2001春 大・仏蘭西物語編
(その23)




 5月30日

 やっぱり、朝は早い。今日はパリの市内観光とベルサイユ宮殿見学を
 オプショナルで予約しているので、朝8時45分くらいまでに、集合場所に
 行かなければいけないのだ。一応8時にタクシーに乗るとして、その予定で
 事は進む。5Fのレストランに朝食を取りに行くと、同じツアーの人が数人
 もう食べていたので、おしゃべりをしながら一緒に食べる。この朝食場所は
 外と繋がっているのか、スズメが鳴きながらばたばた飛んで来て、
 朝のさわやかな気分も増す感じだ。

 食事を終え、準備をして、タクシー乗り場に行く。早速運転手に地図を見せて
 乗り込み、出発。しかし、パリの街は思ったよりも渋滞していて、なかなか
 タクシーは進まない。横をメトロがぶーん、と通って行く。「もしかしてメトロの
 方が早かったんじゃ・・」と思うけれどもう遅い。段々集合時間も近づいて来て、
 気持ちはあせるばかり。パリの景色を楽しむ余裕すらない。それはタクシーの
 運転手も同じだったのか、凱旋門のところまで来て、いきなり違う道に
 入って行く。

 「え?この道じゃないんじゃ・・」と思うのだが、
 この渋滞に会うと「急がば回れ」の気持ちも分かる
 よなあ、といいように解釈。初めてじっくりみた
 凱旋門はとても大きく、大きな大きなフランス国旗が、
 真ん中にすとんと下がっていて、格好いい。
 ちなみに、凱旋門の周囲は車道がロータリーに
 なっていて、凱旋門に入るには、地下道でその
 ロータリーを潜って行かなければいけない
 のであった。

 

 さて、そんなこんなで無事タクシーも走り出し、時間にほんの少し遅れて、
 Rue des Pyramidesにある集合場所のM社にたどり着く。
 M社の前には観光バスがあり、外にも中にも日本人でいっぱい!
 「ひゃー、こんなに日本人が・・・。」と思いつつ、受付で、今日のツアーの
 お金を払う。受付の人ももちろん日本人で、手続きに問題は何もない。
 トラベラーズチェックが使えるところがあまりないので、トラベラーズチェックで
 払ったのだが、手持ちのお金を考えると、カードで払った方がよかったかなあ、
 と後悔する。その間にも「ベルサイユツアーに出発なさる方バスにどうぞー」
 とか、日本語で何度も案内があり、その度にぞろぞろと何人もの日本人が
 バスに乗って行った。

 そうこうしているうちに、時間が来て、私たちのバスも2台連なって、
 パリ市内観光に出発する。はっきり言って、日本人まみれのツアーバスが
 ぞろぞろ行く光景(日本の観光地で、修学旅行生のバスがぞろぞろいる
 光景を思い浮かべると、分かりやすいと思う)は、本当に異様だー!と、
 私などは思ったのだけど、さすが世界一の観光地パリでは、どこに行っても
 いろんな国のバスがあり、いろんな国の人がいたので、他から見ると、
 そんなに不思議な光景じゃないのかもしれない。



 本日のガイドは、関西弁のおじさん。パリで聴く流暢な関西弁が何だか
 不思議な気分だ。バスは、日の光を浴びてとてもキレイなルーブル美術館の
 ガラスの大きなピラミッドを横目に、パリ市庁舎の側を通り、シテ島にある
 ノートルダム寺院へ向かう。(今までの街にも「ノートルダム」という言葉の
 建物はあったのだが、この「ノートルダム」はフランス語で「私たちの母」と
 いう意味で、「聖母マリア」のことを言っているのである。)落ち着いて辺りを
 見渡してみると、なるほどパリの街は、どの建物も古くて凝っている感じ。
 緑も多いので、なおさら街が美しく見える。

 ノートルダム寺院に着き、バスを降り、ガイドに
 従って歩く。寺院の前まで来ると、すごい観光客の
 数!。それも日本人が大多数!「今ここに日本人は、
 何十人いるんだー!」と思っていると、「あそこに
 日本人のモデルさんが撮影してますねえ」とガイド。
 撮影タイムにおばさん方に紛れて寄って見ると、
 真野あずさじゃー!!橋爪功もおるー!きゃー、
 早速写真を!と思ったら、係員と思しき人が、
 「写真撮影は禁止でーす。7月3日の火曜
 サスペンスでありますから、見てください」と
 言っていたので、しぶしぶ断念。

 でも真野あずさはとても色が白かった。「真野あずさも12時間飛行機に
 揺られて来たのねー」などと思いつつ、寺院の中へ。中は暗いし広いしで、
 何だかよく分からない。とりあえずスリに会わないように、とバッグを堅く
 握り締める。塔に上がることが出来なかったのが、残念。


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