套餐の戒律・前篇－初期馬具vs馮素弗の馬具

萬維網考古夜話第84話 24/Feb/2003

去年，台湾に行ったとき，宿の朝食は2つの餐廳（レストラン）のどちらかから選べました。片方はビュッフェ方式，もう片方は，モーニングセットを出してくれました。

私は，途中からもっぱらセットメニュー出す方の餐廳にばかり行くようになりました。スポーツ紙でFIFAワールドカップの昨日の対戦をゆっくりチェックできるからです。

セットメニューだからって油断はできません。セットも3種類，日式（和食），法式（フランス風），美式（アメリカ風）があるので，まず，どれか選んで，しかも，卵の料理法はどうするか，とか，ハムかベーコンか，とか，いろいろと聞かれます。最初に行ったときは，続けざまに何を聞かれているのか，面食らったものでした。

今にして思えば，一度も注文しなかった日式なら，そんな苦労はなかったのかもしれません。

日式はひとまず措いといて，法式と美式はどこが違うんだろう，と思って，比べてみました（台湾まで行って，私は朝から何をやってるんでしょうね^^;）。まず，美式の方が確実に品数が多いというのが目に付きます。でも，これはあまり本質的な違いではありません。ほかには，トーストに使うパンが違ってそうとか，細かい違いがありましたが，そうは言っても東アジアで小さな1つの店が出すメニューですから，組み合わせのちょっとした違いしかないようでした。

さて，そんな風に大小さまざまな違いがある美式と法式ですが，出されたセットを見れば，どちらも，ある朝の朝食であることに変わりありません。……え？当たり前？そうですか，それはおめでとうございます。これが当たり前だとわかる人は，もう難しい理屈は必要ありません。免許皆伝ですね。

当たり前だとわかるけど，この話にもう少し付き合ってやるか，という人のために，話を続けます。

馬具に関する尾野氏の見解

さて，前話は落穂拾い的に高井田山古墳のお話をしましたが，今回は，飛ばしたままの馬具について，尾野善裕氏の発言をふりかえってみることにします。というのも，馬具について素通りすることは，尾野氏の論文をめぐるいくつかの問題（それは学問的な問題というよりも，業界内社会問題と言った方がいい）を放置することにつながると考えたからですが，能書きはともかく，まず尾野氏の原典に触れましょう。

尾野氏は1998年論文の「II 研究史・これまでの5・6世紀年代観の根拠」で馬具について次のように触れていました。記号を付けて引用します。

(A) 5・6世紀の年代観の根拠となっているのは、詰まるところ以下の4点に集約できるのではないかと思われる。〔尾野善裕1998：78〕
（段落）
(B) 1 中国遼寧省にある馮素弗（415年没）墓から出土した木心金銅張輪鐙が、大阪府の七観古墳や滋賀県の新開1号墳から出土している木心鉄板張輪鐙に近い形状であり、これらが日本の古墳から出土する初期の馬具であることから、日本の初期馬具出土古墳を5世紀前半とする。（穴沢・馬目1973、白石1979）〔尾野善裕1998：78〕
（中略）
(C) 1 日本の七観古墳・新開1号墳から出土している木心鉄板張輪鐙と、中国・北燕の馮素弗墓出土の木心金銅張輪鐙との形態的類似性を、同時代性を示すものと考えることがこの年代比定の前提である。確かに、両者は比較的類似した形状のものではあるのだが、輪の断面形は全く異なっており、酷似例とするにはやや距離が感じられる。韓国の金斗喆は、日本の七観古墳・新開1号墳出土例を馮素弗墓出土例より後出するものと見なし、両者の間にはさらに1型式が介在するとしている（金1996）。〔尾野善裕1998：79-80〕
（段落）
(D) 専門外であるため、筆者には、いずれの考え方が正鵠を得たものであるのかの判断は難しいが、日本の古墳から出土する馬具の源流が大陸にあるのであれば、見た目に類似した馬具の日本での出現が遅れることはあっても、大陸に先行することはないだろう。つまり5世紀前半という年代は、七観古墳や新開1号墳などから出土する日本の初期馬具が、可能性として遡りうる年代観に過ぎないのであって、金斗喆が指摘するように、これらが5世紀後半側に降る可能性を否定することは難しいのではなかろうか。〔尾野善裕1998：80〕

やれやれ。久しぶりにまとまった引用をしてみて，尾野氏の論理のすごさを改めて知りました。正しい部品を組み立てても正しい話にはならないものなんですね。肝に銘じておきましょう。

韓国の馬具も抹消？

まず，(A)については，「集約の戒律」前後篇（第67話・第68話）で存分問題にしたので，もう触れません。(B)は，初期馬具の研究をたった2つの参照文献で語っているところに問題がありますが，とりあえず文章の範囲ではそのとおりです。

