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2005/11/26, kubokichi4830typer
はじめまして、大江健三郎氏の作品を愛する韓国の日本語学科の友達が今年の5月にソウルの講演会を聞くことができなかったので、日本で12月中旬から2月の間に講演会があったら行きたいと言っております。私がネットで検索しても、講演会の予定を探す事ができず、このサイトにたどり着きました。どなたかご存知の方がいらっしゃいましたら、お教えいただけませんでしょうか。
2005/11/25, いとうくにお
まあまあさん、もう少し周辺の情報(前後の文脈など)がないと、どこで大江さんがそう書いているかを探すのは難しいかもしれませんね。
おおさわさん、大江さんをめぐる思い出のお話、ありがとうございます。丸谷才一氏も大江さんの才能を評価しているんですね。大江さんも、丸谷才一氏の小説家としての力をものすごく高く評価しています。
moeさん、『懐かしい年への手紙』は本当に素晴らしい作品ですね。最近、三島作品が映画化されましたが、こういう大江文学も誰か映画化してくれないかなあ。
2005/11/25, moe
はじめて投稿させて頂きます
大江さんの作品は母親がファンだったのでその影響で、母の書棚から「青年の汚名」を読んだのが始まりでした。親の愛読本の次は書店へと進みましたが書店に常においてある作品は限られていますね。このページを知ってまだまだ沢山あるぞ!と喜んで、大江文学をさらに深めることができました。ありがとうございます。本当に面白いですね 若い人にももっと読んで欲しいとおもいます。鋭い社会的風刺が盛り込まれて凄くリアリティーがあるのに同時に一筋縄ではないファンタジー、ロマンを感じます。大江文学に感動する度に、自分と同世代の友人にあまり読んでいる人がいないので大江さんについて語り合えないのが残念だなぁと度々感じております。本当に最近の本屋はめまぐるしい回転で、雑誌コーナーの戦場は着いてゆけません。もっと大江さんのコーナーを広げて欲しいです。最近一番好きなのは「懐かしい年への手紙」です。この本も「燃え上がる緑の木」を読んだあとに このページで存在を知りました。ありがとうございます。「燃え上がる緑の木」でも初代ギー兄さんの「愛とはまさに逆の・・」のセリフが回想されていましたが、「懐かしい年への手紙」のなかで「愛とはまさに逆の・・」に続く強烈なメッセージが胸を打ち、改めて納得しました。ギー兄さんは本当に怒っていたんだ!!その怒りは個人的であれ、ギー兄さんを超えて作者の、四国の森の、自分達に向けられた深いメッセージのように感じました。けれど物語最後の美しい情景は思い描く度に目がしばしばしてきます。アサさんとオセッちゃんが湖の中、ギー兄さんを引っ張ってゆく水の音が聞こえてくるようです。長々と失礼致しました。
2005/11/21, おおさわ
 大江健三郎がノーベル賞を貰うかどうかについては、予備校の頃の思い出があります。三十数年前です。
 「大江健三郎は天才だ。しかしノーベル賞はどうかな。」と言った先生がおりました。その前後の話は記憶にありません。
 その先生は、『檸檬』の作者、梶井基次郎の同人の方だったと思います。こう言っていたように記憶しています。「才能のある人間から先に逝ってしまう」と。「青空」という同人誌にとても高い値段がついている、とも言っていました。私はその時、文学史では知っていましたが、『檸檬』は読んでいなかったと思います。その先生は誰だったか、いまだに分らないのです。半年位前、その予備校に問い合わせたところ、分らないと言うことでした。

その時から、大江健三郎とノーベル賞は私の頭にインプットされたように思います。受賞の日の新聞は、手に入るだけ集めました。

 高校の教科書にエッセイ『戦後文学をどう受けとめたか』が載っていた事について、担当の教師は、大江健三郎が載ることは、もうないんじゃないか、と言っていた事も記憶に残っています。
 
 丸谷才一が、『洪水はわが魂に及び』の中の一文を評して「天才的な力量を見た。」というのが、セットになって印象に残っています。
2005/11/19, まあまあ
今『静かな生活』に関する英語の書評をよんでいるのですが、その中に、「大江自身が"idiot son narratives"と呼んでいる」とあります。これは、日本語で大江自身はどこでどのように言っているのですか。どなたか教えていただけませんか。
2005/11/8, マグダレナ
ありがとうございます!
そんで、岩波新書ですね。
読み直してみます。
最近、子供の通っている私の母校で、「地味で上品な日本人でありなさい」という創立者の言葉に立ち返ろう、というような流れがあり、この「上品」というのにどうもひっかかるもので、「たしか大江さんの」と思い出したのです。
が、文脈が思い出せなかったものですから(つまり思い出しても意味がないということですね)
でも、大江さんのこの言葉にもひっかかっていたということでもあります。
もう一度考えてみます。
2005/11/7, 丁相a(ジョン サンミン)
「ディーセントな日本人」というのは、確かにノーベル賞受賞記念講演で出ています。
『あいまいな日本の私』、岩波新書、1995、p。12 によると、

その望ましい日本人像について、ジョージ・オーウェルがかれの愛する人間の性格を表すものとした、やはり英語による妥当な言葉をもとめるなら、それは「人間味あふれた(ヒューメイン)」「まともな(セイン)」「きちんとした(カムリー)」とかの単語と並置されるものとしての、「上品な(ディーセント)」日本人ということであるように思われます。表面的にはシンプルなこの言葉と対比される時、「あいまいな(アムビギュアス)日本の私」という自己規定の意味は、さらに明確となるでしょう。(中略)しかし、この品の良い(ディーセント)人間としての日本人というイメージを、〜

のように二ヶ所ぐらい出ていますね。
2005/11/7, マグダレナ
すみません、「ディーセントな日本人」というのが、たしかノーベル賞のときの講演のなかにあったと記憶していて、このことについて、再度読んでみたいと思い、あちこち検索してみたのですが、みつけることができません。
当時の講演の邦訳の新聞記事も、持っていたはずなのに、みつからず…
私の記憶ちがいでしょうか?どなたか教えてください。
2005/10/22, ラッキー
皆さん、こんにちは。私も裁判の件が気になっています。外部に非公開で審理が進んでいるためだと思って自分で納得しているのですが、やはり気になります。もし、何かご存知の方がいらしたらお教えくださると助かります。
2005/10/21, みなみ
海外に住んでいるため、どうしても新しいニュースが耳に入りにくいのですが、8月に起こった訴訟事件はあれからどうなったのでしょう。大江氏の話も分るには分るのですが、彼自身、本当に調査した事実を作品に記述した旨を発言していないのが引っかかります。文章の内容から抜き取っても、或る作家の作品を証明のようにして引用しているだけ。本当の事実が何か彼自身追求していなかったということなのでしょうか。何か新しいお知らせがあれば、ぜひお教えください
2005/10/20, おおさわ
やぎさん、ありがとうございます。『核の大火と「人間」の声』引っ張り出してみました。思い出しました。(『新しい文学のために』は見つからなかったので確認できず。)ノーマン・メーラーの事なんかも書かれてありました。メーラーの全集本も持っています。大江健三郎からいろんな世界文学を教えてもらいました。
2005/10/20, kee-3-a5
話題になっている翻訳ということは大江さんにとっても重要なことなのでしょうね。常にフランス、多くはイギリスの詩などを読むことを義務付けそれを実行してきた、気に入ったところは自分なりに訳すことをした、ということ自体異なった言語を行き来することを必要不可欠なことと考えられているということだと思います。
田村隆一さんとの対談「原初の飛行気乗り」の中で大江さんが翻訳のことに触れています。「詩」についてですが、翻訳する人の美意識を入れてはいけない、凝ってはいけない、もとのイメージを移し変えることだけするべきだ、ということをおっしゃっています。私は十分な語学力がないので、T.S.エリオットの詩を翻訳を脇に置きながら眺めているのですが、このようなことをしてみるとおっしゃっていることの意味が分かるような気がします。
今までは、小説の中で詩などを引用するときには、大江さんのご自分の訳のことが多かったように思うのですが、「さようなら、私の本よ」では、西脇順三郎さんや深瀬基覚さんのお名前も引きながらその訳を引用しているのはやはり何か意味があるのでしょうか。
大江さんの文体自体、日本語としてはかなり特殊ですよね。常に文体は変っていますが、普通に読むとちょっと引っかかるような感じがあるのですが、でもそれが癖になってしまう。「新しい人よ眼ざめよ」のころは、その文末の語感がたまらなく気持ちよかったことを覚えています。最近初期の短編を読み返しているのですが、話自体は人工的な感じがするのですが、イメージの鮮やかさ、それとあまり句読点を打っていない文体があいまって引きずり込まれてしまいます。文体自体翻訳されることを想定されているのでしょうか。「さようなら、私の本よ」はその感じを強く持つのですが。

「さようなら、私の本よ」の感想で言うと、「絶望の類型」という気もします。引用される「ソラリス」の中の何度も再生されるハリーの絶望、感想を述べあう中で出てくるドストエフスキー「復活」の登場人物、特にスタヴローギンの絶望、女性に問われて古義人が自分のしてきたことを一つ一つ否定していくこと、更には小さな暴力装置でさえこちら側を射抜いてしまうことなど。でもこれらが一つ一つ独立した「もの」のような置かれていることが、どうも腑におちません。最後に「徴候」を記述することで、新しい子供たちがこの世界を再定義してくれることを期待しているということも、あまりにも不可能なことを期待していないでしょうか。DNAの一片がうまれおちたときからこの世界を記述しなおせないからこそ、「万延元年のフットボール」の救いがいたい絶望とかすかな救いが成り立ったようにも思うのですが。
2005/10/19, やぎ
余計なお世話かもしれませんが。

フォークナーについては、「村」「町」「館」のスノープス3部作について詳しく言及されています。
例えば「新しい文学のために」(岩波新書)155P以降です。
他に『核の大火と「人間」の声』(岩波書店)159Pから、そのものずばり「作家としてフォークナーを読む」というエッセイがあります。

「八月の光」については、「表現するもの」(新潮社)の27Pから短く言及されています。

今回調べたところでは「生き方の定義」(岩波書店)137Pに、「朝のレース」というマイナーな短編についての言及があります。
ご参考までに。

大江さんはいろいろな作家を紹介されますが、読んでみたい気持ちを駆りたてる紹介者ですね。
2005/10/19, おおさわ
 サクラダシンジさん、おっしゃるとおりです。『八月の光』は大江文学と少しずれていると思います。フォークナーの作品で一番読まれているのでついのってしまいました。
2005/10/19, サクラダシンジ
フォークナーの『八月の光』は暴力に満ちていますよね。
大江文学にも暴力は出てくるけれど、落ち着いて読める小説はやはり平凡な「愛」についてのものではないか。たとえそれらが陳腐に落ちがちだとしても。
外国語を習得できたのはお金と時間がちょうどつりあったからです。早くから創作活動に入られた大江さんや普通の勤め人のひとよりも、その面では恵まれていました。
2005/10/18, おおさわ
  原文で読まれる経験をお持ちの方を羨ましく思います。
 翻訳で読むことを諦めた人間として、結構昔、結論を出しました。
 私はアメリカ人でもロシア人でもドイツ人でもフランス人でもない。日本語以外の言語を容易に理解できない。ましてその国の文化を身につけているわけでもない。でもその作品に共感したり感動したりできるのは何なのだろう。そこで妥協してしまった。多分、翻訳で小説を読む、と言うことの説明は誰かがどこかでやっていることと思います。
 文体についてもあまりこだわっていません。ただ原作の文体で味わいたいと思う作品はあります。ウイリアム・フォークナーの『アブサロム・アブサロム』という作品です。ペイパーバック本をパラパラとめくると隙間のない四角のページが出てきます。これを原文で読みたい、というようなことを思ったことがあります。その文体はそのテーマを表現するためにどうしても必要だったのか知りたい。実はとっくの昔に諦めていますが。
 大江健三郎はフォークナーに影響されたと書いていますが『野生の棕櫚』の言及のみのような気がします。『小説の経験』の中で、「フォークナーは私にとってまだ戦争中に岩波文庫の翻訳でこっそり読んだ『ハックルベリー・フィンの冒険』の著者とともに、生涯でもっとも影響をあたえられたアメリカ文学の作家だといわねばなりません。」と言っています。(大江健三郎はフォークナーを戦後に読んだわけです。)『八月の光』、『響きと怒り』、『サンクチュアリィ』、はどうしたんだろう。『墓地への侵入者』など『トムソーヤの冒険』のような作品で大江好みだと思います。
 フォークナーは文学の中で次々と新しい試みをした最大の作家です。大江健三郎がどうしても重なって見えてきます。
2005/10/16, サクラダシンジ
私は今まで大江文学の熱心な読者ではありませんでした。一種のロシア文学熱、わけてもドストエフスキイ熱にかられていて、日本の優れた文学をまとめて読むという取り組みを怠ってきたのです。しかし、大江作品に触れるうちに、私が原文でロシアの作家たちを読み、生活するということと、大江さんが保っておられる作家としての態度に、共通項のような或るものを見出しつつあります(もちろん凡人である私と大江さんの間にあるステイタスの違いを差し引いたとして)。
大江さんがまだ見ざるものとして読んだ英米文学、そして仏文で学ぶと言うこと。そしてそのような作業に大きな時間を使っているにも関わらず、翻訳の業績をお持ちでないという事実。作品に時折現れる、外国語に関わる職業(ツアー・コンダクター、翻訳家)。また、外国語そのものがツールでないにしても、大江さんのグロテスク・リアリズムの手法はロシア起源であると確信してます。大江さんもまたロシア・フォルマリズムやドストエフスキイについてたびたび言及しておられるようです。
様々な要素から推し量って、大江さんは文学のボーダーレスを図り続けているのではないでしょうか。いわば「日本文学」から「世界文学」へ、そして「文学」へ。『さようなら』読み始めましたが、作品もさることながら、大江さんのこれからの行動に注目していきたいです。
2005/10/16, 弥生
ナボコフ『賜物』(福武文庫版)からの引用

