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2003/12/30, teruhikonakano
初めて投稿します。
200年の子供を読みました。
今までの小説と違って、一節ごとの文章が短く息子にも薦めました。
朔ちやんが語る、(川がここまで流れてきてるだろう? ここをいまとすると、ここまで流れてきた、川上のことは、過去だ。もう変えられない。しかしここから流れていく川下は、変えられるよ。)
お父さんが語る。(いつの時代にも、政治の世界や/権力を握る連中は、この種の新しい人をつくろうとするするんだよ。私が言いたいのは、こんな型にはまった人間とは違う、一人の自立して、協力し合いもする、本当の新しい人になってほしいということね。
私らはいまを生きているようでも、いわばさ、いまに溶け込んる未来を生きている。
過去だって、いまに生きる私らが未来にも足をかけるから、意味がある。もう少し残っているいまが短いが、そこに含まれる未来を見ようと思い立ってね)
文章ははしょったところもありますが、大江さんが、この間NHKの安全保障に関する討論会に、中曽根、後藤田、栗山さんなど政治家、官僚と同じテーブルで討論に参加され、国家の利益よりも横に連帯する国民の利益を述べられたのが重なり、感動しました。
いつか読んだ指揮者の小澤さんとの共著で、小澤さんが国益という言葉をはじめて知り、驚いた様子で、個人の利益、個の大切さ、を話されていたこと、UPSTANDING人など未来にむけてさらに子供たちに語り続けていただきいと思いました。
2003/12/29, ウソをつかない人
【お願い】
大江健三郎さんのファンの一人です。
以下の二つのテレビ番組のビデオかDVDに録画されている方が
みえたら、コピーをいただきたいのです。
2003/9/14
『響きあう父と子』再放送される
2003/12/20
NHKスペシャルに出演中曽根元首相らと生放送番組で討論
jcp_sengoku@yahoo.co.jp まで連絡ください。
2003/12/29, いとうくにお
千葉の大江ファンさん、こんにちは。ギー兄さんというキャラクターがどうして生まれたのか、興味深いですよね。
サイン本の話のことですが、掲示板で同じ話題が繰り返されるのもよいのではないでしょうか。時期によって参加する人・読んでいる人もある程度は異なっているでしょうから、同じ話題であってもその繰り返しはズレを含んだものとなるはずです。そのズレに意味があるかも…。大江さんの理論を借用してみました…。
2003/12/29, 千葉の大江ファン
「miura」さん、「しんしろう」さん、こんにちは。
 「miura」さん、あっと驚く「大江昭太郎ノート」(岡田聖子さん)のご紹介、ありがとうございます。健三郎さんによる兄昭太郎さんの短歌への批評(「多くの錯綜した思いを一首のなかにこめすぎる」)がとくに面白いです。私は、詩を書くような緊張感で小説を書いてこられた健三郎さん自身も、一つの小説に、「多くの錯綜した思い」を込められてきたと思うからです。もちろん、大江健三郎さん自身は、みずからの思考から「あいまいさ」や「多くの錯綜した思い」をなくす努力をされてきた方だと思いますが…。
 しかし、兄弟どうしによる批評には、どこか痒いところに手が届くような(悪くいえば、腹立たしくもある)鋭さがあると思います。大江文学を知る上で、一度は検討してみたいテーマです。「miura」さんの説明で、霧が晴れてきた思いです。
 「兄」にこだわる理由は、もう一つ。大江文学における「ギー兄さん」という独特のキャラクターの存在です。家族構成が変化し、兄弟が少ない昨今、なぜ、「ギー父さん」でなくて、「ギー兄さん」なのかという素朴な問いが許されるならば、「大江兄弟」にも、自然と関心が向くわけです。大江文学は、「私小説」とは無縁ですから、あまり詮索するのは、よくないでしょうけれど…。「ギー兄さん」論に詳しい方、教えてください。
 「しんしろう」さん、サインの話、同感です。火事で大江さんのサイン本が焼けるというのは、われわれ(あえて、こういわせてください)にとって、一番の悪夢ですから。ちなみに、掲示板では、1999年4月前後、2001年ごろにも、サイン本の話題で盛りあがっていて、なるほどと思いました。掲示板常連さんの方は、「またか」と辟易されているのではないでしょうか。どうぞ、最新作「二百年の子供」の感想をたたかわせてください。私は、まだ読んでいる最中ですので。では、また。
2003/12/26, miura
千葉の大江ファンさんへ

miuraです。
「大江兄弟」(?)の文学論は、まだ現れていない(?)と思われるので、「miura」さんの論評を期待しております。とありましたが、とてもとても私などは無理です。
健三郎は小中学生の頃、書棚にあった万葉集、古今集、新古今集などの勅撰和歌集は殆ど読んだと、何かの本に書いてありましたね。多分それは年の離れた昭太郎の蔵書であったろうと思います。それでは彼は何故大兄のように歌人を目指さなかったかと言えば、その後すぐに付き合い始めた伊丹十三の影響による、渡辺一夫の世界、ユマニズムの世界が、つまりは第1芸術で、その頃すでに短詩型文学の第2芸術論が花盛りだったかもしれませんが、それとは関係なく、やはり短歌の世界は彼にとっては第2芸術であったと私は思います。短詩型とはいえ、彼が好む西洋の詩は、詩篇も入れれば、日本の短詩型とはスケールがちがい過ぎるのかもしれません。
 兄の昭太郎は戦中教育を受け、戦争に行っていますから、戦後知識人の戦争責任問題にかなり影響を受けているのではないでしょうか。昭太郎が溯っていつ頃から短歌の道に入ったのかは知りませんが、その後も依然として短歌の道を続けたのに対して、弟の健三郎は戦後の民主主義教育を受けたその明るさと喜びを、いろいろな本に書いておりますね。散文を選んだのには、短詩型では表せない溢れるばかりの思いがあったのだと思います。
 私も詩はともかくとして、短歌俳句は今でも第2芸術だと思います。

 「地中海」短歌会の50周年記念号に、「大江昭太郎ノート」というタイトルで、広島の岡田聖子さんが、弟、健三郎が書いた、昭太郎の第2歌集の栞に触れて、次のようなことを書いておりますので、ご参考になれば、、、、。

 ◆大江昭太郎ノート◆ 岡田聖子

 大江昭太郎は人間をよくみている。見えないものまでもみようとしている。大江の歌からは真っ直ぐで鋭い写生者の視線を感じる。その視線の先にあるものは、人間であり、生死であり、いのちそのものである。
大江の歌には、どの歌をみても動きがある。それは当たり前のことかもしれない。なぜなら大江は人間を、生死を、いのちを見つめているのだし、それらは一時も静止してはいないのだから。
 大江は人間がすきだったのだ。いのちのいとなみが好きだったのだ。
 第1歌集『永劫の水』で大江は見えないものに目をこらす。波の下を流れゆく水の速さ、法事に集う親戚縁者の背に負う影、老いた母が神に言問う声や子の吹くハモニカに呼び起こされる記憶。どの歌も、顕在している事象から一歩も二歩も奥の何かを見つめ、引き出し、詠いあげている。
 第2歌集『黄瑞香』では、病魔とのたたかいの中で、大江の目はますます冴え、鋭くいのちをみつめる。日常の中にみえてしまう魔を、土筆や凧の糸や菜の花という小さなもののいのちを見ることで遮ろうとしているかのようだ。同時に妻や子への愛も惜しみなく詠われる。甘い感傷ではなく確かな存在として。この歌集の栞には実弟大江健三郎の寄せた文章がある。曰く「身辺の人間に観察する眼をそそいでその観察の対象がいずれも独自に生きている。そこで観察する眼の持主が確固として立っていることが、自然に浮かびあがってくる。」
 大江昭太郎は激しい歌人である。激しい内面を写生という客観に委ねている。これも同書で健三郎が「多くの錯綜した思いを一首のなかにこめすぎる」と述べているが、『生活を意志し情をたくはへて物に詠ふをわが写生とす』こそがまさに大江の作歌姿勢である。生活することは感情がさまざまに波立つことであり、感性がピリピリと反応することでもある。それを「たくはへて物に詠ふ」ためには厳しい自律・自制のこころと、客観視する冷静さ、そして自他に向けるたしかな目が必要だ。今まさに迸らんとする叫びをぐっと飲み込んだ瞬間、そのエネルギーで一段高い場所へと飛び上がる。そこから俯瞰した世界が歌になる。
 大江昭太郎の歌はいのちを愛してやまない人間の歌である。それは「ヒューマニティ」などという手垢のついた言葉では表すことのできぬ鋭さをもって現前している。
(岡田氏の承諾を得たうえでの転載だそうです(いとう))
2003/12/25, しんしろう
 千葉の大江ファンさんはファン歴20年とのこと、このことからおおよそ私の同年代の方と拝察いたします。私は著書に「春ごとに花の盛りはありなめどあひみんことは命なりけり」という古今集の和歌を書いて頂きました。
 地方(松江)に住んでいる者にとって、大江さんの肉声をきくチャンスは少ないのですが、その時は、「燃え上がる緑の木」に引用されていた「フィードバック」(小児科医・小林登先生の「子どもは未来である」からの引用)について質問し、直接答えてもらうことができました。一生の思い出です。
 サイン本は、家内に「僕が出張中にに火事でもあれば、これだけは持ち出してくれ」と頼んでいます。
2003/12/25, オサム
ここ2ヶ月ほど<事情>があって、インターネットを離れていたのですが、ヤットコサ眠るを脇に置いて この掲示板を12/24分まで追ってきました。
『二百年の子供』『「新しいひと」の方へ』面白そうですね。
 いま 僕は <ジャンヌ・ダルク>関連の本を読み漁っていますので、まだまだ 大江健三郎の新刊を読める態勢には なっていないのですが、それを読み終わったら 大江氏の新刊に挑もうと思ってます。

それから 10月以降 この掲示板は 充実していますネ。
 新ためて 管理人の<いとうさん>には 感謝と「頭が下がる」思いです。
 大江氏に触れない書き込みで申し訳ありません。
               デハ。
2003/12/25, 千葉の大江ファン
「miura」さん、こんにちは。貴重な情報ありがとうございます。大江昭太郎さんの短歌「手の届くかぎりの障子破り終へてみどり児が新年の風に臨めり」が、なんともいえず好きで、他の作品も読みたいと願っていました。「大江兄弟」(?)の文学論は、まだ現れていない(?)と思われるので、「miura」さんの論評を期待しております。「みどり児」という表現は、歌人の方はよく使われるのでしょうが、大江文学にも(「新しい人よ眼ざめよ」)「嬰児」という表現があったかと思いますが…(うろ覚えですいません)。私は、大江ファン歴20年になります(何も偉いことはありませんが)。大学時代に大江さんのサインをもらいました。大江さんは、「このましきを鞠育し よこしまなるを絶滅せしむ 渡辺一夫訳」という署名をしてくれました。みなさんも、どんなサインをもらったか教えていただければ、大江健三郎さんの「サイン」特集ができあがると思いますよ。では、また。
2003/12/24, miura
「千葉の大江ファン」さん、こんにちは。先日の大江健三郎のお兄さんの大江昭太郎の歌集2冊の出版社がわかりました。第一歌集『永劫の水』、第二歌集『黄瑞香』ともに不識書院だそうです。(不識書院:東京都千代田区神田小川町3−2  03−292−9103)
以上です。それではまた。
2003/12/23, いとうくにお
あつしさん、こんばんは。お気持ち、よくわかります。「綺麗な言葉ばかりが先行して」というのは本当におっしゃるとおりですね。
ネットワーク上での反戦運動も活発に行われているようです。いま検索してみたのですが、反戦・平和アクションというサイトには、いろいろと情報がありました。よかったらご覧ください。
さて、この掲示板のほうは、そろそろ大江文学のほうに話題を戻したいと思いますので、皆さん、ご協力お願いします。
2003/12/22, あつし
大江さんの文学に関しての投稿ではなくて、申し訳ありません。
ただ、最近大江さんがTVに出演して、多くを発言しているのを見て、私が感じる最近の政治の状況に対して、「このまま突き進んでほんとにいいの?」と言う感情が先にたち、つい怒ってしまう事が多くなりました。 この感情を聞いてもらいたく、又、今この状況をなんとか変えていかなくてはと思いメールを出しました。
 どうして小泉総理はイラクに自衛隊を送るのでしょうか?
「人道支援」・「国益」とか綺麗な言葉ばかりが先行して、国民の眼を欺いてるとしか私には思えません。
 このままいけば、自衛隊員にも犠牲者がでるだろうし、日本国内にも、国民にも不幸が待ち受けていると思います。
この国の将来について、国民も真剣に考えなければいけないと思います。
2003/12/22, いとうくにお
なおゆきさん、はじめまして。ご投稿を読んで、僕がボンヤリと感じていたことをすっきりと文章にしていただいたという感じがします。
2003/12/22, なおゆき
 なおゆき@34歳、男です。
 初めて書き込みします(実はこのページを開くのも初めてです)。と言いますのでは、私もNHKスペシャルの討論会を見て、大江さんの考えに感銘したからです。
 まさに対極にいたのが中曽根さんですが、視点が全く違うと感じたのは皆さんも同様でしょう。中曽根さんの頭にあるのは『国家』であり、大江さんの頭にあるのは『国民』です。それは最後の「これからの日本をどうしたいか」という問いに対する答えでも違いが如実に出ていました。個人的な考えで言えば、大江さん寄りです。国民と国家の面子とどちらが大事なのか。国家の面子のためなら国民を犠牲にしてもいいのか。それはまさに戦時中の考えそのものだと思います。しかし今は、大江さんも仰っていましたが、インターネットが発達し、グローバル化の時代です。これからは個人一人ひとりが主体的に考えて生きる時代です。国家を超えて、個人ベースで外国人と議論や情報交換ができるのです。
 これから先、今のアメリカのやり方、あり方が続くとは僕も思えません。世界の人々がそれを善しとしないからです。僕は大江さんの方がそういう時代の流れや現実をよく把握していると思います(大江さんも中曽根さんに「想像力が足りない」と反論してましたが)。
 なるほど大江さんの考えは空想的、理想的という見方もあるかもしれませんが、理想を持つことが何故いけないのでしょうか。人は、特にリーダーは理想を持って、それを実現すべく努力するものではないでしょうか。今の現実がこうだから、と言っていちいちそれに合わせて都度変更していくのは細かい法律ではあって良いと思いますが、日本という国の精神、理想は堅持していくべきだと思います。
 真の平和とは何か、それを実現するためにはどうすれば良いのか、それを我々日本人が、単なるアメリカ追随、またはアメリカ協調ではなく世界の先頭に立って考え、行動すべきだ、というのが大江さんからのメッセージだったと私は理解しました。それこそがまさに将来の子供達のためであると私も思います。
2003/12/21, ラッキー
実はここで私はひとつの告白をします。わたしは、実は中曽根元首相と遭遇したことがあります。2mの距離をとって、それから20cmぐらいまで接近して中曽根元首相にお茶とおしぼりを出しました、、。もの凄く緊張しました、、。正直言って怖かった。中曽根首相は特別室で1時間控えていらしてその間、1時間沈黙のまま、わたしはその間ずっと黙って立っていました。全然論理的な話でなくて申し訳ありません。政治的な論理は別として権力のもつもの凄さをあの沈黙で思い知りました。
ですから短い時間であっても大江さんがはっきりと自分のご意見を語られたことが衝撃でした、、。本当に勇気ある行為に思えます。
2003/12/21, 渡辺智子
私の前発言に誤りがあったので、訂正します。

****
NHKの世論調査のデータでは「派遣反対54%」と明確な数値が出ていましたね。それを見ながらも中曽根氏は「いまや国民の60%以上が派遣賛成なのですよ」とおっしゃいました。
****

これは正しくは
●NHKの世論調査の結果●
質問【憲法9条の改正は必要か?】
必要である・・・37%
必要でない・・・44%
どちらともいえない・・・12%

その話題の中で中曽根氏は「だいたい国民の60%がいまや憲法を改正しなくてはならないと国民世論が変わってきているのです」とのご意見をあげられました。
以上がビデオ確認のうえの正しい報告です。

間違いまして申し訳ありません。「言葉を正しく伝えること」を肝に銘じました。
2003/12/21, 大森一樹
かつての大江ファンさんのご感想に対して少し。まず、どのような意見も有り得るわけですから決して非難をしているわけではないことをお断りしておきます。 「死者の奢り」や「性的人間」もすばらしい作品で私もかなり以前に読みましたが、現在の大江さんは「憂い顔の童子」「二百年の子供」また多くの評論などで、はるかに別の地平まで歩んでこられている気がします。その地平とは無論、小説家としてのであり、今現在現実の地平といえるでしょう。かつての大江ファンさんも現在の大江さんの作品を是非読まれたらいかがでしょう?
また、見方が変わるかもしれません。
それと、中曽根氏は現行憲法と大江氏を一括りのセットにして空想、理想論と断じる発言をしました。しかし、現行憲法は日本とアジア太平洋の戦死者何百万人の‘現実’によって制定されたことを、我々戦後に生まれた人間は忘れてはならないと思います。イラクの子供達の平和を言うなら、中曽根氏も日本国憲法の理想を基準にするのが理論的な整合性というものではないでしょうか。
2003/12/21, 千葉の大江ファン
miuraさん、大江昭太郎さんの情報ありがとうございます(いとうさんのお礼に続き)。長い間、知りたかったことでした。一度、大岡信の「折々のうた」で大江昭太郎さんの短歌を見たことがあったので…。
「かつての大江ファン」さんと「千葉の大江ファン」は別人なので、よろしくお願いします。
2003/12/21, いとうくにお
僕も大森さんと同じ感想を持ちました。僕の知る限り、大江さんがああいう討論番組に出演したことはなかったと思います。それは、テレビ番組では時間的な制約が多く、言葉を尽くして意見を正確に伝えることが困難だという認識があったからではないでしょうか。そして今回のテレビ出演は、それでもなお出て行って言葉を発しなければならない、いまはそういう時期であるという強い危機感に背中を押されてのことではないかと想像するしだいです。
2003/12/21, 大森一樹
NHKスペシャルを感動と感慨深く見ました。感動の理由は、戦闘地域への自衛隊派遣が決定されたこの時期、大江さんが前例の無い形のTV出演をされたことです。
中曽根康弘氏とのやりとりは静かな中にも迫真でした。感慨深かったのは、特に右側に座っている方々と大江さんがあまりにもかけ離れている事でした。中曽根、栗山元駐米大使は大江さんに対し「大江さん」「大江先生」と一度も呼びかけませんでした。ことに栗山元駐米大使は発言ごとに「中曽根先生」「後藤田先生」と定冠詞のように呼びかけていたにもかかわらずです。自国のノーベル賞作家に対してあのような軽視した態度に終始するリーダーを持つこと、そのような方々にご自分の信念を曲げず堂々と主張される大江さんに感慨がひとしおでした。
2003/12/21, いとうくにお
miuraさん、大江昭太郎さんの情報ありがとうございます。
2003/12/21, miura
miuraです。20日夜のテレビを見ました。
「暴力に逆らって」の書簡集通り、大江さんの意見は一貫しております。なにをもって「形而上学的」なのか、「かっての大江ファン」さんの気が知れません。
日本国憲法の精神が、平和と平和主義者にどれだけ勇気を与えているか、「日本国憲法」にノーベル平和賞を与えられてもいい程、注目されている時、現実的でないからと現実にあわせて憲法を変えようという勢力に、大江さんは懸命にやさしく反論しておりましたね。たくさんのことを一度に言わなければならない為に、顔面がいくぶん赤らんでどもりがちでしたね。

ところで、大江さんの兄の昭太郎さんは、歌人でした。創設時からではありませんが、「地中海」短歌会に亡くなるまで居らして、私もその結社に今属していて、いわば大先輩です。歌集は2冊で、第1歌集「永劫の水」、第2歌集は「黄瑞香」です。出版社はわかりません。私も持っておりません。
2003/12/21, 弥生
かつての大江ファン 様

大江の意見が空想的であるとのご指摘ですが、では中曽根氏の意見は現実的でしょうか。「戦闘行為ではなく、給水や学校、医療支援のための復興支援のための派遣」と強弁されますが、一体、今のイラクの「現実」は、そのような活動を可能にする状況ですか。例えば、水をもらいに来たイラク人が自爆テロを仕掛けたらどうやって防ぎますか。学校の再建作業中にロケット弾で狙われたらどうしますか。病人を装ったテロリストをどう防ぎますか。軍事専門家は、おそらく自衛隊は宿営地に閉じこもって一歩も外では活動できないだろうと予測しています。(参照:http://www.kamiura.com/new.html)それが、今のイラクの現実でしょうし、想像力とは、このリアルさのなかで当然に発揮されるべき人間の予知能力です。東京も危険だという意見は詭弁です。危険性とは危険が発生する確率の程度です。交通事故の危険性は東京の方が高いでしょうが、戦闘に巻き込まれる危険性はイラクの方がはるかに高い。一国の首相がこのような詭弁を弄して重大な決定を下すことの愚かさにもっと早く気づくべきでした。
2003/12/21, 渡辺智子
かつての大江ファンさま、はじめまして。
おっしゃることは中曽根氏と同じご意見ですし、それは平和主義を批判するときの常套句ですから、すっかり定着した言葉ですね。私にとってはその曖昧な批判の言葉こそが朦朧としたものに思えます。もっと本質的に追究して欲しい。ですから、あの場に及んでも議論の相手からそのような言葉を繰り返されるとは残念でした。
小説家は職業上の空想家でもありますから、イメージも先行し、大江氏批判には必ず、それを言われますが、できましたら最近の著書や小説ではないエッセイ、講演集などもごらんいただけると良いかと思います。
とにかく、昨日の放送ではお互い自論の蓋を開けることだけで精一杯な短時間ですから、相互理解できようもありませんでしたね。
同じ側に立たれる後藤田氏のご意見は平和主義にのっとった正論だと私は思いますし、その正論をきちんと国民にわかりやすく説明されたのにはとても意義があったと思います。
私は逆にもっとかつての大江ファンさまもおっしゃる「現実」を対立の立場の方にしっかりと教えて欲しかったと思います。かつて首相をされた方が何度もおっしゃる「厳しい現実」をもっと明確に提示してくださらなければ、その論理展開を理解しようがありません。未来シミュレーションするときに確たる現実把握が必要なのは平和主義も同じことで、少なくともあの討論だけで大江氏が現実把握をしていないというのは早合点ではないかと思います。
あの場合、自論の展開どころか、中曽根氏の論理の矛盾に対応するのだけでもたいへんだったかと思います。私レベルの人間でさえ、何箇所も詭弁を感じました。
確実な誤認としては、NHKの世論調査のデータでは「派遣反対54%」と明確な数値が出ていましたね。それを見ながらも中曽根氏は「いまや国民の60%以上が派遣賛成なのですよ」とおっしゃいました。
大江批判、平和主義批判はもう結構ですから、相手側の主張の明確な論理展開を求めたいというのが、「現実」を知りたい国民の一番の願いではないのでしょうか?政治家に見える「他国との厳しい現実」らしきものが、一般人にはわからないのに、何の提示もなく、その言葉だけを武器(防衛という言葉にすり替えて)として強行しようとする。それが信頼へつなげられない問題なのだと思います。
2003/12/21, てっさい
みなさんはじめまして

いとうさんに相互リンクをしていただきながら掲示板になにも書きこまないというやや非礼な状況でしたが、大江さんテレビ出演ということもあり、この機会にこちらに参加させていただくことにします。なにとぞよしなに。

さて、NHKの討論ですが、ぼくとしては予想通りの展開でやや物足りないというのが正直な感想です。もちろん、動く(といってもテレビの中ですが(笑))大江さんをひさしぶりに拝見できたのはよかったのですが。
ただ、内容としては双方が壁に向かっておたがい独り言を言っているような印象をついにぬぐいされませんでした。理想と現実の対立というよりは、双方が経験と直観にささえられた理想を一方的に語るといった感じでした。

ぼくは小説家として大江さんを敬愛してはいるものの、今回の問題では中曽根よりの考えなもので、観ていてなんだか落ち着かなかったです。平和ほどありがたいものはないとは思いますが、平和憲法がアメリカの軍と核の庇護のもとに護持されてきたという欺瞞に対して、大江さんはどういうお考えを持っているのでしょうか。これから、もっとたくさん読んで学べればと思っています。
・・・・・・などとえらそうなことを言ってるわりには「新しい人〜」すら未読なのですが(汗)   

http://www2.ucatv.ne.jp/~b-crew.sea/
2003/12/21, 千葉の大江ファン
12月20日午後7時半からのNHK番組見ました。大江さんが、中曽根元首相、栗山元駐米大使、後藤田元官房長官の各氏らと、イラクへの自衛隊派兵について論じる「討論会」でした。出席者の平均年齢が高く、かつ不思議な人選。大江さんが、若い世代の代表(英語でいえば、チャンピオン?)になっていました。平和論で中曽根氏が、大江さんにたいして「空想的」と批判したのにたいして、大江さんが、「冷たい戦争」終焉後の世界を論じて、中曽根氏の考え方こそ「空想的」と反論していたのが圧巻でした。大江さんの姿を見て、あるエッセイ(『新年の挨拶』所収か?)を思いだしました。大江さんのお兄さんが大江健三郎さんにたいして「代表選手」という意味での「チャンピオン」という言葉を贈ったという話です。
 NHK番組での大江さんは、私にとっても「チャンピオン」でした。
 ところで、大江さんのお兄さんは、歌人だったそうですが、作品集は、あるのでしょうか。どなたか教えてください、お願いします。
2003/12/20, ラッキー
テレビを見ていて壮烈な論戦で、、、。家中で緊張しています。頑張れ!大江さん!っと皆で応援しています。
2003/12/20, かつての大江ファン
今日(2003.12.20)のNHKの日本の安全保障に関する
大江さんの意見を拝聴すると、やはり形而上学的な意見であり、
現実の把握が劣っているように思います。
まるで死者の奢りや性的人間の世界がそのまま全く変わって
いませんね。空想の世界に生きていらっしゃる。
つまり、自己中心的なんですね。
世界はこうあるべき、現実が違ってもそれを主張なさっているんのですね。
他の国の指導者がどう考えているなんて考えもしないのですね。
2003/12/20, いとうくにお
弥生さん、そういうことってありますよね。わかりますわかります。
2003/12/20, 弥生
>頭部を負傷した「新」の挿絵は何ページにありましたか

見当たりませんね。どうも、読んでるうちに自分で描いていたようです。(大笑い)大江文学の放つ喚起力のなせるワザとお許し下さい。でも吾郎にダブります。
2003/12/20, いとうくにお
どんぐりさん、こちらこそよろしくお願いします。どうぞ気軽にご投稿ください。
大江さんの受賞は教授の予想より20年くらい早かったわけですね!
2003/12/20, どんぐり
このサイトを楽しみにしています。
いとうさん、ありがとうございます。

私が30年前、学生の時、文学の教授が嘆いていました。
三島由紀夫が自殺したときのことです。

「三島はノーベル賞を受けると思っていたのに……!
この次は、大江健三郎が80歳ぐらいになったときだろう。」
と、言っていました。

だからこそ、大江さんがノーベル賞を受けたときは
うれしくて飛び上がるような気持ちでした。

『取り替え子(チェンジリング)』からの諸作も
とても魅力的ですね。
いろいろ伏線がありそうで、再読するのも楽しみです。

あれこれ迷ったのですが、
「どんぐり」なんて変な名前にしてしまいました。
「どんぐり」の「どん」は、「鈍」かな〜?という意味を
含んでいます。
ろくなことは書けないと思いますが、今後もどうぞよろしく。
2003/12/19, いとうくにお
弥生さん、頭部を負傷した「新」の挿絵は何ページにありましたか。116ページに殴り合い直前と思しき場面はありますが…。
ピエロのような真木の絵の話ですが、p.195の挿絵も、黒目の下に黒い点のようなものが描かれていて、やはりピエロのように僕には見えました。ピエロの化粧のパターンとして、涙を流している顔というのがあったと思うんですが、そういう感じ。そこで僕が感じたのは、真木の孤独感の表現かなということです。実際にはそうではないにしろ、p.265などの場面においては、読者は真木が孤独感を感じているのかもしれないと想像するわけですが、それを舟越流に表現したものかなと。弥生さんのトリックスター説も、成り立ちますね。
こうしてあれこれ考えさせてくれるのも、挿絵の楽しい効果といえそうですね。
2003/12/19, 弥生
 いとうさん。メーリングリストで指摘されたの真木の顔ですが、本当に印象的ですね。このシーンの真木には、知的障害をものともしない力強さがあります。彼の「新しい人」への再生の瞬間だと直感しました。なのになぜ、ピエロなのか。ここで想起されるのが、大江の文学理論に大きな影響を与えている「トリックスター」(山口昌男)、「グロテスク・リアリズム」(バフチン)の理論です。この作品で、真木と「ベーコン」は時空を超えるこの物語の案内役として機能しています。ちょっとお茶目な目立ちたがり屋さん。それでいて既成の権威の空虚さを鋭く突いてくる。この真木の果たす役割への読み取りがこのピエロに描かれているように思えるのです。
 ところで、これに限らず、「二百年」には、大江の作品群に通じる様々なメタファーが潜んでいるようです。「新」=ギー兄さんもその通りです。あるいは、「新」=吾郎=義兄。これも挿絵ですが、頭部を負傷した「新」の姿が、生前、暴漢に襲われて負傷した伊丹十三氏の記者会見での姿にタブってしまう。
 「ベーコン」はどうでしょう。吼えない犬。これは本当に「犬」なのか。この名前。18世紀イギリス経験論の哲学者である「フランシス・ベーコン」。さらに、今世紀アイルランドの現代画家である「フランシス・ベーコン」。全くの思い込み、既視感かもしれないけど、この二人のベーコンについて、大江がどこかで語っていたような気がします。いずれにしろ、ファンタジーではあるものの、最後の4連作の第3部の作品として、この作品には、たくさんの隠し絵があるようです。最終作でどのようにこれらの円環が閉じるのか。期待で胸が一杯です。
2003/12/19, 堀田
初めまして、読売新聞東京本社の者です。
土曜の読売新聞に連載されていた「二百年の子供」の連載完了と、単行本出版を記念して、来年2月に大江先生の講演会を開催することになりました。読売読者の方には、すでに12/8付の紙面(社会面)で告知いたしましたが、それ以外にはあまりPRをしておりませんので、大江作品をいつも注目していらっしゃる皆様にお知らせしたく、この掲示板をお借りしてご案内いたします。
いとう様、書き込みを快諾していただき、ありがとうございました。

昨日現在、チケットはまだ両日ともございます。

ー大江健三郎・光の 親子のための「二百年の子供」講演とコンサートー

日時: 2004年2月21日(土)、22日(日)
    午後1時開場、1時30分開演

場所: 東京国際フォーラム ホールC
    (東京都千代田区丸の内3−5−1)

料金: 1,000円(全席自由、消費税込)

チケット申込み: 03−5212−1325(読売チケットプラザ)
         月〜金の午前10時ー午後5時

講演に関するお問合わせ:03−3216−8663
            (読売新聞東京本社 販売企画調査部)

内容:第一部 大江健三郎氏講演(約1時間)
   第二部 ピアノ、フルート、ヴァイオリンによる、大江光さんの曲の
       コンサート(約1時間)

※未就学児は入場できません。
※内容は2日間とも同じです。
※定員各1500人
※車椅子でご来場の方は、チケットお申込み時にお申し出下さい。
2003/12/18, ラッキー
E.W.サイードさんの『イスラム報道』を読みました。一冊で早急な結論はつけられませんが、きわめて論理的かつ緻密な本でした。その知的誠実さと勇気に感動しました。本ばかりよんでるさん、『すばる』2004年1月号は気がついていませんでした。教えてくださってありがとうございました。とにかくさまざまな情報が飛び交う中わたしにできることは身近な人と情報を交換し話し合うことです。今日の首相官邸メールを読みました。
2003/12/15, CK
中央公論新社のものです。ハンドルネームに社名が出ているとなんだか気はずかしいので、略しました。

まずは、いとう様、感想文のリンクをこちらに貼っていただき、ありがとうございました。おかげさまで、ぽつりぽつりとですが、大変素敵な感想文が送られてくるようになりました。本当に感謝しています。先生には「必ずお届けします」ので、これからもどうぞ皆様、よろしくお願い申し上げます。

大江先生のテレビ出演の予定をお知らせします。一月に「徹子の部屋」の放映が決まっています。近くになりましたら、また……。
2003/12/15, いとうくにお
真美さんの書き込みに、はっとして『憂い顔の童子』を手に取りました。すっかり忘れていましたが、こんな記述があったんですね。「コギト、コギト、目をさまして、あの小説を書こう。森の奥に、とても巨大で複雑な機関のような夢を見る人が、横たわっている小説。「童子」たちは、森の夢を見る人から発して世界に出て行き、また森に戻って来る。永遠にそれは続く。コギト、コギト、あなたは永遠の時間に二百年の区切りをすることから、物語を作ろうと思い立った。」(『憂い顔の童子』p.519)
『憂い顔の童子』から後ろと前に伸ばされた手によって、
『取り替え子』―『憂い顔の童子』―『二百年の子供』というつながりが形成されているんですね。弥生さんが、次の作品(最後の?作品)を含めて四部作となるのではないかという予言をされていますが、こういった読み取りに基づく予言だったのでしょうね。
『取り替え子』と『憂い顔の童子』は同じ次元の世界ですけど、『二百年の子供』は古義人の創作の世界。次の作品はまた古義人の物語になるのかなあ。
2003/12/15, 真美
いとうさん、こんばんは。

『二百年の子供』は『憂い顔の童子』で古義人が書こうとしていた小説なのですよね。
眠ってしまった(此方の世界に目とつぶってしまった)古義人にかなしい気持を共有した去年だったのですが、『二百年の子供』で前向きなちからがわきました。(船越桂さんの画にも)

全体として、大江文学の世界の大きな円環が閉じるような印象を受けました。

同感です。その中で自由に行き来することは出来ると思いますが、大江氏の作家活動が大きなひとつの作品として、想像力を通じた生として完成(?)しつつあるような気がします。
そして「記憶して下さい。私はこんな風にして生きて来たのです。」と語りかけてくるのだと思います。
2003/12/15, いとうくにお
本ばかり読んでるさん、ここは皆さんの自由意志による投稿で成り立っている掲示板ですので、どなたかが話題にすればそれは話題になりますし、どなたも話題にしなければ話題にならないということになります。私自身が独自の情報網を持っていて、キャッチした情報をここに掲載する、などということもありません。むしろ私はテレビ、ラジオはあまり視聴しませんし、文学誌を手に取ることもあまりない生活ですので、多くの場合、皆さんのご投稿によって大江さんの活動について知るという按配なのです。
2003/12/14, 本ばかり読んでる
いとうさんと皆さんにお聞きしたいのですが
この掲示板で話題になる事とならない事の基準は
何なのでしょうか?
ニュースステーションについては話題になりましたが
出会いのハーモニーに大江さんが出演された時は
二回とも(私の知る限り二回)話題になりませんでした
(私の見落としだったらすみません)
二回とも途中からしか見られなかったので
このページに期待したのですが・・・
すばる2003年1月号も読めなかったので
このページを見たのですが・・・
すばる2004年1月号には
サイード等について話した講演が載っていますが
話題になっていませんよね(これを書いてる時点で)
この辺の基準を教えて頂きたいのです
今まで聞きたい事があったのですが聞けなかったので
2003/12/14, いとうくにお
虚雪さん、おひさしぶりです。お探しのものが見つかってよかったですね。気が向いたら感想などお聞かせください。
ところで、『二百年の子供』を読み終えました。12月1日の投稿で弥生さんが「「憂い顔の童子」と双生児のような作品」と評されていましたが、確かに両作品は深い関係にありそうですね。表面的に見ても、新(あらた)やカッチャンという共通の人物が登場しますし(この新(あらた)少年は、なんだかギー兄さんを連想させますね)。全体として、大江文学の世界の大きな円環が閉じるような印象を受けました。
2003/12/13, 虚雪
こんばんは。
お久しぶりです。
以前この掲示板で「政治少年死す」の事で質問したものです。
皆さんのご協力のおかげで「政治少年死す」が全文掲載されている雑誌を手に入れる事が出来ました。これからじっくり楽しみたいと思います。
自分の質問に親切に答えてくださった、いとうくにおさん、みなさん
ありがとうございました。
ここにご報告させていただきます。
2003/12/12, 前田K
前田Kです。
来年の1月23日、小澤征爾さんと大江さんの対談集『同じ年に生まれて 音楽、文学が僕らをつくった』が中公文庫に収められるそうです。
最近、大江さんは読売新聞=中央公論新社と縁があるのですね。
『夜よゆるやかに歩め』(中央公論社)の登場人物の一人は伊丹十三さんがモデルのようですが、そうした長編や、かつての雑誌『海』(中央公論社)に載った弔辞や対談(リョサやグラス)から随分と時間と仲違いを経て、再び老舗の出版社と交流を始められていらっしゃる。
大江さんは常に「新しい人」になる努力をされている人だ、と改めて思います。
2003/12/11, ラッキー
 今日図書館に行きましたら、『英語青年』の2004年1月号にE.W.サイードさんへの追悼特集が載っていました。もう一度ゆっくり読み返さないといけないと思いました。
2003/12/10, いとうくにお
本ばかり読んでるさん、ありがとうございます。「こころ」の引用は、ずいぶん前のことだったんですね。
2003/12/10, 本ばかり読んでるバカ
はじめまして

”記憶して下さい。私はこんな風にして生きて来たのです”
という文章は”持続する志”(講談社文芸文庫)の567ページにあります。
1965年に書かれたものです。
高校の教科書で「こころ」の後ろについていたのを思い出したので。
この年に大江さんはノーベル賞を受賞しました。
2003/12/9, 白石ヒロ
今日 イラク派遣が 閣議決定されてしまいました。
先日の総選挙で 自民党が 一位になった時から こういう進み行きになることは 運命付けられていたようです。
もはや私達は 派遣を反対するとか、期間の 短縮とかを 訴えるすべはないのでしょうか?
そして 自衛隊員の 無事を祈ることしか出来ないのでしょうか?
大江氏は 今 無念の思いで 涙を流されているのではないでしょうか?
2003/12/7, いとうくにお
1oeファンさん、『言い難き嘆きもて』のお話、ありがとうございます。僕もいま確認しました。最後の一遍が「記憶してください。私はこんなふうにして書いてきたのです。」という題名になっていて、そのなかで、漱石の「こころ」を引用したことがあると述べられていますね。
2003/12/7, 1oeファン
どうも 大江健三郎の読者の一人です
参考までになんですが2,3日前shinsakuさんの書き込みを読んだ時点で「ああ、確かにこの話は記憶にあるなぁ」と思いました。
結論から言えばそれは「「自分の木」の下で」ではなく「言い難き嘆きもて」についてだったんですが、僕の感覚では1題目が数ページから十数ページで書かれる連作形式のエッセイの何か最終の締めくくりの文章として書かれていたんじゃないか、という記憶のイメージがあったんです。確かにその文章を読んだときに、一連の文章の総括に漱石の下りに合わせて自分の生き方が語られる所に情緒的なもがあるなぁと、気持ちの盛り上がりを感じたのをぼんやりと思い出しました。
前置きが長くなりましたが、その日そういうわけで僕が確認したのは「言い難き嘆きもて」でした。
ところが今日になってあれは「「自分の木」の下で」にも書かれていたことだったと判明しました。「言い難き〜」の方にも『漱石の「こころ」の先生の遺書の一説を私は引用したことがある。』と触れられてるんですがそれが「「自分の木」の下で」だったと。
とどのつまりは僕が一人反省しろってことなのかもしれませんが、まぁそちらもあるんだと一応穴を掘って叫びたい気持ちではありました。
2003/12/7, いとうくにお
さきほど読書会&忘年会から帰ってきました。楽しかったですよ。レポートは後ほど。
くにこさん、qmさん、岡田さん、フォローありがとうございました。
2003/12/6, 岡田ehime
御無沙汰しています。岡田ehimeです。

いとうさん、shinsakuさん、
他にもあるのかも知れませんが私の知っている範囲では
いとうさんのおっしゃるとおり、
『「自分の木」の下で』の中の「どうして生きてきたのですか」本の23pに
該当する文章があります。
(今、納屋までいって本を取ってきて確かめました。)
「どうして生きてきたのですか」23pに

(以下引用)
さて、『こころ』で私をとらえたのは、小説の中で「先生」と呼ばれる人が、若い人に言う次の言葉のところでした。
《記憶して下さい。私はこんな風にして生きてきたのです。》私は漱石が「自分の木」の下で長い話をするようにして、小説を書いてきたのじゃないか、と思ったのでした。
 
続けて大江さんはもう一つ気がかりな言葉があると続けて記してあります。
漱石も大江さんもどちらも好きな方なので読んだ時、印象に残っていました。
後日、身内の追悼文集の冒頭にこの言葉を入れました。
shinsakuさんとは逆に「こころ」の中でその文が
どこにあるか確かめようと思いつつ、果たせないままで居ます。

蛇足ながら
いとうさん、参加者のみなさん
「200年の子ども」オフ会レポートも楽しみにしています。
2003/12/6, qm
 shinsakuさんの質問ですが、文頭でなければ、『「自分の木」の下で』に収められている、「どうして生きてきたのですか?」で言及されています。
 2,3度、この引用を読んだ記憶があるので、他にもあるのかと思われます。
 またしても、あやふやな返答ですみません。皆様のフォローをお願いします。
2003/12/6, くにこ
ありました。
shinsakuさん、お探しのものは、いとうさんの記憶どうり
−「自分の木」の下で−二つ目の、−どうして生きてきたのですか?−
の中に。23頁。
2003/12/6, いとうくにお
さちさん、はじめまして。その映画の原作となった『静かな生活』が講談社から文庫で出ていますから、まずそれから始めてはどうでしょう。短編集ですし、女性が主人公なので、読みやすいと思いますよ。あとは、『個人的な体験』と『芽むしり仔撃ち』という2作品をお勧めしておきます(どちらも新潮文庫にあります)。もしそういった小説がちょっと読みにくいようでしたら、『「新しい人」の方へ』、『恢復する家族』などのエッセイ集はとても読みやすいですから、いいと思います。
ひ弱な政治学科の学生さん、『わが人生の時の人々』でしたか。ありがとうございます。大江さんのことはどう紹介されているのでしょうね。
shinsakuさん、エッセイに該当する文章があったはずなんですが、思い出せない…。『「自分の木」の下で』だったかなあ(いま手元にないので調べられません)。どなたかご存知ないでしょうか。
2003/12/6, さち
はじめまして。
「大江健三郎」と検索して最初に出たこのホームページがとても素敵でなんだか嬉しくて書き込みしてます。
何年も前に俳優の渡部篤朗さんが好きで「静かな生活」の映画を見たのですが、最後に少しだけ出演者とお話されてた健三郎さんと光さんが、やさしくてユーモアのある雰囲気ですごく良いなあと思ったんです。
でも、私は読書じたい苦手で、ずっと大江さんの本も読んだこと無かったのですが、たまたま新聞のインタビュー記事を見て、この人「静かな生活」の人だ!と思い出して、こちらのファン倶楽部を見つけたり、ニュースステーションも見て、ますます好きになりました。
そこで、とうとう大江さんの本、読んでみようかと思うのですが、もし最初に読むのにおすすめがあったらぜひ教えてください。
よろしくお願いします。
2003/12/6, ひ弱な政治学科の学生
石原慎太郎のその小説はおそらく「わが人生の時の人々」だと思いますが。大江・石原・江藤・開高4者の写真が掲載されています。
2003/12/5, 中央公論新社
はじめまして。中央公論新社のものです。
こちらのサイトは、ときどきのぞかせていただいております。

