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2008/12/22, みやじま紅葉
いとうくにお様
  皆様
  あの事件ののち行われた講演記録が雑誌「すばる」1月号に掲載されています。
   大江健三郎「読むことに始まり、読むことに終る」p60〜80
  力作です。
   クリスマスプレゼントです。
2008/11/26, 古井一
  いとうくにお 様
 一流の演奏家の一フレーズ、一音にたとえられた大江文学魅力の御指摘、ありがとうございます。そこでというのも変ですが、音楽にかかわってのちょとした大江文学体験の具体例。「憂い顔の童子」の序章3に四国の谷間での一枚のCDをめぐる古義人と母親のやりとりの場面があります。CDのタイトル名や演奏家名は記されていません。しかし、手繰っていくとヒリヤード・アンサンブルとヤン・ガルバレスの「オフィチウム」であることがわかりますが、このアルバムを愛聴していた僕は、序章の部分ですから読んですぐにこれを発見。この見、聴きしたCDのジャケット、曲を大江さんは言葉としてどのように表現されるのかの解答をひもとくように「クモの巣の張っているブロンズの若者の頭部と遠景に林の見えるジャケット」や曲についての母親の語り「それは不思議な音楽ですな、、、、、、西洋の御詠歌のようで」などからなる数頁ほどが、以来僕にとって忘れられない特別の部分となったというわけです。