「さようなら、ぼくの本よ。人間の目と同じように、想像力の目もいつかは閉じねばならないのだ。---それでも音楽がすぐに耳から消えることはない。物語もすぐ消え去ることは許されない。---ぼくが作った世界の影はページの地平線のかなたまでつづくのだ。明日の朝霧のように青い、はるかな地平線の......<終り>と書いたからといって、この文も終わらないのだ。」(p250)

『さよなら』の題名の元になったと大江自らが語ったナボコフ作品からの引用です。ロシア語で書かれた最後の長編作品と言われ、これ以降、ナボコフは、英語で小説を書き始めます。『さよなら』読解の参考に。なお、この文庫本はすでに絶版となっており、図書館を探して見つけたものです。
2005/10/15, キマイラ
初めて書き込みします。
昨日大江さんの新作を買い、早速読んでいます。『二百年の子供』や『憂い顔の童子』と遜色ない作品だと思います。
外国語と翻訳の問題が出ているようですが、私自身は中国語を専門にしており、よく中国文学を原書で読むので、そこからいうと、やはり翻訳ではなくて原文に就いた方が良いようです。
大江さんの作品の中国語訳も読んでみたいです。
『同時代ゲーム』あたりからの大江さんの作品は難解だと感じますが、よく読むと深い味わいがありますね。これからも読み続けたいです。
2005/10/13, ななし
初めて送信します。
私も一気に読みたかったので単行本を待って昨日読み終わりました。
読後の感想としては「取替え子」・「憂い顔の童子」と続く長江古義人3部作のなかでは一番良かったと感じました。私としては、前2作品での古義人の行動やそれを支える内面に今ひとつ引き込まれないと感じていましたが、今作の特に終章における古義人の心の在り様には切実なものを感じました。
古義人が「そんなことして何になる!」と怒ったときの心情には、作者自身のこれまでの人生で書いてきた事や語ってきた事に対しての「そんなことをして何になった!」と言う徒労と失望と無力が顕れていると感じました。
そして同時に、古義人が大きな無力感の中で、微かなりとも世界が変わりうる可能性を読み取ろうと「兆候」を書き続ける事は、もはや回復不可能な状況と残り時間の無い中での「それでも尚、」というギリギリ最後に残されものであり、人生を通して書いてきた者・語ってきた者としての意地でもあるのではないかとも思われました。
私としては、古義人の絶望と希望の狭間に踏みとどまり続ける姿(勇敢な者としての華々しさは決して無い、正直、無惨と思える姿)に素直に心打たれました。
2005/10/12, kee-3-a5
「憂い顔の童子」を読んで感想を送ってから久々に参加します。「さようなら、私の本よ」を読みました。一気に読みたかったので、雑誌に連載中は読まないようにしていました。
正直な感想として戸惑っています。「救いがあるのだろうか」ということが一番大きな理由です。「憂い顔の童子」でも今回のような「どうしようなない感じ」を予兆させていました。ただ、私としては大江さんの「救いの暗示」、その微妙な感じに強く感動してきたので、どうしても戸惑ってしまいます。
救いがない、ということで言えば初期の短編や「芽むしり 仔撃ち」の中篇など、大江さんが光さんの存在を中心にすえた作品を出す以前のものと共通しているのかも知れません。でも、その頃の作品には今語らなければならない「切実感」がありました。今回の作品にはこの「切実感」はないように思います。主人公の小説家は、常に「もわ〜」とした空虚さの中にいるように感じられます。作品の中で強く意思を表示するのは一回だけでしょうか。
私の身内に事故で「高次機能障害」になったものがいるのですが(今では必死のリハビリの結果奇跡的に回復してきましたが)、かろうじて生還して暫くの間は「ぼー」としていました。その感じに似ているようにも思います。ただし、回復して言語もかなり取り戻せたときに、「ぼー」としていた頃のことも正確に記憶しており、衝撃を受けましたが。
2005/10/10, サクラダシンジ
弥生さん、
不勉強なので、いろいろと教わるところがあります。
おそらく大江さんはナボコフを英語で読まれていると思われます。私の知る範囲ですが、ナボコフにはロシア語で書かれたものを英訳したもの、反対に英語で書かれたものを露訳した作品があります。ロシア語を用いての著述から、英語を用いたコスモポリタン的な作家活動へ。そこには大きな跳躍があったのでしょう。まさに英語の《文体》を獲得したひととして読まれるべきだと思います。
2005/10/10, 弥生
サクラダシンジさん

僕も大江文学の「文体問題」にはかねてから疑問満載でした。
初期作品に見られた自由な文体が、作品を重ねるごとに難渋となっていく。ゴシックで強調したり、カタカナ文字を多用したり。『同時代ゲーム』などは、もう普通には読めない!しかし、それは翻訳を意識したものではないと思います。ご本人自ら「言葉の迷路にはまった」(『憂い顔の童子』のどこか)と言われているように、新しい表現形式と文学的内容をめざす試みだったと思います。同じ文体を継続するのではなく、常に新しい文学内容を探求しようという挑戦だったのでしょう。まさに、《文体》は《精神》を写す表現の形式だと思います。だからこそ、日本人の心の普遍的な意味合いを世界に表現してく手段、表現形式を大江文学は追究し続けてきたのだと。川端文学とか、三島文学とは全く異なった文体、表現形式を意識して創作する、大江文学の変遷とは、文体の変遷であるとも言えるのではないでしょうか。
ところで、後期の4作品の文体は、読みやすさを意識して書かれているようにも思えます。最近、僕は、昨年4月号の講談社「IN-POCKET」に書かれた「大江健三郎の50年」で紹介されたジョイスとナボコフの短編集を読んでいます。大江をして「小説家として最も豊かに、読む人の心に本当に食い入る小説を書くという言葉の技術でナボコフに勝る人はいない」と言わしめた亡命ロシア人。「本当にすぐれた小説家が自分の世界を完成させる」というジョイス。二人の作品を翻訳本で読んでいても違和感がないのは、文体という表現形式は、「翻訳」という操作を経ても伝えうるものがあるからでしょう。もちろん、それによって、この二人の流浪の作家が経験した、ロシアの風土やダブリンの風俗がそのまま理解できるはずもありません。多分、原文で読んでも無理でしょう。自分とは異なる異文化を一遍の作品、作家を通して理解することなど本来、無理ではないかと。所詮、そこで伝わるのは、「川端文学の描く日本の心」であり、「ジョイスの感じるダブリン」でしかない。《精神》を伝える《文体》にはこのような限界があるとも思うのです。
2005/10/8, いとうくにお
サクラダシンジさん、「日本語や外国語の文章の美しさなどを、そのままの形で体験したい」というお気持ちはよくわかります。僕は外国語はわかりませんが、日本語の文章の文体にとても魅力を感じることはあって、「この味わいが翻訳で出せるのだろうか」と思うことはあります。たとえば(変なたとえですが)、大江作品で、女子大生が性器のことを「セクス」と表現する小説があったと思うのですが、そういう言葉遣いをさせることによって提示される人物の性格付けは、果たしてどのように翻訳可能だろうかと思ったりもします。
『こころ』のことですが、僕も小説の感想を語るのはとても苦手で、作品の本質は?と問われると「うーん」と答えに窮してしまいそうです。文体の問題は必ずあると思うのですが、もう少し質問を答えやすいものにして外国人の読者にぶつけてみるほうがいいかもしれませんね。たとえば「オーエの文体は読みにくいことに日本ではなっているんだけど(僕はそう思わないけどさ)、他の日本文学と比べてあなたの印象はどうだった?」とか、『こころ』の場合なら「『先生』という呼び方がどういう単語に訳されているかわからないけど、その呼び方から二人の人間関係について何か感じることはある?」とか、聞いてみたら面白いかもしれないですよ。
2005/10/8, サクラダシンジ
いとうくにおさん、丁寧に解説していただき、ありがとうございます。おっしゃるとおり、「開かれた文学」という意味では、翻訳することの意味を軽く見たり、極端に批判的になる必要はないのかもしれませんね。むしろプラスになる力が働く側面が大きい。『個人的な体験』を読んでみて最初に思ったのが、これは翻訳されることを前提にした小説だな、ということでした。
『こころ』における《精神》の問題は、私もうまく整理できていないのですが、その方(外国人の方)の感想が、あまりにも漠然としたものだった、つまり、「面白かった」といった風のものだったことに尽きます。果たしてその作品の本質は?とたずねると、自分の考えを言語化できなくなるのです。有る程度の教養を備えた日本人であれば、日本の歴史的文脈や日本の風土に根ざした人間関係のゆらぎなどを、大部分の読者が読みとるのではないでしょうか。そうなってくると、自家撞着ですが、《文体》の問題より、日本の文化や国民性の知識・体験が作品の理解を助ける、ということにもなりますね。言語学者のチョムスキーは外国語学習における他文化の知識・体験の優先を強調していました。大江さんの文学も、歴史や国民性を排除したところに成り立っているわけではない。
また、外国文学を翻訳で楽しむことも、多少の懐疑がはさまれたとしても、十分に価値があることなのでしょうね。ただ、私としては日本語や外国語の文章の美しさなどを、そのままの形で体験したいと素朴に思ったのです。
2005/10/8, いとうくにお
サクラダシンジさん、こんにちは。翻訳を経てもなお文体が生きているかという問題について大江さんがどのように考えているか、興味深いですね。ただ、僕が思うのは、もちろん翻訳によって変形してしまう部分や脱落してしまう要素もあるでしょうが、だからといって翻訳をやめてしまうわけにもいかないということです。日本語が読めない人には日本文学を味わう機会がまったくないというのでは、あまりにももったいないことだと思います。
原文で得られるものが100あり、翻訳文で得られるものが50しかなかったとしても(実際はもっと多いと思いますが)、翻訳を読む価値はあると思うんですよ。
それから、文体のことに加え、扱っているテーマなどから、翻訳に適した文学とそうでない文学があるとも思います。例えば短歌などは翻訳が難しいジャンルだと思いますが、小説においてもそういった違いはあるものと思います。それで、大江さんの場合は、文体に特色があるものの、どちらかというと翻訳に適した文学を目指してきたのではないでしょうか。言い換えると、世界に開かれた文学です。今回、大江健三郎賞が、受賞作の翻訳を前提としているのは、そのような世界に開かれた文学を後押しするという意味があると僕は受け止めました。
ところで、『こころ』を読んだ外国人の方が認識できていなかった《精神》とは、どういった部分でしたか。明治の終焉に対する一体感とか、Kに対する「私」の罪悪感とか、外国人には分かりにくいかもしれないなと思われることはありますが、そういうのは文体にかかわることというよりは日本の文化とか伝統に由来する分かりにくさなんじゃないかという気がします。
2005/10/7, サクラダシンジ
いつもお邪魔してすみません。講談社が『大江健三郎賞』を設立しましたね。私は大江さんの純文学に対する熱意に打たれた思いがしました。ただひとつ気になった点があるのです。「受賞作に対して賞金は出ず、作品を英訳して海外で発表する」ということでしたが、ここでは『文体』の問題はどこに収斂されるのでしょうか?英訳によっては、物語の構造や切迫感などは表現できても、特異な文体であった場合、それは翻訳不可能な場合が多いのではないでしょうか?そして、現代日本文学に残っている課題は、非常に大きな部分、文体の問題に負っているのではないか、と思うのです。私はある知り合いの外国人の方が、漱石の『こころ』を英訳で読んで、高く評価していたのを覚えていますが、やはり、《内容》については理解されていたものの、作品の《精神》については全くといって良いほど、認識が及んでおられませんでした。同じことは、外国の作品の日本語訳についても言えると思います。私はロシア文学が好きで、翻訳で『罪と罰』を読んだ感想をあるロシア人の方にお話したら、「原文で読んでからね」と一蹴されました。《文体》あるいは《文章》と作品の《精神》は密接につながっている、そのような点をあいまいに看過していただきたくないのです。
2005/10/2, サクラダシンジ
いとうくにおさん、おおさわさん、お勧めありがとうございます。ぜひいずれの作品も読んでみようと思います。
閉塞状況、というのはすごく興味が持てますね。多くの場合それは打開すべきもの、と想定されますから。『青年の汚名』という題はそれだけでスリリングですね。ぜひ図書館などで探して読んでみます。
2005/10/1, おおさわ
 2ヶ月位前始めて書き込みました。これが2度目です。
 サクラダシンジさんの掲示板を見て、私のお勧め作品を一つ。「絶対」というものではありません。それは『青年の汚名』です。閉塞された状況は大江健三郎作品のモチーフの一つです。初めて読んだ時、私は主人公と自分を重ね合わせたりしました。あまり取り上げられていません。
 『万延元年のフットボール』、ぜひ読みきって下さい。一度目で駄目でしたらもう一度。私は三度目でこの作品にびっくりしました。大岡昇平は当時の文芸時評で「ひさしぶりで小説を読んだような気がした」と言っています。高校生の頃、小説ってこういうことが出来るのかと思った作品、漱石の『こころ』と『万延元年のフットボール』でした。
2005/10/1, いとうくにお
サクラダシンジさん、「絶対に」ということは言えないんですが、後期の大江文学を知るという意味では『燃え上がる緑の木』の三部作は外せないと思います。あと、『人生の親戚』はすばらしいですよ。あと短編集『いかに木を殺すか』『「雨の木」を聴く女たち』も読んでほしいです。あげていくとキリがないですね。
2005/9/30, サクラダシンジ
大江さんの文学の輪郭をつかもうとして、『個人的な体験』『静かな生活』『取り替え子』を読了し、現在は『万延元年のフットボール』を読んでいるところです。それぞれが感慨深く、巨大な大江文学の宝を目の前に呆然と立ちすくむ状態です。
いとうくにおさん、また読者のみなさま、他にこれらだけは絶対に読んでおくべきだ、という作品がありましたらお教え願います。失礼いたします。
2005/9/21, いとうくにお
佐原さん、こんにちは。まだ読まれてない大江作品がたくさんあるのはうらやましい状況です。すばらしい作品がたくさんありますので、存分にお楽しみを。
2005/9/21, 佐原敏剛
はじめまして。大江健三郎さんの小説を初めて読んだのは、かれこれ十数年前になります。『死者の奢り・飼育』『芽むしり仔撃ち』の二冊はどちらも素晴らしかった。『われらの時代』はいまひとつ。計三冊しか読んでいませんが、正真正銘の大江ファンです。最近はゆっくり読書をする時間的、精神的余裕が殆どなく、じっくり楽しむことが出来ないのが何より残念です。