小社では、新刊「二百年の子供」の感想を募集しています。
皆様の読後の所感を、どうぞ下記のアドレスにおよせください。
簡単なものでかまいません。(長文は、常識の範囲内でお願いします……)
なお、これは、あくまで、小社が読者の声をダイレクトに先生にお届けするためのものです。
先生からの「直接のお返事」は期待なさらないで下さいませ。
ただし、メールは確実に先生にお届けいたします。
すばらしいご意見・ご感想を心待ちにしております。
それではどうか、よろしくお願い申し上げます。

200nen.kodomo@chuko.co.jp
2003/12/5, shinsaku
「こころ」を読んでいます。
その中の一節の
「記憶してください。私はこんな風に生きて来たのです。」
という文章から始まる文章が大江健三郎氏の
文章にあるということを
知ったのですが、
それは何に掲載されたものなのでしょうか。
色々調べたけどわかりません。
お教えください。
2003/12/5, ラッキー
今の日本には確実に言論の自由はあると思います。何を語っても身の危険は諸外国に比べて少ないと思います。そういう中で戦争や平和を語ることは安全な場所にいてただ語っているだけにすぎないと思われてしまうのが現実だと思います。どういう風にどこに発表するかによると思いますが、、。ただ、私が一番気になるのは自分も含めて、たくさんの情報の中で「戦争」「復興」「自衛隊派遣」を語ると単純に仲間はずれにされてしまうということです。誰が悪いわけではなく、皆、一応に
無力感を感じているようです。本当に日本人というのは忍耐強い国民だと思います。「戦争反対」を唱えるほどの偉い人間ではないという謙虚な思いもあると思います。もちろん最初から、無関心な人達もいるみたいです。また、今は生活に精神的に余裕がなく、現実の仕事に生きていくために必死な人々もいると思います。先の選挙も投票率が約55%だったということも私には驚きでした。もしかして戦争や人の死が「リアル」なものではなく、メディアを通じた情報になりすぎているのかもしれないと思います。私が住んでいる地方でも、戦争のニュースと同枠にサッカーや野球のニュースが流れます。よくよく考えてみると、奇妙なものだと思います。それが日常生活に食い込んでいるのが今の時代なのだろうかと思います。
2003/12/5, いとうくにお
miuraさん、そのお話に出てくる作家は石原慎太郎で、その本は「弟」ではないかと僕は想像しています。読んでいないので、問題の件がどのように形で処理されたのわかりませんが、どなたかその本をお持ちの方がいらしたら、大江さんの写真が出ているか、その前後にどのような文章があるか、教えていただけると嬉しいです。
ひ弱な政治学科の学生さん、はじめまして。大江さんのスタンスへの共感があなたの心からずっと失われないことを祈りたい気持ちです。
はなさん、僕のこの質問はこの掲示板の枠を超えてしまうのですが…、亡くなられた井ノ上さんがイラク戦争を批判していたというのは本当なのでしょうか。インターネット上で確認できる情報源などがありましたら、教えていただけないでしょうか。
2003/12/5, はな
はなです。掲載とお返事をありがとうございました。
今日、例のリベラシオンの大江さんの論説の日本語訳を読みました。
(http://give-peace-a-chance.jp/118/ooe.html)
中に、
「2つの巨大な暴力が今日存在する:それは、核兵器と国際テロリズムだ」とありましたが、私はもう一つ足りないのではないかと思いました;つまり現在のアメリカ、ブッシュ政権です。
それ以外の小泉批判、アメリカのイラク攻撃批判、日本の果たすべき役割の提案についてはその通りだと思います。
海外で活躍する日本人がなかなか言ってくれない核兵器への批判をしっかりと発信して下さったことはとてもよかったと思います。

ひ弱な政治学科の学生さん、あなたのような方が政治を学んでいらっしゃるのは心強い限りです。
今回亡くなった外交官のおひとり、井ノ上さんは、イラク戦争を強く批判していたというのはご存知でしょうか。
マスコミは(なぜか)、政治家や政府はたぶん意図的にこのことに触れようとしませんが、政治に携わる人がすべて現状に流されているわけではない、その持ち場でできる限りたたかっている方も多いのではないかと思います。

大江さんもそうしてたたかっていらっしゃる方のおひとりなのですね。
2003/12/4, ひ弱な政治学科の学生
はじめまして、初の書き込みで少し緊張しています。僕は大江文学をそれほど多く読んだわけではありませんが、大江文学とその人柄のファンです。読んだ作品はかなり限られていて、死者の奢り、飼育、万延元年のフットボール、鎖国してはならない、は読みましたが、その他の作品は少しつまみ読みした程度です。その他大学の図書館から昔の群像や文学界、さらには全集などを借りて、奇妙な仕事を読んだり、政治少年死す(セヴンティーン第二章)、江藤淳氏との対談、安部公房氏や花田清輝氏との対談を読んだりしました。(東大新聞に掲載された 火山をひそかに読みたいと思っています)
なぜ、掲示板の書き込みをしようと思ったかというと、昨今の社会情勢に関して、日本の政治にも、そしてまた自分自身にも危惧を覚えるからであります。僕は政治学を専攻する学生ですが、理想を語ることは極めて困難である政治学を学んでいる一学生として、常に前向きで、困難な難題を自らが背負った上で、なおかつそこから未来を模索しようとする大江文学の基本スタンスに稀有の共感を覚えるのであります。極めて現実主義的にならざるを得ない政治学科の学生である僕にとって、大江文学は理想を思い起こさせてくれる処方箋なのです(実際に政治学的なスタンスに立ったとき、大江さんに対する批判は僕にだってありますが。)
現在にはびこる現実追認主義、例えば一見説得力のあるロジックによって国際貢献を何かと強調する政府、に流れつつある自分にとって(現実主義であることは政治学を学ぶ人にとっては絶対に必要なことだと感じますが)もう一度「深く考えるために」大江文学は必須なのです。
2003/12/4, miura
大江文学とのつながりの許容範囲と思いまして、、、、。
「新しい人」の方への中の、「人の言葉を伝える」の章で、大江は伝言ゲームの例を出して、初めの人の言葉が終わりまで正確に伝わらないことに興味を持ったことが書かれてありましたね。そのパターンの中で、単純な間違いをするのではなく、話しを伝える人に面白がってもらおうと、聞いたところを作り変える人が居り、こういう人は意外に多く、もしかしたらそういう話しの伝え方が普通かもしれないと述べた後、これには公平さへの勇気が必要だと付け加えております。そして「自分が面白いと思う方向に」話しを作り替えてしまい、不快な思いをした例として、自分が20代の前半で知り合った、政治家でもあれば文筆家でもあるその人の事に触れながら、不快な内容を書いております。この本でそれに詳しく触れるのは、確かに趣旨が違うのでしかたがなかったのですが、どなたかその具体的な内容をご存知でしたらお教えいただけませんでしょうか。「新しい人」の方への119Pに次のように書かれております。

 政治家でもあれば文筆家でもあるその人が、せんだって自伝のような本を出すことになり、たまたま私も顔を出している、同年代の小説家や批評家との写真をそこに入れる、ということで、出版社から私にも許可をもとめる手紙が来ました。文章としてその写真の入ったセクションに載る部分が、参考についています。それが事実と反するのに気付いた私は、写真の掲載には同意するけれど、ここで自分がいったとされている言葉は正確でない、と返信用の葉書に書きました。
 それに対する編集者の答えは、
ーーーまあ、いいだろう、といわれました、というものでした。人の言葉をつたえる際に、正確でない記述をしておりて、それを指摘されても、まあ、いいだろう、という。周囲がそれを許す。そういう地位にまで、この人物はたどりついているわけです。そしてそういう著者に、まあ、いいだろう、といわれると、自分の責任を持つ出版物について、そのままにする編集者がいるのです。
 
 ことの顛末がどのようになったか、知りたいと思ったのですが、どなたかご存知の方お教えください。
2003/12/3, いとうくにお
規制のことですが、掲示板を運営する側として、どこまでを掲載の許容範囲にするかというのは悩ましい問題だと感じています。ここでは「大江文学に関すること」という基準を設けているわけですけども、大江文学は社会状況と無縁なものではありませんし、大江さん自身による政治的発言もありますから、ここで政治のことが話題になるのも自然なことだと思っています。そういうわけで、政治関連の話題であっても、大江文学とのつながりがあるのであれば許容範囲だと僕は考えています。逆にいうと、参加者の皆さんには、大江文学とのつながりがないところまで話を広げてしまうことは避けていただきたいです。
2003/12/3, ラッキー
自己規制は確かにあると思います。私も別の掲示板に一行半、戦争への疑問、ブッシュ大統領への反感を書いたら削除されました。不適切な表現があったのだと思いますが、それにしても話題にあげることもできませんでした。皆の心の中にこの問題に触れる人間はいわゆる「議論好き」な人間という思いががあるのか、それよりも目の前の現実の仕事に集中したいと言う気持ちがあるのか、よくわかりませんが、、。「そのことはよくわかっている。」という気持ちが働いているような気がします。敢えて口に出す人間はコミュニティーやグループからしめだされるような感じがあります。被害妄想だといわれてしまったらおしまいなのですが、、。
2003/12/3, 渡辺智子
みなさま、こんばんは。
『婦人公論』の12/7号に大江氏と『二百年の子供』の挿絵をされた船越氏の対談が掲載されていますね。
私はお人柄とセンスの溢れるゆかりさんの絵も大好きですが、この船越氏の描かれた子供たちの顔もまた、大江氏作品の中で輝きを放つ少年、少女の存在感をとても良く表現していると思いました。幾多の困難にぶつかり、大人や社会に翻弄されながらもスポイルされることなく、自己の恢復力を持ち、自律する子供達。遠いまなざしは哀しみをたたえてもいますが、凛とした光を感じます。

はなさま、はじめまして。

>大江さんは常日頃から、こうした反戦(あるいは護憲)の思想を持っている方なのでしょうか。

大江氏は終戦を少年期で迎え、それからずっと信念を曲げずにこられた方だと、私は思っています。それはどの時代の作品にも直接的ではなくとも間接的に溢れています。ですから、どの作品を読まれてもそれらは感じられると思うのです。
戦争に理不尽な思いを抱く方でしたら、私のお薦めとしては『暴力に逆らって書く』という往復書簡はいかがでしょうか?小説ではなく書簡集ですが、世界の他の知識人の戦争に対する抗議や批判、それに対する大江氏のお考えもよく理解できます。
また、『ヒロシマ・ノート』はとてもわかりやすいと思いますよ。
講演でも、小説でも、エッセイでも、対談でも、大江氏は闘っていらっしゃいます。
また、言論の自由とはいえ、日本の一般紙では暗黙の抑圧、規制が引かれているというのも現状ではないかと私は考えます。
以上、個人的な意見ですが、ひとつのご参考までに。
2003/12/3, はな
はじめまして。
大江健三郎さんの公式サイトを探したのですが、見つからず、ここをのぞいてみました。大江さん自身の公式サイトというのはないのでしょうか。

ところで、ニュースで、大江さんがフランスの新聞に、「私は怒っている」という論文を書いたと見、とてもうれしく思いました。
大江さんは常日頃から、こうした反戦(あるいは護憲)の思想を持っている方なのでしょうか。それとも今回のイラク派遣にだけこういう意見を持っているのでしょうか。

それから、大江さんの影響力を考えると、フランス紙に論説を書くのもいいけれども、なぜ日本の全国紙に書かないのかなと思ってしまいます。
あるいは私が見落としているだけでしょうか。今までにそのような発言を日本の媒体でされていますか。ご存知ならば教えて下さい。

「大江文学に関すること」と掲示板の但し書きにありますので、不適当かもしれませんが、ちょうどこの話題をこちらでみましたので、投稿してみました。ご存知のことがあれば教えていただけると幸いです。
2003/12/2, mimi
真澄さんへ
ココにありましたよ。ご覧になりましたか?
ttp://www.liberation.fr/page.php?Article=161507
2003/12/2, いとうくにお
真澄さん、いまならアサヒコムにある程度のことがかかれてますので、探してみてください。もしかしたら、リベラシオン紙のウェブサイトで記事そのものが読めるかもしれませんね。
2003/12/2, 真澄
12月1日付でフランスのリベラシオン紙に、大江氏が「私は怒っている」という題名で論文を書かれたそうなのですが、詳しい内容がわかれば教えてください。
2003/12/2, 弥生
先日のNSで、大江はこの作品が最後から2つめの作品になる。最後になるだろう作品をもう一つ書くと言ってました。「二百年の子供」を読み終えて、僕には一つの予言があります。それは、その最後の小説を含めて、「取り替え子」以後の4作品は、大江文学の「後期の仕事」を構成する4部作ではないかと。そう、あの三島由紀夫が、「豊饒の海」4部作を「最後の小説」としたように、大江は、長い着想を得ながら、最後の4部作に挑んでいるのでないか。この間の3作品が、序、承、転を構成し、最後が結となるのではないか。とすれば、その結となる作品は、時空を超越した大円団となるはずです。誰の思想をモチーフとするだろうか。僕は、ここでスピノザを予言したい。「燃え上がる緑の木」を書いたあとの沈黙の期間、読んでいたというこの思想家を大江がどう消化したのか。まだ、どこにも書かれていない、信仰のない祈りの結末を読んでみたい。
2003/12/1, 弥生
「二百年の子供」読了。基本的にこれは、前作「憂い顔の童子」と双生児のような作品です。昨年、「童子」の読解として、「「読み返す」を通して、人生をもう一度振り返りながら、過去がいっぱいに詰まったこの一瞬、「いま、このとき」(ベンヤミン)を見つめよう。そして、新しい人として自らの目覚めを見通せ」と書きましたが、ほぼ同じ感想です。この2作品を貫く「童子」とは、「新しい人へ再生する人」のメタファーです。
2003/12/1, テンプラボーイ
「われらの時代」という作品はどうですか?
ブレイクの詩の解釈については、確かな答えがひとつある、という訳ではないので、せめて自分がどのように解釈し、なぜ理解に及んでいないと思うのかを言っていただけなければ、答えようがないと思います。でないと、誰かの答えたブレイクへの解釈が唯一無二の正しい「解答」とされてしまう恐れがあるのじゃないでしょうか。自分で想像力を働かせることが大事だと思うのです。
2003/11/30, 匿名希望
はじめまして。学校で作家についてグループで調べ発表するということで、大江健三郎について調べています。僕は「政治的社会性と志」という視点で紹介します。しかし、政治にまつわるネタがみつかりません。何かないですか?そして、「新しい人よ眼ざめよ」を読んだのですが、ブレイクの詩が理解できません。教えてください。
2003/11/29, 卯野公子
45年前、津山市で大江先生の講演拝聴。まだ難しすぎて、本屋でも横目で見るばかりでした。NHKの番組で懐かしくご対面そのお話はありがたく心の深いところまで染み入り、光さんを囲む家族、父のありかた、母のまなざしなど。感動でよいコンサ−トのあとのようでもありました。 私には4歳年上の姉がおり気性の激しい知的障害者で今は施設にてお世話になっております 私の58年の中、妹として辛いことがありすぎました。光さんの音楽に触れるたび大江健三郎とその積み重ねた家族の温もりが伝わり自分のことのようにうれしく感謝でした、「自分の木」の下で。これから読ませていただきます。
2003/11/29, どんぐり
はじめまして。いつも、楽しみに読ませていただいています。

ラッキーさんのおかげで、先日のニュース・ステーションを見ることができました。テレビに出たり、インタビューをしている大江さんには、作品のイメージとはまた違う魅力がありました。

11月25日という日は、三島由紀夫の自決で忘れられない日です。
その33年後、
同じ日にとられた大江さんの行動や言葉には、大きな意味を持ったメッセージが込められているのでは……と考えています。

今、『二百年の子供』を読んでいます。
11章 百三年前のアメリカへ行く を読んでいて、
“It is not right.”
という言葉が出てきて、はっとしました。
“むめさんが作った女子英字塾”とか、
“むめさんが「新しい人」になったというのは……”
という部分もあってどきっとしました。

まだ読んでいない方の楽しみのため、このぐらいにしておきます。
『同時代ゲーム』や『芽むしり仔撃ち』を思い出させる場面もあって、
大江ワールドへの入口のような本でもあるなと感じています。
タイムマシンではないけれど、過去へも未来へも
案内してくれる一種のタイムマシンのような気もします。
読んでしまうのがなんか惜しくて、ゆっくりゆっくり読んでいます。

この本を読んでいて、
また、いろいろ大江さんの本を読み返してみたくなりました。
2003/11/29, N
yoshimi 様へ

新聞掲載の情報を頂き、ありがとうございます。
私も今日26日の読売新聞に掲載されていることを確認しました。情報をねじらせて、皆様を惑わせてしまったかもしれないことを申し訳なく思っています。しかしyoshimi様のレスポンスには元気づけられました。ありがとうございます。
2003/11/28, GUCCI
こんにちは。東京の印刷会社に勤めるものです。大学の頃からこのページをよく読まして頂いています。大江さんの小説を最近貪るように再読しています。ほとんどの作品は読んだのですが,その一冊一冊の内容と言葉を思い出せるかと言われると,特に学生のころ読んだものは怪しいものです。それはつまり理解していなかったということなんだと思います。すばらしい言葉と思想だと,その当時は思っていたのにちゃんと自分の中に刻まれていなかったということが悔しくて,いままた本棚から引っ張り出してきて埃を拭き拭き読みふけっています。
まずは『日常生活の冒険』から…。これからもこのページを拝見させていただき,大江文学の奥の深さを知りたいと思います。
PS:12/29日本橋の丸善でサイン会があるらしいです。是非行ってきます!
2003/11/27, T.I
私の投稿に対し、皆様からたくさんのご回答、情報をいただきありがとうございました。質問Uについて、実は私も「It's not right. 」と言われたように聞きましたが、大江さんがまず天気予報のコーナーで、この一文の使い方を話されていましたので、正しい解釈に自信がありませんでした。緊迫した外交で使う場合もっと深い意味があるのかと思いました。
2003/11/27, みやっち
いとうさま、皆さま。
あやふやな書き込みで失礼いたしました。
まったく、記憶というものは、あてになりませんね。
ビデオで確認されたかた、ありがとうございました。
聞き落とした部分もあり、たいへん勉強になりました。
2003/11/27, yoshimi
N 様
こんにちは、Nさんの情報で読売を気にしてみていました。
青学で行なわれた「21世紀の創造」の記事ですが、昨日(26日)の朝刊に出ていましたよ。
青学の広告も兼ねて3面も使ってありました。Nさんの情報のお陰で読むことができました。
ありがとうございます。東京会場の分は一日早かったようですね。
2003/11/27, いとうくにお
Nさん、新聞の件、情報ありがとうございます。
やはり It's not right. でしたか。T.Iさんのご質問には、それはどういう意味かということもありましたね。テレビで大江さんが言っていたのは、こういう話です。日本初の女性留学生の一人であった津田梅子(津田塾大の創立者ですね)が、米国で It's not right (それは正しくないです)という言葉をよく使った。小泉さんも、ブッシュ大統領が戦争をするといったときに最初にそう言っておくべきだった。そう言わなかったために、お金を出さざるを得ない事態になり、今度はもしかしたら命を差し出さなければならないかもしれない。という話でした。
2003/11/27, N
11月18日に、青学で行われた、教育フォーラム東京「21世紀の創造」の内容が11月27日の読売新聞に掲載される、と書き込みしたNです。
フォーラムの最後に今月27日に掲載される、というアナウンスがあったのですが、今日読売新聞を見てみますと、フォーラム福岡とフォーラム滋賀のみ、内容が掲載されていました。
東京で行われたフォーラムの内容は、紙面の関係で削られてしまったのか、事情はわかりませんが、掲載されていませんでした。
楽しみにされていた方がいらしたら、申し訳ありません。

また、11月27日のT.Iさんの質問Uに対する答えは、いとうくにおさんがレスポンスされているように、"It's not right."です。ビデオを見て確認しました。
2003/11/27, ゆい
T.Iさんの質問Uについて

私も 「 It's not right. 」だったように思います。

匿名さんのお答え、参考になりました。ありがとうございます。
2003/11/27, 匿名
11月27日のT.Iさんの質問Tについてお答えします
11月4日の読売新聞夕刊に掲載された文章
「現在に潜む過去と未来」を指していると思います
これは『二百年の子供』の連載を終えて書かれたものです
放送で指摘のあった部分を以下に引用します

この小説(『二百年の子供』)に期待をこめて書いたことですが、
日本の近代化を二百年の規模で、
それも世界的に実りのあるものとして達成したい。
そのためには、「新しい人」を育成しなければなりません。
古い人間の私が、
この方向へ自分の「レイト・ワーク」を進めようとして、
まず必要に思うのが、憲法を守ることです。
2003/11/27, いとうくにお
みやっちさん、はじめまして。qmさんともみやっちさんとも意見が分かれてしまいますが、私は
It's not right.
だったような気がしています(笑)。ビデオ判定の必要があるかな。
2003/11/27, みやっち
はじめまして、突然ですがレスします。
Uは、日本初の女子留学生だった津田梅子氏の言葉の
引用だったように思います。
 you are not right.
ではなかったかと・・。
ニュースステーションに登場されているのをみて、びっくりすると同時に
お話される大江さんを見て、最近のご本をぜひ読ませて頂こうと決意(オオゲサですが)しました。
また御邪魔させていただきます。
2003/11/27, qm
T.Iさんの質問 Uは
 I can't do it.
だったと思いますが。みなさんフォローをお願いします。
2003/11/27, T.I
25日に大江さんが出演された news stationから、以下の2点についてご存知の方がいらっしゃれば教えてください。

T:大江さんが新聞で現憲法を評価されていたという論文について(日付と新聞紙名)
U:大江さんが番組の中で「小泉首相はブッシュに対して、始めに謂っておくべきだった。」とおっしゃった英語表現とその意味について、よろしくお願いします。
2003/11/26, qm
いつもは、ニュースステーションは見ないのに、たまたまチャンネルがあっていて、
大江さんが座っていたので、びっくり〜♪しました。
ずいぶんと白髪になられましたね。そして、街頭インタビューは、こちらまでマイクを向けられているような気持ちになりハラハラドキドキでした。ケータイでしゃべっている、渋谷の女子高生を前にした純情、可憐な大江サンが良かったです。
考えること、話すこと、書くことの三角関係の話、身に沁みました。
2003/11/26, ラッキー
わたしもどきどきわくわくしながら見ました。わたしは随分ごちゃごちゃと余計なことをかんがえてしまうので、あんまり大江さんがすっきり明確にお話なさるのを見て
なんだかとてもほっとしました。頭の中がきちんと整理されたみたいな、それでいてとても自由な気持ちになれました。わたしだったらきっと周りのこととかこんなことを言ったら相手にどう思われるだろうか、、などと余計なことを考えて話をしたり書いたりするだろうと思いました。若い方々が自然に大江さんに接しているのを見てとても嬉しかったです。
2003/11/25, いとうくにお
ニュースステーションを見ました。マイクを手にした大江さんが渋谷の街(モヤイ像あたり)で若者にインタビューをしてましたね。ある意味、衝撃的な映像でしたわ。断筆をした後、小説に戻ってきたという自分の経験に重ねて、ニュースステーションを降板する久米宏氏に対して、いずれあなたはここに戻ってくることになるでしょうと大江さんが予言した場面も非常に面白いというか興味深かったです。
2003/11/25, いとうくにお
ラッキーさん、情報ありがとうございます。ニュースステーションには三度目の出演ということになりますね。楽しみです。
2003/11/25, ラッキー
今日、11月25日(火)9:54PM〜テレビ朝日のニュースステーションに大江健三郎さんが出演なさるそうです。大江さんが「街にでる」そうです!
2003/11/18, いとうくにお
Nさん、貴重な情報ありがとうございます。
2003/11/18, N
以前からこの掲示板を読ませて頂いていましたが、初めて書き込みをします。
大江氏の講演について、いくつか情報を書き込めることに気づきました。
まず、先月25日に新宿朝日カルチャーセンターで行われた氏の講演には、NHKの取材班が来ていました。そのうち一人の方と話す機会があり知ったのですが、当日の講演は来年1月13日、午後七時半から八時まで、「クローズアップ現代」という番組で取り上げられるそうです。
また今月6日には青山学院大学で、「何を学ぶか――作家の信条、科学者の思い」という題名のフォーラムに参加されていました。2000年にノーベル化学賞を受賞された白川英樹氏も参加されていて、フォーラムは、各氏の基礎講演と対談、そして学生から各氏への質疑応答、という構成で行われました。読売新聞とNHKが主催しているフォーラム「21世紀の創造」の一環で、今月27日に、読売新聞朝刊に内容が掲載されるようです。
以上、二点です。大江氏のこれらの講演に関心を抱いていた方は、チェックしてみてはいかがでしょうか。
2003/11/17, オピニオンM
本日私自身の御粗末なHPを立上げましたので当喫茶店にも是非お立寄り下さい。

http://www.geocities.co.jp/SweetHome-Ivory/9768/
2003/11/15, オピニオンM
いとうくにおさん大変感銘を受け繰返し読ませて戴きました。早速北九州市民の会の掲示板に御紹介させて戴きました。私自身何か世直しの妙手は無いかと四六時中考えていますが、現在、「オピニオン21」仮称で各界有志の御協力を得て{サイトで造る北九州、サイトで変えよう新しい日本」を旗印にサイト立上げに奔走している次第です、現在医師、歯科医師、大学関係者、病院経営者、各企業経営者、労働組合、各議員、老壮青、教育関係其の他各界の御激励を戴いますが皆様の御支援を得て是非この夢を実現したいものと存じて居ります。是非いとうさんに御助言賜りましたら幸甚なのですが、果して思う様に実現するか頑張ってみたいと思っています、
                               草々
2003/11/15, いとうくにお
 昨日の朝日新聞の夕刊に大江さんの講演のことが出ていました。先週、日本女子大付属高校で「人間らしい言葉」という演題で行われたそうです。記事によると大江さんは「自分が何を考えているのか、正確にはっきり表現することは、その内容に責任を持つ意味で非常に大切」と述べ、「はっきり表現するにはどうしたらいいんですか」という生徒からの質問には「まず書いてみる。何度も書き直してみる」と回答したそうです。エラボレートですね。
 あかさんから、自分でイメージしにくい表現にぶつかったときはほかの方の考えを聞きたいというお話がありました。僕としては大歓迎ですので、そういうときはぜひご投稿いただければと思います。上の大江さんの話に結びつけていうなら、そのように互いのイメージを文章にし話しあうことは、「正確にはっきり表現すること」へとつながっていくと思いますし。
 世界中に存在しているさまざまな問題に目を向ける必要があるというオピニオンMさんのご意見に賛成です。しかし、ともすれば僕などは目先のこと、日々の生活のことで精一杯という感じになってしまいます。世界の、世の中の厳しい現実にどうすれば目を向けることができるか。それには、大江さんのいう「想像力」ということがとても重要なのではないかと思いますね。たとえばイタリアの兵士がイラクで自爆テロにあうというニュースを目にしたとき、僕らが想像力に鍵をかけてしまっていれば「あ、そう」の一言でその出来事を片付けてしまえる。しかし、もしイタリアの兵士、その家族、それから自爆テロという方法を選択したイラク人、そういった人たちの心情に想像力を働かせるなら、事態の悲惨さのいくぶんかは理解できるかもしれません。自爆テロひとつ取り上げても、僕らは自爆テロという言葉にもう慣らされてしまいましたが、本当に想像力を働かせるなら、正視しがたいほどのむごさがそこにあると思います。そのような出来事が日常茶飯事のように起きる世界であってはならないですね。まあしかし、そういう想像ばかりしていたら毎日が憂鬱すぎて生きていくが大変になってしまいそうですから、そこはバランスを取りながらやっていきたいものだとも思うしだいです。
2003/11/13, オピニオンM
いとうさん今日は、貴方方の素晴らしい書込みを楽しみに毎日読ませて戴いています、今スメタナの名曲モルダウを聞きながら、親切な方々のお助けを得て読んで戴いているのですよ、恐ろしいくらい恵まれた、こんなに幸せな自分に引換世界中には飢えや病魔、悲惨な戦争に苦しむ人々が今だ多くいる事を思う時日本人はよく学習して歴史に照らし如何に生きるべきか、真剣に考えて見る必要があると思うのですが如何でしょうか、
2003/11/12, あか
 今年8月頃の津田さんの投稿に端を発した一連の議論を、大変興味深く拝読いたしました。
 小説を『理解する』という言葉の意味やその重要さとは、何なのだろうと考えさせられました。
 読解力という意味において、私はおそらく大江さんの作品を『理解』しているとは、到底言い難いと思います。しかし、感覚的に、読んでいる時にしばしば感じる気持ちのよさは、他のどんな作家からも味わえないものであり、それが読み続けている理由なのだと思います。
 ”気持ちのよさ”というのは、うまく言えませんが、”現実感”ということのように思います。それは私の現実とも繋がっていると同時にこの現実から少し先に進める予感を感じさせるものでもあります。それは、小説の主人公を通じて大江さんと負の感情を共有しえたかのような錯覚であったり、それまであいまいだった自分の意識が言語化されたものに出会えた時の喜びだったり、これから自分を励ましてくれるであろう言葉に出会えたときの心強さであったりします。

 いずれにせよ、このように感覚的にしか読んでいない私が、もし津田さんのような疑問を投げかけられたとしても、単に嗜好の問題としてしか対応できなかったように思います。
 しかし、皆さんは真摯にその疑問に答えようとされていた。
 私はその懐の深さに頭が下がる思いでした。

 ちなみに、アフリカの地図についてのみなさまのご意見も大変興味深かったです。私自身、大江作品の中でうまくイメージできない表現にぶつかることが少なからずありますが、いつか機会があれば、私もみなさまのイメージを拝借させていただいてもよろしいでしょうか?
2003/11/12, いとうくにお
オピニオンMさん、こんばんは。きちんとした文章を書かれているので、目がご不自由だとは思ってもみませんでした。パソコンを敬遠される方も少なくない中、こうして使いこなしてらっしゃるなんてすばらしいですね。たぶん、大江さんよりもパソコンにお詳しいのではないでしょうか。
大江さんの場合、ファクスに怒りを感じ、上から飛び乗って破壊したという話があったと思うのですが、そういう方なのでたぶんパソコンはお使いではないと想像しています。それでも、インターネットのウェブサイトの話が講演で出ることもあるので、きっとお子さんか周りの方が情報を提供されているのでしょうけども。
2003/11/12, オピニオンM
私は糖尿で眼が殆ど見えません。廻りの人達の手助けを得て皆さんのを読ませて戴きあの方この方に感謝するばかりです。本が読めるといいな、本当に羨ましい。
当掲示板に書き込むのは手が自然に動いてくれるので思った程苦になりません、大江フアンの皆様の知的センスの素晴らしさに感心しています。67才後何年と思いながら
も毎日充実した日々の中20年間パソコンを続けたお蔭と感謝しています。この年になっても文章作法をわきまえず御恥ずかしい限りです。北九州市民の会の掲示版にもお書き込み下さい、宜しく御願いします。
2003/11/12, オピニオンM
大江フアンの皆様是非下記サイトを御覧下さい。
北九州市民の会。

http://8321.teacup.com/0939211000/bbs
2003/11/12, ラッキー
前文を訂正いたします。パイプオルガンを弾いていらしたのは女性ではなくて男性でした。フラーティス・コルディストリオという演奏グループのステファノ・ペッリー二さんという方でした。教会からフルート奏者の女性の方(アンナ・マンチー二さん)が出ていらっしゃったのを見間違えました。11月20日(木)東京の千代田区麹町のイグナチオ教会でコンサートを催されるそうです。入場は無料だそうです。
もう一人女性で真田玲子さんというソプラノの方が歌われます。よろしかったらいかれてみてください。大江さんの文学からずれてしまって申し訳ないです。
2003/11/10, ラッキー
昨日は日本の運命が変った日でした。私はどうすべきか自分の判断に迷いを感じていました。朝から胸騒ぎがしていてもたってもいられず、教会へと向かいました。信者の皆さんと一緒におミサに参加しましたが不安はおさまらず、夕方から何故か涙がとまりませんでした。午後3時からもう一度ロザリオの祈りを信者の方に一緒に唱えてもらい、英語ミサに参加しました。そのミサが終わったとたん教会中にパイプオルガンのもの凄い音が鳴り響きました。天井から降ってくるような音でした。その音を聞いた瞬間から涙がとまりませんでした。でもそれは不安や恐怖の涙ではありませんでした。喜びの涙でした。バッハの曲でした。涙がとまりませんでした。弾いていらしたのはイタリアから来た女性でした。そして心に決めて選挙に向かいました。おかしな話だと思われるかもしれませんがそれが私の11月9日でした。
2003/11/10, あか
いとうさん、『二百年の子供』の情報、どうもありがとうございました。
文学論のようなものはよく分かりませんが、この掲示板をじっくり読む時間が、ささやかな楽しみとなりました。
大江さんの作品の好きな文章を何回も暗唱するほど読むように、この掲示板に出てくるみなさんの暖かでひたむきな言葉たちに勇気付けられています。
2003/11/9, オピニオンM
私は現在67才この年になると人生如何に生きるべきかのテ-マはあまりにも重く色々過去を反省して悩んでいます、然しその様な私にも大江さんの存在や書きものは一筋の光明を与えられ希望を持たせて呉れる有難い存在なのです又昨今青少年の教育や幼児教育は百の説法より大江先生の考え方光さんとの親子関係は文句無く納得させられるものです、子供達は純粋な眼で大人や親達を見ています。皆大江健三郎に習えかく叫びたい気持ちです。
2003/11/9, ゆい
「久留米大学医学部看護学科10周年記念講演」
拝聴しました。

