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1998/12/30, 喬木の母
カシアートさん、こんばんわ。実は私も小説を書いてお金を貰っている人間なので(といっても、ローカル雑誌に月一本ですけど。今は育児で手一杯なので……)、カシアートさんの「一度読者の前に提出された小説には、たとえ作者といえども手を触れることができない領域があるはずです」という御意見は、ズシンと心に響きました。ものを書く人間というのは、やはり、それほどまでに自覚を持たねばならないのですねぇ。反省……。
それはともかく、御長男誕生おめでとうございます! しかし、大江作品の登場人物はヘンな名前が多いですよね? 犀、鳥、雉、虎など、動物ものも多いし……。私も息子の名前には悩みました。いとうさんがおっしゃっていた「森 森」も、一応考えましたし(ホントです)「森不思議」というのも候補にありました。で、そうした経験をふまえ、さらに個人的趣味も加え、カシアートJrにおすすめの名は「勇魚」。なにしろイサナという音がカッコイイ! ……大きなお世話? ……失礼いたしました。では失礼ついでにもう一言。ぜひとも育児には積極的に御参加くださいませ! 効率が悪くて思うようにいかずイライラの連続の育児。でも親業ほど面白い仕事はないですよ。時間的に無理ならば、奥様の精神的なサポートだけでも充分にしてさしあげてくださいね。……おっと、ここは育児のページではありませんでした。では、奥様とチビちゃんを大切に。
1998/12/29, いとうくにお
カシアートさん、はじめまして。自分の好きな作品が全集に収録されないのは、さびしいですね。しかしまあそれでも読むことができなくなるわけではありませんから…。新作の件ですが、ご存知だと思いますが、現在執筆中の「宙返り」(仮題)は、確か来年発行の予定でした。楽しみですね。息子さんのほうも、よいお名前が見つかるといいですね。
1998/12/29, カシアート
いとうさん、みなさん、はじめまして。カシアートと申します。
私も大江さんの以前からのファンです。リアルタイムでは「「雨の木」を聴く女たち」あたりから、新刊が出る度買って読んでいました。ここ何年か大江さんの新しい小説を読めなくて寂しい思いをしております。新しい小説はいつ出るんでしょうかね〜。
そんな淋しい思いをしていた私にとって「私という小説家の作り方」は、久方ぶりに心躍らせて読むことができた本でした。「雨の木」以来大江さんが書き連ねてきた私小説風の作品の続きとしても読めるように思いました。しかし少し気になる点が少しあります。冒頭に次のような記述が。
「『大江健三郎小説』にも、私が小説家としての自分を作りあげてから、その上で、これは自分の作品だと認めることを望むもののみ収録した。私の死後、断簡零墨まで集めた全集が編まれることがないように、これを決定版としたい」
『大江健三郎小説』には私が好きな作品のいくつかが収められていません。「われらの時代」、「見る前に跳べ」、この掲示板でもよく話題になっている「日常生活の冒険」もです。これらの作品は大江さんにとって「自分の作品だと認めることを望」まない作品なのでしょうか。もしそうだとすると、私は非常に悲しい。大江さんは「われらの時代」や「日常生活の冒険」を省いた理由を「小説としてのかたちがよくととのえられていない、と感じたからだ と書いてはいますが、一度読者の前に提出された小説には、たとえ作者といえども手を触れることができない領域があるはずです。私の「見る前に跳べ」や「われらの時代」に対する思い入れが否定されたみたいに感じられ、悲しい気分です。
な〜んて言っても、今は大江さんの新しい小説を首を長くして待っている状態。誰か情報を持っていたら教えてください。ちなみに大江さん以外でよく読むのは、ドストエフスキー、高橋和己、宮台真司、あたりでしょうか。ハンドル名カシアートはもちろん「小説のたくらみ、知の楽しみ」で大江さんが推奨していたTim O'BrienのGoing after Cassiatoのヒーローの名から取っています。以後よろしくお願いします。

追伸 12/28に長男が生まれました。私も大江さんの小説のヒーローから名前を取ろうかな、と思案中です。
1998/12/28, いとうくにお
「喬木の母」さんのお話、いいですねえ。生ジョン・レノン、いいなあ、うらやましいなあ。もう会えないしなあ。もしかすると、軽井沢で大江ファミリーとレノンファミリーがニアミスってなこともあったかもしれませんね。例えば、大江さんと光さんが散歩をしていると、ある家から「イマジン」が聞こえてくる。光さんが立ち止まってそれに耳を傾ける。家の窓があき、丸メガネのジョン・レノンが顔を出す。「気持ちのいい天気ですね」とジョン。同じく丸メガネをかけた大江さんが「そうですね」。光さんは「大変よい音楽でした」――そんなことがあったかも。光さんは武満徹の前でイエスタディをピアノで弾いたそうですから、ビートルズは嫌いではないはず。だからそんな出会いがあったら楽しかったでしょうねえ。
1998/12/28, 喬木の母
いとうくにおさん、こんばんわ。連日のようにおじゃましてスイマセン。「説得力のある意見」と言っていただけて、ホッとしています。
なるほど、ジョンレノンですか……。ジョンレノンといえば、私、見たことあるんですよ。オノヨーコもショーン君も。母の実家が軽井沢(代が替わってツブレてしまいましたが、魚屋をやっていました)なので、お盆に帰省した時などに、遊びに来ていた彼等を幾度も目撃しました。私はまだ幼かったので「ジョンレノン? ただの外人じゃん!」と、まるでありがたみを感じることなくすれ違ったりしていたわけで、今となっては悔やまれるばかり。
軽井沢といえば、大江氏も北軽に別荘を持っているようですが、そもそも文豪が愛した地のようで、魚屋の長女だった母は、そうそうたる巨匠宅にしばしば刺身の出前をしたそうです。ですから母にかかると、例えば室生犀星なども「ムロウさん」呼ばわり。ムロウさんは、じっと観察するような目をした人だったとかで、店先で働いている母をしみじみと見つめ「娘さん、あなた働き者ですね」と言ったとか……。「サインもらっときゃよかった」と、母も今さら悔やんでいます。
長々と関係ない話、スイマセンでした。では、また。
1998/12/27, いとうくにお
「喬木の母」さん、こんにちは。「静かな生活」のほうがよかったですか。僕も、あの映画はけっこう好きなので、ちょっと安心しました。
さて、「母らしい大江評」のほうですが、大変説得力のある意見だと思います。大江さん自身もうなづかれるのではないでしょうか。家庭的な男のもうひとりの代表として僕は、一時期自らをハウスハズバンド(主夫)と称したジョン・レノンを思い起こすのですが、彼も息子をテーマにした作品をいくつか作ってますよね。じつは最近、「ジョン・レノン・アンソロジー」という4枚組みCDを入手し、それを日々聞きまくっているのですが、その中には息子ショーン・レノンとジョン・レノンの会話や、ショーンを歌った「ビューティフル・ボーイ」という美しい曲などがあります。
1998/12/27, 喬木の母
>映画「静かな生活」はご覧になりましたか? どちらの映画のほうが出来がよかったでしょうか。
ハイ、もちろん見ました。で、個人的には、原作に忠実な「静かな生活」の方が素直に納得がいきました。光さん役の演技も期待以上でしたし……。「飼育」については、前回投書させていただいた後も、もう少しマシなことが書けないもんかと、必死になって細かな部分を思い出そうとしたのですが、ホント、見事に記憶喪失になっているのです。脳にはイヤなことは忘れようとする機能があるらしいので、まさにそれだと思います。そんなわけで、ただ不愉快な映画だったとしか言いようがありません。ごめんなさい。
 さて、喬木の母と名乗る以上、母らしい大江評を書かせていただこうと思います。私の息子は三歳半。ついこの前までまったく言葉をしゃべらず、障害児の通園施設で実施されている親子教室に、週に一回通っておりました。おかげさまで、秋頃から見事なほどのおしゃべり男に変身しましたが、息子を産んでから今日まで、本当に貴重な経験をさせてもらったと思っています。大江氏の小説にしても、息子のおかげで改めて理解できた部分がたくさんありました。それまでの私も、光さんを題材にした小説を面白く読んではいました。例えば光さんと大江氏のユーモアあふれる会話の部分などは、その浮き世離れしたやりとりに心洗われるようなことが幾度もありました。でも一番肝心な部分、親が子を思う気持ちというのを、以前の私はまるで理解できていなかったように思います。光さんによって生かされているかのような大江氏を、少なからず滑稽にすら思っていたのですから。
 みなさんも「イーヨー話」について様々にお考えのようですが、では、どうでしょう。もし、大江氏が父でなく母だったら……? そう仮定してみると、光さんと大江氏の関係がかなり了解しやすくなるのでは? 
 子を思う気持ちを母性父性に分けることに、私は反発を感じています。後ろに「本能」と続けることで、なんとなく「そういうものかもしれない」と感じてしまうけれど、その違いは、単に子と接する時間の差、そこから生じる距離やスタンスの違いなんじゃないかと思うのです。どちらが良い悪いという話ではありませんよ。どちらも子にとって大切な存在です。ただ、ここで申し上げたいのは、大江氏が母になり得る日常を送っているということ。普通のサラリーマンのように、毎日見るのは寝顔だけ、というわけにはいかず、さらには子に障害があり、関心を持たざるを得ない状況である以上、距離を置いて客観的に子を見る父親的なスタンスでは飽きたらず、産みの苦しみを味わい、乳を与えて育て、己の分身のように子を抱え込んでしまう母親の領域にまで、ドップリハマりこんでしまった……。これはしごく当然のような気がするのです。
 大江氏自身も父的なものにコンプレックスを感じているようなので、ある意味で整合性がとれているのかも? なんて勝手なことを考えたりもしているわけですが、みなさんはどう思われますか? 子持ちの女性の方なら、きっと共感していただけると思うんですけど。
1998/12/26, いとうくにお
「喬木の母」さん、はじめまして。いやあ、なんかすごいですね。息子さんの名前を大江作品の登場人物からとるなんて、筋金入りのファンですね。「ピンチランナー調書」にはまっていたら、息子さんは「森 森」になっていたかも…、そんなわけないか。「飼育」の映画のお話もありがとうございます。映画「静かな生活」はご覧になりましたか? どちらの映画のほうが出来がよかったでしょうか。
1998/12/25, 佐佐木嘉則
前にもご紹介しましたが、次の論考はほりさんと同じ観点からの、本多勝一さんに対する反批判です。
「大江健三郎非難の大混乱」
http://www.coara.or.jp/~pwaaidgp/kinyoubi2.html
1998/12/25, 喬木の母
はじめまして。十四の時に飼育を読んだのがきっかけで、大江氏のファンになって十八年。氏の作品について語り合える仲間もいないまま、孤独に耐えながら読み続けてきたような具合でしたので、みなさんに出会えて(?)うれしくてたまりません。どうぞ末永くよろしくお願いいたします。
 さて、私が一番好きな作品は「洪水は我が魂に及び」。そんなわけで、息子の名は喬木。名字が森なので、森喬木。姓名判断では事故や病気で突然死ぬ危険性のある名前らしいのですが、いえ、喬木は生き延びてくれるはず……。
 そんな話はさておき、大島渚の「飼育」。私、見ました。ある映画館で大島監督特集のようなものを開催していたので、運良く見ることができたのです。……ですが、見終わってガッカリ。あんまりにもガッカリしすぎたショックで、細かい部分は忘れてしまいましたが、とにかく原作とまるで印象がちがう! 私は映画があまり好きなほうではないので、上手に批評することはできませんが、映画では、舞台になっている山村の人々の、保守的なというか閉鎖的なというか、とにかく人々の不気味なほどの頑なさばかりが強調されていて、原作を読んだ者にとっては、まるでちがう話のように思えました。あれでは大江氏が怒るのも無理ないと思います。
 では、書きたいことはまだまだ山ほどありますので、今後ともよろしくお願いします。
1998/12/17, ヨヒト
こんにちは、はじめまして。
hanaさんに、お伺いしたいのですが、先日の大江健三郎さんの講演をテープにとっていませんでしょうか?もしとっていたら、ぜひお聞かせ下さい。初メールで、いきなり失礼な(勝手な)発言をしてすいませんが、ぜひとも、お願い致します。
1998/12/6, いとうくにお
ほりさん、投稿ありがとうございます。本多勝一氏による大江氏批判は、かなりわかりにくい面がありますね。いま本多氏の『大江健三郎の人生』(毎日新聞社)をざっと読み直してみたのですが、僕としては結論を出しかねました。
1998/12/6, ほり
といいつつ、「アグイー」の残りの2編も読み終わりました。「ブラジル風のポルトガル語」は、四国の森林に囲まれた部落の民の異様な行動、それを見守る語り手の作家「ぼく」とその大学の同窓生の森林監視員の話ですが、鬼の伝承の部落という面白い素材がせっかくあるのだから、もっと大きなドラマにしても良かったのではないかと思います。部落民の冒険行と同じく小説全体も不完全燃焼のような気がするのですが、まあそれは後年の作品に引き継がれるということなのでしょうか。「犬の生活」は、登場する「にせ弟」が語り手「ぼく」と最後まですれ違って噛み合わないままなので、一体どういう意図で書かれた小説なのか、戸惑う所がありました。これのネタとなる事件が作者の実生活に何かあったのでしょうか。結局のところ「ぼく」は、暴力に満ちた世界は自分に何も理解できないものとして、突き放して物語を閉じてしまっていますね。 ところで、以前、本多勝一氏と大江氏の「論争」がこのBBSで取り上げられていましたね。手元に文献がないのですが、私の記憶では、要は「文芸春秋のような保守反動の出版社から大江が本を出すのは矛盾している、けしからん」ということなのでしょうか。(違っていたらすみません)私の感覚ならば、逆に、「文芸春秋は保守反動の出版社であるにもかかわらず大江の本を出している。なかなか懐が深くてよろしい」と誉めてやるのが正常な感性だと思うのですが、どうも本多氏の感性は私のとは違うようです。それはそれとして、仮にその批判を肯定するとしても、同じ基準に立てばもっと批判されるべき作家が沢山いるはずですね。小田実も文芸春秋に文章のせたことはあるし、野坂昭如も週刊文春に連載していたし、文芸春秋社から本を出しているあらゆる作家が(もともと保守派と自認している人は別枠としても)批判の対象になるはずで、さらにいえば、週刊新潮のようなこれまた「保守反動」の本を出している新潮社、改憲を主張する読売新聞社、その系列の日テレ、フジサンケイグループなどなどにかかわるすべてをあの調子で批判しなければ筋が通らないはずだと思います。
