考古学のおやつ

実測の世紀2−辞典類

萬維網考古夜話 第36話 28/Jul/1999

実測の世紀1−濱田耕作の後,すぐに追加していくはずが,予定外の逆サバ全国区三部作(前篇中篇後篇)のために,気づいてみたら,1ヶ月以上間があいてしまいました。時間がないので,引用だけです(^^;。


今回は,辞典の類を見ましょう。

,水野清一・小林行雄編,1959,『図解考古学辞典』,東京,東京創元社,

この辞典では「測量」という項目に関連の記述があります。遺構実測と遺物実測の両方に触れているので,遺物実測に関する部分を少し抜き出してみましょう。執筆は西谷真治先生です。

遺跡遺物の正確な概念をうるために,測量は発掘および整理における重要な作業である。(中略)また,個々の遺物についても,測量(実測)は写真や拓本では正確にあらわしえない,断面・寸法等構造的な性質を把握するのに必要な方法である。(中略)遺物の測量は器物の輪郭,器面の文様,断面の形状などを正確に紙面にうつすことである。(中略)断面図はおのおのの器物についてその特徴をもっともよくしめす部分を考えてこしらえる。(中略)なお実測には物の表面的な形をうつすだけでなく,つねにその物を解釈する心がけが必要である。それには図面に表すことのできない観察事項を詳しく図上に書きこむよう習慣づけるべきである。〔水野・小林編1959:597-598〕

遺物について,断面形法量を特記していますね。濱田耕作が写真と対比して実測の利点を述べた部分〔濱田1922:123〕を,さらに詳しく述べたというところでしょうか。
一方では「正確に紙面にうつす」と言いながら,断面は「その特徴をもっともよくしめす部分を考えて」書かなければいけないなど,遺物実測には「つねにその物を解釈する心がけが必要」なんだそうです。
私もそう習ったし,そのように努めているつもりですが,これって,「解釈しなければ正確にならない」ってことですよね。すると,「正確」にするための正しい「解釈」はどうすればいいのかな?

次は『世界考古学事典』です。

,平凡社編,1979,『世界考古学事典』,東京,平凡社,

ここでは,『図解考古学辞典』で「測量(実測)」とされていたものが,「測量」と「実測」の二つの項目に分離していることに注目しておきましょう。執筆者は大井晴男先生です。まず,「測量」にかかれた用語の使い分けから。

考古学における資料である遺跡・遺構・遺物の記録方法の一つである実測あるいは実測図作成作業のうち,一般に野外での測量機器を用いる遺跡・遺構の実測をいう。〔平凡社編1979:638〕

次に,「実測」。長い原文から無理に抜き出しているので,ぜひ原文をご参照ください。

実測あるいは実測図は,その量的なあるいは位置的な正確さにその特徴があるといえよう。いいかえれば,それは各種の計測という客観的な手段を通して表現されたものなのであり,その意味で,それなりの客観性をもつものであるといってよい。〔平凡社編1979:468〕

以下,図法の説明が続いています。実はこの説明,「測量」の解説の方に,より明確に(ただし,遺構実測の問題として)書かれています。

測量・実測図の作成は,全く主観を入れない客観的な作業とは必ずしもいえない。むしろ,対象となる遺跡・遺構などをどのように把握し理解するかは,測量を行う者,実測図の作成者の理解・判断にかかっているのである。即ち,測量・実測図の作成は,研究者の主観的判断を含んだ理解を,客観的な手段・方法によって表現することであるといえよう。〔平凡社編1979:638〕

次に,一人の手で編まれたという斎藤忠先生の辞書を見ましょう。

,斎藤忠,1998,『日本考古学用語辞典〈軽装版〉』,東京,学生社,

ここでは「実測図」という項目があります。

考古学を記録研究するために資料について操作される実測による図面。たとえば遺物において,形状・文様などを実物に即して測り図写する。土器などはその断面図などの作成も必要であり,これらの表現にも,一定の慣例が試みられている。実測図は,これをもととして,再び実物を復原できるような精確度が条件づけられるが,近年はコンピューター導入など,新しい技術の開発により,試みられている。〔斎藤1998:193〕

この文は,実測図の「精確」がどんな精確さかを描写しているということで,印刷物に書かれた説明としては貴重なものになると思います。つまり,斎藤先生は実測図によって「再び実物を復原できる」くらいの精確さを要すると言っておられるのです。「正確」と「解釈」の共存しない,一貫した説明という点でも特徴があります。でも,大井先生の解説とはかなりニュアンスが違うかも。

次の辞典は,ごく最近のものです。

,大塚初重・戸沢充則編,1996,『最新日本考古学用語辞典』,東京,柏書房,

「実測」と「実測図」の項目がありますが,執筆者は明記されていないようです。
まず,「実測」の項目を見てみましょう。

考古学上の遺物・遺構,遺物の形状や大きさ,石器なら加工の状態,土器ならば文様,住居址なら柱穴や炉址などの付属施設といったように,あらゆる属性・特徴をできるだけ正確に測り,可能なかぎり客観的に図化・資料化する作業のこと。その成果を実測図という。(後略)〔大塚・戸沢編1996:140〕

次に,実測図です。

発掘調査で得られた遺構や遺物・土層などの位置・形状・相互関係に関する情報を図で記録したもの。遺跡・遺物がもつ情報を記録する方法には,記述・写真・実測図などがあり,これらの記録を通して遺跡情報が保存・公開される。したがって,実測図などの記録は常により客観的な基準や表現法によることが求められる。恣意的・独善的記録は情報を失うことにつながる。(中略)遺跡・遺構・遺物がもつ特徴をより適確に表現するために,各種実測図を駆使する必要がある。〔大塚・戸沢編1996:140〕

ここでは,「客観的」・「精確」ということがかなり強調されています。それは,この項目の執筆者が強く意識する実測の目的に由来するのでしょう。つまり,「これらの記録を通して遺跡情報が保存・公開される」という部分です。実測図の目的に「保存・公開」が挙げられるのは,この辞書ができるまでの日本の考古学史の反映でしょう。保護法のもと,行政(=市民に対するサービス機関)による遺跡調査が圧倒的多数となった現状を考えれば,調査成果は「保存・公開」につながらねばなりません。この辞書のタイトルに「最新」の名がついているだけのことはあります。

しかし,ここまでに見てきた実測に関する話から考えて,当初から実測図にそのような意味が与えられていたわけではない,すでに存在した実測という手法に,現在の埋文体制下で,そのような意味が新たに付け加わったのだ,ということは留意しておきたいところです。そして,それ以前に与えられていた意味は,この辞書の説明では省略されているようです。

個人的には,「土器ならば文様」という割り切りに釈然としないものを感じますが,限られた紙数のためにこうなったのでしょう。気にしないで先に進むとしましょう。


辞書を読んでいるうちに,考古学の社会的地位の変動によって実測の意味づけが変わってきたことはわかりました(ついでに,考古学用語として「測量」と「実測」が分岐していくさまも見えてきました)。
それでは,実測図には何を描くべきなんでしょう。その「正確」さは,どんな正確さなんでしょうか。いまだ霧の晴れぬまま,このシリーズは続きます(続いてもしかたないような気もしてきましたが(^^;ゞ)。


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