大江さん。
耳を清まし、じっと動けなくなるような。 また、
クスッと笑っちゃうような『narrative』をありがとうございました。
講演前に、会場に流れていた♪
大江さんが2小節で聞き分けられ奥さまに褒められたという音楽も
とてもようございました。できれば喉頭する歌もお聞きしたかった。
今回の講演で「看護」について少し考えさせられました。特に、
恢復する見込みがある人とない人への専門家としての対応について
私なりに「ぼんやりとした関心」を持つことになりました。
昨日の月はとても美しかった。とても美しく徳した気分になりました。
読みやすい本の色のようなその月に、東京駅でくるっと回る人を想い
今頃森の中でその人のことを想われてるだろう大江さんを想いました。
2003/11/9, いとうくにお
オピニオンMさん、はじめまして。これからもよろしくお願いします。
あかさん、こんにちは。読売新聞に連載されていた『二百年の子供』ですが、今月の26日に刊行されるという話がメーリングリストで出ていました。連載中は読んでいなかったので、出版が楽しみです。
2003/11/9, あか
いとうさん、こんにちは。
そうです。久留米大学で行われた「看護が作り出す力」という講演です。
看護の仕事に携わっていない私でも、大変感銘を受ける内容でした。
大江作品は初期から中期の作品が好きです。(特に好きなものは、『空の怪物アグイー』『叫び声』『われらの時代』です。)
最近のものでは『取替え子』を読んだくらいです。
今は『われらの狂気を生き延びる道を教えよ』を読んでいますが、掲示板でのみなさんの投稿を読ませていただき、最近のものも読んでみようかな、と思っています。
ゆいさんの抜粋を見て『二百年の子供』に興味を持ったのですが、単行本として刊行されているのでしょうか。
2003/11/9, オピニオンM
始めて投稿致します、私も長い間の大江フアンですが、このぺージのある事を知りませんでした、是から楽しみに参加したいものです、人生を考えるに相応しいサイトですね。最近私が盛んに書きこんでいる、北九州市市民の会の掲示板も覗いて戴くと幸甚です。是から宜しくお仲間にいれて下さい。
2003/11/9, いとうくにお
あかさん、はじめまして。大江さんの講演というのは、久留米大学で行われたもののことですね? 聴き応えのある内容だったようで、よかったですね。
2003/11/8, あか
はじめてお便りします。
今日、大江さんの講演を拝聴しました。
小説やエッセイと同じく、とても勇気づけられる内容でした。
大江さんの作品を読み続けていられることの喜びをあらためて実感しました。
2003/11/6, くにこ
川の流れをみているような掲示板を知っています。未経験ですが「連句」とはこういう感じかなと思いました。それは、うまくいけばなのですが。確かに、楽しすぎて失敗することも、あまりのスピードに即答を安易にする傾向も、自分を含めてあります。でも、新しいかたちもできていくのではないかという期待もあります。
鄭義さんの波紋はすごいですね。彼は、大江さんは、そして、いとうさんはどんなおもいをされているのだろうと、いとうさんのコメントを読み、大江さんの小説を思い出しながら考えました。
2003/11/5, 弥生
いとうさん、本当にご苦労様です。このサイトは、まさに大江が『暴力に逆らって書く』のなかで触れている「魂のことをする場所として開かれた小さな共同体」(p141)であると思います。このご尽力に本当に感謝します。ところで、僕はいま、この往復書簡集に、先に記したフラナリー・オコナー『秘儀と習俗』と鄭義『神樹』を加えた3冊を並行して読んでいます。大江文学に導かれて味わう素晴らしいシンクロナイズ。オコナーは、『人生の親戚』のモチーフとなった作家ですが−実際、彼女の短編の多くは、この作品と同様、主人公の災難をもって終わります−、このエッセイ集では、グロテスク・リアリズムを主題とする小説論・作家論が「芸術の習慣」として語られています。一方、『神樹』は、小説とは「習俗(マナーズ)を通して秘儀(ミステリー)を具体的に表すこと」(p117)という彼女の定義をそのままなぞるかのように、中国の土着と革命史、習俗を語り、宇宙的なメタファーである「神の樹」という秘技を描ききっています。そして、書簡集にある、鄭義はもとより、グラス、ゴーディマ、オズ、リョサ、ソンタグ、ナジタ等々の小説と評論の数々。この往復書簡を通して、僕らは同時代の最高の知性に触れ、彼らへのアプローチの仕方を学んでいます。大江文学を通して、人生の習慣を学び、世界を広げる。言葉の正確な意味において、大江は僕等の人生の師であると思います。
2003/11/5, ローエンスタイン 一枝
大江文学に対する直接意見ではないのですが。。。。
私はカリフォルニアで障害を持つ子供(青年)の日本人サポートグループを運営しているものです。当地では障害を持つ人の芸術作品(音楽、絵画,文学その他)を積極的に国、州などが展覧会などをサポートしています。
光さんの音楽が一躍日本では有名になっている事は大変喜ばしい事と同時に日本での障害を持つ人の作品などはどのようにして公表されているのでしょうか?もしご存知の方は教えて下さい。
2003/10/31, いとうくにお
知識人の話に関連して。
この掲示板は皆さんご存知のとおり僕が手動で更新しています。いただいたご投稿は基本的にすべて掲載していますが、ときたま掲示板の趣旨にそぐわない投稿(文学とはまったく関係ないものや誹謗中傷の類)もあり、そういうものは掲載していません。先日もその手の投稿があったのですが、その内容は僕が自分の政治的立場に基づいて投稿を「検閲」しているという批判でした。
それで僕が思ったのは、その方はこのページの上に掲げている趣旨や、過去のいろいろな投稿を正確に受け取っていない、人の表現をはっきり聞き取っていない、ということでした。ここはファンのための掲示板ではありますが、大江文学への批判もあります。「検閲」だという短絡的な受け止め方の背景には、言葉を正確に受け取らない、はっきり聞き取らない、そういう態度があるように思えるのです。
大江さんが知識人の条件として「まず言葉を正確に話して、正確に受け取る人、今世の中でおこっていることを自分の言葉で表現できて、しかも他の人の表現をはっきりききとることができる人」ということをおっしゃっているわけですが、これは知識人だけでなく、すべての人にとって本当に大切なことだと思います。これは自戒をこめての話なのですが、この世の中のさまざまな問題の多くが、言葉を正確に話さないこと、正確に受け取らないこと、そこに関係しているという気がします。たとえば、家族の問題にしても職場の人間関係にしても政治にしても、正確に話して正確に受け取るという努力をすることで改善される部分はあるのではないか。いうは易し…、だとは思いますけども。
2003/10/31, ラッキー
皆様こんにちは。今「新しい人の方へ」を読んでいます。大江さんの鋭くも温かい今の時代への言葉をしみじみ味わって読んでいます。でも本当の知識人になるということは大変な忍耐と努力と心構えがいることだと思って、どきどきしながら読んでいます。私個人としては「知識人」という言葉がとっても苦手なのです。今まで「知識のある人達」のなかに入って徹底的に痛めつけられて傷ついた経験があるからです。きっと知識は両刃の刃なのだと思います。大江さんみたいに深くご自分を省みられるような方であればきっとそんなことはないと思いますが、知識人はともすると知識の無い人よりずっと残酷な時があると思います。自分自身のことも振り返って本当に知識をもつのにふさわしい人間なのか、反省しています。自分でも生意気なところがいっぱいあります。大江さんがやはり夏目漱石さんを高く評価なさっているところにしみじみ考えさせられました。生意気な時もあって、わたしは「なんで結局夏目漱石になるんだ!」とか考えたりした時もありますが、、やはり最近、夏目漱石の凄さを思い知っています。「新しい人の方へ」は本当にこころに響く本だと思います。
2003/10/30, いとうくにお
しんしろうさん、miuraさん、インタビュー記事のご紹介ありがとうございました。瞬間芸のような話し方が日本全体に染みとおってしまっているという批判は、自分を省みてもあたっていると思いました。テレビ(もしかしたらインターネットも)ばかり見てたら、いかんですね。また、そのように世の中の変化を鋭く正確に読み取る作家の力はやはりすごいものだなあとも思ったしだいです。
2003/10/30, miura
一通り(本当に一通りですが)大江作品は評論も含めて読み続けました。またずっとこの掲示板を読ませて頂いております。
「未来にむかって」のロングインタビューが”しんぶん赤旗”で終り、私も初めて書き込みをしたくなりました。
「『新しい人』の方へ」の仕事が、サイードと往復書簡の中で触れていた、芸術家あるいは思想家のレイトワーク(晩年の仕事)が、個人的に深まって内面に深くはいっていくものであると同時に、社会や世界と繋がっていく、つまり同時代に生きている人間の運命というものと繋がっていく、そして未来についての予言性をかちとるものだという、人を勇気づける特に傷ついているとか病んでいるとか苦しんでいる人間を勇気づけるものだ、という方向づけで自分自身のレイトワークを”子どもたちの教育に参加したい”と結論づけております。
 そして「『新しい人』の方へ」では、子どもや若い人に対して「核兵器が世界全体を覆っている時代の想像力」「『新しい歴史教科書をつくる会』や『心のノート』批判」「自衛隊員や家族など、具体的な進み方を決められない人たちの運命への想像力」などやさしいことばで述べたと、お話しが進んでおりました。
 一番印象に残ったのは、やはり「知識人と整合性」でしょうか。「インテリ」という言い方のプラス面を自分は選びたく渡辺一夫に学んだこと、またサイード氏の講演集の「知識人とは何か」からの『自分たちが生きる社会を作り替えるために努力する人間こそ、本当の知識人の名に値する』という彼の定義も含め、「僕は知識人とは何かというと、まず言葉を正確に話して、正確に受け取る人、今世の中でおこっていることを自分の言葉で表現できて、しかも他の人の表現をはっきりききとることができる人ということを、知識人の条件にしたい。そしてそういう人間がいまこの国で必要だと思う」と述べて戦後文学を支えた人たちの中にたくさん居たことも付け加えておられます。さらに残念ながら戦争直後からみると、現在は知識人にたいする信頼が薄くなっている。大学紛争以降大学内外の知識人に対しての若い人たちの失望感から、堅苦しいことを難しい言葉で言うのはやめて、やさしい言葉で、それも話し言葉で、表現したり受けとめたりすること、その方がやりやすいしかっこいいじゃないかという感じが日本の文化現象全体にしみ通って来ている。特にテレビがそうで、論理につながっているよりは笑いによって一段落つけて次にいく。論理の整合性、あるいは持続性というよりは、瞬間芸のようなもののつながりが、漫才やコントの場合だけじゃない、人気のある政治家、田中真紀子さんのように、今回いったことに、次回では責任をとる必要がない。政治的な討論番組をみても整合性のある話を続けている人というのは少なく一回ごとにその一つの瞬間芸をみせる。自分の尊敬できる人は、この整合性と持続性がある議員だ、と述べていたことでした。
全体としては、「新しい人」に若い人がなってもらいたい、「新しい人」の方へいってほしいという大江さんの熱情が静かにほとばしっているインタビューでした。
2003/10/28, しんしろう
 いとうさん、先日は私の述べた国語教育の問題にお答えくださり有難うございました。大江さんが、赤旗のロングインタビューの本日掲載分で、いとうさんのお考えに関連することを語っておられます。まず「自分たちが生きる社会を作り替えるために努力する人間こそ、本当の知識人の名に値する」というサード氏の知識人の定義を紹介した上で、「僕は知識人とは何かというと、まず言葉を正確に話して、正確に受けとる人、今世の中で起こっていることを自分の言葉で表現できて、しかも他の人の表現をはっきり聞きとることのできる人」と述べ、大江さんの考える知識人の条件をあげておられます。
 そして現代の日本の文化現象、特にテレビの表現について、「話し言葉で短く示す。論理でつながっているよりは笑いによって一段落つけて次に行く。論理の整合性、持続性というよりは、瞬間芸のつながり」と批判しておられます。その実例として田中真紀子氏をあげつつ、「今回いったことに、次回では責任をとる必要がない。テレビの一区切りが一つの舞台であって、舞台が終わればね、そこを超えてまで、論理の整合性を人が追求することはない。そういう点では、言葉、発言の、論理の整合性、持続性を重く考える態度が失われている」と、日本人の表現力の衰退、堕落を指摘しておられます(以前、政治家が「謙虚」という言葉を使うと胸クソが悪くなると書いてもおられましたね)。
 そういえば「二百年の子供」の最終回で、父が朔に「いつの時代にも、政治の世界や実業界や、マスコミで権力を握る連中は、この種の『新しい人』を作ろうとするんだよ」と語る場面があります。「この種の新しい人」とは、その場面の直前で語られる、その時の社会の仕組みや経済にそのままついてくる国民のことです。
 サイード氏の知識人の定義や、大江さんの繰り返し語る・述べる言葉から、本当の「新しい人」とはどのような人なのか、鮮明にみえてきます。私は中年のオッサンですが、今からでも「新しい人」を自分の中に育てたいと思います。
 本当にテレビばかりみているとバカになってしまいますよね!
 それから末筆ながら、いとうさん、いつもありがとうございます。
2003/10/28, エツコ
モリモト様へ
Bibliographyに関しましてはお手数ですが、下記までご連絡い
ただけますでしょうか。
tabulu@yahoo.co.jp
2003/10/28, 松坂有佳子
いとうさん、
いろいろ調べていただいたり、恐縮です。、
ありがとうございます。、
わたしは昨年暮れくらいから、イラク攻撃が取りざたされ、、
安穏としている自分自身の生活が問われてきているような気持ちがして、<、
平和についてもっと学んでいこうと思うようになりました。、
わたしには二人小さな子どもがおり、、
親として未来を子どもと一緒に築いていくという課題もあるように思い、
仲間で一緒に勉強しようと小さなグループを立ち上げました。
そこで最初に読み始めたのが『ヒロシマノート』なのです。
約40年前の古い本ですが、何だか私としては古いとは思えない、
とても今の自分に響く言葉で語ってくれているような気がしています。
大江さん自身が親となり、大きな課題を背負いながら、
自分自身の生き方を探しているようなところがあるからだと思います。
元凶を暴き出す厳しい言葉の中に、
自らの叫びやうめきが織り込まれているようです。
それでもなお、絶望の渕に佇む人間の中に希望を探し出されていることに、
一縷の希望を感じています。コンゴ動乱に関しては、調べていくにつれ、複雑で、そして今につながっている
 ことを教えられます。植民地化したベルギーのレオポルド二世の残忍な統治、経済的・政治的搾取、独立後に一層熾烈になっていく内外絡み合った利権争いや、それをより複雑にした様々な政治的・軍事的介入。何だか昨日か今日のニュースではないのかと思えてくるのです。だからこそ大江さんの「そこには人間的な希望のほんのちょっとした兆候も見出せない」の言葉に「えー、大江さん、ちょっとまって!」と言いたくなってしまいました。いとうさんの「別の答えが返ってくるかも」にちょっとほっとしました。ありがとうございます。
2003/10/28, いとうくにお
ほーりーさん、レポートありがとうございます。大江さんの翻訳が豊かな訳し方だというのは本当に同感です。文脈から各言葉の意味を正確に読み取る力と日本語の語彙の豊富さとがあってはじめて可能なことだろうと思います。
あづまさん、はじめまして。星新一から大江健三郎へというのは、相当なカルチャーショックでしたでしょうね。気が向いたら後期の作品の感想なども聞かせてください。
2003/10/27, あづま
 はじめて投稿させていただくあづまです。他愛ない読者ですからたくさんの話しをすることはできませんが、私の大江作品への思いを書かせていただきたく思います。「性的人間」を読んだ時の衝撃は今でもまったく薄れません。この世界に、このような表現の仕方が存在していたのか、と、小説といえば星新一くらいしか読んでいなかった私は、感服しました。小説ならこんなことも書けるんだ、と興奮した私はむさぼるように初期作品を読みまくりました。「恋愛を主体にした小説を書かない」という大江氏のスタイル、なかなかやるな、と思います。私にとって大江健三郎はなくてはならない作家です。そして今後期の作品にはまっています。どんな読書生活がこれから待っているのか。とても楽しみです。
2003/10/27, いとうくにお
松坂さん、こんばんは。僕が読んだ印象ですが、話に具体的イメージを持たせるために実在の都市名を挙げただけで、レオポルドビル固有の事情を踏まえての言い方ではないように思いました。その名前を出したのは、ニュースで報じられるなどして比較的なじみのある名前だったからなのではないかと思います。平凡社の世界大百科事典によれば「第2次世界大戦後に植民地政庁や外国企業の建物が近代化され,レオポルドビルは近代都市としての面目を整え始めた。1950年代にアフリカ各地で独立運動が激化し,59年1月レオポルドビルにも反ベルギー暴動が起こり,それを契機に60年6月ベルギー領コンゴは独立した。同年独立後の国内に内紛が起こり,レオポルドビルには国連軍が進駐した。」とのことなので、60年代前半の日本でもレオポルドビルの名前が報道を通じて市民の耳に届いていたということはあるんじゃないかと思います。
しかし、松坂さんのような捉え方も当然可能だろうと思います。それに、先の投稿を書きながら思ったのですが、たとえ発展途上国であっても、その国のやり方で大きな災禍から復興するということは可能なんじゃないかという気もします。いま大江さんに質問すれば、『ヒロシマ・ノート』とは別の答えが返ってくるかもしれませんね。
2003/10/27, 松坂有佳子
早い対応をありがとうございます。
1〜2日と書いてあったので、のんびり構えていました。嬉しいです。
さて、全体のニュアンスとして、いとうくにおさんの言われるようなことかなあと考えていました。でも、コンゴのレオポルドビルという地名が名指ししてあるので、アフリカ諸国やもと植民地支配を受けていた国々という一般的なことではないのではないでしょうか。ある程度共有されている客観的事実から言われているのでないとしたならば、差別的な発言にも受け取れ、違和感も感じてしまっています。
2003/10/27, いとうくにお
松坂さん、はじめまして。僕もコンゴについては詳しくありませんが、こういうことではないでしょうか。広島の場合、『ヒロシマノート』にその名が刻まれた重藤博士など大勢の人々が被爆直後の地獄そのものの状況のなかで、恢復のための闘いを始めた。長崎もそうだと思います。そして、いまだに被爆の後遺症で苦しむ人たちがいるにせよ、都市としての広島と長崎は短期間に復興を遂げたわけです。それに対し、アフリカ諸国の多くはヨーロッパの国々によって徹底した搾取を受けてきた歴史があって、それぞれ豊かな自然や文化があるにも関わらず、工業化、交通網、教育制度、医療制度、社会制度などさまざまな面で先進国に遅れた部分がある。そういう国の都市に原爆が投下されたならどうなるか。そこでの復興は非常に困難なのではないか。そういうことを「ひとつの都市全体が、ナチスの強制収容所のガス室のごときになる」と表現したのではないでしょうか。
2003/10/27, モリモトアキラ
エツコ様
色々教えてくれて有難うございます。是非とも、貴方のWorks Cited用Bibliographyを譲っていただけませんか?お願いいたします。
2003/10/27, 松坂有佳子
初めて投稿します。
平和を学ぶ勉強会で、『ヒロシマノート』を読んでいます。
X屈伏しない人々の項(109ページ以下)で、
出てくるコンゴのレオポルドビルについて質問します。
なぜ、レオポルドビルに原爆が投下されたならば、
一つの都市がナチスの強制収容所のようになってしまうのかということです。
もともとコンゴ動乱のことについてなど、
何の知識もなく、インターネットで調べてみていますが、
当時の月間世界などを読んでいる読者にとっては
当たり前の一般常識だったのかもしれませんが、
よく分かりません。
教えていただければ感謝なのですが…。
2003/10/26, ほーりー
いとうさん、皆様こんばんは。
25日に行われた朝日カルチャーでの公開講演会に行ってきました。
前半は『「新しい人」の方へ』からが、後半はサイード氏との話が中心でした。
会場は満員で250名の定員だったでしょうか?小学生から高校生といった年頃の方も50名ほどいるという話でした。
講演のはじめのころにマイクのトラブルがあり、2回もマイクの交換があったのですが、すかさず「ただいまマイクの交換が行われました。次は講演者の交換が行われます」とか「このマイクは私の話がイヤなんでしょうか(だったかな)」といったユーモアで流されていました。大江さんらしいですね。
講演の内容については、うまくまとめられないのでどなたか行った方がいらっしゃったらお願いします。
ただ(蒸し返すわけではないのですが)、「感受性が強い」もしくは「豊かである」と先週のレクチャーコンサートでの大江さんの表現をめぐってのやりとりがここでありましたよね。私も先週のコンサートに行きました。で、今回の講演でも同じはなしが出ていたのですが、「感受性に満ちている」または「感受性がある」という表現をしていらっしゃいました。日本語って本当にバリエーションが豊かで面白いですよね。わたしはこのような言い回しをあれこれ考えてみる癖があるので、このバリエーションも楽しみました。
ちなみに、「サイード氏はどのように書いているのか」という質問をしたら、「大江さんは感受性が豊かなようにみえないのに何をいっているのだ。サイードさんはいったいなんと書いていたのか、と質問された方がひとりいらっしゃいました」と誤解されていましたけど。
答えは「sensitive」。ま、当たり前のことを聞かれれば、怒りますか・・・
でも私は、先週のレクチャーを聞いていて思ったのですが、大江さんの翻訳って豊かな訳し方をされるように思うのですね。詩をご自分で訳されることも多いからでしょうか。
とりあえず、報告まで。といっても、報告にはなっていませんね・・・
それでは。
2003/10/26, エツコ
>モリモト様
はじめまして。私も都内の大学に通っております大江ファン(?)です。ちなみに大学では英文学を専攻しておりますが、卒論ではブレイクの芸術性と心身論をテーマに今奮闘しているところです。ブレイク関連の書物でしたら、卒論のWorks Cited用Bibliographyもございますのでもしよろしければ、そちらをお譲りすることもできますよ。
また大江文学に影響を与えた思想家についてですが、ブレイク研究の批評家ということでNorthrop Fryeも興味深いかもしれません。(大江氏もエッセイ内で言及している批評家です) サルトルも、初期の大江文学には多大な影響を与えた作家・哲学者であると思います。私もどちらかというと、サルトルやカミュなどの作品を読んだ後に大江氏の作品を読み始めました。
読みたい本が書店に並んでいなかったり、絶版になっていたりする場合も多々あるので、大学の図書館を利用するのもいいかもしれませんね。
2003/10/25, ラッキー
モリモトアキラ様へ
前文を訂正します。お値段は本屋さんのセールで$14.95でした。でも紙の質とか色の具合とかがお気に召さないかもしれません。きっともっと上質の紙で印刷の色等、原画に近いものがあると思います。もしかしたら購入されなくても美術館の蔵書の方がよりよいものが見れるかもしれません。昔、国立西洋美術館でブレイク展が催されましたから図録がでています。その冊子の最後にブレイクに関する著作や画集のタイトルがたくさん書いてありますので、ご参考になさってください。
2003/10/25, モリモトアキラ
ラッキーさん、教えて下さりありがとうございます。是非、一度読んでみようと思います。他にも、大江文学に影響を与えた思想家等知っていたら色々教えて下さい。少しずつ自分の知識を広めていきたいです。
2003/10/24, ラッキー
モリモトアキラ様へ
ウイリアム・ブレイクの本の出版社とタイトル、お値段をお知りになりたいということなのですが、私が図録を見ただけでもとにかく大変な量の研究書と本がでていますので、これがいいとは一口にはご紹介できません。私が持っている本では『BLAKE'S DANTE by Milton Klonsky』という画集があります。出版社はHarmony Booksでお値段はUS$で30$でした。ただもっとお安く購入できるものもあると思います。あんまりたくさん知らなくて申し訳ありません。
2003/10/23, いとうくにお
katsumiさん、はじめまして。メーリングリストに参加ご希望でしたら、kenzaburo-subscribe@egroups.co.jp にメールをお送りいただけば、自動的に登録手続きが行われると思います。もし、だめでしたらご連絡ください。こちらのほうで設定を行いますよ。
2003/10/22, katsumi
はじめまして。私もモリモトアキラさんと同じくサイトを見させていただいていたのですが、初めて書き込みさせていただきます。
私もオフ会がいつあるのか、気になってこの掲示板をずっと見ていたのですが、ぜひ参加させていただきたいと思っております。
残念ながら、通常使用しているPCが会社のものであり、どうもうまくMLに参加できないようです。何か、みなさまと情報を共有することのできる方法はありませんでしょうか?
2003/10/22, 渡辺智子
弥生さま、

引用されたコンラッド氏のこの一説、これは書き手からのご意見ですが、以前にこの掲示板でも話題になった「読解」に関するひとつの答えでもあると感じました。
そこに何を読み取るか、感じられるかは読者の力にも左右される。そして、それは受身ではない。また、何を得ようと自由でもあるのだということ。
参考になりました。ありがとうございます。

真美さま、

詳細に書いてくださったので、大江氏の言葉がその声とともに蘇ってきました。ありがとうございます。
実は、前発言をあげてから、新刊『新しい人の方へ』の中の「人の言葉をつたえる」という章が思い出されて、ドキドキしていたんです。言葉を大切にしなければいけないなぁ、と。

それから光さんの作品についてひとつだけ。私はとりわけ『ファンタジー・ハ短調』が好きなのです。
2003/10/22, いとうくにお
モリモトさん、はじめまして。オフ会は12月6日に開催の予定です。メーリングリスト内でオフ会参加者を募っているところですので、よろしかったらメーリングリストにご参加ください。ちなみに今回は『「新しい人」の方へ』の読書会と忘年会を兼ねた集まりになる予定です。
2003/10/22, モリモトアキラ
初めまして。以前からこのサイトを拝見してはいましたが、書き込みするのは初めてです。私は東京の大学1年生です。遅ればせながら、大江文学にこの夏初めて触れました。その洗練された書き方に強く感銘を受けました。これからも、様々な大江文学に触れたいと思ってます。出来れば、オフ会に参加したいです。次に行われるオフ会はいつでしょうか?様々な年代の方と作品について話せられれば嬉しいです。こんな若輩者ですが、ご教授よろしくお願いいたします。
あと、この間のNHKで放送されたドキュメンタリー番組の中に、ウィリアム・ブレークの詩がちらっと出てきたと思います。出来れば、原書を購入したいのですが、出版社や年度、値段等知っている方がいれば教えて下さい。
2003/10/22, 真美
いとうさん、みなさんこんばんは。
私も先日のレクチュアに参加しました。掲示板を拝見してあの空間を共有していたのだとうれしく思いました。

大江氏の講演で一番響いた言葉は「感受性の強い人間は本当に苦しいときに生き延びることが出来る」です。
サイード氏から、伊丹監督が亡くなった時にファックスでおくられた言葉だそうです。
渡辺さん、確かに「感受性の強い」と大江氏は表現していたと思います。「感受性の豊かな」と補足もされて。
私は「強い」のほうがしっくりするような気がします。
この言葉を聴いたとき逆説的で驚いたけれども直ぐに納得がいくようで、励ましの言葉として私も大切にしていこうと思いました。

「明瞭にはっきりと表現する力」が人格そのもののサイード氏が娘さんに自分の運動を続けてというメールを送った話も印象的でした。

メイナード・ソロモンの書物から「音楽には物事を直す力がある」と引用され、「ベートーベンのイ短調のカルテットは苦しい時を生き延びたものの曲」と言われていましたが、光さんの音楽も苦しいときを生き延びてきた曲なのだと思います。
私は「ノクターン」で涙がでてきてしまいました。
演奏中は『新しい人よ眼ざめよ』や『静かな生活』で引用されているブレイクの
『ジェルサレム』の「惧れるな、アルビヨンよ…」
という一節が頭から離れませんでした。
小説で父から子へかけられた言葉が実際のふたりを前にして想いだされたのだと思いますが、私が読み続けてきた大江作品の世界はこういうものなのだと、まとめて提示された、またその中にいたという気分を味わっていたようにも思えます。

大きな感動をありがとうございます。
最後というのが残念です。「続けて」というメッセージが届くとうれしいですね。
2003/10/21, 弥生
とても楽しい幸福感に浸りながら、皆さんのレポートを読ませて頂きました。本当にありがとうございました。到底、上京など出来ない身の上ですが、最近読んでいる、フラナリー・オコナーのエッセイ集「秘儀と習俗」のなかで、オコナーが次のようなコンラッドの言葉を引用されているのでお礼の意味を込めて報告します。「本を読んですぐさま見返りを得ようという抜け目なさもあらわに、高慢な知識を与えよ、慰めを与えよ、娯楽を与えよ、と言い立てる人たちがいる。(中略)これらに対して、良心にくもりのない芸術家ならば、このように答えるにちがいない−私がいま努力している仕事は、書かれた言葉の力によって、読者に聞かせ、感じさせること、中でも見えさせることなのだ。(中略)もし、私がこの仕事に成功すれば、読者は自分の分に応じて、励まし、慰め、恐怖、魅力、その他何でも望むものを見つけられるだろう」(p76)優れた芸術を受容する皆さん方に敬意を表します。
2003/10/21, 渡辺智子
ゆいさま、みなさま、こんにちは。

同じ空間で同じ幸福感に包まれていたのですね★

ところで、ご丁寧に書いてくださってありがとうございました。おかげで私の拙い文章の間違いを訂正できます。
「感受性が強い」などとおかしな表現をして申しわけありません。「感受性が豊かであることは強い」という、そういうことでしたよね?
それから、光さんのお言葉の正しくは「ベートーベンはそんなにカルテットを書いていません」でしたね。
わかりにくい表現をしてしまいました。みなさま、ごめんなさい。
2003/10/21, ゆい
いとうさん、渡辺さんに続いて

『大江健三郎の講演と大江光の音楽によるコンサート』♪

光さん。小泉さん。加藤さん。荻野さん。
ほんとうに 美しい音楽♪ をありがとうございました。
ただその音のことを想い、観じ、楽しむことが出来ました。
この貴重な時を同じ場所で経験できたこと。嬉しく思います。

光さん。
光さんにお会いできて『光栄(こうえい)』です。
ベートーベンのカルテット♪ 132番のお話。
お話のリズムやユーモアの加減が似てらして快く感じました。
そして何よりも、光さんの澄んだ美しい声に、惹かれました。
大江さんの本の、ゆかりさんの絵の、光さんの曲の、そのままでした。

フルートの小泉さんが、光さんの持つ素質を讃えて
「絶対音感を持っている」と「記憶力がいい」をあげられました。
又、この2つの要因に加えて「独創性があること」も話されました。
その時私は、バッハの全ての曲を彼に聴かせた人のことを想い、
同時に、「君は強い人間だし、感受性が豊かだから」の「感受性」や、
「苦しい所を乗り越えた後に」「癒される受身ではなく恢復する意志」
など、今回の講演での大江さんの言葉のいくつかを、想いました。

コンサートの時間は、私にとって、とても有意義なものでありました。
コンサートが始まる寸前にお辞儀をして席に着かれた大江さんの後姿。
お母様の言われたというそのお耳を、愛らしいなぁ と見つめていると
その隣に光さん、ゆかりさん、と着席されているのが分かりました。
その後姿を見ながら、静かに耳を澄まして、音楽を観じていました♪
緩やかな時の流れの中で私は思ったんです。思ってしまった。
私は。大江さん家族と同じ方向を向いて、同じ音を楽しんでいるんだなぁ 
って、    思った。  思いました。
コンサートが終った今も、それを思っています。  ・・・もしかしたら
恢復するということは、こういうことなのではないかということも感じています。

★ 前のコメントで「HSBさん」とするところを「HBSさん」と誤って
しまいました。ここにお詫びを致します。 『HSBさん、ごめんなさい。』
2003/10/20, 渡辺智子
いとうさま、みなさま、こんばんは。
18日の講演&コンサート。私にとっては遠出になりましたが参加いたしました。これが最後であると知り、かけがえのない貴重な時間を過ごせたのだと、嬉しくも淋しくも感じました。
 内容はいとうさまが的確にご報告されていますね。
私が他に印象深かったサイード氏とのエピソードとしては、大江氏が彼と最後にお会いされたとき、見た目からは想像できないほど握手がとても力なかったこと・・・けれど「I will fight.」とおっしゃられたと。
 そして、大江氏に「あなたは感受性が強いから」と、それを「傷つきやすい」ということではなく、逆に「強く生きていけるでしょう」と続けられたということです。大江氏は会場に向かって「感受性が強いということはそういうことなのだ」と伝えられました。(うまく伝えられないかしら?間違っていたらお許しください)
 ただ、「癒される」という言葉へのご反応は意外だったかもしれません。例えば、同じ受身ですが「与えられる」ことの意でもダメなのかなぁと。乾きに水が与えられるよう・・・の意の癒しであれば、どうなのでしょう。大江氏は「豪傑のような女性から『光さんの音楽で癒された』と言われ、違和感を覚えられた」とユニークにお話されて楽しかったのですが、でも、豪傑のように生きてこられた女性は、もしかしたら、縺れた心の糸が美しい旋律によってほぐれていったのではないかな・・・とちょっぴり援護したくなりました(笑)
 光さんのお話も楽しかったです。講演の中で大江氏がベートーベンの曲番を間違われたことを訂正されましたね。多すぎた数に対して「ベートーベンはそんなに曲を書いていません」と。会場はとても沸きあがりました。
 講演も演奏も素晴らしかったのは言うまでもありませんが、私は会場内がとても美しい空気に包まれていることにさらに感動しました。
 本当に、もう最後なのでしょうか・・・。残念です。
2003/10/20, いとうくにお
千葉の大江ファンさん、情報ありがとうございます。
2003/10/20, 千葉の大江ファン
「しんぶん赤旗」10月19日付から、大江健三郎さんロングインタビューが始まっています。お知らせまで。
2003/10/20, いとうくにお
18日に川口で開催された「大江健三郎の講演と大江光の音楽によるコンサート」に行ってきました。これを始めたのは11年前のことだそうですが、この日の回でもって最後にするということを講演で大江さんは述べておられました。具体的な理由は明らかにされてませんでしたが、長期間続けてきて、もう十分やったという感じがあるのかなと想像しました。コンサートの最後では、光さんと演奏家たちへの花束贈呈があり、光さんから聴衆と演奏家たちへのお礼の言葉がありました。
講演のほうに話を戻しますが、この11年の間に親しい人を何人も失ってしまったということを述べておられました。武満徹、伊丹十三、そして先日なくなったエドワード・サイード。サイードとの交流についてはいくつかのエピソードも紹介されました。病気で活動できなくなってしまったことを悲しんで人目もはばからずに男泣きしたこと、伊丹十三が他界したときに励ましのファックスが送られてきたこと、苦しいときに聴くといいと言って三つの曲を教えてくれたこと…。サイードの死は、この世界全体にとっての損失だと大江さんは評していました。その葬儀では、サイードの盟友であるユダヤ系の指揮者バレンボイムがピアノを演奏したそうです。
このほか講演では、音楽を含め芸術が持つ力について語られました。それは曲がった状態、正しくない状態のものを正しい状態に戻す力、つまり恢復させる力。よく「癒される」という言い方を聞くが、それは受身の感じがして好きではない、自分が努力して治していくというのがいい、そういう意味で恢復するという言葉が好きだ、という話もされていました。
まだ漏れている話がたくさんあるはずですが、記憶の範囲で講演のことをご紹介しました。ほかに講演に参加された方がいらっしゃいましたら、間違いの訂正や追加をしていただけると嬉しいです。
2003/10/20, いとうくにお
しんしろうさんのお話と関連して―。大江さん、河合隼雄氏、谷川俊太郎氏が参加したシンポジウムを記録した『日本語と日本人の心』という本を読んだのですが、谷川さんの主張が心に残りました。彼は、日本では書き言葉と話し言葉、公的な言葉と私的な言葉、さらにいうなら建前と本音が乖離してしまっていて、それが現代の日本語の最大の問題だと述べています。国会中継で政治家が語る言葉は公的言葉の最たるもので、まったく創造性もない。つまらない。料亭でなら政治家達ももっと生き生きと話しているだろう。子供たちにしても、友達同士ならば自由に生き生きと話しているのに、教室の前に立って何か発表しなさいというと硬直してしまう。話しても、ふだんとは違うものになってしまう。そういうことを谷川さんが言っていました。それで思うのですが、子供たちが本を開いてみても、そこには自分たちがふだん使っている言葉とは違う言葉が使われているわけですね。そうすると、なんとなく近寄りがたい感じ、馴染めない感じがするかもしれない。一方、漫画なんかは自分たちが使っているのと同じ言葉で登場人物たちも話す。子供たちが「読む」ことから離れてしまったことの根っこには、こういう日本語の抱える問題が原因の一つとしてあるのかもしれないですね。
2003/10/17, しんしろう
 昨日(10/16)の毎日新聞で国語学者の大野晋さんが、新学習指導要領が「読む」ことの教育を軽視していると憂えておられます。「読むことで初めて考える力を身につけ、自分で推理する力を養う。その過程があってこそ、伝えたいことが具体的な形に書ける。そこを素通りした国語教育など考えられない。基本のところで間違っている。…中略…歴史的にみるなら、国語力の衰退は、民族の運命も左右する」と。
 大江さんも「『新しい人』の方へ」で、「読書人」であることの大切さを、丁寧に説いておられますね。「生活の基本に、本を読むことを置く」ことで、自分は「知識人」になるための練習をしてきたのだと。本を読むことは、思慮深い人間に育つための訓練です。しかし世相をみる限り、大野さんの指摘されている「国力の衰退」の前兆は、特に若い世代をめぐって顕著です。私には、それが、ある者らの意図にそって行なわれているとさえ思われることがあるのですが。
 ここに参加される皆さんは、読むことを習慣としてこられた方々だと思います。「近い未来は困難で暗いが、遠い未来では解決可能」、私もこの考え方を信じる(信じたい)ものですが、「読むこと」を子供たちにいかに伝えるのか、大野さんの考え方に共感しつつも、ちょっと暗い気分になってしまいました。
 ああ日本はどこへ行くんだろう…?
2003/10/17, 鳥沢純
文章系のリンク集サイトを作りました。
ここのサイトも、リンクしてあります。(文章⇒ファン)
文学系のみならず、どんなジャンルのホームページでもリンク可能なので、
もしよろしければ、一度、お立ち寄り下さい。
■鳥沢文学王国(文学ポータル&全ジャンル・リンク集)
http://write999.web.infoseek.co.jp/
2003/10/17, 泳ぐ人
 久しぶりにのぞいたら、「分かりやすい」「分かりにくい」でいろいろな意見が出てましたが、たとえば雨ニモ負ケズの宮沢賢治にも『宮澤賢治語彙辞典』というりっぱな字引きがありますし、たとえば漱石の『吾輩は猫である』なども注解がなくては、わたしにはじゅうぶんに楽しめません。もちろん『源氏物語』などにいたっては、現代語訳でも難しいといか、乗れないというか‥‥。
 自分の程度に引き寄せて断定してはいけないでしょうが、大江文学にも初期や最近の読みやすいものもあれば、中期の一読しただけでは意味のつかみづらいものもあります。これは確かなのですから、どなたか『大江健三郎辞典』といった内容のものを作っていただけると、普通の読者は助かると思うのですが。
 『同時代ゲーム』の始まり辺りの文章の美しさをいつも思い出すのですが、自分ではそのすばらしさをどうもうまく説明できないのです。プロの評論家といったかたのお力を、お借りしたいものです。
2003/10/16, ゆい
Yoshimi さんの言う「これを訳さなっかたら、僕は話を止めて帰る」
と言われた大江さんが大好きな私は本日、下記の情報を知りました。
とても、とても、嬉しいので・・・みなさんにもお知らせ致します。
 http://www.med.kurume-u.ac.jp/med/nurs/kinen.htm
このような田舎に足を運んで下さる大江さんには深く感謝致します。
稲刈りは終ってしまい金色の光でのお迎えは無理かも知れませんが、
その。・・・。頭を垂れた稲の気分で、楽しみにお待ちしています。
また。リリアでのコンサート・。『卒業♪』も楽しみにしています。
光さん。♪・♪。光さんには・・きっと、・・・ご迷惑でしょうが。
光さんに出会う自分自身に・・何故だかワクワクしているんです♪

HBSさん、
私こそ、足りない私の投稿に言及していただき深く、感謝しています。
嬉しく思いました。私も、「洪水はわが魂に及び」のジン。・思います。
実感とはむしろ、「唐突な行動をとらざるを得ないところ」・なのかも。
詩学を探求する冒険のようなものへの憧れはなかなか、尽きませんね。
2003/10/16, ラッキー
 真美様・yoshimi様
今日(10月15日付け)朝日新聞 夕刊の文化面に鄭義さんの文学作品の紹介記事がのっていました。大江さんのシンポジウムでの発言も記載されていました。レポートしてくださった皆さんどうもありがとうございました。
2003/10/14, くにこ
yoshimiさま
そうですか、至福が2時間。
「翻訳をやめるなら帰る」かあ、すごいな、泣きそうです。
藤井省三さんのご尽力で来日ですか。偉い人は黙って偉いなあ。
いつものようにとりとめないので、この辺で。
あとは、かみしめます。ありがとございました。
2003/10/13, ラッキー
yoshimi様へ
丁寧なリポート本当にありがとうございました。本当に嬉しかったです。大江文学からまたずれてしますのですが、実は、わたしは病気になる前に、環境保護をしている集団に勤めたことがあります。
病気になっちゃったので、やむなく辞めなくてはならなかったのですが、、。
宣伝と誤解されるかもしれないのですが、ちょっとだけ紹介させていただきます。
 www.oakv.co.jpです。よろしかったらご覧下さい。もっと続けたかったといつも思っています。仲間はまだ全力疾走しながら頑張って続けています。
2003/10/13, いとうくにお
yoshimiさん、すばらしいレポートをありがとうございます。会場の雰囲気や話の内容がより一層わかりました。
2003/10/13, yoshimi
 いとう 様 ラッキー 様 くにこ 様
 皆様こんにちは、先日のペンクラブでの鄭義さんと大江さんの対話を聴きに行き、至福の2時間を共有してきました、yoshimiです。 すでに真美さんの的確なリポートで概要はお解かりとはおもいますが、私なりに印象に残った事を付け加えさせていただきます。

壇上には向かって左から司会の藤井さん・鄭義さん・(鄭義さんへの通訳者)・大江さんという順に並び、鄭義さんの日本語への訳は大江さんも私達もレシーバーを使ってお聞きしました。

 まず、始めにお2人の知り合うきっかけですが、大江さんが「古井戸」という鄭義さん原作の映画をご覧になり、いたく感動し東大教授の中国文学ご専門の藤井さんに和訳をお願いしたことから始まったらしいです。(今、話題の神樹も藤井さんの訳です)
今回の鄭義さんの来日は、亡命者なのでパスポートをお持ちではなく、藤井さんがとてもご尽力を尽くされたので実現に至ったとのペンクラブ側の説明もありました。

 その後、’94のストックホルムでのノーベル賞受賞講演で大江さんが鄭義さんの名前をだして「表現の自由を失っている中国の極めて良質の作家達の運命を憂えています」と語ったのだそうです。
お2人が初めてお逢いするのは’97の大江さんがプリンストン大学滞在中の時です。
その時の感想を鄭義さんは初めはとても寡黙な人と感じていたが、大江さんの案内した中華料理店でお酒が入ったらいきなり饒舌な人に変わったと、ユーモアたっぷりに話され、会場の笑いを誘いました。
そして、今回が2度目の再会の日になったわけです。まだ、2度目というのに少し驚きました、お2人は互いの話を通訳を通してですが、穏やかな顔で「うん、うん」と頷きながら熱心に聞き入り旧知の関係に私には見えましたから。

2000年の中国での大江さんの講演で抹殺されている鄭義文学の話を始めたら、中国側の通訳が訳すのを止めてしまった時、大江さんは「これを訳さなっかたら、僕は話を止めて帰る」と言われたそうです。
とても、大江さんらしいエピソード感動しました。
この年に往復書簡を交わされるのですね。

このような2人の出会いから、互いの文学への感じ方、言論の自由のとらえ方、環境問題とあっという間の2時間でした。終始、良い雰囲気で最後にはちょっと太り気味?の同じ体型のお2人が「ハグ」をして終了となりましたが、これから美味しいお酒と一緒に楽しい時間を過ごされるのだろうな、と想像してしまいました。

印象に残っている事をあとふたつ。

会の冒頭で大江さんが私達に向かって「問題意識を持って、聴きに来てくださった皆さんを、私は誇りに思います」と言う意味のことを言って下さいました。心優しい大江さんらしい言葉として心に沁みました。

二つ目は閉会で人権委員長の関川夏央さんが鄭義さんは近い将来ノーベル文学賞を獲られる作家なので「皆さんは2人のノーベル賞受賞者と一緒の時間を過ごせた歴史的日になるでしょう」と挨拶されたのです。

私も同感で鄭義さんはきっとノーベル文学賞を獲られると思います。
この貴重な夜を自分の心にしっかり刻んでおこうと思いました。

まとまりなく、だらだらと書いてしまいました。ペンクラブの講演のリポートその2です。
行かれなかった皆さんに少しでもお役に立てれば嬉しいです。
2003/10/13, いとうくにお
ほーりーさん、これまた嬉しいニュースをありがとうございます。教えていただいたサイトを見ました。大江さんが高校生の部で、中学生の部の作詞は谷川俊太郎氏なんですね。で、小学生の部がドリカムの吉田美和さん。課題曲は「平成16年3月下旬放送予定の「課題曲を歌おう」(教育テレビ)」で発表されるとのこと。とても楽しみです。
2003/10/13, ほーりー
いとうさん、皆さま、はじめまして。
今日、とってもうれしいニュースがあったのでお知らせしたいと思いメールします。
実は来年のNHK音楽コンクールの高校生部門の課題曲の作詞を大江健三郎氏が担当されるのです。作曲は若手作曲家の信長貴富氏です。
http://www.nhk.or.jp/event/oncon/index.html
このニュースは、愛読書が大江氏の著作であり、趣味で合唱を楽しんでいる私にとって驚きでしたが、同時に、大江氏の作詞した合唱曲が産まれ歌えるようになるということで最上の喜びです。
また作曲の信長氏は、繊細な和音と美しいメロディーを紡ぐ作曲家だと思います。三善晃氏にもその才能は認められています。彼は私と同年齢で、光さんよりもひとまわり近く年下になるのでしょうか。そんな彼と大江氏がどのように共同作業を進め、美しい曲を作り出すのか、今からとっても楽しみです。
光さんの卒業という曲につけた詩も美しかったですね。
2003/10/13, いとうくにお
拳児さん、そういっていただけると嬉しいです。『「新しい人」の方へ』、まだ読んでいないんですよね。早く読みたい。
こもだまりさん、嬉しい情報ありがとうございます。『幸せの背くらべ』ってなんだろうと思って調べてみました。劇団NLTの舞台なのですね。もし、こもだまりさん、ご存知でしたら教えていただきたいのですが、光さんはこの舞台用に曲を書いたのでしょうか、それとも過去の作品が使われているのでしょうか。
2003/10/13, こもだまり
おひさしぶりです。文学から少し脱線してしまいますが、先日ル・テアトル銀座でみた黒柳徹子さん主演の「幸せの背くらべ」の音楽が大江光さんでした。「響きあう父と子」を見たところだったので、音楽家としてしっかり活躍されてるんだなあと思って、こちらのみなさんにお知らせしたくて書き込ませていただきました。
2003/10/13, 拳児
このサイトは管理人のいとうくにおさんがメイルをチェックしてくれるので、不愉快になることがありません。ありがとう。
遠藤周作さんのサイトなんて、広告ばかりです。
『新しい人の方へ』はいいですね。
2003/10/11, くにこ
真美さん、ありがとうございました。
ラッキーさん、いとうさん、おねだりしてくださってありがとうございました。
真美さんをとうして、空気が感じられました。
2003/10/10, ラッキー
真美様
リポート本当にありがとうございました。とても嬉しかったです。演説を聴きながら思ったことはやはり「話し言葉」と「書く、書かれた言葉」というのは本質的に違うものだなということでした。講演会の様子が少しでも感じることができました。有難うございました。
2003/10/10, いとうくにお
真美さん、こんばんは。講演会のリポート、ありがとうございます。いい雰囲気だったようですね。
2003/10/10, 真美
ラッキーさん、いとうくにおさん、こんばんは。先日ペンクラブの講演会に行きました。
大江氏、鄭義氏、藤井氏三人は言葉をあまり交わさずとも、それぞれの仕事を通じて静かに微笑みあう関係のようで、いい試合をしたスポーツ選手が肩を叩き合う一体感のようなものがありました。
テーマである『自由』は日本社会に関して表現の自由はあるけれども「考えた言葉の交通」が失われつつある点を憂いていられるようです。
鄭義氏は亡命作家で、作品を書いても読んでくれる人もなく、地位も名声も求めずに書く作業は自由の追求であり、誰にも邪魔できないものだと言われていました。(亡命)生活を通じて人生が芸術が愛が分かったとも言われており、生きる力強さと、信じるものを貫く姿勢に感動しました。
環境問題に関しては大江氏は質素な生活を提案されており、プリンストンで時間を共にした、あまり高級でないお店を、鄭義は質素の実践と、ユーモアを交えて取り入れていました。
『神樹』についても話されていましたが、まだ私は読んでいない為、ちょっと良く分かりませんでした。これから読んで、あの時言っていたのはこのことかと思えたらと思います。
藤井氏は大江氏が鄭義を日本で最初期に注目したと評価しています。

さわり程度のリポートですみません。作品を通じて出会う作家の、生の声を聴く機会はとても貴重な体験となりました。
またこのような企画があり、参加できるといいですね。
2003/10/10, いとうくにお
ラッキーさん同様、僕も日本ペンクラブの講演会のこと、知りたいです。どなたか行かれませんでしたか?
HSBさんの題名の分類、なるほどと思いました。われらの狂気を〜、洪水はわが魂に〜、同時代ゲームなどは前者、個人的な体験、人生の親戚、河馬に噛まれるなどは後者でしょうか。最近のもの、宙返り、取り替え子、憂い顔の童子などは、どっちになるのかなあ。もしかすると第三の分類を設けたほうがぴったりきますか?
2003/10/10, ラッキー
私は田舎に住んでいる者なので、もしよろしかったら日本ペンクラブ主催の講演会に参加なさった方でどんな風だったのか教えてくださる方がいらっしゃったら幸いです。私の住んでいる田舎では昨日、石原慎太郎都知事と安倍幹事長が来て演説をしていきました。音声があまりよくなく聞き取れませんでしたが、拉致問題と年金についてお話していきました。あまりきちんと聞こえなくて、、残念です。
2003/10/5, HSB
「日常生活の冒険」