1998/12/5, ほり
はじめまして。「個人的な体験」を読んで圧倒され、それ以来、たまに(笑)少しずつ大江作品を読むのを楽しみにしている会社員です。実をいうと、大江氏の評論とか発言には特に共感は覚えないのですけれど、小説世界は大好き・・というタイプの読者なのです。 さて、ただ今読んでいるのは新潮文庫「空の怪物アグイー」です。冒頭の「不満足」では、「個人的な体験」と同じような名前の人物が登場するのになぜかわくわくし、終わり近くで突如視点が「ぼく」から三人称に切り替わってしまう手法に思わず舌を巻いてしまいました。「スパルタ教育」では、最後の力強い結び方に感動しながらも、友人と妻は実は不倫してるんじゃないかとか、妻はなぜ警官を嫌がるのか、とか余計なことも考えてしまいました。「敬老週間」は、管理人さんが書いておられたように、星新一みたいな味わいでしたね。「アトミック・エイジの守護神」も似たような印象。 「空の怪物アグイー」は、最初はグロテスクな印象ですが、最後まで読むと、静かな哀しさというか、不思議な感動を覚えますね。ただ、「ぼく」が片目を失明したというエピソードは無用だったと思うのですが。あとの2編はまだこれから。 ところで、「空の怪物アグイー」に出てくる作曲家Dのモデルは武満徹だと誰かがどこかで言っていたのですが、ホントでしょうかね。モデルとはいっても人生ではなく外見だけ利用したのかも知れませんが。(武満徹氏もおでこが広くてひょろっとした人だったから・・)
1998/12/5, いとうくにお
RE:キャスティングコンテスト >う〜ん、二人で盛り上がっているのも寂しいのぉ(T-T) ま、覚悟はしてましたが。(笑) ここで「〜ましたが」と書くと、四国の森の方言のようにもみえますねえ。 雉子彦は、「僕」が犀吉とヴァイオリン店で再会をはたしたとき、犀吉といっしょにいて泣いていた少年ですよ。犀吉と雉子彦が四十女と三者性交を行ったのち、それをネタにユスったら、ヤクザに追われるはめになって、路上での格闘とあいなった。うーん、こんな面白い物語なのに「ごめ〜ん、ちょっと私にはむずかしすぎる〜」という反応が返ってくるのは、大江さんのオリジナルな文体のせいでしょうかねえ。 しかし「日常生活を冒険しようぜ!」と友達に呼び掛けるなんて、イナコさんもなかなかやりますね。卑弥子タイプですか?(^^)
1998/12/5, イナコ
RE:キャスティングコンテスト う〜ん、二人で盛り上がっているのも寂しいのぉ(T-T) 昨日お風呂でじっくり文庫を呼んで考えようと思ったら、なんと!大事な 座右の書が本棚にないじゃないのお〜!そうだそうだ、犀吉ブーム?を起こす べく、友達にかなり配ったんだよね…日常生活を冒険しようぜ!って。 大江氏の文庫を買いなおすことはしょっちゅうなんだけど(17年間で) 最後に「日常生活…」を配ってから買い直してない様子(- -:)私ったら! で、キャラがうろ覚え(勝手な想像のみ)なので雉子彦が決まらない! くそ〜、明日買いにいかなきゃ。 ちなみに私のプレゼントを読破してくれたのは、たったの一人。彼は プルーストとかジョイスとかへーきで読む人だからな…他の人は 「ごめ〜ん、ちょっと私にはむずかしすぎる〜」って人ばかりでした。 ちぇ、こんなにおもしろいにさ〜! というわけで、後日発表。my日常生活の冒険。
1998/12/3, いとうくにお
RE:キャスティングコンテスト >特に卑弥呼=チャラ、っていうのは感動ものでした。斎木犀吉は武田シンジというのも浮かんだけど、永瀬君もいいな〜と思っていたんですよ。
おお、似てますねえ。僕もチャラのキャスティングは気に入っています。(^^) あと、最初は雉子彦に武田真治を当てていたんですよ! ただ、彼は主役級で使わないと所属事務所が納得しないだろうなどと考え(笑)、やめにしたんです。浜みえを鷹子役に、というアイデアはいいですね。かとうれいこにしろ、浜みえにしろ、犀吉や、ラストのほうでの「ぼく」との、壮絶な濡れ場の演出に耐えきれるかというのが、キャスティング担当としては悩ましい問題です。(笑) 寺尾聡のお父さんは、宇野重吉でしたっけ。うむ、枯れ感じが祖父役にぴったりですね。
1998/12/2, イナコ
RE:キャスティングコンテスト いとうくにお様 いや〜ん私の考えていたのとにてる〜!素晴らしい〜!
特に卑弥呼=チャラ、っていうのは感動ものでした。斎木犀吉は武田シンジというのも浮かんだけど、永瀬君もいいな〜と思っていたんですよ。
尾美としのり、っていうのは盲点だった!僕の祖父、私の中では寺尾聡のお父さん(名前忘れてしまった!)っていうのがあったんです。 で、ふるいんですが、鷹子は「浜みえ」…もちろん若い頃ですが、鼻の大きいというのがイメージ強いもんで。ボンドガールの頃とか、ね(^^:)> ちょっとお風呂の中で真面目に考えてこようっと!
1998/12/2, いとうくにお
大江作品キャスティングコンテスト! 僕流の「日常生活の冒険」の配役です。(^^)
ぼく…新人作家
 尾美としのり:ちょっと抜けた感じが合ってる?
斉木犀吉…日常生活における冒険家
 永瀬正敏:線の細さと大胆さの同居した感じ。
ぼくの祖父…犀吉と意気投合し、渡航資金を提供する
 丹波哲朗:ふだんよりも枯れた感じで演じてもらえれば…。
卑弥子…犀吉の妻
 チャラ:独身時代の。性的に奔放な感じがグッド。
雉子彦…犀吉の弟分
 ナインティナインの小さいほう:中性的な感じが合ってるかも。
金泰…プロボクサー
 草薙剛:まっすぐな感じがするし、体型も合ってる。
鷹子…犀吉の女パトロン
 かとうれいこ:豊満さと、顔つきの上品さで選びました。
曉…原爆の後遺症をもつ
 ナインティナインの大きいほう:こっちも使えという吉本の要望で…。
以上、お粗末さまでした。キャスティングって結構難しいですね。一人だけ選ぶならいいけど、複数の配役を、バランスとかを考えて決めるのは大変。タレント名探しには、ヤフーの芸能人のページが役に立ちますね。 http://www.yahoo.co.jp/Entertainment/TV_People/
1998/12/2, いとうくにお
>作品毎に映画をとると前提して、みんなで役に俳優をあててみるというのは? 面白そうな企画ですね。ぜひやりましょう。「洪水はわが魂…」はちょっと長いので、斜め読みで読み返すにしてもちょっと大変だから、サイキチの出ていた「日常生活の冒険」からいきませんか。イナコさんからも >私としてはサイキチくんはイエローモンキーの吉井一哉なんてウソつきっぽくていいなぁ、と思うんだけど。 という事例が出てますしぃ。
1998/12/1, イナコ
こんばんわ。イナコです。
最近書き込みが少ないのでちょっと書いてみようかなぁ。 サイキチくんのモデルが伊丹氏、というのは知っていましたが、ちょっと納得 いかない私。ここで管理人殿、いかがでしょう?時々でいいですけど、作品 毎に映画をとると前提して、みんなで役に俳優をあててみるというのは? 芽むしり、とかは難しいけど(子役オンパレード)「洪水はわが魂…」あたり だと結構楽しい意見がきけるかも…。 私としてはサイキチくんはイエローモンキーの吉井一哉なんてウソつきっぽく ていいなぁ、と思うんだけど。だめ?だめかなぁ?
1998/11/27, おねむりパーシー
ご配慮ありがとうございます。hanaさん。
講演の件、ひとりじゃないんで・・・。今回は遠慮させていただきます。
また、レポート聞かせてくださいね。
確かに、批判的な意見が多い。(まぁ、仕方がないんかなぁ)
1998/11/26, hana
こんにちわ このような皆さんの会話に加わるのは初めてだったので、流れを無視して、唐突に話をはじめてしまって、ごめんなさい。皆さんすごく好きなんだなあ、と思います。わたしは、いろいろな人に、大江って・・・という感じで、大抵批判的な意見をいただくことが多いので、なんだかうれしいです。ところで、おねむりバーシーさん、岡山まで来ることができますか?もう抽選が行われて券も配布済みなのですが、一枚くらいなら、お分けできますよ。
それでは、また。
1998/11/24, おねむりパーシー
hanaさん
行けるもんなら行きたいよぅ。
日は開いてるけど。
よかったら詳しく教えてください。
一般聴講可よね。
1998/11/24, いとうくにお
イナコさん、はじめまして。 17年とは、すごいですね。人生の半分以上を大江文学に捧げた……(捧げてませんね)。犀吉というと、伊丹十三がモデルと言われているキャラですよね。朝日新聞に「本よみの虫干し」という連載を関川夏央が書いていますが、その22日の回では伊丹十三の「ヨーロッパ退屈日記」を取り上げてました。ご覧になりました? その文章では伊丹十三の前半の人生を、高校時代も含めて紹介しているのに、学友だった大江さんのことには一言も触れてないんですよ。関川夏央は大江さんが嫌いなのかなとも思いましたが、後半生のことやその死についても触れていませんから、関川流の潔さの表われでしょうかね。最後の文は、こうなってました。−−「この本こそ伊丹十三の代表作であるといったなら、彼はやはり、あの特色のある苦い表情で報いようとするだろうか。」−−うーん、泣かせるぜ。
1998/11/24, イナコ
いとうくにお様 初めてこちらのHPに寄らせていただきました。BBSちょっと読んだんですけど
いや〜〜〜皆さん研究してますね。私の大江暦はちょっと長め?の17年です。
初めて読んだのは「性的人間」、13歳の時でした(あ、年がバレル…)
純朴な中学生にはかなりショッキングな内容でしたが、嵐の様な詩を書くために
痴漢をする少年の生きざまに衝撃をうけ、その後私の本棚にはあの渋い茶色の
背表紙がずら〜っと並ぶことになりました。その後はマイペースに再読に再読
を重ねてきた17年です。一番好きな作品(というか登場人物)は「日常生活の
冒険」の犀吉です(あれ?字あってたかな?) これから時々寄らせていただきますので、皆様よろしくお願いします。
1998/11/18, いとうくにお
ボディペインティングは未開民族ではよく見られますよね。意味はよく知りませんが、戦闘に際して自分を動物や想像上の生き物などに擬(ぎ)して、自分を奮い立たせるとか、視覚的インパクトで相手を怯えさせるというような効果があるんでしょう。あとは、儀式に際して、参加者の役割をより明確にするためにペインティングするということもあるでしょう。たとえば死者の役を白く塗るとか、悪魔の役を黒く塗るとか…。いずれにしろ、全身を塗るということは、自分をなにか別のものに変身させるとか、自分が別の状態に移行するという意味があるんじゃないでしょうか。『万延元年のフットボール』の場合でいうなら、あの友人は首を吊るのに際して全身を赤く塗ったわけですから、死へ踏み出す勇気をふるいおこすための装束か、自我を捨ててなにか狂気の状態へ入っていくことの表現としての行為のような感じが僕にはしました。
1998/11/18, akaosugi
山田正紀の書いた「延暦十三年のフランケンシュタイン」は、空海という実在した僧侶に題材をとったた幻想小説です。たしかメアリ・シェリーのフランケンシュタイン博士は出てこなかったように思います。海外に翻訳は、、、たぶんされてないでしょうね。この本を読んでもあまり文学の勉強には役に立たないとは思いますが。山田正紀氏が大江氏のファンかは、作風からすればありそうな話しだとおもいますが、実際はどうかは知りません。
http://member.nifty.ne.jp/kragen/hobbys/MYamada.html  「万延元年」の該当箇所を読み返してみましたが「頭と顔を塗りつぶし」と書いてあるので、僕の歌舞伎のイメージは誤読でしたね。単に「顔に塗る」だけなら、最近ではロック歌手やプロレスラーでも顔へのペイントはありふれてますが、少し昔で一般に考えられるのはやはり歌舞伎の隈取りなのではないかと思います。  地獄絵という言葉から僕がイメージしたのは、裸体または下着姿のたくさんの亡者です。で、炎の色のイメージとあいまって、そのふんどしや腰巻きの色も赤いように想像してました。
1998/11/17, hana
12月5日、岡山の清心女子大学主催で、大江健三郎氏の講演、光氏の演奏会があります。そのお手伝いをします。どんな風になるのか、こわくもあり、楽しみでもあります。来られる方、いらっしゃいますか?
1998/11/15, Julia
akaosugiさん、
延暦元年のフランケンシュタインと言うのは誰かが書いたんですか。まだ読んだ事ないんです。 いとうくにおさん、
ドイツ語にも大江健三郎の小説の訳された本は沢山があります。でも訳された本の中の言葉か表現が原作と全然違います、ね。だから余り面白くないし卒業論文には不便です。 なぜ歌舞伎の化粧をイメージもってたの。
頭が真赤なると恥じの方の感じしないの。
小説に人物がよく赤らむや紅潮するから私はすぐ恥辱の事で思ったんです。 大江健三郎とGuenter Grassが二人とも<国民恥辱>(言えるかなあ) について書いていない筈ではないの。同思いますか。
1998/11/13, akaosugi
「延暦」は山田正紀です。でも「十三年」だったかもしれない、、、 僕はこの題を見たときにパクリかなあと思ったのですが、「延暦」の方を先に読みました。空海をネタにした話しです。 そういや筒井康隆の「万延元年のラグビー」つーのもありましたね(笑) 歌舞伎のは「化粧」でなく「隈取り」が正しい日本語?
1998/11/12, いとうくにお
akaosugiさん、どうも。 マイぺディアによると、バーナード・ショーは「1925年ノーベル文学賞」となっていますね。「延暦元年のフランケンシュタイン」って誰の作品ですか? Juliaさん、はじめまして。大江作品はドイツ語にも訳されているんでしょうか? 論文がうまくできあがるといいですね。
1998/11/12, akaosugi
いとうくにおさま。  さっきの万延元年の件はakaosugiの書いたものです。(たぶん名無しでしたね)  「延暦元年のフランケンシュタイン」とか読んでる?
