられる〔横山1982a：64〕。

当て具1（Fig.1c）キノコ形の木製当て具である。頭部接触面に不整な同心円が刻まれているが，年輪とは一致しない。頭部後面に放射状の刻線がある。全体に摩滅し，特に周縁部が摩滅している。全長134mm，柄の長さ85mm，面径72.5mm，頭部厚39mmを測る。

当て具2（Fig.1c）ゴルフクラブ形の木製当て具である。楕円形の頭部に，内反り気味の長い柄が，やや角度をもってケズリ出されている。頭部接触面の同心円は年輪と一致しない。全体に摩滅している。全長433mm，柄の長さ377mm，頭部長径118mm，頭部復元短径77mmを測る。

叩き板3（Fig.1c）長柄の叩き板である。一面に木目に直交する平行刻線が施されている。他面は叩きには使用されていない。全長333mm，柄の長さ224mm，頭部幅92mm，頭部厚22mmを測る。

横山は長柄の当て具2が壺・甕の底面叩きに用いられたとみて，底面叩きに関する疑問を解消した。さらに，長柄の当て具2と叩き板3がセットをなし，短柄の当て具1も未発見の短柄叩き板4とセットをなしたと考えた。当て具の同心円が必ずしも用材の年輪を利用しないことにも注意し，年輪に逆らって紋様を刻むことはないと前提した旧説〔1982b〕を訂正した。

3.方法－工房の風景を復元するために－

1) 工房の風景とその意義

筆者は，工具・技法・工程とそれらを貫く秩序を，「工房の風景」と仮称している。

土器から当時の社会や観念を復元するに当たり，筆者が工房の風景を強調するのは，土器の諸属性の一つまたは全部を恣意的に選び出して工人や支配者の意図・観念と決めつけることによる誤釈の危険性を警戒するからである。

成形段階における成形・整面・施紋の各行為の配列は，何らかの座標軸上の変数により従属的に選択された行為の連鎖と理解される。工人は土器製作に当たって，多くの制約要因により限定された選択肢から行為を選び出し，その結果が工程と考えられるので，制約要因とその対処法を観察と論理で明らかにしていくこと，すなわち工房の風景を復元することによって，技術上の理由以外による土器製作上の規制（技術外的規制）に由来する属性を析出することができるであろう。

須恵器など，古墳時代の人工遺物では，技術外的規制が必ずしも工人や工人集団の意図・観念に由来するとは限らない。工人の土器製作活動は，土器需要者の要望を考慮して行われたはずであるから，技術外的規制には，工人・工人集団の意図・観念によるものと，需要者の意図・観念によるものとが混在していると仮定せねばならないし，規制を加える需要者が一般の消費者か，政治的支配者かの判別も必要である。技術外的規制が器物の具体的用途（貯蔵・煮沸など）にかかわれば一般の消費者に，器物の社会的機能にかかわれば政治的支配者に由来する可能性が高かろう。

2) 方法と手順

以上の原則を，叩き出し丸底技法に適用する。

第4章では叩き出し丸底技法の工具，作業態勢を復元することを通じて製作工程を復元する。製作工程の復元によって，技術外的規制を抽出する。

第5章では技術外的規制の由来を追究する。極東炻器の流れと在来土器伝統から須恵器の叩き出し丸底技法を位置づけ，その結果析出された須恵器の独自性をほかの窯業製品の技術発展過程と対比し，畿内政権の意図を反映している可能性を示す。さらに，須恵器の社会的機能を考察する。

第6章では，具体的用途や社会的機能にかかわらない技術外的規制を今後の課題として記す。

3) 用語の定義

(1)工程と工房の風景

技術土器製作にかかわる工具・備品，技法，工程の総称を，便宜上「技術」とする。

段階土器製作工程の不可逆的な大別単位で，材料の化学的状態に即して決定されるが故に器種・地域・時代を越え共通しうるものを「段階」とし，粘土の調整を終えた素地が造形され始めて以後，焼成に備えて意図的な乾燥を始める以前を，「成形段階」とする。成形段階を構成する成形・整面・施紋（可塑装飾）の各「行為」は，研究者の観察と解釈により分類されているのであるが，［成形→整面→施紋］のように截然と分節化されるのではない。

亜段階 段階のうち，限られた器種・型式に共通する不可逆的な工程上の単位を「亜段階」とする。亜段階は工房で反復される工人の行為のまとまりを，成品観察によって認識した論理上の産物であり，亜段階の設定や内容は，細分されたり組み替えられる可能性がある〔白井1995b：84〕。

亜段階は，成形台・回転台への土器の設置・取り外しや，成形の中断（一時乾燥）を境界として設定できることが多い。後者の場合，亜段階は「小工程」概念に近い〔川西1978；井上1985〕。

分帯化 犬木努が宮ノ台式土器について土器製作工程と絡めて論ずる際，採用した用語である。土器が回転体であるため，成形・整面・施紋の各行為はヨコ方向の単位に分節化されやすく，同一単位内の成形・整面・施紋行為間の関係は深くなる。これが「分帯化」である〔1992：1〕。

軟性・硬性 整面時の器面乾燥度（可塑性の減少度）を表現する〔白井1995a：237，240〕。

作業態勢 土器と工人の位置関係や，工人が工具・備品を用いる用い方など，工人の動作に関わる姿勢や位置関係を「作業態勢」とする。大塚達朗は土器と工人との位置関係を「土器扱い」と呼んだ〔1990：23〕が，筆者は，回転台の使用される極東炻器では工人の動作・姿勢に対する自由・不自由が回転台以前の土器とは異なると考え，「土器扱い」よりやや広い概念を用意した。

正位・逆位 製作中の土器の置き方，あるいは構え方を，その土器の使用時の上下との比較で呼んだ呼び方である。使用時の置き方と同一の場合正位，その逆なら逆位と呼び，正位あるいは逆位に土器を置くことは正置・倒置と呼ぶ。

なお，成品から復元された工具と実際に出土した工具の法量を比較するとき，土器製作の乾燥段階と焼成段階に起こる器体の収縮が障害となるので，焼成後計測値およびそこからの推定値（収縮率を無視した値）には単位の後にAF（after firing）を付け，200mmAFのように表現する。

行為の順序は［ナデ→ケズリ］のように記号を用いて表現する場合がある。

(2)叩き出し丸底技法

叩き技法に関する用語は原則的に横山〔1980〕による。

側面叩き・底面叩き 横山に従う。工程上の側面叩きに対応する工具を「側面叩き板」，「側面当て具」，底面叩きに対応する工具を「底面叩き板」，「底面当て具」と呼ぶことにする。