 みやじま紅葉 様
 文庫本には、「上海にて」の出版の次のような経緯が記されています。この作品は、1959年7月、筑摩書房より単行本として刊行され、1969年11月、筑摩叢書版として再刊されました。解説「中国を経験する」は、筑摩叢書版に寄せられたものです。その後、1995年11月、ちくま学芸文庫として刊行されました。
 ということは、ほぼ半世紀前に書かれた「上海にて」の10年後である40年前の解説がそのまま「解説―中国を経験する」として僕たちの前に置かれているということです。この文庫本の出版の意味するものが、このところの田母神事件と偶然にでくわしたかのように見えて、実はずっと継続してきていたことを実感させられ、暗い気持ちになります。
2008/11/24, みやじま紅葉
古井一様
  ありがとうございました。
  『上海にて』は気になっていたのですが、解説を大江さんが書かれているとは  知りませんでした。これって、新刊でしたか?
   ありがとうございます。先ごろ、上海での日記が公開されたのでそちらに気をとられていました。
    いとうくにお様、まったくその通りです。
2008/11/24, いとうくにお
古井一さん、こんにちは。
大江作品についての「ちょとした部分だけでも十分面白い、こころにのこる描写がある」というご意見、本当に同感です。変なたとえかもしれませんが、一流のミュージシャンの演奏を聴くと、たった1フレーズでも、ときにはたった1音でも際立った魅力があったりしますが、それと同じように大江さんの文章にはひとつひとつの表現、描写そのものにすでに魅力がたっぷりあると感じます。一言でいうと文体の魅力ということでしょうか。
2008/11/24, 古井一
  最近出版された集英社文庫「上海にて」の解説大江健三郎が目に入り早速購読。というように大の大江ファンです。著者の堀田善衛について大江さんは、これまでいろいろ書かれています。それにかかわって、僕にとって忘れられない読書体験が、「新しい人よ眼ざめよ」のなかの「無垢の歌、経験の歌」です。ここの堀田善衛と思しき作家「Hさん」と大江健三郎なる「僕」(このように記していいと思います)との出来事をふくむこの短編小説を26年前「群像」(1982年7月号)で読んだときの感動はいまでも忘れられません。読後の高揚した感情を雑誌を手にしたまま友人に、これ読んでみてよ、とぶっつけたのでした。「無垢の歌、経験の歌」のなかで「、、、敗戦時にはわざわざ苦難をもとめるように、混乱している中国におもむき、辛酸をなめもした。」とある「Hさん」についての記述は、この「上海にて」の27歳の青年堀田善衛さんのことです。)。いま大江さんは毎月第3火曜日の朝日新聞朝刊に「定義集」というエッセイを連載していますが、「無垢の歌、経験の歌」には、イーヨーにとどいた「足」とともに、堀田さんなるHさんと大江さんなる僕、お二人の出来事からなる「川」、「悲嘆」が定義され、それが定義という言葉にふさわしい明晰さで書かれています。一読者である僕の感動はきっとそのことによっています。そして、感動はいまも変わりません。
 いま、若い人たちにぜひこの二つの本を読んでもらいたいと願って、思い切って投稿してみました。
 大江作品は確かに難しく、どこまで理解できているのだろうか思いつつも、チャレンジしてきているのは、ちょとした部分だけでも十分面白い、こころにのこる描写があるからです。それは、細部がきっちり書かれているからだと思います。
2008/11/06, みやじま紅葉
いとうくにお様
  皆様
   新たな「大江健三郎論」が探偵作家・評論家によって書かれています。
   笠井潔『探偵小説論III』東京創元社、平成20年10月30日発行
     帯には、昭和を代表する作家に迫り論じる
     大江健三郎、三島由紀夫、坂口安吾・・・
    とあります
   読み解くにはかなりの読解力を必要とするもので  容易に理解できそうにありません。
2008/10/28, いとうくにお
みやじま紅葉さん、お知らせありがとうございます。会場となるシベールアリーナのサイトによると「10月4日のチケット半券をお持ちの方をご招待」ということですが「キャンセル待ちとなりますが、新たにご入場希望の方にもチケットを発行いたします。(1枚1,000円) 」ともあるので、行ける方は申し込んでみるとよいかもしれませんね。
2008/10/28, みやじま紅葉
いとうくにお様
  皆様
  うっかりわすれた講演が、11月16日に決まったようです。