1998/11/12,
「万延元年のフットボール」読み終わったとこです。ちょっと涙目になってしまった。ラストにはちょっと納得いかないものがある(笑)けど。なんか「個人的な体験」の続きが読めたような気がして、僕自身は少し補完された気分でもある。  色っていうと、地獄絵の赤とか、顔に色を塗って自殺した友人とか、ですか。地獄絵自体を見たことありますか? 赤いフンドシとか腰巻きとかいうのは、近代以前の日本では象徴的な下着なのですよ(関係ないか?)。顔のことは、僕は歌舞伎の化粧をイメージしながら読んでました。あとなんだっけ?  バーナード・ショウもノーベル賞を拒否したのではなかった?(結局もらったのだっけ)
1998/11/8, Roeschlau, Julia
今日は、始めまして 私は日本文学勉強しているドイツ人の学生です。 今は卒業論文を書いています。 テーマはもちろん大江健三郎の万円元年のフットボールと言う小説についてです。 その小説の中には沢山色が入っていますので色の象徴の調査をやりたいです。 だから面白い事を知ったら方はそれを私にメールで教えてくれるの。 ドイツについて質問あえば、どうぞ聞いてください。是非返事をかきます。 以上、Julia
1998/10/27, しょういち
いとうさん、早速のご回答を有難うございました。何であれ読む事が可能であるという事実に、安堵するばかりです。 私の大江文学との出会いについて、少しばかり...
そもそものきっかけは、岡林信康さんのセカンドゥ▲襯丱爐離織ぅ肇襪任靴拭く(同じ体験をされた方は少なくないのでは?)
タイトル名は勿論「見るまえに飛べ」、大江さんの存在すらも恥ずかしながら全く知らなかった私でしたが、程なくして文庫本を入手し、貪るように読んだ十代の日々を懐かしく思い出します。 こちらの掲示板をクリックする毎に、皆様の豊富な知識と思い入れに圧倒されていますが(中〜後期は殆ど未読ですので)、私が特に好きなのは短編の「鳩」。その行間からあふれ、きらめく天才には唯感動に打ち震えるばかりでした。 又、メールを送らせて頂きます(もっと勉強が必要のようです...)。 有難うございました。
1998/10/27, マル
こんにちは、はじめまして。 マイペースに大江健三郎を読んでます。 最近「遅れてきた青年」読み終えまして、かなり泣いてしまいました。 泣くのはいつものことなんですが、なんかこれはもう今でもずーんと心に・・・
やっぱり最後の一言がききました。 本を読んだ後には、それで私は何をしたらいいのかってことをいつもいつも考えるんだけど結局わからないままここまできてます。何もしなくてもいいのかなあとも思うけど、うーん、わかんないですね。 わからないことばっかです。大江作品を読むとますますわからなくなって・・・
まあそれも楽しい(?)んですけど。
これからも頑張ってください。
1998/10/24, いとうくにお
しょういちさん、こんにちは。「政治少年死す」は『文学界』1961年(昭和36年)2月号に掲載されているとの情報を複数の方からいただいています。大きい図書館や大宅文庫にいけば閲覧できるようです。大宅文庫の利用のしかたはT.O.さんが投稿されていますので、もしよければご覧になってみてください。
1998/10/24, しょういち
「政治少年死す」はどうれば読めるのでしょう?教えて下さい!
1998/10/20, ぶる
はじめまして。割と最近大江氏の著作を読み始めた者です。どうぞよろしく。 >そういう意味では、大江さんは理屈っぽいようでいて案外合理的でない、感覚的な情念的な人なのかもしれませんね。 僕もはじめ「大江氏はすごく理屈っぽくて難しそうだ」という先入観を持っていたのですが、はじめて大江氏の著書を読んだ時(「同時代ゲーム」でした)それが間違いであったと気づきました。むしろものすごく情念的な作家だと思います。大江氏は文学理論に通じていたりして学者的な一面があるために「理屈っぽい」というイメージを持たれやすいのかも知れません。でも、そもそも小説を書こうなんて考える人間は、情念的な部分を人一倍持っているんじゃないでしょうか。
1998/10/20, ladyday
こんにちわ、はじめてこちらのページに書き込みをします。
昨日、一晩かかって「万延元年のフットボール」を読み終えました。
わたしは半年くらい前から大江文学を読みはじめた者です。
「難解」という世間の批評のせいか、どことなく大江文学を読むということに抵抗がありました。
しかし、大江氏本人の言葉にもあるように「難解な中にも一貫して読者に伝わる何か」がひしひしと読み手である私にも伝わってきました。
いまのところ「万延元年」以降の作品しか読んでいないのですが初期の作品も読んでいこうと思っています。
今、わたしにとっての「癒し」にほかならないというのが大江文学です。
どんなに深淵なテーマであっても、最後に希望が見出せる文学を作ることができるのは今の日本の文学者のなかでも、大江健三郎ただ一人だけなのではないかと思ったりしています。
1998/10/19, 浅野 昌彦
どうも、はじめてここにアクセスした者です。大江ファンにとってこのようなページがあるのは、非常に有り難いことだ思います。なぜなら、われわれの世代(ぼくは21才)にとって文学を語る場がないからです。若い世代の活字離れというやつでしょうか・・・。しかし、純文学ほどに今日において今日を語り、示唆する芸術分野はないとぼくは固く信じます。(音楽なんかのビジュアル系の台頭にみられるようにいかに現実から抜け出すかが若者たちの関心となっている!)とくに大江文学は、最近の三部作に連なる一連の「救い」や都市生活者における「アイデンティティ」といった問題提起は、現代を生きるものにとってはとても刺激的です。皆さん純文学はとっつきにくいかもしれませんが、これほど自分たちに身近な芸術もないと思います。
1998/10/18, おねむりパーシー
kino,jさんありがとう。
大江さんのお母さんも健在のようですね。
(でも、いい味出してる)
武満氏とは、若いときから交流があったようですね。
(だから何かと引き合いに出されるのか・・・。) ところで、大江さんは最近読売のコラムによく出ているようですが、取っている方 、何か面白いのが有りましたら教えてください。
1998/10/15, いとうくにお
チノイトッテンイクさん、高校三年生なんですね。「セブンティーン」とか「われらの時代」とかは、チノイトッテンイクさんの年代を描いたものではありますが、いかんせん時代が違いますからねえ。女子大生の一人称で語られる「静かな生活」は読みやすいかも。僕の好みでいくなら「個人的な体験」ですね。長過ぎないし、面白いと思いますよ。ほかの方も、お薦めのものがあったらご紹介ください。
1998/10/15, チノイトッテンイク
>大江さんは理屈っぽいようでいて案外合理的でない、感覚的な情念的な人なのかもしれませんね。 そうでしょうね。時事ネタに関する大江さんの書いたものを読んでも、「?」てなものが多いように僕には感じられましたから。書き込むのはこれが最後になるでしょう。そこで大江さんの本で「高校生にもオススメ」というのがあれば是非教えて下さい。しかし何ですね。僕をボクと書いたり・・・これはねぇ・・(ふふ)
1998/10/14, いとうくにお
yomoyomoさんのおっしゃるとおりのようですね。先に挙げた本多さんの本でも、大江氏がサルトルのノーベル賞拒否を賞賛していたのに自分は受け入れることの矛盾が指摘してありました。そういう意味では、大江さんは理屈っぽいようでいて案外合理的でない、感覚的な情念的な人なのかもしれませんね。 チノイトッテンイクさんのご質問の件ですが、もし議論になればはてしなくなりそうですし、そうなるとおっしゃるとおり掲示板の主旨を外れそうでもありますから、ご勘弁を。そういう考えをする人がいるということでご了解いただければと思います。
1998/10/14, チノイトッテンイク
>天皇には戦争責任があるのに責任を取っていない
へー、難しそうな話ですからボクにはよくわかりませんが、もしよろしければ詳しく教えてもらえませんか?もちろん掲示板の主旨とは違うと思うので書き込むのが不適当なら、無視して下さって結構です。
>サルトルという文学者・哲学者です。
ふふ、そういえばホンカツはベトナム難民をさんざん罵倒してましたね。この人は自腹切って難民救済のお金をだしたんだっけ?エライなー。
1998/10/14, yomoyomo
いとうさんへ
確かにサルトルはノーベル文学賞を拒否してます。 その理由についても首尾一貫した論理があり、それを支持した文学者が日本にも いたんですよ。そうです、大江健三郎その人です。 そういう意味でやはり大江氏の行動は二重に矛盾していると思います。 但し、彼の作家としての評価はまた別です。良くも悪くも。
1998/10/13, イモリマン
はじめまして、イモリマンと申します。 つい先ほど『新しい文学のために』を読み終えました。 文学に対する読み方、書き方に対して認識を新たにしました。 基本的に文学の方法論を書いた本なのに、僕の現実生活へ大きな 励ましを与えてくれました。そのような考え方から成り立つ小説とは それ以上に僕を励ましてくれるはずです。この本を読んで、ますます 小説を読むことが好きになると思います。大江健三郎氏には著書を通じてさまざま な事を教えていただきました。すごく感謝しています。
1998/10/13, いとうくにお
チノイトッテンイクさん、はじめまして。文化勲章辞退の件では批判も多かったんです。本多勝一氏はこう書いていますね。

日本の王様(明仁天皇)が「与える」文化勲章は拒否するが、ヨーロッパの天皇(国王)が「与える」ノーベル賞はいただくという自称「戦後民主主義者」のひどい矛盾-- 本多勝一著『大江健三郎の人生』(毎日新聞社刊)49ページより

しかし僕はこう思うのですよ。天皇には戦争責任があるのに責任を取っていない、そういう人から賞を貰うのは嫌だ、ということではないかと。1931年(昭和6年)生まれの大江さんは、戦争の被害をなんらかの形で受けたでしょうから、そう考えるのは理にかなったことではないでしょうか。一方、スウェーデンの国王にはなんの恨みもないでしょうから、賞を受けるのになんの抵抗もないでしょう。それにノーベル賞は賞金の額が大きい。いや、これは大江さん自身が冗談めかして言っていたことですが。 ただ、ノーベル賞も拒否するスゴイ奴も過去にはいたんですよ。サルトルという文学者・哲学者です。世界は広いですね。

1998/10/10, チノイトッテンイク
どうもはじめまして。高三です。実は大江さんの本は読んだことはありません、お恥ずかしいことに。このページを読んでみると「ボクも今度読んでみようかな」という気持ちになりました。 ところで大江さんといえば「文化勲章」・・・だっけ?天皇からもらうやつだったと思いますが、それの受賞を辞退されましたよね。有名な話です。ボクでも知ってます。それは何故でしょう?何となくかっこいいですね。
1998/10/10, kiko J.
いとうくにおさま、みなさま、こんにちは。はじめてこれを書いています。 わたしは、「大江健三郎」が好きで、ずっと身近に読んできました。だから、(インターネットを始めたのはつい最近ですが)このホームページを見つけて、とても楽しみに読んでいます。年齢は重ねたのに、いつまでたっても学生気分の抜けない??わたしですが、どうぞよろしくお願いします。 さて、「おねむりパーシー」さんがたずねていらっしゃる大江氏と光さんが出演された「題名のない音楽会」を、わたしは、偶然見ていたので、記憶をたどって、この第1回目のメールを書いてみることにしました。 ・・・こんな内容の番組でした。 はじめに、大江氏がひとりでオーケストラの並ぶステージに登場されました。司会のタケダテツヤ氏とのトークで、番組は進みます。 まず、ノーベル賞受賞の時のエピソードから、です。 かつて、大江さんが、大学進学で東京に出られるとき、お母様は、とても心配されたのだそうです。折から、湯川秀樹氏が、日本ではじめてノーベル物理学賞を受賞されたので、大江氏は、お母様に「ぼくは、東京に行ってノーベル賞をもらうつもりです」と言って、期待をもって安心させようとされた。それから長い時間が過ぎて、故郷で今回のご自分の受賞の報告をされたとき、お母様は、大江氏に向かって、こう言われたそうです。「それはおめでとうございました。ところで、ノーベル物理学賞は、いつ取られますか?」(会場、爆笑) 次のエピソードは、東京でのこと。 武満徹さんと知り合われて、お宅を訪ねられたときのこと。大江氏は、「さすがに、東京の芸術家たちは違うな。こんなふうに四角いテーブルを囲んで、お互い顔を見合わせながら議論をするのだな」と感心されたそうです。けれども、それは、麻雀をするところだった・・というのです。そして、その時、武満さんは大江さんにこう言われたそうです。「君は、学者志望だそうだが、作家の方がいいよ」。これを、大江さんは、<武満さんの予言>と言っておられました。 そんなエピソードが話され、そうして、まず、一曲目。武満氏の曲(題名を忘れました?!)が演奏されました。 次に、ステージに、光さんが登場され三人のトークになりました。 伊丹氏を偲んで作った曲『アイ・ティー・エー・エム・アイ』が演奏されました。これは、伊丹氏の死の直後、氏に関しての週刊誌の報道などが、母を悲しませるので、それを気遣った光さんが、伊丹氏に捧げるこのレクイエムの曲名を、アルファベットの綴りをそのまま読む婉曲な言いまわしの曲名にしたのだそうす。・・そんな内容のこの曲の紹介の時、大江さんは、最後の「アイ」を「エー」と間違って言われたので、光さんは、すかさず、「そうじゃないの。エーじゃなく、アイなの。」と、断固とした口調で訂正されていました。大江氏は、例の恥ずかしさをおし隠そうとするような照れた表情をされて口ごもっておられ、それがなんだか、いろいろなエッセイの感じ、あるいは、エッセイの文体のままだな、と、わたしは、大江さん父子をとても身近に感じました。 最後に、大江氏の好きな曲として、バッハの『ヨハネ受難曲』61番が選ばれて、演奏されました。(もしかしたら、『マタイ受難曲』の方かな。記憶が曖昧です) ともあれ、その歌詞は、おおよそこういうものでした。「頬を伝う涙が、どうしようもないのなら、わたしは、わたしのこの心臓をさし出そう」。大江さんは、そのような歌詞で歌われるこの曲が、とても好きだ、と言われていました。「わたしは、わたしのこの心臓をさし出そう・・・文学も、このように、生々しく書かれなければならないと思っています。」とおっしゃって、番組は終わり、それが、とても印象的でした。 きっと、今書かれつつある新たな小説も、大江さんのこれまでの作品と同様、読むうちに、存在の深いところを鷲掴みにされ、強く揺すぶられるような、あの生々しい力をもって書かれているのだろう、と思います。わたしは、いつも、大江さんの作品の持つその上質で圧倒的で強靱な迫力が、文学の正統的な力、のような気がしています。 長くなりました。すみません。大江さんらしさが伝わってくるよい番組でした。その感じがうまく言えていればよいのですが・・。
1998/10/4, おねむりパーシー
前の日曜だったか、大江親子が「音楽会」というテレビに出ていたようですが、見た方、概要を教えてください。
1998/9/20, ITTEN
ふー。ローマ字より英語の方が大分読みやすいということがわかった。関係ないけど、石川啄木『ローマ字日記』は大変読みにくい。ところで、大江氏は普段言ってるコトと書いてるエッセイと、小説とがメチャクチヤだと感じませんか。『恢復する家族』とか『緩やかな絆』のほのぼのエッセイを読んだ後に、小説(特に初期、中期の)を読んだらどういう気持ちになるのでしょう。イヒヒ。
1998/9/20, Yoko Mori
This is the 1st time to send an e mail message.I can't send by hiragana and kanji. So please read romaji. Sorry for this. aru koenkaide oe san no tsugino kotoba wo kiite kandoo shitanode sono kotobano keisaisareteiru choshowo sagashiteimasuga mattaku wakarimasen. zehi dareka oshiete kudasaimasennka? Sono kotoba towa: otagai mutsumajiku ikite orokanahouga ii rippasugirukotowa nagatsuzuki shinaito kanpekiwo mezasanaihouga ii kannpekinannte fushizenndato dokokadekizuiteiruhouga ii tadashiikotowo iutokiniwa sukoshi hikaemenisuruhougaii tadashii kotowa aitewo kizutsukeyasuito kizuiteiruhouga ii ...... korerano kotobani hidoku kokorowo utaremashita Please send information about this writing by Oe Kenzaburo to me. Waiting for someone's reply. Thank you !