叩き出し丸底技法 平底を底面叩きによって丸底にする技法をいう。横山は明確な名称を与えていないので，「押し出し丸底技法」に倣って命名した〔西1979：165〕。叩き出す前の土器を横山は「第一次成形品」や「粗型」とするが〔1980：144〕，本稿では「原形」とし，平底形態のものを「平底原形」，底部輪台技法で成形されたものを「輪台原形」と呼ぶ。

叩き締めの円弧 佐原に従う〔1972：49〕。

抹角平底・抹角尖底 叩き出し丸底技法の成果のうち，中央がやや平坦なものを「抹角平底」，中央がやや尖るものを「抹角尖底」とする。前者は百済土器の報告などで用いられている。

(3)須恵器の位置づけ

極東炻器 須恵器の生産技術は，回転台の利用，叩き技法の盛行，還元焔焼成を特徴とする。三韓系瓦質土器・古式陶質土器・最初期加耶土器に系譜を求めることができ，百済・加耶・新羅の陶質土器とも由来を共有している。須恵器製作技術の起源を論じ，陶質土器と比較するには，これらの土器を総称する用語が必要となる。本稿ではこれらを「極東炻器」と呼び，その製作技術を「炻器技術」とする。なお，朝鮮軟質土器は酸化焔焼成されているが，炻器技術から部分的に要素を欠落させると朝鮮軟質土器の製作技術になると考えられ，炻器技術との関係は深い。

既存炻器・在来土器 極東炻器のうち，定型化した須恵器の前提として存在した三韓系瓦質土器・古式陶質土器・最初期加耶土器・初期須恵器を「既存炻器」とする。須恵器以前に日本列島で製作・使用された弥生後期土器・庄内式土器・布留式土器は「在来土器」とする。

(4)遺物の呼称

比恵遺跡群・宮の前遺跡出土品 福岡市所蔵遺物には9桁の遺物登録番号がつけられている。比恵遺跡群出土品は，冒頭の調査番号と万・千位の「00」を，宮の前遺跡出土品は冒頭の調査番号と万・千・百位の「000」を，それぞれ省いて呼称する。これは報告書での遺物名と同一となる。

筑紫キャンパス出土品 報告書中で用いられた番号を尊重する。

4.分析－工房の風景－

1) 資料の提示－比恵遺跡群出土資料－

本稿で問題とするのは，比恵遺跡群第51次調査SD-302出土の甕151である。

(1)第51次調査の概要

比恵遺跡群は那珂川・三笠川に挟まれた台地上に位置する。その中央西寄りに当たる福岡市博多区博多駅南4丁目86番で行われた第51次調査は1993年9月6日に着手し，1994年3月9日に終了した。掘立柱建物跡3棟，竪穴住居跡32棟，井戸12基，溝状遺構9条，木棺墓1基，土坑・柱穴多数が確認され，出土した弥生土器・土師器・須恵器，石器，木器，鉄器は150箱に及んだ。出土遺物には二条突帯鋳造鉄斧や三韓系瓦質土器，鼓形器台など，興味深いものが多い〔白井編1996〕。

(2)出土遺構と共伴遺物－溝状遺構SD-302と須恵器杯－（Fig.2）

溝状遺構SD-302 北東－南西（N－51°－E）方向にやや蛇行しつつ直線的にIII区中央を横断し，断面逆台形をなす。検出面で幅0.8m，最深0.5m（底面高6.2m）を測る。黒色粘質土を覆土とし，水の流れた様子はない。覆土中の浮いた位置で須恵器などが出土した。古墳時代後期に当たる。第51次調査では同時期の遺構としてもう1条の溝状遺構SD-204のみが検出された。

杯147 口縁部がほとんど欠失しており，推定器高38mm，口径113mm，最大径133mmを測る。小礫をやや多く含む胎土を用い，焼成は良好である。蓋を被せて焼成し，外面灰青色，内面青灰色を呈する。ヘラ記号は細く2画で記されている。

杯148 半周程度遺存し，器高41mm，復元口径109mm，復元最大径136mmを測る。白色粒子を含む胎土を用い，焼成は良好である。蓋と合わせて倒置焼成し，外面青灰色，内面灰青色を呈する。外面には霜降り状の小剥離がみられる。ヘラ記号は細く1画で記されている。

杯149 底部のみ遺存し，残高21mmを測る。白色小礫をわずかに含む胎土を用い，焼成は良好である。外面灰青色，内面淡青灰色を呈す。ヘラ切り後のヘラケズリが底部外面中央に及ばず，その後さらに指で押さえている。ヘラ記号は十字形に2画で記されている。

(3)甕151（Fig.3）

甕151 機械掘削時に半ばが破壊されたが，完形で廃棄されたと思われる。器高425mm，推定口径207mm，推定最大径440mmを測る。白色粒子をわずかに含む胎土を用い，焼成は良好である。口頸部内面と肩部外面に焼成時の剥離がみられる。内外面灰青色を呈する。頸部外面に，刻みを入れた木片小口の押捺紋様がある。肩部・胴部・底部にかけて，外面は擬格子叩きの後，カキメを施し，内面は同心円叩き目を残す。肩部内面の同心円上端は回転ナデでかすれている。

外面擬格子叩きは中位まで整然とし，底部付近で幾分乱れた様子を見せるが，側面叩きと底面叩きの境界は明かでない。カキメは胴部下位まで反時計回りに断続的に施し，底部付近では最下部から時計回りラセン状に上昇する。肩部から胴部下位まで正位，底部のみ逆位に甕を回転台に設置し，いずれも時計回りに回転させてカキメを施したことを示す。内面の同心円叩き目は一様だが，器面と当て具の角度が変わる境界がある。肩部から胴部上位までは当て具中央痕跡がヨコ方向に分帯化した単位をなす。胴部中位からは当て具側縁痕跡となり，徐々に当て具中央近くの痕跡が現れ，最下部で当て具中央痕跡となる。また，胴部中位以下の同心円はヨコ方向に分帯化しない。

当て具変換点の外面の叩きも切り替わっているはずである。器面に残った狭い範囲の側面叩きでは，叩き締めの円弧は明確でないが，傾向は窺われる。

2) 工具の復元

(1)甕151製作に用いられた当て具（Fig.3）

側面当て具と底面当て具の痕跡（同心円）はよく似ており，当て具頭部の刻線が似ていることを示す。しかし，同一の当て具でないことは，刻線の深さや器面との角度の変化からわかる。