「僕には希望を持ったり、絶望したりしている暇がない」

希望も絶望も、極限の状況においては一切意味をなさない。この主人公の台詞にどんなに救われたか知れません。戦後派といえば大江さん以外も全て好きです。読んだ冊数は微々たるものなので、不惑を迎える年齢ですが、理解力も高まって来たことでもあるので、カントなどと並行しつつ読み進めたいと思っています。
2005/9/15, いとうくにお
サクラダさん、星野さん、ご感想ありがとうございます。お二人のご意見、それぞれに「ああ、そうだなあ」と感じますよ。
いま大江さんはドイツにいらして、『取り替え子』のドイツ語版の刊行に関連した行事などに参加されているようです。
2005/9/15, 星野風就
大江作品で読んだのは「個人的な体験」「空の怪物アグイー」「新しい人よ眼ざめよ」「燃えあがる緑の木」だけで他のものは完読できなかった。「万延元年のフットボール」より「燃えあがる緑の木」の方が彼の最高作だと思う。故郷で農場、工場などと共に土着的な宗教活動を展開し、大江作品にしては性描写が悩ましげでなくおおらかなのがいい。彼の小説に関わるたくさんの人が登場し“最後の小説”にふさわしく生の総決算になっていた様に思える。「新しい人よ眼ざめよ」にも魂の救いを感じた…光さんに関する大江作品の最も良いものだと思う。ラストの光さんと弟達が新しい人となってゆく場面は文学の救済の力だろう。これも青春の一冊だ。世の中が戦乱に傾いて行ってる中で大江健三郎という作家の存在は貴重だ。私は彼と共にすべての平和を願うものである。
2005/9/14, サクラダシンジ
大江文学の中で光さんの果たしている役割は、ただの親から見た子供ではなく、一人の意志ある者としての存在だと思います。すなわちひととひととの関係が一方向的であるのではなく、光さんのほうから親としての大江さんへ能動的に関係しているということです。そこにおいて、光さんは大切に描かれているにしても、決して美化されていないと思います。この世に全てのひとびとの存在が許されている、そのような語りかけとして大江文学があり、だからといって全てのひとが無批判に許容されているわけではない。そして次世代への語りかけは、「新しい人」へ期待となって結晶している。大江さんの限りないやさしさを感じるのです。
2005/9/11, サクラダシンジ
いとうくにおさん、記事を教えていただき、ありがとうございます。
読んでみましたが、こころに響くものがありました。熟読し、大江文学に改めて向き合ってみようと思います。
2005/9/11, いとうくにお
サクラダさん、こんばんは。大江さん自身が「九条の会」の記者会見で述べていることがここ(http://www.9-jo.jp/kaiken.html)に出ていますので、よかったらご覧ください。
2005/9/11, サクラダシンジ
はじめまして。今日は総選挙の投票に行ってきたのですが、『九条』についても考えた上での投票でしたよ。私はまだ若いのですが、若者が九条を守ることに意欲的でなければいけないと考えています。大江さんが『九条の会』に名を連ねてらっしゃることは、とても心強いものがあります。
ただ、メカニズム、というか、大江さんが九条に取り組むべき必然性はどこにあるのでしょうか?どのような思想的裏づけがあるのか、それが分かれば、また大江さんの文学世界に学び、行動できると思います。解説していただける方、いらっしゃいませんか?
2005/9/10, amo
訴状サイトに掲載されているものでしたら
原告側の要求内容の一部ですので
今の時点で
実際に、大江さんや岩波書店が掲載したものではないと思います。

>出版停止になるのでしょうか?

