8.民主党は大丈夫か?

1)マニフェスト比較(はじめに)
 
 まず、自民党と民主党のマニフェストを比較してみます。

 私は、マニフェストについてこのように考えます。→こちらへ(エクセルファイル)

 マニフェストの評価についてはそれぞれ皆さんが結論(投票)のための参考の一助としていただければ幸いですが、これ以下で書きたいのは「実施体制」です。

 なぜならば、政策は実施する人が必要で、その業務を「行政」が担っています。ですから、改革政治を行うならその「実施体制」(役人をどう使うか)は非常に重要なことです。

 しかし、民主党は霞が関の職員(本省国家公務員)を叩くことで改革色を出したいあまりに、政権取った後の部下もやはり霞が関の職員であることを忘れているのではないでしょうか。それは、「改革準備委員会報告:「新しい政府」の樹立に向けて」に如実に現れています。

 霞が関の中にも「今の状況はおかしい」という人がたくさんいます。そういう人の存在を無視して、ひたすら霞が関叩きでは、まとまるものもまとまらないと思います。

 確かに「官僚バッシングだけではだめ」と最後に一言書いてますが、雑誌やテレビで毎日悪人扱いされれば「そんな一言だけコメントされても、本音は役人を叩くことで自分を正当化したいのだろ」と思ってしまいます。
 自分を信頼しない上司と良い仕事ができるかどうか。社会人ならわかっていただけると思います。

 「改革」のためには、有能な人材を登用し、霞が関を利用することが第一であり、いきなり霞が関を悪者扱いし、士気を下げることが「改革」ではないと思います。

 そういったことについて、ここでは書いてみたいと思います。
 

2)無茶な政策実行体制

 マニフェストについては1)で個人的に考えを書きました。

 我々は役人である以上、万難を排して「マニフェスト」を実行するということであれば、その実現のためのフォローをせざるを得ません。

 しかし、民主党が別途掲げている「改革準備委員会報告:「新しい政府」の樹立に向けて」(民主党HPで閲覧可能です)をみると、それすらできないと思います。

 確かに今回の民主党の目玉は「政治主導(脱官僚政治)」。
 このキャッチフレーズは(事実かどうかは別として)政治家自身を正しいものとするためには、非常にわかりやすいので、よく使うのはやむを得ないでしょう。

 しかし、実際の行動までキャッチフレーズそのままでは問題です。政策の「企画立案」は実際の行政運営と密接に関係するわけですから、机上の空論では混乱を招く(あるいは無駄な経費がかかって停滞する)だけだと確信します。

 そこで、それについて、現場から見て、民主党の行政運営の考え方ががいかに空理空論かを指摘したいと思います。

 
(参考)民主党の主張
1.首相のリーダーシップを確立するために、「内閣強化法」制定。党の幹事長を内閣府無任所国務相、政調会長を官房長官に指名し、官邸と与党を一体化。
 主要閣僚は官邸に常駐させ、官邸に結集した「政権チーム(=閣僚からなる政治チームとしての内閣)」が基本政策の企画立案を行う。霞ヶ関は細部の設計と、行政の執行に特化する。

2.政治家や民間人を各省庁の局長(約130名)に登用する「政治任用」の導入を目指す。
 政権獲得後、事務次官や主要局長を務める官僚には、いったん辞表を提出させ、新政権の基本政策や運営方針に賛同する官僚だけを再任する。 

3.官僚機構の年功序列を見直し、改革派官僚を年齢性別に関わらず登用。また公募により意欲・能力・実績を有する職員を登用。一般公務員の天下りは禁止するが、民間人の政治任用をしやすくするため、任用した局長級以上については再就職を認めるなど、公務員制度改革。 

4.閣議にかかる法案などを事前に審査しているとされる現在の事務次官会議は廃止し、必要な省庁間の調整は政治家による副大臣会議においてこれを迅速かつ大胆なものとして強化して行う。

5.財務省中心の予算編成も官邸主導に改め、民間人をトップにした首相直属の「行政評価会議」を設置。各省庁の無駄な事業などを徹底的に見直し、新設する「内閣財政局」で、縦割りを排除した予算編成をすることも提案。
 「霞ヶ関に閉じこもる官僚が机上の空論で予算を編成するのではなく、常に国民と接する政治家が予算を編成する」
 

3)机上の空論「大臣の官邸常駐」

<民主党案>
1.首相のリーダーシップを確立するために、「内閣強化法」制定。党の幹事長を内閣府無任所国務相、政調会長を官房長官に指名し、官邸と与党を一体化。主要閣僚は官邸に常駐させ、官邸に結集した「政権チーム(=閣僚からなる政治チームとしての内閣)」が基本政策の企画立案を行う。霞ヶ関は細部の設計と、行政の執行に特化する。
 

 最初に、民主党が「政策の企画立案」をいかに軽く見ているのかを書きたいと思います。

 民間企業でも、各セクションの部長が歩いて30分程度かかるところにオフィスをおいて「企画立案」をし、部下は遠いオフィスで指示を待つ(あるいはその都度おうかがいにいく)ということなどはあり得るのでしょうか。