側面当て具は頭部中央が器面に接している。肩部や胴部上位の内面を対象とする側面当て具は，柄が短く，工人の手が器内でこれを握り，頭部方向を自由に変えることができたはずである。ここから推定当て具5のような復元が可能である。

底面当て具は，当て具変換点で頭部側縁，胴部下位にいくほど頭部中央近く，底部最下部で頭部中央が器面に接している。側面当て具より頭部方向の自由度が低く，常に底部方向に向いていたことがわかる。このことから，底面当て具は柄が長かったことが窺われ，推定当て具6のような復元が可能である。図ではキノコ形としたが，円柱形や円錐形の可能性もある。軽さや扱いやすさでキノコ形が，作りやすさや耐久性で円柱形や円錐形が優れていたであろう。報告書では頭部が斜めにつくよう復元した〔白井編1996：Fig.26〕が，本稿のごとく訂正する。

器面からは，側面当て具と底面当て具の法量も大まかに推定できる。いずれも同心円を10周程度めぐらせており，頭部の刻線部径は114mmAFと復元できる。実際の面径は，刻線部よりも若干大きい130mmAF程度と推定され，これは甕151の頸部最小内径156mmAFより幾分小さい値である。

甕151内面叩き目からは，側面当て具と底面当て具のセットが存在し，しかも，対象とする甕の法量に見合った当て具セットが採用されたことが窺われる。

外面擬格子叩きも，側面叩きと底面叩きがよく似ており，弁別し難い。側面叩き板と底面叩き板の刻線がよく似ていたはずであり，2個の叩き板の間にセット関係が成立していた可能性がある。

(2)叩き板・当て具のセット関係（Fig.4a,b）

ここで筑紫キャンパス出土資料を想起すると，当て具1と当て具2は面径が相近く，刻線もよく似ている。当て具2は長径118mmと大きいが，当て具2は土器に斜めに差し入れたであろうから，短径77mmを採用すれば，当て具1の面径72.5mmとの差はわずかである。比恵出土の甕151でみたように，口径より幾分小さい面径の当て具を使用したと考えれば，当て具1・当て具2にふさわしい成品は共通することになる。さすれば，横山が想定した当て具2と叩き板3の長柄セットと，当て具1と未発見叩き板4の短柄セットが，合わせて一つの叩き工具セットをなしたと想定できる（Fig.4a）。

蛇足ながら，筑紫キャンパス出土の叩き工具セットにふさわしい成品を敢えて探すならば，工具と成品の保管所と考えられる，同じ溝状遺構SD623から出土した甕10（Fig.4c）が挙げられる。頸部最小内径98mmAF，胴部最大内径200mmAFを測り，口頸部から当て具1を差し入れて側面叩きを行うと，工人の手がちょうど甕の重心近くとなる。当て具2の柄は甕10に対して長すぎると感じられるかも知れないが，実際の柄の長さよりも短く持つ方が，当て具の重心と手の位置が近くなり扱いやすいはずであるから，あまり問題ではない。

3) 作業態勢の復元

(1)側面叩きと叩き締めの円弧

横山は，佐原が瓦についていう「叩き締めの円弧」が中型甕にみられて小型・大型の壺・甕にみられないこと〔横山1980：136〕の原因を実例により解明した〔1982a：85〕が，比恵出土甕151から，「叩き締めの円弧」にも一定の所見が得られた。

叩き締めの円弧と作業態勢 叩き締めの円弧は，平瓦の「桶と工人の手との位置関係」〔佐原1972：49〕，須恵器工人の「姿勢や腕の位置」〔横山1980：136〕を知る手がかりになる。これらは回転台を利用した遺物であるが，回転台を利用しない遺物にも叩き締めの円弧がみられることを都出比呂志が指摘している〔1974：25；1986：46〕。都出は「連続ラセンタタキ手法」（叩き締めの円弧）を，「一息にたたき上げて」，「装飾的効果」，「高度な熟練」〔1974:25〕，「飛躍的な進歩」〔1974：28〕，「灰陶系のタタキ技法の影響」〔1986：46〕などとしているが，観察と解釈の間に工人と土器の位置関係を介在させたのが米田文孝である〔1982：7-8〕。次章で再言する。

側面叩きの順序（Fig.4d）甕151にみた，側面叩き目のヨコ方向分帯化は，当て具が一定の高さで1周するような叩きを，高さを変えつつ繰り返したために生じたものである。これは，佐原の分類した平瓦の叩き締めの順序第II種〔1972：48〕の上下逆転したものに当たり，須恵器甕の側面叩きにもっともふさわしい順序と考えられる。須恵器甕には桶巻作り平瓦のような中心の桶は使用されていないから，この順序でなければ（たとえば佐原「第I種」や，そのほかの乱雑な順序ならば），叩きによる器面の伸張で器形が歪み，あるいは破損に至るであろう。最終的に須恵器中型甕の器面に観察される叩き締めの円弧は，連続的に施されたのではなく，工程上は甕を何周もした結果，甕の部位に相関して叩き板を持つ手の角度が変化し，叩き締めの円弧を現出したのである。

作業態勢の決定 須恵器中型甕の叩き締めの円弧とその順序が桶巻作り平瓦と上下逆であることから，須恵器側面叩きの作業態勢は肩部を叩き始める時点で決定されたことがわかる。

(2)底面叩きと甕の固定（Fig.5）

筑紫キャンパス出土底面当て具2が叩き板3とセットをなすと考えたとき，また，底面当て具2がSD623出土甕10の製作に用いられたと考えるとき，当て具の柄が長すぎる印象を受ける。しかし，すでに述べたように，長い柄の端を持つと扱いにくいから，実際は工人の手の位置から柄の端までかなりの長さが余っていたはずである。

横山は，「底の叩き締めを受ける土器は工人の膝と片腕で支えられたのであろう」と推測している〔1980：140〕が，長柄当て具であれば，当て具の柄を手でつかむとともに，肘と脇との間に余った柄を固定し，土器を両膝の間に載せることによって，土器をしっかり固定した状態で叩き板をふるうことが可能である。楽器の演奏に例え，「フレンチホルン姿勢」と呼ぶ。

(3)当て具支持の安定性

当て具の面径が大きいので，一度固定した当て具で複数回の叩きが行われたはずであるが，甕151で当て具がズレた痕跡は肩部内面の側面叩き最上段にしかみられなかった。いかにも支えにくそうな肩部を除いて，当て具の支持は極めて安定していたことがわかる。