ならないと良いな、と個人的には思っています。
2005/9/7, 豊彩
amoさん、私の書き方が悪かったこと申し訳ございませんでした。
沖縄集団自決で検索したら・・・そのようなことが、ありましたので、
本当なのかと、急いで掲示板に書き込みしました。
訴状サイトだと思います。
2005/9/5, ラッキー
いとうさま、大江健三郎ファンの皆さん、こんにちは。豊彩さんの日の丸についてのご意見読ませていただきました。宣教ではないのでご安心ください。カトリック教会から冊子が出ました。『非暴力による平和への道』今こそ預言者としての役割をー司教団『戦後60年平和メッセージ』を読み深めるためにー(日本カトリック司教協議会社会司教委員会編)無料 が出版されました。故ヨハネ・パウロ2世が1981年2月25日に語られた平和アピールも再掲載されています。また2005年平和旬間にあたってカトリック司教団の意見を記載しております。その中には「九条の会」への支援・協力も訴えております。68ページの小冊子です。参考資料にしていただけたら幸いです。
2005/9/3, amo
>謝罪広告がありましたが!
これは、本当ですか?気になっているのですが。
訴状のサイトのことかなぁ、と思ったり。
どういう事なのか、何度かここを拝見しているのですが
その後の経過も無いので、更に気になっています。
どこにあったのか、知りたいです。
2005/8/29, 豊彩
いとうさんご投稿ありがとうございます。
沖縄ノートは読んでいる途中です。
大上健三郎さんの裁判の行方は・・・謝罪広告がありましたが!
年月日に記入がなかったので・・・?新聞各社にも謝罪文を掲載したのでしょうか?出版停止になるのでしょうか?
質問ばかりでゴメンナサイ。
沖縄ノートでは私が知らない事が色々、書かれていてウムウムと読み進めているところです。
一昨年、実家の父に日の丸の事を聞いたことがあります。
父は、「確かに複雑で困難。日の丸を見ると日本を残酷な歴史に陥れた象徴におもえる。沖縄戦を思い出すと今でも背筋が冷たくなる!しかし一国にその国を表す印がないと航空機、船舶も国籍不明で撃墜、沈没される。オリンピックで日の丸が揚がれば感動する!沖縄の祖国復帰の印も日の丸だったもんね!感情や歴史の矛盾はある。国にはその国を現すマークが必要なのだ。しかし色々な組織に利用されているのは確かだし長い時間を掛けないと本当の意味の国旗にはならないね。日の丸はかなしいね・・・!」ということでした。
2005/8/26, いとうくにお
豊彩さん、はじめまして。ご投稿ありがとうございます。6月23日は、沖縄では慰霊の日で休みなんですね。知りませんでした。
『沖縄ノート』は読まれたことがありますか? 沖縄の人にとってどういう本なのか、うかがってみたい気もします。また、気軽に投稿してくださいね。
2005/8/26, 豊彩
はじめまして。豊彩と申します。
先日、大江健三郎さんを検索していたら・・・こちらの掲示板を発見いたしました。書き込み体験、初めてなので緊張しています。
私は現在41歳、沖縄出身で東京に18歳で上京し23年になります。
早いもので沖縄より東京の生活の方が長くなりました。
24歳で東京の人と結婚し現在12歳の娘の母になっています。
娘が産まれてからは毎年、夏には沖縄に帰っています。
今年は戦後60年!娘にも戦争と平和の事、少しでも分かりやすく親子で話したいと思っています。夏休みの自由研究は「ひめゆり学徒」を取上げ、まとめていました。
私は小学4〜5年生の頃、祖母(おばぁー)から戦争中のことをよく聞きました。
6/23、慰霊の日で沖縄は休みです。学校の先生から休みの日は家族で戦時中の話しを聞いたり、亡くなられた多くの人の為に祈るように言われました。
小学時代は残酷な事などを聞きたがり・・・それは中学・高校に入っても祖母に聞いていたと思います。幸い、私たち両親・祖父母・親戚で犠牲になった者はいなかったようです。
戦後60年!風化してはいけないと思ったのか?
意識したわけではないけれど・・・今年に入り出身地沖縄の事を知らないなんて〜恥ずかしい。本土の方達がこんなに沖縄の事を知ろうとしているのに・・・
まさに、灯台下暗し!わからない事があれば教えて下さい。
最後に私は「君が代」をキチンと歌うことが出来ません!
2005/8/16, いとうくにお
ゆずさん、こんにちは。感想文は、感動を味わったうえでなければ書いてはいけないというものでもないと思うんですよ。この場面が気持ち悪かったとか不気味だったとか、登場人物がこういうことを言っているのが面白いとか、この場面の情景が目に浮かぶようだったとか、とにかく印象に残った部分を手がかりに、なぜ自分がそう感じたかを考えてみて文章で説明してみてはどうでしょうか。それと、『死者の奢り・飼育』は短編集ですから、そのなかのとくに気になった作品1つを選んで、それをもう一度じっくり読んでみてはどうでしょう。読みながら、場面場面で自分が感じたことをメモしていくと、感想文の材料になるかもしれませんよ。
2005/8/16, ゆず
私は、夏休みの読書感想文で初めて大江健三郎さんの作品である死者の奢り、飼育を読みました。なんとなく全体の内容は分かったのですが、私にはまだ難しいのか、感想を書けるほどの感動をまだ味わえませんでした。この作品についてのいいところや読みどころをよかったらおしえてください。
2005/8/6, ラッキー
本日からカトリック教会でも平和を祈る旬間となりました。私の前の書き込みを訂正させていただきます。「過ちは二度と繰り返しませんから」の「二度と」という言葉は碑文にはありませんでしたね。失礼しました。教会ではアシジの聖フランシスコの平和を求める祈りが捧げられました。でもやはり気になっているのは大江さんの裁判の件です。もし、なにか知っていらっしゃる方がいらしたら教えてくださると助かります、、。
2005/8/5, ラッキー
やまもとさまへ
書き込みどうもありがとうございます。8月6日を明日に控え、私の気になっているニュースはあの広島の原爆記念碑(正確な名称をかけなくて申し訳ありません)
の「安らかに眠ってください 過ちは二度と繰り返しませんから」という碑文の「過ち」の部分が何者かに削り落とされたというニュースです。広島の人々にとっては大変なことです。おそらく寝ずに関係者が碑文を修理していると思いますが
今までこのような暴挙にでてくることはなかったのに、、。日本人として生まれながら今、私は日本人の人間性を疑ってしまっています。
2005/8/5, やまもと
 いとうさんありがとうございました。
 なるほどそういえばそうですね。よくわかりました。まさに本土と沖縄の関係はそうだったのです。
 沖縄は日本の防人でしかなかったのです。それに応えようとして30万人近い人々が犠牲になったのが沖縄戦ですね。『日本人とはこのような人間なのだ』ですね。
2005/8/5, いとうくにお
やまもとさん、こんにちは。日本の「中華思想」的感覚のことですが、これは本土が大切で外地やそこに住む人たちは本土に優先されるものではないという感覚を指しているのではないでしょうか。
2005/8/5, やまもと
 『沖縄ノート』を再読していますが、高校生のころに接したengagement(社会参加)という言葉よみがえり揺り動かされました。あおやまえみさんの投稿を読んで若くして作家になり、リードしてきた大江氏の言動の確かさは素晴らしいと思います。『九条の会』の活動も立派な活動ですね。
 ラッキーさん、曽野綾子氏の件については私が充分に書きえていないことをお詫びします。産経新聞によると曽野綾子氏が『ある神話の風景』で渡嘉敷島の集団自決を取材し軍命令を否定しているとのことです。(生存者の女性が後に「軍命令による自決なら遺族が遺族年金を受け取れると島の長老に説得され、偽証した」と話した、と娘の宮城晴美さんが『母の残したもの』で明らかにしている。)とあります。私はこの記事を読んで、訴えの根拠がここにあるのではないかと思いましたので、この記述が絡んでいるのではと推測しただけです。直接曽野綾子氏が関わっているとは私も思いません。
 このような、新たな事実(私は知りませんでした)が提出されることによって、戦後60年を経た今新たに沖縄戦争が世に問われるなら、核爆弾とともに意味のあることではないかと思います。だから、この訴訟があの悲惨な戦争を、戦争を知らない我々に再提示するきっかけになればと思います。そして、『九条の会』で活躍されている大江氏のそれに関する発言が出てくれば・・・と楽しみにしているしだいです。
 それ以上に、私自身がそれらを他人に向けてどのように行動するかが課題です。大江氏は責任のある行動をしているのに、私は30年近く何をしていたのかと恥かしい限りです。勿論、大江氏と同列で行動が出来るわけはありませんが、J.P.サルトル氏の提議した『飢えて死ぬ子供の前で文学は有効か』に触発されたなら、大江氏の文学に感動したのなら、行動しなくては!
 大江氏の文学活動は、読まれるだけでなく、そこから読者のengagement(社会参加)が起きることを希求していると私は思うのです。
 7月28日のいとうさんのご意見≪部隊の長の責任よりも日本人全体はどうなのかと問うところに大江さんの主張の軸があるようです。≫そのとおりです。『沖縄ノート』は『日本人とはこのような人間なのだ』を認識して『このような日本人でないところの日本人への変革』を訴えています。
 一軍人の名誉の回復は私にとってあまり意味を持ちません。父も南方の戦地で戦い(?)無事帰国しましたが、父の口から戦争の話は出ませんでした。きっと口には出せないことをしてきたのだろうと思っています。それを私は責めることはできませんでした。
 最後に、この訴訟で私の知らない事実の提出と、大江氏のこの裁判を通じての発言に興味をもっています。そして、沖縄の悲惨な戦争を体験し、本土復帰を願って、日本人と認められたくて、亡くなった人々の無念さを思うとき、何ができるか? 何をしなくてはならないかを問い続けます。
 追伸:『沖縄ノート』で出てくる・・・日本の『中華思想』的感覚・・・とはどのような感覚なんでしょう? 読み落しがあるようで探しているのですが、ご存知の方教えてください。
2005/8/5, あおやまえみ
はじめまして。あおやまえみと申します。
朝日新聞で、7月30日に行われた「9条の会」の講演会で大江さんが読まれた詩を知りました。この詩を読んで少し考えることがありましたので、勇気を出して投稿してみることにしました。
大江さんの詩は次のとおりです。
「求めるなら 変化は来る しかし 決して 君の知らなかった仕方で」
どこか遠くから希望の光が差し込んでくるのが見えるような、とても素敵な詩だと思いました。また、この詩から私は、大江さんの別の言葉を思い出しました。
それは、ヒロシマ・ノートにあります。
「数十年も緑の草の生いしげる希望がない土地で、人間が、こまごました小さな努力をつみあげてゆく気力をもつことができるだろうか、しばらくは草の未来について楽観主義となるより他に。
しかもかれは、草が繁茂した暁には、そのみどりの草の内部の異常を看視する、注意深い鋭敏さの持主でもなければならない。絶望しすぎず、むなしい希望に酔いすぎることもないという人間、すなわち真の意味で、ユマニスト的な人間でなければならない。」
今日の憲法や教育基本法をめぐる状況についても、決して絶望しすぎてはいけないし、かといって根拠のない期待を抱いて楽観視しすぎてもいけないのだろうと思います。
そして、希望というのは、日々私たちが「こまごました小さな努力をつみあげてゆく」ことを根拠としていかなければならないと思うのです。
「小さな努力」とは、例えばこの素敵なスペースに、みんなで意見を書き込んでいくことも一つだと思います。そうすることでお互いの考えを深め合い、あるいは自分の意見をより多くの人に理解されるように磨きあげていくことができるのではないかと思います。
そのようなことを通じて、自分なりの「小さな努力」をする人たちの輪が少しずつ広がっていけばいいなと思います。その広がり自体が既に変化ですし、それが次なる変化へと繋がっていくのだと思います。
・・・ということで、いとうくにおさんには本当に感謝いたします!これからも末永く、このスペースの運営を続けていただければありがたいです。
2005/8/4, ラッキー
大江さんの訴訟の件、私も驚きました。私はカトリック教会に出入りしているものですから私の存じ上げている限りの情報では曽野 綾子氏は伏魔殿 日本財団の理事をお辞めになったばかりです。大江さんと論争はなさってもやまもとさんの危惧なさっているようなことをなさっている時間はないと思います。イエスも法廷に引き出されました。さまざまな罪に問われ裁かれました。私達の敵は非論理的な権力だと思います。そして私達自身も気をつけなくてはいけないと思うのです。私は大江さんのファンですが、同時に曽野 綾子氏の著作も読んでいます、、。
2005/7/28, やまもと
いとうさんありがとうございます。大澤さん私は58歳です。
今回書き込みさせていただいたのは、今回の訴訟によって、大江氏が書いているとおり『生き延びて本土にかえりわれわれのあいだに埋没している、この事件の責任者はいまなお、沖縄にむけてなにひとつあがなっていないが、この個人の行動の全体は、いま本土の日本人が綜合的な規模でそのまま反復しているものなのであるから、かれが本土の日本人にむかって、なぜおれひとりが自分を咎めねばならないのかね? と開きなおれば、たちまちわれわれは、かれの内なるわれわれ自身に鼻をつきあわせてしまうだろう。』やっと、開き直ってくれたのではないでしょうか? これによって、沖縄戦の惨たらしい事実が明るみに出てくるような気がします。私は、チャンスだと思います。本土復帰を願ってやまない沖縄の人々を本土を守るため、ひめゆり隊や沖縄の人々を戦争の最前線に起たせるため、非国民だのスパイだの沖縄は日本でないだの等々の口実で追いやったと私は以前勉強したときに知りました。それが事実だとは思えなかったのですが、物証(勿論書物によるものですが)を読み漁るうちに疑いのない事実なんだろうと思えて身震いと恐怖を感じたものです。いとうさん同様私も『どうしていまになって』という驚きを感じました。しかし反面、やっと事実が法廷で明らかにされるのではないかと楽しみにしています。大江氏の裁判での証言等が楽しみです。幸いにして私は大阪の東にある八尾市に住んでいますので、裁判記録等が手に入らないかと考えていますが、詳しい方がおられましたら手続き等をご教授お願いします。
 先日、図書館で松谷みよ子著『現代民話考6 銃後』を借りて読んでいるところですが、そこにも沖縄戦のことが収集されています。
 これからも沖縄戦について調べていきたいと思いますので、情報がございましたら是非お教えください。沖縄県の人々のご意見も是非お聞かせいただけたらと思います。この、掲示板にて報告します。ただ、掲示板に相応しくなくなってきましたら、ご指導ください。
 私は、個人的には産経新聞、曽野綾子氏が絡んでいるのではないかと思っています。訴訟の相手はむしろ沖縄タイムス社の沖縄戦記『鉄の暴風』ではないかと思います。現在沖縄タイムス社や著者が存在するのかどうかも知りませんが、これから調べていきます。
 ありがとうございました。
2005/7/28, いとうくにお
やまもとさん、大澤さん、ご投稿ありがとうございます。
やまもとさんが教えてくださった訴訟の件、どうしていまになってという驚きを感じました。そして改めて『沖縄ノート』を開いて、該当個所を探してみました。見落としもあるかもしれませんが、少なくともp.69とp.208に関連の記述がありますね。前者のほうはこうなっています。
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慶良間列島においておこなわれた、七百人を数える老幼者の集団自決は、上地一史著『沖縄戦史』の端的にかたるところによれば、生き延びようとする本土からの日本人の軍隊の《部隊は、これから米軍を迎えうち長期戦に入る。したがって住民は、部隊の行動をさまたげないために、また食糧を部隊に提供するため、いさぎよく自決せよ》という命令に発するとされている。沖縄の民衆の死を抵当にあがなわれる本土の日本人の生、という命題は、この血なまぐさい座間味村、渡嘉敷村の酷たらしい現場においてはっきり形をとり、それが核戦略体制のもとの今日に、そのままつらなり生きつづけているのである。生き延びて本土にかえりわれわれのあいだに埋没している、この事件の責任者はいまなお、沖縄にむけてなにひとつあがなっていないが、この個人の行動の全体は、いま本土の日本人が綜合的な規模でそのまま反復しているものなのであるから、かれが本土の日本人にむかって、なぜおれひとりが自分を咎めねばならないのかね? と開きなおれば、たちまちわれわれは、かれの内なるわれわれ自身に鼻をつきあわせてしまうだろう。
----(岩波新書『沖縄ノート』p.69より)
部隊の長の責任よりも日本人全体はどうなのかと問うところに大江さんの主張の軸があるようです。あわせて僕が疑問に思うのは、自決の命令はなかったということがこの訴訟によって明らかにされたとして、それで果たして軍人としての名誉が回復されるのかということです。結果的に大勢の住民が自決したという、ことの全体を見たとき、その島にいた部隊の責任者としての名誉が。もちろん、間違った歴史なのであれば、事実を明らかにしておくことは大切だと思いますが。
2005/7/25, 大澤
 ネットを接続してこのような掲示板が在る事を知り書きこんでみようと思いました。
 私もやまもとさんと同じ世代のようです。高校生の時大江健三郎の『万延元年のフットボール』やエッセイ集『厳粛な綱渡り』を読み心動かされました。今まで出版されたものは読んでいると思います。
 30年以上前、19歳の時、大江健三郎の故郷大瀬村を訪ねたことがあります。大江氏の生家を中年の婦人に聞いたところ知らないという返事、次に中学生位の女の子に聞くと教えてくれました。家の表札を見て『万延元年のフットボール』の中の「S兄さん]の「S]の頭文字の意味を知りました。裏手の橋の上から深い谷になった(曖昧な記憶です)川を見下ろし、「この川か」、などと思ったものです。
  大江氏のエッセイの中に「愛国心は体温のようなもの」という言葉がありましたけれども、大江氏の作品を体温のようなものとしてこれからも付き合っていきたいと思っています。
 その後の読書経験などという事も機会があったら書いてみようと思っています。
2005/7/24, やまもと
産経新聞のスクープ記事によると、岩波書店と大江健三郎氏が、梅沢裕元少佐と故赤松嘉次大尉の弟赤松秀一氏から、沖縄戦での住民の集団自決の記述に関してそのような軍命令はなかったとして名誉を損ねたと大阪地裁に訴えたようです。(平成17年7月24日(日)朝刊)
私は、高校生の時から大江健三郎氏のファンで、かれこれ30年以上も前になります。この3年間ほどは個人的な事情で読書もせずにすごしていましたが、今日の記事を見て、沖縄について調べてみたい衝動に駆られ立ち寄りました。
今回の裁判により、もう一度沖縄県の歴史がマスコミに取り上げられたら、きっと惨い戦争の事実が若い人たちを揺り動かすことになるのではないでしょうか。
1945.3.23米軍が慶良間島に上陸してから1945.8.15無条件降伏するまでの約8ヶ月間に沖縄県民10〜16万人、日本軍10万人が日本国のために犠牲になった沖縄戦を伝えていくことは無駄ではないと思います。軍隊以上の市民が犠牲になり、本土から見放され、スパイ呼ばわりされた多くの魂に私なりに応えてみたいと思います。
氏の「沖縄ノート」に触発されて、沖縄返還運動にも関わりました。しかし、その運動は高まりの中、佐藤首相による返還が叶った瞬間すべてが終わってしまった世相に私は愕然としました。日本人って何なんだろう? 大江氏がよく書いておられた、自己欺瞞・自己嫌悪からくる虚しさを約30年間持ち続けていたのが、今日の記事でよみがえってしまいました。
ここにはそぐわないメッセージではないかと心配していますが、とにかく私が愛してやまない大江健三郎氏が訴えられたとの情報をお知らせします。
このサイトには以前よくきましたが前述の事情で3年間ほどご無沙汰してしまいました。これからは寄せていただきます。
いとうくにおさん、大変でしょうが頑張ってください。
2005/7/21, いとうくにお
翔さん、小説世界では村は谷間にあるわけですが、「在」は、そのさらに山側(奥側)のほうに点在する家(そしてその場所)という意味だと思います。ちなみに広辞苑だと「都会から離れた地方。いなか。」、新明解国語辞典だと「都市を中心として見た、その周縁部分。」という意味が掲載されています。
2005/7/21, かずと
>>いとうくにおさん
質問に答えていただきありがとうございます。早速、読み始めています。
2005/7/19, 翔
まったく初歩的な質問で申し訳ないのですが、大江さんの作品の中多々出で来る「在」とゆう言葉はどのような概念なのでしょうか?よろしくお願いいたします。
2005/7/18, いとうくにお
かずとさん、はじめまして。カジという少年が出てくるのは、『燃えあがる緑の木』三部作だったと思います。三部作全部に出ていたかどうかはちょっと定かでないのですが…。
弥生さん、『さようなら、私の本よ!』を読了されたのですね。僕は第二部、第三部は結局手に入れそびれていて、単行本化を心待ちにしているところです。
2005/7/18, 弥生
いま、『さようなら、私の本よ!』全3部を読了しました。これは、大江健三郎という文学者が、長江古義人という人物を通して、自らの作家活動の円環を閉じようとする作品です。「全体のパースペクティブにおいて読み直す」ことが推奨されていますから、多少のネタばれをご容赦頂くとすれば、この3部作の最後は、大江の処女作品の引用で終わります。終わりでもなく始まりでもない、探検者の円環運動。静かな動き。
この作品には、様々な大江の文学活動の読み直しが含まれていますが、特に気になったのが、、三島由紀夫とその事件への執拗なこだわりです。三島の終わり方に対する大江の回答−作家としての死に方の対極−のようです。また、最終章の描き方がやや冗長なのも気になりました。『個人的な体験』へのアスタリクス以降が不要という批評(江藤でしたか?)と、これに対する大江のこだわりを想起させます。しかし、どうも執拗であり、誤解を恐れずに言えば、「老人臭」が漂っています。私小説ではない私小説を通して、大江は自己を確かに物語っています。
2005/7/17, かずと
はじめまして。質問で申し訳ないのですが
大江さんの小説で、かじくん という少年が出てくる小説を探しています。
もし、そのような小説があれば題を教えて頂けないでしょうか。
よろしくお願いします。
2005/6/18, ラッキー
本日の朝日新聞に九条の会の広告がでていました。カトリック教徒の中で大江さんを読んでいると時々浮いちゃう時があったので、まずいなあと思っていたら講演会のよびかけに白柳 誠一カトリック枢機卿のお名前がでていました。ほっとしました。
これでカトリック教会と論争にならなくて済みますです!
2005/6/16, いとうくにお
ゆくえさん、関さんからご案内があってよかったですね。関さん、メーリングリストにも入っていただいたのですね。どうぞよろしくお願いします。
中元さん、実は僕は第二部、まだ読んでいないんですよ。買いそびれてしまって…。本になるのを気長に待とうかなと思っていましたが、圧倒されるという評価をうかがって、早く読みたくなってしまいました。
2005/6/16, 中元 日出登
お久しぶりです。大江健三郎さんの『群像』連載の「さようなら、私の本よ!」(第二部)本当に圧倒されますね。小説を断筆されなくてよかったと思いました。このような最新傑作が世に送り出されたのですから。私が予見したように集大成であります。更なる最高傑作に仕上げられますように祈念しています。