1998/9/17, おねむりパーシー
はなびさん わたしゃ、あの描写に衝撃を受け、ハムスターに「キュウリ」と命名しました。
なかなか、ああいうのは長生きせず、9代目まで買いましたが、現在は休止状態。
☆たけしの事は気づきませんでした。気をつけて見てみます。
1998/9/16, ITTEN
キウリじゃなくてネギなところも超カルト。 突然ですが飛び入りさんの一言。「どうもー、ITTENの友人(?)TAKIAでぃす。どうもどうも。いや、私大江に関しては「え?大江千里?」位の知識しか持ち合わせておりませんが、スタートレック好きな方いましたら宜しく。(なんてな。)以上。」と、いうわけで世間の大江健三郎認識率は低いのでした。今日はここまで!
1998/9/11, はなび
「政治少年死す」をお読みになった方は、『みずから我が涙をぬぐいたまう日』もお読みになるといいと思います。(こっちの方が手に入りやすいけど。)この本に影響を受けて、ビートたけしが『あのひと』という小説を書いたというのをご存じでしょうか。たけし氏は大江健三郎を愛読しているみたいで、時々カルトなギャグをとばしてます。曰く「お前、ネギをケツの穴につっこんで…って『万延元年のフットボール』じゃないっつーの」とか。私実はたけし氏から影響を受けて大江健三郎を読むようになりました。そういう人いるかな? いたら握手。
1998/9/7, T.O
「自殺しよう、おれは汚らしい大群衆を最後に裏切ってやる、おれは天皇陛下の永遠の大樹木の柔らかい水色の新芽の一枚だ、死は怖くない、生を強制されることのほうが苦難だ、おれは自殺しよう、あと十分間、真の右翼の魂を威厳をもってもちこたえれば、それでおれは永遠に選ばれた右翼の子として完成されるのだ。おれはいかなる強大な威力、いかなる激甚な恐怖にも、その十分間のあと揺らぐことがない、おれの右翼の城、おれの右翼の社、それは永遠に崩れることがない、おれは純粋天皇の、天皇陛下の胎内の広大な宇宙のような暗黒の海を、胎水の海を無意識でゼロで、いまだ生まれざる者として漂っているのだから、ああ、おれの眼が黄金と薔薇色と古代紫の光でみたされる、千万ルクスの光だ、天皇よ、天皇よ!」                            政治少年死す より 人生においての究極は信じることではないか。我々は潜在的に利害関係などの理性規範を超えた、本能的に、また感性に身を任せ行動したい。それはあたかも性的なものに通ずるかもしれない。ナポレオン、ナチス・ドイツのヒトラー、帝国時代の天皇と民衆達は彼らに性的なものを感じていたのだろう。というより民衆は彼らに恋していたのだろう。現北朝鮮もそうだが。ああ、現代日本に恋心を抱かせるような政治的指導者は現れるのだろうか。
1998/9/3, いとうくにお
うすいさん、書き込みありがとうございます。そういえば「人生の親戚」や、たしか「懐かしい年への手紙」にも、映画制作がからんだエピソードが出てきますね。
1998/9/3, うすい
はじめてかきます。映画の話が続いているようですね。大江さん自身も映画にたいする願望みたいいなものがあるようですね。「最後の小説」でもG・グラスとか国際的な作家の小説を映画化する話がでてきますね。シナリオみたいなものも書いています。でも大江さんは「ことば」の人で映像とか、身体表現とに向かっていくようではありませんね。その志向があるなら既に自身が映画の製作に携わっていたと思います。 安部公房は映画のみならず、舞台とかパフォーマンスとかも積極的に活動していました。くしくも「洪水はわが魂におよび」のナレーター的存在の人物に、「わたしはコトバの専門家だ」を語らせていとうり、大江さんは「ことば」の人だと思います。
1998/9/3, いとうくにお
大島渚が「飼育」を、ですか。見てみたいけど、ビデオなんか出てないんでしょうね。映像化は不可能といわれていた作品が映画化されたという例は過去に何度もありますから、今後も大江作品が映画化される可能性はないわけではないですね。僕は森田よしみつ監督なんかが「個人的な体験」を撮れば面白いんじゃないかと思うのですがねえ。『それから』も撮っている人ですし。 「日常生活の冒険」の主役である斉木は伊丹十三がモデルといわれてますが、映画化するなら息子にやらせたいところです(確か俳優でしたよね)。
1998/9/3, ITTEN
なんと、あの大島渚が『飼育』を!たしか1959年くらいに。あとは、なんだっけ、若いのに忘れっぽい。とにかく、初期作品です。これもどこかで読んだのですが、大江さんは監督と話をしているうちに腹をたてて、『静かな生活』以外は映画化されたものをみてないそうです。伊丹さんが、『雨の木〜』とか『同時代ゲーム』を映画化したかったって言ってましたね。「制作費が二十億くらいあって、映画の長さが五、六時間になってもいいのだったら」と。それでわたしは、将来頑張って大金持ちになって、伊丹プロダクションのまえに、五十億円放置して、「ご自由にお使いください」と書いた紙を貼って放置しよう!と決意しました。しかし、大変残念なことに、シクシク(以下省略)。連続テレビ小説とかで、『燃えあがる緑の木』とか!(鼻血ブー)しかしそんな無謀な番組、東大に入ってNHK官僚になっても無理だろう。あーッ、日本中のお茶の間に、大江健三郎をお届けしたーい!
1998/9/2, いとうくにお
ITTENさん、どうも。刃物のヤイバは確かに「研ぐ」のですが、その他の部分をぴかぴかに「磨く」ということもあるでしょう? ところで大江作品の映像化ですが、『静かな生活』のときのパンフかなにかで、これまで大江作品が3度映画化されているというような話を読んだように思うのですが、それについてはどなたかご存じないでしょうか。「芽むしり仔撃ち」とか「個人的な体験」あたりならわりと映像化しやすいような気もするのですがねえ。火見子との濃厚な濡れ場なんかは鼻血モノかも。火見子役は誰がいいだろう。
1998/9/2, ITTEN
つづきです。あるパーティで、ある白人女性に「あなたの小説は辞書でなく生理学事典をみて書いているのか」と尋ねられた。大江氏は、なにかギャグを言わねば!と指名に燃えたかはともかく、こう答えたそうです。「しかも万年筆ではなく、生殖器を用いて書いている」と。白人女性は笑うより呆れてしまったのだそうな。イカレて寒いギャグ。さて、くにおさん。磨いていたのは、銀のスプーンです。研磨剤と布を用いてピカピカに磨き上げるのです。刃物は、磨くのではなく「研ぐ」のではないでしょうか。それはともかく、大江氏の小説がテレビドラマになったらいいのになぁ。ゴールデンタイムのお茶の間に、大江健三郎。「失楽園」より鼻血がでて、「新世紀エヴァンゲリオン」よりマニアック。大江氏は、オペラの台本も書いていますね。「ヒロシマのオルフェ」、これがノーベル賞の後に再演されたそうなんですが、観た方はいらっしゃるでしょうか。オペラで大江健三郎、おお、恐ろしい。作曲は確か、芥川也寸志。(漢字怪しい)戯曲なども、是非観てみたいものですね。たとえば、「動物倉庫」とかを、サーカス一団でやるの!じゃ。お元気で。
1998/9/1, ITTEN
大変お久しぶり。夏期休暇につき、書き込み休業でした。「Swith」の文学版、「LITARARY Swich」という雑誌が出版されたことがあるんです。私の持っているのは創刊第二号ですが、読者の投稿欄に、「採用の方には大江健三郎写真集プレゼント(撮影操上和美)」だかと書いてあり、鼻血が噴き出してしまいました。そう、それで、イカレたギャグの詳細。「われらの時代」を書いたころに、起きた事件だそうです。つづきは明日。元気でね!
1998/8/30, いとうくにお
薫園さん、はじめまして。「9年ぐらい前に出版された「Switch」に大江健三郎特集」というのはしらなんだ。古本屋で探してみます。おねむりパーシーさんも「ライト&ライフ」のご紹介と、薫園さんへの当サイトのご紹介、ありがとうございます。
1998/8/30, 薫園(くんえん)
管理人さん、初めまして。薫園です、よろしくどうぞ<(_ _)> 太宰治のHP(Rrさんが管理人の奴)の所で知り合いになりました「おねむりパーシー」さんの紹介で(大江健三郎ファン倶楽部って言うHPが有るで〜って!)やって参りました。 私事で恐縮では有りますが、簡単に自分と大江健三郎の事について・・・ それは、高校生時代に読みました「ムツゴロウの結婚記」「ムツゴロウの放浪記」に大江健三郎が登場して参りました(もちろん、畑正憲氏です)。 詳細を語ると長くなるので止めときます(^_^;)。 それ以来、大江健三郎の小説にのめり込みました。殆ど読んだと思います(「政治少年死す」以外は・・・)。 大江健三郎から、漱石へ、安部公房へ、そして、津島佑子さんにと渡り歩きました。特に津島佑子さんは僕にとって一番大事な作家かも・・・ 因みにナディン・ゴーディマ(南アフリカの女性作家)が来日した際に大江氏とナディン・ゴーディマ女史の対談が読売新聞に載ってその時に「津島佑子」さんの名前がお二人の口から出て参りました。 あぁ、津島佑子さん、好き、好き(爆)←2回お会いした事有り。サイン本持ってます。(自慢) あっ、扶桑社から9年ぐらい前に出版された「Switch」に大江健三郎特集が載っております(写真集って感じ〜!)。それのプレゼントで何とサイン本が・・・当選しました。嬉しかったなぁ〜(*^_^*) 何か長々とくだらない自慢話に終始してすみません。反省しております。 >おねむりパーシーさんに このHPの紹介どうも有り難う! 因みにね、僕の記憶では大江と井伏鱒二と言えば、「ヒロシマノート」と「黒い 雨」が関係があったような・・・気が・・・ 井伏鱒二が「黒い雨」を書くときに「ヒロシマノート」を参考にしたとか聞いた ような・・・ 違ってたらごめんね。その時に記念に井伏鱒二が大江氏に「どう も有り難う」ってサイン本を進呈したらしいです(大江氏が宝物にしてるって言ってましたよ、テレビで)。ガセねたでしたら、すいません。 又来ますね、管理人さん。
1998/8/29, おねむりパーシー
「失楽園」テレビ版は顔に似合わず見てました。でも、大江さんの作品ってテレビや映画にし難いものが多くありません?(セ○ンティーン、あったら怖すぎる) ここで、最新情報を一つ。 四国電力の広報誌「ライト&ライフ」の特集”蝉しぐれ 内子有情”に『私という小説家の作り方』の一説が引用され、祖霊信仰の話で締めくくられていました。「大瀬の町並み」の写真付きです。ちなみに、私の田舎は「燃え上がる緑の木」の3巻で出てくる『佐田岬メロディーライン』の途中にある”瀬戸町”です。(私は、生まれも育ちも大阪ですが) 本にも出てくる、伊方の原発のところには資料館と物産店があり、上記の本ももらえます。うにやちりめんなど海産物が土産になりますよ。
1998/8/3, いとうくにお
はなびさん、こんにちは。印税収入の面では渡辺"失楽園"淳一氏のほうが圧倒的に上ということが大江さんの批判精神を大いに刺激するのかも・・・。
1998/8/3, はなび
大江さんの講演を2回聴きに行ったことがあるのですが、2回とも(たまたまかもしれませんが)渡辺淳一氏のことを「堕落した作家が堕落したことを書いている」と批判してらしたのです。(「失楽園」が出る前です。)作家のランクみたいなものがあるとしたら、どー考えても、大江さんの方が圧倒的に上だし、何もあんなにムキになることはないのに…、と思ったのですが。不思議です。「堕落した」とまでは言わないまでも、「谷崎潤一郎」「川端康成」「三島由紀夫」は大江さんの文章、話の中では批判的に取り上げられることが多いように思います。そういえば、渡辺淳一氏もその系譜上にいなくもない、と思いますが。うーん。
1998/7/21, おねむりパーシー
ITTENさん いとうさん 電話破壊の話、詳しく書いていただきありがとうございます。居眠りしてしまい、少し見れなかったもんで。ところで、井伏氏と大江氏ってどういう関係? ミチオさん ゆかり夫人は強し!のひとことですわ〜(^・) 私だったら、たとえ、小説であっても絶えられるかどうか??? その作家も、唖然としてたでしょうね。
1998/7/17, ミチオ
「ブリキの太鼓」手に入りました。でも文章も難しく,歴史も良く分からないので挫けそうです。よかったら誰かご教授お願いします。 大江ギャグは相変わらず,いかして(いかれて?)ますね。私の記憶にある話では(大変あやふや),あるパーティーで,ある女流作家にあなたの性描写はどうやって書いているのか?と聴かれて「私はペンをペニスで握って書く。」と答えたそうです。ウ〜ン,デカイ。
1998/7/16, ITTEN
なぜ文字化けしていたかというと、ハートマークを沢山使ったからに違いない。いや、大江さんがですね、卒業するか終了式の時だかに、優等生の表彰みたいなのがあって、自分も呼ばれるだろうって思っていた。しかしところがそういうことはなかった。それで大江氏は君のせいだ!と伊丹氏に文句をつけた(恐喝!?)。すると伊丹氏はふたつのお詫びの品を用意する。井伏鱒二の厄除け詩集サイン入初版本と、ゆかりさん。(ここでハートマーク乱用)伊丹氏、どちらか選べとのたまふ。大江氏、「ゆかりさんをください」(更にハートマーク乱用以下ハートだらけ)って、言ったらしいですよ。うふふ。まぁ、そういったことをハート混じりに長々と書いていたのです。さてここで良子さんにバトンタッチ。 良子;こんにちは。大江さんは野間文芸賞だったかの、受賞の知らせの電話をうけたあと、「ぱんぱかぱーん!ぱ、ぱ、ぱ、ぱんぱかぱーん!!」と叫びながら廊下を走り回ったらしいです。情熱的ですね。大江さんも、まあまあ、すぐに噂になってしまうから、悪いことはできないというものですねえ。おちゃめさん! 光子;はじめまして、光子です。良子さんとITTENさんのお友達ですが、大江氏については、、、でも、まあよろしく。いまはですねえ、時間待ちです。だから、ITTENさんは磨いてます。何をって?いろいろ磨いてるんですよ。私も、以前磨きました。もちろん、良子さんも。 ホームページオーナーより:ITTENさん、どうも。若者のみなさんは、バタフライナイフでも磨いてるんでしょうか?