叩き技法は不安定な状態での小手先の行為ではなく，工人の全身を使って行われたのである。

4) 当て具セットと土器との関係－規格の再生産－

横山は，「一たん定めた位置で叩きやすい部分を叩き尽くし、それ以上叩き締めを続けるには土器の位置を動かさざるを得ない状態にたちいたった時、はじめて土器を多少回転」すると推定している〔1980：140〕。土器をしっかり固定して叩くなら，当て具と器面との接触面ができるだけ大きい方が，土器を「しっかり固定」し直す回数が少なくてすむ。しかし，当て具は中型甕唯一の入り口である口頸部を経由して入れるしかないので，口頸部最小内径より幾分小さい当て具を用いることとなり，必然的に同一個体の甕に用いる側面当て具・底面当て具は面径が相近くなる。これは筑紫キャンパス出土工具からの推定や比恵出土甕151からの推定に合致する。

換言すれば，甕法量が当て具法量（面径や柄の長さ）を限定するとも，あらかじめ準備された当て具法量が甕法量を限定するともいえる。甕の規格と当て具の規格の相互再生産が推測できる。須恵器では工具の所有形態はわからないが，成品と工具との関係は，「種々の形の陶器を作るために、一人の陶工が種々の規格の違った道具を用意している」横枕例と一致する〔横山1982a：84〕。

5) 甕151の製作工程と技術外的規制

工程の復元 須恵器を含む極東炻器の丸底中型壺・甕の製作工程は，横山が示した通りなので，甕151に合わせて一部改変して記す〔1980：141-142〕。

1 回転台上正位
- a 平底原形を成形
- b 側面叩き
- c 口縁部の作出
  （甕151の肩部カキメはここで施された可能性もある）
2 膝の上に固定

d 底面叩き

1a，1bは交互に行われる可能性もあるが，1a・1bと2dとは常に先後関係［1a・1b→2d］にあり，不可逆的なので，1a・1bを「成形第1亜段階」とする。

次に，甕151にみられるカキメの工程上の位置を検討する。

底面叩きは内外面とも当て具変換点の高さに及ぶはずだが，当て具変換点はカキメ変換点より高い位置にあるので，両変換点間（胴部中位）のカキメは，2dより後に甕を回転台上に正置して施したことになる（正置カキメ3e）。カキメ変換点より下（底部）のカキメは，2dより後に甕を回転台上に倒置して施している（倒置カキメ4f）。したがって，2dの後に2度にわたり甕を回転台上に設置し直し，カキメを施しことになる。正置カキメが倒置カキメより広範囲を占めるので，まずできるだけ広範囲に正置カキメを施した後，倒置カキメを施したと推測できる。

3 回転台上正位

e 胴部中位（おそらく肩部も）正置カキメ

4 回転台上逆位

f 底部倒置カキメ

都合3度にわたり回転台上に甕を設置する工程は，軸合わせの困難さから考えて，特殊な事態と思えるが，少なくとも4fに関しては同様な工程で製作されたとしか解釈しえない須恵器甕が多数存在する。3e，4fはいずれも2dより後にしか行えないが，3e，4fの先後関係は現時点では一般化できない。2dを「成形第2亜段階」，3e，4fを「成形第3亜段階」とする。

成形段階

成形第1亜段階

回転台上正位

平底原形を成形
側面叩き
口縁部の作出

成形第2亜段階

膝の上に固定

底面叩き

成形第3亜段階

回転台上正位

胴部カキメ

回転台上逆位

底部カキメ

工人の意図 まわりくどい製作工程に加え，側面叩き板と底面叩き板，側面当て具と底面当て具に類似した刻線を刻んでいること，回転台への度重なる甕の設置がカキメを施すためであることからみて，工人は甕151の外観を肩部から底部まで一様にすることを目指していたと考えられる。外観の統一が甕の用途にかかわるとは思えないので，こうした工具・工程の採用は，外観を統一する特別な意図に発したと考えざるをえまい。外観を統一するにしても，内面も一様な同心円で埋めようと試みているのは，他者に見せるためではなく，より観念的な縁由があってのことであろう。

青海波紋 筆者はこれまで，叩き目は原則的に紋様ではないと考え，甕151内面の同心円の集合を「青海波紋」とは呼んでこなかった。しかし，この痕跡が一様な叩き目で内面を埋め尽くそうと工人が意図した結果であれば，積極的に「紋様」とみなし，「青海波紋」と呼んでよかろう。叩き目すべてが紋様であるとはいえないが，肩部から底部まで外観が計画的に統一されている場合，叩き目の集積は紋様として確立しているのである。

なお，当て具変換点が目立たず，常に器面への接触面が広いという点で，甕151から想定される底面当て具6よりも，九大筑紫キャンパス出土の底面当て具2や，大阪市長原遺跡西地区SE01出土の木製長柄当て具146〔櫻井編1993：46，図38〕の方が，より完成されたものと考えられる。

さらに，意図的な青海波紋の「施紋」を想定するなら，斜めの木取りで楕円形をなした年輪を無視して同心円を刻んだ筑紫キャンパス出土底面当て具2のごとき現象も，理解しやすかろう。

5.考察－須恵器の独自性－

1) 叩き出し丸底技法の比較－既存炻器と在来土器－

(1)極東炻器の丸底

須恵器の叩き技法の直接の由来は朝鮮陶質土器に求められる〔横山1980：145-146〕。

南朝鮮での叩き出し丸底技法は三韓系瓦質土器に始まる。真番郡の設置から廃止に至る漢郡県支配と在地勢力との緊張関係のもとで獲得された，在来の粘土帯土器（無紋土器）とはまったく異なる技術（炻器技術）による製品である。初期は平底の原形が窺われ，未だ完全な丸底化は達成しておらず，叩き板も側面叩きでは縄目叩き，底面叩きでは格子叩きという例が多い。その後，丸底化が進むが，側面叩きと底面叩きで明らかに異なる叩き板を用いる例は絶えない。

百済土器や西部慶南の加耶土器では，叩き技法を巧みに用いて，叩きを施しながら平底に近い丸底（抹角平底）や上底に仕上げる技術を生み出す〔白井1993：190〕が，東部慶南や日本では丸底志向が強く，古墳時代須恵器の壺・甕は完全な丸底化を達成する。