  それも、先着200名には、サイン本が配られるとのこと。
   これはすばらしい!
     さらに、11月には、復刊として、講談社文芸文庫からのものもあるようです。
2008/10/5, いとうくにお
みやじま紅葉さん、こんにちは。大江さんが講演をすっぽかしたというお話、mixiのほうで知りました。ピンチヒッターは、井上ひさしさんだったそうですね。
大江さんは、以前にも同じような失敗をされて、そのときはお母様に大変叱られたようですね。マネージャのような人がいないせいもあるのでしょうが、大江さんらしいエピソードですね。
2008/10/5, みやじま紅葉
いとうくにお様
  皆様
   昨日(4日)の、山形での講演を大江さんがわすれていたということでした。5日と間違えていたということで、後日また開かれるということのようです。
   では、誰が、大江さんの講演をしたのでしょうか。答えは山形生まれで、ということで、大江さんの友人といえば・・・
2008/8/9, みやじま紅葉
いとうくにお様
  皆様
  今年もさらに一冊、講談社文庫から
   『治療塔惑星』大江健三郎、8月12日
  が発行されます。同本は、1991年、岩波書店から刊行されています。
   さらに手に取りやすくなりました。
2008/8/8, みやじま紅葉
タチアオイ様
 早速お返事ありがとうございます。
 大江健三郎氏の小説の題名のひとつから、名前をつけられて おられるので、十分に大江氏のものを読んでおられるから、述べられたような下のことかと、考えましたが、念のために書き込んだ由です。
 次の作が待ち遠しいものです。
2008/8/8, タチアオイ
 みやじま紅葉様
 早速の御返事ありがとうございます。
  「小説の方法」は1970年に出版され、1968年の1年間に行われた講演記録で 内容も難解なものです。また、「新しい文学のために」はその難解という批評に応える形で書かれていますがこれも決して平易なものではなく、これから文学を志す若い人に向けて書かれた文学入門書です。ロシア・フォルマリズムの理解が不可欠なこれもかなり難解なものだと思います。
 「小説を書かぬ人のための小説作法」という題名からもっと易しく話されているのではないかと思いまして、もし「読む人間」のような形で講演記録が1冊の本になっていたら是非読みたいと思った次第です。
2008/8/8, みやじま紅葉
タチアオイ様
 ファンの一人として、大江健三郎氏の文学を読んできました。道は異なりますが、他の分野ながら、すこしは文字を書いています。
 『小説のたくらみ、知の楽しみ』新潮社(昭和60)
 において述べられた「小説を書かぬ人のための小説作法」については、 すでに、本にされています。
 『小説の方法』岩波現代選書(1978)
について、のちに、それをやさしく読み解いたものとして、また講演を目指した(めざすもの)として
 『新しい文学のために』岩波新書(1988)
として書き直されています。この本がそれです。
 タチアオイ様が述べられた経緯がすべてかかれており、この本も  すばらしい本となっています。
2008/8/7, タチアオイ
いとうくにお様
皆様
 お教えいただきたい事があります
久しぶりに手に取った「小説のたくらみ、知の楽しみ」の冒頭に
――僕はさきに「小説を書かぬ人のための小説作法」という一連の講演をしました。―― とありますが、この講演は活字化されているのでしょうか
是非内容が知りたいので宜しくお願いいたします
2008/7/1, みやじま紅葉
いとうくにお様
  皆様
  引き続いてかきます
 今月発売の、雑誌『新潮』8月号には、
 ・  小林敏明「想像される<父>とその想像的殺害」
    ―大江健三郎論― が、掲載されるようです。
   果たして、どのような内容か?待たれます。
2008/7/1, みやじま紅葉
いとうくにお様
katatemaru様
英訳ありがとうございました。
まさしく、次作『水死』のことですね。しかも、いよいよ  「父」が登場することになるとは・・・、何回かとりあげられた「父」が新たな人物として登場するので、あらたな展開が予期されます。
2008/7/1, katatemaru
NY TIMESに大江さんのinterviewが掲載されています。
http://www.nytimes.com/2008/05/17/world/asia/17oe.html?partner=rssnyt&emc=rss
英語で読める方は、そちらでお読みくださいませ。