1998/7/15, ITTEN
わはははは!電話を壊して「平和賞貰う訳じゃないから」って、本当に素晴しいギャグだなぁ!机から飛び降りて壊した、とは知らなかった。大江さんが、机の上に乗って「でやーっ!」とか言って床に置いてあると推測される電話機を足で踏んづけて破壊したのかしらん。はっ!大江ギャグコンテストをしたくなってきた!大江さんって、自分のギャグでわらってまよね。素敵。講演会に行ったとき、大江氏のギャグ飛ばし率と聴衆の反応率を観察しましたが、講演が一時間以上で、且つ文学的な話をしていると、大江氏が「うふふふふ」とかいいながら独りギャグを言っても聴衆の反応が大変鈍い。新潮カセット講演テープというのをご存じでしょうか。あれを、イヤホンを用いて独り密かに聞いていると、たとえ文学的に、真面目な話だとしても口の端が持ち上がってしまいます。うふふふふ。ブフーッ!と噴き出してしまうこともしばしば。これでは周りの人が怪しみますね。大江さんは本当に話上手ですね。「おまえとは付き合わないかわりに、妹と付き合ってやると言いました」これも初耳!ある講演テープによると、彼は確か次の様なことを述べていましたよ。なんか、卒業 ホームページオーナーより:なぜか「卒業」以降が文字化けしていました。できれば続きをお送りいただけないでしょうか。
1998/7/15, いとうくにお
ITTENさん、「フレンドパーク」ではなく、正しくは「スタジオパーク」でした。で、そのビデオを大江ファンの知人から送ってもらい、昨夜見ました。大江ジョークが爆発してましたよ。曰く「伊丹と付き合っていては受験勉強ができないから、彼と絶交した。そして彼に、おまえとは付き合わないかわりに、妹と付き合ってやると言いいました」、曰く「ノーベル賞受賞のお祝いの電話がひっきりなしにかかってくるから私は怒りまして、33のときから使っている古い電話機の上に机から飛び下りて壊しました。家内は、そんな破壊的なことをしていいの?といいましたが、私はこう応えました、平和賞をもらうわけじゃないから・・・」(おねむりパーシーさんも書いてましたね)、曰く「こぶ平さんに祝電をもらったので、ノーベル賞もらってドーモスイマセン(注:こぶ平の父親である林家三平の定番ギャグ)という返事を書きました。ほかの人にもそれを見せたかったので、外国人向けの講演会で、頭に手をやりドーモスイマセンとやりましたが誰も笑いませんでした」などなど。もちろん真面目な話もしてましたが。 若い頃の写真もいくつか紹介されてましたが、いまと全然違うのでそれにもちょっと驚きました。
1998/7/14, ITTEN
おねむりパーシーさんへ*「日本の私からの手紙」(岩波新書)の書き出しが確か「初心のファクス」でしたねぇ。うーむ。 三浦さんへ*私も貧乏で且つ忙しくて大変です。しかもパチンコ、麻雀では更に貧乏になるタイプの人間です。 yuriさんへ*大江氏がメキシコを題材に書いた小説は、ミチオさんの挙げたものの他に、「身がわり山羊の反撃」(確か)が、岩波現代選書の「現代伝奇集」に収められていますよう。 それにしても見たかったなぁ。フレンドパーク!
1998/7/9, おねむりパーシー
いとうさん。どういたしまして! なんか、久しぶりに私のバイブル「燃え上がる緑の木」を読みました。久しぶりに読むと、気づかなかったものが見えるもの。第一部で、「ファックスは農場と工場の事務のために実に有効である事が、すぐ明らかとなった・・・。」って、よっぽど、ファックス好きみたいですね。(*_*)
1998/7/9, 二十歳の学生:三浦
長い間、このページに来ていませんでした。経済難を解消するためのパチンコ・麻雀に明け暮れていたからです。それはそうと、私の掲示にお答えして下さったITTENさん、ありがとうございました。
1998/7/9, いとうくにお
おねむりパーシーさん、情報ありがとうございます。ニュースコーナーのほうに「大江父子、NHKの昼のバラエティ番組に出演」を追加しておきました。
1998/7/9, Sachiko-N(おねむりパーシー)
昨日の昼、大江父子がNHKのフレンドパークに出ていた。(大江さんも人間丸くなったものだ。)
最初は、30年来使っていた電話を破壊していた話。ノーベル平和賞じゃないから、、、。って。それで、fax付き電話に変えたのか〜。
あと、受賞のとき、林家こぶ平からも祝電をもらったようで、息子はこぶ平に似ているという話まで出る。(確かにそうだけど・・・あんたって言う感じだった。)
後半の、ミニコンサートでは、[ITAMI]という曲まで出てくる。
従来の番組より、ひかりさんに話を聞き出そうとされていたのはよかった。(少し、緊張されていたよう。父も、以前よりはでしゃばって(?)いなかった。出来るだけ、待っているよう。TV出演にも慣れてきたせいかな。)
1998/7/8, ミチオ
情報を下さった皆様,本当にありがとうございます。早速,本屋に注文してみます。 ところでyuriさんの探している小説は「人生の親戚」ではないでしょうか。ちょっと調べたところ,語り手は小説家Kですが,主人公的な人物としてまり恵さんが登場し,彼女が後半メキシコに行きます。だいぶ前に読んだので記憶があいまいですが,まり恵さんが人間的に大変美しく描かれたいい小説だと思います。それ以外にも,私の知る限りで一部ですがメキシコを舞台にしたもので,「雨の木を聴く女たち」や「同時代ゲーム」があります。
1998/7/7, yuri
探しています。大江健三郎さんの小説で、後半に主人公がメキシコに行ってしまうものがあったと思うのですが、その題名を忘れてしまったのです。どなたかご存知の方、教えて下さい。あと、インタヴューやエッセイでメキシコに触れたものがありましたら、発表された雑誌・書籍なども教えていただければ幸いです。 どうかよろしくお願いいたします。
1998/7/6, Sachiko−N
はじめまして。しばらく、大江さんとは離れていましたが、このページも盛り上がっているようで嬉しいです。 私自身、知的障害児(今は大人の方ですが)と関わる仕事をしていることもあり、大江さんも息子さんが知的障害を抱えていると知り、なんとなく手にとって見るとはまってしまいました。 大江さん以外に、古典(源氏や平家)、三島氏や太宰氏の作品なども読んだことがあります。まだまだですが、守備範囲は広くありたいです。 P.S 掲示板の管理がきっちりしており、本名で語る人も多いのは感心しました。顔が見えない分、マナーはきっちり守りたいですね。
1998/7/6, いとうくにお
ITTENさん、大江作品人気投票は面白そうですね。でもウェブ上でどうやってやるかが問題だなあ。ポップアップメニューで選択すれば自動的に集計されて棒グラフになる、というような仕様でいければいいんでしょうけど、asahi-netの場合は使えるCGIが限定されているし、そもそもそういうスクリプトを書く能力が僕にはありませんのでねえ。掲示板上での皆さんの投稿に書かれている作品名を人力で集計していくしかないかな。ちなみに僕が好きなのは、『個人的な体験』は別格として、『万延元年のフットボール』『懐かしい年への手紙』かな(こってりネトネト系?)。小説としてすごく面白かった。キ印がかった登場人物が出てきたりするのが好きなんですよね。
 
1998/7/6, ITTEN
「静かな生活」家族連れで来ている人がいましたけど、見たあと親は子供にどうやってフォローしたのかな、などと考えるとこれまた滑稽で良い映画でした。それにしてもR指定とかにならなくて大変よかったです。 話は変わりますが、大江作品人気投票!とかやりませんか?わたしはミチオさんとおなじく、初期作品では「芽むしり〜」、後では「雨の木〜」が好きです。だいたいみんな好きですけど。「空の怪物アグイー」、「性的人間」(と来れば勿論「セヴンティーン」も)、「万延元年〜」、「われらの狂気を〜」、「洪水は〜」などなど「芽むしり〜」〜「雨の木〜」あたりの、こってりネトネト系(!?)を特に好んで読んでいます。しかし近作「キルプの軍団」男子高校生語り、「静かな生活」女子大生語り、「燃えあがる〜」オトコオンナ語り、面白いけど、とってもこわ〜い!怖いと思いませんか?執筆風景を想像すると、う〜んやっぱりこわ〜い!*続く*
1998/7/4, いとうくにお
映画『ブリキの太鼓』ですが、Taquereauさんのおっしゃるとおりビデオが出ています。二月ほど前にビデオを見ましたが、個人的には期待したほどの魅力は感じませんでした。評価のわかれる作品かもしれませんね。僕には『静かな生活』のほうがよかった。どちらの映画も子供といっしょには見られないという点では共通しているのですが。(笑)
1998/7/4, Taquereau
ギュンター・グラスの「ブリキの太鼓」は集英社文庫から全3巻で出ています。映画はオスカー・シュレンドルフが監督しました。ビデオにもなっているのではないでしょうか。
1998/7/4, 西村有史
以前本多勝一氏が、大江健三郎氏を批判したとき、大江氏から来た私信を勝手に公開したことがあったと聞きました。事実関係をご存じの方お教えくださいませんか。
1998/7/3, ミチオ
私の大江作品のお気にいりは「雨の木を聴く女たち」と「芽むしり仔撃ち」です。特に「芽むしり〜」は,中学校時代に表現出来なかった思いが見事に描かれている様で,すっきりします. ところで,大江氏が時々話に出されるドイツの作家のギュンター グラスの「ブリキの太鼓」と言う小説を探しているのですが,どなたかご存知出ないでしょうか。(出来れば文庫本で。)教えて下さい。あと映画化もされているようですので,その情報もお願いします。
1998/7/2, SIMZ
NHKで確か二夜にわたり放送されたノーベル賞受賞記念講演の番組って、ビデオ化されているのでしょうか?”響き合う父子”は出ていますよね。 私は、夜酔っ払っているとき(ビールを2リットルも飲んで!)偶然ついていたTVでこの講演を聞いて「まともな事を言うやつだ、ウーイ」と感心し、ファンになった人間。(恥ずかしながら、それまでは大江健三郎なんか名前も知らなかった)手に入るほとんどのものは読みました。それでそのキッカケとなった番組をまた見てみたいのです。ビデオに取った方がいられたら、ぜひダビングをお願いします。お礼はもちろん致します。オネガイ。
1998/6/29, ITTEN
手段1.図書館に行く、2.こころやさしい人にファックスしてもらう、ないしは郵送してもらう。3.インターネット古本屋をあたる。大江氏は、ウルトラマンが地球に降り立って、戦闘をする度に第東京が破壊され、台東区の民家だとかが踏んづけられて、それでも次の週にはまた元どおりになってる!なぁんてことを指摘していたり、真実滑稽で微笑ましい文章ですよ!
1998/6/27, 鈴木和幸
皆様、数々の情報ありがとうござました。ITTENさんから「寛容な気持ちで読んで−−−。」との事ですが,別に大江氏の意見にどうのこうのというのではなく、ウルトラマン放送時の見識者の御意見を知りたかったのです。Tanquereauさんも、ウルトラマン製作時の事情をよく知っておられるので大変嬉しく思いました。  現在絶版との事ですが、私の方には皆様がお話しされましたような古本店がありません。私としてはその文章だけが読みたいのですが、どの様にすれば手に入るでしょうか。恐縮ですが、○○にあった!という様な情報で結構ですから、もし見つけた場合には宜しくお願いいたします。
1998/6/26, ITTEN
*予告通り「同時代ゲーム」のおはなし。ちょっとだけよーん。「第一の手紙」→歯が痛い!それにしても大江氏の歯痛の描写はよいですなぁ。完了。 *状況へ、の恐怖。私の今使っているMacは学校のPower Macintosh 8100/80なんですけど、Taqiereauさんも化けるとは。
1998/6/25, Taquereau
私の書き込み、見事に文字化けしていますが、次のITTENさんと同じ本の名前を書いたのでした。
1998/6/25, ITTEN
Macの調子がすこぶる悪いので、手短にお知らせ致します。 鈴木さん、「破壊者ウルトラマン」は1974年岩波書店刊行の、、、、、 うーん、何故か分からないんですけど、書名を打つとMacが止まるんですよ。本当。別に意地悪している訳では決して、ナイのです。状、況、ヘ、です。ほっ。再起動せずに済んだ。  分かりますか?状況へ、です。(これを、括弧で括ると止まるのかしら) 私の持っているのは第四版で、500円で買いましたが、300円で売っているのを見ました。初版をお求めならどうか分かりませんが、札幌では比較的入手しやすいです。さぁ、古本屋さんにレッツらゴン!(新種のコギャル言葉とかではナイ。@赤塚ギャグ) 幸運をお祈り致します。じゃ、次回は同時代ゲームの話!