なお，百済土器のいわゆる平底壺には，叩きによる抹角平底と，叩き出さないための平底とがある。後者の平底壺には，側面叩き時の器形想像図（Fig.4b）とそっくりの例があり，興味深い。

新羅土器壺・甕では叩き目を早い時点のカキメ（軟性カキメ〔白井1995a：240〕）やナデで消し，紋様を施す。叩き目とカキメで最終的な器面を構成する個体の多い須恵器壺・甕とは異なる。

須恵器も初期須恵器では抹角平底に近い底部形態がみられ，最大径が低めのものもあるが，その後完全に丸底化する。丸底というより，むしろ尖底に近い抹角尖底もみられる。須恵器の丸底化・抹角尖底化は須恵器成立後に達成されたようである。

須恵器壺・甕の完全な丸底化は，極東炻器では独自の位置にある〔横山1980：146〕。さらに，肩部から底部まで一様の痕跡を残す工具セットを用い外観を統一していることや，硬性カキメの独自性〔白井1995a：237〕にも気づかれよう。こうした独自性は，陶質土器と須恵器が同一の炻器技術を基盤とする以上，機能主義的な「工房の風景」論では解釈しきれない。技術外的規制の介在を考えるべきである。さらに，製作技術からはやや外れるが，陶邑産須恵器の分布地域の広さや，地方産須恵器に対する影響力は，同時期の陶質土器と比べて異常ともいえる。その原因は，須恵器の主要分布地である日本列島の在来土器伝統に根ざしていたと仮定できる〔横山1980：146〕。

(2)在来土器の丸底

弥生中期以前の弥生土器は平底が主流であり，弥生後期から変化が起こる。朝鮮半島と対比すると，南朝鮮の極東炻器（三韓系瓦質土器）の出現からわずかな時間差を置いて北部九州の弥生後期が始まり，本州西部の弥生後期もあまり時を隔てず始まると考えられる〔白井1996：45〕。

北部九州弥生後期土器の丸底化は，中期同様の平底形態の原形を，叩きやハケにより丸底化するものである。平底原形の丸底化という手順は瓦質土器と同様であるが，方法が叩きに限らないこと，瓦質土器の最大径が下位にあるのに弥生丸底土器の最大径が上位にあることなどが異なる。両者の最大径部位の差は，平底原形の違い，特に底径の大小に由来すると考えられる（後述）。

本州西部では，後期中葉頃から丸底への変化が顕著になり，平底へのこだわりが失われていく。畿内第V様式では，底部は残すが胴部が球形化し，その際叩き技法が利用された。製作工程は三韓系瓦質土器とは大きく異なり，輪台成形技法などが特徴である〔都出1974：22-24〕。

西日本の弥生後期土器の叩き技法は，丸底化・球胴化に利用されてはいるものの，製作工程上の位置が同時期の極東炻器（三韓系瓦質土器）のそれとは異なる。むしろ，以前から存在した技術（ハケ，ナデ，ケズリ，叩き）が，土器の丸底化や球胴化という志向のために動員され，その中で叩き技法の有効性が認識され，技術が洗練されていく過程と捉えられる。

北部九州で丸底化への動きが早く，また北部九州と山陰で丸底化器種の比率が高いことは，丸底情報（三韓系瓦質土器の外観が起点か）の濃淡と伝達過程を示唆する。

弥生土器の丸底化は庄内式土器に受け継がれる。庄内型甕の底部は，底部輪台技法で成形された原形（輪台原形）から叩き出されたと考えられる〔米田1982：6-8〕。輪台原形の底部は，形態的には北部九州弥生後期土器の平底原形と似ていたと考えられる。叩き技法の完成度は高く，極東炻器のそれと似ているが，全体の製作工程が極東炻器と異なっているのは以前同様である。

続く布留型甕の成形技法には論議〔井上1983；小山田1985；米田1982；西1979・1986；都出1982；川西1982ほか〕もあるが，やや尖底気味の丸底（抹角尖底）が庄内型甕を継承していることは否定できない。型作り〔井上1983；小山田1985〕の場合，外型に素地を押し込みケズリで器壁を薄くしようとすれば，同一外形で器壁の厚さの異なる成品や，同一個体の器壁の厚さの不均等を生み出しかねず，これを解消するには，外面ヨコハケで用いたと推定される回転台に型ごと設置しての回転ヘラケズリが有効のはずであるが，そのような実例はあるのだろうか。本稿では庄内型甕の叩き技法が存続したとする米田〔1982：10〕を支持したい。

布留型甕は，古くは抹角尖底で，その後球形に近くなるが，同時期の極東炻器（古式陶質土器）は抹角平底に近く，布留型甕とは形態が異なる。

ここで問題となるのは，既存炻器と在来土器の，製作技法と器形との関係である。これは，問題A）既存炻器と在来土器の叩き出し丸底技法の類似性，問題B）平底原形や輪台原形の形態と叩きの後の底部形態との一般的な相関関係，問題C）既存炻器の平底原形と在来土器の平底原形・輪台原形の形状差，特に底径の差の原因を，それぞれ証明することにより解消されよう。

(3)既存炻器と在来土器の比較

問題A（叩き出し丸底技法の類似性）在来土器の叩き出し丸底技法は，米田文孝が庄内型甕のそれを成品から復元しており〔1982：6-8〕，叩き板と当て具による叩き技法をフレンチホルン姿勢で行ったとみているようである。ただし，極東炻器のフレンチホルン姿勢は底面叩きの際のものだが，庄内型甕のそれは側面を中心に行われている（極東炻器のような側面叩き・底面叩きの区別は適用できない）。極東炻器の側面叩きは回転台上で行われている。これは回転台の有無に由来する相違である。

土製当て具も福岡市・宮の前遺跡B地点1号竪穴から出土している（Fig.6）。報告書は異形土製品とするが，この竪穴を工房と解釈しており，当て具の可能性が意識されていたのだろう〔下條・沢編1971：33〕。横山は，高倉洋彰らが当て具説を唱えていたと記している〔1980：148〕。

胎土と色調から，14と15，16と18がそれぞれ同一個体と思われる。頭部に砂粒と小礫，柄に砂粒を含み，柄に小礫は認められない。酸化焔焼成されているが，完存品の当て具13に黒斑がなく，土器に入れて焼成したのであろう。頭部接触面は平滑だが，背面と柄にナデの単位が残っている。当て具18は接触面縁辺に打撃を受けたための欠損が2カ所あり，使用時の欠損と考えられる。