下記のサイトは、私が、拙訳で申し訳ないですが、訳出したものを載せています。よろしければ、ご確認ください。
http://amip.blog.so-net.ne.jp/2008-07-01
2008/6/30, juvenilebook
こんにちは。
   ブレイクの生涯はイギリスの産業革命の時期と、ほぼ重なっているようですが、「Labour」と言う言葉自体が、その時期に、変化していったというところ もあるのではないでしょうか。
 「苦しい仕事」が原義と辞書にありますが、いわゆる「労働者(資本者と対立 する概念としての)」という意味を色濃く含む言葉へと変わっていった。 今では「Labour」と言えば、まずは「レイバーデー」あたりを思い起こす人も 多いでしょう。
その意味で、大江さんが引用するブレイクの言葉は、狭義の「労働者」より も、広がりがある言葉だと思います。

大江さんと「労働」という言葉のつながりをこんな文章で見かけたことがあり ます。

≪事実、大江健三郎は、小説が天才の仕事やハプニングではなく「労働」であ ることを自覚し且つ他人にも明らさまに語ってきた(三島由紀夫をのぞけば) 唯一の作家である。≫
  柄谷行人『終焉をめぐって』「同一性の円環」
参考になればと思います。

ps『新しい人よ(眼)ざめよ』ですね。
2008/6/28, 西原義
 以前誰かの批評で「大江健三郎の小説は登場人物が一体何の職業で生きて いるのか分からない」というのがありましたが「蟹工船」が流行る格差社会の世 の中で比較的そういった「労働者」がでてくる大江作品ってあるのでしょうか? ありましたら教えてください。(ちなみに「新しい人よ目覚めよ」の中に「人間は労役しなければならず、悲しまねばならず、そして習わねばならず、忘れねば ならず、そして帰ってゆかなければならぬ/(以下略)」という小説上重要な引 用がありましたが・・・よろしくお願いします。
2008/6/21, みやじま紅葉
いとうくにお様
  皆様
  「大江健三郎賞」第二回の「記念対談」が
 ・  雑誌「群像」7月号
  ここに公表されています(P154〜171)
  現時点での大江氏の心境がよくわかります。おそらく、次の作品は  まじかなのではないでしょうか。
2008/6/17, いとうくにお
みやじま紅葉さん、お知らせありがとうございます。『取り替え子』は僕も好きな作品なので、選ばれた嬉しいです。
2008/6/17, みやじま紅葉
いとうくにお様
   皆様
  続けて登場します。
    「私が選ぶこの10冊」の一冊に『取り替え子』が選ばれました(小谷野敦)「中央公論」7月号より
   読んで見てください。平成文学の可能性を探る一冊に選ばれています。
2008/5/24, みやじま紅葉
いとうくにお様
  タカコ様
  講演にお出かけになられたとは・・・、うらやましい。
  しかも、次回作まで公開されているとは・・・
   大江健三郎賞は、当初から、ある回数までということと、(おそらく当初は、2年に一度ということでしたから)、所定のことと存じます。
   新潮1月号、最高の読み手による評論ですから、大江氏はさらに レーターワークへ、はげまされたことと思います。もちろん、私たちも。
  文芸誌での公開が楽しみです。皆様、待ちましょう。