1998/6/25, Taquereau
私の頼りない記憶からすると、「破壊者ウルトラマン」は、岩波書店から出ていた⊂・靴悄廚箸いι章製犬房・瓩蕕譴討い燭隼廚い泙后く ウルトラマンが怪獣を退治するのは地球のためといいながらも、市街地を破壊していること、そして近代的な姿のウルトラマンが、原始的な姿の怪獣を倒すという構図は、高度経済成長のもと、自然を破壊して都市開発を押し進める日本の傲慢さを肯定しているのと同じだと批判していたように記憶しています。 もっとも、ウルトラマンの作り手たちも、怪獣を倒すことの意味を何度も問い直しながら製作を続けていたわけですが。 「破壊者ウルトラマン」は、かなり前に一度読んだきりで、本も手元にないものですから、勘違いしているかもしれませんけど。
1998/6/25, いとうくにお
ITTENさん、良子さん、投稿ありがとう。友だちの女学生と連れ立って講演/コンサートに行く、そんな一日が学生時代の自分にもあったのならよかったのになあと、不毛だった当時の生活をふと思い出してしまいました。 同時代ゲームは確かに難解、というか最初の部分が退屈というのが定評のようですね。僕もここ数カ月、中断したままになっています。しかし100ページあたりまでを乗り切ればあとはどんどん読めるという話も聞きますので、がんばってみようと思っています。
1998/6/24, ITTEN
という事で、若い人も、大江健三郎を読んでいますんで、大江さん、元気出して小説書いてくださいね。 じゃ、くにおさんもおげんきでまたあした。
1998/6/24, 良子
私はITTENさんの友達です。十代女学生です。昨日は二人で健三郎氏と光氏の講演/コンサートに行ってきました。4年前のサントリーホールでの光氏のコンサートと、同じギャグを言ってましたよ。 「聴衆を、前に....後ろにもいたしまして....(笑)」って! それにしてもフルートの小泉氏はドラマチックに「卒業」の詩も朗読して、「静かな生活」を見た人は、あまりの展開に泣きそうになりました。(泣かせます)
1998/6/24, ITTEN
くにおさんへ***私が初めてここを訪れたときは1000件位のアクセス数でしたが、ちょっと見ない間に10000件を超えて、いやぁ、本当に世の中は広いですね、これからも頑張ってくださいね。 鈴木さんへ*****「破壊者ウルトラマン」の文書がどこにあるのか、パッと思いつかないんですけど、調べておきます。「カバにもわかる大江健三郎」(洋泉社.1995年刊)をご覧になられたかどうか、分かりませんが、切通理作がそこに文章を寄せています。 それで、大江擁護者として申し述べたいのですが、若い頃の大江氏は、沢山の失敗を犯して、それを自分でも悔やんだりしてるようなので、どんなことが書いてあっても、寛容な気持ちになって読んであげてください。そういった書物は、大概絶版になっておりますので、どうぞ優しい気持ちで。 「破壊者ウルトラマン」掲載の書物は、絶版になっていることだけは確かです。福岡県の古本屋さんが充実していれば、そしてこまめに本棚を見て、時間を忍耐すれば、必ず手に入ると思うので(しかも安く)安心してくださいね。 三浦さんへ*****三大難解小説が、「同時代ゲーム」「ピンチランナー調書」「みずから我が涙をぬぐいたまう日」、と思ってるのですが、趣味の問題だと思うんで、読まないでほっといたらいつか、楽しく読める日がきっと、来ます。私は、森.父と奥さんの素晴しい愛の大喧嘩が好きですよ。 じゃ、これから授業が始まるんで、又お昼に来ます。元気でね!
1998/6/22, 鈴木和幸
「破壊者ウルトラマン」について  私は福島県須賀川市に住み、須賀川青年会議所に属しております鈴木和幸と申します。  私の住む須賀川市は、特撮の神様・故円谷英二氏の出身地であり、郷土の偉人である円谷氏を讃えようと、現在円谷英二記念館の設立を計画しております。  そこで様々な資料を集めるとともに、円谷英二氏についても研究していますが、昭和41年頃、折からのウルトラマン・ブームの際,大江健三郎氏は「破壊者ウルトラマン」という文章を発表されています。  この文章を手に入れたいと考えているのですが、どこにあるのかわかりません。どなたかこの文章が出ている単行本等を御存じないでしょうか?  宜しくお願いいたします。
1998/6/21, T.O.
「日常生活の冒険」での波乱に満ちた斎木犀吉の「ぼく」あての最後の手紙でオーデンの詩を引用していますが、実は一行省略しています。 "Look if you like, but you will have to leap." 意図的に省略しているというか、それは斎木犀吉の生き方を通じて我々読者一人一人が独自の最後の一行を見出し、それを自分の人生での一つの糧にすると訴えていると僕は考えます。そのように一読者である僕に思わせてくれる事が純文学の醍醐味なのでしょう。 しかし、斎木犀吉のモデルが二歳年上の高校の先輩である伊丹十三氏ということは昨年末の事件を考えると非常に複雑な気持ちになります。
1998/6/20, Marie
はじめまして。 大学4年生で、やはり卒論制作中です。 私は大江光さんの音楽、そして彼に関する大江さんの考え方、に興味をもっています。先日も光さんのコンサートと講演会に行ってきました。音楽もすごくよかったし、講演もおもしろかったです。私は「癒し」をテーマに卒論を書こうとしているのですが、大江さんの「癒し」の考え方について何か思うところのある人は、是非、きかせてください。
1998/6/16, べにいろ
T.O.さん、5月29日に大変ご丁寧な解答を頂きまして、ありがとうございます。返事が遅くなって、申し訳ございません。是非、大宅文庫で調べてみたいと思います。また、「日常生活の冒険」からの引用も、僕は大変気に入っています。 それと、いとうくにおさん、長い間ご無沙汰しておりました。また、大江氏の作品を読んでいきますので、よろしくお願い致します。
1998/6/12, さかもと
こんにちは、はじめまして。僕は26歳の大江ファンです。 ちょっと前の話題ですが、『治療塔惑星』を手に入れたうれしさのあまり、書き込みにきてしまいました。まだ読み始めてもいません。 仕事帰りにふと立ち寄った西武池袋線江古田駅前の古本屋で見つけてしまったのです。しかも第一刷です。品薄(品切れ?)なのに800円でした! 棚の半分はマンガで埋まっているような、どこにでもある町の古本屋です。近くに大学があるためか、文学書関係は充実しているのですが、まさか...... kasayaさんも町の古本屋さんなんかに、まめに足を運んでみてはいかがでしょうか? 意外と安く手にはいるかもしれませんよ。 さぁ、読もう!
1998/6/9, yasnakam
akaosugiさん 大江さんの文体は、僕も好きです。一般的な日本の作家の文章が民芸品のようなものとすると、大江さんの文章は、単語の部品としての性能、特性などを吟味し、合理的に組み立てられた機械という印象です。はじめて読んだときは読みにくかったのですが、読み慣れてくると、他の作家の文章が曖昧で読みにくいものに感じられてきました。
1998/6/9, 二十歳の学生
3日に掲示を出した、三浦です。頻繁に掲示板を見ている人は少ないのでしょうか。少しでもコメントして下さったakaosugiさん、ありがとうございました。引き続き、「ピンチランナー調書」の指導をお待ちしています。造詣の深い方は、ぜひお願いします。
1998/6/4, akaosugi
文体について、もう少し。 (1) 僕は大江さんの文体は好きです。あの文章を読まされるのが快感です。大江さんの小説の内容より文体のファンかもしれない。翻訳調風といっても、実は微妙なニュアンスを正確に伝えるために練り上げられている文章だと思います。その意味で大江さんは努力の人でしょうか。じゃあ天才はというと、高橋源一郎とか(笑)じっさい、仕事で営業向けの資料とか書くときは、大江調にならないようにするのがたいへんです ^^; (2) 「M/T」と近い時期の'85頃に筒井康隆「イリヤ・ムロウメツ」が出てますね。このへん、なにかしら共振めいたものがあったんでしょうかね。(ピンチランナーは読んでないデス)
1998/6/3, 三浦龍彦
私は二十歳の学生です。新潮文庫から出版されている大江健三郎著の小説をすべて読みましたが、どうも「ピンチランナー調書」が理解できません。造けいの深い方、どうかご指導ください。
1998/6/2, akaosugi
 yasnakamさん、ありがとうございます。見てみたらちゃんと書いてありましたね(私も読んでたハズ)。  でもイマイチ納得いかーん ^^; この文体で書くとこういう内容が伝わるとか、対象読者が、とかいう説明がもう少しあってもよさそうな気がするのですが、でもそれを言ったら身も蓋も、、、ということなのかしら。  「同時代ゲーム」も細かいところは忘れてますが、こっちの方がみっしり書いてあってよかった気がします。  昔々で大江といえば「個人的な体験」じゃないのかしら > レイコさん、、、ちゃんと調べればホントのところはわかると思いますが、僕が読み始める頃はそういう印象でした。  そういや長女が生まれそうな時分、よくこの小説を思い出しました。アフリカへ行きたいぃ〜
1998/6/2, 28歳のおにいさん
東京に行ったときに上野から歩いて本郷の東大へ行きました。 安田講堂って意外と低いですね。もっと大きいかと思いました。 赤門を出たときに東大生にまちがわれたりして、10年前東大を落ちたんですが、 もうごちそうさまという感じ。でも最近の東大生は東大生であることを 隠したがるんですってね。面白いですね。 あまり関係ない話題でした。どうもすいません。
1998/5/29, T.O.
1998/5/7,べにいろさんへの返答 確かに現代の日本においてノーベル賞作家の作品が封印されたままというのは嘆かわしく思います。が、1960年10月12日社会党委員長浅沼稲次郎氏が日本愛国党員の山口二矢(17)に刺殺された事件を題材にし、それが当時の世相に受け入れにくかったためだとおもいますが・・・ とにかく現状で読める方法は「大宅壮一文庫」(世田谷区八幡山3−10−20)で検索するしかないでしょう。まず500円払います。閉架式なので、昭和36年2月号の文学界と記述して検索してもらいましょう。5分後に貴方の目の前に、幻の「政治少年死す(セブンティーン第2部・完)があらわれます。なお、複写1枚170円で20枚分必要になります。
ここまでの労力を費やしても読みたいと思えば、貴方はもう自他ともに認める大江ファンですね。最後に「日常生活の冒険」で斉木犀吉がオーデンの詩を引用でお別れいたしましょう。 <少しでもべにいろさんのお役に立てれば光栄です、では> 危険の感覚は失せてはならない。 道はたしかに短い、また険しい。 ここから見るとだらだら坂みたいだが。
1998/5/27, レイコ
私は大学4年生です。ただいま、卒業論文にとりかかっております。 研究は、1968年を中心に起きた、大学紛争の時代の学生の文化について、調べようと思っております。 調べたところによると、この時代の学生は、大江健三郎を熱心に読んでいたといいます。どの本がはやっていたのか、ご存知の方がいらっしゃいましたら、教えてください。お願いいたします。
1998/5/25, yasnakam
akaosugi さん。 『同時代ゲーム』に続いて『M/T・・・』を書かれた意図ということですが、確か『M/T・・・』のあとがきかどこかに、大江さん自身が書いておられます。結局文体に関することだったように記憶しています。 両方読んでみて、僕としては『同時代』のほうがはるかに刺激的で、良かったです。内容としても、メキシコでのエピソードや、語り手の家族に纏わる因縁めいた物語など、『M/T』では割愛されている部分にも魅力を感じていますので。
1998/5/25, yasnakam
kasayaさん 新潮社の「大江健三郎全小説」に『治療塔』『治療塔惑星』が一冊になった巻があったと思います。『燃え上がる・・・』では結局書かれなかった治療塔シリーズの第三作の構想が紹介されていて、非常に興味深く思いました。私もこの二冊、ぜひ読んでみたいと思っています。
1998/5/21, 28歳のおにいさん
いやーびっくりしました。雛形あきこが20歳で結婚しました。 大江さんも結構結婚は早かったように記憶していますが。 私はどちらかというと生身の人間としての大江健三郎さんに興味があります。 私も彼女が欲しいですけど、いつになるやら見当もつきません。 ナンパしようかやめよか考え中。(某英会話学校のCMをもじったりして)
1998/5/21, メークー
大江さんの信仰を持たない立場から書かれた小説にとても興味があります.
「燃え上がる緑の木」は、福音書と比べて読んでみるとその性格が際立ってくるように思います。
1998/5/17, 28歳のおにいさん
えー、新潮文庫の100冊というCDROMがありまして、もちろん大江さんの作品も入っていますが、これが結構面白かったということを報告します。 CDROMを売っているお店に行けばあると思います。定価が確か13000円ぐらいですけど、1冊当たりに直せば130円で、俳優の朗読もはいっていて、大江さんの作品ではないんですが、ほかの作家の作品の朗読ですけど、上手な朗読で、高校の国語の時間に戻ったような気がしました。 もうすぐボーナスが入る時期ですので、1個お買い求めになったらどうでしょう。 あとあまり関係ないですけど、ボキャブラ天国(火曜夜8時、フジテレビ)とタモリ倶楽部(関東地区では金曜深夜0時ごろ、テレビ朝日)はおもしろいです。まあ本ばかり読んでないで、ワールドカップ見るとかして、パーッとたまには発散しましょう。はい、息すってー、吐いてー。
1998/5/16, さっぴい
はじめまして。 「雨の木を聴く女たち」好きな作品なんですがここにきて「いい作品」と思う方がいらして、なんとなく「ほっ」としたような気分です。何かと批判もされている大江文学ですが、こちらのwebmasterの「大江氏は同時代に生きる、同じ地面に立つ一人の人間」とのレスに、うなづいてます。 なんで雨の木・・・が好きなのか。それは文体の音楽性だと思います。 「ビラヴド」というアメリカ人作家の作品にも同じリズムのサウンドがあったように思います。(翻訳でよんでそれはないやろ、とも思いますが(汗)) 英語を流ちょうに解せないので残念ですが、英語圏の方の評論はどうなんでしょう?
