0.はじめに
 住基ネットについては私も反対です。
 しかしマスコミの報道は「我々は番号で呼ばれたくない」といった感情論や事実をゆがめた報道による反対が目立ちます。

 このことは国民全体の誤解を招きます。こういった「手段を選ばずに誤解させ」反対に導くという手法は、正しい情報を伝えるべき(特に大手)マスコミの姿勢として許せません。

 そこで、ここではそのあたりを整理した上で反対論を書いてみたいと思います。
 

1.住民基本台帳法とは?

  住民基本台帳法とはそもそもなんでしょうか。

 住民基本台帳法とは、市町村が台帳を作成することにより、その市町村の住民であることの証明及び把握をすることで、行政事務及び行政サービスを効率化するためのものです。
 これにより住民票の発行などを行い、公的証明も可能にしています。
 そしてこれは昭和42年に公布されています。

(参考)住民基本台帳法
第一条  この法律は、市町村(特別区を含む。以下同じ。)において、住民の居住関係の公証、選挙人名簿の登録その他の住民に関する事務の処理の基礎とするとともに住民の住所に関する届出等の簡素化を図り、あわせて住民に関する記録の適正な管理を図るため、住民に関する記録を正確かつ統一的に行う住民基本台帳の制度を定め、もつて住民の利便を増進するとともに、国及び地方公共団体の行政の合理化に資することを目的とする。

 さて、最近問題になっている「住基ネット」とは何かといいますと、これは全国の市町村がそれぞれに管理していた「住民基本台帳」を都道府県共有のサーバで一括管理し、他の市町村でもその情報を抜き出すことができるようにする、というものです。

 用途としては、
1)住所以外の自治体で住民票が発行できる(例えば勤務先の東京で自宅のある住民票がもらえる)
2)他法令の整備により、役所関係の申請で住民票の添付を義務づけている場合、その添付を不要にする(これは半ば強制的に各省が今やらされています)
3)主婦などサラリーマンでない場合、公的証明書が必要な場合、お金をかけてパスポートまたは運転免許証 などをとらざるを得ませんが、それを「住民基本台帳カード」に代えることで公的証明とするなどが主要なポイントです。
 ゆくゆくはすべての申請をオンラインでできれば、というものです。

 さて、そういった住民基本台帳法の一部を改正する法律(平成11年法律第133号)が大きな問題となっております。
 反対派の意見を大きくまとめてみますと

1.前提となる個人情報保護法案がないとプライバシーが守られない
2.すべてを国に管理される管理社会への第一歩
3.地方自治体の要望を全く聞かない横暴

といったところだと思います。

 これらは基本的には法律の理解不足(勉強不足か故意かは別として・・)が原因だと思いますので、ここでご説明したいと思います。

 私はこの法案に反対ですが、論点がずれているものや感情的な反論は問題の本質をついていない上、誤解を国民全体に植え付ける可能性があると考えます。
 正しい内容の理解に基づく正しい批判が民主主義で最も重要だと考えます。
 

2.「個人情報保護法案がないとプライバシーが保護されない」

 この論を行政のプロであるはずの市町村が唱えているのは驚きです。

 というのも、行政には法令や条例に基づく法施行事務と、法律に基づかない政策的案件があります。
 「脱ダム」などの政策的案件と異なり、この問題は法令に定められたことだからです。

 法令に定められたことを誤解していると言うことは、行政マンとして、「法令を十分把握せずに適当に文句を言っている」ということなのです。
 担当者レベルなら、上司が指摘し、改善もできるでしょう。しかし、上司がそうだとしたら、法律を施行する責任者がその根拠を理解していないと言うことなのです。

 例えば、弁護士が、担当している事件に関する法律をよく理解していないということなのです。その結果、最終的に被害を受けるを受けるのは弁護を頼んだ人です。

 これと同様に、法律に携わる公務員が法律を把握していないということは、すなわちその地方公共団体の住民の方が被害を被るということなのです。

 逆にこのようなことを平気で述べている市町村の主張がいる住民の方は、その首長(あるいは局長など)を疑ってかかるべきです。もちろん市町村には法律のプロが多数います。きっとその声が伝わっていないのでしょう。ベテラン軽視、パフォーマンス重視の弊害です。