当て具13と当て具14・15は面径がほぼ等しいが，柄の太さが異なる。当て具14・15と当て具16・18は柄の太さがほぼ等しいが，面径が異なる。当て具13は柄が太いため重く，土器内面を支え持つのは困難である。柄にあけられた縦穴に棒を差し込んで長柄当て具として用いたのであろう。

さすれば，当て具14・15と当て具13との関係は，筑紫キャンパス出土の短柄当て具1と長柄当て具2，あるいは甕151の短柄推定当て具5と長柄推定当て具6の関係に対応する。当て具のうち，13と14・15のみが床面から出土し，しかも出土位置が異なることは興味深い。在来土器においても面径が同一で柄の長さが異なる当て具セットが成立していることになり，これは在来土器と須恵器の叩き技法に共通性があった故と思われる。ただし，当て具13の縦穴は奥が狭く，特別な固定法を用いない限り，差し込んだ棒が外れやすいはずである。当て具14・15，当て具16・18を「持ち当て具」とするなら，当て具13は上に向けて持ち，上に土器を被せて載せる「載せ当て具」，または地面に差して上に土器を被せる「据え当て具」の可能性もある。

このほか，酸化焔焼成された土製当て具には愛媛県越智郡玉川町八幡の出土例があり，古式土師器に伴うと推定されている〔正岡1990〕。

米田の復元と宮の前の当て具出土例から，弥生終末から古墳時代前期にかけての在来土器の叩き出し丸底技法は，キノコ形の当て具を内面に当て，外面を叩き板で叩くものであり，極東炻器の叩き出し丸底技法にかなり似ていたことがわかる。

叩き技法は世界各地・各時代にみられ，完成度の高いものは互いに類似した技法となるので，必ずしも技術の継受を想定する必要はない。在来土器の叩き出し丸底技法は，ほかの製作技術が極東炻器と共通しないので，日本列島で独自に発達したと考えられる。橋口達也は，北部九州の弥生前期の日常土器に叩き技法が存在することを指摘し，「日常容器の成形技法としてタタキが存在したからこそ、大形の甕棺が発生し得た」と論じている〔1982：475-476〕。

問題B（原形と成品形態の関係）既存炻器の平底原形は底径が大きく，在来土器の平底原形や輪台原形は底径が小さい。叩き出し丸底技法では，稜をつぶすため平底原形・輪台原形の周縁を重点的に叩くが，叩いた部位は器壁が伸びてしまう。

大底径の平底原形の底部周縁を叩くと，周縁の器壁が伸びて抹角平底となり，さらに叩くと上底になる〔横山1980：150〕。三韓系瓦質土器の下膨れ器形や百済土器の抹角平底や上底は，こうして実現されたと考えられる。球形化するには広範囲の叩きを要する。

小底径の平底原形・輪台原形の底部周縁を叩くと，底部中央の器壁が伸びて抹角尖底となる〔高槻市教育委員会1981：5〕。庄内型甕から布留型甕にかけて完成される抹角尖底は，こうして実現されたと考えられ，小底径の原形から丸底化を完遂するために，広範囲の叩き〔高槻市教育委員会1981：5〕，あるいは押し出し丸底技法が必要であったと考えられる〔西1979：165〕。

原則的には，原形の底径の違いが丸底化した成品器形に差を生ずると考えられる（Fig.7）。

問題C（原形の底径差の原因）在来土器の平底原形や平底成品はすべて小底径である。成人甕棺の底径も器高に比べればかなり小さい。縄紋土器にはあらゆる器形が揃っているが，煮沸用の深鉢が基本とはいえ，浅鉢や壺まで小底径であり，大底径の土器は管見ではみられない。

南朝鮮でも，極東炻器に先立つ粘土帯土器など（無紋土器）の底径は小さい。

福岡市・板付弥生のムラでは児童ら市民の手による弥生土器作りを行っており，そこでは，目指す成品の大きさにかかわらず，底部とする円板状素地を小さく作るように指導されている。長年の市民の土器作りの経験から，底部を小さくする方が失敗を防げるからということである。

大底径の平底は定軸・定速の回転台の登場とほぼ同時に登場することが窺われる。

西弘海は回転台に平底が適すると指摘した〔1986：200〕。筆者はこれに加え，いまだ充分な論証はできないが，回転台の存在が大きな底径を保証することを想定したい。

2) 須恵器甕の器形の成立

(1)叩き出し丸底技法による抹角尖底

技術的な観点からは，極東炻器と抹角平底，在来土器と抹角尖底がそれぞれ関係が深いことが推測された。須恵器製作技術は基本的に極東炻器と同一である，というより，須恵器自体が極東炻器の一員であるから，須恵器甕では炻器技術を用いて在来土器の抹角尖底を実現したことになる。

さすれば，布留型甕の器形が須恵器甕に継承される背景について，技術的な理由は考えがたい。工人の側よりも，須恵器を必要とした需要者側の意向（「丸底の土師器を使い慣れていた」〔横山1980：146〕）が反映された可能性が考えられる。ならば，布留型甕が従来担っていた社会的機能を須恵器甕が継承した可能性はあるまいか。

解釈はひとまず保留し，本稿の主題から幾分離れるが，須恵器の独自性をさらに挙げる。

(2)硬性カキメと軟性カキメ

百済土器・新羅土器と須恵器とでは，カキメを施す器面の乾燥度が異なる〔白井1995a：237〕。百済土器・新羅土器のカキメは乾燥度の低い状態で施され（軟性カキメ）てイタナデに近く，カキメ以前の成形・整面痕跡を消し去っており，整面行為としての意味合いが強い。須恵器のカキメは乾燥度の高い状態で施され（硬性カキメ），壺・甕ではカキメ以前の整面痕跡をカキメ単位間に残し，カキメのために何度も甕を回転台に設置するなど，装飾としての意味合いが強い。カキメは既存炻器にほとんど目立たず，百済土器・新羅土器と須恵器のカキメは，それぞれ独自に獲得されたと考えられる。横山は「須恵器製作技術の日本化の過程で生じた」とみている〔1979：244〕。

円筒埴輪の一部にカキメを施すものがあり，それらは叩き技法や還元焔焼成と組み合うことが多いので，須恵器生産との関係が想定されている〔川西1978；鈴木1994など〕。しかし，カキメが極東炻器に本来備わっていたとは考え難いこと，円筒埴輪にはヨコハケで器表を全周させる技法が以前から存在したこと，円筒埴輪のカキメが須恵器生産開始から時を隔てず登場すること，などを勘案すれば，須恵器のカキメが円筒埴輪に取り入れられたのではなく，B種ヨコハケを極東炻器の製作技法によって再現した結果が須恵器や円筒埴輪のカキメであると考えられる。（註）

