◆「地域の<市民による>平和運動」◆
地域(九州・沖縄)から問う安全保障−「市民による安全保障」を求めてて
               木村朗(鹿児島大学、平和学・国際関係論)
 
最初に触れておきたいのは、平和研究・平和教育・平和運動の三位一体の重要性です。
「九州・沖縄の平和学」という視点から、このことを体現されていたのが故鎌田定夫先生
(長崎平和研究所所長)でした。鎌田先生は、「理論(研究)と実践(運動)の統一」と
いう立場を強調され、「九州・沖縄」あるいは「長崎」という「地域」から平和を考える
と同時に「市民」(特に「被爆者」の方々)とともに平和を創り出すことの意義を身をも
って示された方でした。また、「被爆体験の思想化」を終生のテーマとされ、特に外国人
被爆者と日本の戦争責任という視点も含めた「原爆と戦争の全体構造」の統一的把握の重
要性を提起されました。21世紀に残された課題としてそれを受け継いで探求していくこ
との大切さを、特に若い皆さん方にあらためて考えてもらいたいと思います(「平和問題
ゼミナ−ル」のHPを参照、http://www.ops.dti.ne.jp/~heiwa/)。
 昨年の9・11対米テロ事件で明らかになったことは、世界最強の軍事力をもってして
も国民の安全を守ることはできないという事実であり、これまでの安全保障概念は根本的
見直しを求められることになりました。しかし、その後のブッシュ政権の対応は、あくま
でも従来型の「国家(あるいは軍事力)中心の安全保障」や「(集団的自衛権に基づく)
軍事同盟」を強化・拡大することによって危機を乗り切ろうとする、まったく見当違いの
ものでした。
いま本当に求められているのは、こうした旧来型の「国家の論理」に基づく「力による平
和」ではなく、「人間の安全保障」の実現と「(国連を中心とする)集団的安全保障」の
再編・強化をはかるという選択です。それは、紛争の根本原因である飢餓・貧困・差別な
どの「構造的暴力」の克服をめざし、市民・NGO・自治体などが「積極的平和」を創造す
る主体となり、その世界的・地域的ネットワークの構築と国境を越えた市民社会の形成を
追究する「地球市民主義」を意味しています。
より具体的には、冷戦後の日米安保体制において新たな軍事戦略拠点として重視されつつ
ある「九州・沖縄」という一つの「地域」から、平和を創造する主体としての「市民」の
側が、「安全保障(外交・防衛)問題」を地球的規模で考え、「国家」の側とは異なるも
う一つの「平和戦略(=平和憲法を活かす具体的構想)」を考え行動することが鍵になっ
てきます。この点で、労組・政党や特定の平和活動家が中心となった従来型の平和運動(
「守る平和」)ではなく、普通の市民、特に女性や若者が気楽に参加して音楽や絵画など
多様な手段で自己表現をし、在日外国人との連帯やインターネットを通じた国際的ネット
ワークをも創ろうという新しい平和運動(「創る平和」)が登場しているのが注目されま
す。「自分たちの安全は自分たちの手によって守る」という「市民による安全保障」、自
治体・地方(「周辺」)を主体とする「地域から問う安全保障」という新しい考え方です。
9・11対米テロ後、日米軍事同盟をさらに強化・拡大する動きがある一方で、国家の側
から有事法制の整備が執拗に提起されています。このような状況下で、全国各地でそれに
反対する地域の平和運動の側も大きな正念場を迎えています。その中でも、地域と市民の
視点から最も注目されるのが、高知、函館、小樽、石垣、鹿児島など全国各地で取り組ま
れている港湾の非核化、すなわち「非核神戸方式」の導入を求める動きです。これは、「
脱国家」・「脱軍事」の動きを創り出そうとする試みにも通じると考えられます。
ここ鹿児島でも今年5月25・26日に函館(1999年)・横須賀(2000年)に次
ぐ第三回目の「非核・平和条例全国交流集会」が開催されました。この運動の最大の意義
は、国是である「非核三原則」と日米安保体制の下でのアメリカによる「核の傘」の提供
とは両立不可能であるということ、国民の安全のためには国家中心の「軍事的安全保障」
よりも「人権」を最優先する人間中心の「非軍事的安全保障」が一番有効であること、ま
たそのために自治体の持つ「平和力」を地域住民(市民)が育てていくことが最も大切で
あること等を明らかにした点にあると思います(詳しくは、「いのくら」基地問題研究会
編『私たちの非協力宣言−周辺事態法と自治体の平和力』明石書店、2001年を参照)。
このように、「平和学を学ぶ」ということは、単に「戦争の原因と平和の条件」を探ると
いうばかりでなく、一人の人間としてお互いが苦悩・希望と智恵・情報を共有しながら、
困難な状況と真正面から向き合い、その中から最良の選択をして真の意味での「平和」を
創り出していくことに他なりません。若い皆さん方の中から一人でも多く「実践的な平和
学」を志向する人が出てくることを願っています。
 
コラム 印象に残る平和のシーン
旧ユーゴのボスニア・ヘルツェゴヴィナ共和国にある2番目の都市モスタルにかかってい
た古い橋(「スターリ・モスト」と呼ばれた)。旧ユーゴ留学中の1986年・夏にその
橋を訪れて、その下に流れるネレトヴァ川で現地の子供たちと泳いだ記憶(かなり冷たか
った!)が鮮明に焼き付いている。内戦中にクロアチア勢力によって破壊されたが、現在
EUなどの協力によって再建中である。
 
プロフィール
木村  朗(KIMURA AKIRA、47歳、鹿児島大学法文学部教授、平和学・国際関係論専攻)。
1954年8月北九州市小倉生まれ。1988年3月九州大学大学院法学研究科博士課程単位取得退学、
1985年9月から87年3月まで旧ユ−ゴのベオグラ−ド大学へ政府交換留学生として留学。
同年4月より九州大学法学部助手を経て、同年10月より鹿児島大学法文学部助教授、2001年4月
より同教授。現在の主なテ−マは、旧ユ−ゴ紛争と国連PKO、日米安保体制と沖縄問題、原爆
投下・日本降伏問題など。自主ゼミで社会人も参加できる「平和問題ゼミナール」を1997年2月
から毎月1、2回のペ−スで開講。市民グル−プによる「かごしま平和ネットワ−ク」、「21
活憲ネットかごしま」、「STOP報復攻撃かごしま市民の集い」などに参加。

論文「地域から問う平和戦略の構築−新ガイドライン安保体制と『九州・沖縄』」

『地域から問う国家・社会・世界−「九州・沖縄」から何が見えるか』ナカニシヤ出版、平成12年9月。

    写真

イージス米巡洋艦モービルベイの鹿児島港入港(1999.10.28)に「かごしま平和ネットワーク」のメンバーとともに反対する

      

 
 

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Composed by Katsuyoshi Kawano ( heiwa@ops.dti.ne.jp )