(C)と(D)は，きわめて尾野氏らしい論理展開です。

(C)は3つの文からできています。問題は3つ目の文での金斗喆氏の登場のしかたです。尾野氏の言い方では，まるで金斗喆氏が馮素弗墓と日本の初期馬具だけを比較したみたいです。しかし，そうではありません。韓国の代表的な馬具研究者として日本でもその名を知られた金斗喆氏は，論文のタイトルどおり，「韓国と日本の馬具」を比較したのです〔金斗喆1996〕。尾野氏は自ら引用した文献が何をテーマとしていたか，知らないはずがありません。たとえ本文を斜め読みしても，少なくともタイトルだけは尾野氏の文献リストに書写されています。

尾野氏が韓国の馬具について触れないのは，おそらく偶然ではないでしょう。(B)で穴沢咊光・馬目順一両氏や白石太一郎氏の業績のみを挙げた尾野氏は，この問題を馮素弗墓と日本の初期馬具の問題に封じ込めて，間に介在する韓国の馬具のウエイトを低くしています。

同じ問題は(D)でも言えます。(C)で論争の主題を「韓国と日本の馬具」から「馮素弗墓と日本の馬具」に摩り替えた尾野氏は，「いずれの考え方が正鵠を得たものであるのかの判断」などという言い回しで，(C)での摩り替えをさらりと受けとめ，さらに一般論を挟んで，「金斗喆が指摘するように」とダメ押しの挿入句を入れて，金斗喆の論文の中心主題を隠しとおしています。

尾野氏は韓国の馬具について，なぜか避けつづけているのです。これでは，金斗喆氏は尾野氏に利用されるだけで，その研究の意義が全く伝わりません。

上方硬直説の中立性

ここで，尾野氏が挟み込んでいる一般論について，少しお話しておきましょう。

尾野氏が言うように，外来系遺物の年代は，起源地の年代で上限が押さえられている，というのは，そのとおりです（外来系遺物の年代の上方硬直説）。しかし，何年遅れるかは決まりがありませんし，必ず遅れると決まっているわけではありません。ただ，上限が決まっているだけです。

その上，起源地での年代が確定しない場合もありますから，実はこの論理，多くの“一般論”がそうであるように，個別の問題には論証の手続きがなければ適用できません。原則中立なのです。

ところが，尾野氏はこういう中立な“一般論”を，自説への道を開くように巧みに操っています。ここでは，金斗喆の研究から韓国の馬具に関する論議を抹消することによって，日本の馬具の年代に頭打ちで底なしであるかのようなイメージを与えているのです。

結論だけ言えば，日本の初期馬具を馮素弗墓の時代まで引き上げるのは無理でしょう。しかしそれは，尾野氏が取り上げなかった資料や論文などから言えること（言うべきこと）です。日韓の研究者の豊富な研究成果を取り上げず，資料の乏しかった70年代の論文を“一般論”で批判するのは，「古墳研究はショボい」というネガティブキャンペーンに過ぎません。

ほんとうの問題

ここでの問題は明らかでしょう。日本の初期馬具とは，韓国の馬具と比べてどんな存在なのか，韓国の馬具を考慮に入れると，馬具と暦年代との関係は，どうなるのか，ということです。

それは言葉を換えると，こういうことになります。

尾野氏が触れなかった，日本の初期馬具に関するほんとうの学史は，どうなっているのか。
尾野氏が触れなかった，韓国の馬具とは，いったいどんなものなのか。
尾野氏が触れなかった，日韓の馬具の比較研究は，どのような成果を挙げているのか。

え？大袈裟で，多岐にわたる問題ですか？そんなことはありません。実は，ほぼたったひとつの問題です。まぁ，それをお話する準備に手間取って，尾野氏の叙述の順番とは食い違ってしまったわけですけど(^^;ゞ。

そうですね。そう……，何というか，商店街で「定食屋戦争」勃発。そんな感じです。次回は，上の3を中心に，日韓の馬具研究の成果をご紹介します。（つづく）

今回登場した文献

金斗喆 1996「韓国と日本の馬具－両国間の編年調律－」『嶺南考古学会・九州考古学会第2回合同考古学大会 4・5世紀の韓日考古学』，大邱，嶺南考古学会・九州考古学会，85-141
尾野善裕 1998「中・後期古墳時代暦年代観の再検討」『第6回東海考古学フォーラム岐阜大会土器・墓が語る美濃の独自性～弥生から古墳へ～』，岐阜，東海考古学フォーラム岐阜大会実行委員会，75-94

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