5.私の考え方

  私自身はこの法案に反対です。理由は次の3点です。

1.コストパフォーマンスが悪すぎる
2.個人情報に対する意識
3.国、自治体のネットに関する能力不足

 まず1つ目です。

 都市圏のサラリーマンは、朝出勤して夜帰ってきたら、特に独身者は住民票など地元でとるためには半日休みを取らないといけません。
 これは、税務署の東京駅などの出張確定申告サービスが好評なのと同じ理屈で、サービス自体は必要なことだと考えます。
(新聞で「住民票を取るのは一生に何回あるのか」と批判する評論家がいましたが、この評論家は結婚による変更、パスポート、児童手当など様々な手当の要求、引っ越し、税、口座開設など様々な手続きをほとんど自分でしない幸せな(特殊な)人だと言えます。)

 そして会社勤めをしていない人(例えば定年退職後の高齢者、専業主婦、フリーター)向けの身分証明書たる「住基カード」は、これまで運転免許書が身分証明書わりだったというゆがんだ形態が直される上、わざわざ多額の金を掛けて免許を取らなくてすむ、また高齢者が免許をなくしたあとも公的機関からの身分証明を受けられるというすばらしい利点があります。

 しかし、問題はそのサービスに要するコストです。

 これは「高速道路はあった方がいい」というのと同じ理屈で、費用対効果が勝っているかどうかをまず検討すべきだと思います。

 私は、このためにわざわざ財団を作り、システムを構築し、その維持費に相当額(億単位の金)をかけるのであればやはりコストパフォーマンスに合わないと思います。

 それなら、例えば土曜日又は日曜日の午前中だけでも市役所を空けて住民票を発行する方がより適切だと思います。

 そして「住基カード」については、別に「住基ネット」がなければできないという性質のものでもないので、仮に住基ネットがダメであっても早急に行うべき施策ではなかったか、と思います。
 
※余談ですが、住基ネットは「国の」と報道されていることで、国が管理者のように聞こえますが、実際は都道府県住基ネットについて行うべき事務のうち、住民基本台帳法第三十条に定める業務をこの財団地方自治情報センターに委託(ほぼ丸投げ)するという複雑な形式を取っています。
 
 2つ目の個人情報に対する意識についてはこれはむしろ公務員としての根本の問題かもしれません。
 ある新聞で、今回の個人情報保護法案がない場合の危険性として、「知人に頼まれたからちょっと調べた」などと抜かすバカ公務員の例がモザイク入りの証言で紹介されていましたが、しかしそれは個人情報保護法案以前に国家(地方)公務員法違反なのです。住基ネット以前の問題です。
 そういう馬鹿者が国や地方自治体にほんの一部でも存在すること自体、きわめて危険なわけです。

 もちろん、テレビなので、それが「やらせ」の可能性も十分あります。しかし、公務員による情報の流出は最近新聞をにぎわせております。またにぎわせていない「軽い気持ち」もあるやに聞きます。
 住基ネットとは、全国のものです。「近所の噂」とか「組織内のみの情報漏洩」ではすまないということです。

 ここで地方公務員法、国家公務員法、住民基本台帳法の条文を見てみます。

国家公務員法
(秘密を守る義務)
第百条  職員は、職務上知ることのできた秘密を漏らしてはならない。その職を退いた後といえども
 同様とする。
A  法令による証人、鑑定人等となり、職務上の秘密に属する事項を発表するには、所轄庁の長
 (退職者については、その退職した官職又はこれに相当する官職の所轄庁の長)の許可を要する。
B  前項の許可は、法律又は政令の定める条件及び手続に係る場合を除いては、これを拒むこと
 ができない。
C  前三項の規定は、人事院で扱われる調査又は審理の際人事院から求められる情報に関しては、これを適用しない。何人も、人事院の権限によつて行われる調査又は審理に際して、秘密の又は公表を制限された情報を陳述し又は証言することを人事院から求められた場合には、何人からも許可を受ける必要がない。人事院が正式に要求した情報について、人事院に対して、陳述及び証言を行わなかつた者は、この法律の罰則の適用を受けなければならない。

第四章 罰則
第百九条  左の各号の一に該当する者は、一年以下の懲役又は三万円以下の罰金に処する。
 一〜十一 (略)
 十二  第百条第一項又は第二項の規定に違反して秘密を漏らした者
 十三  (略)


地方公務員法
(秘密を守る義務)
第三十四条  職員は、職務上知り得た秘密を漏らしてはならない。その職を退いた後も、また、同様
 とする。
2  法令による証人、鑑定人等となり、職務上の秘密に属する事項を発表する場合においては、任
 命権者(退職者については、その退職した職又はこれに相当する職に係る任命権者)の許可を受
 けなければならない。
3  前項の許可は、法律に特別の定がある場合を除く外、拒むことができない。

(罰則)
第六十条  左の各号の一に該当する者は、一年以下の懲役又は三万円以下の罰金に処する。
 一  (略)
 二  第三十四条第一項又は第二項の規定(第九条第十二項において準用する場合を含む。)に違
  反して秘密を漏らした者
 三 (略)

 
住民基本台帳法
 (秘密を守る義務)
第三十五条  住民基本台帳に関する調査に関する事務に従事している者又は従事していた者は、
 その事務に関して知り得た秘密を漏らしてはならない。
第四十五条  第三十五条の規定に違反して秘密を漏らした者は、一年以下の懲役又は三十万円
 以下の罰金に処する。