初稿時の注（1996年5月11日）
具体的にいえば，須恵器工人を埴輪生産に動員したことがカキメ成立のきっかけと考えられる。

(3)外観の統一性

須恵器の丸底壺・甕では，［側面叩き→底面叩き］という極東炻器の製作工程を踏みながらも，叩きとカキメによって外観を肩部から底部まで統一している。

叩き板・当て具の紋様をそろえたり，底面叩き後に倒置カキメを施すことは，甕の具体的な用途とは無関係であり，外観を統一するために意を用い，労力を割いていることを示す。これは，古式土師器の外観を炻器技術で模倣しようとしたためではあるまいか。

3) 須恵器の独自性とその機能

(1)対内的側面

須恵器の外観に古式土師器や円筒埴輪の影響があるなら，朝鮮半島での布留型甕の変容例〔武末1988；安在晧1993〕のように理解できるのだろうか。製作技術以外の独自性も検討しよう。

陶邑産須恵器の広域分布と主導性 古墳時代の陶邑産須恵器は日本列島に広く分布し，須恵器の型式変化において主導的な役割を果たしている。各地にも須恵器窯は開かれたが，陶邑産須恵器を補完する程度であり，「地方窯」の地位にとどまっている。こうしたあり方は，小地域ごとの土器様相の差が顕著な同時期の三国時代陶質土器とは一見異なっている。

これらも古式土師器・円筒埴輪ですでに実現されていた。両者は，畿内を中心に分布し，畿内とその周辺で技術が結集・定型化した後に各地に技術・成品が広まったこと（ただし，各地に個性的な初期須恵器が存在したことは否定できない），などの点でも陶邑産須恵器に類似した過程をたどるが，それぞれ各地に影響力を行使した時期が少しずつズレる。古式土師器・円筒埴輪・須恵器に器物として共通の用途は考えがたく，3者共通の過程は，陶邑の須恵器工人が土師器・埴輪の外観を炻器技術で再現しようとしたこととともに，古式土師器や円筒埴輪がかつて果たした社会的機能を須恵器に期待した畿内政権の要請に基づくのであろう〔三宮1989：4-5；武末1993：254〕。

技術の地方化過程 土師器や埴輪は須恵器の登場後に地域色が強くなることが知られている。

高橋克壽は，「5世紀前半の各地の埴輪の生産には，畿内の王権との関係が最もよく反映されている」が，5世紀後半には状況が変化するとし，「窖窯の導入というと背後にすぐ「畿内」の政治的意図を読み取ろうとしたり，王権とのつながりが主張されがちであるが，むしろ，それ以後はそうした直接的な影響が薄れていくことに注意すべきである」と指摘している〔1994：40〕。

これを地方側からみれば，新鋭の窯業製品やその技術も，自ら獲得すれば魅力は失われ，新鋭技術の背後にある畿内政権は必ずしも畏敬の対象ではなくなる。畿内政権は，地方との関係を立て直すため，さらに最新鋭の技術や製品を供給する必要が生ずる。土師器・埴輪で反復された技術の結集，定型化，広域化，地方化の過程は，畿内と地方との関係の再構築が反復されたことを意味する。そこには，自らを維持・再生産する機構を備えた安定した「体制」の存在は想定し難い。

須恵器も技術移転・結集，定型化，広域化の過程をたどっている。その後はどうか。

技術と制度 技術結集，定型化，広域化の過程は北部九州の弥生時代甕棺でも認められる。成人を埋葬する大型甕棺を非常時（人の死）に確実に供給するため，技術を結集し〔橋口1982〕，器種を選び〔宮井1994〕，乾燥・焼成について大型土器の製作に伴う問題をも解決した上で，成人甕棺葬を「墓制」として確立できたのである。結集，定型化，広域化の後，安定を保ち，やがて解体・消滅する甕棺製作技術の安定性は，墓制と表裏一体であったためである。分布が北部九州に限られるとはいえ，土器製作技術とその社会背景を考える上で，甕棺は軽視できない。大型土器を墓制に利用する試みは，畿内では円筒埴輪を待たねばならない。

菱田哲郎の述べるように，「五世紀末を中心とする工人の移動による技術の伝播」の背景に「上番にもとづく労働力の編成」を想定〔1992：30〕できるならば，須恵器の広域化の後，その技術は畿内を中心とする社会制度との関係を確立したことになる。

(2)対外的側面

須恵器には土師器や埴輪と異なる側面もある。

極東炻器は基本的に等質な炻器技術により製作されているが，その外観は地域ごとに大きく異なる。器形や色調がはっきり異なり，別の地域の土器を混入しても容易に見分けることができる。技術的に等質である以上，極端な地域差は技術外的規制によるものである。地域性が高杯，器台，長頸壺などに顕著なことから，政治的な支配者の意向が反映されたのではないかと考えられる。小地域間の交流が絶無とは考えられないのに，隣接地の土器の影響を受けたり，折衷土器を生み出した形跡もないまま地域性が存続し，大加耶（高霊）の伸張，続く新羅の征服で，高霊タイプ加耶土器が入り込んだり，新羅土器に転換してしまうことからみて，政治的な支配者の意向という仮説は承認できる。政治支配と土器への規制が結合しており，「違いを強調する意図」を想定できる。

違いの強調を5世紀前半の地域性の発現の時点に求めるなら，須恵器の登場は同時期に当たる。陶邑産須恵器は異常に広い分布を示すが，極東炻器の地域性の一つと理解することもできる。

須恵器に土師器や埴輪の技法・外観が取り入れられたことは，須恵器がほかの極東炻器とは異なる外観を獲得したことを意味する。須恵器を極東炻器の一員とみるならば，須恵器の独自性は，極東炻器の地域性の一つとしての一人前の地位を確立したことを意味する。須恵器の定型化と広域化は，朝鮮半島に対して倭国の独自性を示し，九州までがその勢力圏であると主張する機能を果たしたと考えられる。ただし，畿内政権がそれを意図していたかは推し量りにくい。

人や土器の往来にもかかわらず，極東炻器の生産における規制が排他的で強固であり，政治支配と結合していると考えるならば，朝鮮半島の特徴ある陶質土器の分布地内で須恵器の出土が点的にみられる例を集積しても，倭国による政治支配の根拠にはなりにくい。