さて、大江氏とくれば丸山健二氏ですが、6月19日(日)BS2・TVのAM8:00からの「週刊ブックレビュー」の特集コーナーで『荒野の庭』が取り上げられ、司会の児玉清氏が安曇野の丸山作庭を訪問インタビューします。彼の次作の小説のことが語られるだろうし、季節で最高の6月の花々を鑑賞することができるでしょう。また、7月には朝日新聞社から『生きるなんて』が発売されます。どちらも時間と余裕があれば観て読んでいただければ幸甚です。
2005/6/15, 関良男
いとうさん、メーリングリストに入会しました。これからもよろしく、お願いします。
さて、6月15日の「ゆくえ」さんに質問ですが、新潮社から発行されているものがすべてです。2種類あって、「大江健三郎全作品T期」「同U期」「大江健三郎全小説」です。
「T期」は、デビュー作から「個人的な体験」まで収録されており、「U期」は、万延現年のフットボール」から「ピンチランナー調書」です。従って、T期とU期を購入すればピンチランナー調書」まで1976年までの小説を読むことができますが、それ以後は、文庫か全小説を購入しなければなりません。しかし、全小説は、大江氏自身でカットした作品もあって、本来的な意味での全小説ではありません。
従って、重複はしますが、全作品と全小説を購入する事を勧めます。尚、それでも私の知っている中では「夜とゆるやかに歩め」と「政治少年死す」は収録されていません。ただし、後者は、日本近代文学館で直接雑誌からコピーをしてもらえると思います。私の場合、20数年前にそのようにして入手しました。今は、どうでしょうか?以上です。
2005/6/15, ゆくえ
はじめまして^^
突然ですが、大江健三郎の全集の情報お教え下さい。
検索しても、いくつか出てくるのですが、どの全集がいいのかまったく分かりません。
『大江健三郎全作品』というのが新潮社から出てますが、どの巻にどの作品が入っているのかも分かりませんでした。
ネットにほとんど情報が載っていなくて困っています。
2005/6/15, いとうくにお
かつをさん、こんにちは。「昔の私」という言葉ですが、どのあたりに出てましたか?
2005/6/14, かつを
[人間の羊]のなかにある昔の私とはどういう意味なのか教えてください
2005/6/12, ラッキー
本日6月12日(日)大分・カトリック教会におきましてイエズス会大司教 ヨゼフ・ピタウさまの講演会が開かれました。タイトルは『フランシスコ・ザビエルはなぜ日本に来たのか?−その現代史的意義ー』のはずだったのですが、、大司教のお話は現在のヨーロッパにおけるイスラム教の受容とEU憲法批准反対運動のヨーロッパ若者の心理、東チモール問題にまでどんどん発展し、さらには日本の右傾化への危惧感がヨーロッパでは広がっていること、中国と韓国の国民感情への深い理解と対話を含めた上で過去に日本が行った戦争行為への深い反省にたったうえで、新しい歴史認識と教育を日本が早急に構築する必要性を強く訴えられました。大江文学からちょっとずれるのですが大分からご報告します。
2005/6/8, いとうくにお
関さん、おひさしぶりです。オフ会のことはメーリングリストのほうで話し合うことにしています。ですから、まずはメーリングリストのほうにご参加ください。現時点ではオフ会の予定は立っていませんが、11日のオペラシティでのコンサートのあと時間のある人が集まることになるかもしれません。
2005/6/8, 関良男
数年ぶりに投稿します。オフ会の予定は、どこをみればわかりますか?
2005/6/5, にくちゃん
こんにちは、にくちゃんです!
私のホームページのことが話題になるとは、とっても光栄です! 大江さんの文章を読むと、読めない漢字とか、分からない言葉が多いので(恥ずかし〜!)、いろいろ調べてホームページに載せています。良かったら、見てみてください! でも、その調べていく過程で、大江さんの小説を読めば読むほど、同じ言葉が多く使われているのが分かったりして、面白いです。大江さんは、この言葉が好きなんだなあ、大切にしている言葉なんだなあ、と思ったりします。
それから、ちょっと宣伝させてください! 私は「懐かしい年への手紙」が大好きで、もう、15回は読んだと思います。でも、何度読んでも難解なのが、ダンテの「神曲」の引用です。そこで、思い切って、ダンテの「神曲」をマジメに読み始めました。「ぽこあぽこ」(私のホームページの名前)の中に、「ダンテ「神曲」を読む!」というコーナーを作ったので、こちらも良かったら見てみてください!
2005/6/5, いとうくにお
my son 0714さん、はじめまして。先日、大江さんが韓国の漢陽大学で講演されたということをきいてとても嬉しく思ったのでした。いまはマスメディアやインターネットを介してゆがんだ日本人像が韓国に伝えられている可能性があると思うのです。少なくとも大江さんの講演を聞いた人たちは、そのゆがんだ日本人像を多少なりとも修正することができたのではないしょうか。
M/Mさん、いかにゆっくりであっても前進は前進ですし、ゆっくり読まれるということはそれだけ長い時間、その本との付き合いが続けられるわけで、なかなかよいことかもしれませんね。にくちゃんさんのホームページは、とても参考になりますね。
2005/6/5, M/M
亀の歩みのようなスピードではありましたが、「万延元年のフットボール」から「空の怪物アグイー」と続き、ようやく「宙返り」にたどり着きました。(順番にまったく意味はないのですが・・・単なる購入順)

私は山育ちではないので、森の本当の暗さを知りません。
そして窪地のような閉ざされた世界を知りません。
でもきっと、日本人の多くの人の根っこには
この、暗くて閉ざされた世界があるのではないかと感じました。
一度体験してみたいような、恐ろしいような・・・

そして、今度は「宙返り」です。
開いてみたら、わからない言葉がいっぱいで(恥ずかしいことに)困ってしまいましたが、以前この掲示板に投稿されていた、にくちゃんさんのホームページを手がかりに読み進めていきたいと思っています。
2005/6/3, my son 0714
お初です。
大江文学、学生時代かれこれ20数年前、よく読みました。今の日本にあってその知的存在感は突出しております。さらに、その広く民主的発想は見過ごさざるべき「力」として受け止めるべきでしょう。その、我ら「オピニオン・リーダー」として。
ノーベル文学賞を受けたということ、この国の人はどれほど知っていますか?この国にとって、そうした広がりある、個人的力は皆目意味ないことなのですか?
あれ、あれ・・・。困ったもの。
この国の精神はいったいどこまで落ちぶれていくのでしょう?
文学はまさしく「精神」です。
2005/6/3, ラッキー
いとうさまへ
本当に大江さんの文学からちょっとずれてしまって申し訳ありませんでした。
ただ、あんまり不思議な経験だったものでついつい書き込んでしまいました。
興奮のあまり眠れなくって夜、NHKハイビジョンで特集していた武満 徹さんのドキュメンタリーをみました。ファミリー・ツリーの曲をしみじみ感慨深く聞きました。東北の森の中への不思議な旅は、私の何かを変えたようです。林檎の木の花がとても美しかったです。
人の為にただひたすらご飯を作ってほんわりにこにこしている日本の綺麗な「おばあちゃん」でした。そしておばあちゃんを中心に集っていることが自然な生活になっている不思議な人達でした。お手伝いをしている地元のかたがたもそれが自然なことになっていて、東北って不思議なところだなと思いました。
2005/6/1, いとうくにお
まざあぐうすさん、こんばんは。メーリングリストのほうでは何度か投稿していただいてますが、掲示板のほうでは「はじめまして」ですね。大江作品との出会いが、病院の待合室でたまたま手にとったことがきっかけだったとは…、本当に偶然だったんですね。『人生の親戚』は僕も好きな作品です。忘れがたい作品。誰か映画にしてくれないものかとも思うのですが…。
ラッキーさん、『森のイスキア』というのは興味深いところのようですね。ただ、あまりお話が大江文学から離れっぱなしになると掲示板の趣旨に反してしまいますので、大江文学とからめた形でご紹介いただけると嬉しいです。大江作品には信仰の話や、教会(新しい人の教会)としての活動のことなどもたくさん出てきますので、実際に教会に行かれている方から見て、興味深いところや違和感を覚えるところなど、いろいろあるのではないでしょうか。
2005/6/1, ラッキー
いとうさま、大江文学のファンの皆様へ
大江さんからちょっとずれてしまうのですが、『森のイスキア』についてご報告します。イスキアは佐藤初女さんとおっしゃる方がどんどんご飯を作って食べさせてくださいます、、。なんでも『地球交響曲 第二番』に御出演なさっているそうですが私は全然それを知らなくってとにかく作っていただくご飯をどんどんいただいていました。とても綺麗なおばあさまで、とにかく自然です。弘前市にあるカトリック教会でおミサに出席させていただきました。明治維新後、弘前市に初めてカトリック宣教師が到着し、明治43年に聖堂を建築しました。ロマネスク様式の木造モルタル造りです。聖堂正面にはオランダの首都アムステルダムの聖トマス教会にあったものを当時の主任司祭コールス神父様が持ち帰られたもので1866年ベルギー・アントワープで開かれた展覧会でゴシック様式のものとして最優秀賞をうけた芸術作品です。『森のイスキア』には鐘があってそれはアメリカ コネチカット州の修道院レジナ・ラウデスというところから送られたものです。音が違います。私は全く偶然でしたが、レジナ・ラウデス修道院 院長マザー・ドロレス・ハート様と副院長マザー・アビス様がはじめて日本をご訪問になったときに出会わせたことになります。全く、偶然ですがえらいビッグ・イベントに一緒に食卓を囲むことになりました。マザー・アビスとご一緒に『主よみもとに近づかん』を歌いました。これからラッキーがどうなるかよくわかりませんがまたご報告いたします。
2005/5/31, まざあぐうす
(掲示板では)初めまして。まざあぐうすと申します。
 知的な障碍を抱えた娘を育てながら、社会との軋轢の中でもがきながら日々を過ごしていますが、そんな中、大江健三郎さんの作品を読み続け、考えさせられること、感じることがたくさんあります。
 以前は、川端康成のような文章が好きでしたが、障碍を抱えた娘の母親となり、偶然、病院の待合室で読んだ『新しい人よ眼ざめよ』以来、大江健三郎さんの作品を細々と読み続けています。

 今日、『人生の親戚』を読み、何とも言えない感動を味わっています。書名をネットの検索にかけましたら、大江健三郎ファンクラブで2003年1月18日に読書会をなさっているとのこと。数ヶ月前に、こちらのファンクラブを知り、すばらしい内容に感動していました。
 本にも出会いの時があるといいますので、きっと自分には今が出会いの時だったのだと思いますが、これを機会にオフ会をなさることがありましたら、参加させていただきたいと思いました。

 『人生の親戚』は、「あとがき」と河合隼雄さんの解説まで、全てが味わい深いものでした。自分の人生の課題は背負い続け、悲しみ続けることしかないと、今、ぼんやりと感じていたことを倉木まり恵さんという一人の女性の生き様を通して、大江健三郎さんと河合隼雄さんから教えられたような気がしています。