1998/5/14, 佐佐木嘉則
「大江健三郎非難の大混乱」 西村有史さんとおっしゃる福岡在住のお医者様が、ご自分のホームページで本多勝一さんの大江健三郎批判を批判しておられます。西村さんのホームページは http://www.coara.or.jp/~pwaaidgp/index.html 「大江健三郎非難の大混乱」は http://www.coara.or.jp/~pwaaidgp/kinyoubi2.html に載っています。大江ファン(の全部または一部)にとっては、溜飲が下がる内容かも?
1998/5/14, いとうくにお
まさかakaosugiさんが投稿してくるとは思いませんでしたよ。どうもありがとうございます。えっと、質問のほうは僕にはわかりません。すまん!
1998/5/14, akaosugi
FAQなのかもしれないけど、「同時代ゲーム」に続いて(?)「M/Tと森とフシギの物語」を書いた意図ってのはなんなんでしょう。どこかにそういうことが書かれてるでしょうか。読み比べたわけでもないので、文体を変えてそれでどうしたのかなあと素人考えには思うのですけど。  ところでこのシリーズってなんとなくマルケスっぽいと感じるのは僕だけでしょうか。大江さんは早くからラテンアメリカ文学を評価していた人だけに、なおさらそう思うのかもしれませんが。あるいは同時発生的に生まれたのかな。(実は「百年の孤独」しか読んでないケド)  ↓あ、「芽むしり仔うち」って僕も好きな作品の一つです。
1998/5/9, はおず
私は21歳の女の人です。最近初めて大江健三郎の本を読みました。古本屋で偶然みつけたのです。本のタイトルは、「芽むしり仔うち」というものです。難しい難しいと聞いていた大江さんですが、読むととても気持ちがよくなりました。どこがどういいなどという、細かいことは言えないんですけど、言葉の一つ一つがとてもいこごちよくある感じです。難しいものはきっとたくさんあるのでしょうけれどとても魅力を感じました。
1998/5/8, いとうくにお
kasayaさん、『治療塔惑星』は残念ながらまだ読んでいません。こういうサイトをやっていながら、読了した大江作品は数えるほどでして・・・。
1998/5/8, kasaya
いとうくにおさま、 治療塔惑星の件、ありがとうございました。岩波のページまでガイド下さって。確かに品切れのようですね。あきらめて知り合いを頼って探してみようと思います。 ところでいとうさんは治療塔惑星はお読みになっているのでしょうか? 燃え上がる緑の木の中に出てくるこの本の記述はそのままなのでしょうか? あれはほんとの治療塔及び治療塔惑星内の文章なのでしょうか? なかなか手には入りそうもないのでこれだけでもとりあえず知りたいなと思ってます。 それとべにいろさんへ、 私はあのレインツリーの記述を読んだときには「空を覆い尽くして雨をため込むほどの葉が茂る木と言ったら日立の木しかおもいつかないなあ。わたしって発想がひんこんかなあ」と思っておりました。(笑)でもそれで良かったのですね(笑) 私としては安心してしまいました。 それでは。
1998/5/8, べにいろ
私のしょうもないメッセージを掲載していただきまして、誠にありがとうございます。皆さん、真剣なことを書かれているので、送信した後、気恥ずかしくなってしまいました。でもまた、よろしくお願いします!! 今日はこれだけです。 せっせと大江氏の作品を読まなくては。^−^
1998/5/7, べにいろ
やっと仕事が終わったので、これからゆっくりとメッセージを書こうと思います。 大江氏の『「雨の木」を聴く女』の中のレインツリーは、日立のコマーシャル・ソングで「このー木、何の木、気になる木」に出てくる大きな樹木のことだそうですね。最近、その事実を知ったのですが、大江氏の描くレインツリーのイメージと、テレビの樹木とは、なんだか同一のものだと思えなくて・・・。皆さん、どうお考えですか。それと、大江氏が大阪に来る予定があれば、教えて下さい。この、いとうくにおさんが作られた掲示板は、大江氏も見ているのでしょうか。彼は、ワープロでさえも使わないようですから、あまり期待はできませんね。 また、投稿シマス。ありがとうございました。^−^
1998/5/7, いとうくにお
べにいろさん、投稿ありがとうございます。「政治少年死す」は文学界1961年2月号かその前後の号の掲載されているから、大きめの図書館などでバックナンバーを探せば読むことができるだろうという情報をある方からいただいています。それとべにいろさんのもう1つの投稿が、途中から文字化けしてしまって判読できませんでした。よろしければ、もう一度投稿していただけないでしょうか。
1998/5/7, べにいろ
大江健三郎の作品と、人物をこよなく愛する24歳の者です。大江氏の、「政治少年死す」をどうしても読みたいのですが、この日本で、どうやって読むことができるのでしょうか・・・・。イタリアでの事件は、すでに知っていますが、やはり、我々普通の読者には、到底、手に入らないものなのかしらゥァくどうぞ、その件についてお詳しい方、教えてください。待っております。
1998/5/3, いとうくにお
kasayaさん、『治療塔惑星』ですが、岩波から出ています。ただ、岩波のページによると「品切れ」とのこと。
1998/5/3, 豊田英文
大江光さんの新しいCDが制作中だと聞きました。オーケストラの作品だそうですけど、どなたか詳しいかた教えて下さい。今、自分の電子メールがソフトの調子が悪く、開くことが出来ません。この場で教えて下さいませんか。よろしくお願いします。
1998/4/30, kasaya
ただ何となく大江さんの本を読み続けている一読者です。
皆様に教えていただきたい事が有るのですが、氏の出版物は全て新潮文庫及び講談社から出版されているのでしょうか?本屋に並んでいる文庫を無作為に買って読んでいたのですが、それだけでは手に入らないものが多すぎます。品揃えの多い本屋ばかりでは無いので・・・。本屋に注文しようにも、出版社が分からないものが多くて困ってます。特にある人から勧められた「治療塔惑星」はその存在さえ希薄で、調べても調べても出版社が分かりません。「治療塔惑星」の出版元及び、こうすればこの本が手にはいるよと言ったことをどなたか教えて下さいませ。よろしくお願いします。
1998/4/26, Taquereau
4月21日の佐佐木さんの文章は驚きです。本多勝一氏も人のことをとやかく言えないなと思いました。回答するといいながら回答しないというのは、本多氏の論法で言えば、「そんな奴の書いたものなど読むに値しない」ということになるのでしょうし。もちろん、情報がない中で、誤った憶測をするのはよくあることですし、それ自体が悪いとは思いませんが、でも、文章を書き換えて、何の断りも無しでは、本多氏の著作を読み、衝撃を受け、読みつづけている読者に対して失礼ではないでしょうか。私は大江健三郎の愛読者として、本多氏からの批判に対しては、ちょっと論点が違うような気がしてましたが、本多氏が誠実な執筆活動を続けている人だと思っていたので、そういう批判もありかなと思っていました。本多氏からの批判によって大江健三郎の作品が読むに値しなくなるわけではないですが、本多氏の回答拒否は、自分が言ってきたことを自分で否定したみたいなものではないでしょうか。 25日の28歳のおにいさん。うらやましいですね。フランス語でなんて書いてあったのですか?名前もフランス語表記なら、Oeのeにはトレマがついてるのでしょうね。それはもう家宝ですよ。
1998/4/25, 28歳のおにいさん
私の手元に、10年前の平成元年に福岡の西南学院大学での大江さんの講演の簡単なパンフレットがありまして、大江さんの直筆サインがフランス語で記してあります。この時はノーベル賞受賞より数年前でした。当時九大生だった私は図々しくも大江さんに握手もしてもらいました。最近ふと考えたのですが、これをテレビ東京の「なんでも鑑定団」で鑑定してもらったらいくらの値がつくのだろうと不謹慎なことをつい考えてしまいました。無論これを売るつもりは毛頭ありませんが、骨董品マニアの私としてはちょっと気になりました。このパンフレットはこれからも大江さんの分厚い手のぬくもりとともに一生大事にしていきたいと思います。
1998/4/21, 佐佐木嘉則
「カンボジア大虐殺」はデッチアゲだった?! この投稿欄でしばしば話題となっている本多勝一さん(『週刊・金曜日』発行人)について、情報提供します。その根底において、本多さんの「大江健三郎批判」に関連する問題かとも思われますので、ご検討いただければ幸いです。  本多勝一さんといえば、朝日新聞記者時代の1978年にベトナムがカンボジアを公然と非難しクメール・ルージュの残虐ぶりを宣伝しはじめるや、いちはやく現地に飛びカンボジア大虐殺の現地実証取材をしたことでも有名です。その後、虐殺の事実を否定した親中国・親カンボジア派の「左」の人達(昔の仲間?)をあちこちで辛辣に批判しています。  ところが、それに先立ちまだカンボジアがおおむねベトナムの「友好国」であると思われていた1975年秋の雑誌『潮』(10月号)では、本多さんは「カンボジア革命の一側面」と題する記事においてクメール・ルージュ中枢を擁護する次のような論陣を張っていました。 (A)(外国人ジャーナリストや技術者がクメール・ルージュ支配地区で処刑されたことに関し) 「クメール・ルージュの指導者がそのような指導をしたとは思われない。末端まで指導が徹底していなかったのであろう。」(278ページ) (B)「例によってアメリカが宣伝した『共産主義者による大虐殺』などは全くウソだったが(それを受けて宣伝した日本の反動評論家や反動ジャーナリストの姿はもっとこっけいだったが)、しかし末端にはやはり誤りもあったようだ。」(278ページ) (C)「カンボジアはいずれ必ず、門戸を開くであろう。もちろんそれは、民族自決の上での、かれらの方式による、かれらのための開放であろう。それはもはや外国人がでかい顔をして歩くことのできないときであろう。当然である。」(285ページ)  また、クメール・ルージュ政権の副首相、キュー・サムファンに触れた部分では「キュー・サムファンはパリで教育を受けたインテリだが、一時シアヌーク内閣に入閣していたころも、きわだって質素な生活をしていたという。他の閣僚たちが夜はネオンのちまたに行くのを日課としていたころ、彼はおそくまで仕事をして、母のいる家に帰るだけだったと。」(285ページ) と、これまた苦心のもちあげ記事です。  ご参考までに、1975年夏までにはすでに、カンボジアから命からがらタイ国境側に逃れ出た難民の証言にもとづきクメール・ルージュの異常な残虐性が世界に広く報じられていました。クメール・ルージュが (1)同年4月の「解放」と同時に旧政府下の軍務・公務関係者およびその妻子家族を組織的に大量殺戮したこと、 (2)酷暑の炎天下、首都プノンペン在住の老若男女を銃剣のもとに地方に追いたてる過程で、多数の罪なき人々が行き倒れ命を落としたこと(なお本多さんによれば、それらプノンペンの住民は「外国人の下働きをつとめるにすぎない存在」たる「下僕」および「売春婦やポン引きのような賎業」といった「国辱的カンボジア人」であり、「プノンペンの市民の総入れ替え」という革命政権の「思いきった政策」は「近代文明の悪を見抜いたインテリ(=副首相キュー・サムファンのこと)の哲学を実践しているのかもしれない」)、 (3)入院中の傷病者までを容赦なく追い立てたこと (4)移住先の各地で人々に過酷な長時間重労働を課したこと(本多さんによればこれも「『ドレイ労働』ではないのだろう」)、 (5)逃亡しようとした者を見つけ次第子供でも殺したこと、 なども雑誌『タイム』(8月4日号)などが詳しく記事にしていたところです。因みに、旧軍関係者とその家族が大量処刑されたという情報は、早くも1975年春の『ニューヨークタイムズ』(5月7日号)や『ニューズウイーク』(5月12日号)が伝えていました。これら西側言論機関(「反動ジャーナリスト」)による報道がおおむね事実に即するものであったことは、後年の本多さん自身の現地取材によっても確認されています。クメール・ルージュによるこれらの残虐行為が、「末端」の「誤り」や「いきすぎ」などとかばえるレベルのものでなかったことも明白です。  なお、上記の「カンボジア革命の一側面」と題する記事は、翌1976年春ほぼそのままの形で『貧困なる精神・第4集』(すずさわ書店刊 3月20日発行)に収録されました。その後この書籍はさして問題となることもないまま第7刷(1984年7月20日発行)まで増刷を重ねています。  ところが同書の第8刷または第9刷(1990年3月10日発行)に至って、上記のようなクメール・ルージュに肩入れする文言が随所に削除され、あるいは比較的あたりさわりのない表現に書き改め(すりかえ?)られています。また標題も「プノンペン陥落の一側面」と改められています。上記の3つの引用に対応する改稿箇所だけを下に引くと、 (A)「クメール・ルージュの指導者がそのような指導(=外国人ジャーナリスト・技術者の処刑)をしたのか、あるいは末端まで指導が徹底していなかったのかはまだ分からない。」(63ページ) (B)「アメリカが宣伝した『共産主義者による大虐殺』によって全市民がただちに虐殺されたとも思われぬが、すべては鎖国状態の中にあっては事実そのものが全くわからず、噂や一方的宣伝ばかりでは軽々に論じられない。」(63ページ) (C)「これらの結果がどうなるか予断はできないが、鎖国をいつまでも続けられるものではないことは確かであろう。」(77ページ)  以上からも、クメール・ルージュに対する支持のトーンを薄める方向で系統的に手が加えられていることは一見してあきらかです。しかも書き換えたことを明記する断わり書きは第9刷中にまったくないため、事情を知らない読者は、記事文中で「いま」(執筆日)とされている1975年の8月19日に本多さんがこの記事全文(改稿箇所も含め)を書いたものであると信じさせられるという仕掛けになっています。さらに、この「書き換え」が行われた時期(1980年代なかば以降)には既にカンボジア大虐殺の大筋はほぼ明らかになっており、本多さんは事件の全容を知った上でそれに沿うように過去の誤った推測を人知れず書き改めていたことになります。(ご参考までに、ポル・ポト派による大虐殺を明確に事実と認定した本多勝一さんの著書『検証・カンボジア大虐殺』が朝日文庫に収録されたのは、『貧困なる精神・第4集』第9刷発行に先だつ1989年(11月20日発行)です。)  1995年に至ってようやくこの間の事情が明るみに出てニュースグループ上で問題になりました。(実はこの議論ももともと「大江健三郎が本多勝一の批判に対してまともに答えなかったのはケシカラン」という意見の投稿から始まったものでした。)