2008/5/23, いとうくにお
タカコさん、こんにちは。僕もその公開対談に行ってきましたよ。おっしゃるとおり、「大江さんによる作品の読み取り」は素晴らしいですね。大江賞を5回で終わりにしたいというお話はちょっとショックでしたし、さびしい感じもしました。まあ、賞はそれで終わりでもよいですが、ファンとしては作品のほうはずっと発表し続けてほしいところですね。
2008/5/23, タカコ
 8日に開かれた第2回大江健三郎賞公開対談に行ってきました。とても要約してお伝えできませんが、前回に続き楽しく心に残る2時間でした。受賞作を2回読んで行きましたが、大江さんによる作品の読み取りに感心するばかりです。ご自身の次回作は講談社からの出版で、「水死」(Death by water) となるようです。大江賞も2回目ですが5回までは続けたいとおっしゃっていました。
一日でも長くお元気で、と祈るばかりです。
古い話になりましたが、新潮1月号の蓮實重彦ー去年の暮れ、突然にー大江健三郎 『臈たしアナベル・リイ 総毛立ちつ身まかりつ』は心を打つ書評でした。大江読者必見と思います。
2008/5/23, いとうくにお
エレベータ事故のこと、ニュースになっていましたね。あらためて、けが人などが出なくてよかったなあと思います。
2008/5/19, いとうくにお
うさこさん、文学フォーラムのレポートをありがとうございます。エレベータ事故は大事に至らなくて本当によかったですね。
オフ会の相談や告知はいつもメーリングリストで行っています。まだ関東以外で開催したことはありませんが、呼びかければ関西でも参加者が集まるかもしれませんね。
2008/5/19, うさこ
5月17日名古屋での文学フォーラムに行ってきました。
「西欧とどう向き合うかー東方の小説家の対話」というタイトルで
ほぼ、3時間半あまりの充実した時間でした。
 
私は、大江さんの公演は三度目で、振り返れば
だんだん、頭が白くなられる姿をみてきたような気がします。
もちろん、わたしくしも同じなのですが、、
 
対談相手はトルコのノーベル賞作家オルハン・パムク氏で、
彼は「ドストエフスキーと谷崎 西洋への愛憎」と題して
熱く語られました。
大江氏は「21世紀の世界の作家 オルハン・パムク」と題して
かれの作品に即して小説を書くということを淡々といつもながら
ユーモアーを交えて語られました。
 
中身は濃く、特に現代トルコがかかえるさまざまな問題を
シビアに語られ、なかなか要約できません。
が、ご安心を。6月の読売新聞紙上や、7月のETV特集で
報道されるようですので。そちらをわたくしも楽しみにしております。
 
今回の会場である同朋大学は、親鸞聖人の教えのもとに開学された
起原は古い仏教系の大学でした。こじんまりしていい感じでした。
 
ところが、えらい事件が起こりました。
開演前のエレベーターが故障し止まってしまったのです。
なんと、わたくしもその中におり、ほぼ30分くらいの貴重な
体験ではありました。
20人乗りに19人と立錐の余地のない状況で空調は止まり、
年配の方もおられ、少しは動揺声をあらげる場面も
ありましたが、全体的には冷静にみな対処し、難なくをえました。
これも、同じ思いを抱いた方たちとの、密室の共有であった
ということが大きかったかなと思います。
 