 それではどこがおかしいのか、具体的に見てみます。
 まず、「個人情報保護法案がないと」の部分です。

 この主張から、平成14年に通常国会に上程された論議を呼んだ個人情報保護法案(以下は単に「個人情報保護法案」と略します)を彼らは読んでいないで適当に「個人情報保護」を主張しているのが明白になってしまうからです。

 では、問題の住民基本台帳法と個人情報保護法案の条文を読んでみましょう。
 まず、「住民基本台帳法」です。

 もし、公務員以外の住基ネットを扱う者(今は財団法人地方自治情報センター)が違法に個人情報を漏洩したらこういう罰則になります。

 (役職員等の秘密保持義務等) 
第三十条の十七  指定情報処理機関の役員若しくは職員(本人確認情報保護委員会の委員を含む。第三項において同じ。)又はこれらの職にあつた者は、本人確認情報処理事務等に関して知り得た秘密を漏らしてはならない。
2  指定情報処理機関から第三十条の十一第一項の規定による通知に係る本人確認情報の電子計算機処理等(電子計算機処理又はせん孔業務その他の情報の入力のための準備作業若しくは磁気ディスクの保管をいう。以下同じ。)の委託を受けた者若しくはその役員若しくは職員又はこれらの者であつた者は、その委託された業務に関して知り得た本人確認情報に関する秘密又は本人確認情報の電子計算機処理等に関する秘密を漏らしてはならない。
3  本人確認情報処理事務等に従事する指定情報処理機関の役員及び職員は、刑法 (明治四十年法律第四十五号)その他の罰則の適用については、法令により公務に従事する職員とみなす。
第四十二条  第三十条の十七第一項若しくは第二項、第三十条の三十一第一項若しくは第二項又は第三十条の三十五第一項から第三項までの規定に違反して秘密を漏らした者は、二年以下の懲役又は百万円以下の罰金に処する。

一方「個人情報保護法案」です。

  (安全管理措置)
第二十五条 個人情報取扱事業者は、その取り扱う個人データの漏えい、滅失又はき損の防止その他の個人データの安全管理のために必要かつ適切な措置を講じなければならない 
 (勧告及び命令)
第三十九条 主務大臣は、個人情報取扱事業者が第二十一条から第二十三条まで、第二十五条から第三十二条まで又は第三十五条第二項の規定に違反した場合において個人の権利利益を保護するため必要があると認めるときは、当該個人情報取扱事業者に対し、当該違反行為の中止その他違反を是正するために必要な措置をとるべき旨を勧告することができる。
2 主務大臣は、前項の規定による勧告を受けた個人情報取扱事業者が正当な理由がなくてその勧告に係る措置をとらなかった場合において個人の重大な権利利益の侵害が切迫していると認めるときは、当該個人情報取扱事業者に対し、その勧告に係る措置をとるべきことを命ずることができる。
 3 主務大臣は、前二項の規定にかかわらず、個人情報取扱事業者が第二十一条、第二十二条、第二十五条から第二十七条まで又は第二十八条第一項の規定に違反した場合において個人の重大な権利利益を害する事実があるため緊急に措置をとる必要があると認めるときは、当該個人情報取扱事業者に対し、当該違反行為の中止その他違反を是正するために必要な措置をとるべきことを命ずることができる。
第六十一条 第三十九条第二項又は第三項の規定による命令に違反した者は、六月以下の懲役又は三十万円以下の罰金に処する。

 これを見ると、明白です。

 住民基本台帳法がみなし公務員規定(第三十条の十七第三項)及び第四十二条で二年以下百万円以下の罰金であるのに対し、個人情報保護法案は第三十九条でまず是正勧告(同条第一項)、それでダメなら是正命令(同条第二項)、それでもダメで初めて中止命令なのです。しかも罰則は命令違反に対する罰則であり、違法行為に対する罰則ではないのです。