 長くなりましたが、これからもどうぞよろしくお願い致します。
2005/5/31, いとうくにお
ラッキーさん、森の中で不思議な人たちと出会ったのですね。なんだか大江文学の中の出来事のような感じもありますね。
2005/5/30, ラッキー
いとうさま、大江ファンの皆様へ
ラッキーの展開はまた変りました。安心院のトラピスチヌ修道院はいいのですが、それに附属している施設ていうのがちょっとあやしいので、入所は急遽とりやめです。ルルド水と同じ水がでました、なんていってるので、そりゃないだろ。フランスの水と日本の水が同じなわけないだろ、とむかつきました。その代わり、急遽ラッキーは津軽に旅立つことになり、なんと『森のイスキア』に行ってきました。
弘前の郊外の白神山地の中にある森の集いの場所です。気がついたら津軽になぜか来ていたのでびっくりです。また森の中で不思議な人達と集いました。これからの展開にご期待ください!
2005/5/26, いとうくにお
ラッキーさん、退院おめでとうございます。僕の田舎(函館)の近くにもトラピスチヌがあるので、親しみを感じます。新天地でも、もし大江作品を読まれる機会などがありましたらご感想などお聞かせください。そういう生活のなかで読む大江文学は、また違ったみえ方がしてくるものかもしれませんね。
大江さんといえば、6月11日に東京のオペラシティで光さんといっしょに講演&コンサートのイベントに出演されます。僕も見に行く予定なので楽しみにしています。
2005/5/26, ラッキー
いとうさま、皆様、こんにちは。ラッキーは無事、病院を退院できました。
病院でたくさん友達ができました。皆な、ちょっと不器用で世の中をうまく生きられない、優しい人達が多いです。ものづくりの上手なセンスの良い子が多くて、凄くデリケートなビーズ細工をどんどんつくったり,歌の凄い上手な子がいたり、世の中ではどうしてもはずれちゃう子達です。ラッキーは退院後の行く先が決まりました。大分県安心院(あじむと読みます)の森の中にある厳律シトー会 トラピスチヌ修道院に附属している施設で暮らすことになりそうです。小さな共同体で皆なで祈りながら働きます。またなにか不思議なことがあったらお知らせしますね。
2005/5/21, ラッキー
いとうさま、皆様、ラッキーです。実は、病院からはやっぱり書き込みはできないので、ノートパソコンを持っていないのです、、。自宅に外泊許可がでたときに書き込んでいます。今日は久しぶりに街にでてレコード屋さん(これも今は音楽がインターネット配信されているのでもう死語なのかもしれませんが)で大江 光さんのCDを突発的に衝動買いして、今聞いているところです。改憲論議のお話をどんどん聞かせてください。私個人的にはカトリックですが、「永遠の命」というところにはいつもひっかかっています、、。大江さんの言葉や皆さんの発言をいつもどきどきしながら読ませていただいています。どんどん、書き込み
お願い致します。病院では、若い世代の人がなんと靖国問題について、全く知りません!びっくりです。「小林よしのりの漫画だったら読んだことあるけど、、」
なんて答えが返ってきて大ショックです。どうやってコミュニケーションをとっていいのか???皆さんの活発なご意見お待ちしています。
2005/5/8, エスペランサ
日本は世界はこのまま行くとどうなってしまうのか…この時代の中で「思想」のもつ意味を痛感します。「思想」は「イデオロギー」とはちがいます。さまざまな経験を拾い上げ、一貫して(coherent)に説明する言葉のことです。被爆者の苦しみを拾い上げず「原爆投下は戦争終結のためにやむをえなかった」という言説は「思想」ではありません。「南京大虐殺や強制連行はなかった」として日本を正当化するのも「思想」ではありません。しかし東京裁判の「勝者の裁判」である側目を掘り下げ、朝鮮戦争やベトナム戦争、イラク戦争につながる戦後のアメリカのあり方の基底がそこになかったかと考え、日本の侵略戦争やヒロシマの体験ともつながる「戦争と平和」についての一貫した考察を練り上げようとするのならば、それは「思想」たりえます。「右翼」「左翼」の常套句を超えた、「思想」をこそこの時代に育てていかなくてはならないとこのごろ考えています。
2005/5/6, しんしろう
みなさん、こんにちは。憲法の話が出ましたので、それに関連しての投稿です。5月3日、私の地元、松江市でフリージャーナリストの斎藤貴男さんを迎えての講演会がありました。そこで紹介された、憲法学者で慶応大学教授の小林節氏にまつわるエピソードです。小林氏は「憲法守って国滅ぶ」「そろそろ憲法を変えてみようか」などの著書もある、名うての憲法改正論者です。自民党のブレーンでもあったその小林氏の論調がここ1年ほどで急速に変化、現内閣で憲法を変えてはいけないと言い始め、「あれっ」と思った斎藤さんが取材したのだそうです。(以下、記憶違いはご容赦を)
斎藤「最近、おっしゃることが違いますね」
小林「理念としては今でも憲法を改正すべきだと思っている。しかし小泉政権にやらせたら恐ろしいことになる。今の内閣の閣僚たちはほとんどが2世3世。人間の命を蚊や蝿ほどにも思っていない。国家のためのコストとしか考えていない。そんな奴らに私の考えた素晴らしい憲法を考えたら大変なことになる」
斎藤「それがいままで分からなかったんですか」
小林「分からなかった」
斎藤「どうして分かったんですか」
小林「娘が慶応に入って、生き生きと頑張っているのをみると、命への慈しみが湧いてきた」
斎藤「先生、それは普通、子どもが生まれたときに感じるんじゃないですか」
小林「そうなんだけど、そのころは教授になるために一所懸命だった」
 余計なことまで載せてしまいましたが、場内は爆笑でした(こういうのを、護憲的改憲論というのでしょうか?よく分かりません)。
 さて、今の世の中の動きを知るのに、斎藤貴男さんのルポルタージュは最上の一つと思います。戦後民主主義の成果が丸ごと破壊されかねない、そんな時代であることを、丹念な取材で明らかにしています。
2005/5/4, いとうくにお
ラッキーさん、病院からでも掲示板にアクセスできるんですね。入院は休暇のようなものと考え、ゆっくり心と体を休めるのがよいのではないかと思います。改憲論議については、大江ファンのなかでも意見はさまざまでしょうね。僕は改憲に反対ですけども。
大泉さん、こんばんは。「原爆忘れたのですかと、空襲忘れたのですかと」いうご意見はごもっともです。忘れたか、あるいは元々ちゃんとは学んでいないか、でしょうね。
2005/5/4, 大泉 渉
今、ニュース23で憲法改正について、特集がなされていますが、単純に考えて、原爆忘れたのですかと、空襲忘れたのですかと、あーた国防してどうすんの、自衛軍なんて持った日には滅びるよ!!確実に。もうね、単純に暴力を産む可能性のあるものはすべて放棄しないと、人類終わるよ。それを、大江さんはよく知っているのだと思うし。私も平日、静かな日、突然原爆で地球滅ぶビジョンあるもんね。俺、27歳なのに。そのくらい危機感ある訳よ。宮台真治、うざいね、なんか雰囲気が。立花隆いいね、なんか雰囲気が。9条改正した瞬間、終わるね、日本。まあ、いいけど。どのみち、ダメよ、人類。文学だけだ!!救いは。文学で、救われるよ、ほんとーに。
2005/5/3, ラッキー
皆さん、こんにちは。ラッキーは、精神病院に入院しています。カトリック教会でちょっと頑張りすぎました、、。病院に元、自衛官だったという人がいます。激務と重責で病気になったみたいです、、。またけっこう危ない人生を歩んできたようでちょっと怖いです。今、改憲論議がでていますが、皆さんはどうお考えでしょうか?是非、皆さんの率直なご意見が聞きたいです。大江さんは9条を守る方にしっかり動いていらしゃいますが、私は病気の元自衛官の人の話などを聞いて訓練を受けた実体験(人を守ることを職業として持った人のお話というのも説得力があるな、、と思っています。平和を守るということはいったいどういうことを意味するのでしょうか?机上の空論だと言われるのを覚悟の上で皆さんの積極的な議論をお聞きしたいです、、。
2005/4/20, 渡辺智子
エスペランサさま、お返事ありがとうございます。
「立場や境界を忘れて」「自意識を抑制して」ということを大江氏ご本人が直接におっしゃったわけではなく、私が著書等から勝手に受け止めた個人的見解ですので、誤解なさらないようにお願いします。その点はご自身でお読みくださってご判断いただきたく思います。
私もきちんと読みとれているかどうかわかりません。間違っていたらお許しください。
また、サイード氏が「境界を超える人」についてお話されたのは、BS放送の『サイード・21世紀への対話』という番組内で、イスラエル・ガザ地区で人権活動をしているラジ・スラーニ弁護士と21世紀の世界と人間のあり方についての対談内でのことでした。
「知識人が考えるとき」について、私などにはとても難しいことなので、深く言及できないのですが、それでも私なりに考えたところでは、知識人が考えるときの根本は「真理」で、真理の根拠は「人間としての普遍的な原理」ではないかと思います。
そして、他者の痛み、あるいは罪を我がことのように感じるのは想像力ですよね。想像力が大切であること、これは大江氏がよくお話しされることです。ですから、考えるとき、それもあるのではないかと私は思います。(これも想像ですけれど・・・)

ところで、先の発言でE・W・サイード氏をW・E・サイード氏と書き間違えていました。申し訳ありません。
2005/4/16, エスペランサ
渡辺さま、こんにちは。お返事くださり有難うございます。真剣に思索するための態度として「自意識を抑制し」なくてはならないということ、漠然と考えていたことを言い当てられたようで共感しました。サイードや大江氏が「立場や境界を忘れて」と言うとき、どういう意味でそう言っているのかを考えてみたいと思います。きちんと読んでみたことが実はないのです。ごめんなさい。たとえばある日本人がかつて戦争中に犯したことについて考えるとき、「考え抜く」作業の中で、その日本人の犯したことは私の犯したことでもあり、私の友が犯したことでもありえただろう、ということに気づくことでしょうか。「抽象化」といってしまうとまるで数学の問題を机の上で解くような響きがしてしまいますが、大江氏やサイードはもっと豊かな言葉でそのプロセスを表現しようとしているのでしょうね。読んでみます。
2005/4/15, 渡辺智子
エスペランサさま、はじめまして。渡辺と申します。
>「考え抜く」ことと「自虐」とはちがいます。その行為を最終的に肯定するか否定するか判断を下す前に、「考え抜く」という作業はあるからです。

同感です。「考え抜くこと」は時として、とても辛いかもしれませんが、自虐ではありません。考え抜いた結果が自己をも含めて反省を促されることになるとしても、それから逃げないこと。また、優越や偽善を含んだ「同情」でもないこと。
想像力を持ちあわせない人間が、知識人の思慮深い結論を「自虐」であると批判する場合、批判者側もそれに対峙するだけの「考え抜いた行為」が必要なはずですが、多くの場合、考える以前の欺瞞や自己防衛、逃避、偏見や侮蔑が見え隠れします。
「自分の巣を汚す鳥」だと大江氏を侮辱した政治家もいました。「自虐行為」だというわけです。
しかし、私が大江氏のいろいろなご意見から(勝手ながら)学んだことは、現実的なリサーチの上で境界や立場を忘れ、自意識を抑制し、根本的な人間の尊厳を中心に相対的に考え抜くことです。それはとても難しいことですが。
同様にW・E・サイード氏が最期まで訴えられたことは「境界を越えて考えることのできる新しい人への希望」でしたね。
現在の混乱した状況に必要なのは、自国でも他国においても、まさにそういう知識人の現実を見据えた考え抜いた言葉なのだと思います。
これからも大江氏をはじめとする真摯な知識人の大切な言葉を受け止めていきたいと思います。
2005/4/13, いとうくにお
エスペランサさん、こんばんは。「伝える言葉」のご感想をありがとうございました。場違いなどということはまったくありませんので安心してください。ご意見がうかがえて嬉しいです。
2005/4/13, エスペランサ
はじめまして。「エスペランサ」はスペイン語で「希望」という意味です。簡単に希望を持てない(あるいは持つべきではない)この現代に一筋の希望を見出して生きたいと願い、Handle Nameとしました。4月12日の朝日新聞に掲載された大江氏の「伝える言葉」について感想を書きたいと思ってサイトを探したら、こちらに巡りあいました。次の言葉に感銘を受けました。「《現代の知識人は、アマチュアたるべきである。アマチュアというのは社会のなかで思考し憂慮する人間のことである。》その上での活動が、国家や権力、また自国や他国の市民の一般的な風潮と対立することがあっても、こうでなければならない、と《知識人はモラルの問題を提起する資格をもつ。》知識人はそう考える…」
私は「知識人」であるかどうかはわかりませんが、日本が過去に近隣の国々に対してしたことをずっと考えてきました。「考えてきた」のであって、「自虐してきた」わけではありません。なぜ普通の心やさしき息子であり夫であった日本人が南京で中国人を虐殺するようなことができたのか、死と苦痛を怖れる人間の本能が体制に逆らうことをためらわせたのだとしたら特攻隊員として死ぬことを選んだ行動はどう説明されるのか、など。「おばさん」と呼ばれる年になって、ようやくこれらの問いへの答えは自分なりに見出したつもりです。私が淋しいのは、これらの問いを共有する友がいないことです。戦争とその中で生きた人間の生き様を問うことが一見「平和」な現代の日本で時代遅れだとは思いません。むしろ私が「現代」の「私の場」を生きるなかでこそ、繰り返し自問してきた問いなのです。「知識人」を忘れた今日の日本は、過去のあやまちを繰り返すかもしれません。総体としての「日本」が、過去の自分の行為を考え抜いたようには思えないからです。「考え抜く」ことと「自虐」とはちがいます。その行為を最終的に肯定するか否定するか判断を下す前に、「考え抜く」という作業はあるからです。ところで私のHandle Nameは「希望」ですが、愛や希望という言葉を安易に使いたくはありません。「愛国心」という言葉自体に反対なわけではありませんが、「国を愛する」ということが、「考える」ということを妨げ、不安に満ちた現代の世界に「手軽な心の慰安を約束する」ものであるならば、反対です。希望と愛とはもっと暗闇をくぐり、突き抜けたところに見出されるものだと考えます。
初めての投稿で場違いなことを書いたのならゆるしてくださいね。どなたかと分かち合いたかったので、あつかましくお邪魔しました。読んでくださって有難うございます。
2005/4/7, ミカエリ
ジョン サン ミンさん、清水さん、ありがとうございます。
『恢復する家族』『新しい文学のために』、両方とも手元にないため、大変参考になりました。

お二人が引用してくださった引用を読んで、「恢復」あるいは「再生」するというのは、徹底した否定の側から、積極的な肯定の側へ動きの向きが変わることかと理解しました。そして、想像力と創作活動によって恢復、再生するとき、マイナスからプラスへ盛り返すダイナミズム、エネルギ、パワーが、それを受け取る側に感応して励まされるということなのかなと思いました。
「根本から励ます」となると、魂のレヴェルでの苦しみと再生を通過しなければならないのでしょうかね。となると、いとうさんの示された「文学は人間を根本から励ますものでなければならないのに、日本にそういう作家が少ない」というのがますます気になります(自分で確認できていないのに、また持ち出してすみません)。大きい不毛の時代に生きながら、魂の暗い深みに鈍感になっているのかと感じてしまいます。

今回の質問と関わって、『ヒロシマ・ノート』『人生の習慣』『鎖国してはならない』『言い難き嘆きもて』を読み返してみました。
講演では聞き手の関心に添う話題をしながらも、大江さんは文学者として、文学は人間を根本から励ますものだというメッセージを本当に繰り返し語っている。ただそうしたメッセージ以上に、やはり大江健三郎の小説自体に、人を根本から励ます力があると改めて思いました。
ということは、大江さん自身が書くことによって恢復しているのか、というのも当然と言えば当然かもしれませんが、ジョン サン ミンさんの投稿を見て気づきました。大江健三郎の創作活動というと尋常でない苦しみを浮かべますが、苦しみを伴いつつ書くことによって大江さん自身が恢復していると考えるのは、僭越ながら胸をなで下ろす思いです。
2005/4/6, 清水
はじめまして。清水と申します。大江健三郎の作品は好きで、よく読んでいます。このサイトについても、大江さんの最新の活動を知るうえで大変便利なので、いつも楽しく拝見しております。さて、「文学は人間を根本から励ますものでなくてはならない」という大江さんの発言にかんしてですが、これはおそらく『新しい文学のために』(岩波新書)のなかのものだと思われます。以前、この発言を読んだとき、自分自身がそれこそ強く「根本から励ま」されたような感じがあって、たまたま印象に残っていました。すでに見つけられていたなら、要らぬお節介になりますが、『新しい文学のために』の「14 カーニバルとグロテスク・リアリズム」の最後の段落を引用しておきます。

 僕らは広範囲な死の脅威にさらされた、大きい不毛の時代に生きている。その現実にしっかりと立ち、かつそこを乗りこえようとする想像力の働きは、死からの再生を、新しい誕生をめざすものであるにちがいない。それを模索する時、人類が神話から民衆のフォークロワ、祭りにいたる、なじみ深いレヴェルにおいて、つねに破壊と徹底した否定の側から、再生と積極的な肯定の側へと、根本的な心の働きを方向づけつづけてきたことを確かめるのは、端的な自己への励ましである。文学はやはり、根本的に人間への励ましをあたえるものだ。(p.187-188)

2005/4/4, いとうくにお
ジョン サン ミンさん、ありがとうございます。確かに、ご紹介の文章は、表現こそ違いますが「文学は人間を根本から励ますものでなくてはならない」ということに通じる内容ですね。
2005/4/4/, ジョン サン ミン
こんにちは。今年二月このサイトと出会ってから毎日にように伺っております。