ぎりぎりに会場に到着、会は15分遅れて始まりました。
大江氏からは、暖かいおことばが掛けられ、かえって印象深い
思いをいたしました。
 
人生何が起こるかわからないとは、よくいいますが
実際に直面してみて、やはりもろい精神構造であるかなとも
自分のあらたな一面をもかいま見たしだいです。
 
個人的なことで長くなりましたが、大阪から駆けつけて
ほんとによかった。よい時間をいただき元気に帰ってきました。
 
オフ会なども東京で、関西のほうでも集まれる場が
あればなと、思いながら、帰阪いたしました。
2008/5/10, みやじま紅葉
いとうくにお様
 皆様
 すでに、新刊として紹介されている「世界」6月号には (p44〜54)、
  もうひとつ、この裁判をつうじて私の新しくしたことは、(略)自分の仕事の核心に置くという決意です。
 とあります。次なる仕事が楽しみです。
 なお、編集部による「要旨」もあわせて掲載されています。
2008/5/3, いとうくにお
Kさん、映画の情報ありがとうございます。「われらの時代」は僕も観たことがないのですよね。ご案内の映画館、行ってみようかな。
「偽証の時」は、「大江健三郎全作品」という全集に収録されているという情報が当掲示板の2002年11月2日の投稿にありますよ。
2008/5/3, K
 はじめまして!
どなたか教えていただけたら幸いです。
増村保造監督の「偽大学生」という映画の原作である「偽証の時」はどこかで出版されていたりするのでしょうか。今でも入手可能でしょうか?
長ーーーい事切望していた「われらの時代」が 映画館でやっと!やっと!上映されます・涙。 「偽大学生」もです!
ゆうべからかなり興奮しています・笑。
(映画館の回し者ではありませんが)↓
http://www.laputa-jp.com/laputa/program/shirasaka/
2008/4/18, みやじま紅葉
いとうくにお様
イオ様
 いとうさんが書かれた後、大江氏が、自分の呼び方を書いたエッセイが  あった、と思っていました。
 少し違いますが、母親から呼ばれていた名前で、耳できいたら  とても美しい名前でした。「ざ」という濁りのない読み方で、  それは、エッセイの中、30代前半のエッセイだった・・・
2008/4/18, イオ
   出典が思い出せなくて、確認も取れないのですが、大江さんの文章に、高校時代?に「ケンサンロウ???」と呼ばれていたという話があったように思います。
   もし「ざ」にアクセントがあったなら、「ざぶ」か「さん」となまることはな かったのではないでしょうか。
 ということで、いとうさんがいうように、「平板型」のアクセントで良いよう に思います。
 PS どうも記憶がはっきりしません。資料が明示できる人がいましたら、お願いし ます。
2008/4/17, いとうくにお
大江さんのお名前ですが、平板型のアクセントでいう場合が多いように思います。もしかしたら、地方によっては違ったりするかもしれませんが。
2008/4/17, 日本語勉強中
よろしくお願いします。
大江健三郎さんの、「けんざぶろう」は、平板型のアクセントでおよみしてよろしいのでしょうか、もしくは、「ざ」にアクセントをおいておよみしてよろしいのでしょうか。どちらが正しいのでしょうか。
外国人日本語スピーチ大会で、自分の人生で影響を受けた人、つまり大江健三郎さんについてお話ししたいのですが、正しいアクセントがいろいろ探しても分かりませんでした。
もしご存じでしたらぜひ教えてください。
2008/4/7, みやじま紅葉
いとうくにお様
  一足先に、最近の情報、ありがとうございます。
 第2回大江健三郎賞も、無事決定。刺激的な題名です。
内容までもわかるような、題名です。
2008/4/2, いとうくにお
山崎さん、才谷屋さん、ご投稿ありがとうございます。高齢にもかかわらず敢然と戦う大江さんの姿には本当に勇気づけられますね。
2008/4/2, 才谷屋未来
大阪地裁の判決、とても喜んでいます。自国民と周辺国の多くの人びとの幸せを奪った歴史を真摯に見つめ、同じ誤りを繰り返さないことは、「自虐」ではなく歴史を受け継ぐものの誇り高い使命であると思います。現行憲法に込められた平和と民主主義を断固守ろうとされている大江健三郎さんに心から敬意を表 し、私もその道を歩むことを改めて決意しました。
2008/3/29, 山崎孝
 大阪地裁 元隊長の訴えを棄却の判決を受けて大江健三郎さんの言葉
3月28日、大阪司法記者クラブで開かれた会見で、大江健三郎さんは次のように語りました。
「沖縄ノートには、二つの島で600人の人が軍に強制されて自殺した歴史的事実を書いている。軍と国の教育を背景に軍の強制があり、悲劇が引き起こされたと考えている。私の書物が主張していることをよく読みとってもらえた」と判決を評価した。 そのうえで、「裁判の背景に大きな政治的な動きがあった」と指摘し、「2003年、日本が戦争することになる法律が整備され、二つの島民のつらい死は美しい『殉国の死』『尊厳死』だったという動きもでてきた。私は今後も、沖縄戦の悲劇を忘れず、戦争ができる国にするという考えに対して、精神、道徳、倫理的にそれを拒むことが戦後の民主主義で生み出された新しい日本人の精神だと信じて訴えていきたい」と語った。(朝日新聞と沖縄タイムスの記事より)