 そう、個人情報保護法案の方が甘いんですね。

 ですから、「個人情報保護法案がないから・・」なんて言うのは詭弁です。あっても現行のままなら改正後の住民基本台帳法の範囲内で十分なのです。そういう人々は法案を十分に読んでいないと断言できます。

 仮に個人情報保護法案が不備だ(甘い)、というなら「個人情報保護法案を強化せよ」という話が出るはずです。しかし市町村からは出ていないわけです。

 今は全国市長会をはじめ、様々な要望の方式があります。極論すればマスコミを味方に付ければ何でも国にもの申すことができるわけです。

 しかし、していない。

 彼らの主張の裏である「個人情報保護法案があれば大丈夫」というのが実は、単に国への責任転嫁だけであり、全然大丈夫ではないのです。
 「市民の情報を守れない」というのが本気で言っているのか大いに疑問です。

 さらに市町村が「機密の漏洩懸念」といっているのはその所属の都道府県と財団法人地方自治情報センターそして他の市町村が対象なんです。
 
 例えば福島県の矢祭町の例で言えば、副知事などがたびたび訪れているとか。当然「自分の県の職員は大丈夫、だから加わってくれ」という説明だと思います。

 しかし、それを「信用できない」というのであれば、やはり、地方公務員の故意による守秘義務違反を死刑にでもする、という地方公務員法改革案を全国市長会会などで出すべきです。
 私はそれが国家公務員に適用されても結構です。故意で守秘義務に違反することはないからです(過失なら、システムの問題など論点がありうるので即死刑は納得行きませんが)。
 つまり、行き着くところは住基ネットの情報漏洩の問題は、原則的には公務員の守秘義務の問題だということです。

※クラッカー等のネットそのものに関する問題ももちろんありますが、それを言い出すとオンラインシステム自体が成り立たないので、ここでは取り上げません。ついでに言えば私は個人情報についての電子政府化は反対の立場なのでなおさらです。今回は法律論に特化させてください。

 要は、個人情報保護法案をきちんと読んでおり、「住民の個人情報を守る」という意識があるのであれば、法案提出の前後から「罰則が甘すぎるので地方公務員法を強化すべき」という意見書を出すはずです。しかし、どの市町村も出していません。

 いかに、今回の不参加の「理由付け」が場当たり的かの証明です。

 さらに、例えば国分寺市では5日の運用開始時に市長自らが回線を切断するとか。

 これをパフォーマンスといわずして何というのでしょうか。

 不満であれば事務的に回線を接続しなければいいのです(法律違反ですが)。そして淡々とそれを市民に伝えればいいだけです。
 なぜ市長自ら切断し、それをマスコミに公表するのでしょう?まさしく「選挙を見据えたパフォーマンス」です。

 しかも、市民にパンフレットを作成して説明するそうです。単純に費用が@300円だとしても30万人都市なら実に1億円の出費です。

 いやはや。

 この市長は平成11年の法案成立から今までなにやってきたのでしょうか?普通の市には「市報」というものが月に1回発行されていると思うのですが。これまでそれに掲載していればタダではないですか。

 パンフレットの費用は税金であることを認識してほしいと思います。

 そういった市長が「お上にたてついた」と言うことでヒーロー扱いされるのは明らかに情報操作であり、危険なことだと思います。

 むしろ、それまで必要な策をとっていなかった上、無駄な1億もの支出を行い、さらには法案も理解していない愚かな市長ということではないでしょうか。

 最後に、最も重要な点を。

 個人情報保護法案は広く社会全般に対するものです。他方、住基ネットでカバーするべき対象は実は公務員(みなし公務員も含む)とクラッカーだけなのです。
 これ以外の民間企業などは住民基本台帳の内容をそもそも入手できないですから。

 それすら理解していないのでは?という疑いを私は持っています。
 市民を考えていない”市民派”のパフォーマンスに御用心を・・。

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