大江作品の題名には概して、鮮烈な印象を与えるものと、表層の凡庸さに隠れた詩学的な確かさを持つものの二種があると思います。前者の例としては、「万延元年のフットボール」や「芽むしり仔撃ち」などが挙げられますが、「日常生活の冒険」は後者に属する作品です。
この作品で展開されてゆく「冒険」とは、詩学を探求する冒険であると解釈し得ると私は考えています。日常言語から詩学言語への転化をさながら擬人化したような斎木犀吉は、放蕩な生活を送りながらも、様々な言葉の定義をノートに書き留め、ボクサーや演劇への傾倒を通じて、”モラル”という言葉で還元し得る様々な何かを追求し続けました。真理を盲目的に(staticに)求め、形而上の域に甘んずることはルサンチマン的な旧弊とみなされます。斎木犀吉はその呪縛に拿捕されまいとして走り続けた。そして、最後には頓挫してしまうのですが、その死は謎に包まれたまま、作品は幕を閉じています。

斎木犀吉と<ぼく>との関係は、ランボオとヴェルレーヌの関係への類推が作品中の最初の節で示唆されていますが、デミアンとエミール・シンクレールのような友情関係をも想起できます。共生・寄生関係から生ずる互いへの侮蔑、後ろめたさ... そして、これらの感情を払拭するような純粋なる友情。この二人の関係にそのような振幅を感じ取ることもできます。

*

ゆいさん、

私は「響きあう父と子」を視聴する機会を逃してしまいましたが、ゆいさんのお書きになったご感想を読むと、「洪水はわが魂に及び」のジンを思い出します。
漱石の3部作。それぞれの作品の間には断絶があり、宗助の参禅にも必然性が欠如していると指摘されることがあるのですが、何かこうした唐突な行動をとらざるを得ないところにむしろ実感を感じます。
私の投稿に言及していただきましてありがとうございました。
2003/10/4, くにこ
今、「神樹」鄭義著を読んでいるところです。うらやましい。
ああ、ここは十勝だし、火曜日だし。まだ前半ですが、スケールでかいです。
それでいてリアル。小説の力を感じます。
2003/10/3, 日本ペンクラブ
来る10月7日(火)に日本ペンクラブ主催のシンポジウム 第23回WiP(ライターズ・イン・プリズン)の日『自由のために書く』-中国亡命作家 鄭義(ていぎ)と大江健三郎の対話-を開催します。
ぜひお越し下さい。

場所:日本プレスセンターホール(日本プレスセンタービル10F)
最寄駅:営団千代田線・日比谷線→霞ヶ関駅C4/丸の内線→霞ヶ関駅B2/都営三田線→内幸町駅A7/JR→新橋駅
日時:2003年10月7日(火)午後6時開場・6時30分開演・8時30分終了
参加費:1000円(同時通訳レシーバー、パンフレット込)

問合・申込先(安西):e-mail secretariat02@japanpen.or.jp
    Tel 03-5614-5391  Fax 03-5695-7686
2003/10/3, ラッキー
今、E.W.サイードさんの著作を読んでいます。
突然、大江さんの文学から御話が飛んでしまうのですが、今日夜11:00から
NHKの総合チャンネルの『にんげんドキュメント』という番組で 田中 ミン(サンズイに民です。漢字が打てなくて申し訳ないです。)先生のドキュメンタリーが報道されます。朝起きたらテレビでテロップが流れていてうわーっと思って書き込みをしてしまいました。もし宜しかったら皆さんご覧下さい。
2003/10/1, しんしろう
 本日(10月1日付)の読売新聞に、大江さんの、「略奪された人たちに関心」と題するサイード氏への追悼文が載っています。最後の5行は、本当に心に沁みました。
2003/9/27, ラッキー
渡辺様
お返事どうもありがとうございました。軽々しく「元気をだしてください」という言葉を出すのは本当は相手の方の苦しみをを思いやる言葉ではないそうです。少し配慮がたりなかっただろうかと今日、思っていました。教会で祈りを捧げにいくとマザー・テレサの修道会の修道女さんたちと出会いました。一緒に祈りを捧げていただきました。今日教えていただいたことは、悲嘆のプロセスには12段階あるということです。
1)精神的打撃・麻痺状態2)否認3)パニック4)怒り・運命に対する不当感
5)敵意・うらみ6)罪悪感 7)空想形成・幻想 8)孤独感・抑鬱
9)精神的混乱と無関心 10)あきらめと受容 11)新しい希望 12)立ち直り(新しいアイデンティティの誕生)だそうです。人間の心はとてもデリケートなので理論どうりにはいかずこの順番どうりになるわけでなくさまざまに相反する複数の感情を抱えることになるようです。詳しくは教えていただいたばかりでよくわからないのですが、自分の辛かった体験からしかあまり言葉が出ないのです。申し訳ありません。
これからNHKスペシャル『ガザ』を見ます。渡辺様、本当にぶしつけで申し訳ありません。
2003/9/27, 渡辺智子
ラッキーさま、
私などにお気遣いいただきまして、本当にありがとうございます。たんなる一読者にすぎない自分がお伝えするのはおこがましい気もしたのですが、あまりに惜しまれて。それにしても、思えば大江氏が新刊で本当に大切なことを示してくださいましたね。

サイード氏があるときに引用した『世界はまさに汝を欲している』というワーズワスのフレーズを氏らの存在に向けずにいられません。
パレスチナをめぐる苦悩する人々、真実追究したい世界中の人々・・・けれど、本当にサイード氏を失ってならなかったのは今の迷走する大国なのかもしれませんね。

それでも、希望の光は確かにそこに在る。きっと、彼の英知は残り、言葉も意思も受け継がれていく。「導きの光」として。
『帝国との対決』という本の中で同志であるイクバール・アフマド氏に対してサイード氏が書かれた言葉を、今はご本人に向けてお伝えしたい・・・・『その男の勇気を愛して』
2003/9/26, ラッキー
信じられません。たった昨日、『暴力に逆らって書く』を読み上げたばかりです。
大江さんの著書を通じてその深く鋭い知性に大変感動していました。今日は教会に行く日なので、祈りを捧げたいと思います。渡辺さん、辛いと思いますがどうか元気をだしてください。
2003/9/26, 渡辺智子
http://news.google.com/news?num=100&hl=en&ie=ISO-8859-1&newwindow=1&edition=us&q=Edward+Said&btnG=Search+News

エドワード・サイード氏が亡くなられたという報道を知り、愕然としています。あまりに信じがたく、ショックで、深い悲しみを表す言葉さえ見つかりません。誤報であって欲しいとさえ願います。

大江氏の新刊『暴力に逆らって書く』に掲載されている方で、世界中の多くの方々の希望の光でした。アジアの片隅の私にとってもそうでした。

同時に彼のご友人である大江氏のご心痛を考えると胸がはり裂けそうです。

・・・・この英雄のご冥福を心よりお祈りせなばなりません。
2003/9/22, いとうくにお
斉藤吉郎遺作展のお知らせをいただきました。斉藤吉郎というのは大江さんがその第一回受賞者である伊藤整文学賞のトロフィーの制作者だそうです。
<斉藤吉郎遺作展>
日時:2003年9月24日〜9月29日まで
    午前11:00〜午後7:00(日曜日と最終日は午後5:00まで)
場所:東京都豊島区池袋2−2 ウィクスビルB1 池袋画廊(03−3985−1327)
    JR東武東上線・西武線・地下鉄有楽町線(池袋駅西口より3分)
2003/9/22, オサム
大森さん 僕も宗教観 乃至は おぼろげな宗教像と云うものを披瀝してみたいと思います。
これについては 自分のあり方を考えるにつれ 不可解な気がズットしていたのですが 幸い 僕の大学時代からの友人--遠いところに住んでいますので今はメールのやりとりですが--完全に宗教人間なんですよ。彼はインドのグルやら 日本の仏教やらに惹かれていて、何かというと「無宗教」の僕に議論をフッカケテクルンです。
僕は 高校生ぐらいから「自分は宗教を信じない。信者とはアホだ。」と 頑なに主張していました。
にも拘らず 遠藤周作の『沈黙』を読み耽ったり ヘルマン・ヘッセの『シッダルタ』を読んでは感激したりしてました--大江健三郎を読み始めたのは 大学浪人の時です--大学に入り「教理学」やら ナンテ講座名だったか失念しましたが とにかく 「キリスト教」の聖書を読む授業などを 授けてすこしづつ 自分の立ち位置が 見えてきました。
そして 近年 やっと40代になって ハッキリ してきました。
--いよいよ 本題です--
 そう宗教を 信じようが いまいが なんの優劣もない 人間というものは自然界において<絶対的な弱者>なのだと。
僕の立ち位置は 宗教の信者にはなれないが 何か宗教の「求道者」に惹かれる「無宗教(?)者」なのだと。
 信者とは 何か。
多分 先天的に宗教に惹かれる者と・--もうひとつ--信じざるを得ない<苦難>にあった人だろうと思うのです。←うすぼんやりとしか思い描く事しかできませんが。
 勿論 僕も 他の人がナカナカ陥らないであろう 苦悩に 45年も生きていれば 遭いましたよ--何年も何年もズット続く奴に。
でも僕は なぜか「信者」になろうと思った事も 宗教に飛び込む事も たまたま 出来得なかったと云うだけです。
 以上 誠に本題は簡単ですが...エラソーに書いちゃいました...ごめんネ。 
2003/9/21, ゆい
『二百年の子供』  ― 未来に少し永く滞在する (その4) ―

「憲法の解釈で議論があった後、そのような人たちの自由・・」・・・。
先日、NHKで放映された『響きあう父と子』を拝見しました。お蔭様で、
「一万三千個も実の採れるトマトの木を見つけようとした。」朔の仕種や、
柔らかくも美しい、静かな鳥の声のような「――そうだと思います。」を
不謹慎ながらも勝手に想像し、勝手により身近に感じて微笑んでおります。

HSBさんの言う漱石の漂泊。飯田橋から電車に乗る、代助の赤のシーン。
代助は宗助へと変化するのか?昔学んだような事を思い出しちゃいました。
あの頃の私は、他の男とあっさり結婚したあの美禰子に興味があったなぁ。
2003/9/21, いとうくにお
田辺さん、ご指摘ありがとうございます。いま入れておきました。
2003/9/21, 田辺 清
初めまして。早速ですが、作品年表に『万延元年のフットボール』が載っていないようですが、どうしたのでしょうか?
2003/9/20, いとうくにお
大森さん、ふじたさん、HSBさん、こんばんは。奇しくも大森さんとふじたさんのご投稿にそれぞれ『人生の親戚』のことが出てきますが、あれは本当に心に残る作品ですね。HSBさんの大江文学論、楽しみにしています。
2003/9/20, HSB
代助とJについて

代助は漱石の「それから」、Jは「性的人間」の主人公です。
両作品は主題も趣きも全く異なっていますが、何かを共有していると私は感じます。
とりわけ、最後に主人公自らが招くことになる性急な展開は両者とも極めて印象的です。
代助もJも資産家の父の下で順風満帆な日々を送ることも出来た。けれど、できなかった。

Jは最後に、ある行為を決行して自らを罰します。
卑劣な犯罪として認知されるその愚行への制裁は共同体における最も根源的な排除システムですが、主人公Jを破滅へと駆動する大江の筆には皮相的なフェミニズムが付け入る余地はありません。

代助は父と兄とから勘当を受け、形而下的の全てを失ったことを悟り、狂気と化したかのように車上の人となります。このエレガントな青年には様々な資質が備わっていました。知性、倫理、熟慮、苦悩、悲観と楽観の平衡・・・
しかし、それぞれは部品に過ぎませんでした。

 To quote:
 "仕舞には世の中が真赤になった。そうして、代助の頭を中心としてくるりとくるりと<炎>の息を吹いて回転した。
 代助は自分の頭が焼け尽きるまで電車に乗って行こうと決心した。"

このように、彼らが迎えた結末に破滅・悲劇・狂気という言葉を刻印することは可能です。
しかし、漱石・大江がそれぞれの作品の最後に記した一文中の無間地獄に生きる代助とJは、いつか再生の日を迎えることとなるでしょう。
豊かな混沌を我が身とする者はやがて自力で力強い回転軸を発見し、自らの膿を spin off させつつ再構成してゆくのですから ...


いとうさん、みなさん、はじめまして。
時折、様々な視点から大江文学に関する私なりの所感を書かせていただきます。
よろしくお願い致します。
2003/9/19, ふじたしょうし
仕事から帰って、食事をしながらテレビのチャンネルを回し、偶然にもNHK「響きあう父と子」を見たのです。大江氏の「誠実さ」に強烈な印象を覚えました。私は、大江作品をただのひとつも読んだことがありませんでした。「この人の小説を読みたい」、すぐに本屋に行き、読んだのが「人生の親戚」。なんという、生きることにたいする誠実さ。心が洗われる思いでした。まり恵さんは、新興宗教への一時的な信仰から跳躍して、最後にたどりついたのは、他者への積極的奉仕だったのではないでしょうか。社会に能動的に働きかけることに、生きる価値を見出したのではないかと思います。三人の「若者」が撮影したビデオの描写は、本物の映画シーンを見ているほどの筆致力に感服しました。次は、「新しい人よ眼ざめよ」を読みます。
2003/9/19, 大森
大江さんの、いくつかの小説の中で、日本においての、宗教、信仰を考えさせるものがあると思います。宗教を持つ人、持とうとする人、持たない人、それぞれの人が、小説の中で、かかわりながら、感じたり、考えたりしながら、生き方をみつけようとする。それが、一つあると思います。僕が、実際に、宗教、信仰にかかわることがあるとしたら、どのような態度を取ったり、考えたりするのかを思います。僕が、どのようにかかわることがありえるのかを考えると、「人生の親戚」のまり恵さんと、若い三人をかんがえます。まり恵さんは、初め、宗教を持つ人ではなかった。三人もそのようなまり恵さんとしりあった。まり恵さんは、二人の息子の死で、宗教を持とうとする人になる。教会に参加しながら暮らし、その宗教を持つ人たちとメキシコに行くことにする。彼女は、メキシコで、癌になる。そこで、三人は、宗教を持とうとするまり恵さんには見守る態度を取っていたけど、メキシコに行くことを決意する。彼らの考えでは、宗教に対して何ら準備はないけど、まり恵さんとのもともとの関係、自分たちの今の状況で、メキシコに行くことに意義があると考えたと思います。映画に協力することをした。そのようなかかわり方をした。
僕が、実際に、宗教にかかわることがあるとしたら、例えば、友人となった人が、宗教を持つ人、持とうとする人だったとか、友人が、宗教を持つ人、持とうとする人になったとかが、ありそうなことだと思います。そこで、自分は、どのような態度をとったり、何か言ってあげることができるだろうかと考えます。僕は、今、自分の意見で、何も言うことができないし、準備が、まるで不足していると感じます。その理由も、ぼやけたものではっきりしない。
そこで、この掲示板で、自分にとっての宗教で、問題提起をしたいです。自分にとっての宗教は、このように感じたり、このように考えると意見のある方は、掲示板への書き込み、よろしくお願いします。その中で、僕も宗教について、考て行けるようにしたいし、そのような場をつくることは良いと考えます。
2003/9/15, いとうくにお
こおろぎさん、はじめまして。読了直後にテレビ番組でも大江ワールドに触れることになったとは、すばらしい偶然ですね。僕のお勧めは番組でも紹介されていた『個人的な体験』です。
2003/9/15, こおろぎ
このサイトは初めてです。
以後、宜しくお願いします。

はじめて大江作品に接しました。
「万延元年のフットボール」を読み終えて、感想は、
よくこれだけのことを書いたなという敬意です。
始めは文章がまどろっこしく読むのに苦労しましたが、慣れてくると
リズムにも似た軽快さがあり、読み終えたときは、もっと読んでみたいと
思うようになっていました。

また、読み終わった直後に偶然にも、昨日NHKで「響きあう父と子・大江健三郎と息子光の30年」が放送されていて、それを見て大江ファンになってしまいました。

次は芥川賞をとった「飼育」を読む予定です。
みなさんのお勧めの作品がありましたら教えて下さい。
2003/9/15, 壽太夫
久しぶりにホームページを拝見しました。
色々議論されていたのをみて、感想をいってみたくなりました。

 大江さんの小説がわかりにくい、わかりやすいという話がありましたが、そもそも大江さんの小説を読む楽しみは何か、ということがあります。
私が強く感じることは、その話の方向性にしろ、一区切りの文章から喚起されるイメージにしろ、大江さんの小説ではしばしば、思っていた方向と違うということがあります。場合によっては、どうもうまく話が飲み込めない、あるいはうまくイメージできない、ということもあります。
ただ、そのことが読んでいる最中に不快なのではなく、期待へとつながっています。そして、実際、その宙ぶらりんの状態をそのまま、「がまん」して読みすすめるうちにその「宙ぶらりん」だったところのイメージが新しいイメージとして喚起され、飲み込めなかった話が自分の中で納得できるという経験を再三しています。あるイメージがイメージを呼び起こし、さらに広大なイメージが漠然と期待される、ということがあり、それが自分自身の飛翔感につながっていくことの楽しさが大きいと思っています。

 このような楽しみ方は、私の経験からすれば「詩」を読む楽しみと似ています。「詩」を読むときに一言一句理解しようと思って読んだら、とてもではないけれど、読みすすむことはできない。途中まで、あるいは最後まで読んでサッと自分が想像もしていなかったイメージが喚起されたときに、面白いと思うのです。ある詩人の一遍の「詩」で、このような経験をすると、それがその詩人への期待となって、次から次へと読んでみたくなります。

 共通しているのは「宙ぶらりん」の状態を「がまん」できるだけの期待が持てるかだと思います。大江さんに「新しい人よ眼ざめよ」という短編集がありますが、随分以前にこれを読んだときに、最初の一遍にしても中々飲み込めなかった。でもそこで使われている文章の「語尾」が独特で、私には非常に気持ちがよかった。その気持ちよさが漠然とした期待になり、読みすすむうちにまったく新しいイメージ体験をし、各短編を耽読した経験があります。
 逆にいうと、対象の文章を自分に引き寄せて、自分の物差しで、バサバサ切ってしまうと、新しい体験には行き着けないと思います。ちょうどシュノーケリングで、海に体を任せて漂いながら眼を凝らして海の中をみている感じです。このように言うと受動的な感じがしますが、「がまん」するということは、期待を持つことであり、期待を持つためには知識・経験が必要であり、どれだけ「がまん」できるかは、その人の培ってきたバックグラウンドに基づく「度量」で決まってしまう、と思います。
 たとえば、田村隆一の「詩」にしても、以前の私は初期のものは、目の前の空間をスッと切り裂かれ、瞬時に別な世界をみせられた感動を味わいましたが、後半のものはしっくり来ず、読むことができなかった。でも今では、独特の言葉のリズムと波となって広がっていくイメージは他では味わえない喜びです。年をとるということで積み重ねた経験と何がしかの知識は、私の「度量」を広げ、私の楽しめる世界を豊かにしてくれます。

豊かなイメージということでいえば、もう一人好きな小説家で阿部公房がいます。最近初期の短編を読み返して、驚きました。自分の中では、読んでから20年以上その短編が無限の広がりを持つ確固とした世界としてあるのですが、今読んでみるとチョークで書いた素描のようなのです。その落差があまりにも意外で、書かれていないこと、あるいは「喚起されるイメージ」ということを考えさせられました。

今、岩波文庫の「ドンキホーテ」を読んでいます。全6巻のうちまだ2巻めです。読んでいてびっくりしました。漠然と想像していたものとまったく違うのです。物語の中でしかありえない理想の「騎士道」を実際に実践しようとして、ドンキホーテが周囲から受ける嘲笑・哄笑、その語り口の桁外れの饒舌さとリアリティ、特にリアリティの切実が想像を超えています。ドンキホーテは「変」なのですが、その「変」な度合いが中途半端ではないのです。いかに変かをリアリティを持って描いているので、ぐいぐい引き込まれてしまいます。
これからドンキホーテは一体・・・・
2003/9/14, いとうくにお
綿貫さん、こんばんは。9月11日の朝日夕刊に大江さんが寄稿していたのでしょうか? 見逃してました。内容は「心のノート」についてだったのでしょうか。
2003/9/13, 綿貫幸子
ヒロシマノートや沖縄ノートを読んで、私自身、大江健三郎氏の言語・文化に対する考えに共感を覚えておりました。朝日新聞、平成15年9.11夕刊の文化欄の中で、全国の小中学生に実際に配布された「心のノート」における私のわだかまり(私の子供は4年生と1年生ですが)、一つの押し付けによる不安感を大江氏は代弁してくれたような気持ちを持つことができ、まだまだ人は見捨てたものではないという、信頼感を回復させてくれる文章でありました。暴力をしずめる言葉、文化をめざし、日々過ごしていくつもりでおります。この憂える日本のナショナリズムがはびこる世の中、大江氏にはもっとメディアから発信していただきたいと思います。[
2003/9/12, いとうくにお
ラッキーさん、何も気にされることはありませんよ。偏った書き込みがあったとは思っていませんので、ご安心ください。
2003/9/12, ラッキー
いとうくにおさん、先日は偏った書き込みをしてしまって申し訳ありませんでした。
NYテロの悲しい報道やイラク関連のニュースなどををみていてちょっと変になってしまいました。変な文章を書いてしまいました。ご迷惑をおかけしました。
2003/9/12, ちゃまん
いとうさん、みなさん、こんばんは。
「響きあう父と子」、やるのですね。ぜひ見たいと思います。
あの中で、大江さんが画板の上で原稿を書かれていて、第二稿、第三稿と書き直していくときに、紙と糊と鋏で切り貼りして行くんですよね。それがとっても楽しそうだったのが印象に残っています。山下清の貼り絵じゃないですけど、手を使うことによって癒されるというか…。

NHKスペシャルでは、この間も(といっても7月ですが)とても素敵な番組がありました。↓に紹介サイトがあります。

「こども輝けいのち 第六回 こころの二人三脚」
http://www.nhk.or.jp/special/top.html

子供の繊細さと同時に、未来を切り開いていく力強さに心が洗われるように思いました。
2003/9/8, いとうくにお
テンプラボーイさん、情報ありがとうございます。いまNHKのサイトで確認しましたが、やりますね。「響きあう父と子〜大江健三郎と息子 光の30年〜」です。すばらしいドキュメンタリ作品ですので、ご覧になったことのない方はお見逃しなく。
2003/9/8, テンプラボーイ
どうもこんにちは。
間違っているのかもしれないのですが、
次の日曜日遅くから、NHKで大江光さんのドキュメント番組の再放送があるみたいです。ちがったらごめんなさい。半分寝ながらテレヴィを観ていたらそんな番組予告があった、ので、多分。
2003/9/6, いとうくにお
ラッキーさん、こんばんは。僕も見ましたよ。大江さんがこの本に込めた思いの強さが感じられましたね。
2003/9/6, ラッキー
今日NHKのBSで午後6時から『KEY PERSON』という番組で大江さんが出演なさっていました。とても一生懸命お話をしておられました。わたしはどきどきして見ました。アナウンサーの方が凄く緊張なさって御話をなさっていました。大江さんは一生懸命質問にも答えていらっしやいました。『暴力に逆らって書く』を早く読まなくてはいけないと思いました。大江さんは本当に真摯に御話をしてくださいました。おっしゃりたいことがもっとたくさんあるようでしたが、とにかく時間があっというまに経ってしまいました。
2003/9/1, ラッキー
渡辺様、philip様
書き込みどうもありがとうございました。なんだかとても勇気がでました。ご紹介してくださったスーザン・ソンタグさんの本を今度読んでみます。思想的な社会的な「英雄」の話は少し自分の中でも危ないものがあるなあと思いながら書きました。自分の中にもたとえば大きな声のプロパガンダや強力な人間性にひきづられる弱い部分があるのではないかと思います。そういう強力な力(メディアに登場するさまざまな人々も含めて)には自分自身で慎重にならないといけないのではないかと今、思っています。精神的に弱っている時、人間は強力なリーダーに「憧れ」て「行動」してしまうような気がします。そういう意味でのふんばりのなさは極力避けたいと自戒しました。
どうもありがとうございました。
2003/9/1, しんしろう
たびたび書き込みして恐縮です。ラッキーさんの病をめぐる考え方、とても参考になりました。それから渡辺さんの、「大江氏のファンは狂信に陥ることができない」にまったく同感です。大江さんを敬愛しても「大江教の信者」にならない、これも大江文学のひとつに教えではないでしょうか。
2003/9/1, philip
渡辺智子さん。
スーザン・ソンタグの「隠喩としての病」はぼくも好きな本です。

>この本は病に対しての神話的なあるいは偏見をもった隠喩が人に影響を及ぼすのだと批判をしたものです。今回の病をめぐる件にも関わるかもしれません。「心の病」に対する様々な偏った報道や思想、小説等に使用された間違った隠喩によって人は、非科学的で理不尽な偏見をもつのだと。

実は統合失調症も、隠喩で感覚がスライドしていって、現実が把握できなくなるということに近い病だと思います。病者の人がこの本を読んでくれたらと思いますけど。
2003/8/31, 渡辺智子
みなさま、こんばんは。
遅れましたが、のりこさま、ご意見をありがとうございました。Philipさま、しんしろうさま、質問にお答えくださいましてありがとうございました。たいへん勉強になりました。

ラッキーさま、
>Philipさん、渡辺さんご迷惑をおかけしました。

まったく迷惑などかかっていません。楽しくお話させていただいてます。
「病」ということが、ある人によって慇懃無礼な言葉のベールの下でネガティブな隠喩にされた件についてしっかりとお話していませんでしたね。
ラッキーさまはシモーヌ・ベイユ氏の言葉が欲しいとお書きになられましたが、スーザン・ソンタグ氏の『隠喩としての病』の一部をご紹介します。それはこういう書き出しから入ります。
****
病気とは人生の夜の側面で、迷惑なものではあるけれども、市民たる者の義務のひとつである。この世に生まれた者は健康な人々の王国と病める人々の王国と、その両方の住民となる。人は誰しもよい方のパスポートだけを使いたいと願うが、早晩、少なくとも或る期間は、好ましからざる王国の住民として登録せざるを得なくなるものである。
****
誰にも朝も夜もくるのだから。
この本は病に対しての神話的なあるいは偏見をもった隠喩が人に影響を及ぼすのだと批判をしたものです。今回の病をめぐる件にも関わるかもしれません。「心の病」に対する様々な偏った報道や思想、小説等に使用された間違った隠喩によって人は、非科学的で理不尽な偏見をもつのだと。
ソンタグ氏はご存知のとおり大江氏と往復書簡をかわされる仲であり、その一方で氏へさえもたいへん辛辣な批判をされたり戦争に対して異論もある方です。
ファン倶楽部のファンというと、その作家の狂信的な信者のように受け止める人もいるのでしょう。
しかし、実は大江氏のファンは狂信に陥ることができないのが現実なのではないでしょうか?氏は上記のソンタグ氏をはじめ、あらゆる方面で活躍される多才な方々、世界中の名著、思想等、たいへん多くの引用をその作品中でされます。読者はおのずとそれにも関心を持ち、そちらも読んでみたくなる。大江氏という木から枝葉がどんどん伸びてゆくのですから。
大江氏の作品の楽しみは本当に計り知れないのだとあらためて思います。
2003/8/31, ラッキー
皆さん、こんにちは。書き込みにお返事をくださってどうもありがとうございます。
大江さんのテレビCM出演についてはわたしは自分に「楽な」方向にうけとっています。自分が病をえてから考えたことは、世界は秩序だってはいるが実は個人的には「支離滅裂な」ものなんだということを少しづつ受け入れることでした。ひとつの思想を貫き通す立派な人間もいらっしゃいますが、そういう人は本当に限られた、選ばれた、大変な「英雄」なのだということを認めることでした。わたしにはそういう能力もないしできないことはできないと認めることでした。遠くで憧れて見ているだけです。ひとつの思想だけが真実なのではない、もっといろんなものがごちゃごちゃしているのがこの世界なのだと、「味噌も糞も一緒」でいいんだとすこしづつ思えるようになっています。
時々ちらっと大江さんのファンクラブに参加させていただけるだけで嬉しいです。
2003/8/30, いとうくにお
くにこさんの「どのパンクロッカーよりも闘っているのではないか」という感想、面白いですね。
政治オンチと揶揄されることもある大江さんですが、パンクロッカー同様、大江さんもアートの側から発言しているんだと考えるとわかりやすいかもしれませんね。その主張が理想主義的に見えたとしても、直観力と想像力で把握した世界像に基づいて考えるのが小説家のやり方だとしたら、納得がいきそうです。そういう世界の把握の仕方に基づく主張は、ときには現実主義者からは地に足が着いていないように見えるかもしれないからです。
いや大江さんが現実離れした理想主義者だというのではありません。むしろ極めて冷静に世界を見つめていると思います。逆に、現実主義を標榜する人々のなかには、現実のある部分だけを極大化して受け止め、結果的にはあまり現実主義的でない考え方に陥ってしまう傾向があるように思います。
2003/8/29, しんしろう
ラッキー様、渡辺様、大江さんのCMに関する疑問にご意見を下さりありがとうございました。
私の抱いた違和感は次の理由によります。
大江さんは「暴力に逆らって書く」においても、繰り返し、今後の日本の進み行きに深い懸念を表明し、かつ、進むべき道を示唆しておられます。例えばアモス・オズ氏への書簡で、「いまわが列島の南の島沖縄で、米軍基地をめぐって重要な論争がありますが、安保条約を破棄して北東アジアに新しい平和構想を実現することにしか本当の解決はない、と誰もが知っています」と記されているように。
私はこれを自分なりに、日本は、憲法(とりわけ9条)を守る中で、アメリカの覇権主義的な世界戦略に加担するのをやめ、アジアの一員として非核の平和を構想せよ、と言っておられるのだと解釈しています。また大江さんは、アメリカ追随の外交の中で失われつつある日本のアイデンティティーを補償するものとしての国家主義(国旗・国歌の法制化など)を厳しく批判してもおられます。
これまでずっと大江さんは、戦後民主主義を頑なに(それこそトリックスター的に)擁護してこられました。私はこの20年、大江さんの仕事に励まされながら(本当に素人としての読み方ですが)、また、そうした政治的な態度に共感し、それを内面化してきたつもりです。
一方、私がこだわるのは、読売新聞社の社説や独自の憲法試案から伺われる、憲法や安全保障に関する社としての考え方です。憲法試案で一番目立つのは、国際協力の名のもと、現憲法が禁止している集団的自衛権に道筋をつけようという姿勢が露わなことです。また大メディアとして同社が、国旗・国歌の法制化を推進したのも事実でしょう。さらに言えば、あの「新しい歴史教科書」にも肯定的だったはずです。つまり、以上の事柄に関する限り、大江さんと読売新聞との考え方は、水と油以上の関係だと思います。
私のこのような意識が、CMにアレ?と思わせたのでしょう。
とはいえ、私も読売新聞の購読者の一人なのです。憲法や安全保障に関する考えに目をつむると、医療や福祉、教育、子育ての記事が充実していて、実に面白く、かつ有用です(私は支離滅裂でしょうか)。何より「二百年の子供」が読めますからね。
子を持つ親として、日本の将来を案じる私は、大江さんには、できるだけ多くのメディアで書き・発言してほしいと願っている、これが今の私の思いです。
CMのことはさておき、いみじくもラッキーさんのおっしゃる通り、ドンキホーテよろしく冒険をつづける大江さんを応援しよう。
私にとって、大江さんは真実、「端倪すべからざる人」です。
2003/8/29, くにこ
往復書簡一度目やっと読みました。
残していた数ページを、お盆のロックフェスの後に読んだのですが、それは数ページにして、「どのパンクロッカーよりも闘っているのではないか」という印象です。それは、静かでタフ。
闘うとはこういうことかと思いました。
大江さんが「連戦連敗」であると言う言葉も心に残ってます。
又、読み直し世界で闘っているみなさんをもっとよく知りたいので著書など読もうと思います。
2003/8/28, 渡辺智子
みなさま、こんにちは。
しんしろうさま、はじめまして。

****
大江さんの、日本の安全保障や憲法、教科書問題などについての考え方は、読売新聞とは対極にあると考えていたので、私にはちょっと意外な気がしました。私の料簡が狭いのでしょうか?
****

私は読売新聞の体系について無知ですし、申しわけありませんがその内容について言及などできません。それについてはまた勉強したいと思います。

ですが、もし、そのような対立思想の組織であると前提して、そこに寄稿したり、CMに出ることで個人の思想や体制に何か問題が起こるのでしょうか?
例えば敵地を知らなければ、踏み込まなければ、忌避していては改革も何も起こらないのでは。
そして、個人の考え方は作品にのみ宿っているものではないでしょうか?

エドワード・W・サイード氏もそうですが、メディアを多様しています。知識人という立場においてのメディア産業に関係する苦悩は氏の『知識人とは何か』という著作にもありますが、現代のコミュニケーション(現代の表象システム)が人々に押し付けるステレオタイプのヴィジョンや上記引用のような偏った思想など、それらを知識人が深い見識で仮面をはぎとり粉砕する必要性がある場合もあります。知識人も人の子であるから大衆向け政治的表象にひきずられもするでしょうが、それに対抗することもできるのだと思います。
一般視聴者、読者の私自身も偏った報道や政治的プロパガンダに翻弄され悩むこともあるので、そこに大江氏やサイード氏のような表象・代弁者が存在することに救われます。

逆に「天下の・・・」と名のつくメディアに対して介在することで影響力を持つのでは・・・それこそが本望ではないのだろうか、と思うのですが。

私はCMで笑顔を拝見できることが本当に嬉しく思いました。(テンプラボーイさま〜
!私も今朝、ついに見ちゃったの★★)
「筆を絶つ」などとおっしゃられたときは、もう真っ暗ですので(笑)
メディアミックスされた幅広いご活躍を期待しています。
2003/8/28, ラッキー
大江さんの大冒険と大挑戦が再び始まったと受け止めていいのではないでしょうか、、。
どうなることかわかりませんがなんだか『ドン・キホーテ』さんみたいです。大江さん独特の方法でひたすら騎士道(文士道?)をつらぬいていかれるような思いがしてわたしはどきどきしています。とっても励まされます、、。
2003/8/27, しんしろう
 大江さんが読売新聞のCMに出ておられるそうです(実際に自分はまだみていませんが)。大江さんの、日本の安全保障や憲法、教科書問題などについての考え方は、読売新聞とは対極にあると考えていたので、私にはちょっと意外な気がしました。私の料簡が狭いのでしょうか?
2003/8/27, のぶお
 皆様、はじめまして。
 ようやく一通りの顛末を読み終えることが出来ました。しばらく留守にしていたので、肝心な時期に離れていたことが残念です。遅くなりましたが、自分の発言が一つの進歩になるはずだという、皆様の投稿に共感して、僕も投稿させていただきます。
 今回の件は、或るヤジに対して応援団が敏感に反応した、と単純に捉えるのは適切でないのでしょう。そのことは、この場を閉鎖的だと偏見されないために、投稿者の皆様が最も配慮されていることです。ですので一連の発言は、作家への理解――あるいは解釈――の充分進んでいない方が、自分よりは進んでいるように見えた投稿者の皆様に、作家が作品で何を表現しようとしているのかを訊ねたという、そのように解釈しました。ただ、どういう事情からか――言の齟齬か意図の乱れか――皆様の配慮にも拘らず、曖昧な結着になってしまったようですけれども。
 発言の正統性というものを考えた時、大江氏は特に背負うものが大きいと思いますが、作家は大なり小なり、それをある程度保証されて作家になり、さらに作品を発表していくことで、支持を獲得していくものでしょう。
 私見を申せば、歴史と現代の生に関わることだと解釈しています。歴史と現代の生とは、つまりは〈人間が変わること〉に近いのですが、それは歴史を経て、状況が変化するに伴って、人間の新たな側面が露呈してくることだと思っています。歴史という流れがあり、その末端の現代に生きている我々から不意に露呈した人間性を捉えることで、人間性の歴史的変遷が浮き彫りになり、新たな人間性の獲得に繋がるのだと。文学が時代と接点を持ち得るのは、文学が、歴史的状況において予期せず現れてきた人間の新たな側面を描く試みだからだと思っています。発言の正統性とは、如何にこの歴史的な現代、そして人間を捉えることができているかだと思うのです。ちょうどこのサイトのトップにヒロシマ・ノートが引用されていますが、氏が広島を訪れる必要性を感じたのも、日本人のアイデンティティーを持つ現代の作家として、決して避けられない日本の歴史を鑑みてのことではなかったでしょうか。新たな人間性というものについて考えたとき、僕は〈新しい人〉という言葉を連想します。
 一連の投稿を読んでいて感じましたが、端的に言ってしまえば、ここで何が行われようと、それは場外での出来事なのですね。投稿者が匿名なうえ非公式な場である限り、そこでの発言は、ポジティブであれネガティブであれ、作家にとっては場外でのやりとり以上のものではない。言葉が届かないことで、非情な無力感を感じてらっしゃる方もいらっしゃるようですけれど、それについては嘆かれなくとも良いことだと思います。どうせ場外だから、という意味ではなく、ただインターネットというツールが、まだ未完成で、秩序の乱れやすい原始社会だということが原因になっているのだと思います。発言に正統性など持ちようもない秩序の壊れやすい原始的なコミュニティで、匿名の者同士が集まって発言しあっているのですから、齟齬も出てくるでしょう。しかしその混沌と秩序の危うい均衡のうえで、配慮を払いつつ進歩に向かう姿勢は、まさに建設的だと思いました。
 最初の、作家への理解という問題に還りますが、実は僕もそれほど多くの大江作品を読んでいるわけではないので、自分以外の皆は、どれほど氏の作品と氏が生涯をかけて負っているテーマを理解しているか、あるいはどのように解釈しているかということは、非常に興味深いことです。一概には言えない大きな問題ですが、曖昧になってしまった結着をこのように修正して論じてみてはいかがでしょう。
 いつも素敵なお話を提供して下さる投稿者の皆様と、管理人様に感謝しつつ。
 では。
2003/8/26, テンプラボーイ
やっと読売新聞のコマーシャルを観れました!
大江さんが『家政婦は見た』の市原悦子ばりに垣根からこちら窺う姿にちょっと笑ってしまいました!
2003/8/26, 弥生
僕は、ラッキーさんのような方−繊細で、傷つきやすく、それでいて生きる事に立ち向かおうとする心の持ち主が、大江文学を真に、魂のレベルで理解し、共鳴できる読者だと思います。そしてそのような心の持ち様は、多かれ少なかれ、誰にでも持っている、そうあの津田氏にも、そのような心があると思います。大江文学は、人間のその部分に大いなる希望をもって、この凄惨な時代を、暴力に満ちた社会を生き抜けと励ましているように思えるのです。だから彼の作品群を読むことは決して楽でも、容易でもない。鉛筆で印を付けながらでしか読めない。三十年近く大江文学を読んできたけど、それでも、引用されているイエーツやランボーの詩は理解できない。だから津田氏が、文体に難癖を付けるのは、さほど不思議ではないのです。読み手の心と書き手の心がどこで交わるか。そこを大江作品は突いてくるからです。だから、ラッキーさんは、大江文学を読もうとする心を持った自分という存在をもっと誉めてあげてほしいのです。
2003/8/25, ラッキー
どうもありがとうございます、、。私も大江文学を読むものですが、津田さんのご意見に対して「大江文学を読んでいて楽しい!」と書いたのは軽率な苦し紛れの言葉です。『取替え子』も『憂い顔の童子』も読んでいて大江さんの苦しみが伝わってきて何度も何度も中断しては読み中断しては読みしました。どちらもゆっくりゆっくりとしてしか読めませんでした。書くことで作家は生きていかなくてはならない、、。読者はそれを読むことで作者のこころに触れてしまう。それは「喜び」ではありますが
時にはそれが読み進むのをためらうほど苦汁に満ちたものである時があります。
そういった意味では津田さんがご発言なさった「落ち着けると思った椅子の上に剣山があるような」というお言葉はわたしもうなづけるものがあります。一読者としての
(本を消費する者としての)残酷さを私もわけもっているのだと思います。ただ作家になる人間が「まともな人ではない」というわけではないと思います。書かなくてはいられないというものをもったやむにやまれないものが作家を生み出していくのではないかと思います。商業的、社会的に成功をおさめる作家もいらっしゃいますし、、。ただわたしのような人間はその作品を自分なりに少しづつ読んでいくしかありません。そういった意味では津田さんのおっしゃりたかった言葉を考えるとわたしよりずっと大江文学の真摯な読者であるように思えました。弥生さん、どうもありがとうございました。
2003/8/23, 弥生
ラッキーさんは、何も謝らなくて良いと思います。あなたの発言は、ここの議論をとても正しい方向−もちろんそれは大江文学を愛する者達にとってですが−に導いています。「津田迷走台風」と、これが逃げ去ったあとの諸々の発言、さらには、『憂い顔の童子』を思い起こすと、ユング心理学でいう「共時性(意味のある偶然の一致)」をやはり想起してしまいます。(ラッキーさん、心理学者の河合隼雄さんのエッセイを読んでみて下さい。大江文学につながる魂の問題がテーマになっています。)『憂い顔の童子』でいう「視角をずらす」、あるいは「魂の和解」というテーマが突きつけられたという思いです。皆さんが指摘するように、津田さんのような方−わけも無く他者を否定し、そのことで満足を得ようとする人たち−は、この社会では決して珍しい人間ではありません。渡辺一夫が指摘した「寛容は暴力に対しても寛容でいられるか」という命題であり、現実の作家大江とその家族自身がこのような悪魔達に蹂躙されてきたのだと思います。でも、これに対する大江自身の回答が、『取り替っ子』であり、『童子』であると思えるのです。
2003/8/22, ラッキー
皆様 申し訳ありません。わたしが自分のことにひっぱりすぎて議論をヘンな方向に
もっていってしまいました。話を元に戻すと大江さんの文学の文体のお話でしたよね。ちょっと私事のほうについつい感情的になってしまったようです。ご迷惑をおかけしました。これから気をつけたいと思います。Philipさん、渡辺さんご迷惑をおかけしました。申し訳ありません。これからの議論もお待ちしています。
2003/8/22, philip
>>しかし、小説家でいまだかつてまともな人がいたかというと疑問です。何か皆、どこか破綻しているような気がします。孤独な仕事ですし、まともな人がやる仕事ではない。

>このご発言は少し乱暴なくくり方に感じます。小説家に対するご意見には限らず「まともな人」という表現に対して個人的に違和感を覚えるのですが。「まともな人」ってどういう人なのかしら?と・・・・。

そうですね、「まともな人」というのは、求職欄から仕事を探すような人とでもいいましょうか。なんとなく小説家になりたいなぁという甘い考えの人には無理だろうし、小説を書くしかないという状況になる人は限られている。活字に幼い頃から親しみ、表現力も観察力も思考力もあって、人生上小説を書かざるを得なくなり、それで世に出た人というのはかなり特殊な人間であるという意味で言ったのですけども。
2003/8/22, のりこ
渡辺さんの意見にただうなずくばかりで、何も言うことが
ありませんでした。私も思うことは良識のある人は心の病
に対して偏見も感じないと思います。心にもない発言を聞いて
むしろ驚かれるのではないでしょうか。それに聞くに耐えられないような
言葉も良識のある人は発っさないと思います。
2003/8/22, 渡辺智子
ラッキーさま、Philipさま、みなさま