私は戦後の新しい日本人の精神を具現するお一人が大江健三郎さんだと思っています。
2008/3/17, みやじま紅葉
いとうくにお様
皆様
本日は、びっくりする情報です。
1)    『大江健三郎詩集』の刊行が計画されていたということ(五月書房)
2)    『新しい人よ眼ざめよ』15部刊行本が存在するということ(新潮社)
書影がみられます。
以上は、「日本古書通信」3月号です。東京神田の新刊書店の棚で、現在、よめます
2008/3/1, いとうくにお
みやじま紅葉さん、いつも情報を寄せてくださってありがとうございます。
今日は僕からも。メーリングリストのほうにも書きましたが、かつてNHKで放送されたラジオドラマが復活するという話。そのなかに「死者の奢り」も含まれているそうです。東京新聞のサイトで見つけた情報です。
 http://www.tokyo-np.co.jp/article/entertainment/news/CK2008022802091121.html
2008/3/1, みやじま紅葉
いとうくにお様
 皆様
 多くの情報が寄せられて、ここに訪問すれば何とか時流にのれます。
  「創刊20周年記念キャンペーン」の20冊の一冊として、「講談社文芸文庫」のなかで、
  @『懐かしい年への手紙』講談社文芸文庫
 が、4月以降の一冊として復刊されるそうです。 再度、傑作を読むことができます。
2008/2/21, いとうくにお
ラッキーさん、『沖縄ノート』のご感想、僕も同感です。沖縄の置かれた状況が根本の部分で当時と変わっていないとも感じます。
田村さん、お知らせありがとうございます。いま新聞の袋から昨日のを取り出して「定義集」を読みました。
2008/2/20, 田村省二
  昨日(2/19)の朝日新聞の定義集に、2月22日から東京で始まる世界PENフォーラムのことが触れられていました。大江さんは、22日に『災害と文化』というテーマで1時間講演されるそうです。
  詳しくは、以下のアドレスをご覧ください。
  http://www.japanpen.or.jp/katsudou/saigai/saigai.html
2008/2/20, ラッキー
沖縄の北谷町であった米兵による少女暴行事件にショックをうけました。
その後大江健三郎氏の『沖縄ノート』を読んでいます。ずいぶん昔の本ですが、大江健三郎氏の真摯な姿勢とその静かな過激さに驚いています。今一度読み直すのにふさわしい本だとおもいました。そして女性の平和団体による署名抗議に参加いたしました。少女の自己責任論がでてきて戸惑いました。少女には罪はありません。
そのためにも、署名抗議いたしました。
2008/2/9, みやじま紅葉
いとうくにお様
皆様
多くの読者に、批評を参考にしていただきたく、ここに紹介しています。
さて、待望のSF作品の文庫化がついにされるようです。
 (1) 講談社文庫『治療塔』2月15日発行
楽しみに待ちましょう。
2008/1/20, 壽太夫
確かにいとうさんがおっしゃるようにハッピーとアンハッピーは繰り返し、でもハッピーに向かってける最後の状況、というのは凄みがありますね。 掲示板で書評が載っている雑誌を随分教えてもらったので図書館で読んでみます。
2008/1/20, 石田
  大江さんの本や活動を 知りたい、読みたいけれど 時間の制約で 読みきれない。ここでの皆さんのメールが大助かりです。あらすじ、感想、批判、助言等 ありがたいです。よろしく。
 大江さんは ここまで書くのかと。そうです、だから魅力があるんです。言わず、聞かずに察する大和心では 政治家達の言動が理解できない。 愛国心を養うために はっきりわかりやすく説明していただきたいんです。
2008/1/14, いとうくにお
壽太夫さん、お久しぶりです。このサイトも10年以上になりますから、新年を迎えて少し感慨を覚えないではありません。何年か経つと閉鎖されてしまうサイトも多いネットの世界ですが、こうして続けてこれたことについては誇りに思ってもいいかもしれませんね。それができたのは、大江ファンの皆さんと、大江文学の力によるわけですけど。
「臈たしアナベル・リイ〜」のことですが、そう言われてみると確かに「ハッピーエンド」という言葉には収まりきらない部分がかなりある小説ですね。登場人物がそれぞれ苦しい思いを抱えて生きてきたわけですし、それをすべて帳消しにするほどの「ハッピー」が訪れるというわけでもありませんし。
ただ、思ったのですが、人生の終わりを遠くない将来に迎えるという段階において登場人物それぞれが「ハッピー」を見出しているということは言えるかもしれませんね。人生全体を通じてのハッピーとアンハッピーをそれぞれ合計すれば、アンハッピーのほうが圧倒的に多いかもしれないけれど、最後のときにあって確かにハッピーを感じていると。
2008/1/14, 壽太夫
随分久しぶりにお邪魔しました。いとうさんがずっと運営されていたことには感動します。

