森に帰ったしな乃
森にかえったしな乃 交通事故のない社会を目指して

        森にかえったしな乃 母がつづった詩


ヒメササユリ 森にかえったしな乃


わたしはしな乃(母がつづった詩)


リス 森にかえったしな乃
わたしの名前はしな乃
信州信濃の善光寺、、、、の「しな乃」。

母さんはわたしがお腹にできたとき
パパや姉ちゃん、兄ちゃんに威張って宣言した。
「孝一郎そっくりの男の子、絶対よ」って。
パパはうれしくて
「よし、今度の子は心の寛い子、寛次郎」。

だからわたしは
魚の祖先と見分けがつかない頃から
毎日まいにち
「カンちゃん、カンちゃん、寛次郎。
早く大きくなあれ。
早く生まれておいで」
「兄ちゃんとキャッチボールしようね。
縄跳び、教えてあげるよ」
そう話しかけられていた。
わたしはおかしくって、いつもクスクス笑っていた。
だあれも、わたしが正真正明の
女の子だということ知らないんだもの。

母さんのお腹が前にせり出して
すっかり大きくなってっからは
「カンちゃん
いつ生まれてくるの。
みんな首を長くして待ってるよ」。
あっかんべえ。
わたしは手足をバタバタさせてやった。
そしたらみんな
「さすがは男の子。元気がいい」
そう言って喜ぶの。
まあ、生まれるまでのお楽しみ。
わたしは、1984年1月27日、
大雪が何回も降った
冷たい冬の夜、
モーレツダッシュで生まれてきた。
産声も特別製で1時間も泣きつづけ。
「わたしは女の子よ」って主張していたんだ。
母さんは
「どちらでも五体満足ならば」と、ほっとした顔。
慌てて駆けつけたパパは
ちょっとガっカリした目をしたけれど
「ご苦労さん」と、わたしと母さんに言った。

森にかえったしな乃 紅シジミチョウ

それからがさあ大変。
パパは3日3晩寝ないでわたしの名前
考えつづけたんだって。
4日目の夜
「決めたぞ、しなの、しな乃。
いい名だろう」
鼻高々で報告に来た。

パパの生まれた故郷。
その国の自然の豊かさと美しさ
そこに暮らす人々の勤勉さ
それらを持つ子に育ってほしい。
パパの精一杯の願いをこめた

世界中でたったひとつの名前。
「しなちゃんが生まれてきてくれて
母さん、本当にうれしい」

そう言って母さんは時々ぎゅっと
わたしを抱きしめた。

パパは、兄ちゃんにも教えなかった
小川の雑魚のせせり方までわたしに仕込んだ。
母さんは、草や花の名前を
片っ端から教えてくれた。
赤ちゃんのときから
毎日いっぱい本を読んでくれた。
劇にも音楽会にも
いっぱい行った。

わたしは草が好き、花が好き
空が好き。
山登りも木のぼりも大好き。
ひとりで本を読むのも大好き。
夕焼け見るのも、大好き。
虫と遊ぶのも好き。

森にかえったしな乃 カタクリ

母さん、パパ、兄ちゃん、姉ちゃん
おじいさんにおばあさん。
近所のおじさん、おばさん、そのほか沢山沢山
多くの人から愛され大事にされて
わたしは育った。
「妖精みたい」とよく言われた。
「童話の挿し絵の女の子みたい」とも言われた。

わたしの毎日は、いろんな宝物が詰まった
宝石箱のようにキラキラ光っていた。
瞬間、瞬間を心に焼き付けていきていた。

でも、わたし、今
この世界の、どこにもいない。
3年半前、わたしは突然いなくなった。
9歳と半年で
わたしの一生は終わってしまった。

パパと母さんは狂ったように泣きわめいた。
それからパパはお酒を飲んで、
浴びるほど飲んで 
母さんはミイラみたいに干からびて
とうとう入院した。

いまも母さんは毎晩泣いている。
パパは、交通事故のない世の中にしたいと
仲間と闘っている。時々こっそり泣きながら。
パパと母さんの時間は
わたしがいなくなった瞬間から
1秒だって動いていない。
ずっと止まったまんま。

わたしはもっと生きたかった。
母さんといつまでも一緒に暮らす約束だった。
せっかくもらった命と
「しな乃」という名前を奪われて
母さんとパパを不幸のどん底に陥れて
わたしは不孝者。

わたしは「しな乃」という名前
世界で一番好きだった。

ごめんね、パパと母さん。

若葉 森にかえったしな乃


      


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