これは私の個人的な受け止め方なのですが。
まず、津田さまは最初から「大江文学を理解したくなどない」というのが根底にありながら「大江作品の文章がおかしいと主張(わからないという言葉に代えて)」「大江ファンに対する偏見を主張」され、みなさまの誠意あるご返答を受けながら、一部ご理解を示され反論はしてもご自分の不都合な点には明確に答えないという対応をされました。
私の感じた矛盾は当初の「理解するために知りたいので英文が読みたい。教えて欲しい」がいつのまにか「実はわかりたくなんかないけれど、あなたがたが自分の認める本当のファンならとにかく『意味不明の文章』の意味を教えて欲しい」という複雑な心境の露呈でした。それは結局、ごねているとしか理解できません。
そういう主張をされる方は私には八幡さまの書かれているように「あらし」であるとしか思えません。すると、そういう方はきっと自分の立場が弱くなったり、弁明、返答に窮すると、自分を優位にするために相手を非難する(理由を相手の非にして)逃亡するというのが一番、卑怯でたやすい方法となるため、相手をする方は理不尽な傷つけられかたをして終わるのではないかと、そう途中から感じていました。ですので、「善意も徒労に終わる」のではないかと書いたのですが、それでも少しは相手の誠意を祈っていました。
しかし、それが最悪な現実になってしまったのです。
そのとき、ちょうど都合の良い話題を切り上げる材料として、「あなたがたとは話などできない」ということの理由に相手の弱点をあげるという結果になったのでしょうが、それがたまたま発言に含まれた「鬱」という心の病だったのだと思います。それに対する津田さんのネガティブな受け止め方は本人の人間性と浅い知識の上の偏見の問題ですね。「病」を弱点とみなしてそれが悪質に利用されたのではないかと思います。
ですが、「心の病」に対して、そんな偏見を持たない人々には彼の最後の主張はたんなる「あてこすり」にしか思えず、内容の是非は問題外な上、あのような主張は何も意味をなさないのではないかと私は思っているのです。卑劣で許せない言葉という以前の問題で、私はあの差別的偏見はまったく受け止められません。
去ってしまった方のことを後から言うのはよくないのですが、もし、私の考えが間違っていたり、問題があったらいけないと思い、また、この件に関わった責任として書かせていただきました。本来は津田さまにお答えをいただきたいとも思いましたが、最初から「進歩的な交流」を求めていたとは、今では思えませんので無理なことだと諦めています。私の考えに反論、ご意見のある方、ご発言よろしくお願いします。

結局、津田さまはそういう考えを示されましたが、良識的な人間は「病」を唾棄するなどということは考えないと思います。

内容は変わりますが津田さまのお考えの中にひとつ、「大江作品のパズルのような文章」というのがありました。なるほど、それは確かにそうかもしれないと思うのです。複雑に編みこまれた文章。あの方はそれもネガティブに受け止めれらていましたが、私はこれをポジティブに肯定したいです。
パズル的な文章を解きながら読み進むこと。それを私はいつも楽しんでいたのではないかと思いました。例えば『取替え子』の冒頭、田亀にまつわる一連の文章のあの複雑さ、それらがとてもおもしろい。それがとても好き。
今ではそれに対して答えていなかったことが残念です。

Philipさま
>しかし、小説家でいまだかつてまともな人がいたかというと疑問です。何か皆、どこか破綻しているような気がします。孤独な仕事ですし、まともな人がやる仕事ではない。

このご発言は少し乱暴なくくり方に感じます。小説家に対するご意見には限らず「まともな人」という表現に対して個人的に違和感を覚えるのですが。「まともな人」ってどういう人なのかしら?と・・・・。
2003/8/21, philip
>「このおじさん正常でないぞ」と大江さんについて判断なさるのは津田さんの自由だと思います。
ぼくもそう思いました。そういう人も世間にはいるでしょう。
しかし、小説家でいまだかつてまともな人がいたかというと疑問です。何か皆、どこか破綻しているような気がします。孤独な仕事ですし、まともな人がやる仕事ではない。それでも、素晴らしい仕事はあるわけで、「うつ」だといって鬼の首を取ったように反応するというのは子供っぽい感じがしました。
精神を病むということはそんなに唾棄すべきことではありません。その人の人生です。
2003/8/21, ラッキー
『神経症のロバ』について
皆さんこんにちは。前回、詩の書き込みをしました。涙を流すロバの詩でした。わたしは津田さんの発言についてずっと考えていました。「このおじさん正常でないぞ」と大江さんについて判断なさるのは津田さんの自由だと思います。ファンクラブがおかしいからと判断して議論を中断して席をたつというのもまたその人の自由だと思いますが、、。精神を病んだものとしてそういう行動と言動はどうしても心に受け入れがたい辛いものが残ります。「病」をどうとらえるかのとらえかただと思うのですが、、。わたしは勉強不足なので論理的には表現できないのです。どなたかシモーヌ・ヴェイユの哲学を勉強なさった方でこの問題を表現できるかたがいらっしゃれば
お教え願いたいのですが、、。精神を「病む」ということはそんなにも唾棄すべきものなのでしょうか?健康であることは素晴らしいことだと思いますが、、。わたしは
ちょっとそこにつまづいています。
2003/8/18, 八幡太郎
みなさまへ。

今回の「議論」には参加することができませんでした。
最初の数日間の「書きこみ」の後にROMすることに
なりタイミングを逸したことになりました。
その後もパソコンを見れない状況が続き、今日再び見ました。

私自身、今回は当事者には成りえなかったのですが、このような
「あらし」の渦中にいたこともあります。

このような「あらし」では、多くの人が傷つきます。
そして「あらし」自身は無傷で去っていきます(たぶん)。

しかし、今回の「あらし」は成功しなかった。
みなさまは「あらし」に対しては「あらしで」という態度でなく、
正面から受け止め反論されました。
その真摯な態度に遭遇し、「あらしにもこころ」を感じた部分も
ありました。
しかし「あらし」は「あらし」です。

今回は「書きこまれたみなさま」に敬意を表したいと思います。
特に管理者のいとうさまの真摯で寛容な態度にはこころ洗われる
思いです。

いとうさまには、今後も心無い書きこみに晒されることがあるかも
しれませんが、よろしくお願いするしかありません。

最後に私自身も傷ついたことは、特定の病名に対するいわれなき中傷
です。心身ともに厳しい状況に置かれている患者をみている人間として、
許すことのできないことでした。
人の苦しみを想像することができない人間にはわからない世界が、
大江さんの世界なのか、とも思いました。

それでは。
2003/8/18, ラッキー
津田さんはもしかして夏休みに一緒に遊んでくれる友達がいないんじゃないだろうか、、。それで寂しくなって大江健三郎のファン倶楽部に意地悪したくなったんじゃないだろうか、、。今日はお盆休みに遊びに来てくれた友達を見送った後、御ミサにいってそんなことを考えていたら涙がでました。いくつになってもこういうことに慣れることは決してないだろうと思いました。教会で同じように精神の病気を持っている子が詩集を読ませてくれました。少し長いのですがここに引用させていただきます。

ロバの歌 −モロッコのある農村にてー チョウ ビョンファ作
                   カン  ジョンジュン 訳

ロバが涙するのを見たことがありますか。
胸の奥へ、奥へと声をひそませ、
みえない涙で
「運命」のように泣いているのを見たことがありますか。

荷物を運び、がらくたを運び
貧しい主人をも運び、いうことをよくききながら、おとなしく
させられるがまま、ひもじくても一言も言えず
ただただその日の仕事が終わればみすぼらしい小屋のなかで
ひとり、涙ぐみながら寝入る、ロバ。

星が巡り、太陽と月が巡り
果てのない宇宙のなかを
ほこりみたいに漂う地球、
この地球上のどの生き物が涙なしに生きられましょう、けれど

くりくりと大きな瞳にいっぱいの空をしずませ、
星と月と太陽をころがせながら
人の眼につかないところで、ひとり
「境遇」のように泣いている、ロバ。

ロバが涙するのを見たことがありますか。
胸の奥へ、奥へと
深くおのれを隠して、
「諦念」のように泣いているのを見たことがありますか。

ひとり この果てのない宇宙のなか たったひとりで。
2003/8/16, 渡辺智子
ラッキーさま、みなさま、こんにちは。

たぶんね・・・傷つかない人はいないし、心を病まない人もいないでしょうね。
悪意というのはいろんな形で潜んでいるから避けられないこともある。
善意の上でも、もしかしたら自分の言葉が知らないうちに相手を傷つけてしまっている
かもしれない。
乱暴に槍を放って逃げてゆく人も、思いがけない部分で傷ついている人なのかもしれな
いのですよね。本当はそういう人にこそ大江作品に触れて欲しいです。

人間が救われるのは「美しいもの」が確かに存在することを認められるからなのだと思
う。「美しいもの」はいっぱいあって、ラッキーさまもご発言を拝読すると、いっぱい
ご存知ですよね。私もこれからもいっぱい見つけていきたいなぁ。
ただし、美しいものは楽しいものややさしいものだけでなくて、厳しいもの難しいもの
の中にもあるんですよね。
感傷的な書き方になるのはちょっと抵抗あるけれど、でも素直に書いてしまうと、ここ
に集う方々の誠意や人間性も、私はとても美しいものだと思い、今回の件を逆に喜びの
体験にしようと思いました。
みなさまのご発言をまた楽しみにしています★
200/8/16, のりこ
ここ最近のやりとりを読ませていただきました。
津田さんの大江さんに対する物事をはきすてるような言い方で、
私自身もとても深く傷ついたことがあります。
人を貶める時に使われる言葉なんだと改めて思いました。
水掛け論、らちがあかないことなど。
テンプラボーイさんの人は自分の意に反する感覚に苛立ちを
覚えるという言葉、渡辺さんの考えなど興味深く読ませていただきました。
2003/8/16, ラッキー
渡辺智子様へ
お返事をいただいて本当にありがとうございました。「メール」ではなくて「書き込み」でした。間違えました。申し訳ございませんでした。いつも優しい書き込みをしてくださって本当にありがとうございます。読んでいてなぜか涙がでてきました。
わたしが「ラッキー」というハンドルネームを使っているのもわたしが決してIQが高くない「障害者」だからです。正確に書けば「精神障害者」だからです。大江光ちゃん達の「知的障害」とはちょっと異なりますがこの世の中で偉くなったり賢くなったりけっしてできない同じ仲間です。でもここは力強く大きな声でいいたいのですが「精神障害者」だからどうこうというわけではないのですが、、。『精神』を患っている私たちの仲間の中だってあんなに偉そうなことをいう人は私が記憶する限りいません!ときどき大きな声をあげたり大騒ぎしたりしっちゃかめっちゃかな子はいっぱいですが、あんなに意地悪な方向に持てる知性や才能を使う子はいないです。それははっきりと自信をもって言えることです。本当にありがとうございました。
2003/8/15, いとうくにお
僕の場合、大江健三郎が小説の形で表現しようとしていることのごく一部しか受け取れていないと思うんですよね。受け取れ切れていない部分がたくさんあって、そういう意味では僕は大江作品を理解できていないということもできるんじゃないかと思います。
しかし、それでも面白い。一部分しか味わえていないかもしれないが、それでも十分面白いんですよね。
ちゃまさんが紹介してくださった梅津美葉さんの「「人間の心が変わるある瞬間」を、いつも書いている作家だから」という話。そのように考えたことはありませんでしたが、言われてみれば確かにそうかもしれませんね。『個人的な体験』でも、主人公バードの心が変わる瞬間が描かれていますね。
2003/8/15, 渡辺智子
テンプラ・ボーイさま、みなさま、こんにちは。

私の場合、横尾氏の絵画作品に対しては素直なファンとはいえないのですが、美術批評は共感する部分が多く、絵画に対するその目の力を信じています。

>因みに武満徹さんの『弦楽のためのレクイエム』は、聴き始め、睡魔との葛藤しか起こらなかったのですが、二十回くらい聴いているうち、やみつきになってしまいました

不思議ですよね。音楽は直覚のものかと思えばそうでもなく、最初はたいして感じなくても、何度も聴くうちに切り離せなくなる音楽というものがありますね。

>同感です。だからこそ、大江さんの小説を無責任に蹴散らす評論家風・知識人風のひとたちには、それは如何なものかと、

どなたかが前に書かれたことがありましたが、趣味に合わない文章が世界的に認められたことに不愉快な感情を持っている方はたくさんいらっしゃいますね。
私は思うのですが、ノーベル文学賞というものは大江文学の純粋なファンにとって大切なものというよりも、それ以外の人間が重視するものではないかと。
例えば、上記引用の方々ですね。ノーベル賞という確固たる証明がある文学に対してそれを賞賛することはいとも容易いことで、誰も注目してくれません。ですが、それに対して批判をすることは世界をバックにした優位を保てる上にたいへんな注目を浴びますから。しかし、それはずいぶんと困難なはず(笑)
そのために大江批判をする場合はその政治姿勢や人間性、社会的活動、あるいは弱点、などが標的になるわけでしょうね。
あるときは作品の内容から憶測で人の尊厳に関わるようなことを批評家が書き、それに別作品で氏が反論されたようなことがありました。小説は小説にすぎないのに、批評家がそれからスキャンダルめいたことを捏造する。そして、それに反論したことにより氏の本に名前の載った批評家。それを読んだ別の批評家が「自分も実名で批判を書いてくれたらノーベル賞作家の本に永遠に名を残せたのに」とシニカルジョークを言う。反論することにより、相手の手の内に落とされてしまうことさえある。そんなレベルですね。
ですから、今回は真っ向から「文章批判」を拝読できるのかと、少しばかり期待をしました。結果は無関係な間違った矛先に終わりましたが。本当はこういう時こそ、いとうさまのおっしゃるように、もっときちんと文学についてお話をするべきなのでしょうが残念ですね。
2003/8/15, ちゃまん
 いとうさん、こんばんは。
 またまた亀レスになってしまいましたが。
 以前、メーリングリストでも引用させていただいたのですが、私の場合、大江作品の魅力について改めて考える時いつも思い起こすサイトがあります。梅津美葉さんとおっしゃる若い女性バイオリニストの方の大江作品についてのインタビューなのですが。(URLは↓)

 http://www.kinokuniya.co.jp/05f/d_01/back/no15/essay/essay03.html

 そのなかに以下のようなくだりがあります。

 ≪…何故、私が大江健三郎を読むのかというと、「人間の心が変わるある瞬間」を、いつも書いている作家だからなのだと思います。これはもちろん、私の個人的な見解ですが、登場人物の感情や心が動いて、大げさにいえば何かを悟ったり、それまでの日常的な枠を踏み越えてゆく、その瞬間をどの作品からも感じます。普段、私たちが見逃しているような、その一瞬を見事に捉えているんです。はた、と気持ちが変わる。少しずつ変化するのではなく、その瞬間で、自分の何かが変化してしまうことの驚き。捉えるのが難しい、貴重な瞬間が書いてあるのが、私にとっては魅力なんです。≫

 「人間の心が変わるある瞬間」。このとき、心の中では、相反する感情や考えや、色や音や、おそらく様々な時間・空間までもが交錯していますよね。これらは、普段我々が使っている日常的な言語感覚では表現し得ないものなのではないかと思うのです。常識的には不必要に見える「、」は、日常的な時間の途絶と非日常的な時間が開始する結節点のような働きがあるのではないか。重層的な比喩は過度のイメージを言葉に荷電し、それこそ比喩的に言えば言葉の包皮が破れ、意味が露出する瞬間を創る。起承転結のない文章は、まさに一方向のベクトルでは表現しきれない錯綜した心の中の時間構造を表している。そういう意味では、大江さん独特の文体は必然性を持ったものと言えると思います。まとまらないですけど、あの文体は稀有だと思います。
2003/8/14, テンプラ・ボーイ
渡辺智子さま、はじめまして。
横尾さんのファンの方がこのサイトにもいらっしゃるとは少し意外でしたけど、なんだか嬉しくなっちゃいました!私も横尾さんの作品の所々にユーモアを感じます。とても論理的に感じるものもあれば非常に意味不明(なのに魅かれる)もの、ちゃんこ鍋風なものや過剰なセンチメンタリズムを感じるものもあって観る者としては大忙しでした。
それにしても横尾さんも成城にアトリエを持っていらっしゃるとは知りませんでした。私の知る近所モノのエピソードでは、雪の降る深夜にランニングシャツで疾走する大江さんが、十字路で「傘を差しながら踊り続ける変な奴」を見つけ、あんな奴とは極力、無縁であることに越したことはない、とその人物の視界に入ることを避け角を曲がった・・・ 翌日めざめると近くに住む、親交の深い武満徹さんが来ており、妻のゆかりさんに話している。「昨日の夜、大江さんを見たよ。雪の降る中、裸みたいな格好で走ってくる奴がいて、変なやつだなぁ、と思って見てたら、大江さんだったよ」。というもの。これも私としてはお気に入り微笑ましい逸話です。

因みに武満徹さんの『弦楽のためのレクイエム』は、聴き始め、睡魔との葛藤しか起こらなかったのですが、二十回くらい聴いているうち、やみつきになってしまいました!あの曲は本当に最高ですね!最高!足裏診てもらわなくても最高!(詐欺で捕まった徳永法源に)。

>大江氏は世界中のこのような屈折した槍を心に受けてこられたんだなぁと、今更ながらご同情いたしました。

同感です。だからこそ、大江さんの小説を無責任に蹴散らす評論家風・知識人風のひとたちには、それは如何なものかと、苦言を、機会があれば、そのとき気持ちに余裕があれば、呈したいのです。言いっぱなしジャーマン(プロレスの技)は駄目ですよ、と。

最後に、この掲示板に私は沢山書き込むほうではありませんがこう言っておきたいのです。『出前』というハンドルネームで書き込みをしたのは私です。名を固定させる、という考えが欠落していました。すみませんでした。一応、ハッキリさせておきたかったのです。自分としては。言いっぱなしジャーマン反対派としては。
2003/8/14, 渡辺智子
テンプラボーイさま、はじめまして★
楽しい話題についまたおしゃべりさせていただきます。私も横尾展は拝見しました。三島モチーフの作品には「オマージュと批判」という相反する感情に多少のユーモアのエッセンスが私には感じられます。
ところで、横尾氏と大江氏の関連性は『名画・裸婦感応術』という横尾氏エッセイに書かれていますので、少し抜粋させていただきますね。
***
ある日、家の近くの道路で帰路につかれる大江健三郎さんとアトリエに向かうぼくがばったり出会った。大江さんとぼくの家は道路をはさんですじ向かいで、徒歩にして3分位のところにある・・・・・・中略・・・・そんな時大江さんは、ぼくみたいに「今日はいいお天気ですね」なんて老人か暇人みたいなことはおっしゃらない。・・・・この日も大江さんは会うなり、「エリック・フィッシェルという画家をどう思われますか」と質問された。・・・・中略・・・「そうですねぇ、エリック・フィッシェルはアメリカの病んだ社会を主題にしていると思います。心を病んだ人間がアメリカには沢山いるのでそういうネガティブな人達によって支持されているそんな作家だと思うんですけれど」・・・中略・・・「ああ、そうですか、それを聞いて安心しました」という答えが返ってき、「どうも」といってそのまま二人は反対の方向に歩いて行った。
***

ほほえましいエピソードでした(笑)横尾氏のこの本は平易で率直でとても好感のもてる氏の人間性を感じられるおもしろいエッセイでした。


いとうさま、みなさま、
先の津田さまのご発言はほぼ予想ができそうなものでしたので、個人的には驚きませんし、アクティブな読者の方々の反応は冷静であるはずですが、この発言がせっかくの新しい大江作品へ触れる機会を持った方に影響しないように祈ります。(大丈夫だろうけど(笑)ネットではよくありますしね。
また、出された固有名詞に関連なく、「鬱病」であることを「正常ではない」という差別的な表現には反論します。浅い知識のまま社会的な言葉の概念を歪めているのはよくありません。
相手を貶めて辱めて逃げ去ることが一番安易な自己弁護、防御になりますので、いたしかたないとは思いながら(でも、残念ながらひとつとして私の文章をめぐっての質問に答えてくださらなかったのね(笑)、ああ、大江氏は世界中のこのような屈折した槍を心に受けてこられたんだなぁと、今更ながらご同情いたしました。
しかし、私個人的には本当に良い機会でした。多くの方々の誠意のあるご意見を拝読でき、また、大江作品の再確認ができましたから。ありがとうございました。
2003/8/14, テンプラ・ボーイ
8月3日に画家の横尾忠則さんの個展へ出掛けたのですが、当日、現地に来られた横尾さんご本人にお会いすることが出来ました。
横尾さんに直接ことばをかけさせていただくチャンスに恵まれたのですが、緊張のあまり「大江先生・・・」と、つい御名前を間違えてしまいました!(大江さんと横尾さんのファンなので)。
横尾さんは「ん、なに?ケンザブロ?」とお答えになられました。何故、横尾さんが咄嗟に大江健三郎の名を口にされたのかは大いなる謎です。好きなんでしょうか。横尾さんは生前の三島由紀夫に、弟のように可愛がられていた方でもあります。なんでも、三島と横尾さんとそれぞれが自分の死ぬ姿を数パターンづつ演じ、それを篠山紀信が激写する、という写真集を三島が晩年に企画していたそうです。三島はそれを撮り終え、横尾さんの撮影を残すのみだったのが、どうにも忙しく撮影に入れなかった。それを三島が執拗に急かし、時間が無いんだよ、きみはどれだけ僕の予定を狂わせるんだ、と、横尾さん、きつく叱られたそうです。結局、その写真集の出版を待たずに三島は自決してしまいました。三島の「予定」とはその写真集で己の劇的な自決を予告し、予告を模倣する形で実際の自決を図る、というものだったようです。

誰もが三島の自決を想像すらしない、ふたりが出会った頃に横尾さんが三島をモチーフに描いた絵もその日、展示されてありました。作品には「三島由紀夫」だとか「終わりの美学」だとかの活字が作品自体に書かれてあり、どういうつもりでかけだしの横尾さんがそれを描いたのか、なんだかよくわかりませんでした。それから、当日ご機嫌だった横尾さんにねだってちゃっかりTシャツにサインしてもらっちゃいました!
大江さんとは全然関係ない話になっちゃいました!
2003/8/14, いとうくにお
津田さん、下のご投稿、掲載するかどうかすごく迷ったのですが、津田さんが最終的にどのように判断されたかがわからないと他の方も落ち着かないだろうと思いまして、掲載することにしました。
ただ、使われている言葉は丁寧でもおっしゃっていることがすごく乱暴ではないでしょうか。テレビを通じた印象だけから大江氏を「正常ではない」と断じたうえ、「その大江健三郎的なところが皆さんの中に共通点としてある」とおっしゃっているわけですから。掲示板に投稿されている方々の大江文学への接し方は人それぞれですし、距離の取り方もいろいろです。それを一からげにすることは、すごく無理があるのではないでしょうか。しかも、掲示板に投稿していいない人も大勢いらっしゃるんですから、津田さんのご投稿しだいではまた別の方も議論に参加される可能性もあります。
そこで、これ以上ことばを尽くしても意味がないなんて納得なさらずに、津田さんが感じてらした「わからない」の解明作業をもう少し続けられたらどうかなと僕としては思うんですよ。少なくとも「「地図」の件ですが、私はいとうさんと近いものを想定しました。」というところまでは、これまでのやり取りでわかったわけですよね。言葉を尽くしても意味がないという状況ではないと思うんですけどねえ。
2003/8/14, 津田です
いとう様
「お気に入り」から削除するのを忘れていて、のぞいてしまったのです。そこで、いとう様のとても抑制のきいた書き込みを見てまた書いてしまっています。いとう様の判断に100%の賛同をいたします。御迷惑をおかけしてしまって申し訳ありません。いとう様とここで関われたことを嬉しく思います。

大江氏自身について私の感じたことを話させて頂きます。メディアで大江氏を見た時に直感的に「このオッサンおかしいぞ」と思いました。philipさんの書き込みを見るまで大江氏が鬱だったことを知らなかったのですが、氏の目の動き、発音、手足の動き等に、正常ではないものを感じました。具体例を挙げても皆さんには御納得いただけないでしょうからいたしません。

そして、その大江健三郎的なところが皆さんの中に共通点としてあると確信するに至りました。ですから、ここから先お互いに誠意を尽くし、言葉を尽くしても、何の意味もないと納得してしまったのです。ですから、これ以上関わるのはやめておくのです。
以上、不適切でしたら削除してください。いとう様の目にだけはとまるのですから満足です。
2003/8/14, yuzo-sakai
始めて書かせてもらいます。
「個人的な体験」は作者も力が入っていて、作品のテーマの事件(個人として大きな事件だと思います)の発生による衝撃を受けて、この衝撃をいかに伝えようかと努力した作品です。

問題となっている個所は、情景全体で隠喩としての効果をもたらそうと企図した場所であり、この隠喩がいささか適切であったかどうかと言う事でしょう。
(  )でおぎなうと

(広げられている大きな)地図の下の隅(に描かれているところ)の人口分布を示す小さなアフリカ(地図)は腐蝕しはじめている死んだ顔に似ているし、交通関係を示す小さなアフリカ(地図は)皮膚を剥いで毛細血管をすっかりあらわにした痛ましい顔だ。

単純に【AはBに似ている、A’はCだ】、と書かれているだけ。
大型地図の下に参考に小さな地図が二つ描いてある、それだけの事。
A、A’、B、Cそれぞれの文書が少し長く、またB、Cを表現したい為にA、A’を持ってきているため、一見分り難いだけ。

わからないと言い張るのにはかなり無理があります。
わけがわからない、と最初から結論を持っていて、その事例としてあげているならともかく。虚心に読めば以上の通りわかります。

ただしアフリカ(地図)と書かなかったのは、繰返しをきらったからであり、【腐蝕しはじめている死んだ顔】はこの文章の少し前に書かれている【アフリカ大陸はうつむいた男の頭蓋骨の形に似ている】と照応している為、十分理解できるでしょう。

以上で国語の教師のような読解は完了。

私は健三郎と邦生と健と乙彦のほぼ全作品を同時代に生きるものとして読んできました。健なんかも文体には苦労をかさねて死ぬ思いをして(ついになくなったのですが)、スタイルであり、好みの問題を、わざと無知を装って、まるでプラトンの描くソクラテスのように迫っていくとは大人気ないことと思います。

健三郎は一つの文章を丸ごと比喩として名詞の上に被せたりしていますので、それこそ音楽でいう装飾音が多すぎる、絵画で言うと厚塗りのしすぎ、というスタイルになります。これは好みの問題です。

人生は短いのですから、分らない文体ではなくて、自分の好みでない文体の作者の作品を無理に読む必要はないのです。それこそ難解ホークスと言われた雄高の死霊を読むか読まないかは各人の勝手なのです。以上
2003/8/14, いとうくにお
いくつかのご投稿をこちらの判断で掲載していないことをお知らせしておきます。人の主張に対する反論や意見ではなくて人そのものを俎上に載せるような内容のものや、売り言葉・買い言葉・捨てゼリフと思われるものは、掲載することはできません。
ところで、津田さんのご投稿に「「それならばどうして・・・」と続く疑問」があると書かれていますが、それこそが津田さんにとって解く価値のある疑問のような気がするんですよね。少なくとも僕は津田さんがどういう疑問をお持ちなのか、興味を感じました。
2003/8/13, philip
そんなに難解なんでしょうかね、大江氏の小説は。
ぼくはそんなに数を読んでいないので、知り合いの読書好きの女の子に聞いてみたら、初めはノーベル賞っていうんで身構えてたけど、万延元年のフットボールなんかから読み始めたんだけど、読み易くてびっくりした。あの人うつで大変だったらしいけど、やっぱプロよね。プロの作家だけあって読書量も半端じゃないし、そういう裏打ちを読む楽しみもあると思う。

と言ってましたけど。
ちなみにその女の子は中卒です。
2003/8/13, 渡辺智子
 
ラッキーさま、こんにちは。

メールというのは先の発言のことですよね?私は個人的なメルアドを知りませんし、掲示板以外には何も書いておりませんので、万が一、別人がメールを差し上げたのかもしれませんのでここでお伝えしておきます。
もし、ラッキーさまが少しでも心を癒してくださったなら本望です。私はずっとラッキーさまのことも考えながら書いていたからです。なぜなら、文章からは心の震えが感じられるものですから。文章はいかに取り繕っても、いろいろなものが見えてしまう・・・実は怖いものなのでしょうね。私も一晩考え続けました(笑)今思えば楽しかったです。
「わからない」ということが恥ずかしいなんてそんなことがあるはずがありません。読書の楽しみのひとつとして「わからないことを何度も読み返して少し光が見えるとき」ということが、どんなに感動的か。
「わからないから理解したい」と教えを請うことも。たとえ、その結果が理解に到達できなくても、「理解したい」という気持ち、真剣な気持ちや努力は尊いです。また、それに応える人の存在も。
例えばそれらを逆手に利用し、個人的な価値観を押し付けたり他者の喜びを愚弄、侮蔑するような、そのような態度には私は断固として反対します。
私もネット交流はそれほど深くはありません。しかし、これほど楽しく、これほど恐ろしいものもないと身をもって感じています。こういう場で発言するからには、反論や批判を受けることが当然で、間違っていたらご指摘を受けたい。それを覚悟で勉強させていただいています。
ラッキーさま、言葉の交流をありがとう。また美しい文章をめぐってお話をしましょうね。
とにかくご無理なさらずご自愛くださいませ。
2003/8/13, ラッキー
渡辺智子様へ
メールを書いていただきありがとうございました。正直申し上げて怖くて怖くて手が震えていました。津田様のご意見を読みながらおびえてしまって、実は安定剤を飲みました。こういう文学についての議論に正直申し上げてとても弱いのです。怖かったです。
2003/8/13, 渡辺智子
みなさま、こんにちは。
いとうさま、qmさま、philipさまの真摯でご親切なご発言を拝読して、自分の前発言に対して反省をしました。我をも不寛容を示しているのではないかと。不穏な雰囲気を醸して申し訳ありません。

そして、この機会に久しぶりに読み返した『個人的な体験』の冒頭に、新たな感動を覚え、初めてこの本に出会ったころを幸福に思い起こしました。やはり、すばらしい表現力だと再認識します。鮮烈で美しい文章です。
例の問題箇所の解釈はいとうさまと同意見です。そのような地図が実存するかもしれないし(小説の中のモチーフは実存しなければいけないものではないが)あるいは、それが架空のものであっても、その表現から想像力によってその地図は自分の脳に描かれているのです。
私はいつも大江氏の表現から五感が刺激され、内部の視覚にありありと絵が浮かぶのです。そこに過去の経験や知識から想起される実体がなくても。アフリカ地図を頭蓋骨として見るバード(作者の目でもある)の目を自分が共有するわけです。
この本の冒頭のそれらは唐突に現れ、かつ、あまり直截的な表現ではないため、人によっては何のことなのかわからない場合もあると思いますし、違和感があるかもしれないとも思います。
私が感じるのは、その瞬間にすべてがわからなくても悪くない、ということです。この「腐蝕しはじめた頭」「皮を剥がれた頭」「頭蓋骨のように見えるアフリカ」の比喩等は、この『個人的な体験』を読み進めていくうちに、ある伏線であることを知るのです。後から「ああ、頭蓋骨に拘る表現はこのことに向かうのか」と理解すること===私にとっては「生まれてきた頭に障害を持つ赤ん坊」に繋がるように感じるのですが===そうして、いろいろな読み取り方ができること、これも小説の楽しみなのではないかと思うのです。すべてが明瞭に見えるものが良いとばかりは限らないのだと思います。

それから、どうしても気になることがあります。大江氏は常々、文章の句読点に対して神経質なまでのこだわりを書いてこられました。私には大江作品のどこが日本語の文章形式としておかしいのか、まったくわかりません。
津田さまがお気を悪くされていらっしゃらなければ、そう思われる箇所(間違っている句読点の箇所)をご指摘していただけたら、たいへん参考になると思うのですが。
2003/8/13, 津田三郎
色々な方からご意見を頂きありがとう御座います。それぞれにキチンと書こうとすると膨大な量になり、論点がぼやけていきそうです。
でも、さすがに他の掲示板とは違い、それぞれのご意見を読みその対応を考えるのが不愉快でなく、若干の楽しさすら感じてしまうのは何故でしょうね。

「地図」の件ですが、私はいとうさんと近いものを想定しました。ただ、別に「交通関係を表す小さなアフリカ」が別の地図とは思わずに上記の地図に航空路線や鉄道等々が書かれてあり、その線をつないでいくと大陸とは別の形に見える、のかもしれないと思いました。私の想定が正しいとしても「それならばどうして・・・」と続く疑問はあるのですが。それに、いとうさん、文章の厳密な意味なんかどうでも良いとは、本当は思っていないですよね。
qmさんのような考え方は想定外でしたが、なるほど可能性はあるなと思いました。ただ、ではオーストラリアどうなるのか、とは思いましたが。

philipさんのようなお答えが、私のイメージにあった典型的大江ファンのお答えなのです。こう言う言い方であれば、理屈ぬきに肯定できますものね。

渡辺智子さんのご意見が一番理解に苦しみ、それ故にどうお答えしたものかと窮しております。私は私の書いていることが短時間のうちに矛盾し変化しているとは全く思っておりませんし、ラッキーさんや弥生さんの書かれていることと別の反応をしているとも全く思っておりません。
「不愉快と拒絶と不寛容を主張している」とのことですが、私は大江作品に感じる居心地の悪さを表明しているのです。その居心地の悪さは、私にとって意味不明の文章からくる「分からない」と言う感覚です。その居心地の悪さは、他のものに例えるなら、「この椅子にどうぞ」と差し出されて座ろうとしたら剣山入りのソファーが置いてあったような感覚です。これは感覚ですので矛盾とおっしゃられれば「そうですか」ですが。

さてさて、私の目的は果たせてしまえました。いとうさんから思いもしなかった翻訳者の名前を教えて頂けたのがとても大きく、加えて想定通り及び想定外のお答えも頂けました。お答えのパターンとしてこれ以外のびっくりするようなものはないのではと思われますので。ただROMは時々させて頂くつもりです。また書き込むこともあると思います。その節は宜しく。
2003/8/13, 出前
>津田三郎さん

あなたの文章を読んでいて、アル中で他界した父親を思い出しました。彼は大江小説を開く私を見つけては「なんでこんなモン読んどんじゃァ!」と叫び、テレヴィに新しく人気になったタレントが映るたび「知らんなァ!」と喚き散らしていました。おいおい、あんたが世間での有名と無名の境目を判断する審判なのかよ!とつっこまずにはいられませんでした。

ひとは自分の理解できないものに対して苛立ちを覚えるようです。私にも覚えがあります。初めてヨーヨーを目撃したとき。何故、丸い玉が戻ってくるのか、あの上下運動のなにが楽しいのか・・・ 私には判りませんでした。挙句友人の眼を盗んで奪ったヨーヨーを父親の顔面に投げつけてしまいました。

しかし近頃では、理解できないものに出会うとワクワクしちゃいます。何故なら『理解できないもの』は今までの自分には無い、自分にとっての新しい何かがあるからです。『理解できないもの』が『理解』されたとき、自分に新たなセンスが加わっているのではないでしょうか。新しい面白がり方、感覚、感受性といったものが。

理解できないものを生理的な反発によって自分から遠ざけちゃうなんてつまんないじゃないですか。そんなの猫が日陰のコンクリートに寝そべっていて、「あ、もうここぬるくなってきた」と寝返りをうつようなもの。人間らしく理性的にいきましょうよ。それに、面白がり方が少ないなんてつまんないと思いますよ。がんがん面白がっていきましょうよ!

で、大江小説についてですが、これは小説だということをまず押さえておいてください。小説は説明的な言葉ばかりで構成されているわけではありません。表現的な言葉で書かれてあるわけなんです。判りますか? 説明ではなく、表現なんです。単純な言葉や単語では表現しきれないものを、言葉で、言葉を重ねることで『表現』しようというのが小説です。文章のリズムや、音の響き、ページを開いた時の漢字の詰まり具合に至るまで表現なんですね。殊、大江氏の場合、ロシアフォルマリズムの影響から、芸術は知覚の過程そのものである、というのですから、その過程を楽しんでみては如何ですか?

それから、あなたの日本語能力は決して高くありません。小説が何を表現しているのかが判らない以前に、全くの意味不明なのだとおっしゃるのですから。
しかしあなたの文章は本当に不用意ですね。

>「分からないけど素晴らしい(んだろうな)」と言う大江ファンを木村拓也ファンの多くの女性と同様だと見ております。
と言っておきながら
>あの三島ですら高く評価していたんですもの。
御自分が、「反吐が出るほど嫌い」とまでいう人々と、同じメンタリティーをされてるとお気づきですか?

>大江作品を理解するのにその評論集や講演までを解説として参考にしなければ理解出来ないのであれば、不具な文学だとの結論に至ります。
これを言う人は多いですよ。しかし感受性や、自分の人生とどれだけがっぷり四つに組んできたか、というようなことに係ってるんじゃないかな。自分の鈍さや『理解できないもの』はどっか行っちゃえ! だってそれを理解するには今までの自分の在り方の根本が変わっちゃうかも知れないじゃん!という贅肉の付いた精神を棚上げして、大江小説(に限らず自分にとって都合の悪いものを)屈折した論理で排除するのは辞めにしましょ。

>大江文学を理解したいと思っているのかと聞かれれば答えは「ノー」です
閉じるんですか?折角あなたのキャパシティーをひろげるチャンスなのに!

別に閉じても構わないのですけどね。ただ、やたら世間を気に掛けたり、知能指数の検査がどうとか、そんなものにすがる姿が切なくてね。大江小説に絡む前にアイデンティティーの確立を図るべきかなって、思いました。あ、因みに大江小説は数値には還元できないですよ。

やっと本題。
>「地図の下の隅の人口分布を示す小さなアフリカ」て何でしょう。
これは地図の下の隅にアフリカの人口分布図が書かれてあるんじゃないですか?違った解釈もあるかもしれないですけど、中学で配本された地図帳にはそんな図がありましたから。

最後に。
何故わたしがこのサイトに紛れて来た痛いひとを相手にするのか。それは、大江氏の態度に由来します。彼の小説を、私は開かれた小説だと思うのです。決して、非インテリ厳禁!と札が下がっているわけでなく、どうぞどうぞと、寄ってってや、見てってやと、あの手この手使って敷居を極限まで下げた間口の広い小説だとおもっています。たまたま、性の悪い無責任な書評家たちに嫌われ、難解のレッテルを貼られてしまい、それが世間に浸透した・・・ 失った潜在的な読者を取り戻すために彼は(後年勢いを増して)努力し、その一環として自己言及的な文章を書くに至ったのだと思います。そしてそれは決して解説書などではなく、作品として自立したものになっているンじゃぁないでしょうかぁ。なにはともあれ(世間で評価されている大江氏の作品を理解できない、悔しい→自分のせいではないと言いたい→自分を棚上げして唾を吐く。といったひとであっても)大江氏の小説を一度でも手にした人に対して、「触れんとこ」と邪険な扱いはしたくなかったのです。

追伸、私にとって、津田さんは『理解できないもの』です。
2003/8/13, いとうくにお
こんなふうに文章の意味を厳密に考えてみるのも、ときには面白いかもしれませんね。人口分布は、よく点の密度で表現されますから、アフリカのあちこちに、たとえば赤い色の点々があるような地図を僕はイメージします。ナイル川の河口付近なんかは点々が集中していて赤く塗りつぶされたような具合だし、サハラ砂漠はほとんど赤い点はない、というような分布のしかたが、まるで腐敗しつつある頭のように見えなくもない、そういう地図を言い表しているのではないでしょうか。
「交通関係を表す小さなアフリカ」は、上のアフリカ地図とは別のもので、こちらは東京の地下鉄マップみたいに、赤や青など鮮やかな色で交通網が描かれたものではないでしょうか。ある色は鉄道を、ある色は幹線道路を、また別のある色は航空路をそれぞれ表すといった具合で、それらの線が、皮膚をはがされてむき出しにされた血管を連想させるということだと思います。
2003/8/13, philip
津田三郎さん、平均的な受け手を考慮したナラティブなんか、大江氏に必要ないじゃないですか。あの人は勝手に書けばいいのです。ある小説家の小説を角から角まで一言一句把握する必要なんてない。そんなに偏執狂的になる必要があるんですかね。

>「地図の下の隅の人口分布を示す小さなアフリカ」て何でしょう。
地図の下の隅にアフリカが描かれている。そして、アフリカ大陸の占める面積が小さい。それなら分かります。でも地図が人口分布を示しているのですよ。色々な大陸の人口分布を示している地図って、生まれてから今まで見た事が無いのですが。余程特殊な地図なのでしょうか?
そして、同じ地図(としか思えない)のアフリカ大陸の部分には交通関係も示しているのだそうです。どんな地図なのでしょう。

勝手にイメージしてもいいし、気になれば本当にあるのか調べてもいい。別に津田三郎さんの記憶のデータベースにないからおかしいという読み方をする必要はない。そんなこと言い出したら、SFだのファンタジーだのは、そんなわけない、そんなものない、の嘘ばかりじゃないですか。少ない言葉でぴんと来るっていうのは、よく夫婦でやってますよね。別にそれをどういうことか他人が聞く必要はないんじゃないか。
2003/8/13, qm
 津田さんから広がっている一連の波紋を楽しく読ませていただいています。私は、大江ファンとは自称しませんが、20年ほど大江文学を楽しんでいます。
 今年5月ごろ、新聞のインタビュー記事に、「書きたい場面はあなたの身体の中に言葉として生きているんです。そしてあなたの心の中で、書く人と読む人は同じ。」という大江サンの言葉がありました。新聞連載されている小説がとてもリアルに感じられるという聞き手に対する言葉です。
 私はこれを読んで、なんとなく意味はわかる気がするけど厳密にはよくわからない、第一、「書きたい」の主語は大江サンなのか聞き手を指しているのかわからないなあと思いました。でも、「書く人と読む人は同じ」というのだから主語をうんぬんするのは無意味だろうかなどと考えをめぐらせ、私にはとても気になる文章として記憶されたのでした。
 私もラッキーさんのように、大江サンの文章を、毎晩毎晩少しづつ、まるで畑を開墾するかのように読みすすむのに楽しみや満足を覚え、それがエネルギーとなっていた時期がありました。ですから、ラッキーさんが言おうとされたことを、たぶん津田さんが受け取られたよりもリアルに感じ取ったと思います。
 ここ半年いくつかを再読しているのですが、人生経験が増えたせいか、こんどは言葉自体ばかりではなく、内容に踏み込んで読めているような満足感があります。その再読の経験から、冒頭に書いた新聞記事の大江サンのことばへの理解も進んだように感じています。
 大江作品の、特に冒頭には、読み手を作者のレベル(レベルと言うか、作者の小説の世界というか)にとりこもうとする仕組みが多々うめこまれているのではないかと考えています。それがうまくいかない場合読みにくさやとっつきにくさを感じさせ、うまくいった場合、読者が読むという行為と、作者が書くという行為とが一体化する
という、大江サンが目指している成果があがるということかなと私は考えています。大江サンは小説を読むことは読者と作者の共同作業だとどこかに書いておられたと思います。
 さて、津田さんご指摘の「個人的な体験」の一節ですが、ひとつの大きなアフリカの地図の下にまた別の、人口分布を示す、または、交通関係を示す小さな地図がある、という状況だと私は読み取ります。こういった表現も、ちょっと読者にポーズをとらせるというたくらみがあるのかもしれません。作者と一体化して読み進めて欲しいという願いのもとに。
2003/8/13, 津田三郎
誠に申し訳ありません。お伺いしたい文章が欠けておりました。
「地図の下の隅の人口分布を示す小さなアフリカは腐蝕しはじめている死んだ頭ににているし、交通関係を示す小さなアフリカは皮膚を剥いで云々」です。
皆様御存知の「個人的な体験」の初めの方です。そう、いとう様から翻訳文を頂いたちょうどその箇所です。
翻訳者には、少し違った視点からの質問をしてみようと思います。そして、皆さんからの解答と翻訳者からの解答を見比べてみたいと思っております。
2003/8/13, 渡辺智子
津田さま

****
ただ、正直申し上げて大江文学を理解したいと思っているのかと聞かれれば答えは「ノー」です。
****

そうですね。みなさまの丁寧なご返答を受けながらの津田さまの短時間のうちに矛盾し変化するご意見、書かれていることとは別の反応などに頭をひねりながら、結果としてこの文章が津田さまのすべての態度を集約しているのではないかと判断しました。ましてや、前向きに研究されたいということではありませんでしたね。

それへの不愉快と拒絶と不寛容を主張されている方に、心底では願ってもいらっしゃらない「理解」をうながすための努力をするのは、残念ながら哀しみのうちに善意も徒労に終わるものでしょう。
「わかりたくなんかないが教えろ」というのはいかがなものでしょうか?津田さまはそう他者に問われてどうお感じになるのでしょうか?
このような場において交流をするとは、どういうことなのでしょうか?