 「アナベル・リイ」の小説が書かれてからいろんのところで書評が出ていますね。 おもしろい小説ですよね。でも書評をみても今一つ自分の読後感と一致しません。 それに大江さんがどこかの新聞で「ハッピーエンド」な話だといってましたが、本当かなあ という気がします。
わたしが特に感じるのは悲惨さと滑稽さです。中心となっている話は、こんなこと書いちゃうの というぐらい痛ましい話ですが、大江さんはフットボールでも個人的体験でもここまで書くのか ということを書きますよね。小説の中でモラルも何もないのがすごい。特に今回の話はエロス そのもとというか人の怖い部分を感じますよね。
最初の映画を作るこころみにしろ、リベンジする話にしろものすごくリアリティはあるのだけれど、 このことに熱中すればするほど滑稽な感じを受けます。でもその滑稽な感じが悲惨な話と切れない ので救われない、でも少しは希望があるかもしれない、という印象を持ってしまうのです。 この小説を読んでもう一度大江さんの作品を読み直したくなってきました。
2008/1/12, みやじま紅葉
いとうくにお様
  皆様
   近年、大江健三郎氏の新作の書評は、極少数の評論家によってのみ書かれていましたが、ここにきて、爆発的に登場しました。
@「すばる」2月号
 「「おかしな二人組」の継承と新展開」(榎本正樹)
A「文学界」2月号
 「大江文学の新しい入り口」(玄月)
B「群像」2月号
 「円熟とは異なる唐突な自由」(沼野充義)
C「本の雑誌」2月号
 「固有名詞が跋扈する大江健三郎の大興奮小説」(永江朗)
 時間があれば、皆様、読んでみてはいかがでしょうか。
 また、
 1)「すばる」2月号
 大江健三郎「「人間をおとしめる」とはどういうことかー沖縄「集団自決」裁判に証言して」
が掲載されています。
2008/1/7, いとうくにお
田中さん、『個人的な体験』という題名は、描かれている出来事が主人公の「個人的な」(プライベートな)ことであるということを表現していると思いますが、お知りになりたいのはもっと別のことでしょうか?
2008/1/7, 田中拓真
 初めまして。
実は去年から大江健三郎さんの本をよみはじめ、今ではすっかりファンになってしまいました笑
「個人的な体験」という本が僕はとても気に入り、大学の論文で書こうと考えています。そこで質問なのですが、(とても基本的な質問でごめんなさい)
「個人的な体験」という題名はどのように本の内容と関わっているのですか?ご回答頂ければありがたいです。宜しくお願いします。
2008/1/6, いとうくにお
兎谷の黒猫さん、こんにちは。毎日新聞の情報をありがとうございます。メディアへの登場が増えて、ファンとしては嬉しいですね。
2008/1/6, 兎谷の黒猫
同じ毎日新聞紙面に池澤夏樹氏による『臈たしアナベル・リイ総毛立ちつ身まかりつ』の書評「女性原理の強さと救済めぐる奔放な小説」も掲載されています。
2008/1/6, 兎谷の黒猫
 今朝の毎日新聞「今週の本棚」の『好きなもの』というコラムに大江さんが(1)モンステラの長老(2)ハーフ・アンド・ハーフ(3)地獄篇第34曲、の3つをあげておられます。ただ、(1)〜(3)をデジタルに理解しても意味がなく、短い文章ですが奥行きが深く、広いものを感じさせる喩があります。なんどもなんども読み返しました。
2008/1/6, いとうくにお
弥生さん、おひさしぶりです。NHKの番組は「週刊ブックレビュー」ですね。深夜12時からも再放送があるようです。見逃したので、僕はそちらを狙います。
2008/1/5, 弥生
   らふたしアナベル・リイ総毛立ちつ身まかりつ』の読後感です。
  「後期の作品」を意識した、従って、これまでの自身の作品のスタイルを転換させる意図を持って書いた作品。そんな風に思える。作家として避けてきた、嫌ってきた内容にあえて踏み込む。少女趣味などは大江の関心のラチ外にあるはず。「ロリータ」を描いたナボコフにその危険な試みにおいて同調するかのようです。「生きることの労苦の小説」(「文庫版「ロリータ」(若島訳)への大江の解説p618)としての「サクラ(=アナベル・リイ=ロリータ)の物語」であると思う。言葉の使い方でも、例えば、「映画の力」という言葉が使われている(P196ほか)。『大江健三郎 作家自身を語る』のなかで、「これはやめて欲しい、という言葉やいい方」として「「〜力」などがイヤです」と明言しているにもかかわらず(p310)。あるいは「ブッチャケタ話」(p18)といった、これまで馴染んできた読者には違和感たっぷりの口語表現もあります。しかし、物語ろうとする基本意図は同じです。「サクラ」という女性が描かれていますが、例えば、「個人的な体験」でバードを癒す火見子、「人生の親戚」のまり恵、「雨の木」の女性達のような、主人公の再生を助ける脇役としての女性ではない。サクラ自身の再生、回復の物語なのでしょう。サクラは、性的な被害者として、精神を病んでしまう。この「アナベル・リイ小説」は、サクラ陵辱の映画・「アナベル・リイ映画」を軸として、そこから、M計画や、メイスケ母芝居を通して、サクラ自身が回復し、自立していく物語と思います。性的被害からの再生の物語。同時にこれは、ナボコフ「ロリータ」の、H・Hから自立していくロリータの物語と同じモチーフです。「少女趣味」と誤解される危険性をあえて冒そうという心意気においても同じです。僕はそこに、老小説家の冒険、「後期の仕事」の挑戦を感じるのですが、同時に、「老いの醜さ」にも気づかされます。
 明日朝のNHK番組が楽しみです。 

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