 まさか「○○ということをしたい。そのため関係法を改正し、他省庁と折衝せよ」というのが「企画立案」だと思っているわけでもないでしょう。

 現状においては、政策の多くは各課で内容について詰めるという形で、最後は各省の局長(長官)まで上げるという形(ボトムアップ方式)で立案します。もちろん幹部や政治家等のアイディアについても検討をし、必要に応じ立案します。
 こうしてその政策のために必要な予算についても局として要求し、人員配分(法律改正のためのタコ部屋作成等も含む)なども配慮し、行っているわけです。

 しかしこの「企画立案」を官邸において大臣が行うとしたら、これらの業務が当然大臣(及びその周辺)に移動します。

 そのためのスタッフを各大臣ごとに配置するとなると相当な人数になると思います。

 というのも、大臣官邸常駐で大臣が政策立案する場合、具体的には「政策立案」のためには少なくとも次の作業についてある程度きちんとした打ち合わせが必要だからです(現状は部局長までの作業)。
現状分析(→霞ヶ関で業務を行い、官邸に通う形で対応?)
・それを踏まえ現状認識を大臣にしていただく
・事務的に考えられる案の提示(必要なマンパワー、予算等も含む)
・それらを踏まえたスケジュールの設定(アンケートや審議会等ご意見拝聴、法制局対応。国会対応等)
 もちろんそれらを踏まえた上でのある程度具体的な指示が不可欠です。

 現実問題としては、多分官邸に部屋も足りないでしょうし、人を(民主党が)自前で集めるのも無理でしょうから、これまで中央省庁改革本部等がやっていたように、各省から何十人で引っこ抜いた上で、必要なたびに担当者をその都度呼びつけてヒアリングし、立案するしかないのではないかと思います。

 民主党の松井氏や自民党の山本一太氏などは「旗本20人程度引っこ抜いて官邸に来れば十分」などといっていますが、きっとこの方々は大きな事務の経験がないのだと思います。

 こういう現場を知らない人によくある誤解ですが、政策は「法律」を作れば終わりではないからです。むしろ、政令や省令、さらには告示に続くものにも重要なものが含まれているからです。
 こういった下部令に書くもののうち重要なものは立案段階で定義や書くイメージを決めておかないとなりません。

 議員立法が評判が悪いのは「きちんと詰めを行わず、曖昧な部分を丸投げされるからです。
 そういう感覚で政権取った後も業務をされては、霞が関としてもたまったものではないですし、国民生活に悪影響を及ぼします。

 例えば、ということで「歩きたばこ禁止法」の例を挙げます。

 民主党提案のこの法律は、軽犯罪法を改正し、軽犯罪の一つとして「歩きたばこ」を対象とするものです。

 これについて、法の主旨として立案が適切であれば、次にどういった場合に取り締まるのか、また単なる努力規定にするか、罰則は?などが重要になります。

 例えば、この規制の定義は
(1)「危険でなければ歩いて吸っても良いのか」
(2)「立ち止まっていれば吸っても良いのか」
(3)「路上全面禁止か」
といったことです。

(1)であれば、「危険でない場合」について明確にする必要があります。
 例)混雑時が危険であれば、どういった場合を「混雑」というのか、など

(2)であれば認められるケースをそれぞれ明確にする必要があります。
 例)「立ち止まっている」はたばこを持っている間ずっとか、混雑していてもいいのか、など

(3)であれば、「路上」の定義を示す必要があります。
 例)公道のみか、私有地(例えばデパート敷地内駐車場)は適用除外か

 このように、それが適用されるケースをある程度決めた上で法律案を書き、下部令をどうするのか、ということになります。
 わずか「一号」を加えるだけで論点は多いわけです。ましては法律を変えるとなるとどうでしょうか。

 ですから、政権を取った場合の官邸の民主党チームには、そういう細部の詰めが求められるわけですが、そのためには他法のチェックなど相当の業務になると思います。
 少なくとも役所では、(おおむねですが)通常の新法案1本につき管理職、担当補佐、担当係長が各1人付いて、多くの残業を行って細部の詰めを行います(タコ部屋ができる場合はその他作業のため数名のスタッフがつきます)。それを法律が絡まないものまで含めて、「基本政策の立案」がすべて官邸に移行するのであればどうなるでしょうか?

 まして各省庁それぞれの「政策立案」すべてを各20人程度でできると本気で思っているとしたら、きつい言い方をすれば、おめでたいとしか言いようがありません。
 仮にできるとしたらほんの少しの「目玉施策」以外は100%「官僚丸投げ」になるでしょう。

 それは本意ではないのではないでしょうか。

 結局、早晩破綻し、霞ヶ関に丸投げとなりますが、ここまでぶちあげた手前、大臣を霞が関に戻すわけにはいかず、毎回往復1時間通わなければならないことになるのが容易に想像できます。
 こんなのはマンパワーの無駄遣い以外の何物でもないでしょう。

 ちなみに近年、「政治主導」の観点から、事務方による「専決決済」はなるべく控え、大臣等に上げるように、ということになりました。
※専決決済−事務的と思われる案件について、大臣が決済をせずに内容に応じ、各省の幹部(場合によっては課長)が決済するというもの

 そういった決済書類もあるわけですから、それを取るために、いちいちそれぞれの担当課長などがその都度往復1時間使うというのは非常にばかばかしいことです。

 いずれにせよ、現場の実務を考えると、官邸に大臣を常駐させるのは単なるパフォーマンスか、現場を知らない机上の空論であると思います。
 

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