考古学のおやつ

韓国の三角縁神獣鏡

萬維網考古夜話 第37話 4/Aug/1999

誤解のないように,お断りしておきます。韓国で三角縁神獣鏡が出土したことはありません。


1992年のことです。業界にが流れました。

韓国で三角縁神獣鏡が見つかったらしい。

もし本当なら大変です。

日本の前期古墳から数多く出土する三角縁神獣鏡には,二つの意義が与えられています。

  1. 畿内を中心に,列島各地の古墳と同笵鏡の分有関係があり,大和政権の政治活動を示すと考えられている。
  2. 「景初」や「正始」などの年号が入っている場合があり,卑弥呼が魏から下賜された鏡かも知れない(異説あり)。

上の1については,第8話 対決の敗者−黒塚古墳報道解禁1周年をご参照ください。

2については,景初四年銘盤龍鏡やら青龍三年銘方格規矩鏡が話題になるたびにマスコミとかをにぎわしていますが,魏鏡説と倭鏡説,さらに呉の工人が日本に来て作ったという説まであるのはご存じの通りです。そのときにいつも指摘されるのは,「卑弥呼の鏡」(なぜか「卑弥呼が魏からもらった鏡」の意味でこの表現が使われる)であれは製作地の中国(特に洛陽とか)で見つかってもよさそうなものなのに,三角縁神獣鏡は中国でも朝鮮半島でも全く出土していないということです。

そのために,魏鏡説の立場の人は,三角縁神獣鏡のさまざまな属性を後漢や魏のほかの鏡式と比較したり,特鋳の可能性を探っているわけですね。

余談ですが,岡村秀典さんが書かれた『三角縁神獣鏡の時代』(吉川弘文館)に対して,『季刊邪馬台国』68号に「トンデモ本の一種か・岡村秀典著『三角縁神獣鏡の時代』」というのが載ってますね。執筆者は「編集子」となっていますが,イニシャルが「Y」だから,おそらく安本美典先生でしょう。(ホントに余談(^^;)

そうすると,たった1面でも韓国で出土したとなると,上の1にも2にも影響を及ぼしかねないわけです。

「韓国の三角縁神獣鏡」の噂を聞いた考古学者たちは,噂は事実なのか,どこで出土したのか,情報を確認しようとしました。日本と韓国の考古学者の交流は盛んですから,知り合いの韓国の考古学者にすぐ電話で問い合わせることもできます。でも,ずっと噂のままでした。

私も,ある人物から,「こんな噂があるんだが,何か知らないか」と聞かれて,噂の存在を知りました。私には心当たりがありました。別に,私が噂を流した訳じゃありませんよ。あの番組です。多分。


それは1991年の年末に遡ります。そのころ,(最近話題の)TBS『新世界紀行』という番組を放映していました。日曜の夜8時,NHK大河ドラマの裏番組です。

その日のテーマは「ヒミコ・空白の世紀」というもので,推理作家(だそうだ)・井沢元彦氏が例によって必然性を説明せずにいろんな場所を旅する話でした。まぁ,いろんな風景を眺められるのは楽しいけど。

さて,井沢氏は韓国にも行ったのでした。そして金海良洞里古墳群へ。そこでコメント。

「この金海で出土された“三角縁神獣鏡”は,日本でも出土されています。」

は?

韓国では出ているはずがないのに,変なこと言うなぁ,と思いながら見たブラウン管には,どう見ても方格規矩鏡が写っていました。三角縁神獣鏡じゃありません。しかし,井沢氏は「三角縁神獣鏡」と断定しているのです。

これは一体どういう事なのか?(どど〜ん)
(そりゃ,ほかの番組だろ)

可能性は二つ。

その後,第3の可能性に気づいたのですが,それは後回しにして,この番組を続けて見ることにしましょう。何か情報が得られるかも知れません。ひょっとすると,最新の発掘データかも知れません。

