木村朗国際関係論研究室
コラム・バックナンバー

Last Update :01/02/01 

 

No.35

 

TITLE:「劣化ウラン弾」をめぐる報道のあり方への疑問 DATE:31Jan. 2001 

       

このところ、NATO軍によるユーゴスラヴィア空爆の際に使用された劣化ウラン弾をめぐる問題が日本を含む先進諸国のメディア・新聞各紙を賑わしている。しかし、この問題をめぐる報道のあり方には強い疑問を感じざるを得ない。まず、ユーゴ空爆に参加して帰還したNATO軍兵士の中から白血病・癌などの症状で数名の死者を出すにいたって初めてこの問題がまともに取り上げられるようになったことである。劣化ウラン弾の危険性については、すでに1991年の湾岸戦争後に「湾岸症候群」と呼ばれる被爆に起因する障害が帰還した多国籍軍兵士(特に米英軍兵士)の間で表面化し、劣化ウラン弾使用との関連が多くの専門家によって指摘されていた。また、ボスニア紛争の際にも劣化ウラン弾の使用とその後遺症が注目を集めていたばかりでなく、今回のコソヴォ紛争でもNATO空爆の最中から劣化ウラン弾使用による深刻な人的被害と環境破壊が懸念されていたのである。そして実際に、湾岸戦争では約100万発(300t相当)、ボスニア紛争では10800発、ユーゴ空爆では31000発の劣化ウラン弾が使用されたとされ、すでにボスニアやコソヴォからの帰還兵の中からかなりの死者が出ているのである(特に、ボスニアでの劣化ウラン問題については、大塚真彦氏の「(旧)ユーゴ便り」第41回を参照)。

 

次に、このような報道の仕方が「異常」と思われるのは、ユーゴ空爆に参加して帰還したNATO軍兵士の健康問題のみが注目されているからである。NATO軍によるユーゴ空爆が本当に「人道的目的」であったならば、コソヴォやセルビア・モンテネグロ(そして、ボスニア、イラクも)の投下対象となった地域住民(アルバニア人ばかりでなく、セルビア人・モンテネグロ人も当然含まれる)全体の生命・健康問題がまず第一に考えられなければならない。しかし、NATO空爆の最中もそうであったように、現実にはNATO軍兵士の犠牲回避が最優先されているのである(いうまでもなく、湾岸戦争・ボスニア紛争にもあてはまる)。このことは、「人道のための戦争」・「正義の戦争」と宣伝されたNATOによるユーゴ空爆が、実は「アルバニア系住民の保護・救済」のためなどではなく、NATO自体の利益(生き残り・存続強化)のためであったことと無関係ではない(拙稿「『ヨーロッパの周辺事態』としてのコソボ紛争―NATO空爆の正当性をめぐって―」を参照)。

 

劣化ウラン弾は、敵側の戦車・装甲車などを破壊する目的で「貫通性」を高めるために放射性弾頭を用いた一種の「(核爆発のない)核兵器」(米英軍の戦車・戦闘機などに装備)であり、米国が日本に投下した原子爆弾やベトナム戦争で使用した枯れ葉剤などと同様の非人道的兵器であることは明白である。NATO空爆(あるいは湾岸戦争・ボスニア紛争)における劣化ウラン弾の使用は、明らかな「国際人道法違反」・「戦争犯罪」であり、勝つため(自国民の犠牲を最小限にするため)には手段を選ばない米国流の戦争の特徴を如実に物語っているといえよう。そのことと関連して注目されるのは、湾岸戦争の際の「湾岸症候群」と比べて顕著なのは、「湾岸症候群」にかかった多国籍軍兵士の多くが米英両軍の兵士であった(米英首脳は劣化ウラン弾の危険性をその段階でもある程度知りながら戦場での勝利・犠牲回避を優先してそれを使用したといわれる)のに対して、今回の場合(「コソヴォ症候群」、あるいはボスニア紛争の場合も含めて「バルカン症候群」と呼ばれる)は、米英両軍を除く他のNATO軍(特に、ドイツ、イタリア、ベルギ−、ポルトガル、ドイツなどの兵士)から多く犠牲者が出ていることである。これは、劣化ウラン弾の危険性を知る米英首脳が自国軍兵士の安全には配慮しながら(米英軍は劣化ウラン弾の最多投下地域の担当からなるべくはずされ、また米英軍が劣化ウラン弾を回収する際には汚染防止措置がとられたといわれる)、他の同盟国首脳やNATO軍兵士にも知らせずにそれを使用・放置したからである。NATO空爆の際に生じた中国大使館「誤爆」事件でも示されたような米国の単独行動主義・秘密主義がここにもあらわれているといえよう。

 

こうした事実がこれまで明らかにならなかった理由は、米英首脳が意図的に劣化ウラン弾に関わる情報を隠蔽してきたためばかりでなく、ボスニア政府やコソヴォのアルバニア人指導者が平和履行部隊(IFOR)・平和安定化部隊(SFOR)やコソヴォ展開部隊(KFOR)の縮小・撤退を恐れて抗議・公表を控えたこと、また米英以外のNATO加盟国指導者が米欧間の亀裂・対立を恐れて真相究明に及び腰であったこと、そしてイラクの場合には「独裁者」フセインが「勝利」を演出するために自国の被害・犠牲を最小限に見せかけようとしたことなどがあげられる。

 

ここでNATO(とりわけ米英)首脳がまず行うべきことは、コソヴォおよびセルビア・モンテネグロ(そして、当然ボスニア、イラク)での住民の健康調査・治療と劣化ウラン弾の処理・汚染防止であり、徹底した実態調査(因果関係の徹底究明と現地調査の早期実施)・責任者処罰と被害住民への謝罪・補償である。劣化ウラン弾の使用禁止・廃棄が必要であることはいうまでもない。この点で、米国の同盟国でかつ「唯一の」被爆国であり、沖縄の鳥島での演習(1995年〜96年)で1520発の劣化ウラン弾が使用された事例がある日本も無関係ではない。この問題で明確な立場・見解を示そうとしない日本政府は、そうした曖昧・無責任な対応・姿勢を根本的に転換して、米国に対して、未だに沖縄の嘉手納基地に劣化ウラン弾が貯蔵されているという情報をまず確認した上で、劣化ウラン弾の持ち込みと配備・使用への反対姿勢を明確に打ち出すべきである。

 

2001年1月31日

                        木村 朗

                                               

   

 

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