 このように、公務員としては、職を退いた後も守秘義務がかかるとともに、住民基本台帳に関する調査ですら「従事していた」者も対象なのです。住基ネットに関する「個人情報」は、基本的には公務員(みなし公務員含む)の守秘義務に関する問題が大きいと思います。

 いくらネットのセキュリティを強化したところで、根本の職員から漏れては意味がないのです。このあたりをきちんと理解しているのか。性善説で配属当日に宣誓をし、サインしてはんこ押したから大丈夫だろうというのではあまりにも甘いと思います。
 このあたり、難しいのは重々承知ですが、罰則の強化その他何らかの措置が執られないと国民として安心できないと思います。

 最後に、国、自治体のネットに関する能力不足です。
 これは2つあります。ヒトとモノの両面です。
 
 ヒトの面から言いますと、まず、担当官に一定レベルの知識があるか、そして一つは中枢たるネットワーク担当課(室・係)に相応の人材を配しているかどうかです。
 私はこの点について全国レベルでは非常に危惧を抱いています。

 特に2つ目のネットワーク担当課に対する人材についてはお寒い限りではないかと思っています。
 なぜなら、役人は行政官であり、行政官はその職務について勉強しますが、それは素人勉強の域を超えないからです。
 例えば私もHPを持っていますが、素人です。そういった人が突然そういう課に配属される可能性があるといえばわかりやすいでしょうか?

 テレビで住基ネットの研修を受けた地方公務員が「はぁー」とため息をついている場面があり、国の準備不足を強調していました。しかし、研修はマニュアルと一定レベルの知識があれば理解できるし、わからなければ質問しまくればいいだけのことです。そもそも、長時間の研修で疲れただけかもしれません。

 そういういい加減な映像のトリック的なマニュアルの実行ができるかどうかというレベルではなく、仕組みを「自ら」理解する能力のある人がいるか、言い換えればマニュアル外のことが生じた際に対応できる人がいるか、という点です。私は全自治体にいるとは思えません。
※もちろん自治体によってはすばらしい方もいらっしゃるそうですが、ここでは「すべて」の自治体にそういうか方がいるかをポイントにしています。

 モノの面から言いますと、自治体すべてに円滑に業務を行える設備が整っているのでしょうか。「一定の」設備はあるでしょうが、「必要な」設備があるかどうか。
 この点をきちんと見るべきだと思います。
 全国が関係するわけですから一部の裕福な自治体だけを見て「大丈夫」というのは過ちです。

 しかし、全国的に行うサービスである以上、窓口(あるいは情報の集積地)たる地方自治体に最低限の能力が求められます。この点のアンバランスを解決すべきだと思います。
 地方分権だから、そういったヒトやモノをそろえるのは地方自治体の考え方次第というのはあまりにも無責任ではないでしょうか。立案した政府はその点責任を持つべきです。

 このように、実施体制という面で3つの問題がある以上、私は現時点における住民基本台帳法の一部を改正する法律の施行には反対です。

 日本をネット社会に、という壮大な計画を立てるのなら、まず実現可能性を十分に検討し、その方策も立案してからやるべきです。それが政策というモノです。
 もちろん、旗を振らないと進まないというのもあるでしょうが、そのためにわざわざこの法律は経過措置(準備期間)を1年以上とっているわけです。にもかかわらず、この期間を国や自治体(特に国)は有効に使ったとは思えません。
 やはり計画に無理があるか、いい加減な計画であったのではないかと思います。
 このような環境下では少なくとも1年程度は施行を延長すべきだと思います。

 しかし、これは、よく言われる個人情報保護法案の不備、政府の管理社会などとは全く違う問題だと考えています。

 マスコミ的におもしろい上に、勉強していない評論家でも言うことのできる「将来こうなる危険の可能性」を言うする前に、今そこに問題がないのか、そしてその改善策をどうすべきか、まずはこの点について議論すべきだと思います。
 ましてや理論を飛躍させて国民の恐怖を煽る漫画のような論調などでは国民に誤解を与えるだけでなんのメリットももたらしません。しかも誤解ですから真に改善すべき点の改善がおざなりになってしまい、結果的にも大きな問題が生じるように思えます。

 ちなみにネットという広い意味で言えば、今の日本では個人情報をネットでやりとりするには刑罰が甘い、技術者(専門家)の不足、性善説の社会などからも、私はリスクが大きいと思います。


(追伸)
 日弁連が、住基ネットからの離脱を合法とする声明を出しました。
 ポイントはやはり、個人情報の保護が不完全な状況では地方自治体の責務たる「個人情報の管理のための適切な措置」が講じられないため、離脱は当該条文に照らし有効というものです。

 これこそ、「論語読みの論語知らず」ということわざどおりです。

 住基ネットへの接続を前提として保護を求めているものに対し、じゃあ接続を切ってしまえ、これも合法だ、というのはあまりにも強引です。目的のためなら法を逆からでも読むということなのでしょうか。

 さらに、根本論として個人情報の保護=規制強化です。
 同団体のHPをごらんいただければおわかりと思いますが、政府の規制強化には反対なのですね。これまでお読みいただいた皆さんにはおわかりいただけると思いますが、規制強化せずに個人情報を保護するのは不可能です。
 非武装中立と同様です。

 「接続拒否」を合法などといって法をもてあそぶ前に、この法律を市民にとって最良の形で生かすにはどうしたらいいのかよく考えるべきではないでしょうか。
 それが市民にとって最もいい結果を生むと思います。

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