特に、当初『潮』の記事の内容そのものについては「当時の錯綜混乱した状況を考えれば、いささかクメール・ルージュに甘いところがあるのはやむをえない」とどちらかと言えば本多さんに同情的であった人なども含め、著書の「無断書き換え」はあるまじき行為だいう点で意見が一致しました。  その結果、議論に加わった有志のうちお一人(この方はご本人も「本多氏の著作には共感をおぼえる点が多い」と公言しておられる通り、いわゆる「右」の人物ではありません)が代表となって、『潮』の記事の内容およびその後の書き換えの意図について本多勝一さん御自身から直接真意をうかがってみようということになりました。「欠席裁判」となってはフェアでないので、釈明すべき点があればご本人から存分に釈明していただこうということでもありました。1995年12月に『週刊・金曜日』編集長(当時)本多勝一様宛の質問状が送付され、追って本多さんご当人から 「ご質問にはすべてお答えいたします。」 と確約するご返事がいただけましたので一同安堵し、それ以来ずっとご返事を心待ちにしておりました。その間、ニュースグループおよびメールグループ上でそれまで続いていた議論は一時休止ということになりました。しかしその後ながらく本多さんから回答がいただけなかったため、 1996年6月、 1997年3月 の2度にわたって「まだ回答のご意志がおありですか」という趣旨の問い合わせのメールが本多さん宛に送られましたが、その都度 「編集業務多忙のため当分の間、回答できません」 という趣旨の返信がかえってくるばかりで、肝心の質問状に対する回答はいただけずじまいでした。本多さんが『週刊・金曜日』の編集長職(「殺人的な忙しさ」なのだそうです)を離れられた後も、あいかわらず回答はありませんでした。なおこの間1996年の夏には本多さんの御依頼におこたえし、質問者側から本多さん宛に『潮』記事のコピーや「書き換え」前後のテキスト異同対照表などの資料をお届けするなど、回答がしやすいようにご協力もいたしております。  結局、最初の質問状送付以来あしかけ4年、まる2年半後の去る1998年3月に至り(奇しくも3月13日発行『週刊・金曜日』210号に本多勝一さんの「日本は『ウソつき破廉恥文化』なのか」という記事が掲載された時期と重なります)、社会通念に照らして残念ながらこれ以上待っても回答は期待できないという結論に達して、ニューズグループ上に終結宣言が投稿されました。それと前後して本多勝一さん宛にも同様の通知がなされましたが、その後もこの件に関して本多さんご当人からの連絡はないようです。  以上、今後の議論を進める上で何らかのご参考になれば幸いです。(他のウエブサイトやメール・リストと重複投稿になるかもしれませんが、悪しからず。) 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 ~~~~~~~~~~~~~~~~ _SASAKI_, Yoshinori (佐佐木嘉則) A card-carrying member of Amnesty International since 1986 http://www.organic.com/Non.profits/Amnesty/index.html
1998/4/6, yasnakam
数年前に読みかけたままほうっておいた「ピンチランナー調書」をあらためて読み直し、二度目の大江熱にとりつかれています。 後期の長編を中心に何冊か読みましたが、中でも特に印象深かったのが「同時代ゲーム」でした。 下手な感想は作品を損ねるばかりなので控えますが、一般にいわれているほど難解とは思いませんでした。 同じモチーフの「M/Tと森のフシギの物語」を先に読んでいたからかもしれませんが。 僕は大江さんの理不尽で暴発的(?)なところが好きなので、最近の作品「静かな生活」「燃え上がる緑の木」などは、その点多少物足りないようにも思います。 ちなみに短編では「空の怪物アグイー」「もうひとり和泉式部が生まれた日」などが好きです。 いまちょっと別の作家のものを読んでいますが、次は「人生の親戚」を読もうと思っています。
1998/3/17, 川田公三郎
大江健三郎をドラマで演じるなら柄本明とかいいと思うんですが。 文庫になった「燃えあがる緑の木」の花田記者は本多勝一を戯画化していて、本多勝一嫌いの僕としては溜飲の下がる思いでした。ここしばらく大江健三郎の本を集中的に二十冊近く読んできたのですが、「セブンティーン」はひどいですね。僕は赤尾敏のファンなので尚更そう感じるのかも知れませんが、右翼の人間の衝動を描くのでは三島の方が断然優れていると感じる次第です。
1998/3/14, 28歳のおにいさん
 今日モグモグゴンボ(日本テレビ土曜6時30分〜7時)で林家こぶ平さんを見ていてひらめいたことですが、大江健三郎物語をテレビドラマにするなら主演はこぶ平さんでどうでしょう。テレビ関係者の方、よろしく。大江さんも三平師匠がお好きなようで、講演録にもこぶ平さんの名前が出てきましたので。下らない投稿で、「どうもすいません。」
1998/3/8, 青木宏之
 「個人的な体験」は、僕の人生に大きな変革を与えてくれた。ありがとう。そして、さようなら。
1998/2/24, 山の こぐ
 大江光さんの CDの件 アメリカでの タイトルなど分かりましたので お知らせします。 music of - Vol.1 by H.Oe Denon Release 1/18/95 music of - Vol.2 by H.Oe Denon 3/21/95 の 2点です。値段は $14.99でした。ご参考まで。 これから オーダーしてきます。楽しみです。xx 山の こぐ ホームページオーナーより:山の こぐさん、情報ありがとうございます。6月7日に東京オペラシテイコンサートホ−ルにて大江健三郎氏の講演+光氏の音楽会が都内で催されるようですね。
1998/2/15, 山の こぐ
去年かその前の年 恢復する家族が ヒーリング・ファミリーというタイトル で アメリカで出版されて バーンズ&ノーブルに買いに行きました。 店員が オーエなら ここだよ と教えてくれて その棚には 5、6冊 コピーがおいてありました。なんだか 嬉しくなったのを覚えています。 昨日 ゆるやかな絆を 読み終えて久しぶりな 感じになりました。ただ 静かな生活ほど 余韻は残らなかったけど。NHKのも 弟がテープして 送ってくれたのを見ているので 家中をさがせばどこかにあるはずなので 猛然と見たい気分になってしまいました。 長くなってしまいましたが わたしは 大江光さんの CDが 買いたくて タワーレコードに行きましたが 見つからなかったのです。 弦楽をやっているミシガンUのOUEさんという方のCDはあったので オオエが OUEとなっているのか OEでいいのか 彼の名前からですら オーダー出来ないのです。ですから 英語のタイトルもしくは 書籍で いうISBNナンバーのようなもの お分かりになるかた いらっしゃら ないかしら?よろしく お願いします。それとも 書籍の検索に使うような CDなどの検索URLがあれば お教えください。 今は 随分むかしの 世界の若者たち という インタヴュウ形式のを 読んでいます。30年くらいも前かしら? 今度日本へ行ったら 静かな生活のヴィデオを さがしてみようと 思いまする。xx
1998/2/11, あおき
 大江健三郎氏の事で、以下の件、知っている方がおられたらお教え下さいませ。  朝日新聞掲載らしい:手がかり不足。  内容:誰かが子供に、「殺人は何故いけないのか?」と質問したことに対して、大江氏が怒り、愚問だと言ったとか。質問者のコメントも後に掲載されたとの事です。  どういう経緯で、どういう内容だったか、手短にお教え下さいませんでしょうか?  厚かましいお願いですが宜しくお願い致します。 あおき hoihoi77@i-cf.com
1998/2/9, ゆぅ
はじめまして。『文學のためにできること。』というWEBサイトを運営しております、ゆぅと申します。 今日は「大江健三郎」を検索していてこちらを発見し、初めてうかがわせていただきました。 大江氏の仕事の質・量に合った、充実したサイトと感じました。 正直言いますと、大学の講義で大江氏の文学論を中心に学んだもののやはりちょっと取っつきにくい感じがあり、なかなか本に手が伸びなかったのですが、こちらのサイトも参考に今後作品も読んでみようと思っております。 今後も運営のほう頑張って下さい。 最後になりましたが、拙ページとリンクさせていただきました。またご確認下さい。 私のページは新聞に掲載された文学情報の掲載をメインにしておりますので、こちらの「ニュース」のページの参考にでもして頂けたら幸いです。 URLは http://ha1.seikyou.or.jp/home/atelier-U/ です。 それでは、またうかがわせていただきます。
1998/2/3, ???
 本多勝一という人は、かってベトナム戦争の時、戦場からルポを送り続けた勇気ある人と思っていた。あるいは、中越紛争の頃、現地の生々しい状況を、検閲すれすれの写真で報道したジャーナリストであったはず。政治家でも、市民運動家でもない大江の「生き方」を難渋する彼の文章には往年のキレがない。小説家大江の評価は文芸批評の場でこそすべきではないか。そのような批判こそ、ジャーナリストが出版を通して世に問い、印税を収得する真っ当な生き方と思う。あの「批判」から窺えるのは、小説を批評できない本多の無能と、他者を印税のネタにする姑息さしかない。「本多勝一」の昔が懐かしい。
1998/2/2, 斎藤友快
 私が最初に読んだ大江作品は「キルプの軍団」で、今から6年ほど前、大学の3年の頃ですが、その頃の私は大江さんより、むしろ光さんの存在が気になっていて、すでにCDも持っていました。というのは、それまで私は本を読むより、どちらかというと音楽を聴くことに比重をおいていたからです。ベートーベン、ブラームス、マーラー、武満徹が好きでした。本当に好きな作家はドストエフスキーと宮沢賢治ぐらいでした。しかし、同じ時代を生きる日本人の作家で共感できる人をずっと探していました。当時の私は日本的な美が嫌いだったし、いつもベストセラーを出している作家を軽薄だと思っていました。そこで「キルプの軍団」を読んで、この人しかいないと感じました。それから、大江健三郎の小説、エッセイを出版されているものは、すべて読みました。大江健三郎の小説は、とても音楽的だと思います。 今の私の中には、大江健三郎と武満徹、あと旧ソ連の映画監督アンドレイ・タルコフスキーが、巨大な三角形を形成していて、いつも、ものを考えるときの座標軸になっています。武満さんが亡くなられた今、大江さんには、まだまだずっと長生きされて、たくさん小説(小説という形式にはまったくこだわりませんが)を書いてもらわないと困ると思っています。最近、結局自分は人間の魂のこと、何か宗教的なものに興味があるのかなあと思うようになりました。以前、立花隆さんが、すべての仕事を投げうって大江健三郎だけを読んでいたい、と書いていましたが、私も日々その誘惑と戦って生きています。
1998/1/28, shu
 はじめまして。このページはいつも興味深く読ませていただいてます。 僕は10代後半の頃、大江氏の「セヴンティーン」や『個人的な体験』に震撼され、 その他の作品もいくつか読んで、深い感銘を受けました。しかしその後、『洪水は我が魂に及び』あたりからどうも「違うなあ」という感じを持ち、しばらく大江作品から離れた時期がありました。  ところが数年前、自分が30歳近くなってから、ふと思い立って『新しい人よ目ざめよ』を読んで以来、再び大江作品の虜になり、その後の連作短編群を繰り返し読むようになりました。  いまでも、『洪水は……』から『同時代ゲーム』あたりの長編は、どうも着いて いけないものを感じますが、『<雨の木>を聴く女たち』や『いかに木を殺すか』の研ぎ澄まされた豊饒を準備したのなら、大江氏にとっては必然的な作品群だったのだな、と思います。『懐かしい年への手紙』は一種異様な、他の薄っぺらな売れセン小説たちのあいだに屹立する如き大傑作だと思いますし。 本多勝一氏からの批判についてですが、要するに大江氏の「人間性」についての 悪口ですね。それについては、僕は大江氏と直接におつきあいしたわけではありませんから、何も言えません。当たっているとも、違うともわかりない、としか言いようがありません。ただ一つだけ言えば、どんなに有名な作家であれ、政治家でも官僚でもない私人が私企業である出版社とどんな「裏取引」をしようと、何が悪いのか、という気がします。もっとも、そもそも僕は大江氏のオピニオン・リーダーとしての側面での活動は、とるに足らないものだと昔から思っていますが。  しかし本多氏の議論が見過ごせないのは、彼が大江氏の人間性を非難しながら (要するにそれは低俗週刊誌レベルのゴシップにすぎません)、それが作品にも「反映」されているだろう、と適当なことをちょろっと言っていることですね。本多氏の主張は明確ではありませんが、ほぼこういうことだと思われます。作家の人間性がダメ、そしてそれが作品にも「反映」されている、(よって作品もダメ)。実際には最後の()のなかはほのめかされているだけです。ここが、「論理」を言いながら、その実、旧態依然たる左派のムードに寄り掛かっただけの本多氏の言論の「非論理」的なところですね。  作者の人格がその作品にも「反映」するかどうかというのは、どうでもいいこと ですが、「反映」という言葉の普通の使い方に照らして、まあ「反映する」と 言ってもいいでしょう。しかし、それを根拠にして「だから」作品もダメ、などという判断は、直ちには導かれません。そうした「論理」が成立するのは、人格と作品を同じモノサシで評価する(このことが何を意味するのかは曖昧ですが)べきである、という前提がある場合だけですが、そのような前提が正当か否かは別の議論を要することです。そしてそれは、事柄の性質上、「論理的」に決着のつくことではありません。価値判断の問題です。僕は80年代の終わりまでは、本多氏の著作をすべて熟読していましたが、その経験から得た結論は、本多氏の言う「論理」は実はある特定の人間観、政治観の枠組みに当てはまる意見にすぎないということです。  本多氏にとって、そのような部分を共有しない意見は、「非論理」ということになるのですが、いうまでもなく、それは「論理」という言葉を間違って使っているだけです。  本多氏が、大江氏の作品(小説)にはこれこれの批判すべき点がある、そして、それは大江氏の行動のこれこれの点の反映でもある、と論じているのなら、話は少し違いますが、そうではないようですね。 ながながと失礼しました。大江氏は新作をかかれるという話もありますので、楽しみにしています。

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