自分の理解不能な物事に対して「楽しくない」と感じるのは当然で自由ですが、自分が理解できないものはすべて愚劣なのだと判断するのは実は弱さと自己防衛反応のひとつなのではないかと淋しく思うしだいです。
2003/8/12, 津田三郎
ラッキーさん、弥生さん、いとうさん、そして多分読んでくださっているであろう他の皆様、こんにちは。

ラッキーさん、私にはあなたの大江作品に対する理解が浅薄かどうか分かりません。だって、私自身が大江作品を全く理解できていませんから。私が、理解出来ているとの信念を持てたなら、あなたの理解が浅薄だとか素晴らしいとか言えるかもしれませんがね。

弥生さん
挑発的だと受け取られてしまうであろう事は承知しておりますが、挑発ではありません。私の自覚的には、単純に「意味不明ですよ」と言っているのです。
私でも、それぞれの人の嗜好をどうのこうのと言う権利がないことは十二分に分かっています。そしてそれがIQに関係ないことも。だって、魚好きならIQが高くて野菜好きなら低いと言う事実はありませんから。

私は、皆さんの嗜好をどうのこうのする意思はありません。既に、十回もしくはそれ以上書いていると思いますが「意味不明ですよ」と言っているだけです。それは当然「私にとって」と言う言葉が前に付くので、私が理解出来ない部分を教えて頂ければ解決なのです。
ただ、正直申し上げて大江文学を理解したいと思っているのかと聞かれれば答えは「ノー」です。弥生さんがおっしゃっているように、大江作品を理解するのにその評論集や講演までを解説として参考にしなければ理解出来ないのであれば、不具な文学だとの結論に至ります。もし、そうなら大江作品ファンを、前回書き込みにある木村拓哉ファンと同列に評価するしかないのですが、ここでやり取りしていても、断じてあんな低レベルとは違うとの感触を得ています。

さてさて、いとう様より教えて頂いた英文で望外の情報を頂きました。翻訳者の名前があったので、これからネットでその翻訳者を捜して質問してみようと思っています。(仕事をしなければなりませんので何時になるか分かりませんが、取り敢えず一歩前進です)
そこで、皆様に質問です。
「地図の下の隅の人口分布を示す小さなアフリカ」て何でしょう。
地図の下の隅にアフリカが描かれている。そして、アフリカ大陸の占める面積が小さい。それなら分かります。でも地図が人口分布を示しているのですよ。色々な大陸の人口分布を示している地図って、生まれてから今まで見た事が無いのですが。余程特殊な地図なのでしょうか?
そして、同じ地図(としか思えない)のアフリカ大陸の部分には交通関係も示しているのだそうです。どんな地図なのでしょう。
宜しく御教授下さい。
2003/8/12, 渡辺智子
みなさま、こんばんは。
私は文学のプロではありませんし、知能指数や国語能力がいかなるものかもわからない一般人ですが、大江ファンです。
もちろん、文章には「快」「不快」が読み手の人それぞれにあるのでしょう。心地よさというのは主観的・個人的な趣味の問題であって、普遍的な感情と関わらないと思います。
自己が不快に感ずること思うこと、また、例えば「ファン」という言葉に対しての己の概念が普遍ではないこともありますね。他者との会話では自己主張を抑え相対的に考えなければならない場合もあるでしょう。そういう意味では、大江氏の文章は他者の考えも尊重し、熟慮なさったうえでご自分の意見をされているのではないかと私は思います。
大江氏は三島由紀夫氏の文章を「葬儀屋の死化粧」と批判されたこともありますが、私もそれには「おもしろい表現だ」と賛同しながら、一方でその化粧された美文をも好んでいます。そして、三島「ファン」であると自覚してもいます。また、その「文章の快」は彼の思想への傾倒にはつながりません。

文章にも美は存在します。カントによれば美に関する「快」は(直観の能力としての)構想力によって、(概念の能力としての)理解力に関係し、判断力の対象把握の際に経験される・・・ということです。
今回のお話をうかがいながら、概念というものには個人差があって、知性だけではなく概念を形成するための理解力の能力というものも文章読解には必要なのではないかと考えました。

反論や批判、質問や疑問というのはすばらしいことですよね。時として結果としての新しい発想を生んだり、自己啓発にもかかせません。
また、今回は疑問が投げかけられることによって、多くの方のご配慮と見識あるご意見をうかがうことができ、とても嬉しく思いました。
研究する姿勢もすばらしいと思います。翻訳から文章研究をなさるとは良い発想と機会ですね。
>津田さま・・・・いとうさまの書いてくださった英文と日本語原文を比較検討して、どんなことを感じられるのか、ご意見くださると幸いです。私にはそのような能力がないと思いますし、以前から翻訳に対するご意見というのもとても興味があったからです。
翻訳本を読破されました時にも、またのご感想を、楽しみにお待ちしています。
2003/8/12, ラッキー
津田三郎様へ
メールにお返事をいただきまして本当にありがとうございます。木村拓哉さんの例は
ちょっとびっくりしましたがとても興味深かったです。木村拓哉さんのファンの方に津田さんがご不快に思っていらっしゃるようなファンの方がいらっしゃるのも私はよく知らないのですが、、。私自身は大江さんの作品というのは全身全霊で一生懸命書かれていると思っています。身体も精神も打ち込んでいらっしゃると思っています。もし浅薄な理解度で大江さんの文学を読んでいるような点が私自身に感じられるところがあったとしたら申し訳ないことを書いてしまいました。お許しください。前のメールにも書いたのですがわからないなりに少しづつ理解しようとして読む読者もいるということをご理解していただけると幸いです。津田様のような真摯な読者がいることは素晴らしいことだと思います。とても勉強になりました。ありがとうございました。
2003/8/12, 弥生
津田さん、大変、挑発的で刺激的な文章をありがとうございます。台風一過の気まぐれな暑さに、惰眠を貪ろうとした矢先のこともあってピリっと脳髄に響くものを感じました。一体、文章、あるいは小説によって何かを物語る、何かを読者に伝えるとは何でしょうか。言葉には、それを語る人固有の背景があり、歴史がある。言葉は共有できても、その個人の歴史は決して共有できない。しかし、一方で「言葉」、「小説」は、社会の歴史をそこで語ることもできる。大江健三郎の一連の作品群は、こうした言葉の持つ多義性と深みを十分に了解しながら、言葉を物語ることで社会と人間一般に通じる普遍性を描こうとします。四国の森を舞台にした、たくましい想像力を軸にした作品群もあれば、私固有の歴史を描くかのような私小説風の作品群もあります。そして、「最後の小説」をめざす最近の作品群は、この二つの系統を統合しようという試みとも見えます。大江文学の読み手は、こうした大江の言葉の持つ二重の歴史性に何らかの共感を得ているのです。もちろん全ての作品が容易に理解できるとは思えません。ところが、注意深く見ていると、大江は、新作の前後で、かならずと言ってよいほど、講演・評論集を出しているのですが、実は、これらは作品の解説書になっています。もし、大江文学を理解することを志向されるなら、こうした講演集から入られることをお勧めします。(WEB上では、さしあたり、http://www.operacity.jp/oe_lecture.html  が参照できます。)ただ、小説に好き嫌いがあるのは当然だと思います。僕は、三島由紀夫を読みますが、川端康成は読みません。嫌いですから。これはIQの問題ではありません。川端文学の放つ言葉の歴史性に共感できないという、嗜好の問題なのです。ですから津田さんも好みを変える必要はないと思います。そして、他者の嗜好を批判するいかなる権限も、あなたも僕も有してはいないことを忘れないで下さい。
2003/8/12, 津田三郎
いとう様
どうも有難う御座います。取り敢えずお礼まで。
2003/8/12, いとうくにお
こうなっていますよ。
The miniature Africa indicating population distribution in a lower corner of the map was like a dead head beginning to decompose; another, veined with transportation routes, was a skinned head with the capillaries painfully exposed. Both these little Africas suggested unnatural death, raw and violent. (A Personal Matter by Kenzaburo Oe, Translated from the Japanese by John Nathan)
2003/8/12, 津田三郎
いとう様
「個人的な体験」図書館から借りてきました。出来れば、一番最初の方の「地図の下の隅の人口分布を示す云々」から会話文になる直前までの英文を教えて頂けますか。御足労ですがお願いいたします。

ラッキー様
そうですか、わからなくても楽しいですか。それは良かったですね。私は、わからないものを楽しいと思う能力がありません。確かに音楽ならば、おたまじゃくしがさっぱり分からない私でも素晴らしいと思う曲は沢山あります。でも、文学作品を「分からないけど楽しい」とはとても思えません。それに、分からないものをハイレベルかローレベルかの判断もできません。それは「味噌も糞もいっしょにする」の典型でしょう。

下世話な例で恐れ入りますが、SMAPの木村拓也って御存知でしょうか。(この字で正しいでしょうか。それともこれは広島カープかな?)個人的には決して嫌いではありません。でも同時に多くの女性ファンが言うほどハンサムだとも思いません。あの程度なら、ちょっと大きめの駅で一日中捜せば10人ぐらいは見つけられるでしょう。でも、こう言うとほとんどの女性ファンからブーイングです。
その女性ファン達は分かっていないのです。木村拓也が訓練し、練習を重ね獲得してきたものが沢山あることを。それらの後天的努力によって得たものでスターであるのだと言う事を。外見上、優れているからだけで今の人気を得たのではない事を理解していないのです。私は、そんな女性ファンを本物のファンだとは思っておりませんし、率直に申し上げるならば反吐が出るほど大嫌いです。
さて、話を大江氏に戻すと、「分からないけど素晴らしい(んだろうな)」と言う大江ファンを木村拓也ファンの多くの女性と同様だと見ております。
ノーベル賞を取ったから素晴らしい(だろうな、その筈だ)、色々な権威が高く評価しているから素晴らしい(だろうな、その筈だ)と言うファンが大江ファンを自称するのを妨げる事は出来ませんが、賛同はしないのです。

大江氏の作品を読み、内容を理解し、行間まで汲み取って、あの不可解な(と私が思う)句読点やパズルの謎解きような(と私が思う)日本語が、実は大江氏の主張や表現したいことを伝えるうえで必要なのだとそれぞれの人なりに納得している。そんな人が、そんな人だけが本物の大江ファンだと思うのです。
2003/8/12, ラッキー
お二人のお話を読んでいてほっとしました。わたしも本を製本した方に「わたしの頭脳ではわからない、、。」と手紙を書いたことがあります。でも大江さんのような作家の作品を「わからない」とおっしゃるのは大変正直な誠実なお言葉だと思います。わからない作品を奮闘努力して読む!読んで自分の頭脳の限界に打ちのめされまた落ち込む、、。また元気をだして読み出す。わからなくても楽しい!なんだか難しいけど嬉しい!少しづつ勉強していってすこしづつわかっていく、、。わたしにとって大江さんの作品は超ハイレベルの学校の庭を散歩させていただくようなどきどき感があります。つまり憧れなんです。中のことはよくわかんないままなんでけどね。でも例えば音楽を聴くのに理解して聴こうとするでしょうか?作曲した方の意図した高度な作曲理論や技法、内容はわからなくても私たちは音楽を聴くことができて感動することはできるような気がします。そしてその音楽の素晴らしさを「感じる」ことはできるのではないかなあと思います。そういう「世界」の素晴らしさを「感じる」ことができてこの辛い人生をなんとか励まされて生き抜いていけるような気がします。
2003/8/12, 津田三郎
川端康成がノーベル賞を受賞した時、どこかの記者が三島由紀夫に「次は三島さんですね」と言ったら「いやぁ〜、大江だよ」と答えたそうです。つまり、三島も認める大江作品及び大江健三郎氏なんですよね。
でも、私にはさっぱり分からない。何が書いてあるのか、分からない。これが三島の作品なら、個人的に好きではないのですが、高い評価をする人がいても何の不思議も無いと素直に思えます。少なくとも意味不明の文章はないですからね。
意味不明の文章でもてはやされた代表と言えば吉本隆明です。吉本と大江氏を比べるのは失礼なのでしょうが、私にとって意味不明である点は同じです。もっとも、吉本は意味不明の文章を書いている間は高い評価を受けていましたが明瞭な文章を書くようになってからは誰ももてはやしませんよね。
吉本の場合、あくまで吉本に限っての場合なのですが、訳の分からない文章だったからもてはやされていた、との論評を読んだことがあります。たぶんそうなんでしょうね。だから、明瞭な文章を書くようになった現在はあまり評価されないんだ、と上記の評者は述べていました。
これって何なんでしょうね。日本の読者や出版界やそれに付随するものってどんなレベルなんでしょうね。
でも、大江さんはきっと違うんでしょう。私が間違えているのでしょう。だって、あの三島ですら高く評価していたんですもの。
2003/8/11, いとうくにお
津田さん、大江作品の文章を取り上げて解釈を議論するというのは、何も問題がないと思います。ただ、他の方からの解釈の回答があるかどうかはわかりませんけども。
『個人的な体験』については、どの場面かを指定してくだされば該当する英文をもってきます。前の投稿にも書きましたが、2、3行程度でお願いします。
2003/8/11, 津田三郎
いとう様、2〜3日時間を下さい。知りたい部分を調べてみます。
さて、今までの書き込みで私が大江氏の作品を全く理解出来ていない事がお分かりいただけたと思います。決して批判しているのではなく、それ以前の問題なのです。そこで、幾つかの私にとって意味不明の文章を提示してその解釈を教えていただく事は可能でしょうか。どなたでも結構です。教えていただけますでしょうか。つまり、そんな使い方をしてもOKですか?
2003/8/11, いとうくにお
津田さん、どの部分をご希望ですか?
2003/8/11, 津田三郎
山村さん、御指摘ありがとうございます。そうですか、では私の読んだ雑誌の記事が間違えていたのですね。ついでに、私は日本語以外では英語しか分かりませんのでどうしても英語になります。
知能指数の件、御指摘ありがとうございます。さすがに専門家で素晴らしい卓見でありますが、要するに大江氏の作品が日本語として意味をなしていないとしか私には思えない事を述べたいだけです。そして、そのようなケースで往々にして「それはお前の頭が悪いだけだ」のような反発が出てくるので前もって一応のエクスキューズをしただけです。
伊藤さんお手持ちの文章だけで結構です。教えて頂ければ幸いです。
2003/8/11, 山村喬
初めて投稿させていただきます。
いくつが気になったことが投稿されておりますので投稿させていただきます。

まず、ノーベル文学賞の選考についてですが、選考は必ずしも英語によるものではなく、選考の対象となる作品は、英語、フランス語、ドイツ語、スカンディナヴィア語の各言語全てに翻訳されている作品だけで、選考もこれらの言語で行われます。ひとつの翻訳版だけによるものではないので、翻訳による作品の歪みは最小限に抑えられていると見ていいと思います。ですから、それほど翻訳のことをいう必要はないと思います。どうしても翻訳のことを考えられるのなら、英語にこだわる必要はなく、上記の外国語のうち、一つお得意のものでご覧になったらいかがでしょうか。

それから、知能指数のことが書かれており、これは私の専門分野にかかわることで気になりましたので、書かせていただきますが、知能指数や言語能力のテストは、言語に関わる能力の最低限を画するものですので、これらのテストの数値が高いことは必ずしも高い能力を示すものではないのです。高得点者の方が「知的職業」に就く割合が高いことが知られていますが、これはあくまで相対的なものであって、逆も多数見られ、数値が数量的な意義を持っているわけではないのです。津田さんは能力テストの得点が絶対的な意味をもっているかのように誤解されているようですし、こうした誤解が世間に広まってしまうのは、研究者としては困るので念のため書きこませていただきました。
2003/8/11, いとうくにお
津田さん、はじめまして。このサイトを運営しているいとうです。出前さんからの情報にあったとおり、アマゾンでしたら大江作品の英語版が入手できますので、まずそれで英語版をご覧になってみてはどうでしょうか。あるいは、我が家に『個人的な体験』の英語版ならありますので、2、3行程度でよければご希望の部分をここに引用してもよいですよ。
2003/8/11, 津田三郎
折角、良い掲示板に出会うと言う幸運に巡り合いましたので以前から抱えている疑問を氷解させられればと思います。
前回、書き込みました通り、私の日本語能力は低くありません。正確に言うなら日本人のトップ1.5〜2%程度にあたります。しかし、大江氏も皆さんもそれを超えたレベルでいらっしゃるのでしょう。そうでないとあんなパズルのような日本語を理解できるはずがありませんから。
日本の人口を1億3千万人として、1%で130万人。その半分としても65万人です。65万冊売れた大江作品はないでしょうから、大江作品が高く評価されている現状に矛盾はないわけです。
でも、大江氏がノーベル賞を受賞なさった時、色々な人が肯定的に氏の作品を論評なさったのです。あの作品のここがこう素晴らしいと。ところが、浅学非才な私には、その論評を読んで大江作品を何度見てもどうしてそうなのかが分からない。素晴らしいと評されている箇所を何度読み直しても、当然その前後を見ても分からない。正確に言うと、どの作品も1n通して意味が理解出来ましたと言う作品が全くないのです。

日本人の私が、日本語能力の低くはない私が読んで、何を書いてあるのかが全く理解出来ない文章をどう英語に出来るのか不思議で仕方ないから、英文がどうなっているのか知りたかったのです。
川端康成が受賞した時は、あの美しい日本語を英語に置き換えられるのか心配しましたが、私の英語力は商談の通訳や翻訳が出来るレベルでして文章を味わうなどは夢のまた夢です。ですから、そのままにしておきました。

でも、大江作品は別です。私でも何も分からない文章をどう訳すのかにとても興味があるのです。何も分からないと言う視点から見ると、大江作品も吉本隆明作品も変わらないのです。
大江ファンの皆さん、どしどし反発してください。そして、この大馬鹿の私でも、大江作品のせめて荒筋なりと理解出来るようにご教授下さい。
2003/8/11, きみどり
ラッキ−さん、教えて頂いてありがとうございます。ちょうどお盆休みに入るので、図書館で野田さんのデカルトの本、探してみようかと思います! 難しそうだけど、薄い本だそうなので努力して読んでみようと思います。大江さんの物語の主人公古義人と何か通じるものを感じれば幸いなのですが・・。
2003/8/11, 津田三郎
出前さんお答えありがとう御座います。
大江健三郎氏がノーベル賞を受賞したことは承知しております。
でもノーベル委員会の全員が日本語の原文を読んで、決定したのではないでしょう。確認をしたのではありませんが、色々な言語で書かれたものを全て英語に翻訳し、あるいは英語に翻訳されてある作品を読んで審査するのだと「翻訳の世界」と言う雑誌で読んだことがあります。
実は、私の日本語の能力はNative Speakerの中でトップ5%以内に入っています。子供の頃から知能指数の検査だとか、様々な検査を受けさせられ、はっきりと断言できます。
しかし、その私でも大江氏の作品を読んで、ただの1ページすら意味が理解できた験しがありません。その雑誌にも指摘してあるのですが、乱脈としか思えない句読点の打ち方、起承転結の分からない文章。まさに意味不明の日本語です。
そんな文章をどんな英語に翻訳してあるのか以前から興味があって質問をさせて頂きました。ところで、ここでは多くの方が大江健三郎の作品のファンなんでしょ?では、具体的に大江作品の意味を教えていただく質問をしてよろしいでしょうか?ケチをつけているのではないのです。それ以前に何が書いてあるのかさっぱり分からないんです。
2003/8/11, 出前
>大江健三郎原作の英文を手に入れたり、読んだり出来る方法を
教えてください

amazon.com というネット書店で検索されたし。

>ノーベル賞は英語に翻訳された文章に対して与えられたもののはずです

違います。創造的な現代小説を執筆した大江氏に対してです。
翻訳者が表彰されたわけではありません。
また、優れた小説は、他言語に訳されてもそのオリジナルの自立性を失いません。無粋な答え方になってしまいましたけどね。
2003/8/9, 津田三郎
御存知の方、教えて頂けませんか。
ノーベル賞は英語に翻訳された文章に対して与えられたもののはずです。
大江健三郎原作の英文を手に入れたり、読んだり出来る方法を
教えてください。英文にものすごく興味があります。
2003/8/8, ラッキー
デカルトの「コギト・エルゴ・スム」が大江さんの『憂い顔の童子』の古義人になったのかどうかは御本人ではないのでわからないのですが、もしご興味がおありでしたら一番入りやすい本をご紹介させていただきます。
 『デカルト』野田 又夫著(岩波新書)です。
薄い本ですがデカルト入門書としては一番整然としているかもしれません。夏休みに
よろしかったらお読み下さい。その他いろいろとあるとは思いますが、、。あまり紹介できるほどには勉強していないのでお許し下さい。
2003/8/7, きみどり
最近パラパラ読んだ本の中にデカルトの「我思う、故に我あり(コギト〜)」というくだりを見つけました。コギトの次はどういう言葉が続いていたか覚えてないんですが、コギト=考える私、という意味らしいです。これはひょっとして「憂い顔の童子」の古義人の名前の由来するところかな?・・と思ったんですが、どうでしょう?デカルトの方法的懐疑という論証など、いまいちよくわからないんですが、もし詳しく知ってる方いらっしゃったら教えて頂きたいです・・。
2003/8/6, ゆきた
はじめまして、こんにちは。
もしよかったら以下の本をどなたかに貰っていただきたいのですが。
興味のある方、メール下さい。 snow62@hotmail.com

大江健三郎全作品 1,4
大江健三郎全作品 第2期 1,3,4,5,6
「雨の木」を聴く女たち
治療搭
言葉によって
性的人間(文庫)
河馬に噛まれる(文庫)
大江健三郎、再発見 (大江健三郎 すばる編集部 編)

文庫と書いてある以外はハードカバーです。恐れ入りますが送料だけはご負担お願いします。
2003/8/4, 八幡太郎
8月4日
渡辺様 いとう様 みなさま

ひとつの本について、複数の人と語り合うことは
大変な楽しみです。ありがとうございます。

「暴力に逆らって書く」について、毎日新聞に
書評が掲載されていました。
手元に新聞がないので、記憶に残ったことを書きます。
「この書簡集は、世界的な文学者のエールの交換のように
見えるが、大江氏は結構、血まみれになっている」。

確かにそうだと思いました。
大江氏を血まみれにしたのは、やはりスーザン・ソンタグ
女史でした。
彼女は、大江氏に向って「直球」をどんどん投げます。
例えば、「善意があっても思慮深くとも、直接の体験の
具体性にとって代わることはけっしてありません」。
これは身をもって、世界の戦場を歩いた彼女の信念です。
大江氏は、直接、戦場を歩いてはいません(たぶん)。
この「直球」は読者をうなずかせるものでもあります。
とにかく「明確」かつ「正論」なのです。

 ここで、ペシャワール会の中村医師の話に耳を傾けると、
「通常の『短期視察』は、過剰包装の包み紙から中身を判断
するのに等しい。また、我々が地域のニーズという時に問題
なのは、誰から何を聞いてそう判断したかである」
(「ダラエ・ムールへの道」28pより引用)
彼は、現地で誤解してその情報を世界に流すようなことをする
間違いが多すぎるという。
大江氏は紳士だからソンタグ女史に「あなたの現地情報は、
本当に間違いのないものですか」などどは書かない。

聡明なソンタグ女史は「現場をみるということ」の困難さは
十分に理解していると願うばかりです。

このように、作家が率直に語ると言うことは読者にとっても
刺激的であり、日頃になく長くこの問題を考えたりもします。
テツオ・ナジタ氏、チョン・イー氏は、アイデンティティや、
亡命という日本人にとって考えることの困難は課題を、提示
します。
想像力を働かせれば、彼らの気持ちの一部分にふれることが
出来ると信じています。

それでは。
2003/8/2, ゆい
「大丈夫、わたしがまた生んであげる」。
ほんとうに、いい言葉ですね。心に染み入ります。
私はいつか、その言葉を聞けるでしょうか・・・。
私はいつか、その言葉を言えるでしょうか・・・。
なんとか夏を乗り越えて、秋はリリアにと考えています。
2003/8/1, いとうくにお
講演会のことですが、大江さんの本を出版している出版社などを通じて大江さんに依頼するのがよいのではないでしょうか。その際は、自分がどういう人間で、どういう主旨の講演会をどういう場所でどのくらいの規模でやりたいかというようなことをまず先方に伝えるのがよいと思います。
ところで、『大江健三郎往復書簡 暴力に逆らって書く』を読み終わりました。1995年1月30日のギュンター・グラスからの手紙に始まるこの本は、それぞれの手紙が書かれたあとの国際情勢の変化があるにも関わらず、いま書かれたばかりのような今日性があると感じられました。
2003/8/1, 高田ノリオ
7月29日付けの内田さんのご希望拝見しました。同様の希望をもたれている方がおられて、少し意を強くしております。私も7/29付けで同じ希望を表明しているのですが、今のところ、どなたからも連絡はありません。気長に待つよりほかなさそうです。そのうち管理者さんあたりが、多分善処してくれるのではないかと期待しているのですが......。私のほうに何か情報があれば、そのときは連絡します。気長に待ちましょう。
2003/7/30, ラッキー
毎日のニュースでとても辛いです、、。突然ですが詩を引用します。
 人生の四期 W.B. イエイツ(超自然の歌IX〜『パーネルの葬儀 その他の詩』より

 彼は肉体と戦ったが、
 肉体が勝った。それは上を向いて歩く

 それから心と戦った。
 無垢と平安が立ち去る。

 それから精神と戦った。
 高ぶる心は置き去りにされた。

 今、神との戦いが開始される。
 真夜中に必ずや神が勝つであろう。(1934年)

 中林孝雄・中林良雄両氏訳『イエイツ詩集』(松柏社)より、、です。

 なんとか講演会が実現されるといいですね。イエイツの詩は本当に神秘的で難しいです。
2003/7/29, 内田 光生
大江健三郎さんの講演会を開きたいのですが、どうしたらよいのでしょうか。
2003/7/27, 渡辺智子
八幡太郎さま、みなさま、こんにちは。

私も『暴力に逆らって書く』を拝読しました。世界的に蔓延する暴力に対して考えさせられる昨今、この機会にこの本。・・・溜飲が下がる思いがしました。

>(現在、国会では児童虐待についての審議がなされて
>います。その座長がなんと鴻池大臣です。
>議事録を読んでいると青少年に対する問題意識など
>持ち合わせた方とは思えません)

おっしゃるとおりですね。
大臣のあの「打ち首」発言からは、すでに一九九八年にマリオ・バルガス氏との往復書簡で大江氏が触れた「不寛容のシステム」への急速な傾倒、その果てを感じます。
その大臣はまた、問題後のテレビ出演において「何か私が発言するとまた百叩きの刑にあうからなぁ」と笑いながら(ユーモアとして?)発言されました。公的な影響力のある発言者への当然の一般批判が、彼には「百叩き」という「糾弾」と受け止められる。さらに「不寛容」を継続されているようです。
また、暴力を非難するときに、新たな暴力が用いられてしまう恐怖を感じます。それを「人情」というのか・・・。
なんと、このユーモアの不在。アモス・オズ氏はこの本の手紙の中で【狂信は暴力を生む。狂信主義者に絶対的に欠けているのはユーモアだ】と書いてらっしゃいますね。

政治家の相次ぐ暴言。それは発言を否定したり謝罪すればすむということではない重さを感じます。「女性への性的暴力をした学生は元気があって正常に近い」と発言した政治家にも、埋めることのできない亀裂を感じます。
こういう人間は根本的に考え方を変えられないから・・・とある方はおっしゃいます。
では、敗北主義のペシミストとして傍観するだけしかできない・・・そんなことはとてつもなく悲しいなぁと思っていました。
そんな時、こんなにも真剣に世界を考え戦っていらっしゃる知識人の方々がいらっしゃると知ることで希望が沸く!
この場をお借りしてささやかに、この本を出版された大江氏に「ありがとうございます」と感謝の言葉を贈りたいです。
2003/7/18, 八幡太郎
八幡太郎です。

「暴力に逆らって書く」を読み進んでいます。

この本には、私たちが対峙している暴力、特に
少年による暴力について示唆に富んだ個所が
あります。

南アの小説家ナディン・ゴーディマ氏との
往復書簡です。
(いとうさんが、ホームページの巻頭に引用
されています)

この文章には、暴力はどこに由来するのかが
語られています。20世紀の終わりの往復
書簡に既に現在の困難が書かれています。
(世紀が違っても同時代です)

「ある象徴的な事件が問題群を表面化させると
それに挑発されるように雪崩れをうって同種の
事件が続くのがわれわれの事件です」
「もっとも勢力のある論調として、少年たちの
暴力への傾斜が敗戦後に作られた少年法と教育
制度に由来している、というものが広がりつつ
あります」(大江さんの文章から引用)

神戸事件後に書かれたこの文章は、
そのまま現在の置かれている状況です。
もっと状態が悪くなっているといえます。
(現在、国会では児童虐待についての審議がなされて
います。その座長がなんと鴻池大臣です。
議事録を読んでいると青少年に対する問題意識など
持ち合わせた方とは思えません)

「暴力に逆らって書く」というタイトルの重さを
強く感じながら読みすすめています。
大江氏がこの数年、全力を尽くしたと話されていた
この「暴力に逆らって書く」は本当に重要な往復
書簡集だと思います。
それでは。
2003/7/18, 拳児
弥生さん。みなさん。こんにちは。
弥生さん。「憂い顔の童子」の読解を読ませて頂きました。
思ったことは、弥生さんの着眼の素晴らしさと、己の勉強不足です。
弥生さんの書き込みを最初理解できず、何度も読み直しました。私は一読者の域を出ていない、と思いました。

それから、管理者のいとうくにおさん。いつもご苦労様です。いとうくにおさんが書き込みをチェックして下さるから、不愉快な文章を見ないで済みます。いとうくにおさんは見なきゃならなくてお気の毒ですが。助かっています。
2003/7/16, うずなみ
初めて投稿させていただきます。一介の大学生です。

大江健三郎氏の作品は去年より手に取り始めたばかりで知識も読み込みも浅いのですが、今やその表現力の虜となっています。
そして偶然にも祖父母が四国の人間であり、今週末より帰省するのですが、
大江氏と関連した場所(小説の舞台等)で訪れるに良いところなど、
どなたかご存知ないでしょうか?
もし教えていただければ嬉しいです。
今は一先ず「同時代ゲーム」を読み進めています。
2003/7/15, 弥生
拳児 様
間違えました。昨年11/17頃の投稿と、これにつながるちゃまんさんや大祐さんの 一連の投稿です。興味がなければ無視して結構ですが、僕は「憂い顔の童子」は、大江文学のあの時点での総決算の書であると思います。大江健三郎という小説家が生涯を振り返り、自分のために書いた作品ではないでしょうか。ユーモアに見せかけながら、とんでもなくシリアスな物語と読みました。この作品があってこそ、今の「二百年の童子」が成り立っているとさえ思います。だから(僕もまだよくわかりませんが、)この2作品を貫く「童子」という言葉、対象の持つ意味は極めて多義的であると思います。
2003/7/12, いとうくにお
ロベルさん、こんにちは。確か『宙返り』の刊行後、大江さんはギーというキャラクターはこれで最後と語っていたと思いますから、今後の作品で私たちが再びギー兄さんに会うことはないのではないでしょうか。しかし、お手元の本を開けば、昔のままのギー兄さんにいつでも会えるわけですから、、、。化粧されて千里眼のようなことをするギー兄さん、支持者たちの前で真摯に語るギー兄さん、性的な放縦を楽しむギー兄さん、さまざまなギー兄さんの姿に。
2003/7/12, ロベル
私は小説に人生のモデルとなる人物を探しています。大江文学は高校時代から慣れ親しんできた、いつもそばにいてくれる友人のような存在でした。ただノーベル賞を受賞後の大江文学は、かつてのイメージと違います。これは進化したということなのでしょうか?自分自身も歳を重ねていますが、私の中に鮮明に焼き付いている『ギー兄さん』の姿は、もう再びめぐり逢うことのない昔の恋人のように今でもあのときのままです。今、ギー兄さんはどうしているのでしょう?
2003/7/9, 拳児
弥生さん。しんしろうさん。皆さん。こんにちは。
弥生さん。11月27日に書き込みは見あたりませんが・・・。
しんしろうさん。安心しました。
私はここに書き込み、また書き込みを理解するため、大江文学をもっと読みたくなりました。
2003/7/8, ラッキー
『憂い顔の童子』をお持ちの皆さん、もしよろしかったら裏表紙をご覧下さい。実は私の知り合いの方がこの本を製本なさいました。大口製本株式会社というところです、、。別に宣伝をしているのではないのですが、、、。どきどきしてメールさせていただきました。表紙の絵や帯や色、挿画など作家の方々の表現されたい世界を伝えていくと言うお仕事もまた素晴らしい文化だと思います。そういう気持ちで本をあらためて見るとまた大江さんの作品であるという上になお更格別の思いがします。不思議なめぐり合わせですが、、。私個人は本を作れませんが、やはり本というのは一冊一冊が大事だなと思います。私はようやく読み上げたところです。最後はとても胸がいっぱいになりました。
2003/7/5, 弥生
拳児様

「憂い顔の童子」を読まれたようですね。僕はこの作品を理解するために、わざわざ「ドンキホーテ」を読む必要はないと思います。常識的なあら筋を知っているだけで十分です。「ドンキホーテ」は作品の補助線にすぎません。2002/11/27の僕の投稿とこれにつながる一連の書き込みが参考になるはずです。
2003/7/4, しんしろう
  はじめて投稿します。「二百年の子供」が子供に理解できるのとご心配の拳児さん、うちでは小学校2年生の長男に読み聞かせしています。子供に難しいと思われる言葉は簡単な言葉に「翻訳」しながらです。先日の読売新聞の「読者の夢インタビュー」で大江さんは、このファンタジーそのものが、子供へのフィードバックと語っておられました。それならぼ親もその気持ちで読んでやれば、子供に興味深い事柄もたくさん出てきますので、十分ついてこれると思います。このファンタジーは、子供の作文のお手本という意味合いもあるのではないでしょうか。最初は子供さんに少し戸惑いがあるかも知れませんが、「乗って」しまえば、あとはせかされるくらいだと思いますよ。
 ちなみにうちの息子はこれまで、「かいけつゾロリ」より難しい本は読んでいません。
 それにしても、大江文学を小さい子供に読み聞かせできるなんて、思いもかけない喜びです。
2003/7/4, 拳児
皆さん。いとうくにおさん。こんにちは。
いとうくにおさん。教えてくださってありがとうございます。
『ドンキホーテ』は読んだことはありません。せっかくですから読んでみます。

『二百年の子供』は面白いです。ただ、子供に分かるでしょうか?英語も出てくるし・・・。
大江さんが本気を出しているのは分かるのですが・・・。
ちょっと心配です。
2003/7/2, いとうくにお
拳児さん、ドン・キホーテは読まれましたか。僕はダイジェスト版を読んだだけなのですが、さまざまな冒険を経てドン・キホーテが「憂い顔の騎士」(だったかな)と呼ばれるようになるんです。『憂い顔の童子』という題名は、これを意識したものだと思います。そう考えると、古義人=ドン・キホーテ=童子、と捉えることもできそうですね。ただ、「童子」はもっと多義的といいますか、古義人のことだけを表しているのではなく、ほかの人も含んでいるような印象を僕は受けました。
2003/7/2, 虚雪
こんにちは。
いとうくにお様、貴重な情報、本当にありがとうございます。
また、いろいろとお伺いすることもあるかもしれませんが、今後ともよろしくお願いします。
2003/7/1, 拳児
皆さん。いとうくにお様。こんにちは。
いとうくにお様。では、「憂い顔の童子」の「童子」とは、古義人なのですか?
2003/7/1, いとうくにお
虚雪さん、はじめまして。大きい図書館において文学界のバックナンバー(1961年2月号)で読むことができますよ。
2003/7/1, 虚雪
はじめまして。こんにちは。
この前、あるサイトで『政治少年死す』のことを知りました。自分は是非読んでみたいのですが発禁小説となっているらしいので読むことはもう無理なのでしょうか?何か情報があったら教えていただけると嬉しいです。
2003/6/30, いとうくにお
ひろさん、はじめまして。四日市の講演に行かれたのですね? ニルスの話というと、子供時代の読書のことかな。
『憂い顔の童子』のことですが、ご存知のとおりあれはドン・キホーテを下敷きにしていますので、それにそって一種のユーモアとしてさまざまな災難に出会う物語になっているということだと理解しています。
2003/6/28, ひろ
はじめまして。こんばんは。
私最近大江作品にあらためてはまってしまい、このサイトも
たまに、拝見していましたが、初めてレスさせていただきます。
今夜、三重県の講演を聴きに行って、書きたくなってしまったので。
読書についてニルスを中心にお話されていましたが、とても良かったです。
感激しました!
ちなみに、すごーく基本的かもしれないことなんですが、
最近の例えば「憂い顔の童子」とかの長江さんが色々な被害にあう様子
って、皆さんどう読まれているんでしょうか?
私は何故そこまで?って感じがして仕方がないんですが・・・。
長く読まれている方にとっては気にならないのかな?
と、ちょっと疑問になったので、よろしければまた教えてください。
それでは。
2003/6/27, 徐
また「ギー兄さん」に関する質問ですが、その「ギー」という名前には何かの意味が含まれているでしょうか。それから、「古義人」の「ギ」「コギー」などとも何かのつながりがあるのですか。
2003/6/27, くにこ
ダーダさん、ご覧になってますか?
エゾハルゼミも、このところの低温で鳴きませんね。
又、馬鹿みたいに働いてしまいました。で、風邪ひきました。
弱ってくると、なぜか大江さんの往復書簡は無理で、ここのみなさまはご存じないかもしれませんが「じゃりん子チエ」はるき悦巳さんの漫画だったり、「ふたりっ子」大石静さんのドラマをビデオで撮ったのを観たくなるなあ。
で、やっぱり実家が近かったら帰りたいなあ。とりあえずなんか食べられるし。
ダーダさんのダンナさま、周りのみなさんきっとやさしいのかな。
そういう問題じゃない?そういう問題もありますよね。
2003/6/22, qm
ギー兄さんに関連してですが、『新しい人よ眼ざめよ』を再読していたら思いがけず、「ギー」という名を目にしてちょっと感激です。インドのホテルの売店で買ったインドの野生動物についての本の著者が「E・P・ギー」となっています。農園主で「いかにも律儀な性格と生涯が文体に反映している」と評しています。
2003/6/21, 拳児
皆さん。除さん。endo sayuriさん。こんにちは。
ギー兄さんですが、これは『懐かしい年への手紙』(講談社文芸文庫)に出て来ます。あと『万延元年のフットボール』(講談社文芸文庫)に隠遁者ギーというキャラが出て来ます。
「子供に教えられたこ」とは知りませんが、『「自分の木」の下で』(朝日新聞社)は子供向けにかかれた良い本です。・・・なんかいつも私はこの本を薦めている気がします。
『憂い顔の童子』で、愚かにも私は誰が「童子」なのか分からなかったので、もう一回読んで見ます。
大江さんの他にも気になる作家はいますが、それらをひっくるめてとにかく読む!しか満足する方法はないですね。
2003/6/20, 徐
大江健三郎の作品を読んでいます。最近のものに注目していますが、初期、中期段階のものなどについて、不勉強なのです。なんか小学校を越えて、大学に入ったみたいで、時々幼稚な質問をすると思いますが、いろいろ教えていただきたいです。
今読んでいる「燃え上がる緑の木」には「さきのギー兄さん」のことが書かれていますが、大江氏の以前の小説にもそれに関するものがありますか。
2003/6/20, 高田ノリオ
初めてお便りします。30年以上、大江さんの作品を読み続けて来ました。ある種の同時代感とともに。いつも痛切な読後感なしに読了できません。     話は変わりますが、私は20数年前に東京での生活を終えて北海道の片田舎に帰って参りました。今でも、大江さんは私の一つの座標軸です。田舎で様々な活動を続けていますが、いつか大江さんの言葉を直接聞きたいという希望を持っています。また町の人々にも聞かせたいと思っています。地方講演の方法などどなたかお教え下さればと思っています。よろしければ下記まで御連絡ください。  yamatake-ura@abelia.ocn.ne.jp
2003/6/20, Endo Sayuri
初めて書かせて頂きます。
 わたしは日本語教師をしておりますが、今度の授業で大江先生の”子供に教えられたこと”という内容のものを扱います。でも教科書には、”子供に教えられたこと”についての話まではのっていません。ただ、お子さんのことと、ノーベル文化賞をとられたことだけです。
 恥ずかしいんですか、わたしは大江先生についても作品についてまったく分かりません。どなたか”子供に教えられたこと”についてご存知の方がいらっしゃったら教えていただけませんか。あと、留学生にお勧めの本があれば教えていただけませんでしょうか。宜しくお願いします。
2003/6/19, 白石ヒロ
ひろこさんへ
留学されてから はや 二ケ月、 お元気かしら?と 心待ちしていました オーストラリア便りが 無事 届き 布教活動に お励みとのこと ひろこさんらしいと 嬉しくなりました。
ホームシックにかかる 暇もなく 充実した 毎日のようで なによりです。
先生が 人生の親戚を読まれ ひろこさんと 読後感を 話合えれば いいですね。
大江氏もちょくちょく 引用されてます フォークナーを 原書で読めるなんて 羨ましいです。
私は 新刊 暴力に逆らって を 読んでますが、
大江氏からの 書簡のほうが 大江氏宛の 書簡より 読みやすいというか 理解し易いことに気付きました。
どの 書簡相手よりもです。
それは 大江氏が 母国語で 書かれた文章であるのに対して 相手からの 返書は 翻訳されたものという 違いではないでしょうか?
大江氏の 小説 にも この個所は 翻訳が難しいだろうなあという 表現個所が 随所にありますものね。
翻訳ものを読むより 原書を読むほうが より 理解し易いということがあるのではないかと思います。もっとも 原文を読める 語学力が あるという 前提に立ってですが。
ひろこさん メールアドレスは 前と同じでしょうか?
個人的にたまには 日本の 様子もお伝えしたいと思いますので。
もし変わってましたら わたし宛に 教えてください
お元気で!
またの シドニー便りを お待ちしています。
2003/6/18, ひろこ
お久しぶりです。というか掲示板への投稿はほとんどしていませんが・・。
私は4月からシドニーにきて大学院での勉強におわれる毎日です。
皆さんお変わりないでしょうか?5月に新しい本が出たんですねー。
大江文学について語れる機会がますます減ってしまい、だいぶ悲しいです。
しかし先日クラスで私がいかに大江さんに影響を受けたかを語ったところ、
先生が興味を持ってくれ、ぜひ読んでみたいといってくれました。
なので An echo of heaven(原題・人生の親戚)を薦めました。
私はこちらでほそぼそ布教活動中です。
英語圏の人はどうやら翻訳本を読まない傾向があるらしく
大学の図書館にも大江さんの作品は1冊くらいしかありません(怒)。
でも私も英語圏にきたのだし、ということで
今日からフォークナーを読み始めようと思います。