6.課題－青海波紋の問題－

前章までで，横山の予察を追証し，須恵器製作における工房の風景を幾分なりとも復元し，工人の意図と，その政治的背景に，わずかながら接近しえたと考えるが，どうであろうか。

しかし，本稿のきっかけとなり，第4章で集中的に分析した青海波紋に関しては，第5章の考察でも解釈しきれていない。本稿の結びに代えて，青海波紋の問題を論ずることとする。

亀田修一は，須恵器の叩きに無紋当て具が使われた例を示し，内面スリケシとされたものに無紋当て具使用のものが，半スリケシとされたものに年輪の浮き出しかけた木製無紋当て具使用のものが，それぞれ含まれていることを指摘した〔1989：287-293〕。興味深い指摘だが，疑問も残る。木製無紋当て具の年輪が浮き出す過程で叩き目が変わるなら，各時期の須恵器に，内面無紋の甕，内面青海波紋が不明瞭な甕，内面青海波紋が明瞭な甕が混在しそうなものである。現実には，かかる現象は5世紀頃にはみられるが，5世紀末以後は青海波紋が盛行することを亀田自身が指摘している〔1989：278〕。これについて亀田は解釈を保留し，郭鍾喆の研究〔1987：480〕を引用して，朝鮮陶質土器にも同様の時期的変化が窺われると述べるにとどまっている〔亀田1989：294〕。

既存炻器に内面叩き目が目立たないのは内面をナデ消す場合が多いことと関係している。5世紀における3様の内面の混在は，ナデ消しを行わなくなった，またはナデ消さないものの度合いが増加したことを示す。内面が見えにくいための「手抜き」だろうか。

本稿で分析したように，須恵器では，3様の内面の混在から青海波紋の盛行に移行するに当たって，内面を青海波紋で統一するため工具が整えられている。これは，内面もまた見る・見られる対象となったことを意味する。須恵器内面の車輪紋叩き目が，窯印であったとしても，木材の亀裂の紋様化であったとしても，内面が見る・見られる対象であればこそである〔横山1981：13〕。内面に「手抜き」が許容されると，器面に残った叩き目が紋様として認識され，やがて意図的に施紋されるようになったということだろうか。縄紋土器の紋様の変遷には，こうした「獲得形質の遺伝」モデルとも呼ぶべき説明がなされることがあるが，極東炻器にも援用できるかも知れない。

「手抜き」される見ない・見られない内面から，施紋される見る・見られる内面への変化は，技術的な理由では説明できない。極東炻器の地域性が顕著になる5世紀から6世紀にかけて各地で起こる現象であれば，在地の伝統に帰することもできない。内面という，具体的用途にも社会的機能にもかかわりにくい部位で，しかも朝鮮半島と日本で同様の変化があるなら，これは需要者の意向によるものではなく，工人間で何らかの情報交換が成立していたことを意味するのだろうか。

本稿もまた，青海波紋の盛行の意味を解明することはできなかった。この問題は，地域性発現後の各地の極東炻器に共通の変遷が想定される可能性とともに，今後の課題としよう。

（1996年4月15日）

本稿を草するに当たって，比恵遺跡群第51次調査とその報告に協力された関係各位，また，多くのご教示を賜った金斗喆氏，久住猛雄氏，佐藤一郎氏，瀧本正志氏，武末純一氏，寺井誠氏，中村啓太郎氏，野口未幾氏，山村信榮氏，吉留秀敏氏，力武卓治氏に謝意を表します。

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白井克也編 1996『比恵遺跡群21－第51次調査の報告－』福岡市埋蔵文化財調査報告書第452集
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武末純一 1988「朝鮮半島の布留式系甕」『日本民族・文化の生成1』827-843頁
武末純一 1993「朝鮮半島と日本の土器」『伽耶と古代東アジア』239-265頁
都出比呂志 1974「古墳出現前夜の集団関係－淀川水系を中心に－」考古学研究第20巻第4号，20-47頁
都出比呂志 1982「畿内第五様式における土器の変革」『考古学論考』215-243頁
西健一郎編 1994『九州大学埋蔵文化財調査報告第三冊』
西弘海 1979「西日本の土師器」『世界陶磁全集2 日本古代』155-169頁
西弘海 1986「平底の土器・丸底の土器」『土器様式の成立とその背景』167-205頁
橋口達也 1982「甕棺のタタキ痕」『森貞次郎博士古稀記念古文化論集上巻』471-479頁
菱田哲郎 1992「須恵器生産の拡散と工人の動向」考古学研究第39巻第3号，20-32頁
正岡睦夫 1990「愛媛県越智郡玉川町出土の土製当て具」遺跡第32号，85-88頁
宮井善朗 1994「弥生時代前期末～中期前半の甕棺について－城の越式甕棺を巡って－」『飯氏遺跡群2』202-206頁
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横山浩一 1980「須恵器の叩き目」史淵第117輯，127-155頁
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横山浩一 1982a「佐賀県横枕における大甕の成形技術－現存する叩き技法の調査－」九州文化史研究所紀要第27号，53-107頁
横山浩一 1982b「狸山A遺跡出土須恵器の渦巻文叩き目をめぐって」『森貞次郎博士古稀記念古文化論集下巻』1191-1194頁
横山浩一 1987「須恵器製作用叩き締め道具の新例－九大筑紫キャンパス内出土品－」『東アジアの考古と歴史下』127-134頁
米田文孝 1982「弥生後期型甕から布留型甕へ－製作技法の変遷を中心にして－」ヒストリア第97号，1-21頁

挿図出典

Fig.1 a)〔横山1980：第3図〕，b)〔横山1980：第5図〕，c) 1〔西編1994：第326図2〕，2〔横山1987：第1図2〕，3〔西編1994：第326図1〕
Fig.2 a)〔筆者作成〕，b)〔阿部高士，小南裕一，品川厚実測〕，c)〔筆者実測〕
Fig.3 〔筆者実測・作成〕
Fig.4 a)〔筆者作成〕，b)〔筆者作成〕，c)〔西編1994：第325図10〕，d)〔佐原1972：第22図〕
Fig.5 〔筆者作成〕
Fig.6 13・14・15・16・17・18〔筆者実測〕，20〔正岡1990：第2図〕
Fig.7 〔筆者作成〕
Fig.8 〔筆者作成〕
Fig.9 〔筆者作成〕

須恵器甕の叩き出し丸底技法と在来土器伝統

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