「文学は人間を根本から励ますものでなくてはならない」という表現は私もたしかにどこかで読んだ気がしますが、どの本であるかは覚えていませんね。でも、ちょっとでもご参考になろうかなと思って、少し似ている表現を書いておきます。もちろん、もうご存知かも知れませんけど。

<恢復する家族>p。193
ところが、その音楽を聞いて感じることですが、このように表現すること自体に、かれを恢復させる力がある。かれの心を癒す力がある。しかもそれは、表現する当人のみならず、その表現されたものを受けとめてくださる人にとってもそうなのじゃないかと感じるわけなのです。これが芸術の不思議だといいたいと思います。そして、このように、自分のつくる音楽や文学によって、魂の暗い深みに入りこまざるをえない、その不幸と同時に、その表現行為によって、自分自身が癒され、恢復する不思議、そのふたつが重なって、重なりつづけて、表現者に芸術の深まりをもたらす。それは人生の深まりということでもあるように思うのです。しかもそれは、繰りかえしになりますが、芸術を受けとめる側にとってもおなじなのではないでしょうか?
2005/4/4, いとうくにお
ミカエリさん、あいまいな記憶に基づく話で恐縮です。ほかにも、もしかしたら講演などでそういう発言もなされているかもしれませんので、そういう可能性も排除しないでおいてください。
2005/4/4, ミカエリ
いとうさん、ありがとうございます。
まだ見つかってないのですが、図書館の本の書き込みとは…、予想外にまわりくどい設定で面白いですね!見つけるのが楽しみになってきました。
2005/4/3, 内海
あぁ良かった・・
メールの掲載が遅いので何かあったのではと思いMLへ流そうかと思っていました。いとうさんに異変あり!って感じで・・・。ご無事で何より!と言うより何も無かったのですから当たり前か・・・
2005/4/2, いとうくにお
ちょっと家を空けていたもので、投稿の掲載が遅くなってしまいました。屋根の猫さん、ミカエリさん、すみません。
G+なら、うちのほうのケーブルテレビでも確か流れていたはず…。見てみたかったなあ。それでも、屋根の猫さんが様子を教えてくださったので嬉しいです。光さんは作曲に取り組んでいるんですね。
ミカエリさん、こんにちは。僕もそのような言葉に覚えがありますが、どの作品にあったかとなるとちょっとはっきりしません。最近の小説(宙返り、取り替え子あたり)で、図書館の本に誰かが「文学は人間を根本から励ますものでなければならないのに、日本にそういう作家が少ない」と言うようなことを書き込んであったのを見た、というシーンがあったような気がするんですが…。
2005/3/31, ミカエリ
いとうさん、皆さん、こんにちは。このサイトで出版や講演会の情報を得たり、皆さんの読み取り方に学んだりと、楽しく活用させていただいてます。その上まだ質問して申し訳ないのですが、大江さんのエッセイか何かの発言に、「文学は人間を根本から励ますものでなくてはならない」という意味の言葉があったと思うのですが、どの作品に出てくるのか、ご存知の方がいらしたら教えていただきたいのです。テレビのナレーションで聞いた覚えはあるのですが。前後の文脈とあわせて文章で読みたいと思っているので、よろしくお願い致します。
2005/3/30, 屋根の猫
びっくりしました。
先ほどCATV(松本TV)の「G+(ジータス」で大江光さんの演奏会か放送され、最後に光さん自らが近況報告されていました。
ゆっくり目の落ち着いた言葉で「私は今ゆっくり作曲しています」と語られていました。
曲も静かな良い曲でした。フルートとピアノの曲でしたが途中からでしたので曲名などは分かりませんでした。
他にご覧になった方、お教え下さい。
尚、番組は読売交響楽団などが出演する読売系のCATV?ですが・・・
2005/3/12, いとうくにお
M/Mさん、こんにちは。音読するのはよいアイデアですね。音読には、黙読とは違った味わいもあるし、新鮮な感じもあるのではないでしょうか。もしかしたら、大江さんご自身も、執筆の難所においては音読してリズムを確かめる、っていうこともやっていたりするかもしれませんね。
2005/3/12, M/M
今、『万延元年のフットボール』を読んでいます。文章も難しいし、現代の生活の中では理解しにくい内容なので、読んでは戻り読んでは戻りの繰り返しですが、ようやく佳境に入ってきた感じです。
で、なかなか進まないので、ある日、声に出して音読してみたのですが、これがとても良かった!黙読している時よりもなお鮮烈な印象になりました。まるで音楽のようです。
2005/2/27, M/M
今までの流れを中断してしまうようですが、とってもうれしかったので・・・!
世田谷文学館のトーク&コンサートの情報、ありがとうございました。
我が家にはこの春中学校に上がる娘がいて、つい最近“自分の木の下で”を読み終えており、(ちょっとむずかしいから、途中で挫折するのではないかと思っていたのですが、何とか自分なりに理解しながら読めたようです。)こんなイベントがあるんだけど・・・と水を向けたら、“お母さんの好きな人でしょ、私、行く!”・・・と。ちょっとうれしかったです。葉書で子どもの分のチケットを申し込んだら、速達で送ってくださり、今日届きました。世田谷文学館の心のこもった対応にも感謝です。
2005/2/26, 佐々木泉
 大江健三郎さんが新聞の随筆連載の中で「正岡子規と藤野古白」について書いておられたのを記憶しています。もう20年ぐらい前だと思います。ぜひもういちど読んでみたいのですが、どなたか教えてください。出版されていればその書名が知りたい。また、掲載紙の年月日などをご存知の方はぜひ、お教えください。
2005/2/18, 真美
いとうさん、みなさん、こんばんは。
江国(変換できませんでした)香織さんの作品は、はじめは簡単すぎて毛嫌いしていたのですが、改めて最近読むと、こちらの感覚を刺激して,思い出や懐かしさを呼び覚ましてくれる作品なんだなぁと、歓心しました。
2005/2/18, ラッキー
ジョン・サンミンさんへ
私の家の近くに韓国の人達の教会があります。ときどきお邪魔します。私はハングル語ができないのですが、皆さん優しいです。この前はご飯とキムチをごちそうになりました。ハングル語ができたらもっとお話できるのにな、、と思っています。
また来週、自転車でいきます。皆なゴスペル唱って元気です。パワー全開で一緒にいて楽しいです。
2005/2/17, いとうくにお
ジョンさん、韓国からメッセージをありがとうございます。とてもきちんとした日本語で、読みやすいですよ。村上春樹・よしもとばななの二人が外国でも人気があるのは知られていることですが、江國香織が韓国でも読まれているというのは初めて知りました。大江ファンの方もいらっしゃるんですね。とても嬉しいです。
2005/2/17, ジョン サンミン
みなさん、はじめまして。私は韓国の大学院で日本近現代文学を専攻している学生です。こんなによいサイトに今日偶然出会って、うれしくてうれしくて、かってながらご挨拶します。私は日本語もまだまだ下手で、日本文学に関する知識もあんまりないです。でも、日本文学、とくに大江さんに関心があって大江さんの作品を主題に修士論文を準備中です。韓国では大江さんについてノーベル文学賞を受賞した作家だというほどしか知られていません。村上春樹さんやよしもとばなな、えくにかおりさんなどの作家は日本とほぼ同じ時期で出版されるぐらい人気があるみたいですが、大江さんは作品が難しいという理由で、一般人にはあんまり人気がないですね。残念ながら。もちろん、私はすきですけど。それで、このサイトの存在がほんとうにうれしく感じられたんじゃないかなと思います。

うれしい気持ちだけで、下手な日本語でみなさんにご迷惑をかけたのではないかと少し心配になりますね。韓国の大江ファンが感激のきわまり、挨拶したかったなと、大目にみてください。
2005/2/17, ラッキー
いとうさまへ
読みやすく改行してくださってありがとうございます。私もまだまだ勉強中ですので文体がきちんとそろってなくて申し訳ないです。自分の短気なところもわざわいして少し勉強がおろそかになっています。とにかく簡単に批判に走りがちなのですがその状態を司祭様は「小神」状態ということを教えてくださいました。つまり頭のなかだけで神をつくっている状態だそうです。まだまだ未熟者であることを痛感しました、、。
2005/2/17, いとうくにお
ラッキーさん、こんにちは。ご投稿は、大江作品を読むうえで参考になりそうですね。勝手ながら、適宜こちらの判断で改行を挿入させていただきましたが、まずいようでしたら元に戻します。
2005/2/17, ラッキー
私が、教わっているカトリックの教えをちょっとご紹介します。宣教ではないのでご安心下さい。カトリックにおいての?の部分です。
カトリックにおいての奉仕職とは?
ヨハネ福音書15章12〜17節に記されていることを基にしています。それは「愛の掟」であって「私があなたがたを選んだのである」このときの「私」はキリストを指します。
▽叙階とは何か?
叙階という秘跡の由来はラテン語の”ordo”からきています。キリスト者となったすべての信者は信徒使徒職における一般祭司職の使命を受けています。「教会」(これは建物をさすのではありません)はキリストの名において司教・司祭を選び出します。助祭は司教のもとに共同体に奉仕するために選ばれます。叙階とは典礼であり、司教・司祭・助祭の努めのために任じる恵みを与えるものです。
▽祭司職とは?
頭であるキリストから与えられた権能によって、この世の聖化のために選び出されたキリストの代弁者です。自己利益や名誉の為に叙階を受けることは人生の道を大きく誤ることになります。本人と家族の大きな「犠牲」の上に役務はあります。この世の結果を求めてはならない。
▽司教とは?
聖なる役務の頂点である。また、叙階の秘跡の終点である。12使徒の後継者である。
▽司祭とは?
司教によって叙階され司教の協力者としてキリストの役務を行う。自分勝手に行っているのではない。
▽助祭とは?
司教の任命によって奉仕の為に選ばれる独自の身分である。
▽叙階式とは?
典礼秘跡省の教令によって実施されるものです。また結婚もカトリックにおいては秘跡になっています。
というわけです。これは別に宣教ではなくカトリックの中身がどうなっているかの短いお知らせです。
2005/2/15, いとうくにお
それで合っているといいんですが。まあ、たぶん大丈夫でしょう。知っていたのはたまたまですよ。念のため、登場人物の名前が、ミツ(ミツザブロウ)とタカシであるか確認してもらうといいかもしれません。その名前であれば間違いないです。
2005/2/15, 局
いとうさん、有難う御座いました。早速知らせていただいて感謝です。友人にすぐ知らせました。何でも良くご存知ですね。
2005/2/15, いとうくにお
局さん、こんにちは。それは『万延元年のフットボール』のことじゃないかなあ。これがドイツではそういうタイトルになっているというのを何かで読んだような気がします。内容的にも「根所兄弟」の話ですし。
2005/2/15, 局
「ねどころ兄弟」と言う本があるはずだとドイツの友人が言ってきました。彼女はドイツで日本文学を教えているので滅多な返事が書けません。私が幾ら探してもこの様な本がありませんが、何方かご存知でしたら教えてください。
2005/2/14, ラッキー
真美さんへ
慰めてくださって本当にありがとうございます、、。でも、やっぱりだめなことは
だめですよね。本当に甘えていると思いました。今日、神父様にお詫びを言いに教会に行きました。カリタスの家のことは現在調査中で、「カリタス」と名乗っている団体もたくさんあるので即、カリタス・ジャパンと関係しているとは限らないよと教えていただきました。自分で自分をコントロールできないようではレッド・カードです。しばらく反省します、、。でも自分の精神力の弱さを思い知りました。
2005/2/14, 真美
いとうさんありがとうございます。
大江氏の本は私はどれにもあてはまっています。
古本や、古本で装丁が好きなのや、新書も、中身はもちろん、傍線をひいたりも、挿画やも、と、大江氏の本の存在自体がすきなのだと思います。
岩波ブックレットの『憲法九条、今こそ旬』は手にしたいと思います。

ラッキーさんへ
ご自分で本を作るのはいいですね。
私は製本までは行かなくても無地のノートに切り抜きやつぶやき程度の詩や、写真、絵などで私本を作っています。
いつかは出版したいのが夢ですが、こんなかたちの本を作るのもおもしろいです。
悲しみをうまくのりこえてください。
2005/2/14, ラッキー
ずっと家にこもって反省していたのですが、、。知人の短歌・歌人が『本の作り方』という可愛い本を貸してくれました。本を1冊つくるって本当に大変です。本が欲しいというのは確かに物欲かもしれませんが、、いいですよね。紙の質、色、装丁、、。友達に借りた本を使って自分で作ってみたいと思います。自分で頑張って自分の手で作ったら本の大事さが自分自身に身にしみるかもしれません。今自分でショックを受けているのは、福岡県でのカリタス・ジャパンの家での知的障害児・虐待事件のことです。現在調査中です、、。ですが私の突発的な行動はそこにも原因があります。怒りを抑えきれませんでした、、。悲しくって泣きました、、。
私はカトリックで、カリタス・ジャパンのお手伝いもしていました、、。悲しいです。
2005/2/13, いとうくにお
僕も焦った気持ちになることがよくあります。好きな本を手元に置いておきたい気持ちが物欲なのかどうか、これは面白い問いかけですね。本の物理的な実体が好きだという人がいますよね。本の装丁、手触り、香り、そういうものが好きだという人。そういう場合は物欲といってもよさそうですね。本の中身が好きだからその本を所有したいという場合はどうだろうなあ。本の概観は古本であろうがよれよれの文庫本であろうがかまわなくて、ともかく中身を愛しているというような場合。物欲から所有しているというのとはちょっと違う感じがしますね。書き込みをしたりするから、図書館や人から借りて読むことはできず、自分で購入して所有せざるをえないというケースもありますね。
2005/2/13, 真美
こんばんは、いとうさん、みなさん。
今私は何かに焦りながら、群像を少しずつ読んでいます。
いとうさんが言われたよううに、大江氏は危機感を持っていられるような精力的な仕事をされていますね。
応援しています。
危機感は、私はあまり好みでない中上健次と好きな大江氏を対峙して(同じように血縁と故郷を取り入れた作品を)、書かれた(と思う)『危機と闘争』(井口時男/作品社刊で)という本の書評が群像2月号に載っていました。
個人的に中上氏の作品を数冊読んで、あまり好きでないと感じた、マッチョぽくて土のにおいが強いからと言う自分の解釈を、この本を読んで、他の人がどのように感じているのか・活動しているのか知りたくなりました。
今は購入できないので図書館へリクエストしてきましたが、早く読んでみたいと思います。

話は飛びますが、好きな本を手元においておきたいというのは物欲なのでしょうか?