個人的な報告失礼しました。
2003/6/15, ゆい
★ 『 二百年の子供 』・10章 人生の計画 ★その3

「 ――私だってね、「夢を見る人」のタイムマシンに乗れる年齢の
子供だったら、と思うことはあるのよ。 」
・・・そんなアサ叔母さんの話に、私も顔を洗いました。
「 父がよくいうことに、子供には想像力がある、
  というのがあります。 」
 大江さんの言葉の隣にある舟越さんの絵は、想像力を掻き立てます。
 いつか北海道を訪れてほんものの作品に出会ってみたいと考えます。
 いろいろなことがありますが、元気を出そうと思います。
2003/6/14, 読者A
久しぶりに投稿します。自己レスです。

「マルコによる福音書」の研究について、ご存知の方は教えて下さいと投稿しました(2/23)。
100%特定できるわけではない(作中で明記されていませんから)けれど、私は確信しているし、実在すると思い込んで探してきてよかったと、嬉しく思った論文を読みましたので、ご紹介します。(レスが頂けなかったのは、大江読みの間では常識だったから?確かに大江の別の著書『ゆるやかな絆』の中にこの方のお名前は紹介されている。でも私の質問を一時は気にかけてくださった方もおられるはず。その方のために。)

荒井献「女たちの沈黙」(『荒井献著作集3』岩波書店 などで読むことができる)

大江の作品に惹かれる理由の1つは、私の場合、1つの作品の中に、他の作家や様々な分野の専門家への開かれた窓口を多く含んでいることだ。紹介される人の著書には日本語の翻訳がなかったりするけれど、英語は読めませんとかは言っていられない気がする。

また皆さんに質問させていただくと思いますが、今後もよろしくお願いします。
2003/6/14, 拳児
みなさん。こんにちは。
大江さんの小説をかなりあつめましたが、気にいったのを何回も読んでいます。
ですからなかなか大江さんの未読の小説が読めません。
今、『「自分の木」の下で』の気にいった章を何回も読んで、「これは子供だけでなく、大人も生きるヒントと覚悟を貰える本だ!」と一人で感動しています。
友人に読んで貰ったら、「子供の読む本にしては、英語があったりして難しい。万人受けはしないかもしれない」との感想。
そうかもしれません。
今日は眠れそうもないので、読売新聞をとっていない私は明け方に、『二百年の子供』を読むために駅まで新聞を買いに行こうと思います。
『二百年の子供』も段々油がのってきたように感じます。
早く本になって欲しいです。一気に通して読みたいです。
毎週楽しみにしています。
2003/6/10, 渡辺智子
八幡太郎さま、みなさま、こんにちは。

覚えてます〜。本当に笑いの多い時間でしたね。
それから、「今度は誰にも理解できないような難解なものを書きたいと思う」とおっしゃってましたね。それも楽しみです。

>すると大江氏は、原稿を読むメガネを忘れたので立たないと
>読めない、と応えられて立ったまま最後まで講義をされた。

そうそう。その前にずっと鞄の中をお耳まで真っ赤になさって眼鏡を探し続けてらして。そういう文章上以外の素顔が垣間見られて、なおさら人間的魅力を感じられるのです。

ところで、私も自覚野暮だし「うろうろぐるぐる」←(この表現好きです、ラッキーさま)してしまいますね〜(笑)
野暮の反対の「粋」はもちろんステキなことですけれど、野暮を嫌う人の勘違いしたシニシズムはとても苦手だなぁと思います。
2003/6/10, 八幡太郎
渡辺智子さま。
それはそれは。
あの教室でご一緒とは、世間も狭いですね。
大江氏の独特の「ユーモア」を楽しませていただきましたね。
せっかくですから、みなさまにも幾つかご紹介させていただき
ましょうか。

その1.
大江氏が京都へ向う新幹線車中でのこと。
この日、新聞に「往復書簡」の広告が掲載されていたので、
見てみると、「高木ブー氏の自伝」とセットになって掲載されていた。
その2.
車内で、隣の人が読んでいた産経新聞に有事法制論議の見出しに、
「神学論争は終わった」と書いてあった。
「私は、神学論争は西欧の大切な知的財産と思っているが、
どのような意味で書かれたのか、暇なときに新聞社に電話してみたい」
その3.
大江氏が立って講演をされていると、担当教授が着席を薦めた。
すると大江氏は、原稿を読むメガネを忘れたので立たないと
読めない、と応えられて立ったまま最後まで講義をされた。
(そのかけあいが暖かかった)

付録 
「響きあう父と子」を見た学生が、私の後ろで「へー、息子さんが
いたんだ」。
(背筋が寒くなった)

渡辺さま。このようなことありましたよね(付録は別ですが)。
2003/6/9, ダーダ
いつも野暮な内容になっているかもしれないダーダです。
大江文学を愛している方なら多少野暮な内容になっても
心の広い方が多いと感じています。きっと驚かないで、真剣
に聞いてくれるだろうと思っています。
10年近く実家には帰っていません。落ち着けないからです。
大江さんの本は私にとって、心のふるさとになっているのかも
しれません。
十勝のくにこさま、かっこの鳴き声紫竹ガーデンにて、聞きました。
虫の鳴き声も盛んになってきて、虫の鳴き声がこんなにも心を落ち着かせて
くれるのだと改めて、感じています。
2003/6/9, ラッキー
渡辺智子さま
いつも優しいメールをありがとうございます。そうなんですか、『静かな生活』ってそういう作品なのですか、教えてくださって本当にありがとうございます。わたしは本当に大江文学をよく理解していなくて、。なにか大事なものに気づかずにまわりをぐるぐる回っているようです。うろうろぐるぐるしているのだと思います。本当にありがとうございます。
2003/6/7, 渡辺智子
拳児さま、いとうさま、ラッキーさま、みなさま、こんにちは。
ラッキーさま、大江文学からずれてなんかいませんよ。むしろ、お話がうまくつながっていてワクワクしてしまいまして、また発言をさせていただきました。『ノスタルジア』をはじめ、タルコフスキーは大好きな映画監督です。ご存知の上でのご意見だったかもしれませんが、大江氏の『静かな生活』にはタルコフスキーの『ストーカー』について数ページに渡って引用と主人公の言葉を借りての大江氏の見解が語られているのですよね。それはどちらの作家とものファンの私には貴重な内容でした。また、大江文学との強烈な関連性を感じます。地球規模の祈り、痛み・・・ということ___。勝手な個人的意見ですが、『宙返り』は特にタルコフスキーの映像とシンクロナイズします。

同時に私は『静かな生活』もビデオを持っていて拝見しています。こちらは原作に忠実な、とても美しく愛しい映画でした。また、収録の特典映像が素晴らしい(笑)なぜなら、大江氏がご家族とその映画をめぐってのドキュメントに出てらっしゃるから。スーツのポケットに手をつっこんで挨拶される大江氏がかっこいいんですよ〜(^^)

お話は変わりますが、私も5月16日の京都大学の大江氏特別講義に出席させていただきました。奇しくも「言葉の表現、映像の表現」というテーマで、トーマス・マンの『選ばれし人』のシナリオを考えながらの大江氏のお話はたいへんおもしろかったです。その講義の前にはドキュメント『響きあう父と子』が上映されて、初めて拝見し、感激しました。
ですから、前発言の八幡太郎さまとは、あの狭い空間でご一緒だったのですね。(笑)
大江氏のお姿を身近に拝見して、とても幸せな一日でした。
2003/6/7, ラッキー
大江さんの文学からは少しずれてしまうのですが、、。先日、映画館でÅ.タルコフスキーの『ノスタルジア』(ニュープリント版)を観ました。20年ぶりに映画館でみることができました。言葉もでないほどの感動でした。そして今日有事法制が国会を通過しました。なんの力もない私です。大きな歴史の流れは変えられないのかもしれません。
日曜日、走って教会に行きました。ちょうどロザリオの年キリスト昇天を祝うミサが行われていました。わたしは本当に信仰というものがない人間ですが涙がとまりませんでした。これからのわたしの人生でできれば祈りというものを深めていけたら、と思っています。書店で大江健三郎さんの往復書簡をみつけました。お小遣いができたら手にしたいと思っています。今日はあまりよく眠れないので夜半にこのメールを書いています。夜ベートーベンの第九を聴きました。
2003/6/7, いとうくにお
拳児さん、あのビデオをお持ちなんですね。僕もオークションで手に入れたやつを持っています。雨のシーンは印象的ですよね。ほかにも、プールで泳ぐイーヨーをマーちゃんがビデオで撮影しながら泣き出すところや、マーちゃんが絵本に文字を書き込んでいくところなど、忘れられない場面がたくさんあります。
2003/6/7, 拳児
皆さん今日は。連続の書き込みになったらご免なさい。私の宝物はレンタルビデオショップからのいらなくなったビデオの「静かな生活」です。原作も読みました。大江さんの言うとおり、雨の中で抱き合う兄と妹は感動します。あの時イーヨーは初めてマーちゃんを助けたんだ、という気がしてなりません。
2003/6/4, 拳児
この前、古本屋で「治療塔」と「治療塔惑星」を買いました。確か2冊で千円でした。非常に得をした気分です。確か筒井康隆氏が非常に誉めていた記憶があります。楽しみです。
大江さんの小説には「メンバー」を「メムバー」と書いてあったり、「嘲弄」とか普段使わないが意味が分かる単語が出て来ます。あとゴシック体も使われます。それを読むと本当にドキドキして、友人との会話にも、「それは嘲弄か?」などと言ってしまい、「また大江からの引用か?」などと言われてしまいます。恥ずかしいです。
2003/6/1, いとうくにお
くにこさん、ありがとうございます。『音楽』という本なんですね。いずれ読んでみたいと思います。
2003/6/1, くにこ
そうですか、いとうさん道南育ちかあ・・。
って、フェリー乗るのに函館、通るので大沼くらいしか行ったことないのですが。
あのね、山に近いここらでは、夕方だってさっきもカッコー鳴いてますよ。

いつもながらの適当引用、申し訳ありません。
調べました。「音楽」小澤征爾・武満徹 新潮文庫 昭和59年発行
文庫で59年。24年もたつのですね。という訳で、記憶引用をお許しあれ。
正しくは中の−同時代の音が聴こえる−武満 (前半略)・・・そして願わくば、文学のように、ドストエフスキーも漱石もいい、しかし同時代の安部公房モ大江健三郎モ素晴らしいというように、われわれの現代音楽も聴かれてほしいとは思うな。です。
2003/6/1, いとうくにお
私の実家は道南ですが、やはりカッコーはいました。朝、鳴くんですよね。なんにもないつまらないところだと思うこともありましたが、いま思うといろいろよいところが思い出されます。ところで、武満徹が安部公房と大江健三郎の名前を挙げたというその対談は、なんという本に収録されているのでしょうか。
2003/6/1, くにこ
確かに、アイスバーンは恐いし、−20度で車のエンジンかかってくれよ、と思いますが、こうカッコー鳴いちゃってライラック咲いちゃうと忘れてるなあ。こりてないです。いつもながら誤字なおしていただき恐縮です。送信直後気が付きましたが「いとうさんなおしてね」と念じておきましたら、なおってました。感謝。
2003/6/1, いとうくにお
うーん、そのように効果的に100円が使われた例は稀だろうと思います。それにしても、東京から十勝への移住というのは、生活環境のものすごい激変だったでしょうね。
2003/6/1, くにこ
なにせ、私は武満徹氏が対談で語られた「今、日本で小説家といったら安部公房と大江健三郎のお2人でしょう。」から入った者で、−「雨木」を聴く女たち−の頃です。古書店のワゴン3冊100円の文庫で初期のものをいくつか読みましたが−万延−はなく、去年−憂い顔の童子−みなさんの感想の中でやはり−万延−がとおっしゃるかたがいらして「ははあそうなのか・・」これを読まないと−憂い−の感想も言えないなと思い読みはじめたものの、なかなか土の中から出てこられませんでした。読了し感動したのはいうまでもありませんが。
武満さんは(私も30円で読んだ)−性的人間−を評価していたようですね。−飼育−は印象深かった。(30円)なんと充実した100円の使い方でしょう。
ちなみにわたしは8年前に東京の下町から、北海道の十勝に移った者です。帯広のデパートに大江さんの新刊1冊。−往復書簡−印象深い点など、また書き込ませていただきます。
2003/6/1, いとうくにお
みなさん、こんにちは。RB26DETTさんおひさしぶりです。そのような偶発的な本との出合いは面白いものですよね。そうして手に取った本が自分の人生に決定的な影響を与えたり…、なんてことがありうるので、人生は面白い。
くにこさん、印象に残った部分などありましたら、お教えください。僕のほうは読了はまだまだ先のことになりそうです。
ちゃまんさん、拳児さん、僕の周りでは数十分の一くらいという気がしますね。人付き合いのよいほうではないので、知人の数は多くありませんが、公私含めて「大江健三郎の読者」という人に出会うのはごくたまに、です。もちろん、このサイトで知り合った皆さんは別としての話ですけど。それと、拳児さんのおっしゃるとおり、最初に読む本としては『万延』はちょっときついかもしれませんね。
2003/6/1, 拳児
ちゃまんさん。皆さん。こんにちは。
大江ファンの割合ですか。私も気になります。大江さんには悪いですけれども、もし入門として、いきなり『憂い顔の童子』を読んだら、もうその人は大江作品を読まないのでは?私達は大江さんの作品の歴史を知っているから面白いけど、あれをいきなり読んだら、何が何だか分からないでしょう。
入門としては、『自分の木の下で』か、『キルプの軍団』が良いと思います。ただ『キルプ・・・』は絶版のようです。私は幸運にも『洪水・・・』の次に『ピンチランナー調書』を読みました。もう止められません。いとうくにおさんに反対するわけじゃないですけど、『万延元年のフットボール』も入門には辛いのではないでしょうか。あの文体が良いのですけどね・・・。
私は『個人的な体験』の以前の作品をあまり読んでいません。読もうと思うのですが、繰り返し繰り返し気にいった作品を読んでいるのでなかなか。幸せな読書家だと自分でも時たま思います。
2003/5/31, ちゃまん
 拳児さん はじめまして。(亀レスですいません)社会人になってからは、わたしも身近には大江ファンはおらず、こちらのサイトを見つけたときはとても嬉しかったです。ところで、大江ファンって何人に一人ぐらいの割合でいるのでしょうかね。年齢、性別、地域の分布とか気になったりして…。
 今、初期の作品から少しずつ読み返しています。それで思うのですが、「遅れてきた青年」ってあまり評価されないですけど、前半の四国の森を表現した部分なんかは、実は「芽むしり仔撃ち」より凄いのではないかなと…。
2003/5/30, くにこ
私も、たまたま入ったデパートの本屋で、1冊だけある「大江健三郎往復書簡」を見つけました。こちらのサイトでサイード氏とのものが朝日新聞に載ったという事だけ知っておりましたので、飛びつきました。私の場合、拾い読みしたところですが、どのページもすばらしいという印象です。真摯で美しく・・。はじめから読みます。
2003/5/27, RB26DETT
 前回いつ投稿したが、わすれました。
 最近、書店に出かけることも無く、「ファン倶楽部」を覗くでもなく、ポルシェの
本などを眺めて過ごしていました。
 先日、宝くじを買うために、町に出かけました。宝くじを買った後、ジャンボサイ
ズのみそラーメンを食べ、しばらくブラブラしたのち、白熊(氷)を食べました。
 ふっと、書店でも覗いてみるか、という気分になり、ホテル二階にある書店の新刊
コーナーに目をやると『大江健三郎往復書簡』の文字が目に入りました。
 実を言うと、岩波文庫『人生談義』上・下を買おうと以前から思っていて、二階へ
のエスカレーター上で、その事を思い出していた様な気がします。
 『大江健三郎往復書簡』を買って来た事はいうまでも無い事です。
 この本は、書簡一通ずつを、ゆっくり読んで行こうと考えています。
2003/5/23, 拳児
皆さん初めまして。
私は大江さんの作品を20歳の頃から読んでいます。
私の周りには大江作品どころか、文学を読む人がいなくて、寂しいです。
だからこのサイトを見つけた時は嬉しかったです。
初めて読んだのは『洪水は我が魂に及び』でした。その時の驚きと震えを今でも覚えています。
2003/5/22, いとうくにお
八幡さん、情報ありがとうございます。大江さんの講演は面白いですよね。テンプラ・ボーイさんの言葉を借りるなら、大江さんの場合、講演もまた「心尽くし」かもしれません。
2003/5/21, 白石ヒロ
hirobee@peach.ocn.ne.jp
テンプラボーイさん
ご希望の 大江氏の講演や 光さんとの ツーショットや 徹子の部屋など お二人で出演された ヴィデオ数本 あります。
お貸ししますから 私宛に ご住所お知らせください。
2003/5/20, 八幡太郎
大江氏の講演が京都大学文学部にて、5月16日に行われました。

講演名「言葉の表現、映像の表現」

トーマスマンの「選ばれし人」を題材に、文学と映像についての講演でした。

私は「選ばれし人」を読んではいませんが、大江氏の講演から、
「選ばれし人」の映像的イメージが伝わってきました。
文学作品の話を聞いて、何か1本の映画をみた気持ちになりました。
楽しい体験でした。

大江氏の新作に期待しています。
2003/5/20, テンプラ・ボーイ
みなさんこんにちは。自分好みのお笑いを求めてゆくうち、紆余曲折を経て大江文学に出会い、魅了された者です。はじめまして。テンプラ・ボーイと名乗らせていただきます。一介のお笑いキッズだった自分を手鏡越しに振り返り「だいぶ遠くまできたなぁ」と少し老けた感慨もあり、頭もキモチ禿げ上がってはきたものの、大江氏の小説群こそ、じっくり留まって向かい合いたい、『探していた村』のような存在だと感じています。

大江氏の、一切の世間語を排した創造的な文章を読んだ時ほど、日本語を理解できる幸せをかみ締めたことはありません。特に『新しい人よ眼ざめよ』は、(高校の頃友達が言っていたのか、太宰治が随筆に書いていたのか忘れましたが)エンターテインメントという言葉を『心尽くし』と訳したい、という(友達か太宰かどちらかの)表明そのままに大江氏の心が尽くされた作品であると思います。

長々と語ってしまいましたが、じつは5/15に書き込みされたnimyanさんと同様にですね、私も大江氏の過去出演された番組のコピーを探しております。光さんを中心にしたドキュメントものなど、どなたかお貸ししていただくか、或いは譲っていただけないでしょうか。厚かましいお願いなのですが、何卒よろしくお願いいたします。では。
2003/5/15, nimyan
I am an oe fan from HK. I wonder if anyone can tell me where to get Oe's television programme by NHK? Can I buy the CD? or any one get the copy of the programme?
2003/5/12, みのり
いとうくにおさん、丁寧なご回答ありがとうございました。

「人生の親戚」のテューター・小父さんの集会所は、「イエスの方舟」の事件をモデルにされているという論文を読んだことがあるのですが、今話題の白装束集団のニュースを見ると、ぼんやりと関連させて考えてしまいます。おかしいかもしれないけど・・・

大江さんの文章から色々なことを考えさせられることが多いです。
ずっと心に引っかかるトゲのように・・・でも決してセンチメンタルになるだけではないというところは、大江さんの世界に少しでも触れられているということでしょうか。
2003/5/11, いとうくにお
みのりさん、はじめまして。Switchという雑誌のロングインタビューで『人生の親戚』の創作過程を大江さんが詳しく語っています。それによると、「むしろ一番最初は、ベティ・ブープのような唇をした女性を、ということでイメージを決定して、その女性の不幸と乗り越えを書こうということから出発した」(Switch 1989 Vol.7 No.2より)そうです。まり恵さんは架空の人物であり、小説の中の出来事も架空のものと考えてよいようです。
ただ、まり恵さんのイメージを形成するにあたっては、実際に会った人の印象も加味されているようです。大江さんは、こうも述べています。「あるところに講演に行って、熱心な人たちのグループに会ったんですけど、そこで食事をしながら話したときに、まり恵さんと結びつけるつもりはないけど、いくらかそんな印象の、顔立ちの方がおられましてね。(中略)あとからその方は、障害をもった兄弟を育てていられる人だということをちょっと聞いた。そして、あの人の顔立ちっていうものは、頑張ってナニクソと思ってやっていくような、ある美しい攻撃性のようなものと、それから一種その底に悲しみがあるような感じをそれは表していたなあと思って。そういう、ある女性の顔とか、立っている姿勢とかですね、そういう風なイメージがちょっと僕の内側に残ってゆくのは確実なんです。(中略)そしてそこに、ベティ・ブープのような唇を持った女性というような言葉が入ってくると、その言葉が繋ぎ目になって、いろんなイメージが結びつく。」(同上)
でも、みのりさんのおっしゃるとおり、とてもリアリティがありますよね。
2003/5/11, みのり
こんにちは。初めて投稿いたします。
質問なのですが、「人生の親戚」の中の、まり恵さんの家庭に起こった事件は、実際あったのでしょうか?また、まり恵さんのモデルになられた方はいらっしゃるのでしょうか?
あまりにリアリティーがある書き方なので、気になっています。
知っている方がいらっしゃれば教えて下さい。よろしくお願いいたします。
2003/5/11, 弥生
「書きたい場面はあなたの身体の中に言葉として生きてるんです。そしてあなたの心の中で、書く人と読む人は同じ」

「二百年の子供」を連載している読売新聞朝刊で昨日、こんな大江の対談が掲載されていました。悲しみ、悲嘆、苦痛。僕は大江ほど、この人間の苦しみを描き、そこからの再生を描こうとする作家はいないと思う。「どこが苦しいのですか」というシモーヌ・ヴェイユの祈りも、虚無よりも悲嘆を選ぶフォークナーの言葉も、僕らの生きてきたことの歴史が詰まったこの身体のなかで、大江の言葉を借りて生きてくる。読むことで生きてきたことの経験を振り返り、それは自らの言葉として自分のなかで甦る。ここのフォーラムで議論されていることが、まるで新聞紙上で大江からの示唆を受けたようなそんな不思議な気持ちです。
2003/5/6, ラッキー
またこんなお話をメールしてしまうのですが、、。実は私の知人の知人が9・11N.Yテロで亡くなっています。わたしは積極的に反戦を訴えることができませんでした。
悲惨なテロで亡くなったご遺族のことを考えても自分というつまらない人間を振り返っても反戦の気持ちはあってもそれを言えなかったのです。イラク戦争の始まる直前までのインターネット署名募集には応えていましたが、、。イラク国内での独裁政治下の虐殺のことはいつも御話してくださる神父様から教えていただきました。テロに対する報復戦争、イラク戦争、、アメリカ軍に男性兵士だけでなく実際に戦場にいく女性兵士達。そんな人々を眼にして安全な場所にいながら反戦を唱えることができませんでした。今でもなにが正しいのかわかりません。大江さんの文学作品にその答えを与えてもらおうと探すのは私自身の甘えだろうかとも思っています。
2003/5/6, ゆい
この「場所」に集まる「魂」には、頭が下がります。
痛みを知らなければ想像力を持たなければ他者の痛みも推し量れない?
・・・・・ そういう考え方もあるんですね。
私は大江さんの言葉から、まだ体験したことのない痛みや洪水のような
戦争を想像し、凍えたこぶしには石のかたまりをつかんで、
なんとか、生きてゆく「技術」を学び、身に着けようとしています。
2003/5/5, 渡辺智子
ゆいさま、ラッキーさま、
お返事をいただけて心から安心できました。ありがとうございました。

私も感傷的、感情的になりがちな人間ですからいつも反省しながら生きてます。特にネットで文章だけのつながりの場合は、表現が難しいと感じます。

『二百年の子供』たいへんおもしろそうですね。ゆいさまがいつも書いてくださるものだけでも伝わります。楽しみだな。
大江氏は文学で暴力表現を書かれますが、それは痛みが伝わってくるものです。特に親指に落とされた石はきっと・・・イ、イタイよ〜(笑)
痛みを知らなければ、想像力を持たなければ、他者の痛みも推し量れないのだろう・・・と感じました。
いろいろ考えられて良い機会でした。どうもありがとうございました。
2003/5/4, ラッキー
渡辺智子様へ ゆいさまへ
わざわざメールに丁寧にお返事をかいてくださって本当にありがとうございます。
わたしも大江さんの『二百年の子供』を全部読んでいるわけではありませんし、深く
理解しているわけではないのです。ただ感情的にひとつの言葉に反応を示したのだと
思います。大江さんの文学作品は深く考えられた上での表現だと思います。確かに怒
りのこぶしを人間があげるときがあるのだと思います。そして殴った方も殴られた方
もともに痛い。この
「痛い」というところにきっと人間の一番大事なところがあるのではないかと思いま
す。わたしはついつい感情的になるところがあるので、、。ちょっと反省していま
す。できるだけ自分を「被害者」にはしていかないようにしようと思っています。
温かいお言葉本当にありがとうございました。ゆいさん、せっかくメールなさったの
に私が過敏に反応してしまって申し訳ないです。失礼をお許し下さい。
2003/5/3, ゆい
★『二百年の子供』・8章 ウグイの石笛 ★その3
「・・・、自分らもこの実験をしようと思ったとしたら、
 その人らにそうしたい理由があるからやと思います。 」
2003/5/2, ゆい
渡辺さん。ありがとうございます。
言葉は自由ですから、それぞれの思いの中で生きてしまう。
未熟な私の言葉にて不快な思いをされた方、ごめんなさい。
2003/4/30, 渡辺智子
みなさま、こんにちは。

ラッキーさま、はじめまして。
 ラッキーさまのご発言を拝見し、「殴る男」ということ、たぶんそれはゆいさまの4/26日の『二百年の子供』についてのご意見に書かれた一部のことに言及されていると思うのですが、私はその本をまとめて拝読したいもので、まだ未読ですので直接の内容には触れられません。ですが、どうにも心がしめつけられる思いで見過ごすわけにはゆかず、横槍を入れてしまうことお許しください。
 貴方が大江氏の本をお読みになってそう感じたのであれば、その部分をあげていただけると幸いですが、私が長年愛読してきた氏の小説、エッセイなどからそういった文脈「殴る男はエライ」ということは読み取ることができません。また、勝手ながらゆいさまのご意見もそういったことではないと推測します。
 それとは別に現実問題として、「暴力」というものはエライわけがありません。しかし、「男はエライか、エラクないか」「殴ることはどうか」ということについては、いろいろなケースがあるので一概に言える問題ではないと思います。また、殴る女性もいるわけで、性差もないと思います。
 ですが、絶対的に言えることは、今回のケースとして貴方が受けてしまった家庭内暴力、これはいけないことです。貴方は家庭内、父と子という立場において絶対的弱者であり被害者です。心も体も傷つけられるまでの暴力を受けたことは子供が悪かったからなどということはないはずです。
 家庭内暴力で妻子を殴る男・・・女性の立場としてこれを私も憎みます。したがって、殴る父親→男は殴る→男はエライなどとは断じて思いません。
 言葉はたいへん難しいものですね。ひとつ読み間違えると誤解を生みますし、上述のように概念が混乱することもありますね。
 一般的概念として「暴力」はよいことでもエライことでもありませんよね。男でも女でも、相手を傷つけるだけの行為は許されないことです。それを無理に行使するとき、人は理由や目的を捏造したり欺瞞を隠したりもします。「殴られるのはおまえが悪いからだ」と被害者を加害者にしたてあげることもあります。
 教師である立場上の折檻としても、その生徒は鼓膜が破られるほど殴られる理由なんかないし、躾などといったところで貴方も入院するほどめちゃくちゃに暴力で仕返しされることもない。少ししか書かれてらっしゃらないので読み取るのは無責任かもしれませんが、私は特にあなたの文章の「私が悪いのですが」というその部分に心痛を感じた。決してご自分を責めなくて良いと思います。本当に大変でしたね。
心の傷はなかなか癒せませんが、大江氏の本には人間愛、家族愛に満ちた数々があって心を癒せることもあるかと思います。

 そして、私は戦争を最大の暴力だと思っています。また、自分が直接に殴らなくても起こせる権力上の暴力も存在し、それを憎みます。
 個人的な意見で申し訳ありませんが、ひとつのご参考までに。
 では、また・・・。
2003/4/27, あい
みなさんにお願いがあります。
私はあまり読書が好きな方ではありません。しかし学校で大江健三郎さんの「快復する家族」という本が課題ででました。そこで、皆さんは「快復する家族」をお読みになってどのような感想をお持ちになりましたか??ぜひ参考までに聞かせてください。
2003/4/27, ラッキー
わたしは男の人がえらいとどうしても思えません。自分だけが正しいとは思えませんが、、。私の父はよく母をなぐりました。教師をしていて態度の気に入らない生徒を殴って耳の鼓膜を破ったりしました。もう過ぎたことですが母の友人と浮気をして母が寝込んでしまって私が怒って(わたしが悪いのですが)背中をスリッパ立てで殴ったらわたしの左前頭部をめちゃくちゃに殴りました。わたしは救急車で運ばれて入院しました。そのためわたしの左目はすこしおかしくなりました。わたしの友達は小さい時からお父さんの暴力で怯えきった生活をしていてそのために精神の疾病を生涯かかえこんでいます。わたしも病院に通っています。どうして人を殴る男の人がえらいのでしょうか?わたしにはどうしてもそう思えません。大江さんの文学に文句をつけるつもりはありません。
2003/4/26, ゆい
★『二百年の子供』・8章 ウグイの石笛 ★その2
「朔はいま、自分のしたことに責任をとるために、
 なにかになければ、と・・・・・・・・・・・」
女である私はこぶしで人を殴ったことがありません。
こぶしで殴ると・・相手も、自分も、痛いんですね。
「男の子は・・・・・・・・・・えらいと思うわ。」
2003/4/19, ゆい
★『二百年の子供』・8章 ウグイの石笛 ★その1
「・・・大人になれば悪いやつになるはずの子供を
    始末することもできないなら「むいみ」だ、
    といってさ、・・・・・・・・・・。   」
私の持っている『芽むしり仔撃ち』の本の後の頁には
いんのような 数字と文字と虫の しるしがあります。
2003/4/14, ヨーダ
私も大江作品には「芽むしり仔撃ち」から入りましたので、最初に読む作品としてはベストかと思います。登場人物と自然がわかりやすい文体でみずみずしく描かれており非常に印象的でした。評論家の福田和也氏は「この作品をもって大江作品の最高傑作とする」と書いておりましたが、そのような見方もあるほどです。私はそのほかでは「人生の親戚」が入りやすいのではないかなと思います。
2003/4/12, ゆい
★『二百年の子供』・7章 メイスケさんの働き★その3
「・・ある時、父が教えた。
 大切なことは、また危ない感じのことは、
 それをいう前にひとつ深呼吸して、
 それでもまだ、いいたいと思えばいうといい。
 この深呼吸は、言葉に力をつけることにもなる・・」
2003/4/10, いとうくにお
accoさん、はじめまして。ご質問にはいろいろな回答があり得ると思いますが、若い方が最初に読む大江作品として『芽むしり仔撃ち』はよい選択だと思います。『個人的な体験』もいいと思います。
2003/4/10, acco
はじめまして。
とつぜんですが、皆様にお聞きしたいことがあります。
昨日、ある知り合いから、大江健三郎の「芽むしり仔撃ち」という本が
おもしろい、と勧められました。
なので、読んでみるつもりですが、私は今まで大江健三郎さんの本は全く読んだ事も
ないし、
関する知識は、ほんとうにゼロなのです。
そこで、こんな書き込みしていいのかわからないのですが、
皆様の「まず、この一冊を読め」的な本がありましたら、ぜひ教えていただきたいの
です。
よろしくおねがいしますっ。
2003/4/8, いとうくにお
徐さん、こんにちは。「若い日本の会」のことはウェブで検索するとたくさん出てきますよ。当時の若い作家や作曲家、演劇人などが多数参加したようですね。
2003/4/8, 徐
いとうさん、ご返事ありがとう、大江文学についての勉強はまだまだ始まったばかりの段階なので、その手法などについてもこれからもっともっと知りたいのです。
「憂い顔の童子」には「若い日本の会」の話が出ていますが、現実にもそのようなものがあったようですね。具体的にどんな人がかかわっているのでしょうか。
2003/4/7, 白石ヒロ
川合さん いとうさん
大江氏の 今度の戦争に対する 直接の 声明や メッセージでは ありませんが、今回の 二百年の子供 に それらしいものを感じましたのでご紹介します。
サブタイトルも 話し合いで休戦にならんやろか とズバリそのものです。藩の鉄砲隊と 逃散 の 農民が 戦を始めようとしている時、メイスケさんが 調停役を ひとり勝ってでて 話し合いをしょうとするのです。
同時代ゲームの時もメイスケさんが 外交手腕を発揮して藩にも農民にも 無血の 解決を計りましたが、今回も メイスケさんの 出番となるようです。ここでわたしは 大江氏が 始まってしまった戦争の 一日も早い休戦を切望していられるのだと思います。
いち早く ブッシュに従うと宣言した小泉首相に ほんとは メイスケさん役を 果たしてほしいと望まれていたのではないでしょうか?
小泉首相が だめなら 世界の誰か メイスケさんになって 休戦を推し進めてくれることを 大江氏は 切望していられるから、このような ストーリーになったのではないでしょうか?
同時代ゲームに でてきた 逃散が この新童話にでてきて 少し陳腐と思ってましたが大江氏は これが 言いたくて 逃散を 持ちだされたのだと気が付きました。
わたしも メイスケさんが 一日も早く出現して 休戦になることを願っています。
2003/4/7, ゆい
★『二百年の子供』・7章 メイスケさんの働き★その2
「・・・メイスケさんに知らせてもらいたい、・・
その難しいことをきめるために・・・
複雑な仕組みのナイフは、・・・
・・・話し合いで休戦にならんやろか・・・  」
2003/4/6, いとうくにお
川合さん、はじめまして。大江さんは戦争に反対されていることと思いますが、今回のイラク戦争についての具体的な声明などは僕も見ていません。情報をお持ちの方、いらっしゃいましたら教えていただけると幸いです。
2003/4/6, 川合 直美
大江氏がイラク戦争にどのように対応なさっているのかと思い、このHPを開きました。自分は1967年高校三年時、彼にかぶれていたのだろう、彼のエッセイにより、反体制運動にかかわる、きっかけになりました。
自分は何もせずに、何も言える立場でもありませんが、現在の反戦運動が、特に日本において、もりあがりが欠けているようで残念です。
自分の人間形成にとって、最も影響を受けたのが、長嶋茂雄、彼、ジョンレノンです。
このHPのますますの充実に期待しています。
2003/3/31, ゆい
★ 『二百年の子供』・7章 メイスケさんの働き ★ その1

「 そういいながら、あかりは立ち上がっていた。
自分がふつうでなくなっているのがわかった。 」
朔ちゃんの固いこぶし顔と、あかりちゃんの強い顔。
板チョコをなるべく同じくらいづつ、3つに割って、
その、ひとつ、ひとつを、静かに、眺めてみた。
2003/3/28, いとうくにお
徐さん、こんにちは。この掲示板に批判的な文章が投稿されることもなかったわけではありませんが、『憂い顔の童子』にあったようなやり取りは、小説の中の架空のお話です。このように現実の世界とリンクしていながら、現実そのものとは違う、そういうやり方は大江文学ではよくつかわれていますね。
2003/3/27, 徐
中国の上海で日本文学を勉強しているもので、大江文学に興味を感じています。今のところ、「憂い顔の童子」を読んでいるところです。第八章「桃太郎」には、ここのファンクラブの話が出ていますが、掲示板に批判の投稿があったということで、本当ですか。
本当のことなら、いつごろのことでしたか。その投稿はまだ残っていますか
2003/3/25, 鳥沢純
 畏れ多い事ではありますが、現在、私めは、大江先生の後を継ぐべく、
日々、文学の修養、研鑽に励み、だらけ切った、当国昨今の文学状況を、打破すべ
く、弛まぬ努力を続ける毎日であります。
 就きましては、大江先生には、遠く及びませぬことは、重々承知の上ではあります
が、拙作を、サイトにて、発表しておりますので、一度、目を通して頂ければ、幸いで
す。
HP:鳥沢王国
http://www.geocities.jp/torisawa_jun/
2003/3/24, 渡辺智子
石井さま、ゆいさま、優しい言葉をどうもありがとうございました。心があたたまりま
した。(でも、私は迷ってばかりの人ですが・・・はずかしい(笑)

前回の私の発言でひとつ、誤解があるといけませんので・・・私に厳しい言葉をくださ
った知人というのは、自ら病める地へ赴き個人的に社会活動をされる方で、この方の指
摘によって私は自己反省をすることができたのです。
 人は異なった環境で、それぞれ自分のできることがあるのだと思います。こうして、
文章によって交流し少しでも励まされたり癒し癒されることも人生の糧・・・。
 以前は個人的に大江氏の本に出会えた喜びを感じるにすぎませんでしたが、今ではそ
れを分かち合える場所がある・・・とても嬉しいことだとあらためて感じました。
 これからもみなさまのご発言を楽しみにしています。
2003/3/23, edger_
 ” 初めまして ”

 去年、大江先生の講演に出掛けました。
 それはもう、ノーベル賞作家様ということで、少しでも生のその雰囲気に
触れてみたい、というミーハー的なものというか、現役で素晴らしい作家様を
失礼ながら拝見してみたかったのです。
 期待以上でした、さすがにお話は楽しく、頭脳明晰でいらっしゃいました。
 講演の後は、ダッシュでサイン会へ。
 私の拙本を持参していたのが、とても出せなくなりました。
 ずっと後に、出版社経由で郵送してしまいましたが・・・。
 実はまだ、先生の御本をじっくりと読んだことは無いのです・・・。
 良いものは一番最後に巡り遭うらしい私、これから読むのかもしれません。
 1つだけ、講演の中の 野球部 のお話は、昔々読んだ記憶があるので、
中学時代かに人生論か何かでお眼に掛かっているかもです。
 とにかく、先に御本人にサイン頂いて、握手もお願いしてしまって、
写真も撮らせて頂けて、感激の極みでした。
 お礼の気持ちで一杯です。
 http://homepage1.nifty.com/edger_s/
2003/3/23, ゆい
★ 『二百年の子供』・6章 タイムマシンの別の約束 ★その3