どうも,こういう論理のようです(といっても,井沢氏はモチーフを並べているだけで論理にはなっていないのですが)。
卑弥呼は魏から鏡をもらった→卑弥呼は鏡を祭りに使った(太陽信仰)→韓国でも日本でも三角縁神獣鏡が出土(今問題にしている部分)→韓国のムーダン(伝統的な祈祷師)との比較→石窟庵→やはり卑弥呼は太陽信仰
う〜ん。言い散らしている間に何度も(予定された)結論を繰り返して,視聴者をその気にさせる訳か。今さらながらその叙述法に気づいてしまった。

さて,三角縁神獣鏡は番組の中でここしか出て来ませんでした。卑弥呼の話に韓国を持ち出すため(井沢氏やスタッフが韓国に取材に行くために?)に使われていたわけです。それは太陽信仰を強調していることにつながります。そうすると,三角縁神獣鏡とナレーションして方格規矩鏡が出てきたことが,どうしても気になります。

番組が終わったところで,TBSに電話をかけてみましたが,担当者が月曜にならないと出て来ないということで,週明けにかけ直すことにしました。当然です。日曜の夜9時前に担当者が出勤していたら,その方が幸運な偶然です(^^;。

さて,翌月曜日に電話をかけ直しました(当時は学生で冬休みなので時間があった)。細かい経緯は忘れましたが,CRネクサスという会社が制作したとわかり,そちらにも連絡を取りました。事情を話すと,調べてみてくれると言うことになりました。

1992年の年明けだったか,回答がありました。それによると,韓国の放送局から提供された素材を,よく確認せずに使ってしまったのであり,間違いは申し訳なかった,という意味の話でした。上の可能性1と2のどちらか,はわかりませんでした。「今後,このようなことがないように……」と謝っておられたので,まぁ,何かのミスがあったと認めておられるのだから,いいかなと納得したのでした。

その後,最初にお話ししたように,幻の「韓国の三角縁神獣鏡」は,情報の出所もわからぬまま噂になっていましたが,その噂もじきに消えました。それもそのはず,実際,韓国で三角縁神獣鏡は出土していないのですから。

私もこの件はすっかり忘れていました。


福岡に住んでいたころ,1994年ごろだと思いますが,この番組が単行本になっているのを知りました。

TBSテレビ「新世界紀行」編著,1992,『謎と不思議の旅』,二見書房

この中に「ヒミコ・空白の世紀」も載っていました。そこには,番組の時の通り,金海で三角縁神獣鏡が出たと書いてありました。あの謝罪がウソだったのか,あるいは編集の工程上,直しが効かなかったのか(1992年5月の発行)。

改めて読むと,やはりかなりのトンデモ本というか,井沢氏が先行説のあるものを「新説」と強調していたり,イメージを列挙しただけで断定したり,……。ですが,私も人間が丸くなったのか(爆),問題点がよりはっきりわかるようになった一方で,こういうのは単にエンターテインメントとして読めるようになっていました(その点では矢追純一氏のUFOスペシャルの方が面白いけど)。

そして,学生の時は思いつかなかった第3の可能性にも気づきました。

多分,こういうことなんでしょう。

『新世界紀行』の「ヒミコ・空白の世紀」は,井沢元彦氏の『卑弥呼伝説』(実業之日本社)を元にしているそうですが,こちらの本は今回参照できませんでした。また,単行本「逆説の日本史」の卑弥呼に関する部分(井沢元彦,1993,『逆説の日本史1古代黎明編 封印された「倭」の謎』,小学館)には,三角縁神獣鏡の話は出てきませんね。なぜでしょう?

ただ,この噂を振り返ってみて気づいたのは,上でお話しした三角縁神獣鏡の意義の1の方は,実は「日本でしか三角縁神獣鏡が出土しない」という事実に知らず知らず寄っかかってるんじゃないか,ということです。墓制もほかの遺物も違う良洞里なんかで三角縁神獣鏡が出土したら,かなり困ったことになるんじゃないでしょうか。その場合,三角縁神獣鏡の分布に基づく地域間関係論の有効範囲を,三角縁神獣鏡以外の要因で限定しなきゃいけなくなるわけですよね。


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白井克也 Copyright © SHIRAI Katsuya 1999-2019. All rights reserved.