少し自分を省みます。

大江氏、あまり無理をなさらずにしてください。
九条の会でのお話、よく聴きたいと思います。

ありがとうございました☆
2005/2/13, ラッキー
いえ、式典中に乱入したのは右翼の車ではありません。式典は無事終了いたしました、。片っ方は黒い宣伝カー、かたっぽは白い典礼服ででもどっちも何かを信じている団体なので別に騒動にはなりませんでした。ただ、乱入したのは私です、、。
教会に一歩でも入ったらただじゃおかないぞ、と教会の門の前で睨んでいました。後片付けとかをしていたら、そこへ結婚したいという若いカップルが来て、式費用のこととかを聞いてくるのであ〜、なんでこんなときに〜と思いつつも丁寧に応対をしていましたら主任司祭が出てきて結婚式の費用は上がったとかいうのなんかにごちゃごちゃなって、教会会議で式費用が変更になったとかなんとか言うのであんまりバカバカしくなり、教会内のテーブルをひっくり返してしまいました。つまり私が悪いわけなんです、、。
2005/2/12, いとうくにお
ラッキーさん、番組のお知らせありがとうございます。
叙階式というのは司祭になるときの儀式なのですね? 式典に闖入して邪魔するとは失礼な話ですね。
2005/2/12, ラッキー
皆様へ
 本日2月12日(土)NHK BS−7ch衛星放送10:00から戦後60年・9条を語る、というタイトルで中曽根康弘氏vs大江健三郎さんが討論されます。
昨日は大分・カトリック教会で司祭叙階式が行われました。叙階式典中に右翼の車が来たので眼を飛ばしました。ついでに主任司祭が結婚式をしたいというカップルの費用の話がでてがたがたいったので思わず殴ろうかと思いましたが、我慢しました。
2005/2/10, いとうくにお
真美さん、25日の講演会ですが、チケットはまだあるようです。また、会場で当日券の販売もあるようです。メイン会場が満席の場合に備え、サブの会場(モニターでの視聴になる)も確保してあるそうです。ご都合がつくとよいですね。
Auntさん、講演会のレポートありがとうございます。前から2列目とは、よかったですね。それにしても、大江さんは精力的ですね。『さようなら、私の本よ!』の執筆も進めつつ、各地での講演会の壇上にも立つという日々ですから。それだけ、強い危機感をお持ちなのだとうことでしょうね。
2005/2/10, Aunt
 今日、大阪の南御堂で大江健三郎氏の講演会がありました。関西へ来られるたびにトライしているのですが、今回やっとお話をきけました。前に一度光さんとご一緒のとき以来、変わらぬユーモラスなお話に大きな力をいただきました。全日本仏教会の主催する人権啓発講演会ということで、前回は東京で五木寛之だったそうです。大阪支部はえらい!
 内容は、子どものころの仏教というかお坊さんとの出会いから、今日まで信仰を持たずにいきてきたことの意味を自問しながら、イノセントである光さんと生きることのなかにその世界を見出してきたことなどを、語られました。「信仰を持たないものの祈り」という、私が大江氏のことばの中で最も心惹かれることについて、「注意深く見る」というシモーヌ・ヴィエイユのことばとうまくつなげながら話されました。またイノセントの訳を「無垢」と言うのではなくて「傷つけない」というように訳するといいということも胸に響きました。もちろん憲法についても「殺されたくない・殺したくない」9条は人権問題だと。まだまだ書ききれませんが、会場をいっぱいにした人々と大江さんとがひとつになったようなあたたかな気が流れていたのを感じました。
 前から2番目、かぶりつきでして、至福のひと時でありました。ありがとうございます。仏教会さま!
2005/2/9, ラッキー
皆さん、こんにちは。ローマ教皇ヨハネ・パウロII世使徒的書簡『主よ、一緒にお泊りください』はあんまり緊急出版されたため、翻訳に誤りが発見され急遽回収されることになりました。また、あらたに出版されましたらお知らせいたします。
2005/2/8, 真美
いとうさん、みなさん、こんばんは。
なおゆきさんはじめまして。私も「9条の会」の結束は気になっていました。会社へ行く途中の壁にポスターがあり、敬愛する大江氏と、多分井上ひさしさんの顔を横目で見つつ歩いてました。
25日は聴講しに行けたらと思います。もしかしたら同じ時間を共有できるのかもしれませんね。

今日は少し興奮しています。出版会や文学の世界には詳しくないのでよくわかりませんが、群像の2月号を今日手にしました。
大江氏が「『後期の仕事』に希望はある(か?)」を発表した「新潮」で私は、『子供たち怒る怒る怒る』と佐藤友哉、『壁のごとし』とマフムド・ダルウィシュが印象的でこれからよく知りたいなぁと注目しています。
そして大江氏が作品を発表している「群像」の2月号で一月号の『在日ヲロシヤ人の悲劇』と先の『子供たち〜』ともう一作が合評されていました。
なんだろう?よく読まなくてはいけないのに、どれもまだ全部読む時間がなくこころだけ焦っていますが、なんだか動いている感じがしました。
しっかり読書しようと思います。
2005/2/6, いとうくにお
なおゆきさん、こんばんは。講演は18時半からです。神奈川県民ホールのサイトに掲載されている問い合わせ先は「9条の会(045-651-2431)」となっています。
2005/2/6, なおゆき
 2回目登場のなおゆきです。ほとんど初めまして、と言った方が良いくらいに昔に一度だけカキコしたことがあります。
トップページに「2005/2/25 神奈川県民ホール「「9条の会」をきく県民のつどい」」の案内がありましたが、講演は何時からか、もしご存知でしたら教えて下さい。一度、この「九条の会」の話を聞いてみたいと思っていました。
 よろしくお願いします。
2005/1/26, 真美
いとーさんへ
お返事ありがとうございます。
私にとって繁はなかなかつかめないです。古義人の方が想像力が果てしなく、味わい深いと思います。
今回の登場人物は複雑に絡み合っているようで、「私」が見えてきません。むむむ。

日曜日は粉雪でしたが、今日はうちのほうでは、すこし大きめのユキがしんしんと降って、きれいでした。
2005/1/25, いとうくにお
真美さん、おひさしぶりです。群像は読みましたよ。続きがとても楽しみです。繁が、食えないやつという感じだけど、魅力的でもあります。
2005/1/24, 真美
いとうさん、こんばんは。
久しぶりに書き込みさせていただきます。
群像1月号もう読まれましたか?
私は今までの大江作品の読書体験と自分の日常体験を思いおこしながら
何度も―老人の愚行―を読んでいます。
頭で読まずにこころで読んで、最後の作品、さきへ行く人のメッセージとして、今回の作品の完成を楽しみにしています。
第二部はいつ頃掲載されるのでしょうか?
はやく読みたいですね。
2005/1/17, いとうくにお
ブリユキさん、こんにちは。疑問が解決してよかったですね。「大江健三郎氏来校記念文集」のお話が出ていたので、もしかしてドイツ在住の方なのかなと思っておりましたが、やはりそうなのですね。
2005/1/17, ブリユキ
赤坩堝様 お教えいただいてありがとうございます。さっそく読みました。ベルリン自由大学の大江氏の講義を受けたドイツの方は日本は広島、長崎の経験をすべて忘れているのだろう。戦後民主主義はすべて否定されているのだろうと怒っておられました。
2005/1/16, 赤坩堝
ブリユキ様、お探しのエッセイは「小説のたくらみ、知の楽しみ」ではないでしょうか?
6「カシアート」を追いかけて。。。
という章?でティム・オブライエンについて触れられています。
2005/1/14, ブリユキ
すみません。どなたか大江氏が書かれているティム・オブライエンについて書いてあるエッセイのタイトルとその本名を教えていただけないでしょうか。ティム・オブライエンの本を読んでいて大江氏が彼の小説について書いてあると後書きにありましたので。今日は大江氏の「大江健三郎氏来校記念文集」ベルリン日本語補習授業校の製作した方とお会いします。
2005/1/10, いとうくにお
悟童さん、はじめまして。大江さんの小説やエッセイから、読書の幅を広げたという方、けっこういらっしゃいますよね。僕にはとうていカバーしきれないものと諦めてしまっていますが、それでもやはり大江作品に触れることで自分の世界をひろげられたと思っています。
気が向いたら、またお話しきかせてください。
2005/1/10, 悟童
私が、初めて大江健三郎の小説を手にとったのは、高校2年のときです。
そろそろ受験勉強をしなければと思い始めたとき、図書館で、「日常生活の冒険」の背表紙に惹きつけられました。日常と冒険という言葉の結合に、くらっとしたわけですね。
それ以来読みついでいます。
彼のエッセイもまた私には、ものの考えを形成する上で、基礎を与えたと思っています。というのは、言及されている小説家や思想家にも読書の範囲を広げ、おかげで、アメリカのユダヤ系作家の本、サルトルの本、日本の戦後作家とされている一群の作家たちの本もまた読みつぐ楽しみを得たものです。
それらの一連が、今の私の、広い意味での思想の基礎になっています。
2005/1/8, ラッキー
いとうくにおさま 皆様
ラッキーは漢字を書き間違えました。磯崎 新歳計画ではなくて「都市計画」です。
あわてて書き込みをして間違えました。失礼しました。
2005/1/3, いとうくにお
年末年始、帰省していたため更新が遅れてしまいました。
さて、また新しい一年が始まりますね。この掲示板のスタートが1995年ですから、もう10年にもなるんですよね。早いものです。皆さん、今年もどうぞよろしくお願いいたします。
2005/1/3, ラッキー
いとうくにおさん、渡辺智子さん、掲示板の皆さん
2005年 新年あけましておめでとうございます
大変な1年でしたが、なんとか自宅で新年を迎えました。また元日は神の母聖マリアの祝日でしたので、ちょっとフラフラしながらもミサに出席しました。
渡辺様、温かいお言葉をどうもありがとうございました。昨年。10月10日にローマ・カトリック教皇ヨハネ・パウロ2世がメキシコ・グアダラハラにおきまして2005年を『聖体の年』とするという回勅をだされました。いっせいに教会がマラソン・リレー方式で聖体賛美式をはじめまして、さらには新潟中越地震がおき走って回っていましたらさすがに年末ダウンしました。これは別にカトリックの宣教や押し付けではなく、ただ今のところの活動報告です。一応、カトリックの洗礼は受けておりますが、ソンタグさんや大江さんやサイードさんや色んな人の本を今年も時間を作って読みたいと思います。皆さん、どうか今年もよろしくお願いします。ちなみに教皇ヨハネ・パウロ2世使徒的書簡『主よ、一緒にお泊りください』を読まなくちゃいけないです、、。
2005/1/3, ラッキー
渡辺智子様へ
温かい励ましの言葉、本当にありがとございました。私は、ただ今、カトリック教会に所属してはいますが、正直言って信仰は薄いです。大江さんの受け売りではなくて、カトリック教会自体の理想は好きなのですが、実態はソンタグさんがたびたび批判なさっているように、女性の身体性をかなり抑圧しているようにも感じます。特に日本の教会がそうだと強く感じます。教会にいくと身体ががちがちになります。肩こりがでます。実に身体は正直です。ローマ・カトリックの偉大さはわたくしごときが簡単に批判できないほど、良いことも(もちろん悪いことも)しているのですが、、。昨年、10月10日にヨハネ・パウロ2世が2005年を『聖体の年』とすると回勅をだされました。全教会が一斉に聖体賛美式を始めました。疲れてているのですが、すこしづつ「前進」しています。また、病気の手術のために入院して、主治医のトップが男性のお医者さんで、けっこうドクハラ発言とかも受けました。じっと我慢しました。そんなとき、ソンタグさんの本と本当に聖書(聖務日課)が心の支えでした。人間は完全な人は決していないのだ、、。
どんなに優れた人間でも才能に満ち溢れていても。政治的にどんなにパワーがあってもたかだか人間にすぎないのだと感じました。今年は、がんの再発に不安を抱えて少し精神的に荒れた気持ちでちょっとつっぱしって過ごしました。ソンタグさんは本当に素晴らしい女性だと思います。私は本当に弱い人間ですが、また1年、1年頑張って生きたいと思っています。キリスト教に限りません、年頭には平和の祈りをいたしました。神の母聖マリアの祝日でした。ミサのとき共同祈願を読みました。私の故郷大分県では、大変な財政赤字を抱えながら、磯崎 新氏の歳計画が動き出しました。孤独でも耐えていけるような力を祈りの中から得たいと思います。皆さんにとっても2005年が希望に満ちた1年であるようにお祈りいたします。
2005/1/1, 屋根の猫
皆さん、明けましておめでとうございます。
ロムってばかりの私ですが、本年も宜しくお願いします。
オフ会?読書会?行けそうにもありません。
仕事の合間に読書してますが、その内容たるや・・・。
「プロバンスの12ヶ月シリーズ」だのカミュの「幸福な死」だの・・・
てんでバラバラです。
そうそう、ヘッセの「車輪の下」をこの歳で初めて読みました。
デミアン以降に馴染んでいたので意外でしたが、この人ロマン派だったんですね。
デミアン以降のヘッセを少し読み続けてやろうと思っています。
古本屋にヘッセの本が少ないのが悩みの種です。
最近の若い人はヘッセなんて読まないそうですよ。
ともあれ、今年も宜しくお願いします。

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