「 子供たちはじっと見ていた。 」
子ども達には、「 じっと見て 」欲しい。そう、強く思います。
渡辺さん。あなたの「言葉」に、私は救われました。・・・ありがとうございます。
やっぱり戦争が始まった時、私は、何も出来ない無力な自分が嫌になりました。
そして敬愛する知識人たちにも、・・「言葉」を失いかけていた。  そこへ、
「新しい人の方へ」の「言葉」に続く、渡辺さんの「言葉」です。
恥ずかしい程小さな声の私ですが、少年に倣って「ぼくは世界と戦っている。」と発したくなりました。
どうぞ笑わないで・・・下さい。  どうか、 静かにほほ笑んで・・・下さい。
2003/3/22, 石井
こんにちは。何とも感動的な渡辺さんの長文に圧倒されました。渡辺さんのような利発な女性のファンがいて大江さんは幸せ者だと思います。愚かなぼくとは大違いです。
二百年の子供、以後週間感想は控えさせていただき、まとまったらのほうがいいと思います。もちろん今回も良かったと思います。
憂い顔の童子、このままでは終わらない物語だと思います。登場人物がなかなか面白いので、飽きませんでした。神社の神官とは、ははは大笑いしました。たよでもいいのでは。
今後とも怒れる老人のお叱りと物語と文学論に注目していきたいと思います。
しばらくフライを漁ろうと思います。
それでは。
2003/3/21, 渡辺智子
みなさま、こんにちは。そして、大江健三郎さまへ・・・。私は以前に2度ほど、いかに自分が大江ファンであるかという発言をしたことのあるものですが、今回は個人的な問題について書かせていただきます。実は、『週刊朝日』3月28日号「新しい人の方へ」の大江氏のエッセイに書かれたシンポジウムで氏に質問をした女性というのが私なのです。氏は女子学生と思われたようですが、実際は三十代の絵を描くもので、大江氏の10年以上もの愛読者です。大江氏には私の質問が舌足らずなもので、ずいぶんとご迷惑をおかけしたことですが、真摯に解釈とご返答をしていただき恐縮です。
 先日、イラクへのアメリカによる攻撃が始まりました。折しも一年前のあの当時、アフガニスタンに対するアメリカの武力行使によりタリバン政権の撤退が報道され、メディアはそれによる人民の解放をあたかもアメリカの正義の剣の結果であるかのように映し出す日々。テロリストへの報復攻撃(のはず)が民間人を犠牲にしながらの戦争になり、結果論としてのタリバン崩壊と抑圧された人々の救済にとってかわる報道に、サイード氏のおっしゃるアメリカ特有の欺瞞とプロパガンダを思い、その義憤が私の頭に渦巻く最中の大江氏講演、シンポだったのです。
 そして、「知識人が何をできたか」という疑問に対しては、それまでにタリバン政権の人権侵害について当のイスラム知識人からも「教義に反する」と批判を受け、オブザーバー参加していた国連でも追放されるなど、いくらか動きがあったのに対し、戦争それ以前に何か力を発揮できなかったのだろうかとそういう苛立ちを感じてのことでした。
 ここで、どうしてもお伝えしたいことは、私は「知識人は実際に役に立たないのでは?」と指摘をしたわけではないということです。
 あのシンポの後、私は苦悩しました。あの質問は短時間で説明のつくものではなく、実際にこうして誤解を受ける内容でなかっただろうか・・・。敬愛する相手に対しての不躾なあるいは暴力的な言葉ではなかったか?むしろ氏に対して一方的に知っていることの甘えがあったのではないだろうか?その揺れ動く心で知人にこの件を話すと「知識人である大江氏に知識人の責任を問うことの行動への疑問」と、ついで大江氏に傾倒する私に対する「有名人への自己同一化の危険性、または権威主義」そして「知識人に対する期待と、責任を負わせることの奴隷的根性への批判」を受けました。
 私は確かに影響力を持つ知識人に「期待」をしているからこそ、あのような発言をしたに他なりません。それが権威や知の奴隷というのだろうか?いえ、思い悩んだ末、私の出した結論は「私は多くの思想から自己選択して共感し賛同するのだ」ということ。たとえば、童子になることは主への従属ではなく、同士になることなのだと思ったのです。
 人間には偏りのない教育と知の伝達、指導が必要です。それは18歳の自爆テロ少女の悲劇からも痛感することではないでしょうか?私も大江氏の著作によってイエーツもシモーヌ・ヴェイユも知りました。そして、今も文章によって学んでいます。
 特に若く柔軟な脳には、見識ある賢者の知の伝達が重要であり、だからこそ、新しい人に呼びかける大江氏のご活躍を心から応援しているのです。まして文章や講演に力がないなどとは夢にも思わない人間です。
 1年間、暗澹たる世界情勢の中、大江氏の新作を拝読しながら、一時たりとも忘れたことのなかったこの件について、思いがけず、氏の文章になったことで、私はようやく心が救済された気がします。感謝しています。
 あえて、この場でお話させていただいた意味は、この場に集う方々には周知のことでしょうが、大江氏はこんな刹那な触れ合いの、小さな出来事に真摯に向かい合ってくださる人間性であることを実体験したことの感動を伝えたかったのです。それは戦地の瓦礫の下の名もない子供の亡骸に、その生涯に目を向けられるということなのかもしれません。
小さな存在に対する視線が大切な今なのではないかと思います。
 そして、氏が私にとっての「希望」なのです。過去の偉人の著作ではなく、こうして大江氏のような方と同時代に生きられること、それを(私は無宗教なので)この現実に感謝したいと思います。
 講演で同時に氏は「人間の幸福は表現できること」ともおっしゃいましたが、私にできることは何か・・・時折、己の非力さに打ちひしがれながらも、表現できることの幸福を抱きしめながら、これから前進していきたいと思います。
 今はただ、戦地の人間や抑圧を受けている飢えた人々が一刻も早く恐怖と苦しみから解放されることを祈って。
2003/3/17, くにこ
ブライアンさま
Quel est ton tourement?
どこが、お苦しいのですか?
シモーヌ・ヴェイユです。
003/3/17, ブライアン
はじめまして。
このサイトなら知っている人がいるのではと思い、
質問に立ち寄らせていただきました。

2002.2/4(月) 放送のNHK教育ETV特集
〜大江健三郎 中学生に語る〜
出演: 大江健三郎(作家)「世界はピンチだ」

で、先生が引用していたフランス語とその作者の名前
を知っている人がいたら、教えてください。
たしか邦訳は「あなたの悲しみは何ですか?」
だと記憶しているのですが。。。
2003/3/16, ゆい
★ 『二百年の子供』・6章 タイムマシンの別の約束 ★その2
 メイスケさんも朔も、あかりまで笑った。真木もあわせて、四人で笑い
ながら、あかりは、メイスケさんが「三人組」での真木の役割を正しくわか
ってくれていると感じた。
 「 役割 」 。わたしの「 役割 」って何だろう? と、思った。
2003/3/15, 石井
こんにちは。二百年の子供、面白い展開。逃散の運命に関心を持つ。
憂い顔の童子、読書進行中。たいへん力のある豊かな物語に圧倒されどおし。第五章のマーちゃんの痛々しい問題に胸を痛める。切実な叫びが耳に聞こえてくるようでした。ギリシャ悲劇のようにたいへん美しい詩。感動しました。千樫の言葉は物語の文脈を飛び越えて一読者へのあたたかく光栄な贈り物だと思いました。(低級な読者の思い込みかも知れませんが。(笑))また、二百年の子供の、あの気がかりなキルキレ連想の意味を納得。
新潮4月号に掲載なし。
それでは読書進行中。
2003/3/11, ゆい
★ 『二百年の子供』・6章 タイムマシンの別の約束 ★その1

――「ベーコン」は来ますよ、と静かに真木がいった。さっきもう、吠えていました。
真木さんが聴き取った「谷間」の「そこから上がってくる音」をじぃっと探しました。
童子さんのCDの中から発される弦楽器の人間の声のような音には、哀しくなります。
赤い足の子ども達を助けるためにかえる。しっぽの無い、両生なかえるは「むいみ」?
「犬が消化するベーコンと同じ。」美味しいベーコン。素敵なベーコン。BACON。
2003/3/8, ラッキー
3月8日 夜半にA.タルコフスキーの『ノスタルジア』を見ました。今、何かをしなければならないと切迫して行動を起こす人々もいらっしゃいます。わたしは臆病なため家のなかでこの映画が訴えたかったことをじっと考えています。この時期に放映されたということにNHKの方々のご配慮を感じました。本当に素晴らしい作品です。
観終わったときに涙がでてきました。
2003/3/7, 石井
こんにちは。二百年の子供、二回読みました。ヒューマンな情景にいたくこころを動かされました。
さて前項の情報により(ありがとうございました)新潮3月号、井口時男氏の「八〇年代以後ー大江健三郎と中上健次」を早速読ませて頂きました。甚だ刺激的な評論。ただ喚起というものは人を利用するためにのみあるのではないと思いましたが。井口氏の言葉に喚起されて飛ぶようにして「憂い顔の童子」購入。じっくり読ませて頂きます。なぜかはわかりませんが「低級な読者」であるぼくの頭の中では「高級な読者」でもある激を飛ばしたナイポールの言葉が浮かんでくるのです。「文学は芸術、芸術即ち創造の産物、推敲に推敲を重ねて創造した私の創作から、誰に何が論じられる?」もちろん次回も読ませて頂きます。新潮3月号にはパワフルな長編小説も載っていたので、かなり得をした気分でいます。(笑)長くなってしまいました、それでは。
2003/3/5, 内海
けいさん、はじめまして!
福岡の内海と申します。
古義人=デカルトのコギト、でしょうね。
以前、大江健三郎MLで、パスカルの想像力批判が話題になったことがありました。
大江さんは結構、哲学贔屓(?)な昔の人っぽいところがあります。
こんな書き方をすると批判されそうですが・・・。
大江健三郎MLの入り口は、左の「メーリングリスト」からです。
2003/3/5, ちえ
るいこすたさん、ありがとうございました。
『ハンニバル』にもブレイク作品が登場していたのですね。少し前にメディチ家のことが気になって調べてみて、これを知っていたらあの作品がもう少し楽しめたかもしれないと思ったのですが、るいこすたさんの情報を得て更にその思いが強まりました。とはいえもう一度見るにはまだまだ勇気が足りません・・・。
レイフ・ファインズは好きな俳優ですが、「醜いが故に盲目の女性を愛するダラハイドの苦悩がピンときません」というのは同感です。
また大江さんとは距離のある話をしていまいました。ごめんなさい。
2003/3/5, るいこすた
「レッド・ドラゴン」に登場したのはウィリアム・ブレイク作
「おおいなる赤き竜と太陽をまとう女」です。
トマス・ハリスのこの作品は2度目の映画となります。一度目の
マイケル・マンの映画化にはダラハイド(トム・ヌーナン)の背中の刺青は
登場してきません。わずかに、公開時に映画館に張り出されたポスターに“中”
の刺青が写っておりました。今回はブレイクの作品自体を刺青していますが、
原作もまた“中”だけの絵柄です。
面白いのは映画「ハンニバル」 にレクターがクラリスに贈る絵葉書の絵柄は、
大江さんの作品にも登場するブレイク作「蚤の幽霊」です。が、この描写は
原作には出てまいりません。リドリー・スコットが演出上考えだしたと思われ
ます。個人的には、今回のレイフ・ファインズはハンサム過ぎて、醜いが故に
盲目の女性を愛するダラハイドの苦悩がピンときませんでした。
大変な熱演ですが、ミスキャストだと思います。
2003/3/2, qm
ゆいさんの投稿を読んで思いました。
「帰る」のは赤い足の子供たちを助けるため。
三人組がメイスケさんたちとどう関わっていくのか次回が楽しみです。
2003/3/1, ゆい
★『二百年の子供』・5章 おばあちゃんの絵に案内される★その4

「くやしい」・・・くやしいこと、・・・いっぱいありすぎです。
「帰ろう!」と大声でいった、真木さんの肱にしがみつきたい気持ちです。
「真木を真ん中にからだを押しつけあって座っていた。」三人組を想いました。
そしてなぜか、子どもを身籠ったであろう頃に聞いていた歌を思い出しました。
2003/3/1, 石井
こんにちは。二百年の子供。じっくり読ませてもらいました。すごい迫力ありました。あかりさんの口にする言葉に注目していましたが、今回も鋭い言葉がぼくに返ってきました。生き生きしていてよかったです。それでは。
2003/2/28, ドド
 始めて投稿します。
 僕は学生で大江さんの作品を全部読んでいる訳ではないのですが、前期の作品
(『個人的な体験』までかな?)をアイデンティティや自己実現という観点から読む
と面白いじゃないかな、と思っています。例えば、『われらの時代』にはモラトリア
ム(猶予期間)という言葉が使われていますが、アメリカの精神分析家エリック・エ
リクソンがモラトリアムという概念を心理学に定着させたのは1960年代ですし、日本
で「学校恐怖症」(「不登校」、今ではもっと広く捉えて「引きこもり」と言ってい
る)が問題となりだしたのは70年代だから、大江さんはかなり早くから現代における
青年の危機を感じ取っていたと思います。
 ちなみに、大江さんは『事例に学ぶ心理療法』という河合隼雄が編集した本の中
で、ゲスト・コメンテイターとして発言しています。
2003/2/28, けい
こんにちは。
私は大江健三郎さんの作品で古義人が出てくる本は
まだ「取り替え子」しか読んでいないのですが
この古義人という名前はもしかしてデカルトの
「我思う(我考える)、故に我あり」から来ているかもなあと
ぼんやり考えています。
これは「コギト・エルゴ・スム」と発音するらしく
「我思う(我考える)=古義人」だったらステキだなあと思ったからです。
もっとも名前の由来は大江健三郎さんご本人にしか分かりませんが(笑)
デカルトはフランス出身だし、フランス文学を専攻されていた大江健三郎さんなら
原文で読めるのかもしれないな、と少し思いました。
別に名前の由来なんてどうでもいいですね。既出だったらゴメンナサイ。
これからも少しずつ大江作品を読んでいけたらいいなあと思っています。
みなさんも読書楽しんでくださいね。
2003/2/28, いとうくにお
ちえさん、おひさしぶり。『レッド・ドラゴン』というのは、『羊たちの沈黙』のシリーズの作品のようですね。そこにブレイクですか。私も、詳しい情報が知りたいです。
2003/2/24, ちえ
ごぶさたしております。
不真面目なファンのちえです。
昨日、『レッド・ドラゴン』をみました。そこでブレイクの詩と絵が引用されていて、というよりキーになっていて、すかさず「あっ、大江さん!」と思ったので久々に投稿してみています。
あの詩と絵は本当にブレイクのものなのでしょうか?確認済みの方がいらしたら教えてください。
ちなみに映画は前作のような趣味の悪さもなく、なかなか面白かったです。
それでは、また。
2003/2/24, コオフィ
いとうくにおさん。
感謝です。
2003/2/23, ゆい
★ 『二百年の子供』・5章 おばあちゃんの絵に案内される ★ その3
メイスケさんとベーコンに会えた三人組。 やったぁ〜♪ よかったですね。

なんとなく・・・ですが、共有しようとするプロセスの大切さを感じました。

「一度来られた道なら、たどって来られましょうが!」たどればまた。来れますか。
2003/2/23, 読者A
はじめて投稿します。
「取り替え子 チェンジリング」P301から語られている、
「マルコによる福音書」の研究について、知りたいと思っています。
聖書学者のお名前が書かれていないのは、意図的なものであると思いますが、
実在するものなら、是非読みたいと思うのです。
何かご存知の方がおられましたら、お教えください。
よろしくお願いいたします。
2003/2/23, 土星
お久しぶりです。いとうさん。いやっ。はじめましてかな。たいした情報ではないのですが時々購入している文芸誌より。新潮の3月号で新連載井口時男「80年代以後ー大江健三郎と中上健次」。まだ自分未読ですが。最近過去に読んだ中上の「枯木灘」を乱読しているこんにちです。またみずさす投稿するかも。
2003/2/22, いとうくにお
そうなんです、石井さん。それで、それに対して右翼団体から抗議があり、次の3月号には文学界編集長による「謹告」と題されたお詫びの文章が掲載されるという経緯になっています。
2003/2/22, 石井
こんにちは。「政治少年死す」、そうだったんですか。古い選集にもはいっていないなと気になっていたんですが。
二百年の子供。どことなく牧歌的な物語。大江さんは自分は牧歌的な作家なのだと世間の誤解を嘆いていたことが初期の評論に書いていたように記憶していますが、ようやくナチュラルな自分を見つけたのではないでしょうか。たぶんこれは広く受け入れられる予感を含んでいる作品だと思います。タイムマシンの仕掛けがコックリサン風でユニークだと思いました。まだまだ先があるというのは楽しいものです。
2003/2/22, いとうくにお
コオフィさん、こんにちは。「政治少年死す」は、1961年(昭和36年)の文学界2月号に掲載された作品です。大きい図書館では文学界のバックナンバーをそろえているようですので、図書館で閲覧することができますよ。
2003/2/22, コオフィ
「政治少年死す」の全文が読みたいのですが、どこに行けば読めるのでしょうか?
知っている方がいれば教えてください。
宜しくお願いします。
2003/2/16, ゆい
★ 『二百年の子供』・5章 おばあちゃんの絵に案内される ★ その2

「大丈夫、わたしがまた生んであげる」という言葉に、・・・。泪がたくさん溢れました。
「アーちゃん、大丈夫ですから!」・・・。大丈夫という言葉には何度も助けられました。
一歩も動けなくなった時やきゅうに目が見えなくなった時・・・三月の雨の音のような力を
さりげなく頂いていた気がします。大人になってからはあげてばかりです。だいじょうぶ。
あと、
朔ちゃんが、アーちゃんの思ったとおりの本と画用紙を持ってきた場面を思い嬉しくなり、
「―――私の友達のことは、絶対に書いちゃだめ!」のところに、あかい線を、ひきました。
2003/2/15, 石井
二百年の子供、面白い冗談はありませんでしたが、驚きをもって読ませていただきました。ありがとうございます。
2003/2/15, ラッキー
わたしは日本という国に生まれてとても幸運だったと思っています。が、先日県の広報誌を見て驚きました。視覚障害者の人達に点字で書籍を翻訳するボランティアが募集されていたのですが点字を打つ機械が個人持ち出しの有料だったのです。これだけ豊かな国と言われているのに、、。それでは視覚障害者の人達が本を読むのが難しくなるのではないか、、と思いました。私も金銭的に余裕のない人間です。これではボランティアの善意を公の機関がのっかって利用しているのでないかと思われてもしかたないのでなないかと思いました。自分だけが正しいとは思ったりしてはいませんがわりきれないものを感じました。ちなみに私の出身県は『大分県』です!
2003/2/14, いとうくにお
ケーブルテレビで『勝手にしやがれ』をやっていたのをちらっとだけ見たのですが、ベッドの上でジーン・セバーグとジャン・ポール・ベルモントがこんな会話をしていました。
「フォークナーって知ってる?」
「寝た男の名前か?」
「小説家よ。”野生の棕櫚”という本が好きなの」
「興味ないな」
「最後のところが素敵なの。悲しみと無なら、悲しみを選ぶ」
「俺なら無を選ぶ」
2003/2/13, 石井
先日上の娘にウタダヒカルの「colors」を買ってやつたのですが、そのCDのジャケットのデッサンを見てたいへん感銘しました。「雨の木」の仮面をつけた人物が描かれているように感じたからです。ユニークなデッサンだと思いました。突飛な連想かもしれませんが。
2003/2/13, ありばば
長いプランクがあったのですが、去年のクリスマス『チェンジリング』を読んだのをきっかけに、頭が大江さんモードになってしまいました。

オサムさん同様、つい先だって『憂い顔の童子』を読み終えて、何かものを言いたくなってしまいました。『チェンジリング』での「ウシの生皮」事件は、少年達が経験しその後も経験しつづけるであろう「暴力」の象徴のように受け止めていたので、『〜童子』での展開は意外でした。構成としてはどのように考えたらよいのだろうと少し混乱しましたが、過去の小説に引用されたブレイクの「おかあさん、ぼくは迷い子になってしまいます…」を思い出したとき、お母さまの死を起点とされていた事に妙な合点がいきました。

あまりに宗教性が高いように感じられて、今後のご活動は?と危惧したのですが、新しく連載を始められたご様子をHPで知り、安心した次第です。

ものすごく一方的に書き連ねてしまいました。ごめんなさい!
2003/2/10, オサム
たった今『憂い顔の童子』を読み終わりました。
去年の11月末に読み出して 「今」読み終わったのです。
最初の数章は 嗜虐的というか 主人公に対する村びとの暴力に「ウンザリ」してしまい。長い間 放ってあったのです。その間 東浩紀編『網状言論F改』や 小谷真理『聖母エヴァンゲリオン』等 サブカル・おたく を評論する本ばかり読み漁っていました。また 突如として 吾妻ひでお に取り憑かれ 彼のマンガをオンライン古本屋で手に入れ これも 読み漁っていたのです。

『〜童子』の感想:初めて読んだであろう 主人公がハッピーエンドで終わる大江の小説だ。
どの大江の作品であったかハッキリしないが「なにくそ。なにくそ。」と生きる人物が脇役で しばしば 出て来たが 主人公自身が「なにくそ。」と「生」へ身を 捩り出そうとする初めての小説。主人公は この後どうなろうとも (精神的に)「死す」ことはない。
大江はこの小説の中で「ヴァルナビリティ(=攻撃誘発性)」という言葉を一度も使っていない。その覚悟は たいしたものだ。

また 前にこの掲示板で大江が『日常生活の冒険』など 新しい全集に入れないのはケシカランなどと 僕は 書き込みしてしまいましたが 『〜童子』を読む事で 大江の考えが身に滲みて分かるようになりました。「違う視角で」自分の作品群を 大江は見渡したいのでしょう。
全集には載せなくても 文庫では チャンと出しているのですから。
    それでは これで...あっ『二百年の子供』は本になってから読みたいと思います。読売新聞は取ってないモノデ
    それでは 失礼シマンニヤワ〜
2003/2/9, ゆい
★ 『二百年の子供』・5章 おばあちゃんの絵に案内される ★ その1

「・・元気を取り戻した「逃散」が、平和に立ち去ってくれるように・・」働いた童子。
今回は、その「童子」の笑顔・・・逃散が立ち去った前と後の、その笑顔を思った。
元治元年は1864年。新撰組が尊攘志士を襲う池田屋事件がおこっている。
幕末の動乱や飢饉の中。民はお蔭参りや新宗教にええじゃないかと踊りだす時代。
「 晴れてよし 曇りてもよし富士の山 もとの姿は変わらざりけり 」山岡鉄舟。
2003/2/8, 石井 義浩
AERA詠みました。とっさに名前が浮かばないひともあるのかとおかしくて、大江さんの抜け目なさもさらにおかしかった。ご自身も楽しんでいる。それを伝える記者もなかなかでした。
二百年の子供、農民たちのどよめきが聞こえてくるようでした。いづれ戦後の農地改革についても言及があるのかとひそかな期待を寄せています。
最近の税金の無駄使いの話がマスコミでエスカレートしているように感じられますが、主婦の友社で以前ノーベル文学全集というのがあったんですが、グローバリズムの一端として国の助成でその続き、あるいはこれからの未来に続く作品の紹介をしてもビルを建てるより安上がりだと思うんですが。余談でしたね。
2003/2/7, ナガエ
こんにちは。今日AERAを読みました。 なかなか書き終わりそうにもない構想を述べられていたように思いました。 一読者としてなにか安心しました。 一生書き終わらず、これからも元気に書き続けていただきたいと思います。 老体に鞭打つ読者ですね(>_<)
2003/2/6, いとうくにお
渡辺さん、けいやさん、こんばんは。アエラの表紙、大江ファンの間で話題になっていますね。このタイミングで表紙になったのは、どうしてなのでしょうね。二本の連載を進めるという活発な創作活動が注目を集めて、ということでしょうか。
2003/2/5, けいや
はじめまして こんにちは。
私はまだ大江健三郎さんの本をまだほんの数冊しか読んでいないものですが
今週出た『AERA』の表紙が大江健三郎さんですね。
カメラマンから通した横顔や談話も1ページ載っていて
大江健三郎さんの作品が好きな私として嬉しいです。
もしもお見かけしたら、読んでみるのもいいかと思います。
それでは
2003/2/5, 渡辺
みなさま、こんにちは。二度目の投稿をさせていただきます。

今日は書店で血が逆流するかと思いました(笑)なぜなら、大江先生が丸い眼鏡からこちらに視線を送られていたからです。
もうみなさまはお気づきかと思われますが、『AERA』の2・10号の表紙が氏のご尊顔で飾られています。ブルーで統一された美しい写真です。
嬉しくて数冊を胸に抱えて帰ってまいりました。一枚はフレームに入れて飾りましょうか(笑)
インタビューで子供向けファンタジーなどの連載が終わった次回作が「最後」だとおっしゃってます。でも、その次回作は永遠に継続する長編であることをせめて・・・切なく願っています。

どうか・・・イタズラ山岡鉄舟さま(笑)遅れ馳せながらHAPPY BIRTHDAY!
2003/2/1, 石井 義浩
一読者として、心から、お誕生日おめでとう。
今日も楽しく読ませていただきました。
そうできればいいがなあ、というきれで駄洒落をしめくくるところなんか見事です。
面白かった。
朝日でも連載しているとのこと、精力的に頑張っていられるとのこと、そんな大江氏の姿に元気をもらいました。
2003/2/1, ゆい
★『二百年の子供』4章 「三人組」が同じシーンを思いだす★

「三人組」でおなじ夢を見た。そして、
このひとつの夢についてなら、あかりと朔が・・・
証言してあげることができる。★(いいですね。私も嬉しくなりました。)

「 大江さん。お誕生日おめでとうございます。 」
大江さんのような大人がいてくれると、ほっと致します。
あかりちゃんのように「心が小さい」と思っていた私も
昨日やっと、不惑を迎え、・・庭の四十雀がせかすので
小さな声でしたが、母に「ありがとう。」を言いました。
2003/1/30, kompass
昨年この掲示板で話題になった「政治少年死す」はここで活字になっているので
すね。
「スキャンダル大戦争2」鹿砦社
http://www.rokusaisha.com/
2003/1/26, ゆい
★ 『二百年の子供』・3章 タイムマシンの約束 ★ その2

今回気になったのは、
「兄が眠るじゃまにならないように、力をぬいた手で握った。」あかりちゃん。
この文のなかに潜む、あかりちゃんの「いい性質」や「いい歴史」には平穏を感じます。
同時に、物語のなかの視線に子ども達への柔らかな暖かい光のようなものを感じました。
大人である私は、ふと。このような育てる視線を子どもたちに向けているだろうかと自問しました。
2003/1/25, 石井 義浩
あっという間に土曜日。連載を読むために生きているようなものです。ちょっと大袈裟ですが。
「人生の親戚」オフ会に喚起されて、読んでみようと思います。
2003/1/21, 石井 義浩
どうもA4のスクラップでは物足りないし、いろいろと煩雑なので、紙に貼り付けるスクラップブック(32*42)ばかでかいしろものを2冊買い込んできました。これだと安定感があっていい。こうしておけばあとで家族が目をとおすにもいいしね。
「元気をだして死んでください!」という真木の言葉、びっくりしましたね。読み進む中で知覚に槍でつかれたような衝撃が走りました。大江氏はこうやって読者を驚かす趣味があるようです。そういえばチェンジリングでも変なテープを電車の乗客に聞かれてしまうといったような、いたずらっぽい情景がありましたが、たぶん自分でも結構楽しんでいたのかも。
2003/1/20, ゆい
★『二百年の子供』・3章 タイムマシンの約束

今回は、「けなげ」と「元気をだして死んでください!」の言葉が気になりました。
「けなげ」は何度声にだしても弱い音ですが、私は前からその強い意味が大好きです。
もうひとつには、ドッキリしました。が、その言葉の後の文章と一緒に5回6回声にだしてみると不思議に、わるくない、「いいあいさつなんだよ。」と思えてきました。
これは、これからの私の好きな言葉になりそうです。
そして、木のテーブルに添えられたそれぞれの椅子を思い、クスッと笑ってしまいました。
2003/1/18, 石井 義浩
連載の挿絵のモノクロームへの転調。語り手が記憶への自由自在なアクセスを試みながら物語をつむいでいるという印象に気づきました。だから語られていないものの背後まで感じさせるような気がしてくる。「夢見る人」のタイムマシン、はやく動き出さないかな。大江氏には常に心理学者がよりそっているかのようだ。真木のフィードバックも何かを飛び越えていくようで面白い。
2003/1/17, ナオ
下平さん、今晩は!
私は今「憂い顔の童子」を読み進めているところです。
そして、このページへは2度目のお便りとなります。
今日は〔ノーベル賞受賞式後、もう一つの授賞式での奇妙な儀式〕
について、私の知った情報を書かせていただきます。
今年度受賞の田中さんの多々のテレビ報道の中に、奇妙な儀式の報道が
ありました。ストックホルム大学で学生を前にして講演の前か後か?に
舞台で、【蛙とびをしなければならない】と言うことでした。
さらに飛躍するようにというような解説をしていたと思うのですが私自身
その時は、半信半疑 エッホントかな?という感じで聞いていましたので、ちょっと
怪しい情報であったら、申し訳ありません。
図書館学の先生にすぐにご確認いただいて、誤りであったら、すぐにお知らせ
下さい。
大江さんも蛙とびでをされたしょうか・・・この情報の確かなことを念じています。
そして何よりも、「憂い顔の童子」を読破したいと思っています。
2003/1/16, いとうくにお
その犬のお写真、見てみたいものです…。
2003/1/16, ベ−コン君にそっくりの愛犬
『二百年の子供』ベ−コン君の絵にびっくり!うちの雑種(父親が柴+母親がシベリアンハスキ−)6歳♂21kgにウリウリ☆思わず…それから読み始めました。後でじっくり読み返して…1/4のも探して読んでみます。
2003/1/14, いとうくにお
こんにちは。実は『二百年の子供』、読売をとっていなくて、土曜日に買いに行こうと思いつつも買いそびれ、結局、まだ一行も読んでいないという状況です。石井さんやゆいさんのお話しをうかがっていると、ますます読みたくなってきます。このところ『人生の親戚』を再読していたのですが、あれにも小父さんが出てくるんですよね。チューター小父さんというのですが。あと、ムーサンという登場人物も出てくるのですが、『二百年の子供』のムー小父と関係あるのかなあ。
2003/1/14, ゆい
『二百年の子供』・2章・ムー小父さんの秘密

今回のお話のなかでは、
「・・あなたたちは、「三人組」で、おたがいに助け合ってね。・・
 ・・ぼくは信じています。兄はウソをいわない人です。・・  」
に強く惹かれました。少し大人になった私にはドッキリしました。
そして、家の近くにもシジュウカラがいることにほっとしました。
2003/1/11, 石井 義浩
うーん二百年の子供面白くなってきました。かみさんもあとでまとめて読むそうです。大江氏の新しい読者です。残念ながら息子や娘たちは興味をまだ示していませんが。まとまって出版されるときには挿絵もセットだったらいいな。
想像力・・・・感性(感覚、感情)の受動的な一部分である感覚のフィードバックがあらゆる知覚と能動的に結合、融合するプロセスそのもの。
二百年の子供を読みながら自分なりにまとめることができました。だから想像力を動かすものは具体的事物ということになる。自分を助ける力もつけてください・・という言葉とても印象的でした。
2003/1/9, qm
遅ればせながら「憂い顔の童子」読み終わりました。
ちびりちびりと読んでいたら、「二百年の子供」が始まったので、これはしまったとあわてて一気に読みました。
「コギト、コギト、目をさまして、あの小説を書こう。」が印象的です。
メタフィクション的な面白さと同時に、全体的に最近には感じられなかった若々しさを感じて楽しく読みました。その若々しさが、最後の「生きなおし」の決意へ集約されてきたのだと思います。
 夢の循環作用への入り込みを楽しめるだろうと同時に、世界の祈りの声を「とりなして」くれるだろう「二百年の子供」が一層楽しみです。「空しい部分、遅れた、死滅した部分」が何なのかを考えながら。
2003/1/7, 石井 義浩
オサムさん、丁寧な解説ありがとうございます。
想像させるものと想像するものとの間にある言語の力で、目に見えないものを目に見えるようにする知覚の反応が文学的想像力ということになるのでしょうか。創造されたもの(詩とか小説)が人間の知覚に訴える作用にはモラルの向こう側から差しのべられる手とか、人間をどこかよりよいものへ誘う声がひそんでいるわけですよね。楽しませるという反応のフィードバックがどのように作用するかはどのような言語、言葉かで随分ちがうものですよね。大江氏には独特な大江節があるようにね。しかしこれでも不十分だな。うまく言えません。
2003/1/7, オサム
石井さん 大江の「想像力」には 2つに分けられると思います。

まず 『核』への「想像力」は そのまま ですよね。『核』による被害および その後を現前化して想像してみる事。イマジネーションの<力>の問題です。

次ぎに 小説を<書く><読む>時の「想像力」についてですが...たぶん 石井さんは これに 躓いておられるのだと 僕は 思うのですが。
この場合の「想像力」は 現前化 では無くて。ある提示された状況のイメージと 次に 同じもの(者・物)の異なったイメージが提示されたとします。この両者は同じものを書いているにもかかわらず。異なった容態・断絶した容態を現わしています。しかし 両者は<同じもの>なのです。このとき 頭の中では <同じもの>なのに<異なっている>両者を繋ごうと 一瞬のうちに目まぐるしく 働きます。そして それが 成功したとき どんな処理を 頭の中で行ったのでしょうか?
具体的に<描かれていない事>を 想像したのです。
<描かれていない事>の現前化=創造を 同じ箇所で 作者と読者は それぞれの<読み込み>によって 行ったんです。--蛇足ながら...作者と読者は別の人間です。年齢も性別も経験もちがう者が <同じ箇所>でそれぞれの仕方で
<同じもの>と<異なったもの>の溝をジャンプして繋いだのです。
これが 大江の云う『想像力』だと思います。
あと 情景描写における『異化』の問題が 残っていますが これも<溝のジャンプ>で上に書いた事と同じ作用の問題です。

エラソーに 講議口調で書き込みしてすみません!! ホンジャマタ〜
2003/1/7, 石井 義浩
早速スクラップブックA4判にスクラップしました。二百年の子供どれくらいの厚みになるか楽しみです。先を盗み見することができないという意味ではかなり期待していますね。スクラップなんて学生時代以来です。家では毎日でしたがぼくは読売を読んでいたっけ。70年代後半から80年代前半にかけて。あの頃大江氏は書評でたまに出ていたように記憶しています。ヘミングウェイに夢中になっていらしたのではなかったかな。初期の一部の短編と個人的な体験を読んでいました。ある時セックスをしながら考えるという書き出しの小説にいたく失望して10年位は空いたのでしょうか、「雨の木」を聴く女たちとか想像力に関する評論に興味を持ちました。
この想像力という言葉がなかなかのくせもので大江氏の綿密な解説にもかかわらず自分の中で整理できないまま今に至っている有様です。
誰か愚鈍なぼくに納得させることのできる論説をお持ちでしたら、いとうさんの高尚なこの場をかりてご提示いただけますでしょうか。それとも返事のないのはよい返事でしょうか。
2003/1/5, JPS
 明けましておめでとうございます。
 大学の頃からこのホームページを拝見しております(いまはもう社会人ですが…)。
社会人になって、しばらく途絶えていた大江さんの本を棚から引っ張り出して、再読、また古本屋を漁り、まだ読んでいないものを含め、もう一度大江さんを読み解きたいという欲望?に取り付かれています。全冊読んだつもりでいたのですが、探してみるとまだまだ読んでいないものもあって、それを読むたびに大江さんの仕事のなんともいえないすばらしさを感じます。いまは「治療塔」「治療塔惑星」「人生のハビタット」を読んでいます。
 こんな中身の濃い、充実した掲示板もまずないと思うのですが、その掲示板に僭越にもオススメの小説を紹介させて頂きたい。この投稿が私にとってただの自己満足にならないよう、気をつけて書かねばならないとも感じるのですが。
 ダグラス・クープランド(彼はここ最近映画『マイノリティ・リポート』の未来世界の設定をする選抜ブレインとしてJ・ルーカスに召集されたことで久しぶりに名前を聞いた方ですが)の『ジェネレーションX』という小説。その中に”この地球で生きたしるしは何?”という会話が展開されるのですが、そしてそのしるしとは”一瞬のこと”なのです。例えばもうこれからはお互いによそよそしくなるとはっきりと分かっている家族が、ほんとうに久しぶりに朝食の席に揃い、Dadはテーブルで新聞をひろげ、Mamは庭で犬のえさをやり、そして僕はスクランブル・エッグをフライパンで作っている。その飛び跳ねる油のチクチクが、その家族にもたらされたおそらく最後の素晴らしい朝の中で、姉たちに好きな女の子は誰かと頬をつねられる痛みに似て、泣きそうなくらい(超短期ノスタルジアとうたっていますが)の、そんなチクチクの一瞬の感覚。というのです。これを読んで押し上げられたのは、大江さんの『燃え上がる緑の木』のギー兄さんのカッチャンへの説教の中での”永遠の一歩手前”に対する”一瞬よりいくらか長く続く間”という言葉でした。私はこの2つの言葉・文章の力で、今まで言葉にできなかった自分の感覚を実体として捕らえることができたように思います。誰もが経験したことだと思うのですが、それは『洪水は我が魂に及び』の言葉を借りるなら、New Feelingの域であって、New Meeningとして自分のものとしなければ意味がない。
 D・クープランドはもちろんアメリカの方です。日本の出版社で働いていた事もあるので、大江さんの文学との接点もあるかもしれないのですが、人種も異なり、文化もことなる2つの国で、同じ事がうたわれる。そして当の私自身もこの感覚を言葉で表すことができる。つまりは少なくとも私にとっては、この”一瞬よりいくらか長く続く間”というのは、普遍的な「魂のこと」として受け止められるのです。これこそ文学の読み手としての醍醐味だと思っています。
 ちなみにD・クープランドは角川より5冊出ています。(内2冊は廃刊)よろしかったら是非ご覧になって下さい。損はさせませんよ。
ながながとすみませんでした…。
2003/1/5, 壽太夫
お正月の流れの中で、朝からこのホームページの過去の掲載分をみていました。本当に色々な内容が載っていますね。これ自体が大江さんについての評論連作の様相がありますね。いとうさんが今まで運営されてきた努力のひとつの結果だと思います。
年末に思潮社からでている田村隆一の詩集を3冊買って読んでいました。田村隆一の詩を急に読む気になった理由は、長薗安浩氏の「祝福」という小説を読んだことがきっかけです。この小説は田村隆一をモデルにしたと思われる老詩人がいわば主役として出てくるのですが、その所作が胡散臭くもあり、滑稽でもあるのですが、人の想像力を刺激する魅力的な人物として描かれているのです。それは、この小説の書き手自身が言葉の持つ正確なイメージを大切にする能力を持ち、動き、色、臭い、音ををうまく使って、鮮烈に物語を展開してくれている結果だと思います。
この3冊の詩集には、それぞれ巻末で何人かが田村隆一論を書いています。2冊目の「続田村隆一詩集」では、大江さんが「田村隆一と垂直的人間の声」を書いています。この中で、大江さんは田村隆一の「言葉なんかおぼえるんじゃなった」で始まる有名な詩「帰途」を引用しながら、定型に依存せず日常の言葉の中にリズムを見つけることによって音楽的な詩を書くことに成功した詩人として、紹介しています。
田村隆一についてのこの読み解き方には、なるほどなあ、と思いました。今までは初期の詩をぱらぱらみていた程度だったのですが、今回3冊を通して読んでみると、この思いを強くします。
初期のころの正確で鮮烈な言葉のイメージと垂直的に体を貫くような衝撃は何度読んでもしばし呆然となります。中期、晩年となるとそのような衝撃は、後ろに退くのですが、独特のリズムの中で、自分がイメージしたことがない世界に引き込まれると、そのままずっとそこにとどまっていたいような魅力を持っています。はく言葉すべてが詩になってしまう思いを抱かせます。それはやはり、田村隆一独特の、言葉のもつリズムをぱっとつかむ能力によるのでしょう。
鮮烈な言葉のイメージ・リズムとその衝撃ということでは、初期の頃の大江さんの小説はほとんど詩ですよね。インターネットに、大江さんの文章で、以前寺山修司から手紙やはがきをもらっていた時期があって、あるとき来たはがきに詩が書いてあったが、よくみると自分の小説の一節を行わけして書いたものだった、という記述がありました(今もう一度探したら見つからないのですが)。
そこで、大江さんは詩人の「行わけ」して詩にしてしまう能力をいっていたのですが、大江さんの初期の作品を読めば、その誘惑にみなかられる気がします。
大江さんは時の経過とともに、言葉に対して、僕たちがその言葉に抱いているイメージと物語のイメージが簡単につながらないように細工をして、最後の瞬間にすべてが有機的に連関し、一気にイメージを喚起するようなことを意図している気がします。

また、国立西洋美術館で12月上旬までウィスロップ・コレクション展(19世紀フランス・イギリス絵画)を開催しており、終わり間際にのぞいたら、ウィリアム・ブレイクの絵をかなり展示していました。大江さんの「新しい人よ眼ざめよ」以来ずっと気になっていたのですが、今回初めてその絵を見ました。繊細なタッチで、物語性が高く、想像力を刺激される感じがしました。
2003/1/5, ゆい
あけまして おめでとうございます。
『二百年の子供』 舟越さんの素敵な絵とともに拝読しました。
 ふたりの子どもの前でゆっくりと朗読し、後でひとりで読みました。
三人組の冒険に便乗し、日本の近代や大江さんの作品を考えていくつもりです。
福岡は今朝雪です。珍しくクローバープラザが雪に包まれました。
ほんとうに美しい白です。もしかしたら、・・と。昨夜の夢を思い出し
千年スダジイの根元のうろに入って、ねがいながら眠ったからかも・・・と。
・・そう想うと。いい年をして恥づかしいんだけれども、嬉しくなりました。
2003/1/4, 石井 義浩
ぼくが気になっている文学者の肖像写真が二枚あります。一枚はロートレアモンの写真と大江健三郎氏の写真です。前者は彼の全集のなかにあるものです。それは何とも痛々しいものです。このひとはなぜこのようなことを書かなければならなかったのかと想像すると、思い浮かぶのは苦悩という言葉です。それというのも阿部日奈子という詩人と文通を一時期していたことがあるのですが、なぜあなたは書かなければならないのですかと質問したところ、苦悩があるからですという返事が届いたということがあったからです。まさにその苦悩というものが彼を痛めつけているのだと感じたのです。後者は全作品6の付録1にある若き大江氏が光くんと自転車に乗りながら冴えない表情をしているものです。苦悩に満ちた象徴的な写真です。ぼくはこの二枚の写真を時々書庫からひっぱりだして見ているのです。とても耐えがたく目頭があつくなるのです。大江氏の感動的な家族像というものが、あるいは彼の魂の文学が人類の記憶に残らないとでも大江氏は感じているのでしょうか。たぶんそれは間違いですよ。
2003/1/1, いとうくにお
明けましておめでとうございます。石井さんのおっしゃるような経験、僕もあったように思います。同じ時代に生きているわけですから、そのときどきの時代の空気というようなものが作家と読者の間で共有されている、それが影響しているのかななどと想像しています。
2003/1/1, 石井 義浩
新年明けましておめでとうございます。
大江健三郎という人は不思議な人だ。というのはマスメディアと一体となってその喚起言語を提供してくるのだから。
ぼくの詩集を送って返事がないことに苦しんでいると、シェイマス・ヒーニーが来日して大江氏との対談の記事が新聞に載っていて、その場で日本の若い詩人は想像力を大切にという言葉に触れたときには慰められました。
それから仕事であれかこれかで悩んでいるときに、これも新聞広告ですが、待つ力という言葉がぼくを導いて仕事の成功をおさめたことがあります。
エラボレーション、ロシア・フォルマリズム、最近では時の主題。大江健三郎という人の吐く言葉にはマスコミュニケーションを通じて伝えられる啓示のようなものを与える不思議な力があるのではないだろうか。そんなことを感じているのはぼくだけだろうか。
それとも全知全能の方が大江氏の口、マスコミを利用してぼくを導いているのだろうか。ぼくの信じているものを通じて。
みなさんにはこのような経験はありませんか。

このページは大江健三郎ファンクラブの掲示板の一部です。